2021年度 聖霊降臨節(後半)の礼拝説教

聖霊降臨節 2021年度(後半)の礼拝説教要旨

マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年10月17日   
聖霊降臨節第22主日 
聖書 サムエル記 上 17章38-50節 
讃美歌21 18、458  
「信じる者の飛び道具」
 おそらくこの物語は、元来はダビデのエピソードではなかったと考えられております。サムエル記下(21:19)、あるいは歴代誌上(20:1)にはダビデの部下であるエルハナン(神は恵み深い)という人物が、ゴリアテを倒した記事が書かれます。こちらが元の出来事でありましょう。ただし、あるいは、エルハナンがダビデの元の名前であったかも知れない、という聖書学者もおります。そうであるとすると、ダビデという名前はあるいは諡号(贈り名)であるのかもしれません。
 ただ、この物語がダビデ自身の物語として大切にされてきたことは、やはり読者である私たちはそのままに受け取るべきでありましょう。つまり、ダビデの信仰と共に、これが神の戦いであった、ということを私たちは読み取るべきなのです。
 キリスト教のキーワードが平和であったり愛であったりするものですから、聖書の神はそのような神である、と現代人は思いがちなのですが、元をたぐりますと、イスラエルの神の性格は必ずしも愛とか平和をキーワードにできるとは限りません。旧約聖書の神にはいくつかの名前があり、それぞれが、歴史的には後にイスラエルに同化した別々の部族の神であった可能性が高いとされます。その中でヤハウェは元来は戦いの神であったようです。ヤハウェは出エジプトに際してエジプト軍の大軍を打ち破ります。ヨシュアの戦いを導いて民をカナンの地に入らせます。冒頭のエリコの戦いでは民は祭司を先頭に行進しただけです。その後の士師記に描かれる戦いも、いずれも神の戦いとして記されます。
 ゴリアテとの戦いにおいてもダビデは「イスラエルの戦列の神、万軍の主の名によっておまえに立ち向かう」と言っております。さらには、その前にダビデが陣中のイスラエルの民に向かって問いかける言葉の中では、イスラエル側の布陣をさして「生ける神の戦列」と2度も言っております。
 それが人の力による戦いではなく、神の戦いであればこそ、ギデオンはアンモンの大軍に対してわずか300の手勢で夜襲を掛け、勝利します。そのように神が仕向けます。最初の呼び掛けに応じて集まった3万人を超える民から減らして1万人とし、さらにそこから300人を厳選するのです。
 ダビデとゴリアテとの戦いは、大軍どうしの戦いではなく、奇襲でも夜襲でもなく、多くの人々の目の前での1対1の戦い・一騎打ちであるわけですけれども、その代わりダビデは鎧兜もなければ刀も槍もない、圧倒的に劣悪と見える装備で戦おうとします。
 もっとも、石投げは実は侮れない武器ではあります。士師記には「髪の毛ひとすじ」を狙っても的をはずさない名手たちの部隊があったと記されます(20:16 ベニヤミン内戦)。それはかなりの誇張があるでしょうけれども、北王国を滅ぼしたアッシリアの部隊も石投げを使っておりましたし、ローマの浮き彫りにも石投げを装備した部隊が描かれております。訓練を重ねることで相当な飛距離と命中精度を示す武器であったことは間違いありません。
 ダビデは川岸から滑らかな石を選びます。石投げの戦いにおいて飛距離と命中精度を保つためには、弾丸である石を慎重に選ぶ必要がありました。これを部隊の装備とする場合、大きさ、重さ、形の揃った石が必要とされており、補給が簡単ではなかったことが分かっております。
 一方、ゴリアテの武具について言えば、少なくとも当時のペリシテの武具ではない、と考古学者たちが言っております(長谷川『聖書考古学』など)。サムエル記のように、長く語り伝えられ、その後に文字となった古い物語によくある話なのですが、語られる時代や地方に即して衣服や道具が変わって語り継がれます。どうやら、後代のいろいろな民族の武装が入り交じっているようです。名乗りを上げた一騎打ちで戦うのも当時のカナン地方の戦い方ではない、と言われております。いずれもサムエル記の複雑で長期間に渡る編集過程を反映しているのでありましょう。
 それにしても、当時の最新最強の武器を持つゴリアテに対して、手に馴染んだ石投げによってダビデは戦おうとします。繰り返しますが、それはこの戦いが神の戦いであるからに他なりません。神に対する信頼こそがダビデをして一見無謀な戦いに立ち上がらせたのです。
