降誕節説教

1月27日、2月17日、3月10日、3月31日の説教を
森喜啓一牧師が担当します
その他は 久下倫生牧師が担当です

 

2019年1月13日 降誕節第3主日
「神のものは神に」
マタイによる福音書22章15-22節

「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」(二十一節)。誰もが知っているイエス様の有名な言葉です。一般には「カイサルのものはカイサルに」として知られております。時に政教分離の教えのように受け取られていることもありますが、実はこれは巧妙なトリックを含んだ問いに対する、驚くべきお答えです。ファリサイ派の悪巧みを打ち砕く答えです。「どうお思いでしょうか、お教えください。皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか、適っていないでしょうか」(十七節)。一見敬虔でまともなこの質問には仕掛けが秘められていました。

今日の御言葉は次のように始まります。「それから、ファリサイ派の人々は出て行って、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した。そして、その弟子たちをヘロデ派の人々と一緒にイエスのところに遣わして尋ねさせた。『先生、わたしたちは、あなたが真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方であることを知っています。人々を分け隔てなさらないからです』」(十五~十六節)。そして、「ところで」という言葉に続き先程の問いが出てきます。

「律法に適っているか、適っていないか」という質問は、「神の御心に適っているかどうか」ということですから、ローマに税金を納めるのは、神を畏れる者にとって正しいことであるかどうかを聞いています。この「神の御心に適っているかどうか」という質問は、信仰に関する問いであり、かつ、ローマに対する具体的な対応の仕方に関する問いです。彼らはイエス様に、あなたは真実な方で、真理に基づいて神の道を教え、だれをもはばからない方で、人々を分け隔てなさらないと言って、まず逃げないでしっかり答えてくださいと念を押してから、ローマ支配下にあるわたしたちは、御心に適う生活をどう送れば良いでしょうかと、極めて真面目で敬虔な言葉で問いかけています。そのような質問をイエス様のもとに持ってきたのです。しかし、マタイは彼らの質問の本当の意図をこう説明しています。「ファリサイ派の人々は、どのようにしてイエスの言葉じりをとらえて、罠にかけようかと相談した」。彼らの目的は、イエス様を罠にかけることだったのです。

なぜでしょう。イエス様は、ユダヤ指導層がご自分を拒絶したので、「天の国」、神のご支配がユダヤ人以外の人々にもたらされ、新しい神の民として起こされるだろうという厳粛な事実を、「二人の息子のたとえ」、「ブドウ園と農夫のたとえ」、そして「王子の婚宴のたとえ」とずっと続けてお話しになったからです。聞いていた祭司長たちやファリサイ派の人々にとって、聞き捨てならない話でした。しかし、「祭司長たちやファリサイ派の人々は・・・イエスを捕らえようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである」(二十一章四十五、四十六節)とすぐ前に記されていましたように、イエス様を捕らえて殺そうとしても、群衆の存在が邪魔となって出来なかったのです。イエス様は庶民には人気がありました。ですから、何とか罠にかけ、イエス様を亡き者にしてしまいたかったのです。なかなかよく考えられた悪巧み、それがこのローマへの税金をどうしたら良いかという問いでした。

「皇帝に納める税金」とは、紀元6年ごろにユダヤがローマの直轄支配地になるとすぐ導入された人頭税です。男十四歳女十二歳以上、六十五歳までの人に対して、誰であれ課税されました。収入に対してではありません。一人当たりいくらと決められていました。ローマに税金を納めることは、ローマに屈服することですから、屈辱的なことであるのはもちろんのこと、経済的弱者には大きな負担でした。しかし、納めないわけにはいきません。被占領民の悲しさです。このほか神殿に納める税金もありましたから、人々は重税にあえいでいました。

しかも、屈辱的であり金銭的に重くのしかかっていただけではなく、宗教上の問題もあったのです。ユダヤ神殿に納める税には、ペルシア由来の伝統的貨幣、シェケル銀貨が使われていましたが、支配国ローマへの納税はローマのデナリオン銀貨が使われていました。この銀貨で問題だったのは、そこに刻まれていたのが皇帝アウグストゥスやティベリウスの肖像だったからです。その上肖像だけでなく、ティベリウス帝の肖像と共にこんな言葉が刻まれていました。「いと高き神の子、皇帝にして大祭司なるティベリウス」。つまり銀貨には、これは本物の銀貨だというローマの政治的権威だけでなく、宗教的権威の主張も刻まれていたのです。つまりデナリオン銀貨には、皇帝は神の子であり大祭司だという、ユダヤ人の神経を逆なでする、ローマの主張があったのです。ユダヤ人にとってローマに税を払うという事は、どうしてもこのローマ銀貨に触れなくてはならず、実に嫌なことでした。出来ればすぐに止めたかったのです。金をとられる以上に、汚らわしい銀貨に触りたくもなかったのです。

