降誕節 2020年度の礼拝説教要旨

マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年2月7日    
降誕節第6主日
聖書 マルコによる福音書 2章1-12節    
讃美歌21 224、494、81
「神の国の始まり」

 宣教活動の最初にイエスは「神の国は近付いた」と宣言しております。そしてマルコ福音書は受難物語の直前に至るまで多くの奇跡物語を記します中でも、1章後半から2章は次々に奇跡が起こされます。これは単にたくさんの奇跡を描いてイエスはすごかったと主張したいわけではありません。それぞれの奇跡には、それぞれのポイントとなる意味が含まれております。

 今日の物語では、罪の赦しと病の癒やしが一つになって語られます。イエスの奇跡を目の当たりにしたガリラヤの民衆にとっては、なるほどと思うところの多い神の国の姿であり、近付いた神の国の姿であったように思えます。

 よく知られていることですが、当時は重い病でありますとか、心身の障がいでありますとかは、なにがしかの罪に対する神の罰だと考えられておりました。だからその人たちは神の救いの外にある人たちであるとされます。イエスはそれに対して異を唱えるわけです。イエス自身の言葉としてその思いが記されているのはヨハネ福音書だけですが(9:3)、マルコ福音書の示すイエスも同じ考えであったと見ていいでしょう(cf.1:41,5:34)。そして、病や障がいは本人や先祖の罪に対する神の罰などではない。その人たちも神の民であり、神によって作られた命であり、神の救いの中に居る人たちなのだ、と主張します。

 そこに今日の物語が癒やしと罪の赦しを並行させる意味があるようです。

 ある日、イエスと弟子たちがカファルナウムに帰ってまいりますと、大勢の人が集まってきます。どんな広さの家なのかな?と思いますし、この時イエスは群衆に何を語っていたのかな?と思います。人々は、イエスの話を聞くことだけが目的であったのか、それとも、この中風の人以外にも病の癒やしを求める人が居たのだろうか?そんなことも思います。

 群衆の多くは家の中というよりも家の前に居たのでありましょう。屋根を剥がして壊すなどと言いますと、私はどうしても26年前の震災(1.17)直後の景色を思い浮かべてしまいますのですけど、2000年前の聖書の世界の家は平らな屋根が屋上になっており、夜には屋根の上で涼んだりしたようです。そして日本のような年中雨が降る地方ではないので、壊すのも直すのも簡単だったと言われております。
 連れてきた4人とは誰であったのか?興味は尽きませんが、彼らについてはまたの機会に考えることにいたしましょう。

 「神の国は近付いた」と語るイエスが、なぜ癒やしの奇跡を起こしたのでしょうか。なぜ、そこに「罪の赦し」の宣言が加わるのでしょうか。マルコ福音書を先まで読み進みますと、癒やしの奇跡と罪の赦しが組み合わされているのはマルコ福音書ではこの奇跡だけです。マルコ福音書のほかの癒やしの奇跡では、イエスを信じることが強調されています。

 宣教活動の初期に癒やしの奇跡が集中し、なおかつ、ごく初期の癒やしの奇跡である今日の物語に「罪の赦し」が重ねられているのは、そのことがガリラヤの民衆にとって目に見える神の国のはじまりだったからでありましょう。癒やされた人や奇跡を見ていた人たちにすれば、赦しの宣言と癒やしの奇跡が合わさることによって心と体の両方が癒やされるのです。

 病が癒やされることで、罰は免除になり、ひいては罪も赦されているはず、と後代の読者である私たちは思いますが、往事の人々にすれば罰が免除されただけでは安心できなかったのではないでしょうか。赦しの宣言によってこそ赦しが確定される、本当に安心できる、というところがあったのでありましょう。

 赦しが確定されることによって、その人は神の民の交わりに復帰することが認められるのです。彼を連れてきた4人にとっても、大切な人が神の民の中に戻ってくるのです。今風にいえば、イエスの癒やしの奇跡は、心と体の全体にわたる、そして社会とのつながりを回復する、全人的な癒やしであったと言えます。それゆえに、その癒やしの奇跡は、癒やされた人にとって、あるいはまた癒やされた人を連れてきた4人の仲間にとって、神の国の始まりとなるのです。

 現代においては文字通りの意味での癒やしの奇跡はなかなか起こりません。病や怪我が癒やされたときも、それが治療の結果なのか、人が自然に持つ治す力が現れたのか、それ以上の奇跡的な力が働いていたのか、私たちには見分けがつきません。

