2020年度 四旬節(受難節)の礼拝説教

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年3月28日    
受難節第6主日(棕櫚の主日)
聖書 マルコによる福音書 14章32-42節  
讃美歌21 297、440   

「恵みを見いだし」

 お隣の駐車場は桜がほぼ満開になっております。先週はウグイスが鳴き始めました。春になったことを思わされます。今は主の御受難を思う期節ですが、それと同時にその先にある御復活を思う時でもあります。その意味でも今は春なのだなと思います。
 受難節を表す言葉として日本の教会で教派を越えて通じる言葉はおそらくレントです。元来は春になって日脚が延びることを意味します。主の御受難を思うと、どうしても私たちは下を向いて俯いてしまいそうになるのですが、レントという言葉に昔の教会の人たちが託した思いを考えますと、むしろ私たちは目を上げて、主の御復活が近付いたことを、そして何よりも、イエスが宣教活動の始めに「神の国は近付いた」と宣言されたことを、心に刻み直したいところでもあります。
 福音書の記事に依りますと、今日はイエスが弟子たちと共にエルサレムに到着した日です。このあと、受難週の物語は日を追って様々な出来事を記します。今週は途中を飛ばしてゲッセマネの園での出来事を読んでいただきました。
 イエスと弟子たちの一行は過越祭を目指してエルサレムに参りました。木曜日の夕方、日没と共に日付が変わり、過越祭が始まります。そこで、過越祭の特別な夕食がなされます。その席上、イエスは弟子の裏切りを予言し、パンと杯に特別な意味を与えます。元々過越祭の夕食は出エジプト物語を思い起こす夕食です。特別な食材が用意され、特別な物語が語られます。その物語に付け加えてパンと杯による新しい契約が語られます。
 食事の後、一行は賛美の歌を歌ってからオリーブ山に向かいます。これは詩編の115-118編を謡ったのであろうと言われております。オリーブ山はエルサレムの東側、谷を挟んだ向かい側の一帯を指します。その一部に、ゲッセマネの園があります。
 オリーブ山ではイエスの受難に際して弟子たち全員が躓くと予告されます。実際、イエスが逮捕された時、弟子たちは逃げ散ってしまいます。その予告に続いて、復活の後に自分は弟子たちよりも先にガリラヤに行く、とイエスは語ります。この言葉は御復活の朝に天使が語る言葉に繋がります。この時点では、弟子たちは何のことを言っているのか全く理解できなかったことでしょう。
 ゲッセマネに着きますと、ペトロとヨハネとヤコブを連れてイエスはさらに先に進みます。この3人は、先々週の「主の変容」の物語でもイエスのすぐそばに居た3人です。ところがイエスはこの3人を置いてさらに先に進み、一人で祈り始めます。
 これまでに弟子に向かって語った受難の予告とは異なり、あるいはまた先週御一緒に読んだ物語とも異なり、ゲッセマネの祈りのイエスは、迷い、悩み、苦しんでいます。ガリラヤではイエスは暴力に依らない神の国を語ります。神の国は近付いたと語り、病を癒やし、悪霊を追い出し、罪の赦しを宣言します。イエスの目指す神の国はまだまだ実現できておりません。ガリラヤの民衆の苦しみはまだ充分に癒やされていない、という思いがあったのでありましょう。ある聖書学者は先週の物語との落差を、イエスには神殿の権力者たちがイエスの言葉を受け入れるという期待があったのではないか。ところがその期待が外れて、いよいよ事態が差し迫ってきたのではなかろうか、と言っております。
 一方、弟子たちは祈るイエスを尻目に眠ってしまいます。これは仕方ない部分もあります。「心は燃えても肉体が弱い」とイエスが指摘しているとおりなのです。弟子たちにすれば、イエスと一緒に行く過越祭の巡礼ですから、気持ちはガリラヤを出発する時から高ぶりっぱなしです。その中でも楽しみにしていたのがイエスと共にする過越祭の特別な夕食だったはずです。それが終わってホッとしています。しかも過越祭の夕食はワインを何杯も飲みます。普通であればあとは片付けして寝るだけ、のところをゲッセマネに連れ出されているのです。
 戻ってきたイエスは3人を起こして、目を覚ましていなさい、祈っていなさい、と命じます。これはもちろん、言葉通りの意味でも目を覚ましていることが命じられているのでしょうけれども、この後に何が起こるか、と考えれば、御受難と御復活による救い、神の救いの恵みを、しっかりと自分の目で見なさい、と命じられているように思えます。
 神の子という言葉からは、力に満ちて華やかな神の子を普通であれば思い浮かべます。私たちはキリスト教の言葉遣いに慣れておりますから、神の子と言われて御受難の主を思い浮かべますけれども、普通は力強い神の子をイメージするでしょうし、黙示録に描かれるイエスの姿も栄光に輝く主です。私たちもまた、御受難の主を思うと同じぐらいに栄光に満ちた主を思います。
 マルコ福音書は、エルサレム到着の栄光に満ちた姿ではなく、十字架の上でなぶり殺しにされたイエスの姿にこそ、神の救いと神の恵みを見いだします。御受難の悲惨さは私たちの目を奪いますが、その先にある御復活の栄光と、そこに表された神の救いの計画という恵みを、常に心に留めて私たちの周りに見いだしたいものです。
 