とりわけ律法に忠実でユダヤ教の純粋性を守ろうとしていたファリサイ派の人々や、熱心党のような国粋主義者たちは、この税には断固反対でした。しかし残念ながら、現実には納税拒否することは出来なかったのです。一方、ローマに隷属するヘロデ王家を支持するヘロデ支持派の人々は、この納税にむしろ賛成でした。ローマに忠誠を示す方が、ヘロデ家を盛り上げ、ローマから王と認められた先代のヘロデ大王の勢力をとり返すためにも有利だったからです。心の底から賛成ではないにしても、総合的に見れば、納税することによって得られる利益が決して少なくなかったのです。ヘロデ派の人々にとっては貨幣に誰の顔が書いてあるか、目をつぶって差し出せばどうってことはありませんでした。

そういう事情でしたから、イエス様がもし「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っている」とお答えになれば、民衆の支持を失うことになるでしょう。大きな失望で逆に彼らは敵に回るかもしれません。愛と憎しみは裏・表、紙一重です。人々の心が離れればヘロデ派やファリサイ派の人々は安心してイエス様を捕らえることができます。そして、もし「皇帝に税金を納めるのは、律法に適わない」と答えられたらどうでしょう。これは、多くの群衆が待ち望んでいた反ローマ闘争の幕開け宣言に聞こえる危険性があります。群衆の反ローマ感情に火をつけ、突出した熱狂的な行動が引き起こされるかもしれません。そうなればローマ軍が介入するでしょう。ローマに逆らうように群衆を扇動したと訴えることができます。ローマの国家権力によって、合法的にイエス様を抹殺することができるのです。

つまりどちらにお答えになってもイエス様は窮地に追いやられることになります。このような、巧みに仕組まれた敵意と憎しみに満ちた企てが、あたかも敬虔な問いであるかのようになされたのです。ローマ支配下でわたしたちは御心に適う生活をどう送れば良いでしょうかという極めて真面目な信仰と生活上の問いを装っていますが、実はトリックなのです。まだ若い弟子たちを送って、イエス様の本音が出やすいように真面目に質問させているわけです。

聖書はこう言います。「イエスは彼らの悪意に気づいて言われた。『偽善者たち、なぜ、わたしを試そうとするのか。税金に納めるお金を見せなさい。』彼らがデナリオン銀貨を持って来ると、イエスは、『これは、だれの肖像と銘か』と言われた。彼らは、『皇帝のものです』と言った。すると、イエスは言われた。『では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。』」(十八~二十一節)。

イエス様はすぐ彼らの悪意に気づかれました。そして、「税金に納めるお金を見せなさい」とおっしゃったのです。彼らは納税用のデナリオン銀貨を持ってきました。「これは、だれの肖像と銘か」。現実の貨幣を前にしては、ただ事実を述べるしかありません。彼らは言います。「皇帝のものです」。するとイエス様は言われました。「では、皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」。もちろんイエス様は、「皇帝が絶対的な権威を持っているのだから、たとえ不本意であっても税は納めなくてはならないのだ」などとおっしゃったのではありません。少しユーモラスにお答えになっています。「皇帝が絶対者であるわけでも、神に等しいわけでもないのだから、このようなまやかしの銘が打ってあるコインは皇帝への税として納めたらいいではないか」と。皇帝が銀貨に「神の子ティベリウス」と刻ませているのは、明らかにユダヤ支配の便宜上の行為です。ローマ人にとって皇帝は神でも王でもありません。元老院が任命した第一人者、今なら首相です。ユダヤ人の信仰を利用して植民地支配のために神的権威を謳っているのです。イエス様はこの世の権威とそれに関わる権力を、笑い飛ばされたと言って良いかもしれません。デンマークの哲学者キルケゴールは、「皇帝のものは皇帝に」というのは、イエス様の徹底した皇帝無視だとはっきり言っております。

要するに、「ティベリウスが銀貨に自分の肖像を刻ませて、この帝国はわたしのもの、このお金もわたしのものだと言っている。それなら返してやればいいではないか」とおっしゃったのです。刻まれた肖像と権威の主張、それは大して重要な問題ではないのです。皇帝は立場上この世を統括しているに過ぎません。全てを支配しておられるのは主なる神です。本当に知るべき重大な意味を持つ言葉は、次に来る言葉、「神のものは神に返しなさい」なのです。

「神のもの」が何を意味するのかは、今のわたしたちには分かりにくいのですが、神殿でイエス様の話を聞いていた人には明らかであったに違いありません。確かにお金にはよく人物の肖像が刻まれています。日本なら、野口英世とか、福沢諭吉です。昔は聖徳太子でした。アメリカならリンカーンとか、ジェファーソンとか歴代の大統領、昔のソ連ならレーニンです。ローマ帝国では皇帝です。では一体「神の像」が刻まれているものとはどんなものでしょう。思いだせますか。どこで見たでしょう。実は毎日よく見ています。旧約聖書の一番初め、創世記の創造物語を思い出してください。「神は御自分にかたどって人を創造された。男と女に創造された」(創世記一章二十七節)とあります。神にかたどって創造されたもの。つまり人間です。デナリオン銀貨の肖像が帝国に対する皇帝の支配を表しているように、神の像が刻まれた人間の存在は、この世界に対する神の支配を表しています。詩編でも唱えられております。「地とそこに満ちるもの、世界とそこに住むものは、主のもの」(詩編二十四篇)です。「知れ、主こそ神であると。主はわたしたちを造られた。わたしたちは主のもの、その民、主に養われる羊の群れ」(詩編百篇)なのです。天も地も、皇帝も含めて、すべての人間が、神のものなのです。