 むしろこの奇跡物語から私たちが思い起こしたいことは、イエスが体と心と社会のとつながりを一つのものとして癒やしの対象とされて人々を神の国へと導き入れたことでありましょう。天地創造によって創られた命は体と心を持つ命でありました。そして命の創り主である神は、アダムが一人で居ることをヨシとしない神でありました。

 与えられた命を大切にすることは、体と心とを、また社会とのつながりを、その全体を大切にすることです。それが神の国の実現に繋がることを心に留めつつ、コロナの日々の中を前を向いて歩んでまいりましょう。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年1月31日
降誕節第5主日
聖書 マルコによる福音書 4章1-8節    
讃美歌21 54、92    
「みことばを蒔くと」

 マルコ福音書はイエスの宣教活動の初期に奇跡物語を集中させます。とはいえ、イエスの宣教活動は奇跡と教えが並び立つものでありました。そこで今日は福音書を少しだけ先回りして譬え話を御一緒に読んでまいりましょう。

 みなさんよく御存知の有名な譬え話です。今日は種を蒔く人に注目してみましょう。と言いますのも、譬え話の元来の最初の聞き手であったガリラヤの群衆は種を蒔く人に自分たちを結び付けたことでしょう。あるいは、少し違った意味でではありますけど、福音書の最初の読者たちも種を蒔く人の方がスッと入ってきたかもしれません。そう考えますと、福音書に記されている土地に注目させる解説は、むしろもう一つの読み方を示すものであった可能性を考えていいでしょう。

 譬え話のそもそもを考えますと、聞く人にとって分かりやすい話、聞く人にとっての身近な出来事に例えて大事なことを噛み砕いて話します。種蒔きの場面は、ガリラヤの農民にとっては自分たちの生活の一部です。あるいは町の人にとっても、種を蒔く場面そのものはよく見る景色として知っている場面でありましょう。この譬え話は、元々はガリラヤの農民たちや小さな町に住む人々に向かって語られた可能性が高いと考られます。ただ、そこまで戻って考えるのは少し大変です。私たちに立場が近いのは福音書の最初の読者である弟子たちです。彼らも町の住民です。その立場に近付きながら読んでみましょう。

 そこで大事なのは、最初にも申しましたように、イエスの宣教活動は奇跡と教えが並び立っていることです。弟子たちの目の前では既に奇跡は起きておりません。目の前で繰り返されるのはイエスの教えが語り直されることでした。そして教えの多くは譬え話でした。福音書に描かれる律法学者との議論のような場面は、たいていは、奇跡への難癖であったり、教えへの反発であったりしたところから始まります。その意味で議論の場面は奇跡や教えに付属するものとみていいでしょう。

 イエスの教えの多くは譬え話として語られます。その譬え話では神の国が語られるのです。先程は8節までの譬え話本体部分を読んでいただきましたが、そのすぐ後、10節で、12人の内には入らない弟子と思われる人たちがイエスに質問します。それに答えてイエスが「あなたたちには神に国の秘密が打ち明けられているが、ほかの人々にはたとえで示される」と語っております。神の国の秘密が譬え話で示されている、というのです。

 マルコ福音書の最初の読者は、すでに弟子である当時の教会の人々です。イエスをキリストと信じる信仰を持った人たちです。そしてその信仰によって、同じ神を信じているはずのユダヤ人からも、またギリシャ・ローマの神々を信じる人たちからも、迫害の危険を感じていました。この譬え話の解説部分である17節には、まさにその状況が記されております。その中でイエスの教えを語り継ぐことは、イエスの教え、イエスの言葉、という種を蒔き続けることに似ていないでしょうか。

 解説部分を見ますと、道ばたに落ちた種を食べる鳥とは御言葉を奪うサタンのことと書かれます。食べに来る鳥を追い払いきれるものではありませんし、ほかの種を蒔いている間に後ろで食べているかもしれません。石だらけの土地に落ちた種とはイエスに出会ったけれども離れていく人たちです。世間の目や仕事の付き合いのために教会から遠ざかる人は今も居りますし、昔も居たことでしょう。茨の中に落ちた種とはこの世の思い煩いや富の誘惑にふさがれた人と説明されます。最初から御言葉が入って行かない人のことでしょうか。現代であれば、自分には宗教は不要と考えている人たちも含まれることでしょう。