合わせて読みたい
  詩編 24編1-10節
  イザヤ書 50章4-7節、フィリピ書 2章5-11節 

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年3月21日 
受難節第5主日
聖書 マルコによる福音書 10章32-45節    
讃美歌21 296(1.3.5.)、505

「近付くその時」

 礼拝説教の中ではあまり政治的な問題を話さないように心掛けているのですが、先週の水曜日に大変興味深い判例が札幌地裁で出ました。同性婚に法律上の権利が全く認められないのは憲法違反だというのです。地裁の判決に対してはネット上で様々なコメントが出ておりました。その中で、少数者の人権を守るのは司法すなわち裁判所の大切な役割である、というコメントを書いた法律家がおりました。現在の日本の法律は基本的に西洋近代の法の精神に則っていて、それは少数者や弱者の健康や生命や権利を守り、権力の暴走を法によって食い止めようとします。
 この精神のルーツは旧約聖書の律法であり、その律法が骨抜きにされていたことに対して、律法の根本を取り戻せ、と主張したのがイエスの神の国でありました。まさにそれゆえにイエスは権力者の手に掛かって処刑されることになるわけです。途中の歴史を省略しますが、現代におけるキリスト教の大切なありようが、イエスの思いを受け継ぎ、社会の中で弱くされた人や小さくされた人と共に歩むところにある、ということは受難節にあらためて思い起こしたいことの一つであろうかと思います。
 ガリラヤからエルサレムに向かう旅は、イエスの心の中の思いを別にすれば、見たところは過越祭の巡礼の旅でありました。過越祭は1年の中で最も重要な巡礼祭でした。とはいえ、もちろん、国中の大人が一時に集まれるものではありません。弟子たちとすれば、エルサレムの過越祭を経験した人もしていない人もいたでしょうけれども、いずれにせよ、イエスと一緒にエルサレムの過越祭を経験できると思えば、大変にうれしい旅であったことでしょう。
 それだけから考えれば、イエスが先頭に立つことは不思議でないようにも思えます。しかしどうやら、イエスの中にある高ぶった思い、すなわち、これはただの巡礼ではなく、その先には受難と復活が控えているということが、表情に出ていたのでありましょう。「弟子たちは驚き、従う者たちは恐れ」ます。イエスが見せたいつにない高ぶりが弟子たちに伝わります。弟子たちの動揺をイエスは見抜いたのでありましょう。イエスは弟子たちを集めて、あらためて受難と復活を予告します。これは三度目の予告です。
 それを聞いていたのかいなかったのか、ヤコブとヨハネが地位を求めます。ここまで来ても何も分かっていない弟子たち、という構図が繰り返されます。ただ、3回目ともなると、単純に無理解なのではなく、いささか何か違ってきているようにも思えます。
 1回目(8:27-)はペトロが「あなたこそキリストです」とキリスト告白をした直後、まるでそれを否定するかのように受難が語られ、ペトロがイエスをいさめて逆に叱られます。もちろん、その様子を他の弟子たちは見ております。2回目(9:30-)の予告は弟子たちに様々な教えを語った続きで語られます。その時、弟子たちはその受難の予告が何を意味しているのか分からなかったが、怖くて質問できなかった、とマルコは記します。
 その上での3回目です。ヤコブもヨハネもイエスの受難について分かっていなかったことはたしかですけれども、分からないなりに、そんな恐ろしいことが有るはずない、そんなひどいことがあってはいけない、と思っていたような気がします。その思いから、イエスの語る受難の予告を邪魔したのではないでしょうか。単純に世直しの後の高い地位を求めた、というのは場面が唐突すぎるように思えます。
 イエスは2人に自分と同じ苦難を受けることができるか?と問います。2人はできます、と答えます。これは2人の殉教を暗示していると言われます。たしかに新約聖書の続きを見ていきますと、ヤコブは使徒言行録の12章でヘロデ(アグリッパ1世、大王の孫)によって殺されています。一方、ヨハネの最期については分かっていません。古い伝承の一つは彼がヨハネ黙示録を書いた人物であるとしますが、それも確実な話ではありません。むしろ、今ではその伝承は否定されていると言った方がいいでしょう。12弟子の中では唯一、殉教しなかったとする伝承もあります。ただ、ペトロと一緒に投獄されたりもしておりますから(使徒 4:1-、5:17-もか?)、殉教していないとしても平穏な人生を送ったわけではないでしょう。
 ヤコブとヨハネがイエスの玉座の隣に座るらしい、と思い込んだ他の弟子たちが騒ぎ始めますと、イエスは彼らを鎮め、仕える者になりなさい、という教えを語ります。ここではローマ帝国の支配と権力の横暴、ひいてはローマによって権力を保障されたエルサレム神殿を暗示する言葉が使われております(支配、偉い、の原語がローマ皇帝を暗示する単語。この数行に3回も出てくることになる)。その横暴に対比させる形で、仕える者になりなさい、とイエスは教えます。
 受難の時を前にして、支配する者ではなく、仕える者になりなさい、と語るイエス自身の言葉を心に刻み、小さくされた人と共に歩む者でありつづけたいものです。その先には神によって支配された御国があることでありましょう。