まず神に返すべきは、神の像が刻まれている人間です。わたしたちが神のもとに回復されねばなりません。「神のものは神に返しなさい」とはしゃれた、気の利いた口先の言葉ではありません。二十一章以後の記事は十字架にかかる直前の、エルサレムで起きた事柄の記録です。神殿で話されたことです。罪の中にある人間が、罪を赦されて神のものとして神の手に返されるために、イエス様は自らが犠牲を払うつもりでおられました。ご自分の命を捨てることによってです。神の宮に居ながら、イエス様は十字架へと向かっておられたのです。

人間は神のものです。そしてこの世界もまた神のものなのです。「神のものは神に返しなさい」。罠にかけようとしてイエス様のもとにやって来た人々に、決定的な答えを返されたのです。「そもそもお前たちは神のものを神のものとして生きているのか。神のものが神に返されることを求めて生きているのか」と。わたしたちの根本的な問題は、神のものを神のものとして生きてはいない、というところにあると示唆なさいました。この世界をあたかも人が所有しているかのように生きているということです。人間は自然を征服し、国家権力を濫用し、隣人を利用し、親子の絆をゆがめ、自分の人生を無駄にしています。今日の聖書の話では、ファリサイ派の人々は神や信仰に関わることさえ悪用し、イエス様を罠にはめようとしました。自分は出向かず、弟子である若い助手をやり、いかにもまじめそうな質問のふりをしました。そして、自分たちとはまったく反対のヘロデ支持派を抱き合わせにして、どのような返答であってもそれを問題視する証人をあらかじめ用意しておいたのです。

十字架にかかる直前にお話になったイエス様の言葉を、わたしたちは今耳にしております。「神のものは神に返しなさい」。なすべきは、神のものである自分自身を神に献げることです。まず「自分の体を神に喜ばれる聖なる生けるいけにえとして献げる」(ローマ十二章一節)のです。パウロは、これこそがなすべき礼拝だと言っております。「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。だから、自分の体で神の栄光を現しなさい」(Ⅰコリント六章二十節)と勧めています。特別な犠牲を払う必要はありません。自分の体を献げるとは礼拝することです。神のものですから、まず神の元に来るのです。それがわたしたちの出来る、神のものを神にお返しすることの第一です。

繰り返して申し上げます。皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返す、というのは、現実の生活ではこの世の習いに従って税金をきちんと払う、しかし心は神にむけて清く正しく生きるというような二元論の話ではありません。週日は仕事を、日曜日は教会にと、区別して働きなさいという話でもありません。政治のことは政治のこと、信仰のことは信仰のことという十八世紀以降の政教分離などということでもありません。信仰とこの世の問題は、神とわたしの関係を問う分離できない事柄です。国家に従うにしても、逆にたとえ国家権力に抵抗するにしても、大事なのは、まずわたしたちが神のものであることを明らかにすることです。わたしたちは、はたして神のものを神にお返ししているだろうかと問わねばならないのです。

祈ります。
父なる神、神のものは神に返す、そのためイエス様はご自分の命を捨て十字架についてくださいました。それによってわたしたちはあなたとの正しい関係に戻ることができました。心より感謝します。この世のことを含め、天も地も人も、すべてをあなたは支配しておられます。わたしたちがこの世のことはいい加減に済ますという独りよがりに陥りませんように、また、こんな時に礼拝なんかしていられないとあなたを忘れてしまうことがありませんように。あなたがご自分をかたどって造ってくださったあなたの創造物として、この世に生き、そしてあなたの下に帰れますよう導いてください。
主のみ名によって願い祈ります。アーメン

1月13日の音声

 

 

 

2019年1月6日 降誕節第2主日
「王子の婚宴」
マタイによる福音書22章1-14節

あけましておめでとうございます。

イエス様は、ユダヤ人がご自分を拒絶したので、「天の国」、神のご支配がユダヤ人以外の人々にもたらされ、新しい神の民として起こされるだろうという厳粛な事実を、「二人の息子のたとえ」と「ブドウ園と農夫のたとえ」で、連続してお話になりました。二十一章の後半であります。その二つの話の間に待降節がありましたので、旧約聖書の預言書とヨハネによる福音書から説教がなされ、繋がった感じがしないかも知れませんが、この二つのたとえは繋がっております。どちらも森喜牧師が説教なさいました。二十二章に入りましても、同じ真理を伝える三つ目のたとえをさらにお話になっております。王子の結婚披露宴に招かれた客が、様々な理由をつけて出席を断ったという話です。王はそのような無礼な客を殺して、他の人々を招いたというのです。少し極端な、しかし印象深い話です。イエス様が話し続けておられます。

