降誕節説教

2017年2月26日  降誕節第10主日

 「ガリラヤに輝く光」
マタイによる福音書 第4章12~17節

日本語で聖書を読んでおりますので、なんとなく、すうと読み過ごしそうなのですが、「そのときから、イエスは、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言って、宣べ伝え始められた」(十七節)とあります「そのときから」は、非常に大切なことをいう表現です。「このとき」とも「そのとき」とも訳されます、この「アポ・トテ」という言葉は、マタイによる福音書には三回だけ出てくるのですが、どう使われているかを見ると、そのことにすぐ気づきます。あとの二回は、「このときから、イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた」(十六章二十一節)と「そのときから、ユダはイエスを引き渡そうと良い機会をねらっていた」(二十六章十六節)です。イエス様の歩みが重要な転換点に来た時に使われております。ベツレヘムで誕生なさり、エジプトに逃げ、ガリラヤのナザレで成長し、ヨルダン川のヨハネのところに行って洗礼を受けられたあと、荒れ野での悪魔の誘惑に打ち勝たれたイエス様は、公的な活動に入られます。いよいよ、そのときから王としての働きが、イスラエルに対するメシアとしての宣教が始まるのです。

さて、今日の聖書箇所は「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた」と始まります。ヨハネから洗礼を受け、そのあと荒れ野で悪魔から誘惑をお受けになった、ちょうどそのころ、事件が起こりました。ヨハネが領主ヘロデ・アンティパスに捕らえられたのです。そのニュースを聞いて、主はガリラヤに退かれたとあります。ずっと先の十四章に、それからしばらくの後、洗礼者ヨハネが処刑されたという記事が出てきますが、その時もすぐ後に、イエス様はひとり人里はなれたところへ退かれた(十四章十三節)と、同じ表現「退かれた」が使われています。洗礼者ヨハネの逮捕が、イエス様のガリラヤでの働きへの転換点になったこと、また彼の処刑も、イエス様の働きと大いに関係があったことは間違いないと思われます。もしヨハネが捕えられず、処刑もされなかったらイエス様のお働きはどうなっただろうか、と想像しますが、神はイエス様の道備えをする人物として洗礼者ヨハネを遣わされたのです。また、「ヨハネが捕らえられた」の「捕らえられた」という言葉は、直訳では「引き渡された」となりますが、これはイエス様が十字架におつきになるときに「引き渡された」(二十七章二十六節など)と訳されているのと同じ動詞で同じ受動態です。この点でも明らかにマタイは洗礼者ヨハネとイエス様を関連付けて語っています。イエス様の受難が神のご計画によるものであるのと同じように、ヨハネの活躍とその後の逮捕、処刑も神の導きだと言っています。ヨハネが大きな働きをした先駆者であると、はっきり描かれております。イエス様の道を整えたという意味で、洗礼者ヨハネをイエス様との関連付け高く評価しています。

イエス様が公的な活動をガリラヤで始められたことについて、マタイは十四節以下に預言者イザヤの語ったとされる言葉を引用し、予言の成就であると語ります。「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が射し込んだ』」(四章十四節以下)。イエス様の働きは、エルサレム、つまりユダヤの中心地ではなく、ガリラヤにおいてなされました。これは当たり前のことではありません。神の国が来た、その神の主権を現す王がイエス様ですから、エルサレムこそがふさわしい場所です。日本でも信長や秀吉は京都を目指したのです。では、ガリラヤとはいかなる場所であったのでしょう。重要なことですから、少し説明がいります。この言葉は、イザヤ書九章からの引用です。八章の最後の言からお読みします。「今、苦悩の中にある人々には逃れるすべがない。先にゼブルンの地、ナフタリの地は辱めを受けたが後には、海沿いの道、ヨルダン川のかなた異邦人のガリラヤは、栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」(イザヤ書八章二十三節、九章一節)。ゼブルンもナフタリも、もともとは族長ヤコブの子、イスラエル十二部族の名前です。ガリラヤ地方に住んでいた部族の名前から土地の名前になったのです。