 合わせて読みたい
   詩編 22編25-32節
   哀歌 3章18-33節、ローマ書 5章1-11節 

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年3月14日 
受難節第4主日(主の変容) 
聖書 マルコによる福音書 9章2-10節    
讃美歌21 285、360

「山から降りるイエス」

 多くの民族にとって、高い山の上という場所は、天と地をつなぐ場所であり、神に近づく場所でありました。旧約聖書の世界でも、モーセが十戒を授けられたのはシナイ山の上でありました。預言者エリヤがバアルの預言者400人と対決したのはカルメル山でのことでありました。カルメル山は高さだけを言えば525m程度のさして高い山ではありませんけれども、特徴的な山の形が聖地らしさを伺わせます。
 あるいは、預言者たちに度々厳しく批判されておりますバアルの祭祀も山の上で行われておりました。バアルの祭壇のあるところは、預言者たちから「高い場所」と称されております。
 今日の物語の舞台となった山としてよく言われますのはヘルモン山とタボル山です。ヘルモン山はヨルダン川の源流の一つであり、その頂上は真夏以外は雪があるような高い山ですが、ガリラヤ湖からいささか遠いところに難点があります(ゴラン高原のシリア側)。タボル山はカルメル山と同じくあまり高い山ではないのですが(575m)、ガリラヤ地方の中にあります。しかも、孤立峰であり、西宮や宝塚から見た甲山が六甲山の手前で目立っているのと同じような感じでパッと目に付きます。私は個人的には今日の物語の山についてタボル山説を採りたいように思います。
 どの山での出来事であるにせよ、ガリラヤからエルサレムに向かう旅の初めに、イエスは主だった弟子を連れて山に登ります。ガリラヤ湖の漁師であった弟子たちにとって、山とはどういう場所であったのか、と思います。答えは出ませんけれども、そこを考えていくと、「主の変容」という特別な出来事を目にした弟子たちの気持ちに近づけるような気がします。
 イエス自身は何を思って山に登ったのでしょうか。まさかモーセとエリヤを呼び出しに行ったわけではないと思います。人目の少ないところで、落ち着いてエルサレムへの旅について思いを深め、祈りの時としよう、と思っていたのでありましょう。
 その祈りの途中だったのでありましょうか。モーセとエリヤが現れます。なぜその2人であったかと言えば、それぞれ、モーセが律法を、エリヤが預言を代表する人物だからです。実際の旧約聖書には、律法と預言の他にも、神話や詩編や教訓や歴史などの部分があります。その中で、律法と預言という言葉は、旧約聖書全体を象徴的に示す言葉として使われます。イエスの救いの業が、旧約聖書に示された神の救いの業を受け継ぐものであることを示しています。