 種を蒔く人は弟子たちです。自分たちの信じるイエスの救いがなかなか伝わらない、キリストに出会った喜びを信じてもらえない、そのもどかしさは私たちも度々経験することです。同じ思いを2000年前の弟子たちも経験していたのです。でも彼らはイエスの救いという種を蒔き続けました。考えてみれば、どこかの世代が蒔き続けても全然実らないからもうやめようと思っていたら、イエスの救いという実りはそこで絶えていたのです。種を蒔き続けた弟子たちの系譜に私たちも繋がってまいりましょう。

 譬え話は最後に大きな実りを描きます。実際の農業では種を蒔いたままで、あとは放置するようなことはないでしょう。様々な世話をしているはずです。しかしそれは描かれません。譬え話が長くなってポイントがぼやけるから、ということもあるでしょうけど、もう一つ大事なことが含まれているように思います。この譬え話の言う種は、イエスの救いであったりイエスの言葉であったり行いであったり、つまりはイエスそのものです。

 種を蒔き続けることの大事さと共に、その実りの喜びは種を蒔く人の力に依ってではなく、種そのものが持つ力によってもたらされたことをこの譬え話は語っております。それがこの譬え話に示された神の国の奥義(秘密)なのでありましょう。それだけ大きな力のある種を蒔いているのだ、ということに私たちは力を得て、また喜びを感じて、種を蒔き続けたいものです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年1月24日 
降誕節第4主日
聖書 マルコによる福音書 1章21-32節  
讃美歌21 459、55
「喜びの知らせを」
 イエスはガリラヤでの宣教活動の最初に弟子を集めます。ここまでで集められている弟子は、ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ、の4人です。カファルナウムはガリラヤ湖の港町です。イエスが4人に出会ったのもカファルナウムに近い岸辺であったのでしょう。羊飼いとは異なり、漁師は安息日に漁に出ることはないでしょうから、今日の記事は出会ったその日のことではないと思われます。
 次の安息日でしょうか。一行はカファルナウムの町に入り、会堂へと向かいます。会堂での礼拝の基本は私たちの礼拝と同じです。賛美の歌が歌われ、詩編が読まれ、聖書が読まれ、祈りの時があり、メッセージが語られます。会堂の礼拝ではメッセージの語り手は決まっていません。むしろ、会堂で律法について語ることができる(ぐらいに律法について勉強した)、ということが成人男性として認められるための条件であったのでしょう。
 人々はイエスの話を聞いてびっくりします。律法学者のようにではなく権威ある者として教えた、というのです。たしかに、「時は満ちた。神の国は近付いた。悔い改めよ。福音を信じよ」。これがイエスの最初のメッセージでした。律法学者であれば、神の国が近付いたと何故言えるのかを縷々説明したことでしょう。イエスは自信に満ちて宣言したのではないでしょうか。

 その会堂に汚れた霊に囚われた人が居りました。今日の物語では悪霊ではなく汚れた霊です。霊が気付きます。今日のメッセンジャーはナザレのイエスである、神の子イエスだ、と。霊はイエスが神の聖者であることを叫びます。
 マルコは弟子たちがイエスのことを実は分かっていなかったのだ、ということを繰り返して記します。ところが今日の物語では、イエスの何者であるかを、こともあろうに汚れた霊がすでに知っていたと記します。それらしい言い方をするならば、イエスについての最初の証言者が汚れた霊であったというのです。もっとも、その証言を聞いても理解できなかったのは弟子たちだけではなく、その日の会堂にいたカファルナウムの人々も同じでありました。
 そしてその霊は最終的には追い出されるわけでありますけれども、抵抗してこう言います。「オレたちを滅ぼしに来たのか」。マルコ福音書を5章まで読み進みますと、レギオンの物語があります。大勢の悪霊が、追い出されるにあたって豚の群れに取り付くことを願い、許可を得ます。ところがその豚の大群はガリラヤ湖に飛び込んで溺れ死んでしまいます。今日の物語もそこに繋がるような気がします。

 汚れた状態というのは、その一方に清い状態があるからこそ成立します。汚れた霊が滅ぼされてしまいますと、清い状態だけが存在することになります。実際には、そこからまた何か理由を付けて汚れた状態を定義してしまい、汚れたとされる人を排除してしまうのが人間でありましょう。人間だけではないかもしれません。近年の研究では、アリの世界でも、働きアリの中には必ず何%かの働かない働きアリがいるそうです。その働かないアリを取り除いてしまうと、かならずまた働かないのが出てくる、と言われております。どこか似ている気がします。