 ダビデにとっての本当の武器は石投げだったのではなく、主の名でありました。現代を生きる私たちがゴリアテの武器と対峙することはないかもしれません。一方で、私たちの日常の周辺にはむしろ言葉や態度という武器があふれています。私たちは、刀も槍も、鎧も盾も持っておりません。
 しかしながら私たちは、御言葉と共に生きています。戦いという言葉を何かの比喩に使うことは、あまり気持ちの良いことではありませんが、それが刀や槍であっても、言葉や態度であっても、人を傷つけ、自らの思いを押し通そうとするものは人の戦いであると言えましょう。一方、命を守り、心を守り、神が創られた世界を守ろうとする行いは、現代における神の戦いでありましょう。現代を生きる私たちにとっても、主の名が、そして主の御言葉が、現代のゴリアテと対峙する時の助けとなります。その時に必要なのは、神への絶対的な信頼なのです。私たちが常に神を信頼して人生の歩みを積み重ねていくことができますように。御言葉が生きた言葉として響きますように。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年10月10日   
聖霊降臨節第21主日 
聖書 サムエル記 上 16章14-23節
讃美歌21 514、377  
「竪琴の名手がいます」
 何処の古代社会であっても、そこには悪霊に取り憑かれた人がおり、悪霊払いの儀式があります。修練を積んだ修行者が、複雑な儀式や呪文に依って悪霊を追い出します。1973年のホラー映画「エクソシスト」もそうでした。それを思いますと、イエスの悪霊払いは、儀式もなく、呪文もなく、悪霊に対して神の子の権威によって出て行くように簡単明瞭に命じておりますから、当時の人とすれば驚くべき奇跡であったことは想像に難くありません。
 サウルもまた悪霊に取り憑かれます。ただ、家臣たちの診立てが尋常ではありません。神から送られた悪霊と見抜きます。側近の目から見て、サウルが神の機嫌を損ねていることが分かっていたのでしょう。サムエル記の13章から15章に掛けて、神の命令にサウルが背き、サムエルに叱責される物語が記されます。サムエルは「主はあなたからイスラエルの王位を取り上げた」と通告しています。側近であればこそ、その経緯を知っていたのです。
 そして、彼らの進言する対処の方法もまた、いささか珍しいものとなります。竪琴の名手を探し出してサウル王の前で奏でてもらえれば王の気持ちも安まりますでしょう、と言うのです。悪霊が神から送られているならば追い払うことは無理であろう、というところまで読んだ上での進言であったのかも知れません。
 悪霊を送り込む神も随分と意地悪な気が致しますけれども、とにもかくにも、サウル王は悪霊に取り憑かれてしまいます。側近の進言に対して冷静に対応する一面もありますから、心が安らかな時と、尋常でなくなる時とがあったわけです。「悪霊が彼を苛むようになった」という表現が、サウル自身も悪霊に取り憑かれた時の自分に苦しんでいる様子をうかがわせます。サムエル記を読み進みますと、サウルの症状が被害妄想的なものであることが繰り返して記されます。妄想が出た時と冷めた時の落差がまた余計にサウルを苦しめたのでしょう。
 竪琴の名手を探すように命じたサウルに、従者(ナアル単数)がダビデを推薦してこう言います。「エッサイの息子は竪琴を巧みに奏でるうえに、勇敢な戦士で、戦術の心得もあり、しかも、言葉に分別があって外見も良く、まさに主が共におられる人です」。
 竪琴の名手だけではなく、「勇敢な戦士で、戦術の心得がある」ならば、来週御一緒に読みますところの、ゴリアテとの戦いの物語を描く記事とは矛盾しております。ダビデを善く描こうとするあまりに、いささかほめすぎているのは否めないでしょう。サウルは使者(マルアーク)を遣わしてダビデを呼び出します。
 エッサイはたくさんの贈り物を持たせてダビデを送り出します。ベツレヘムはパンの家という名前の町です(ベート:家、レヘム:パン)。秘蔵のレシピがあったのか、特別にいい酵母があったのか、名の知れた職人がいたのか、王への手土産にパンを持たせよう、と思うような美味しいパンが焼けたのでありましょう。今風に言えば、パンが町の特産品であった、というところでしょうか。
 そしてダビデはサウルに仕え、竪琴を奏でてサウルの心を癒やします。ダビデはサウルに気に入られて取り立てられ、王の武器を持つ者とされます。これは文字通り、特に戦場において武器を持ってすぐそばに侍る役目です。そうすることで王は複数の武器を手元に用意できます。平時は武器の手入れも任されたでしょうし、平時でも王の力の象徴として(サウロは槍)、捧げ持って王のそばに居る役目でありましょう。余程信頼の置ける人物でないと任せられません。ただ、前線で獅子奮迅の働きをする役目ではないので、この点で次週の物語とは矛盾します。