 また、イエスの宣教活動のはじめが、「神の国は近づいた」という救いの宣言であったことを思い合わせるならば、そして、神の国すなわち神の支配の完成は、終末の始まりでもある、という理解を重ね合わせますならば、エルサレムへの旅は、まさしく神の国に近づく一歩でありました。
 弟子たちは驚き、恐れ、また大いに興奮します。中でも慌て者のペトロは、その場所に仮小屋を建てることまで提案します。弟子たちとすれば、エリヤはメシアの先駆け、やはりイエスこそメシアであった、と思ったのでしょう。ペトロの本音を言えば、小屋よりも神殿であったのかもしれません。何しろその時のイエスは見るからに光り輝いていたのです。まさに栄光のメシアの姿でありました。神殿であればメシアの栄光をそこに留めることができ、いつでも拝むことができます。その意味では、ペトロの思いとしては、まさしくそこは高い山であったのでありましょう。
 しかしイエスはその後すぐに山を降りていきます。高い山という栄光の中に留まることを良しとされませんでした。むしろ、ガリラヤの現実の中へと降りていき、エルサレムへの旅を続けます。イエスを待つ人々、イエスの話を聞き、イエスに癒してもらおうと願い、イエスの祝福を期待する人々の待つ、地上の世界へと、歩みを進めます。それは一方で、イエスを嫌う人々の待ち構える世界でもあり、エルサレムでの受難に繋がる道でもありました。
 興奮した弟子たちの思うところは、イエスの思いとも神の思いとも合いませんでした。小屋を建てましょう、と言い出したペトロを雲が覆い、神の声が聞こえます。雲の中から神が語り掛けるのは、モーセの物語の中にもあったことを多い起こします。神の声は弟子たちに「これはわたしの愛する子。これに聞け。」と語り掛けます。先週御一緒に読みました第1回の受難予告のすぐあとに、マルコはイエスの言葉として、それぞれが「自分の十字架を背負って」イエスに従うことを求めます(8:34)。
 今日の物語の後半は受難の予告としては数えられておりませんけれども、弟子たちに向かって語られた受難の予告の一つです。イエスに聞け、と語る神の声は、単に教えを聞くことを求めているのではなく、十字架に向かって歩むイエスに聞き従え、と語り掛けているのでありましょう。
 十字架に向かって歩み始めたイエスは、山の上の栄光に留まることなく、山を降りてゆきます。私たちには、癒やしの奇跡を起こす力はありませんけれども、神の国の接近を伝え、神の救いの業を証言し、神の祝福を世界に行き渡らせることはできます。主の弟子として、山から降りるイエスに従い、その歩みを重ねてまいりましょう。

 合わせて読みたい 出エジプト記 24章12-18節
  2コリント書 4章1-6節、詩編 27編7-14節 

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年3月7日    
受難節第3主日  
聖書 マルコによる福音書 8章27-33節  
讃美歌21 527、510、81 