 世の現実はそうであったとしても、そうならないのが神の国である、とイエスは主張するようです。イエスの語るところの、近付いた神の国とは、汚れた状態を排除して清くなるのではなく、汚れが滅ぼされることで、何かから区別された清さすらも存在しなくなるような状態であるように思えます。
 イエスの宣教活動は、当時、神の救いから疎外された人々、救いの外にあると考えられていた人々の向けられています。マタイとルカのクリスマス物語では羊飼いと異邦人の博士(律法では禁じられた星占い師)がキリストの誕生を知らされます。どちらも神の救いの外にある人たちです。そして、徴税人、重い皮膚病の人たち、重い病気や障がいを持つ人たち、そのような人たちに、あなたたちも神の救いの中に居るよ、と語り掛けたのがイエスでありました。そのことを、この汚れた霊は逸早く見抜いたのでありました。

 安息日の礼拝を終えた後、一行はペトロとアンドレの家に行きます。シモンの姑が熱病で寝込んでいた、と記されます。熱病を癒やされ、彼女は立ち上がります。多くの日本語訳では、「彼女は一同をもてなした」と訳しますが、元のギリシャ語はディアコネオーです。食事の世話だけではなく、もっと広く人々の世話をする働きを意味します。そこからさらに、イエスの弟子として人々に仕える、イエスの福音を宣教する、という意味にもなります。しかも継続・反復を示す活用形が使われます。あるいは彼女は、その日の食事という以上の働きをしたのかもしれません。

 日が沈みますと、カファルナウムの町の人々が病人や悪霊に取り憑かれた人を連れてきます。安息日が終わって人々が動き出します。会堂で見聞きしたことが、安息日が開けたところで町中に伝えられて広まり、癒やしを必要とする人たちが連れてこられるのです。カファルナウムの町にとって、それはまさに神の国が近付いた喜びの知らせであったことでしょう。それは悪霊や汚れた霊にとっては喜びの知らせと成り得ない知らせでありますが、私たちにとっては、喜びの知らせです。
 イエスに出会った喜びを常に語り続けたいものです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年1月17日     
降誕節第4主日  
聖書 マルコによる福音書 1章14-20節
讃美歌21 393、507
「集められた者たち」 
 何年かに一度の割で日曜日に1.17の日が巡ってまいります。それを言えば、東北震災の3.11も3年前の大阪北部地震(6.18)も何年かごとに巡ってくるのですが、どの災害についても忘れないことの大切さを思います。 

 さて、4つの福音書はそれぞれに弟子たちが集められてイエスに従ってゆく物語を印象的に記します。もっとも、12人全員が記されるわけではなく、中心的なメンバーだけが記されます。実際のところ、福音書をちゃんと読みますと12人以外にも多くの弟子がいたようですし、福音書成立までの時間を考えますと初期の教会において、ペトロたち4人程度についてしか弟子になったときの様子が語り継がれていなかったのも自然な気がいたします。
 イエスの宣教活動がごく早い時期から弟子たちと共に歩む活動であったことは間違いないでしょう。ヨハネ福音書の行間を読みますと、イエスは洗礼者ヨハネの弟子仲間から、いわば弟弟子を引き抜いて独立したようにも思えます。イエス自身がヨハネの弟子であり、ヨハネの衣鉢を継いで活動を始めたのならば、最初からイエスは弟子と共に活動を始めたとも考えられます。

 では、マルコはどのように記しているかと申しますと、先程読んでいただいたとおり、洗礼者ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤに帰り、「神の国は近付いた」と語り始めます。その次が弟子を集める記事です。律法学者との議論も奇跡もまだ起こされていません。「神の国は近付いた」と語ったのも安息日の会堂ではありません。マルコの記事を素直に受け取るならば、宣教活動の最初が弟子を招いた出来事であった、と読めるのです。
 イエスは神の子である、と福音書の最初に宣言したマルコが、神の子の宣教活動の最初に弟子たちを招く記事を置きます。マルコ福音書を読み進みますとマルコは弟子たちの無理解を何度も厳しく記します。マルコ福音書の最後は受難と復活の物語ですが、そこに至ってもまだペトロを始めとした弟子たちはイエスの語る神の国について、あるいはイエスの救いについて、不十分な理解しかしておりません。にも関わらず、と言ってよいでしょう。マルコは宣教活動の最初に、弟子たち、あえて言えば、そんな弟子たち、が招かれて集められた記事を記すのです。
 ペトロたちが網を捨てて直ちにイエスに従った、ということはとても大事なことですが、それと同じように、イエスが自分一人では宣教活動を行おうとせず、あえて弟子を集めたこともまた重要なことなのです。