 サウルの信頼を得たところに注目して先に進みましょう。ダビデを推薦した家臣は、彼は「まさに主が共に居られる人です」と言います。今日の物語の冒頭で、「主の霊はサウルから離れた」と記されます。思い起こせば、サウルもダビデと同じように、サムエルから油を注がれた後に、聖霊が激しく降って預言する状態になっておりました。それがなくなっております。そしてサウルはすでにサムエルから「あなたとはもう会わない」と宣告されております。あるいはサウルは、「主が共に居る」家来が自分のそばに居ることで、自分もまた主の近くに居ることができるのではないか、と期待していたのでありましょう。
 サウルの期待むなしく神から来た悪霊は繰り返してサウルを苦しめます。そのたびにダビデは竪琴を奏でてサウルを癒やします。イエスの悪霊払いと同じく複雑な儀式や呪文はありません。むしろそこには、おそらく、神をたたえるシンプルな賛美の音楽と歌声があったに違いありません。伝えられるところでは詩編の多くもダビデが詠ったとされます。
 神をたたえる歌は、以来3000年の歴史を越えて私たちの礼拝に受け継がれています。
 私たちが悪霊払いをしたり、されたり、役目を求められたりすることは、まず考えられません。しかしながらその一方で、私たちの心と神の御心との間に隙間ができた時、できそうになった時、私たちの心を安らげ、私たちを御心に立ち帰らせるのは、聖書の御言葉と共に、あるいは祈りの時と共に、賛美の曲や歌でもあります。賛美の歌こそ、私たちのエクソシスムであり、エクソシストであるのかもしれません。心を尽くし、思いを尽くし、精神を尽くし、力を尽くして(Mk 12:30)、折々の賛美の歌を歌い続けてまいりましょう。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年10月3日    
聖霊降臨節第20主日 
聖書 サムエル記 上 16章1-13節
讃美歌21 13、520、81     
「立って彼に油を」
 旧約聖書の神はギリシャ・ローマ神話の神々とは別の意味で大変に人間くさい一面を持ちます。サムエルとサウルはすでに仲違いをしており、神はサムエルに向かって、サウルを選んだことを悔いる、王にふさわしい若者を見つけた、と言っております。何もかもお見通しの全知全能の神ではないのです。天地創造物語でもアダムとエバの物語の方では神は試行錯誤しています。アダムのパートナーにするために次々に動物を作って連れてきますものの、アダムから却下され続けます。楽園追放物語もバベルの塔の物語もノアの洪水の物語も、人間の設計者であり制作者であるのは誰でしたか?と反問したくなるような内容の物語です。一方、失敗する神ですとか、悔いる神ですとかの加減が、人間が神の似姿であることを物語ってもいるのでありましょう。
 さて、サウルの王権が何年続いたのか、サムエル記は2年と記します(13:1、cf.29:3)。パウロは40年と語ります(使徒 13:21)。実際のところは分かりません(古代誌Ⅵ378.文庫2.p.229では、40年。古代誌Ⅹ143.文庫3.p.270では20年)。支配領域も不明です。ことに後の南王国の地域がサウルの支配域であったのか、疑問とされます。
 そしてダビデが実際に王になるのは、サムエル記の記事に依れば、このあと、サウルが指揮するペリシテとの戦いが続き、ゴリアテとの戦い(17章)、サウルとダビデの仲違い、ダビデの亡命(22~30章)、サウルの戦死(31章)と物語が続き、サムエル記下まで読み進んでようやくダビデはユダの王になります(2章)。その後さらに内戦を制してダビデはイスラエル全体の王になります(5章)。まだまだ先の長い話です。
 神はベツレヘムへ行ってエッサイの家を訪ねよ、とサムエルに命じます。町の人々はサムエルが急に現れたので驚き、不安を覚えます。サムエルが明らかに生け贄にする牛を用意して現れたのですから、町の人としては、なにがし自分たちの気付かないところでベツレヘムの町が神の御機嫌を損ねたのではないか?と心配するわけです。サムエル自身は「大丈夫、平和なことのために来ましたよ」と言うわけですけれども、それですっかり安心とはいかない町の人々の気持ちも分かる気がします。
 特にエッサイの家に行って食事をしますから、エッサイの家に何かあったのか?と町の人たちが思ったのは確かでありましょう。サウルの時とは異なり、エッサイの家族たちはダビデに油が注がれる場面に立ち会っております。町の人たちから、生け贄の食事の席で何があったのか?と聞かれて何と答えたのか、と心配になります。事情を隠す気持ちがサムエルにあったのなら、町の有力者の家を順番に回って食事をしているのかもしれません。