このイザヤの預言は、紀元前八世紀にアッシリアの王が北イスラエル王国に侵入し、ギレアド、ガリラヤ、ナフタリなどの全地方を占領し、人々を捕囚としてアッシリアへ連れ去った事実に基づいています。列王記下十五章二十九節の記事です。こういう悲劇のあった荒廃した国土に、また残った民の上に、神から救いの光が臨むことをイザヤは幻で見て語ったのです。「先には辱めを受けたが、後には栄光を受ける。闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」と。先には辱めを受けたが、後には栄光を受けると言ったのです。民はまさに闇の中を歩み、死の陰の地に住んでいました。しかし、現実の歴史は、イザヤの預言のようにはいかなかったのです。この地はアッシリアが滅亡した後も、バビロン、ペルシア、マケドニア、マケドニアから分かれたシリヤと次々と支配者が交替し、異民族の支配下に置かれ続けます。そこで、他民族とユダヤ人との混血が進み、宗教も文化も全く異質になりました。話す言葉もギリシア語が盛んになりました。イエス様も普段はアラム語を話されましたが、ピラトや百人隊長と話されたときは間違いなくギリシア語だったでしょう。ガリラヤの人は二つの言語が話せたはずです。日本では幸いこういうことはなかったのですが、たとえて言うなら、第二次大戦の後に大勢の外国人がある地方に侵入して、その地方ではもう日本文化は影が薄くなり、人々は肌の色も顔つきも違う人ばかりというような状況を想像すればお分かりかと思います。イザヤが言った、「異邦人のガリラヤ」という表現は、イエス様の時代には深い侮蔑の感情が込められていたのです。「清い信仰者の住むところとは違う」という意味です。つまり東京から見たらもう異質になったその地方は、日本じゃない、あんなところはダメだと見捨てられた辺境地とでも言うべき所が、このガリラヤだったのです。異邦人という表現は外国人というのとは異なります。もっと軽蔑した言い方です。にもかかわらず、そんなガリラヤが、イエス様の時代には再びユダヤ人の大勢住む、ユダヤの地のように回復していたのです。ローマからユダヤに統治を託されていたのです。聖書の裏の地図の三と六をご覧ください。出エジプトの後、カナンに定住したころのイスラエルの勢力図、これはダビデの支配地とほぼ同じですが、それと、イエス様の時代の地図は全く同じ範囲が描かれております。

イエス・キリストの公生涯の第一歩が、ガリラヤで始まったということについては、わたしたちはよく知っておかねばなりません。イエス様が弟子たちに直接に語られた福音の本質を考える際に、これは重要な意味をもっているからです。カファルナウムという町はイエス様の時代には人口が一万人位だとヨセフスが言っておりますが、当時としては大きな町でした。ケファルナフームと発音され、「ナホムの家」という意味です。この町には立派なユダヤ教の会堂があったことが遺跡から知られております。しかし、この遺跡から発見された、様々な動物の像や幾何学模様などは、どうも魔術か何かの象徴のようです。立派なユダヤ会堂があっても、中でやっている礼拝はユダヤ教とは程遠い「まじない」のようになっていたのでしょう。正統的ユダヤ人から見ると、この町はまさに異邦人の町であったに違いありません。イエス様は、明らかに意図的にこの場所を選ばれたのであって、マタイはこれこそがイザヤの預言の成就、闇の中を歩む民に大いなる光が現れたのだと告げているわけです。ついに自分たちの良く知っている預言が成就したのだと言っているのです。