「その道の途上に」

 イエスの宣教活動は主にガリラヤ地方で行われました。ただ、詳しく見ていきますと、ガリラヤ地方でも大きな町には行っていないようです。イエスは7章に入ってティルスに行きます。これは旧約聖書でフェニキア地方と書かれる地方の一部です。明らかにガリラヤ地方の外ですし、いわゆるイスラエルの地の外になります。ティルスからさらに北のシドンに行き、戻ってきてヨルダン川の東にあるデカポリス地方に行き、ようやくガリラヤに戻ります。お馴染みのベトサイダで癒やしの奇跡を行ったあと、フィリポ・カイサリアの近くの村を回ります。これもフィリポ・カイサリアという大きな町を避けて村々を回ったように読めます。
 そうしてフィリポ・カイサリア周辺の村を回る途中、弟子たちに尋ねます。「人々は私のことを誰と言っているか」。すると弟子たちは、洗礼者ヨハネだ、エリヤだ、預言者だ、という評判を伝えます。この評判をイエスが知らなかったとも思えません。すぐに続いて「ではあなたたちはどう思っているのだ?」という問い掛けに続くのは当然のことでありましょう。
 マルコ福音書の記事に従えば、洗礼者ヨハネは6章で既に殺されており、しかもイエスの評判を聞いたヘロデ(ヘロデ大王の息子のヘロデ・アンティパス)がイエスの評判を聞いて、あれはヨハネが生き返ったのだ、と恐れたことになっております。
 洗礼者ヨハネが民衆の根強い人気を集めていたことは聖書以外の資料(ヨセフス『古代誌』)の記事にもありますから間違いないでしょう。イエスの評判が高まった時に、あれはヨハネが生き返ったのだ、とか、ヨハネは実は生きていたのだ、というような思いを持つ人が居ても不思議ではありません。日本で言えば義経伝説のようなものでありましょう。
 エリヤも当時の民衆にとって大人気の預言者でありました。エリヤと聞いて私たちがまず思い起こすのは、カルメル山でのバアルの預言者との対決でしょうか。いずれエリヤもじっくりと御一緒に読んでみたいと思いますが、あの対決物語はとても良くできております。あの物語だけでも、人気の預言者であって不思議ではないでしょう。しかも彼は、当時の民衆の信仰では、メシアの先駆けとして現れることになっておりました。これは単に人気だからと言うのではなく、マラキ書に書かれています(3:23)。メシアの出現が期待されていた時代ですから、ヨハネの評判が高いのも、エリヤの人気が熱いのも、当然の時代であり、その名前がイエスの評判となっても不思議でない時代でした。
 重ねてのイエスの問いに対して、ペトロは正しく「あなたこそキリストです」と答えます。メシアの先駆けではなく、メシア本人です、と答えているのです。その答えを確認したイエスは、しかしながら、弟子を叱って他言を禁じます。
 そして権力者たちに殺されることと3日目に復活することを予告します。するとペトロはイエスをいさめ、それに対してイエスはペトロを叱ります。
 ペトロの答えはペトロだけでなく、一緒に居た弟子たちみんなの思いであったことでしょう。そしてそれは、正しい答えでありました。しかしながら一方でそれは、分かってるけれども分かってない状態でありました。私たちの日常生活にもそんな場面はたくさんあるのでありましょう。
 イエスの宣教活動が1年間だったのか3年間だったのか、今もって結論は出ておりませんけれども、弟子たちと一緒に過ごした時間はいずれにしてもさほど長い時間ではありません。マルコは弟子たちがイエスのことを本当には分かっていなかった、と繰り返して匂わしますが、一面でそれは仕方なかったことのように思えます。大切なことは、イエスの受難と復活と昇天のあとにも弟子たちがイエスに従って歩み続けたことです。
 マルコ福音書のキーワードの一つは「道」です。これは目に見える物理的な道だけではなく、イエスに従う生き方を示す言葉でもあります。今日の物語はフィリポ・カイサリアの近くの村々を巡る道の途上での出来事でした。立ち止まりはしたかもしれませんが、どこかの村で、誰かの家で、その日の宿に辿り着いて、の話ではありません。そこに象徴的な意味があるように思えます。
 加えて今日の物語は第1回の受難の予告です。弟子たちにすれば、イエスの受難と復活にはこれから出会ってゆくのです。それはまだイエスに本当に出会うまでの道の途上の出来事でした。
 私たちも、ペトロたちと同じように、イエスに出会い、イエスに従ってゆく信仰の歩みを続けているわけですが、今も常にその歩みの途上にあります。私たちは毎年受難節の日々を過ごし、復活祭を毎年重ねてゆきます。イエスについて何処まで理解したら正解に辿り着いて合格卒業、ということはありません。常に新たにイエスに出会い、イエスの十字架に出会い続ける気持ちを忘れないようにして信仰の歩みを重ねてまいりましょう。その歩む道は御国へと続く道です。そしてその旅は、聖霊が弟子たちと共に居てくださったように、イエスが私たちと共に歩んでくださる旅でもあるのです。

