2021年度 降誕節の礼拝説教

マラナ・タ教会主日礼拝説教 2022年1月16日    
降誕節第4主日 主日主題:宣教の開始   
聖書 ルカ福音書 4章16-30節   
讃美歌21 2、517  
「主の恵みの年を」
 ガリラヤ地方は元の北王国の一部です。アッシリア捕囚で多くの人が連れ去られた後、アブラハムを先祖としない民族の人々が移住させられた歴史を持ちます。イエスの時代にはユダヤ地方からは異邦人のガリラヤと言われておりました。それだけにかえってガリラヤ地方の人々は芯の強い信仰を持っておりました。
 そのガリラヤ地方で、イエスは神の国は近付いたというメッセージと、生き生きした聖書解釈・律法解釈と、癒やしの奇跡によって、力ある預言者として大いに評判が広まるのです。
 その評判はナザレの人々にも届いています。「ヨセフの子ではないか」という言葉からは、随分と長い期間、イエスがナザレを離れていた様子がうかがえます。イエスが帰ってきたことで、地元の有名人の話が生で聞ける。癒やしの奇跡も目の前で起きる、と人々の期待は高まります。
 安息日となります。ナザレの人々も会堂に集まります。イエスに手渡された巻物はイザヤ書でした。読まれたのは61章の冒頭部分です。第3イザヤの預言です。第3イザヤはバビロン捕囚から解放された後の時代にエルサレムで活動した預言者です。引用されている部分の前半は第3イザヤが預言者として立てられたことの宣言のようです。ルカ福音書としては、これはイエス御自身がメシアすなわちキリストとして遣わされたことの宣言となります。ナザレの人々の期待はさらに高まります。
 預言者が、そしてメシアが立てられ、遣わされたのは、貧しい人に福音(良き知らせ)を伝え、捕らわれている人に、あるいは圧迫されている人に、解放をもたらすためでした。第3イザヤの時代に即せば、これは借金のために捕らわれた(債務奴隷)人々の解放を意味しているのでありましょう。それはイエスの時代のガリラヤの人々の姿でもありました。ガリラヤはユダヤ地方とは異って豊かな農業生産を期待できる土地柄でありましたが、その収穫はエルサレムなどの大都市に住む貴族や大地主によって奪われ続けておりました。ナザレの人々にとっても土地を失って債務奴隷となることは他人事ではなかったはずです。
 その人たちを解放するのが律法に記された「主の恵みの年」でありました。これは7年ごとの安息年が7回繰り返されたさらに次の年である50年目ごとに、借金が帳消しにされ、担保になっていた土地や財産が返却され、債務奴隷が解放される年です(レビ 25:20)。ヨベルの年と呼ばれる、貧しい人への喜びの知らせです。

 イエスの時代に即せば、借金からの解放と合わせてローマの支配からの解放を意味します。ローマからの解放は神の国の実現につながります。そしてイエスはイザヤ書の巻物を係の人に返すと、イザヤの預言は今日実現した、と語り始めるのです。
 当時の礼拝が、聖書の言葉を静かに聞く礼拝であったのか、熱狂的に聞く礼拝であったのか、一般的な様子はわかりませんけれども、この時、ナザレの会堂は大きな喜びと興奮に満たされたことでしょう。神の国が近付いた、というメッセージが語られたのです。次は癒やしの奇跡だ、と誰もが思います。
 ところがその時、列王記に記された故事を引いて、ここでは癒やしの奇跡は起こらない、とイエスが宣言します。しかも、「預言者は、自分の故郷では歓迎されない」とまで言い切ります。期待が大きかったその分、人々の怒りも大きかったのでありましょう。人々はイエスを殺そうとしますが、その人々の間をどうやってかすり抜けてイエスはナザレを立ち去ります。その後もイエスは、ガリラヤ地方を回り、神の国は近付いたと語り続け、癒やしの奇跡を起こし続けて、主の恵みの年を顕し続けます。
 2000年後のわたしたちにとって、主の恵みの年とは何だろうか?また、捕らわれからの解放とは何だろうか?と思います。もちろん、今も経済的に解放の年を必要としている人は世界に多くいます。その人たちの解放をわたしたちは祈り続けねばなりません。政治的にあるいは社会的に、さらに言えば文化的に、捕らわれ人となっている人も世界に多くいます。その人たちのことも祈り続けねばなりません。またその祈りを形にしてゆくことも大切なことです。