ですから、ここでのイエス様の第一声、「悔改めよ、天の国は近づいた」という言葉の意味がよく分かります。神様との正しい関係を取り戻そう、神のご支配がもう目の前にやってきたのだからと諭されたのです。思い出しますのは、この言葉が、洗礼者ヨハネがユダヤの荒野で宣べ伝えた言葉と同じであることです。神様のご支配が近づいたのだから、裁きに備えて悔い改め、洗礼を受けよというのが、洗礼者ヨハネが語ったことです。迫りくる神の審判に備えて罪を告白し、神の怒りを免れるのだというものでした。二人の宣教の言葉は、全く同じです。ただし、中身は大きく違います。イエス様がおっしゃった本当の意味は、隠されたままで、後日十字架の出来事によって明かにされるのですが、百八十度方向を変えて神のもとに帰ってきなさいと招いてくださる神の恵みに応えるための、罪の赦しの宣言だったのです。ヨハネの説いた悔い改めが、まさに神の御子によって、その意味が大きく変わって実現することが示されているのです。ところが結果は、イエス様の語られた言葉は正しくは受け止められませんでした。民は闇の中を歩み、死の陰の地に住み続けたのです。マタイは後にこう語ります。「カファルナウム、お前は、天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない」(マタイ十一章二十三節)。悲しむべきことです。救い主が来られてもやはり闇の中に住む民は闇から抜け出せないでいたのです。しかし、次週学びますが、少数の漁師たちをはじめとする弟子たちの心には、イエス様の言葉は届きました。この先、すべてを捨てて、生きる方向を完全に変えて従う弟子が出てくるのです。

さてわたしたちは、この「異邦人のガリラヤ」という言葉をどう聞くでしょうか。よく知っておりますように、イエス様の教えられた神との正しい関係の回復は、ユダヤ人ではなく、むしろ異邦人であるギリシア人やローマ人に広く伝わっていきます。「悔改めよ。神の国は近づいた」という言葉は、悔改める必要などないと思っていたユダヤ人には意味のない言葉だったでしょう。なぜなら律法の規定をきちんと守っている以上、大丈夫だと自負していたでしょうから。罪人と呼ばれた取税人や、穢れていると見られた異邦人だけでなく、本当は自分こそ悔改めが必要であることに、自己正当化をする人は気がつかないのです。

わたしは自分の人生を振り返ると、正直に言って、学者、パリサイ人の立場に立っていたのではないかと思わざるを得ません。洗礼を受けてから礼拝を休んだことは一回もありませんでした。何が何でも安息日を守りました。外国に出張するときも、必ず日曜日の礼拝に出てそれから午後の便で出国するか、あるいは月曜日にしました。帰国は金曜日か土曜日でした。自分が礼拝出来る恵みに感謝するよりも、出来ない人と比較の上で、自己を誇っていたのです。若い頃に信仰を与えられましたから、仕事を選ぶにしても日曜日が休める研究職を選ぶことができたのです。これは恵みでした。労働組合の行事も、付き合いも一切断りました。出世が出来なくても、教会生活の方が大事だというのがわたしのスタイルでした。ある意味で恵まれていたので、わたしは間違いなくエルサレムの人間だったでしょう。

イエス様がエルサレムの知識人の間ではなく、異邦人のガリラヤで活動を始められたということに、やはり深い意味があると思います。それが分かるのは、この福音書の最後です。葬られたイエス様のお墓に来た婦人たちに天使が告げます。「あの方はあなた方より先にガリラヤに行かれる、そこでお目にかかれる」(二十八章七節)。またその後で、ご復活の主が直接に婦人たちにおっしゃいました。「恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤに行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる」。ご復活のイエス・キリストに出会う場所は、「異邦人のガリラヤ」なのです。わたしたちにとってガリラヤとはどこでしょうか。別の福音書では、ガリラヤに帰った弟子たちは捨てたはずの網を持って漁をしています。もとの生活に戻っているのです。イエス様が十字架上に殺されて、挫折した弟子たちは、また漁をしたのです。それ以外の選択肢がなかったのでしょう。どうしようもない、逆戻りです。しかし、ここで本当の出会いが起こります。

人々がユダヤ会堂の中ですらまじないをしていた所、神の救いなんて関係ないと思われた所、ほとんどの人がキリストを信じなかった所、その異邦人のガリラヤで、イエス様は弟子を召されました。そしてガリラヤの山で、ご復活の主は弟子たちと再会なさいます(二十八章十六節)。わたしたちはどこにいるのでしょう。異邦人のガリラヤではないでしょうか。わたしのような人間に神の救いなんて関係ないのだという人にイエス様は声を掛けてくださったのです。異邦人の国に生きるわたしたちにも、神のご支配が始まっているのです。悔改めなさいとの声がはっきり聞こえます。そしてやがて聞くのです。「わたしは世の終わりまで、いつもあなた方とともにいる」と。