たとえ話の流れはこうです。王が王子のために婚宴を催します。ところが、披露宴に招かれていた客は、その招きに応じず、二度目に派遣されてきた家来たちを無視したり、殺したりさえしたのです。先週聞きました、ブドウ園と農夫のたとえで、主人の使い、息子まで殺したことを思い出します。そこで王は、家来に命じて大通りにいる人間を誰かれなく、善人も悪人もすべて連れてこさせたので披露宴会場はいっぱいになったというのです。ここまでは、ちょっと極端なたとえではありますが、ユダヤ人とユダヤ人以外の民族に対する神の祝福とは何かを考えさせる話です。ショッキングなのは、この後です。思わぬ展開になります。披露宴に出席できた大勢の者のうち、婚礼の服を着ていない人がいて、王がお前はなぜ婚礼の服を着ていないかと尋ねますが、返事ができません。そこで王はこの婚礼の服を着ていなかった者の手足を縛って外に放り出させたという話です。そして「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」と話が閉じられております。昔ある教会で、礼拝にきちんとした服装で来ない信者は、神様に放り出されるぞ、礼拝には正装して来いという説教を聞いたことがあります。わたしはその時背広を着てネクタイをして出席していましたが、それでもかなり違和感を抱きました。はたしてイエス様はこのたとえでそういうことをおっしゃったのでしょうか。

一節から順に見ていきましょう。「イエスは、また、たとえを用いて語られた」。また、もう一度とはじまります。二十一章のたとえで彼らに話されたのに連続してという意味でしょう。「語られた」と訳されているのは、「答えられた」という言葉ですから、聞き手の心の中にある疑問を知ってお答えになったのでしょう。また、ここの「たとえ」は複数形になっています。十節までと十一節以下は、内容の異なった話です。

「天の国は、ある王が王子のために婚宴を催したのに似ている」。旧約聖書の伝統では、メシアが支配する王国を、しばしば結婚の祝宴に例えます。イザヤ書などにそういう表現があります。「万軍の主はこの山で祝宴を開き、すべての民に良い肉と古い酒を供される。・・・わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう」(イザヤ書二十五章六~九節)。聴いている人たちは直ちに王と神を関連づけて聞いたことでしょう。結婚の祝宴は、花婿の父親が開きます。イエス様は父なる神が王子であるご自分のために祝宴を開いてくださったということを分かる人には分かるように話されたのです。ここでの主役は王子ではなく王です。

「王は家来たちを送り、婚宴に招いておいた人々を呼ばせたが、来ようとしなかった」(三節)。当時の婚宴は、あらかじめ招待しておき、当日には使いの者が迎えに行くという丁寧なやり方が普通でした。王は、そのあらかじめ招待しておいた人々に使いを送り、呼ばせたのですが、招かれていた人たちは来ようとしませんでした。このあたり既にユダヤ指導層に対する皮肉が感じられます。この使いの者の迎えに従わないのは、招待者である王への拒絶を意味します。一旦、王の招待を受けておきながら、実際には来ないなどということはありえません。どんな理由があっても、這ってでも行くはずです。普通にはこんなことはありません。事態の異常さが際立っております。

「そこでまた、次のように言って、別の家来たちを使いに出した。『招いておいた人々にこう言いなさい。食事の用意が整いました。牛や肥えた家畜を屠って、すっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください』」(四節)。あまりの異常さに王は、別の家来たちを送ります。一度断られたときに処罰を下してもいいのですが、この王はあきらめなかったのです。「こう言いなさい」とわざわざ言うべきことまで命じております。使いの家来を拒絶したのではなく、王を拒絶したのだということがはっきりとわかるようにしています。「食事の用意が整いました」、完了形で完全に整ったと言っております。もちろんこういう食事は、何日も前から周到に準備し、とうとう完成し、すべて整ったということです。「しかし、人々はそれを無視し、一人は畑に、一人は商売に出かけ、また、他の人々は王の家来たちを捕まえて乱暴し、殺してしまった」(五、六節)。驚いたことに、人々は今度もまた派遣されてきた家来を無視して、王の招待よりも大事なことであるかのごとく自分たちの用事を優先し、畑や商売に出かけてしまいました。「気にもかけず」、全く無視して、強い意志で拒絶し、自分の畑、自分の商売に出かけたのです。もはや王に対する忠誠はどこにもありません。そして、それだけではなく、王が派遣した招待役の家来を殺してしまう者さえいたのです。繰り返しますが、これはたとえ話です。現実の世界では、王の招待を断るのは反逆です。死刑になるでしょう。秀吉に大坂に来いと言われてすぐ行かなければ死罪です。現実には起こりえないことが語られ、イスラエルの民が神に対してとっている態度が、いかに理不尽なものであるかを読者に強く印象付けます。宴会は食事自体が目的ではなく、関係の維持が目的です。このたとえは、神が繰り返し送られた使者をイスラエルの民が拒絶し続けたことを表しております。預言者たちやバプテスマのヨハネとも考えられますが、急所となるのは、イスラエルの民の頑なさです。さて結果はもはや明白です。「そこで、王は怒り、軍隊を送って、この人殺しどもを滅ぼし、その町を焼き払った」(七節)。さすがにもう黙ってはおれません。王は軍隊を派遣し、家来を殺したものたちを人殺しと呼んで滅ぼし、町全体が人殺しの町であるかのように焼き払いました。