 合わせて、わたしたち自身にとっての主の恵みの年、捕らわれとは何だろうか、と思います。そのひとつに、この2年間続いている新型コロナの蔓延があるのは間違いないでしょう。日常生活にも信仰生活にも様々な制限が掛かり続けています。疫病の流行自体は、悪魔の仕業でもなければ、神による何かの罰でもないはずです。それは、良くも悪くも、神が造られた世界の命の仕組みの一部にすぎません。
 ただそのことにわたしたちの心が捕らわれてしまうことはあるでしょう。あるいはそこから離れようとして、目や耳を塞いでしまい、神の語り掛けすら聞こえなくなることもあるかもしれません。それが起こるのはコロナ感染症にかぎりません。
 捕らわれからの解放というイエスの呼び掛けの声を聞き落とすことのないように心の耳を澄ませ、主の恵みの時を祈り求め、イエスの呼び掛けに応える信仰を持ち続けたいものです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2022年1月9日    
降誕節第3主日 主日主題:イエスの洗礼   
聖書 ルカ福音書 3章15-22節   
讃美歌21 289、419、81  
「水によって、聖霊によって」
 使徒言行録を見ておりますと、パウロの伝道旅行の出発地でありましたアンティオキアで、イエスを信じる人たちのことが初めてキリスト者と呼ばれたことが記されます。あまりいい意味ではなかったようです。キリストに与する者たち、キリストキリストと言い立てる連中、ぐらいの言わば渾名としての呼び方であり、教会の外からの呼び名でありました。
 洗礼者ヨハネという呼び名も、人を水に沈め続けるヤツ、という揶揄を込めた呼び方として始まったように思われます。古くはすでにヨセフスの『ユダヤ古代誌』(文庫6p.50)においても「洗礼者と呼ばれたヨアンネス」と書かれておりますから、自ら洗礼者と名乗ったのではないでしょう。
 現在のキリスト教では多くの教派において、洗礼は頭に少しだけ水を掛ける滴礼と呼ばれる方式で行います。ところが、一部の教派に伝えられているとおり、元来のヨハネの洗礼は受ける人を水の中にドブンと漬け込みます。これは明らかに死と再生を象徴する儀式です。御子キリストが御受難の後に復活されたように、わたしたちもまた、洗礼によって復活へと結び合わされるのです。
 福音書にも、あるいはヨセフスにも書かれておりますとおり、多くの人がヨハネの元に馳せ参じて洗礼を受けます。実際のところヨハネ一人ではできなかっただろうと思います。集まる人々をどんどんヨルダン川に浸けていったのはヨハネの弟子たちであったのかもしれません。
 最終的にヨハネは時のガリラヤの領主であるヘロデ・アンティパスによって処刑されます。福音書にはその理由をアンティパスの不倫を糾弾したからと記されております。実際にそれを公言もしていたことでしょうけれども、なによりもやはり、民衆に対するヨハネの影響力を支配者たちが恐れたことがヨハネの命取りになったのでありましょう。
 洗礼という宗教的儀式自体はヨハネのオリジナルではなく、元々当時のユダヤ教にも洗礼という儀式はありました。ただそれは日本で言うところの沐浴や禊ぎに当たります。必要に応じて何度でも行います。ヨハネのオリジナルなところは、キリスト教の洗礼に通じる人生でただ一度限りの洗礼である点です。そしてキリスト教の場合には、宗教学的に突き放して言えばキリスト教への加入儀礼(儀式)になるのですが、ヨハネの洗礼は、あくまでもユダヤ教の中でのことであり、間もなく来ると信じられていた最後の審判に向けての洗礼でありました。
 ヨハネは神の国が近付いたことを宣言し、人々に洗礼を施します。イエスもヨハネの元に赴き、洗礼を受けます。その後には、ヨハネの弟子として活動した時期があっただろうと言われています。ヨハネに代わって人々に洗礼を授ける働きをしていたのか、あるいはガリラヤ各地を回ってヨハネが神の国の近付いたことを叫んでヨルダン川で洗礼を授けていることを知らせるグループの一員であったのか、興味は尽きませんが、福音書はイエスがヨハネの弟子であったことを隠そうといたします。