「わたしは世の終わりまで、いつもあなた方とともにいる」。

 

祈ります。
天の父なる神。悔い改めよ、天の国は近づいた、というイエス様のお言葉を聞きました。悔い改めて戻ってきなさいとおっしゃってくださる、その恵みに感謝します。あなたのご愛に応えて向きを変え、あなたを求めて生きることができますように、そして、これから先もずっとイエス様に従ってイエス様と共に歩むことができますように、支え導いてください。
この祈りを主イエス・キリストのみ名によって御前にお献げします。アーメン。

2月26日の音声

 

 

2017年2月19日  降誕節第9主日

 「メシアとしての試練」
マタイによる福音書 第4章1~11節

交換講壇で一週飛びましたが、今日もマタイによる福音書を読んでいきます。イエス様が四十日間断食をなさり空腹を覚えられた時に、荒れ野で悪魔と対決なさった物語です。この物語は、マルコによる福音書には少ししかでてきませんが、ルカによる福音書には、第二と第三の誘惑の順序は異なりますが、ほとんど同じ記事が出てまいります。三つの福音書とも、イエス様の洗礼と、ガリラヤでの活動開始の間に置かれていまして、初代教会では誰もが知っていた、荒れ野での誘惑として有名な記事です。それだけではなく、この中でイエス様がおっしゃった、「人はパンだけで生きるものではない」という言葉でも有名です。もともとは旧約聖書律法にある言葉ですが、イエス様の言葉としてよく知られております。しかしこの言葉も他の有名な言葉と同様、よく知られてはおりますが、独り歩きして本当の意味がよく理解されているわけではありません。

今日の記事の直前(三章十六節)には、ヨルダン川で洗礼を受けられた主イエスに、神の霊が鳩のように、目に見える姿で降って来たとありました。そのすぐあとに、聖霊に満たされたイエス様が、この誘惑をお受けになったのです。そして誘惑の後は、天使たちが来てイエス様に仕えた(十一節)とわざわざ書いてあります。今日の物語は聖霊に満たされ、かつ天使が見守っておられた中での、イエス様と悪魔との戦いなのです。神への従順の中で、霊に導かれている中でも誘惑に遭うことがあります。もっと言えば、神の霊がこの出来事の主導者であるとも言えます。

それでは今日のみ言葉を見てまいりましょう。「さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。『神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。』イエスはお答えになった。『「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と書いてある』」(一~四節)。

マタイは注意深くイエス様のご生涯とイスラエルの歩みとを重ねております。つまり、イエス様が幼い時両親に連れられてエジプトに逃れた後、ナザレに帰って成長されたこと、働きを始めるにあたって水に身を沈めて洗礼を受け、その時、これはわたしの愛する子であると宣言を受けらたことを記して、イスラエルの民が、エジプトを脱出したのち、海を渡る大きな奇跡で水をくぐり抜け、シナイで神の民だと宣言されたことと重ね、エジプトをでる、水を通る、神の子と宣言されるという点で、イエス様が救い主としてイスラエルの人々の歩み、歴史を経験しなおされたことがわかるように語ってきました。今日聞きました、受洗のすぐあとの荒れ野で四十日を過ごされた後経験なさった試練も、イスラエルの民が荒れ野に導かれて経験しました四十年の試練と重なります。イエス様は、旧約の民の体験を重ねて繰り返し、もう一度、民の歴史を踏み直されたのです。