 イエスが最初に行ったのは弟子を集めることだった、というマルコが記したその順番をマタイもルカも受け継ぎます。ルカに至っては、すべてをつぶさに調べて順序正しく記します、とわざわざ宣言して、その順番を受け継ぎます。それはマルコが記した出来事の順序が初代教会にとって大切な意味を持っていたからに他なりません。
 それはどういうことか。集められた弟子たちのグループがイエスの救いを語り続ける宣教共同体であったからです。如何にも頼りない弟子たちではありましたけれども、単なる取り巻きやファンクラブではなく、イエスの救いの業を人々に伝えるのが弟子たちの役割でありました。
 一方では弟子たちの無理解を何度も指摘するマルコですが、その一方で6章には弟子たちが早くも派遣されてイエスの働きを伝える記事が記されております。弟子たち自身による宣教活動の第一歩は、もちろんイエス自身の指示を受けてのものでありますけれども、イエスの受難と復活という出来事よりも早い段階で行われていたのです。付け加えるならば、福音書を丁寧に見ていきますとイエスと弟子たちのグループの周辺にその活動を陰から支えた人たちの広い裾野があったことも分かります。その人たちまで含めての共同体による宣教活動でありました。
 思い起こしてみれば、モーセにはアロン、後には加えて民の長老たち、預言者エレミヤにはバルク、預言者エリヤにはエリシャを含む弟子集団、そしてパウロにはアナニア、テモテ、シラス、バルナバ、などの協力者がいました。神の民が神の救いを述べ伝えるとき、それは一人で行うことではなく、いつの時代においてもそれは宣教共同体の働きであったのです。
 合わせて読んでいただきたい預言書があります。エレミヤ書の1章です。エレミヤは「あなたを預言者として立てた」という神の声を聞いて尻込みします。しかしその時、神は加えてこう語ります。「わたしがあなたと共にいて必ず救い出す」と。その言葉に依ってエレミヤは立ち上がり、語り始めます。

 政府の緊急事態宣言によって、今は集まることにすら制限を受けている最中ですが、集められた者として、主に従い、聖霊に背中を押されつつ、神の救いの業を述べ伝える共同体であり続けてまいりましょう。ルカ福音書のイエスは、「神の国は何処にあるというものではなく、あなたたちの中にある」と語ります。人と人が繋がり、連帯するところにこそ神の国があります。宣教共同体である教会の繋がりの中に、困難を乗り越え打ち破る知恵と力を主が与えてくださり、神の国を実現してくださいますように。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年1月10日 
降誕節第3主日  
聖書 マルコによる福音書 1章2-11節    
讃美歌21 343、67、81 
「 天からの声 」 
 みなさんは御自分の洗礼式のことを覚えておられますでしょうか。今日の物語は「主の洗礼」と呼ばれている箇所です。イエスがヨハネから洗礼を受けた場面です。歴史的な出来事という意味では、イエスがヨハネから洗礼を受けており、一時期はヨハネの弟子であったことは間違いないでしょう。しかし、なによりも、ヨハネは罪の赦しの洗礼を語るわけですから、神の子イエスに赦されなければならない罪があった、それをヨハネに告白した、ということは福音書が書かれた時代には大きな問題でありました。読み比べるとすぐに分かることですが、マルコからヨハネに向けて、この「主の洗礼」の記事が脚色されていきます。
 マルコは「ユダヤの全地方とエルサレムの住民」と記しますが、実際のところ、どれほどの人が集まったのかは分かりません。ただ、ヨハネ一人では続々と集まる群衆に洗礼を授けることは到底できなかったと思います。ヨハネには、悔い改めよと叫ぶ役割があります。罪の告白を聞く役割があります。そして洗礼です。その洗礼も現代の多くの教会で行われているのとは異なり、全身をヨルダン川の水にドブンと漬け込みます。インターネットで軽く検索するだけで現代のヨルダン川で行われている洗礼式の写真は幾つも出てきます。見れば分かりますが、一人一人の洗礼にけっこうな時間が掛かるはずです。

 マルコ福音書は、ガリラヤからも人々が洗礼を受けに集まった、とは書いておりません。マタイとルカはヨハネの活動がヨルダン川の広い流域で行われたと書きます。マタイやルカの書き方ですと、ヨハネの活動が充分近くに来て、ヨハネについてのスゴイぞ、という話をたくさん聞いてからイエスがヨハネの元に赴く印象になります。今日のところはマルコのとおりに見ておきましょう。そうしますとイエスはヨハネの洗礼活動について聞いたとき、いち早く、その活動の重要さに気付いたことになります。すなわち、イエス御自身の活動を始めるときであり、ヨハネがその先駆けであることをただちに理解して行動に移されたのです。
 イエスの宣教活動開始の頃、すでにヨセフは亡くなっていたとされます。すると、ヨセフから習い覚えて引き継いだ大工の仕事で弟や妹を養っていたことでしょう。ルカはイエスの活動開始を30歳のこととしますから、家族を養うこともちょうど区切りが付いていたのかもしれません。だとしても、仕事を放り出し、家族を捨てて、ヨハネの元に馳せ参じるのです。イエスの思いの大きさが窺われます。