 サムエルはエッサイの長男の立派な体格を見て、これが選ばれた息子か、と早合点しそうになります。ペリシテと戦うためのリーダーが求められていることは変わりませんから、サウルと同じく立派な体格は必要条件の一つなのです。ところが神は、それは違う、と伝えます。神は人の心を見る、と言っておりますけど、正確に言えば、人の心も見る、と言うべきでありましょう。ダビデももちろん十分な体格を持っていたのですから、心だけ見ていたわけではありません。
 興味深いことに選ばれたダビデは末っ子でありました。古代社会のことですから、家の中での地位は、基本的に長男が高く、そこから順番に下がります。娘たちの地位は別格で問題外とされていることを別にしますと、末っ子は家の中の地位や権力という意味では子供たちの中で一番低いわけです。
 実際の成立はダビデの時代より後と思いますけれども、律法の規定には、例えば相続の時に弟たちの2倍を受け取るといったような長子の権利・長子権が明記されています(申命記 21:17、創世記 25:31)。そして預言者エレミヤは、イスラエルは神ヤハウェの長子である(エレミヤ 31:9)と語ります。モーセもファラオに向かって同じことを言います(出エジプト記 4:22)。
 ダビデが末っ子であったように、サウルは自分の出身部族は12部族の中でも末っ子のベニヤミンであり、その中でも有力ではない一族だ、と言っております(9:21)。士師記を読み返しましても、ギデオンが同じことを言っております(6:15)。
 先月御一緒に読みましたハンナの賛歌も、問題外とされていた女性が神の恵みを受けます。末っ子のダビデが選ばれていくところと共通したものがあるとみていいでしょう。このような人選が聖書の神の特徴の一つであることは間違いありません。
 イスラエルが長子の権利を持っているのならば、それは他の民族もまた神の子であることを意味します。天地創造物語に依れば、あるいはノアの洪水物語に依れば、すべての人が神によって造られた被造物です。それは、すべての人が神の子であると言い換えることに繋がります。そして神の恵みや選びは長男だけではなく末っ子にいたるすべての子にもおよぶのです。
 そのことをあらためて宣言したのがヨハネ福音書の冒頭部分でもあります。神の子の一員として、御心を常に尋ね求める人生の歩みを重ねていきたいものです。そのことを意識して歩む人生に、造り主である神は恵みを調えてくださることでありましょう。
 その時私たちは、油を注がれた者であるメシア・キリストの弟子として、御国を来たらせたまえと祈る者となり、また御国の備えのために用いられる者となってゆくのです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年9月26日    
聖霊降臨節第19主日 
聖書 サムエル記 上 9章26節-10章7節
讃美歌21 430、406 
「その時、主の霊が降り」
 古代イスラエル最初の王であるサウルには、あまりいいイメージがないかもしれません。サムエル記にはダビデを敵視して執拗に追い掛け回す記事が延々と描かれます。これはサウルの王権が王朝として続かなかったことを説明するためにサウルを悪者にせざるを得なかったからのように思われます。
 ところが、サムエルによってサウルが油を注がれた、つまり王として選ばれた物語を少し遡って9章の最初から見ていきますと、サウルは悪い人ではないように読めます。普段は家の仕事である羊やロバの世話をし、ロバがいなくなったとなれば、父のキシュに言われて何日も掛けて遠くまで探しに行きます。諦めて帰ろうとするときも「帰ってこない自分たちを家では心配しているだろう」と言います。その前後のやりとりを見ると、サウロの家が実はけっこう裕福な家であると分かります。キシュはサウロに「若い者(ナアル)を一人連れて、ろばを探しに行ってくれ」と言います。家で働く若い者は何人もいたようです。そして帰ろうとするサウロは「ろばはともかくとして」自分たちのことをキシュが心配するだろう、と言います。 
 従者である若者がここで重要な働きをします。諦めようとするサウルに対して、以前にうわさに聞いた神の人がこの近くの町に居るので最後の一手として訪ねてみませんか?と提案します。そこでもサウルは、それはいい考えだけど、手土産にできるものがもうないのでは?と気を遣います。