「人はパンだけで生きるものではない」という言葉は、しばしば清貧思想として受け取られます。大事なのは食べることよりも、高き理想だという具合にです。「人はパンだけで生きるものではない。貧しくても理想を追いかけなくては」というふうに引用されます。また、この言葉から「しかし、そうは言ってもいざとなれば、理想よりパン、現実の必要が第一だ」と言ったりすることがあるかもしれません。皆さんはどう思われますか。日本では、孟子の「恒産なきものは恒心なし」を引用して、ある程度の収入、富があって、食べることに汲々としない状態でなければ、いい行い、徳のある生き方はできないと言われております。ところでわたしたちは、やっぱりキリスト者でない人は分かってないな、イエス様がおっしゃったもう一つの言葉が抜けているではないか、この後半が大切なのにと思うかもしれません。そうです、この言葉はすぐ後に続く「人は神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と対になっています。わたしたちはそれを知っています。しかし、余裕を持って生活している時はいいのですが、追いつめられた時には、「理想は分かるけれども、神の言葉だけでなくやっぱりパンもいる、パンも必要だ」と叫ぶかもしれません。

悪魔は、言います。今こそ、石をパンに変えてでも自分の飢えと人の飢えを救うことだ、それこそが神の子でありメシアであることのしるしだと。「神の子なら」とは、もし神の子ならばという仮定法ではありません。神の子なのだからという意味で、悪魔は、神の子である以上、目に見えるように自分や人の必要を満たすことができるはずであり、それこそが救いのはずではないのかと主張するのです。悪魔の「救い主理解」です。そして、それができないのなら救い主ではない、まず食べること、自分に必要な目に見える救いが先なのだとイエス様に言うのです。そして、これはただ目の前のイエス様お一人に向って言っているのではなく、マタイの教会やわたしたちにも言っています。飢えを救うことが、イエス様を主と仰ぐ教会の値打ちだと。残念ですが、今の日本の教会の中にこういう悪魔の考えが結構見られます。癒された、問題が解決したと奇跡的出来事こそが神の力であると強調します。また教会の使命は、礼拝、福音伝道以上に、原発反対、米軍基地反対運動にあるという主張です。他人ごとではありません。わたしたちも神の救いを目の前の必要が満たされること、人権が保障されること以上には考えていないことが多いのです。「罪を悔い改めて神を信じなさい、そうすれば病気は治る、飢えることもなくなる、不安も消える」。この手の説教をわたしは嫌になるほど聞きました。確かに助けは必要なのですが、荒れ野におけるイスラエルの民と同じように、大事な一点が抜け落ちてしまっているのです。

イエス様はそのような悪魔の信仰理解を断固として退けられました。そして、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と言われたのです。この言葉は先ほど申し上げましたように、申命記の言葉です。どのように使われているでしょう。神はかつて荒れ野でマナを与えられました。人の必要を満たしてくださいました。しかしそれは、「人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった」(申命記八章三節)と書かれています。パンが必要ないとは言われていません。パンは与えられていたのです。しかし、与えられたパンよりも大事なものがありました。パンを与えてくださった方、神御自身への信頼です。この言葉は、人が神と共に生きるとき、与えられる物より与えてくださる方を知って重んじ、その御言葉によって生きる、そこに命があることが教えられている中で出てきた言葉なのです。絶えず根っこのところでは支えてくださっている神への信頼、これこそが重要だというのです。

わたしたちは、こういった誘惑を自ら受けられた、そのイエス様に導かれて、荒れ野の旅路を進んでいることを忘れてはなりません。神が共におられて、お語りになる。その神のお言葉を聞きながら、生ける神との交わりの中を生きるのだということをしっかり覚えておかなくてはならないのです。神に何か都合の良いことを求めるだけではなく、神を求めるのです。

悪魔の誘惑は続きます。「次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。『神の子なら、飛び降りたらどうだ。「神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える」と書いてある。』イエスは、『「あなたの神である主を試してはならない」とも書いてある』と言われた」(五~七節)。