この町を焼き払った後、王は王子の婚宴のために新しい客を探します。「そして、家来たちに言った。『婚宴の用意はできているが、招いておいた人々は、ふさわしくなかった。だから、町の大通りに出て、見かけた者はだれでも婚宴に連れて来なさい』」(八、九節)。大通りで、見つけ次第、だれでも連れてきなさいと命じます。たまたま町の広場にいた人が皆招かれることになります。天の国は誰にでも開かれており、誰もが招かれるのだと暗示されております。「そこで、家来たちは通りに出て行き、見かけた人は善人も悪人も皆集めて来たので、婚宴は客でいっぱいになった」(十節)。善人も悪人も招かれたとありますが、今現に悪事を働いている人ではなく、たとえ悪人呼ばわりされているような人でも、という意味です。王の祝宴に招かれる人は普通なら評判も調べられます。評判の悪い人は皇居での園遊会に招かれないでしょう。しかしこのたとえでは宗教的、道徳的に見て善いとか悪いとか区別せずに、どのような人でも招かれたのです。

さてここから、主題が変わります。「王が客を見ようと入って来ると、婚礼の礼服を着ていない者が一人いた。王は、『友よ、どうして礼服を着ないでここに入って来たのか』と言った。この者が黙っていると、王は側近の者たちに言った。『この男の手足を縛って、外の暗闇にほうり出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう』」(十一~十三節)。ここは、十節までに続いて王子の婚宴の場面ですが、内容が異なっております。主催者の王は、高貴な招待者がそうするように、客がそろったときに宴会場にやってきます。客と一緒に食事はしませんが、招待客に顔は見せるのです。この当時の習慣です。そこに婚礼の服を着ていない者が一人おりました。たまたま見つけたのです。もともと大通りにいた人を誰かれなく連れてきたのですから、礼服など持っている筈がありません。しかし一人だけ、そういう者がいたとありますから、実際には、招待された者には礼服が支給されたのであろうことが分かります。誰でも礼服を買えるような時代ではありません。歴史的文献では不確かですが、古代の王の宴会は礼服付き招待もあったようです。披露宴に出席するには、この支給された礼服をきちんと着るという条件を満たすことが必要でした。旧約聖書にそういうことを感じさせる記述もあります。さて支給されたにも関わらず礼服を着ない、などということは普通ならありえません。ここでもありえない話という印象が強くなります。この人のミスで礼服を着るのを忘れたなどということはありえないのです。入り口でチェックされますから、着ていなければ入場を拒否されるでしょう。イエス様がおっしゃったことはただ一点です。宴会に招かれた者は当然婚礼用に礼服を着ているべきであって、そうしないで宴会に出ることは間違っているということです。

王は「友よ」と呼びかけております。そして、なぜおまえはふさわしくない服を着ているのかと聞きました。このたとえで礼服が何を意味するのかは、読者によって様々にお感じになるでしょう。天の国に入るのにふさわしい唯一の条件とは何か。信じる者にキリストが備えてくださった義、キリストの信仰によって義とされたことを感謝して、信仰を言い表すことだなと考える人もおられるでしょう。御国に入る条件だから、悔い改めとか、洗礼を考える人もおられるでしょう。ここではこの当時人々が持っていたイメージを思い出していただきたいと思います。放蕩息子の父親は、帰ってきたぼろぼろの息子に、上等の服を着せます。父との関係の回復を示しております。パウロはキリストを着ると言います。いずれにせよ、神の前に出るのにふさわしい格好であることに違いありません。聖徒としての正しい行いでもあるでしょう。この人はひょっとしたら自分に自信があって、この服装でよい、支給されたものはもったいないので、手を付けないでおこう、自分の服で充分失礼ではないと考えたのかも知れません。

この人は王の質問に対し弁解できませんでした。神の前にふさわしくない態度をとるものは最後の日に弁解できないでしょう。結局宴会にふさわしくない者は、無理やり宴会場から追い出されたのです。外の暗闇は、明るく楽しい宴会の場と対比されております。

そして結びの言葉です。「招かれる人は多いが、選ばれる人は少ない」(十四節)。最初のイスラエル、そして大通りにいて招かれた人々、大勢の人々が招かれました。宴会場が一杯になるほどです。けれども招かれる者と選ばれて宴会に出席する者はイコールではないとイエス様はおっしゃいました。

ユダヤの社会では、神の国の宴会は終末的なものでした。しかしイエス様は、ご自分と共に始まっている。「今天の国が始まっている、完成するのは最後の時かも知れないが、既に始まっている。門戸は大きく開かれている」とおっしゃり、わたしたちをも招いておられるのです。この招待はわたしにも来ていますし、皆さんにも届いているのです。招待には応じるべきです。ただ一つだけしっかり自問する必要があります。支給された婚礼の服を着ているかどうかです。自分の服のままではまずいのです。