 若者は銀が残っています、と答えます。用意のいい若者です。イエスの譬え話を連想(Lk 13:6-9)します。なかなか実のならないイチジクを切り倒せと主人は言いますものの、園丁は肥料をやって世話をするからもう1年待ってみてくれ、と頼みます。簡単に諦めずに必要なものをもう一度与えようとするイエスが描かれます。サウルの若者も、もう一押しすることを提案します。譬え話の1年後を私たちは想像するしかありませんけれども、サウルはそのもう一押しが重大な変化に結びつきます。
 神の人は預言者や先見者と並んでサムエルの働きを語る言葉です。サウルと若者はサムエルに会いに行きます。その時サムエルはその頃住んでいたラマ(シロではなく)から別の町に来ておりました。サムエルは、それぞれの町のために神への生け贄を献げようと定期的に巡回していたようです。サウルに会ったサムエルはいささか遠回しにですが、あなたこそペリシテ人の圧力からイスラエルを救う人である(エホシュア)、と告げます。
 サウルは自分の一族はそのような働きをする有力者ではない、と言います(cf.士師 6:15、サムエル上 18:18、逆は士師 9:1)。サムエルの答えは記されません。サムエルはサウロを生け贄の食事の席に連れて行き、取り置いた上等の部分を客人としてサウロに与えます。サムエルの客人なのですから、サウルは同じ家に泊まり、夜遅くまで語り合います。何を語り合ったのだろうか、と思います。翌朝、サムエルはサウルと共に町の外まで行き、従者の若者も先に行かせ、サウルと2人だけになったところで、サウルが神によって選ばれたことを明言して油を注ぎます。
 この時サウルは何を思ったのであろうか、と思います。嬉しかったとは思えません。権力や富が手に入るわけではなく、むしろペリシテとの困難な闘いに向かわなければなりません。ペリシテから土地と国民を奪い取らなければ国の体裁を作れないのです。それなりに裕福なサウロの家は、ペリシテの圧力はあっても、まずまず平和な暮らしであったと考えられます。サウロにすれば、人生設計を根底から壊され引っ繰り返される知らせでありました。
 とはいえ、サウロは士師たちの先例を思い起こしたことでありましょう。士師たちが指導したペリシテとの戦いは、人の力による戦いではなく神の戦いでありました(特にギデオン)。多くの場合、それは士師に主の霊が降ることで示されました。サウルの場合にも主の霊が激しく降りました。新約聖書の書き方で言うところの異言を語る状態になったようです。
 付け加えておきますとサウルはサウロです(英語の聖書だと綴りも同じ)。そして、シャーアルから来ています。サムエルの誕生物語で影のキーワードになっていたのがシャーアルでした。神に願う、神に頼る、という意味でした。
 サウルに主の霊が激しく降ります。次週に読みますダビデも同じです。身体的特徴に優れていたのも同じです。体が大きく血色が良いことは、当時の社会状況、すなわちペリシテとの戦いを考えるとリーダーに必要な条件の一つです。それだけではありません。そこに主の霊が降ってこそ、油を注がれた者(メシア)としてペリシテと戦うリーダーの条件を満たします。その時、必要なものを神は調えてくださるのです。
 マタイ福音書の主の祈り(6:8-13)を思い起こします。その直前、人が必要とするものを父なる神は御存知である、とマタイのイエスは語ります。サウルが気付いていたかどうか、それは分かりませんけれども、サウルに主の霊が降る必要あることを神は御存知でした。イスラエルに必要なものが、体格がよく、栄養十分で、なおかつ神の霊を受けたリーダーであることを神は御存知でした。
 私たちも、その日その時に本当に必要なものを祈り求めたい。与えられる聖霊の賜物によって、御国を来たらせるために用いられる者たちでありたい。聖霊が私たちに働かれますように。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年9月19日
聖霊降臨節第18主日 創立記念43周年礼拝、敬老の日礼拝
聖書 サムエル記 上 3章1-10節    
讃美歌21 189、287
「主の呼びかけ」
 聖書には重要な場面で何かを3度繰り返す話がいくつか思い浮かびます。新約聖書ですとペトロが大祭司官邸の庭で「イエスなんか知らない」と言っておりますのは福音書が共通して伝えるところです。ヨハネはさらに復活したイエスがペトロに「私を愛するか?」と3度尋ねる場面を描きます。今日の物語でもサムエルがエリの部屋に駆けつけるところだけですと3回繰り返されております。
 この時、サムエルが神殿に預けられ、神殿で育てられ始めてからどれぐらいの時間が経っていたのでしょうか。冒頭にサムエルは少年(ナアル)と書かれております。みなさんよく御存知の有名な絵(18世紀イギリス、ジョシュア・レイノルズ)では小学校低学年ぐらいに見えます。ナアルは聖書の他の箇所では若者と訳されることの多い言葉です(創世記 14:24など)。私たちの感覚では中学生か高校生あたりを思い浮かべても良いようです。加えて、エリの目が見えなくなって来ていることも、サムエルが神殿に預けられてからそれなりの年数が経っていることをうかがわせます。