悪魔は、イエス様に「神の子なら飛び降りたらどうだ」と言いました。神の恩寵が見えるように示すことを勧めたのです。「人は、お前が神の子であることのしるしを求めているではないか。神が恵み深いかたというしるしを求めているではないか。飛び降りて証明したらどうだ。飛び降りれば、神がお前を救われるだろう」。漫画映画のヒーロー、スパイダーマンをご存知でしょうか。彼はビルとビルの間を飛ぶように移動するのですが、自慢のクモの糸が切れると地面にまっさかさまに落ちるのですけれども、地面スレスレでピタリと止まるのです。そんなことが目の前で起きれば、神が助けてくださっていることを、誰もが見て分かります。神の子なら、父なる神を、救急車のように、緊急援助に呼び出せるはずだと悪魔は言っているのです。しかも、「『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と書いてある」と、イエス様と同じように聖書を引用して言うのです。それに対し、イエス様はこうおっしゃいました。「『あなたの神である主を試してはならない』と書いてある」

この誘惑の意味も、イエス様のお答えから理解できます。申命記に書かれています。「あなたたちがマサにいたときにしたように、あなたたちの神、主を試してはならない」(申命記六章十六節)。いったい、イスラエルはマサで何をしたのでしょうか。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか」(出エジプト記十七章三節)。彼らはモーセに不平を言ったのです。せっかくエジプトを脱出しても、そこには水がなかったからです。荒れ野での試練が、神への信頼と愛を育てるはずでした。しかし、人は試練が嫌いです。問われるよりは問う側に立とうとします。人々は「果たして、主は我々の間におられるのか」とつぶやきました。神への信頼が求められているのに、逆に神を問いつめたのです。本当におられるのですか、おられるなら、はっきり見える祝福を示してくださいと文句を言ったのです。水を出せ、パンを出せと。聖書は約束を信じないでしるしを求めた不信仰を、戒めています。

イエス様は、見える奇跡で、ご自分が神の子であることを示そうとはされませんでした。これはずっと後、逮捕される際にも、また、十字架の上でも、天からの奇跡を求めることを拒絶されたことに通じます。十字架上のイエス様に悪魔は「今すぐ十字架から(飛び)降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。・・・今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから」(二十七章四十二節以下)と言葉を向けます。しかしイエス様は十字架から降りようとはなさいませんでした。十字架についてわたしたちの罪を贖ってくださったのです。

悪魔の誘惑は続きます。「更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、『もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう』と言った。すると、イエスは言われた。『退け、サタン。「あなたの神である主を拝み、ただ主に仕えよ」と書いてある。』そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた」(八~十一節)。

この第三の誘惑に対してもまた、イエス様は申命記を引用して答えられました。こう書かれております。「あなたの神、主を畏れ、主にのみ仕え、その御名によって誓いなさい」(申命記六章十三節)。イエス様が、悪魔にひれ伏して拝んだら、国々とその繁栄をあげよう、などというこんな単純な誘いにのられるはずがないと思われるかもしれませんが、実はこの誘いは巧妙です。繁栄と訳された言葉は栄光、ドクサなのですが、イエス様も神の栄光を求めておられたからです。神の栄光を発揮してこそ神の子だと、悪魔は言うのです。悪魔は生涯を通じておれを拝めと言っているのではありません。今、一回限りでいいから、おれを拝むなら、神がお創りになった国々と神の栄光をみんなお前にやろうと言っているのです。わたしたちにならこう言うでしょう。どうしてもお金が必要なのだろう、人生で一回だけなら、ごまかしをやって富を手にいれてもいいのではないか、金があれば神の栄光を現せるのだから。人々を救うには、教会も、もっと楽しくワクワクするところに変えないといけない(そのとおりですが)、そのためにはお金がいるだろう。イエス様は、世のすべての国々とその繁栄を手中にすることよりも、ただ主なる神のみを礼拝し仕えることを選ばれました。目に見える栄光を求められなかったのです。

「退け、サタン」。この言葉を聞くと、イエス様が弟子たちに、ご自分の死と復活について打ち明けられた時、「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」というペトロに向かって、「サタン、引き下がれ」とおっしゃった(十六章二十三節)ことを思い出します。これもまた同じ誘惑だったのです。誘惑はいろんな形で迫ってきます。イエス様は、ご生涯を通じて誘惑を退け続け、最後まで悪魔の誘惑に勝利されました。神に対する従順を貫かれたのです。