さて、わたくしがこのマタイによる福音書連続講解説教を最後にしたのは、昨年の十一月十八日ですから、今日は七週間ぶりになります。あの日、二十一章十八節以下から「神の権威」について語りました。どのような状況での話であったか少し思い出していただきたいと思います。イエス様はロバに乗ってエルサレムに入城されたすぐ後、神殿から商人を追い出されました。その次の日、神殿の境内で、何の権威でこんなことをするのかと追及した祭司長や民の長老たちにお答えになる中で「権威についての話」が出てきました。それに続いて、二人の息子の話、ブドウ園と農夫の話をなさり、そのあとに重ねてこの話をなさったのです。祭司長やファリサイ派の人々も聞いています。祭司長たちは、きちんとした礼服を着ていたでしょう。イエス様の方が、ラフな格好だったのではないかと思います。婚宴の服は、明らかに神殿における服装の話ではありません。二人の息子の話での「父の意思」に対する従順、ブドウ園と農夫での「収穫の実」に対応しています。焦点は明白です。神の招きとその招きへの応答のあり方です。例えば詩編を読みますと、祭司たちは、こんな風に歌うのです。「祭司らは正義(神の義)を衣としてまとい、・・・救いを衣としてまとう」(詩編132篇)。しかしイエス様は、お前たちは神が与えてくださった礼服をどこに置いてきたのかと問うておられます。あなたはどう思うか、王の宴会に呼ばれたのに礼服を着ない人がいて、外に放り出されたことを、と問うておられるのです。祭司への痛烈な皮肉です。七週間前の説教で、イエス様はそれではわたしもあなたたちに問いたいとおっしゃり、バプテスマのヨハネはどこからきたのかとお尋ねになりました。それに対して祭司長たちは答えにつまりましたね。「分かりません」とだけ答えましたが、なぜ礼服を着ていないのかと問われた人も、分かりません、つまり弁明出来なかったので沈黙したのです。イエス様の問いに答えられなかった祭司長たちは、礼服をつけなかったこのたとえの登場人物と同じです。二十一章からずっとイエス様は問い続けておられます。わたしたちなら何と答えるでしょうか。

神の招きとは召しです。もっと易しく言えば、神に名前を呼ばれることです。パウロは神に召されて使徒になりました。パウロ、来なさいと呼ばれたのです。わたしたちも招かれています。遠いところから呼ばれたのではありません。傍まで迎えに来て、さあ準備が整いましたと言われました。イエス様はわたしたちのために人となってわたしたちの間に宿ってくださいました。傍まで呼びに来てくださったのです。

わたしたちは聖書を読んでおります。御言葉を蓄えております。あなたの掟はわたしの心の内にあります(詩編四十篇)。御教えはすでに内臓にまでしみわたっています。招きを知っております。そして使者がやってきます、「さあ来てください、準備が整いました」。ここで行かなければ、このたとえに出てくる愚か者と同じです。今商売が、今畑がと言うのと同じです。今でなくてもいいはずだ、宴会に行くのはもう少し先にしよう、今は忙しい。ここは知らぬふりをしておこうと。わたしたちは使いの家来を殺したりはしません。でもイエス様の御言葉についてはどうでしょうか。友よ、愛し合いなさい。礼拝に来なさいと招かれます。でも他のことを優先するのです。知らぬふりをして、招きの御言葉を殺すのです。だれもが神の国が来る時にはそこに居たいと願っています。でも今、決断すべきことを理解していないのです。神の国はもう既にわたしたちのところに来ています。神が与えてくださろうとしているこの恵みを失ってはなりません。自分の服を脱いで与えられた礼服を着て婚宴に出ましょう。

祈ります。
父なる神、わたしたちを大きな喜びの中に招いてくださる恵みを感謝します。救いへと召してくださっているあなたの招きに、しっかりと気づくことができますよう、わたしたちを支えてください。また後回しにせず、今すぐ応えていくことができますよう導いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

1月6日の音声

 

 

2018年12月30日 降誕節第1主日
「ぶどう園と農夫」
マタイによる福音書21章33-46節 説教:森喜啓一

イエス様の3年近くに及ぶ福音宣教の旅は、間も無く終わろうとしています。イエス様は今、エルサレムの神殿での福音を教えておられ、多くの群衆が、その教えを聞くために集まっていました。その教えは、ユダヤ教の祭司長たちの律法や古くからの言い伝えによる権威を振りかざした教えとは違っていました。そこには、上から押さえつける権威を身にまとった言葉も、まるで自分たちが許されることのないひどい罪人であるかのような厳しさも、罪を許されるための捧げものや様々な行為の要求もありません。イエス様の教えは、悔い改めと、互いの愛、そして父なる神からの愛への感謝と賛美でした。それは暖かく愛と赦しに満ちたものでした。そして、誰でも分け隔てなく、罪は許され新しく生まれ変わり、新しい生き方が開けるというのです。しかし、イエス様の御言葉と群衆の人気は、ユダヤ教の指導者には、とても妬ましく、彼らの地位を危うくする脅威でもあったのです。そこで、祭司長たちは、イエス様に教える権威についての問答を仕掛けましたが、イエス様から、洗礼者ヨハネの洗礼はどこから来たのか」や「父親に、一緒にぶどう園で働いてほしいという願いを了解したけれども、実際にはぶどう園に行かなかった弟と、ぶどう園に行くことを拒否したけれども、心を改めて、ぶどう園に行って父親と働いた兄のたとえ話」などのイエス様の問い掛けによって、祭司長たちは、自分たちの不信仰を群衆の前で暴かれてしまいました。そのような状況の中で、イエス様と祭司長たちとの議論はまだ続きます。