 さて、物語の中に「まだ神のともし火は消えておらず」と書かれているのは時刻が明け方であったことを示しております(出エ 27:20-28、30:7-8)。夜中を過ぎて明け方近い頃に、サムエルもエリも不意に3度も眠りを破られるのです。短気な人でしたらそろそろ怒り出しそうなところです。サムエル記には2人の感情は記されておりませんけれども、やりとりを見る限りは、2人とも相手や誰かのいたずらを疑っているようには読めません。単純に2人とも素直な人だったということでいいのかどうか。2人の人間性や関係性、あるいは周辺人物との関係も含めて、読者である私たちの読み込みが試されているような気がします。
 サムエルに何度も起こされたエリは、3度目にしてようやくサムエルに呼びかけているのが神であることに気付きます。エリについてサムエル記冒頭を振り返りますと、ハンナの祈りの場面でも、ひたすら祈るハンナを見て酔っ払っているのか、と勘違いしていますから、エリがあまり鋭い人物でないのは確かです。
 とはいえ、今日の場面では仕方ないところもあります。今日の物語の冒頭に「そのころ、主の言葉が臨むことは少なく、幻が示されることもまれであった」と書かれています。どうやらエリの時代には神の言葉や幻が示されなかったということのようです。とするとエリは、人は良いものの、やはり祭司としてはなにやら冴えない人物であったのかも知れません。
 エリについての評価を横に置きますと、今日の物語は士師の時代から預言者の時代への大きな時代の変化を示しています。サムエルは来週御一緒に読みますように、古代イスラエルの社会が士師の時代から王国時代へと移り変わるときの指導者であったわけですけれども、王国時代は一面で預言者の時代でもありました。
 預言者たちは、社会の現状に対して神の言葉を伝えます。それは時に王の行いを支持しますが、多くの場合、王たちの行いを批判する厳しい言葉を語ります。王を支持する有名な預言としては、ダビデ王家の続くことを預言したナタン預言がありますものの、それは例外的な預言です。預言者たちからは、裁きや嘆きの預言が繰り返されます。慰めが語られるのはバビロン捕囚の時代になってからのことです。
 サムエルが神から聞かされておりますところの、今日の物語の続きを読みますと、エリの家への裁きが語られています。ところが今日の物語よりも前を読みますと、同じようなエリの家への裁きがすでにエリに向かって語られております。同じ預言をサムエルも受けることで裁きの預言が公になった、と読むこともできますが、どうやら違うようです。
 3章前半は、元来はサムエルが預言者として神から呼ばれたことを語る物語、すなわち預言者の召命物語であったようです。「サムエルはまだ主を知らなかったし、主の言葉はまだ彼に示されていなかった」と7節に書かれておりますのも、あるいは10節に「主はそこに来て立たれ、これまでと同じようにサムエルを呼ばれた」と記されておりますのも、この物語が元来は預言者の召命物語であったことを強く示唆します。
 今日の物語が預言者の召命物語であるならば、サムエルの「お話しください。僕は聞いております」という言葉がキラリと光ります。預言者とは、なによりも神の声に耳を澄ませ、神の声に従う人でありました。その結果が先ほども預言の特徴として述べましたように、多くの場合に社会の有り様への批判となったのです。それは批判のための批判や自分勝手な思い込みによる批判ではなく、御心に従った人生を真摯に歩もうとしたからの批判であり、御心に沿った歩みに恵みを見い出していたゆえに目指す生き方を語ったものでありました。
 私たち一人一人は預言者ではありませんけれども、聖書によって、そしてまたキリストによって、主なる神に出会った者として生きています。神の呼びかけに耳を澄ませ、神の呼びかけに従う生き方を日々に重ねたいものです。
 キリストであるイエスに出会って、神とキリストの招きによって御心に従って生きていくことは時に大変なことでもあります。しかしながら主の呼びかけに応えた生き方は、神からの祝福であり、恵みをいただく生き方であるのです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年9月12日    
聖霊降臨節第17主日  
聖書 サムエル記 上 2章1-10節
讃美歌21 6、323(1.3.5.) 