 合わせて読みたい
   イザヤ書 41章1-8節、2テモテ書 1章8-14節 
   詩編 31編8-14節

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年2月28日  
受難節第2主日  
聖書 マルコによる福音書 3章20-27節 
讃美歌21 51、7 
「ベルゼブルとは何者か」

 イエスはガリラヤで宣教活動を行い、その最後にエルサレムへと向かい、そこで権力者と衝突して殺されます。そこに贖罪を見いだすのが私たちのキリスト教信仰です。歴史的事実としては、権力者との衝突が処刑の理由でありましょう。今日の物語にはマルコ福音書では初めて「エルサレム」という地名が出てまいります。エルサレムはイエスに敵対する律法学者たちの本拠地として記されます。神の救いについて、律法学者あるいはエルサレムという権威と、イエスとが衝突することが既に示されております。

 さてその律法学者たちはイエスを批判して「あの男はベルゼブルに取りつかれている」と言い、また、「悪霊の頭の力で悪霊を追い出している」と言います。
 では、ベルゼブルとは何者でしょうか。今日の物語では悪霊の頭と並んで出てまいります。ベルゼブルは元々はカナンの神バアルの尊称の一つであるバアル・ゼブル(気高き主)のことです。バアルはイスラエルがカナンを支配するようになると異教の神として退けられていきます。ところが実際には相当な影響力を残しており、例えば北王国の王アハズヤは大怪我をした時に(2K1)バアルの神託を求め、預言者エリヤから厳しく批判されます。その時のバアルの名前を列王記はバアル・ゼブブと記します。「蠅の主」という意味です。これが福音書の時代にはベルゼブルと呼ばれるようになります。イスラエルの伝統の中でバアルがどう見られていたかがよく分かる名前です。
 そうしますと、癒やしの奇跡を行い、神の国を語るイエスに対して、律法学者が投げかける言葉としてはいかにも侮辱に満ちた言葉であることも明らかです。その意味ではたしかに悪霊の頭と並ぶ言葉でありましょう。それに対してイエスは、サタンがサタンを追い出してどうするんだ、と言い返します。ベルゼブルも悪霊もまとめてサタンの一種だということでありましょう。
 旧約聖書で分かりやすくサタンという言葉が使われているのはヨブ記冒頭でしょうか。そこではサタンは神に敵対するものではなく、天使の一員のようなもので、人間の行いを調査する調査官のように描かれます(ゼカリヤ書の 1章と5章、とりわけ3:1-2.も参照)。ゼカリヤ書では、調査の結果によって人間を訴える検察官のように描かれます。新約ギリシャ語辞典では、サタン、悪魔、ヘブライ語を音訳した言葉で原意は反対者、敵、と書かれます。聖書ヘブライ語辞典を見ますと、訴訟における敵対者、告訴人、などとあります。現代ヘブライ語辞典では、悪魔、死の使い、敵、敵対者。結局のところ正体はよくわかりません。