 福音書記者の立場から言えば、ヨハネはあくまでもイエスの先駆けであり、イエスがヨハネの弟子であったことは認めたくないことでありました。「わたしは、その方の履き物のひもを解く値打ちもない」というヨハネの言葉も、実際にヨハネがそう語ったのかどうか確かなところはわかりません。もっとも、今日の物語のすぐ前、8節~14節のヨハネの一連の言葉はヨハネに遡るような気がします。ヨハネは自分のことを最後の審判の前に現れた預言者と考えていたようです。ルカは削ってしまいましたが、マルコとマタイが伝えるヨハネの服装からそのことがうかがえます。
 とはいえ、その後の歴史から見て、ヨハネがイエスの先駆けであったこともまた確かなことでありました。ヨハネはイザヤが預言したその通りにメシアのための道を備えたのです。そしてイエスは備えられた道を通ってヨハネの元に来てヨハネから洗礼を受けるのです。神の国は近付いたと語るヨハネを受け、神の国を実現するために、神の国の預言を成就させるために、イエスは洗礼を受けます。
 御言葉である神の子が、人の姿を取ってこの世に生まれ、そして人生ただ一度限りの洗礼を受けることで、御子キリストは、わたしたちと共に歩むものとなってくださったのです。そしてこの洗礼によって、ヨハネは神から託された使命を果たし終え、神の国へと通じる道をキリスト御自身にゆだねることになります。
 ヨハネは語ります。「わたしはあなたたちに水で洗礼を授けるが、わたしよりも優れた方が来られる。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる」。わたしたちの生きる道がキリストと共に歩む人生であり、わたしたちが水の洗礼を受けただけではなく、キリストに出会ったことによって聖霊の洗礼を受けたことを、あらためて心に刻み、信仰の日々を重ねていきたいものです。
 わたしたちが、日々聖霊を新たに受けて、主と共に歩み続けることができますように。主の御生涯と御復活を記念し続けることができますように。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2022年1月2日    
降誕節第2主日 主日主題:神殿での奉献  
聖書 ルカ福音書 2章21-40節   
讃美歌21 502、464、81  
「お言葉どおりに」
 さまよえるユダヤ人という古い伝承があります。最初に文学として記されたものではないので細かいところでは様々な異説があるのですけれども、十字架を背負うイエスを罵ったり叩いたりしたある人物に向かって、イエスが「私が帰ってくるまで生きているように」と言葉を掛けますと、それが呪いの言葉となり、その人は死ぬことができなくなった。イエスが帰ってくる時とは復活の時ではなく再臨の時の意味であった。その人はヨーロッパを転々としてイエスの受難を語り伝える人となった、というのです。
 もちろん聖書にある話ではないのですが、強いてルーツを探せば、マタイ福音書やルカ福音書ではイエスが弟子たちに「神の国を見るまでは死なない者がいる」と語ります。ヨハネ福音書の最後にもあります。これらが呪いの言葉とも思えませんが、なにがし伝承が作られてゆく時のヒントにはなったかもしれません。
 今日の物語のシメオンも、メシアに会うまでは決して死なない、と神からお告げを受けておりました。当時はメシアの現れることが強く期待されていたのですから、そのお告げは決して呪いではありません。しかし一方で、期限を知らされずに待つのは、誰にとっても苦難を伴うことでありましょう。いつ帰ってくるか分からない、人、物、お金。諦めもつきませんけれども、それでも期待を持ち続けるのは難しいことです。シメオンへのお告げも、呪いではないけれども、単純に祝福とも言えません。
 考えてみれば、アブラハムへの約束もすぐには果たされませんでした。アブラハム物語を見ておりますと、期待半分、諦め半分、の境地と思える箇所がいくつもあります。さらにいえば、代々のキリスト教徒は2000年も主の再臨を待ち続けております。主の祈りで「御国が来ますように」と日々に祈っておりますけれども、自分が生きている間に主の再臨があるとは実は本気では信じていない、すぐに帰ってくるからと弟子たちに言い残したのは何だったのか?と内心では思ってしまうところがあります。