「主は命を与え」
 ハンナは神に願ってついに子供を得ます。エルカナが例年のごとくに家族と共に生け贄を献げに行こうとしますと、ハンナは子供が乳離れするまで自分は行かない、次に神殿に行くときはその子を献げるとき、と言います。昔のことですから乳幼児死亡率は今とは全然違います。ちゃんと育ってから、と考えるのも無理はありません。エルカナは同意します。
 創世記を見ますと、アブラハムはイサクが乳離れしたときに盛大な祝宴を開いたと記されます(21:8)。おそらく実際に何らかのお祝い事が行われていたのでありましょう。旧約外典のマカバイ記(2マカ 7:27)を見ますと乳離れまで3年と記されます。サムエルも3歳を迎えて乳離れのお祝いをしたのかもしれません。
 ハンナとエルカナはサムエルが乳離れしたところで祭司エリのもとに連れて行き、子供を託します。そこでハンナが祈った言葉がハンナの賛歌として残されます。主題が広がりすぎており、子供が与えられた感謝と喜びを歌う賛歌ではありません。サムエル物語とは別伝承の歌が「子のない女が七人の子を産み」「主は命を与え」という言葉からこの場面に加えられたようです。サムエル記はこの賛歌にどのような意味を持たせたのでしょうか。一見するとこれは逆転を歌います。ルカ福音書のマリアの賛歌も同様に一見すると逆転を歌います。編集者の中では、ハンナがペニナに対して勝ったと思ったのでしょうか。それは違うでしょう。
 古代のイスラエルでも特に地位や財産のある家では、女性は家の跡継ぎとなる子どもを産み、育て上げることが求められておりました。エルカナの家は充分に裕福でした。ペニナにも息子が居たとしても、ハンナには居ないじゃないか、神の祝福をハンナは受けていない、というのがエルカナ家の使用人たちや御近所の人たちの思いであり、それがハンナに向けられた冷たい視線となるわけです。ハンナは居場所を失っていた、と表現した人が居ます。
 もっとも、聖書に描かれていない物語にも思いを馳せたい気がします。聖書には子どもを持てなかった女性の物語、そこから神の働きと恵みによって奇跡的に子どもが生まれ、重要な登場人物になる物語が幾つもあるわけです。ところが少し視点をずらしますと、子どもを持てなかった男性の物語ですとか、あるいはおそらくエルカナ家の使用人の中に少なからず居たと思うのですけれども結婚すら思いも寄らない使用人たちの物語とか、さらには最後まで子供を持てなかった女性の物語とかが、サムエル誕生物語の背景に隠れている物語としてあることを思います。
 ハンナに戻りましょう。居場所を失っていたハンナに子どもが生まれます。ところがハンナはその子サムエルを神殿に託します。つまり手放します。その後には、さらに恵みと慈しみを得て多くの子供に恵まれますけれども、この賛歌を歌った時点では、跡継ぎになるであろう子供という意味ではハンナは再び子供を失っています。それは再び居場所を失うことに通じます。
 そしてサムエル記の続きを読み進みますと、サムエルの2人の息子は士師としてあるまじきことを行い、それがイスラエルの人々に王を求めさせるきっかけとなります(8:1)。
 ハンナの賛歌を、逆転の歌や、ましてや報復を歌う歌とみることはできません。そのような読み方はサムエル記の趣旨ではないでしょう。一言で言えば、ハンナの賛歌は全てにおける神の支配(神以外の支配からの解放)を求める歌なのです。
 昨日はアメリカの同時多発テロ9.11から20年の日でありました。20年という節目でもあり、アメリカのアフガン撤退と重なることもあり、関連する多くのニュースが流れました。中でも9.11のその時を生き延びた人たちの言葉や思いが今年は数多く紹介されていたように思います。人が起こした事件と自然災害の違いはありますが、1.17の経験者の一人として、その人たちの思いは少し分かる気がします。サムエルだけではなく、私たち一人一人が、与えられた命であることをあらためて思います。
 では、私たちは与えられたその命をどう生きるのでしょうか。9.11は同じ神を信じているはずの、しかしながら全く異なる2つの正義の衝突でした。片方が正しくもう一方が間違い、と簡単に割り切れるものではないでしょう。ただどちらも自分の神のイメージを力尽くで隣人に押し付けるところはあったでしょう。
 私たちが目指すところは、ハンナの嘆きに耳を傾け、神の支配を願う歌を共に歌うことで、おそらく私たちの誰しもが多かれ少なかれ持つ、これこそが正しい、という一方的なイメージから解放されることでありましょう。
 イエスの宣教活動は当時の社会の「こうあるべき」という多数のルールを問い直しています。安息日のために人があるのではなく、人のために安息日が定められた(Mk 2:27)、と語ったのはその代表例です。人々を縛り付けていたものをくつがえし、人々を本当の意味で神と出会わせます。イエスとの出会いによって、人々は新たな命に生きるようになった、と言い替えることができます。私たちはキリストに出会い、神に出会い、聖霊に出会った者たちです。神の完全な支配を願い(シャーアル)求めながら、与えられた命であることを確かめつつ、日々を重ねて参りましょう。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年9月5日    
聖霊降臨節第16主日 
聖書 サムエル記 上 1章1-10節
讃美歌21 7、127(2.3.5.)     