 よく言われることですが、洗礼は信仰の完成ではありません。洗礼を受けることには、いろいろな意味合いがあるわけですけれども、重要なことの一つが、イエス様あなたについて行きますよ、という決断の表明です。洗礼を受けたところから、信仰者としての日々を私たちは積み重ねていくわけです。イエスの洗礼も宣教活動の始まりでした。そこから十字架に向けての歩みが始まってゆくのです。
 さて、そのとき、聖霊が降り、神の声が聞こえます。「あなたはわたしの愛する子。わたしの心に適う者」。後半を直訳しますと「わたしはあなたを喜ぶ」となります。
 私たちの洗礼式では、聖霊が目に見えて降ることも、神の声がリアルに聞こえることも、おそらくまずないでしょう。もちろん、心の中に聞こえて確信が強まることはあり得ます。聖霊の力を受けたと感じることもあるでしょう。ただそれは、まわりの人にも見えたり聞こえたりするものではありません。
 この場面については、イエスが神の子である、特別な存在だから、聖霊が降り、神の声が聞こえた、と伝統的には説明されます。あるいは、ここで神の声が聞こえたことがイエスに神の子としての自覚を促した、と説明されることもあります。あるいは、ここでイエスが神の子すなわちメシアとして選任された、という説明もあります。選任というのはちょっとどうだろうか、と思うところもありますし、一見すると乱暴な解釈にも思えますが、そう考えますとヨハネに罪の告白をしたというところとうまく繋がるようでもあります。

 繰り返しますが、私たちの洗礼式の時にそのような神の声がリアルに聞こえることはまずありません。しかしながら、主の洗礼の時に神御自身が「あなた」と語り掛けてくださり、「わたしの愛する者」「わたしの心に適う者」と語り掛けられたこの言葉は、洗礼という同じ典礼を通して私たちに向けられた言葉でもあります。クリスマスシーズンが開けたばかりのこの時に主の洗礼の出来事を通して私たちが自らの受けた洗礼を思い起こすことは、私たち自身が、神から「あなた」と呼びかけられる存在であり、神に愛されている被造物であり、天地創造の時に良しとされた存在であることを、思い起こすことになります。それは同時にまた、私たちが御心に適う者として歩みを続けよ、と促す言葉でもあります。その先にあるのは十字架によって示された復活の命です。洗礼は私たちを復活の命へと導きます。
 復活の命が御子キリストの内にあることを信じて、今年も歩んでまいりましょう。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2021年1月3日    
 降誕節第2主日     
聖書 ルカによる福音書 2章41-52節 
讃美歌21 202、287、81
「主を探す」
 新年の歩みを始めると共に降誕節の歩みを続けております。クリスマス物語は、羊飼いたちあるいは博士たちが神御自身の導きによって救い主を探して見つけ出す物語でありました。続く今日の物語は、マリアとヨセフがやはりイエスを探して見つけ出すのでありますけれども、それは羊飼いや博士とは違った探し方であり見つけ方となりました。
 福音書が共通して伝えるところに依ればイエスの活動に先立って洗礼者ヨハネが活動を始めます。多くの聖書学者はイエスは元々はヨハネの弟子であっただろう、と考えています。では、ヨハネの弟子になる前のイエスは何をしていたのかと言いますと、ヨセフが大工であったことは確かなようですから、同じように大工であったことでしょう。育った場所もガリラヤのナザレで間違いないでしょう。
 しかしながら、それ以上のことは全く分かりません。そのような状況の中でルカ福音書がわずかに伝える物語が今日の物語です。もっとも今日の物語も、実際の出来事をどこまで正確に伝えているかといえば良くも悪くも全く分からない、というのが聖書学者たちの意見です。12歳というのは当時の成人式の年齢です。バルミツバ(律法の子)と呼ばれる儀式は今もユダヤ民族の間で広く受け継がれています(女の子ならバトミツバとなります)。バルミツバ自体は律法の定めにはないのですが、律法の定めでは成人男性は過越祭に際して「主なる神の前に出る」、すなわちエルサレム神殿に巡礼することが求められます(出エジプト 23:17)。
 ですからこの時、少年イエスが家族とともに神殿巡礼に出かけたことはたぶん実際の出来事でありましょう。そこで迷子になるのも如何にもありそうな話です。近所の人や親族と一緒に出かけることも多かったようですから、ヨセフとマリアが、誰かのところに居るのだろう、と思ってほったらかしていたのも不思議ではありません。付け加えれば、ルカ福音書はヨセフではなくマリアを中心にクリスマス物語を描いておりますから、マリアが心に納めた出来事がイエスの弟ヤコブ(ガラテヤ 2:9、使徒 15:17)を通じてルカに伝わった可能性を考えてもいいと思います。