イエス様の時代、ぶどう園は、麦畑やその他の農業も同様に、地主がいて、実際の農作業は、農夫にその農地を貸しておこなれました。つまり地主と小作人の関係です。そして、小作人には賃金や収穫の一部が与えられ、あとの収穫は地主である主人に地代として収められという契約が結ばれていたのです。今日の聖書箇所に出てくるぶどう園もそのような主人と農夫達との関係で営まれていました。そして、そこでは、ぶどう園の主人と農夫達の契約に基づいた信頼関係がとても重要でした。

このぶどう園にも収穫の時期がやってきました。そこで、ぶどう園の主人は人を送って、契約通り、収穫を主人のもとへ送るように農夫たちに伝えようとしたのです。ところが、あろうことか、農夫達は悪心を起こし、ぶどう園の収穫を全部自分たちのものにすることを企んでいたのです。その農夫たちの悪巧みを知らない主人は、自分が農夫たちのところへ送った使いが一向に帰ってこないことに訝しさを感じていました。 その後も、ぶどう園の主人は、何人もの使いを送って、農夫たちに契約を守るようにさせようとしましたが、それは全て無駄に終わりました。農夫たちは、主人との契約を破り、主人の使いをことごとく殺してしまっていたのです。それでも、忍耐強く農夫たちを説得しようとする主人は、自分の愛する息子ならば、農夫達もきっと契約を守るようにするだろうと思い、農夫たちのところへ息子を遣わしました。しかし、それは新たな悲劇を生みました。主人の息子は、農夫たちのところへ到着すると、農夫たちへの説得を試みましたが、農夫たちにとって、その言葉は単に耳障りで邪魔なものでしかありませんでした。むしろ、農夫たちは、この主人の息子を殺してしまえば、もう彼らにとやかく言う者も来なくなり、収穫と共にぶどう園も自分達の自由にすることができると考え、この息子も殺してしまいました。しかし、それは農夫達の大きな誤算でした。

主人の息子を殺害したことは、主人の悲しみと激しい怒りを買うこにしかならなかったのです。主人の力は強大でした。主人の忍耐は限界を超え、主人は農夫たちを皆殺しにし、ぶどう園は、別の者に貸し与えたのでした。そして、この話を語り終えられたイエス様は、先ほどから議論を続けていたユダヤ教の祭司長たちに、問いかけられたのです。「ぶどう園の主人はいったい誰に、自分のぶどう園を貸し与えたのか」と。

もしかすると、このお話は、このように言い換えれば良く解るかもしれません。神様は、愛するイスラエルの民に神様の言葉をよく守り、神様への信仰を堅く守るならば、イスラエルの民に、天の国に招き入れる契約をされました。
しかし、イエスラエルの民は、神様に愛されていることを良いことに身勝手になり、神様の言いつけを無視して乱れた生活をし、さらには神様への信仰を反故にして自分達で作った偶像や他国から伝えらえて来た像を拝んだりして、神様が堅く申しつけられた信仰や互いの愛を蔑ろにするようになったのです。 それでもイスラエルの民を信じる神様は、忍耐強く、イスラエルの民が心を改めることを信じて、幾人もの預言者を使いとして彼らのもとに送りました。

預言者は、神様に命じられた通りに、イスラエルの指導者や民に、悔い改めるように説得を試みました。しかし、イスラエルの民、特にイスラエルの指導者にとって預言者の言葉は耳障りで非難がましく邪魔でしかなかったのです。
彼らは、預言者たちの口を封じるために、彼らを殺してしまいました。それでも、イスラエルの民が心を改めることを信じたかった神様は、最後の手段として、神様の御子を送り、御子にイスラエルの民が、神様の愛に応え、互いに愛し合うよう、そして悔い改めるようにと説得を試みました。

しかし、イスラエルの民、特に様々な特権を手に入れていていたユダヤ教指導者達には、律法と過去からの言い伝えに忠実な行為をすることが信仰であるという思い込みがあり、神の愛や互いの愛への関心は薄く、悔い改める必要も感じていなかったのです。彼らは、先の予言者達同様に、御子は、耳障りな言葉を語り、民衆の関心を買い、ユダヤ教指導者たちの邪魔をし、彼らの地位や財産をも危うくする危険分子でしかなかったのです。「この男を殺してしまえば、もう邪魔をする者はいなくなる」。そう考えた彼らは、この神がお遣わしになった御子を殺してしまったのです。そして、彼らに扇動されたイスラエルの民もこの御子の殺害に賛同したのでした。神様は、ご自分の御子を遣わしてまでしてイエスラエルの民を説得し悔い改めさせようとされたにも拘らず、イスラエルの民は神が差し伸べた最後の救いの機会を、最悪の手段で捨ててしまったのです。「ぶどう園と農夫」の話をこのように言い換えた時、イエス様はこのように問いかけられるのではないでしょうか。「神様はいったい、天の国に誰を招こうとされるのだろうか」と。

この問いへのヒントとしてイエス様はこう言われます。「聖書にこう書いてあるのをまだ読んだことがないのか」、つまり、42節のみ言葉です。「家を建てるものの捨てた石、これが隅の親石となった。これは主がなさったことで、私たちの目には不思議に見える」これは、詩篇118篇22節から23節に書かれている御言葉です。そこには「家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。これは主の御業わたしたちの目には驚くべきこと。」と書かれています。