「サムエルと名付けた」
 アブラハム以降の旧約聖書の登場人物から重要な人物を5人選んでと言われたら誰が入りますでしょうか。歴史の転換点にいた人物と考えるならば、サムエルを入れておきたいところです。イスラエル民族12部族の中にモーセに率いられた出エジプトを語り伝えたグループが居たことは間違いないでしょう。後継者ヨシュアの時代を経て、その後は士師と呼ばれる指導者の時代が続きます。有名なのはサムソンやギデオンでしょうか。預言者であり士師であるデボラという女性の名前も記されます。
 同じ頃、カナン地方の海岸部に住み着いたのがペリシテ人でした。他の民族との争いも描かれますが、イスラエルにとっての一番の強敵がペリシテでした。士師記の描くところに依りますと、イスラエルが神を忘れ、律法の定めを忘れてしまいますと、周辺の民族が強力になり、イスラエルを略奪したり支配したりします。そこに士師が現れ、イスラエルの神ヤハウェへの信仰に立ち返るよう求めます。士師の言葉に依って人々が神への信仰を取り戻しますと、イスラエルは異民族との戦いに勝って約束の地を取り戻す。これが士師記の中で何度も繰り返されます。
 士師の時代が続くことおよそ200年、イスラエルの人々が王を求めます。時の士師は預言者でもあったサムエルでした。周辺の民族はどれも王が支配する国家となっておりました。それは管理された常備軍の存在を意味します。危機に際して士師が呼び集める臨時編成の軍隊では対抗しきれなくなっていたのです。
 人々から訴えを受けたサムエルは、どっちつかずの態度を取ります。サムエル自身も、現実の困難な状況と、イスラエルを導くのは神御自身であるとする信仰との板挟みであったのでしょう。実際には、王制批判派と王制擁護派がそれぞれ伝えたサムエル伝承の両方がサムエル記に記されたようです。サウルとダビデに油を注いで王としたサムエルの権威の大きさが窺われます。
 今日の本筋から離れた話をいたしますと、預言者が王を立てるときには油を注ぎます。なかでもサウルやダビデがペリシテの脅威からイスラエルを救ったことにより、油を注がれた者すなわち救い主という意味になってゆきます。そして後の南王国はダビデ王朝が続きますものの、北王国はクーデターが繰り返されてしまいます。ほとんどの場合、クーデターのバックには預言者が居て首謀者に油を注いでいます。北王国の歴史については否定的に語られることが多いのですけれども、視点を変えますと士師の時代の伝統をある意味でよく残していたのかもしれません。
 サムエルの誕生物語に話を戻しましょう。サムエルは裕福な家の生まれでした。それは父エルカナにはペニナとハンナの2人の妻がいることと、エルカナの神殿への献げ物を見ると分かります。ペニナには4人以上の子供がいたようです。ところがハンナには子供がおらず、ペニナからさげすまれておりました。
 エルカナは毎年シロの神殿に行って献げ物をします。ある年、エルカナ一家はいつものようにシロの神殿にお参りしていけにえを献げます。多くの場合は、いけにえの一部を焼いて神に届け、一部は祭司の取り分、一部は献げた家族で共に食べたようです。この時の食事もそうだったのでしょう。その場でもペニナはハンナをさげすみます。エルカナはハンナを慰めるのですが、それでは収まらず、ハンナは食事の途中で席を立ち、神殿に戻り、神に祈り始めます。当時、特に神殿での祈りは声に出して祈るものでした。ところがハンナは声を出さずに祈ります。おそらく、祈りの内容を人に聞かれたくなかったのでありましょう。彼女は男の子を授けてくれるならその子を神に献げます、と祈るのです。日本の古いところにもあるようですが、このように神に対して何かを誓う時、他の人に知られてはならない、聞かれてはならない、という思いがあったのかもしれません。
 祭司エリが声を出さずに祈るハンナの様子に不審を抱きます。酔っているのかと問いただしますと、ハンナが事情を説明します。
 ハンナは「ブドウ酒も強い酒も」飲んでいないと言います。たしかに、酒の匂いもせず、受け答えもしっかりしていたのでしょう。エリは状況を理解して、彼女を祝福して送り返します。
 食事の席に戻ったハンナの顔は元のようではなかった、とサムエル記は記します。私たちも日々に祈ります。朝の祈り、夕べの祈り、食前の祈り、感謝の祈り、悩みや苦しみをぶつける祈り、助けを求める祈り、自分のことだけではないですね。困難のさなかにある誰かのための祈り。どれもすぐに聞かれることはありません。最後まで聞かれない祈りも多いことでしょう。
 ハンナの場合も、祭司の祝福を受けたとは言え、実現が確約されたわけでも期限が示された訳でもありません。それでもハンナは主なる神に頼ることの心強さを思い起こしたのではないでしょうか。振り返れば、アブラハムへの約束もそうでした。
 ハンナは生まれた子どもをサムエルと名付けます。エルはイスラエルのエル、神を意味します。直訳は「その名は神」ですが、意味を取りますと「神の名はエル」でしょう。ヘブライ語通りに発音しますとシェムエルです。願うという動詞シャーアルと語呂合わせになっていることにも気付きます。
 困難な時ほど、創り主である主なる神を頼りにして、心の中にあるものをすべて主に注ぎ出す信仰を持ち続けたいものです。主に頼って願うこと自体が恵みとなるのが神の名前なのです。

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わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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