 ここでルカとしては、単に知っている話を書いたわけではないでしょう。それだけならば少年時代のエピソードをたくさん残しても良かったはずです。ルカとしては、この物語には福音書に書き記さなければならない理由があったのです。それはマリアがまだ気付いていなかったイエスとの出会いでありました。
 マリアもヨセフも、イエスのことは自分たちの息子としてよく知っているつもりでした。でもそれはイエスの一面でした。それはしかし考えてみれば、普通の親子でもそうでしょうし、あるいはまた、私たち一人一人とイエスとの関係もそうでありましょう。
 この物語には十字架と復活の物語を暗示する言葉や状況がいくつもあります。過越祭のエルサレム、祭の慣習に従ったエルサレム巡礼、神殿の境内で学者たちと議論するイエス、そのイエスの賢さに驚く人々、3日後に見つかるイエス。

 およそ20年後、過越祭を前にしたエルサレムでイエスを出迎えた人々は、イエスがもう一度エルサレムにダビデやソロモンの栄耀栄華をもたらすことを期待します。それは3年間イエスに従っていた弟子たちも同じであったかもしれません。しかしイエスは、わずか5日後、ローマ帝国への反逆者として十字架に掛けられて殺されます。サドカイ派やヘロデ派を言い負かすところまでは、人々の期待通りでしたが、イエスの目指すところはそれとは違っていたのです。
 しかしながらイエスは3日後に復活されます。最後の審判における復活と永遠の命はキリストによる贖罪と合わせて私たちの信仰の核心部分です。パウロがコリントの信徒への手紙(1.15:20)で記したように、イエスの復活は死者の復活の「初穂」でありました。弟子たちは元より、イエスを熱狂的に出迎えた人々も、最後の審判の信仰と、復活の信仰それ自体は、当時の信仰として既に持っておりましたけれども、そのことが自分たちの時代に「初穂」として起こることまでは知りませんでした。

 私たちも、日常の生活の中で、あるいは福音書の中で、私たちの期待するところにはイエスが居られなかった、私たちの期待するようには神はなさらなかった、という場面に出会うことが少なからずあります。御心は如何に?と思うことは度々です。
 しかし考えてみれば、神が全知全能であるならば、その考えておられることを私たちが理解できないのは当然でありましょうし、その神が私たちの期待通りに動いてくれないのも当然でありましょう。私たちの思い通りに動いてくれる神は偶像でありましょう。
 それだけに私たちは、父なる神を探し求め、御子イエスを探し求め、聖霊を探し求める日々を、そして神の御心を尋ね求める日々を、重ねていきたいものです。
 待降節から聖霊降臨祭までの半年は、教会暦の1年の中では主の半年と呼ばれます。中でもクリスマスからイースターに向けての主日礼拝は、主の御生涯をしっかりと見つめます。新しい1年、復活の命に生かされて、主を探し求め、主を見出したいものです。その最初の時期に、主の御生涯をしっかりの見つめ直してまいりましょう。そしてマリアとヨセフのように、私たちのまだ知らないイエスの姿に出会いたいものです。