 サタンの正体がよく分からないとなりますと、では、現代におけるサタンあるいはベルゼブルとは何だろうか?という疑問に繋がります。神学者の中道基夫さんがある書物で興味深いことを語っております。
 「わたしたちの周りには何ともいいようのないマイナスの力が働いていることがあります。それが一体何なのかが分からない中で、またその存在に気づかないうちに、その力に支配されていることはないでしょうか。・・・中略・・・(聖書は)むしろ、そのような力がただ恐れることしかできない正体不明のものではなく、名前を付け、対象化し、わたしたちが戦い、克服することができるものであることを表してくれているのです。名前を付けることによってわたしたちはその存在から既に解放されています」。
 天地創造の時、アダムがすべての動物に名前を付けたことを思い起こします。牛と羊をそのように名前を付けることで、どのような時に役に立つ家畜なのか、他の人に具体的客観的に伝えることができます。あるいは、ライオンとオオカミを区別して羊の群れを守る対策を立てることができます。
 新しい話で言えば、現代の生物学では、新しい動物を見つけたらそれが他のどの動物の仲間なのかを見極めて名前が付けられます。先週でしたか、駿河湾で新種の深海魚の発見と命名がネットで伝えられました。形態を調べたりCTを撮ったり遺伝子を調べたりした結果、セキトリイワシ(関取鰯)というグループの一種には違いないのだけど、今まで知られていた中で一番大きなものの4倍ぐらいのサイズがあるからヨコヅナイワシと名付けた、のだそうです。
 話を戻しましょう。中道先生はこう続けます。
 「現代のサタンは、差別、抑圧、貧困、偏見というような名前を持っています」。昨年来のコロナ騒ぎの中で、たしかに私たちはそのようなものをたくさん見聞きしました。なるほどあれは現代のサタンなのか、と思います。

 今年に入って私たちはマルコ福音書の奇跡物語のいくつかを御一緒に読んでまいりました。共通する隠れキーワードを挙げるならば解放です。悪霊や汚れた霊の追い出しなどの癒やしの奇跡は、身体的な痛みや苦しみからの解放であると共に、神の呪いや人々からの疎外からの解放でもありました。嵐を鎮めた奇跡は恐怖からの解放でもありました。今日の物語では、イエス自身も人々から癒やしを求められて頼りにされる一方で、気が変になったと思われてウワサされ、身内の人が取り押さえに来たことが記されます。イエス自身も神の呪いを受けたと勘違いされていたのです。
 しかしイエスは、自分はサタンの頭をも縛り上げると宣言します。そして人々をサタンから解放することを重ねて宣言します。それがイエスの示した神の国であり、神の救いの時でありました。
 イエスに従って歩む私たちは、サタンやベルゼブルに支配されてしまうことはありません。むしろ、サタンやベルゼブルに対して、祈りと行動によって、神への信仰によって、主の弟子として立ち向かうように求められています。コロナに限っても様々な情報が飛び交う現代社会で、差別や偏見や漠然とした恐怖という現代のベルゼブルに惑わされることなく、福音の証言者として、イエスに出会った者として、イエスをしっかり見上げながら、神の国に至る日々を重ねてまいりましょう。その信仰者の姿をパウロはエフェソ書(6:10-20)で神の武具を身に着けた者と表現するのです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年2月21日    
受難節第1主日
聖書 マルコによる福音書 1章12-15節
讃美歌21 337、530
「そこに誘惑あり」

 今週から受難節の主日となります。先週の17日が今年の灰の水曜日でありました。受難節は、主の御受難を思い、その先にある御復活を、さらには再臨を、私たちの信仰に刻み直す時です。

 多くの聖書日課では、受難節の最初に荒れ野の誘惑の出来事を振り返ります。マルコ福音書は、主がどのような誘惑を受けられたのか、詳しいことを記しません。マルコ福音書はイエスに従って歩みを重ねる中で出遭う様々な誘惑を読者自身に思い起こさせようとしております。その上で、十字架に向かって歩みを進めるイエスとは何者であるのかを思い起こさせようとしております。