石をパンにできるだろうとか、ここから飛び降りられるだろうといった試みは、文字通りにはわたしたちとは無縁のものでしょう。しかし、おなかがすいている時に食べ物を、人々を信仰に導くのに、神の力を求めるのは、わたしたちの常です。そうして三番目の試み、一回くらい、神ではないものを拝んでもいいだろうという誘惑は身近です。悪魔はわたしたちに問います。「あなたはそれでもクリスチャンなのか、クリスチャンだったら、もっと良い人間関係を築かなくてはならないのではないか」。「他人にはもっと親切にしないといけないと思うが」。「もっと神の栄光を表して、充実した人生を送るべきだ」などと、悪魔は迫ってきます。そして人をうつ病にするのです。そんなとき、「足りないものを補ってみよ」、「神の力を示せ」、「お前の頑張りを示せ」と耳元で囁く声が聞こえます。思わずそう祈りそうになります。栄光に満ちたクリスチャンにしてやるぞと言う悪魔に負けそうになるのです。

負けそうなわたしたちに、今日聞いたイエス様と悪魔との対決の物語は、簡単に解決を求め、神の力を引き出そうとするのではなく、神を信頼し、神を求めて生きることの大切さを教えてくれます。イエス・キリストが与えようとしてくださっている神との真実な交わりに目を向けてくれるのです。わたしたちは、神に信頼し、神に従って生きるように招かれている、このことを忘れずに生きていきたいと願います。

 

祈ります。
父なる神、イエス様がまことの人として十字架への道を歩まれ、わたしたちの罪を贖ってくださったことを感謝します。イエス様はまた、悪魔の巧妙な罠に取り込まれ、目に見えるものだけを救いだと勘違いしがちなわたしたちのために、あらかじめ悪魔と戦い、その試みに勝利してくださいました。どうか、いつもこのことを覚えておくことができますようにお支えください。そして、あなたのお言葉を聴きながら、何よりもあなたを求めて従順に生きることができますよう導いてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン

2月19日の音声

 

 

2017年2月12日  降誕節第8日
交換講壇 四條畷教会で説教しました
(マタイによる福音書の続きは次週)

四條畷教会における説教

 「神を待ち望め」         詩編42篇 

おはようございます。マラナ・タ教会の久下倫生です。今朝、このように四條畷教会の敬愛する兄弟姉妹と共に礼拝できますことを感謝しております。わたしは大阪教区の人事委員をここ数年務めております。教区内のさまざまな教会の情報が耳に入ります。しかし、ある教会に行くと重病人が癒されるという話も、どこそこの教会へ行った目の見えない人が見えるようになったという類の話も、聞いたことがありません。教会にはむしろ、長い間大きな悩みを抱えている人や、体の弱さの故に苦しんでいる方がたくさんおられるのではないでしょうか。癒しを売り物とする宗教から見ますと、キリスト教は、はなはだ力のないものに見えるかも知れません。わたしたちキリスト者は、「キリスト教信仰は御利益宗教ではない」と言うでしょう。しかし、わたしたちも神に何かを求めているのではないでしょうか。正直なところ皆さんはどうお考えになりますか。(伝道集会で証し者を立てる時、祈って祈って病気が治った人と、祈っても祈っても病気が治らない人の二人しか候補者がいないなら、どちらの方に証しをお願いされますか。)

今日読まれました詩篇は、代々教会で読まれ続けてきました、よく知られた詩編です。病気が治った人の詩ではありません。困難の中にあって嘆く、つまり絶望している詩人の歌、それは喘ぎであり、格闘ですが、そんな詩を通して、信仰者の姿勢について、もう一度よく考えてみたいと思います。そして、わたしたちが日頃考えている信仰の世界と聖書が語る信仰の世界にずれがないか、神の御言葉がどう語りかけてくるか、考え直してみたいと思います。