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マラナ・タ教会主日礼拝説教 2020年12月27日    
 降誕節第1主日    
聖書 マタイによる福音書 2章1-12節 
讃美歌21 235、256、278
「宝の箱を開けて」
 話題になっておりました木星と土星の大接近は御覧になりましたでしょうか。3人の博士が見た徴の星を思わせる大接近でありました。彼らの見た徴の星が何であったのか、本当のところは今となっては分かりません。ある計算では紀元前7年に星と土星が接近したといいます。別の計算では紀元前6年に木星と金星がほぼ重なって見えたといいます。
 ヘロデ大王の没年は紀元前4年です。マタイ福音書の記す幼児虐殺事件では、ベツレヘムの2歳以下の男の子が殺されたとありますから、紀元前6年あるいは7年で数字は合うようにも思えます。いずれにせよ、それなら何故エルサレムのヘロデの王宮が気付かなかったのかと言えば、聖書的には星占いは禁じられていたから、ということになりましょう。もっともヘロデの王宮もヘレニズム化されておりますから巷の星占いの話を聞いていないとも思えません。何かもう少し違う説明を考える必要がありそうです。
 さて、博士が3人と言われておりますのは献げ物が、黄金、乳香、没薬、の3つであったからです。この3つの献げ物・宝物について、黄金はこの後エジプトに逃げるための費用、乳香と没薬は十字架の後の葬りの備え、をそれぞれ象徴していると説明されることもあります。もっとも、いくら3人の博士が星占いをよくする祭司たちであったとしても、御受難と御復活まで見通していたとするのはいくらなんでも先走りすぎで、そこはマタイの脚色や後の時代の人々の思い入れと見ておきたいところです。
 ただ、やはり救い主の誕生のその時に何を献げたいのか、と考えるところは重要で、来年のクリスマスには、私たち一人一人、キリストの誕生に真っ先に駆けつけることができたら、何を献げようか、と考えてみる礼拝を考えても面白いかもしれません。
 ルカ福音書の描くクリスマス物語では、キリスト誕生の知らせは羊飼いに届きました。マタイ福音書の描くクリスマス物語では、その知らせは異邦人である博士たちに届きました。先日24日の礼拝では、羊飼いたちは人口調査の数に入らないような人たちであった、と申し上げました。同じように、異邦人もユダヤの人口調査で数えられる人ではありません。思い起こせば彼らからさらに1000年ほど前、出エジプトの民がエジプトにおいては市民階級として認められないイブリーと呼ばれるグループであったように、羊飼いも異邦人もアブラハムの民としての救いには入れない人たちでありました。マタイとルカが共通してそのような人たちのところに救い主誕生の知らせが届いた、と記すところにキリストの救いの深い意味があるわけです。

 さらに言えば、羊飼いは野宿をしておりました。繰り返しますけれども、彼らは人口調査において無視されるような人たちでした。3人の博士は旅人です。ユダヤの地は彼らにとって旅先であり、救い主の誕生を知ったからと言っても、ベツレヘムに移住してきたわけではありません。マリアとヨセフには先祖の町に泊まるところがなく、その後はエジプトへ逃げざるを得なくなりました。こうして見ますと、ヘロデ王とその王宮の人たちを別にすれば、クリスマス物語の主要な登場人物は居場所を持たない人たちばかりでありました。
 居場所を持たないからこそ、と言っていいのでありましょう。彼らにとって預言者の伝えたインマヌエルという名前が意味を持つのです。インマヌエルとは、神は我々と共に居られるという意味です。人口調査に無視される羊飼いたちと共に居られる神、旅人である博士たちやその従者たちと共に居られる神、宿を見つけることができなかった若夫婦と共に居られる神、夜逃げ同然の亡命をせざるを得なかった家族と共に居られる神、それが御子キリストを世に遣わされた神でした。
  そして彼らは、幼子イエスの元にそれぞれに居場所を見つけるのです。羊飼いたちも博士たちも、それぞれに探し求めて幼子キリストを見つけ出すのでありますけれども、しかしながらそれは、あるいは天使の知らせによって、あるいは星の徴によって、神御自身が彼らを幼子の元へと導かれたのでありました。言ってみれば神御自身が彼らの居場所となってくださったのです。
 その居場所は空間的な居場所をだけ指すのではありません。羊飼いは野原に帰って行きました。博士と従者たちは東の国に帰って行きました。クリスマス物語が語り掛ける意味での居場所とは、神と繋がっているという確かな思いなのです。考えてみますと、新約聖書の最初はクリスマス物語であり、新約聖書の最後は新しいエルサレムの物語です。黙示録に描かれた新しいエルサレムには神殿はありません。神が共に居てくださるのであれば、キリストが共に居てくださるのであれば、ヘロデの神殿もソロモンの神殿も必要ない、ということを語って新約聖書は閉じられます。神が共に居てくださる新しいエルサレムは、神が私たちのために開けてくださった宝の箱なのです。
 教会は、神が共に居てくださることを経験できる居場所です。
 博士たちが礼拝したキリストがいつも私たちと共に居てくださいますように。
 まもなく迎えます新しい1年を神が導き、共に居てくださいますように。

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わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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