 まずはイエス御自身の誘惑について考えてみましょう。

 この短い記事は、主の洗礼と神からの祝福を描く記事と、ガリラヤでの宣教活動の間に置かれます。先週のメッセージでは、イエスは人間としての生涯において、人間としての様々な経験をされたこと、人間としての様々な感情を経験されたことを、思い起こしました。誘惑も同じでありましょう。世の中の様々な誘惑や試練を、全てとは言い切れないかもしれませんが、経験されたことでありましょう。宣教活動を始めたとき、多くの人がイエスの元に集まります。福音書は決して露骨には書きませんけれども、集まったのは人だけではなく、お金も名声も集まったことでしょう。人々が散り始めたときには、もうやめようかという誘惑もあったかもしれません。おそらく最後の誘惑は、過越祭のエルサレムを立ち去り、ガリラヤに帰ることでした。

 それらの誘惑の最初が、宣教活動の開始に先立つ荒れ野の誘惑であり、それはイエスにとっての試練の始まりでありました。

 今年の棕櫚の主日にはゲッセマネの祈りの箇所を御一緒に読もうと思っております。先回りすることになりますが、その時、イエスは神の御心を尋ねます。そして御心に沿って再び立ち上がり、十字架へと歩みを進めます。そこから考えますと主の御受難は究極的には神の御心でありました。もちろん、そこではサタンの働きや、弟子たちの不甲斐なさや不信仰が露わになるのではありますけれども、同時に、その先にある御復活は、天地の創造者である神の御心と、創造者の大いなる力とがあればこその御復活でもあるのです。サタンも、死も、創造者である神を超えて、あるいは神を差し置いて、私たちを支配することはできないのです。

 受難節の始まりに当たり、受難節の最後の場面も確認しておきましょう。十字架による処刑の現場責任者であった百人隊長は、「本当に、この人は神の子だった」と語ります。これは主の洗礼の時に、天から聞こえた声に対応しています。「あなたは私の愛する子」と神は語り掛けます。来月読みます「主の変容」の物語でも、神は弟子たちに「これは私の愛する子」と告げます。

 イエスの宣教活動は神の国の接近を告げて始まります。癒やしの奇跡は癒やしを受けた人にとっても、あるいは、その人の身内や友人の人たちにとっても、神の国の始まりでした。百人隊長がガリラヤでのイエスの活動や評判を知っていたとも思えませんけれども、彼は、主の十字架が神の国の到来を告げるものであることを正しく理解したようです。弟子が理解していないのに、ローマ人である百人隊長が理解していたと描くところに、弟子たちへのマルコの厳しい視線を見ることもできますし、現実に支配者であるローマへの遠慮というか忖度もあったのでしょうけれども、マルコは福音書全体を通して、イエスが神の子であり、イエスが神の国を人々のもたらしたことを記します。

 しかしその宣教活動は、最初にも申しましたように様々な誘惑と試練の中にありました。その誘惑に、イエスは日々の祈りによって力を得て、立ち向かい、サタンの試みに勝利するのです。

 いかなる試練も誘惑も、創造者である神の支配を超えて私たちを誘惑することはできません。私たちもイエスを信じる信仰によって誘惑や試みに立ち向かいます。

 今日の福音書と合わせて読むように示されているヘブライ書には次のように書かれております。キリストは、御自身が「試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです」。

 ヘブライ書は手紙とされておりますが、実際には説教集であったようです。その説教が語られた教会は、迫害の危機に遭ったと考えられています。その状況下、先立ち行くキリストをしっかり見つめつつ、希望と忍耐を持って歩み続けることが勧められます。

 私たちの日々には、様々な誘惑があり、試練があります。誘惑や試練に苦しみ悩むその時、私たちと同じ誘惑や試練を経験され、その経験によって私たちを誘惑や試練から助け出してくださるイエスこそが、私たちと共に居てくださり、私たちを神の国へと導いてくださいます。サタンの力も、死の力も、神の国には打ち勝つことはできません。

 受難節の日々、イエスに従って歩み続けることの大切さと、イエスを見上げて歩み続けることの安らぎをあらためて心に刻み、主の御受難こそが、その平安の基であることを確かめてまいりましょう。

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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