 シメオンはどうだったのか?と思いますと、やはり期待と共に、待ちくたびれたような思いもあっただろうと思います。シメオンは「主よ、今こそあなたはお言葉どおり、この僕を安らかに去らせてくださいます」と言います。原語の「今こそ」には「満ち足りた」あるいは、はっきり言えば「もう十分です」という含みがあります。シメオンは自分が待っていたことは無駄ではなかったのだ、と思ってホッとして(神殿ではなく)この世を去ったのでありましょう。
 考えてみますと、当時のメシアはローマ帝国の支配からの解放者です。戦争の指導者を意味します。考えすぎかもしれませんが、シメオンにすれば異邦人の支配からの解放の喜びだけではなく、戦争の悲惨を見ないですむ安堵もあったのかも知れません。
 繰り返しますが、シメオンはメシアにいつか会える、それまでは死なない、告げられておりました。祝福であるような、どこかしら呪いでもあるようなお告げです。そのお告げがようやく成就します。シメオンがマリアに語るお告げもまた、祝福であるような、呪いであるような言葉です。厳しい預言というべきでありましょう。
 受胎告知の時はガブリエルがエリサベトに会いに行くことを勧めます。マリアはエリサベトに会うことで、お告げの確かさを確認・確信します。そして今度は、自分が聞いていたお告げは実現した、神のお告げは必ず実現する、と語るシメオンから、「あなた自身も剣で胸を刺し貫かれる」と告げられるのです。マリアもヨセフも平穏ではいられなかったことでありましょう。
 ガブリエルのお告げのうち、イエスが生まれるところまではすでに実現しています。成長した後にどうなるのか、と思うところにさらに厳しい預言を受けているのです。マリアとヨセフも、この子がローマからの解放戦争に巻き込まれることを心配する中、神殿にいる老人からも同じようなことを言われるのです。しかも老人は「お言葉どおりになりました」と言っております。ガブリエルのお告げに「お言葉どおりになりますように」と応えたマリアとしては、さぞかしドキッとしたことでありましょう。
 しかしながら、シメオンとガブリエルは違うことも言います。ガブリエルは、その子はヤコブの家をとこしえに支配する、と語ります。シメオンは、この子は異邦人を照らす啓示の光、万民の救い、と語ります。以来2000年、わたしたちは今もこの救いに与り、この啓示の光に照らされ続けています。御子キリストの誕生を祝う降誕節の日々の中、わたしたちは今年も新しい1年の歩みを始めました。今年もまたわたしたちは様々な迷い、悩み、苦しみ、混乱、と共に日々を重ね、また世界中から届く、事件、事故、災害の知らせを耳にすることでありましょう。それでもなお、ルカ福音書のイエスは「神の国はあなたたちの間にこそある」と語り(17:21)、マタイ福音書のイエスは「私は世の終わりまであなたたちと共にいる」と語り掛けてきます(28:20)。
 キリストと共に歩むことこそ神の国に至る道と信じて、日々の歩みを重ねて参りましょう。主のお言葉どおりになりますように。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年12月26日   
降誕節第1主日  主日主題:東方の学者たち    
聖書 マタイによる福音書 2章1-12節
讃美歌21 267、278
「すべての民からの」

 教会暦としてのクリスマスシーズンは、年末を超えて1月6日の公現日まで続きます。教会暦の期節としての降誕節はさらに続き、灰の水曜日の前日までとなります。今年は3月1日までです。
 公現日はマタイ福音書に記された、いわゆる3人の博士が東の国から訪ねてきたことを記念する日です。彼らはペルシャかバビロニアの祭司であり、星占いをよくする人たちであったと言われています。バビロニアはもちろんバビロン捕囚の地でありました。ペルシャ帝国はバビロン捕囚からの解放をもたらしますが、やはり異邦人の国です。異邦人の手で捕囚からの解放が実現したことは、喜ばしくもあり、一方で、神ヤハウェ御自身の手による解放でないことに不安や疑いがあったのではないか、と考える聖書学者もいます。その東の地から、博士たちはキリストの誕生を祝いに来るのです。