ここで、「隅の親石」について、少しご説明をしておきたいと思います。イエス様が伝道をされていたパレスチナ地方の家の多くは、日本のような木造ではなく、石を積み上げて造られていました。そのため、家を作るときは、まずその基礎を作る過程で、家の四隅を決めなければなりませんが、その四隅のうち一番元になる隅を決め、そこに親石と呼ばれる大きな石を据えるのです。そしてこの親石を基に、家の残りの三つの隅が決められます。また、この親石は隅の縦の壁と横の壁を結び付け家全体を支える重要な役割を果たします。ですから、大工も、親石はとても慎重に選び、慎重にすえる作業を行います。良い親石を見出せる大工は優れた大工だと言えるでしょう。聖書では、「ある大工が捨ててしまった石が、別の大工に拾われて家で最も大切な石になった」と言うのです。これはまさに、
人々によって冷たく見捨て去られた方が、本当は人間にとって最も重要な存在だったということなのです。農夫達が殺してしまったぶどう園の主人の子は、実は全ての人間にとってかけがえのない重要な存在だったということなのです。人間の自己中心的な思いうやエゴによって捨てられた石を、神は初めから隅の親石として選ばれていたのです。それが、神の御子イエス・キリストだった、と聖書は語っているのです。

マタイによる福音書でも、イエス様は、幾度もご自分が苦難の末に殺されることを予告されていましたが、この時も、この問いかけを通して、ご自分がどのようになっていくかを予言されていたのです。「イエス様は、人々からは見捨てられたのですが、そのお方は、神が予めお選びになっていた、尊い、生きた親石だったのです」。それは、神の御業であり、イスラエルの人々から見捨てられ苦難の死を遂げられたイエス様が、復活されたという出来事においてはっきりと示されたことです。そして、イエス様は親石となられ、家をお建てになられました。私たち信徒の群れである教会が建てられていったのです。全ての教会が、私たちのマラナ・タ教会も、イエス様という親石によってしっかりと支えられ、どのような風雪にも、人間のエゴにも独善にもビクともしない、深く強靭な信仰によって支えられた教会があるのです。神は、イエス様によって、天の国を、この教会に据えてくださったのです。

さて、私たちは、イエス様の問いかけに戻らなければなりません。「ぶどう園の主人はいったい誰にぶどう園を貸し与えたのか」という問いかけです。それは、神様から愛された、まさしく皆様方お一人、お一人こそが、ぶどう園を貸し与えられた新しい農夫だったのです。この教会で祈り続ける私たち自身は、もしかすると、弱く、目立たず、輝かしくもなく、人々のエゴに泣かされ、多くの苦い思いと、今の苦しみと、明日の不安を負い、信仰も時には揺れてしまう小さな者のように思われてしまうかも知れません。しかし、神様は、私たちをよくご存知です。神様は、私たちを愛し、信頼して、ぶどう園を、私たちにお任せくださっているのです。神様は、この教会、マラナ・タ教会を、あえて私たちにお任せくださっているのです。なぜなら、イエス様が隅の親石となって、私たちを守り、支え、力付けてくださっているからです。そして、私たちは、そのイエス様を信仰し、全てにおいてイエス様にお委ねしているからなのです。私たちは、イエス様によって、強靭で、輝かしく、苦難をも乗り越え、信仰は何にも負けず、誰の前にあっても大きなものとなっているからです。先週のクリスマス礼拝での私たちが歌った賛美を思い出してください。あれほど偉大なものがあったでしょうか。それが許されているのも、私たちが、隅の親石となって教会を、そして私たちをお支えくださるイエス様によって貫かれているからなのです。

祈り
天の父なる神様、私たちは、イエス様が語られた、父であるあなたの御心を蔑ろにするような、あのぶどう園の農夫のような、あの時代のユダヤの民のような過ちを犯しているのではないかと恐れます。

しかし、あなたは、私達を神のみ心に従い、新しい力強い神の民としてくださいました。み心に生きさせてくださいました。主から託された私たちの人生のぶどう園は、着実に豊かな実りを与えられ、私たちの日々を生き生きとしていてくださいます。そして、私たちは、いつでも喜びをもってこの収穫をあなたにお返しすることができます。それは、主が、心豊かに生きることを許し、私たちを育てまた支えてくださっているからです。

この一年を振り返ると、私達が、いかにあなたのお支えによって、一時の苦難をも乗り越えて、多くの実りをいただいたことに気づかずにはおれません。またこのマラナ・タ教会が、愛の逃げ場所として、心の糧として、また砦としてくださってきたことを思い出さずにはおれません。それは私たちの大きな感謝でありました。その感謝は、主のご誕生の喜びと共に、私たちは、あのクリスマスで声高らかな歌声に込め、主がその、私たちの賛美と思いを微笑みとともに受け入れてくださったことを憶えます。

そして、さらに、私たちはこれからも、慈愛の神に支えながら、新しい年を迎えようとしています。この新しい年が、どうか喜びと、愛と健康に満ちた豊かな年となりますように。そして、その恵みを、より多くの人々分かち合えるマラナ・タ教会でありますように心から願います。
アーメン

 

11月25日の音声 森喜啓一

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