 博士たちの訪問の出来事がそのまま歴史的な事実かと問われれば、それはさすがに無理があるだろう、と思います。一方で、何か思いがけない人物、それも、堂々と会いに来るわけにはいかないような人物が、お祝いに現れた、というのはなにがしあったような気がします。それは異邦人であったかも知れませんし、隠れて星占いをする人物であったかも知れません。
 律法では、占いは禁止されています。もっとも、祭司や預言者を通して神の御心をうかがう、いわゆる神託は行われておりましたし、大祭司の祭服にはウリムとトンミムという、おそらくくじ引きの道具が付いておりました。星占いに話を限りますと、大空も星も神の被造物であり、その運行も神が司っていることが、未来を予見するような星占いを禁じる理由であるようです。


 異邦人である彼らが、しかも聖書で禁じられている占星術の学者である彼らが、最初に「ユダヤ人の王」の誕生に気付きます。マタイ福音書を読み進みますと、イエスが次にこの名で呼ばれるのは、十字架に掛けられる時です。十字架の上に掛けられた罪状書きに書かれております(27:37)。しかしながらその2つの場面はどちらも、キリストが全ての人の救い主であることを表す場面なのです。
 さて、彼らが3人の博士と呼ばれるのは、これまたみなさんよくよく御存知のように、彼らが3つの贈り物を携えてきたからです。黄金と乳香と没薬でした。どれもとても高価なものです。彼らが物語に登場するのは、エルサレムに着いてからです。
 しかし彼らがペルシャから来ていたのだとすれば、エジプトに向かう街道を使っても、何日もかかる旅です。何度も宿に泊まり、途中、街道筋とは言え人気の少ないところでは、オオカミや熊や強盗に襲われる心配をしてエルサレムにたどり着くのです。荷物持ちの従者もいれば、護衛の従者もいたことでしょう。贈り物だけではなく、往復のための旅費もたくさん持ち歩いていたことでしょう。新しい王に会いに行くのだという喜びだけではなく、様々な不安も抱えての旅です。
 それだけの思いの詰まった贈り物を彼らは携えてきたのでした。地位のある祭司たちであったから、高価な贈り物ができた、と単純に考えてはいけないようです。
 その贈り物は、黄金はエジプトへ逃げるための費用になり、乳香と没薬は葬りの備えとなった、と語られることがあります。
 いくら星占いをよくする人々であったとしても、その時点で彼らがそこまで見通していたとも思えませんが、それらの贈り物は、祭司という彼らの地位にふさわしく、そして長旅を経た彼らの思いが込められ、そしてまた占星術師という彼らの賜物に即した贈り物でありました。後の時代には、キリストの王権、神聖、あがない、を意味すると言われるようになりました。
 公現日は、博士たちが幼子キリストを尋ね当てたことを祝う日です。彼らはこの時、全ての民の代表者として幼子キリストに会いに来た、とされます。したがって、聖画に描かれるときには、3人は、若者と壮年と老人として描かれ、あるいは白人と黒人と西アジア人として描かれます。ただし3人とも男性です。彼らが本当にすべての民の代表者であれば、あるいはこれからは、男性と女性と性的少数者の組合せで描かれることもあるかもしれません。


 福音書には彼らの名前は記されませんが、伝承では3人の名前もついています。時代により、地方により、違う名前の付けられております。それだけに、この物語が人々に親しまれた物語であり、彼らが本当にすべての人の代表者であったことを物語るのかもしれません。
 繰り返しますが、彼らは全ての民の代表者として幼子キリストに会いに来ます。そうであるならば、彼らの贈り物は、彼ら自身の贈り物であるだけではなく、すべての人からの献げ物でもあります。
 私たちは、幼子キリストに会いに行ったとき、何を献げるのだろうか、と思います。わたしたちの賜物に応じた献げ物を、思いを込めて、キリストに献げたいものです。

 

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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