まず二節をご覧ください。「涸れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、わたしの魂はあなたを求める」。エルサレムのあたりは乾燥地帯であり、普段は水がなく、雨が降った時だけ水が流れる川の跡、ワジがいくつもあります。詩人は群れからはぐれ、たった一匹であてもなくさまよいながら、水のないワジで必死になって喘ぐように、首を伸ばして川底を掘っている鹿の姿を何度か見かけたことがあるのでしょう。その必死で水を探す鹿のように、わたしの魂はあなたを求めると詩人は言います。「魂」は旧約聖書でよく出てくる言葉ですが、注意をしていただきたいことがあります。ここで「魂」と訳されているのは、元のヘブライ語ではネフェシュという言葉なのですが、わたしたちが使う「魂」とは違って、肉体に対する魂ではなく、人の存在そのものを指す言葉なのです。「わたしの魂」とは「わたしの身も心も」という意味です。場合によっては喉とも欲望とも訳される、聖書独特の重要な言葉です。ですから、この詩人はここで「わたしの身も心も、魂の底からあなたを求める」と言っているのです。「わたしの体は、あなたを求める」と訳してもいいのです。その方がインパクトがありますが、妙な誤解をされるといけないので上品に、文学的に訳してあります。自分の存在の全てが喘ぐように求めていると分かりますと、すぐに一つの大切なことに気づきます。この人は「神に」何かを求めているのではない、ということです。「あなたと呼びかける親しさをもって神自身を」求めているのです。

「神に、命の神に、わたしの魂は渇く。いつ御前に出て 神の御顔を仰ぐことができるのか。昼も夜も、わたしの糧は涙ばかり。人は絶え間なく言う『お前の神はどこにいる』と」(三、四節)。「神の顔を仰ぐ」というのは、神を礼拝し神に出会うことを意味する決まった言いまわしです。いつ礼拝できるのか。礼拝できなくなった詩人の切実な渇きが伝わってきます。しかし、そのような現状に、詩人は涙するしかありません。そのとき周りの神なき世界の人々は、河内弁なら「お前の神はどこにいてるんや、いてへんやないか、いても生きて働いてへんやないか」と嘲ります。

詩人はこの悲しみと苦しみのただ中で、かつて神の民の一人として神を礼拝したことを思い起こします。五節をご覧ください。「わたしは魂を注ぎ出し、思い起こす、喜び歌い感謝を献げる声の中を、祭りに集う人の群れと共に進み、神の家に入り、ひれ伏したことを」。彼はここで、過越祭など、大きな祭りの時に、全国からエルサレムの神殿に向かう巡礼者の群れとして、都上りしたことを思い起こしたのです。昔、神を誉め讃えながらエルサレムに上った一行のひとりとして、この人もまたエルサレムへと上り、みなと一緒に主を礼拝したのでしょう。今、絶望の中で、単に昔の楽しかったことではなく、神の民としてみんなで共に主を礼拝することのできた、その幸いを思い起こしているのです。ここに詩人の信仰がよく現れております。

「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお告白しよう、『御顔こそ、わたしの救い』と。わたしの神よ」(六節)。うなだれるのは、希望がないからです。呻くのは、動揺するからです。しかし、その時この詩人は自分自身に向かって言うのです。「神を待ち望め」と。神を待ち望むと言っても、神をまだかまだかと待つことではありません。うなだれ呻かなければならない、現実の暗さ、辛さを乗り越え、神が目の前に既にいらっしゃることを確信することです。神に信頼し救いを期待することです。希望を持ち、信仰を告白することなのです。

詩人は絶望の中で、神の御顔を仰ぐことを求めます。具体的な神の助けも必要なはずです。しかし、そのような助けではなく、神との生ける交わりを求めているのです。これは決して当たり前のことではありません。ずっと後に、パウロはこう記しています。「正しい者はいない。一人もいない。・・・神を探し求める者もいない」(ローマの信徒への手紙三章十節以下)。人の関心は多くの場合、神からいただける「何か」にしかなく、「信仰者」と呼ばれてはいても、本当の意味で神を仰いではいなとパウロは言うのです。この詩人の渇望、神を求める渇きこそ信仰者にとって、もちろん今のわたしたちキリスト者にとっても、最も必要なものではないでしょうか。この渇きが欠けているのではないかと、詩人の言葉は鋭くわたしどもに問いかけてきます。

ここで少し立ち止まって、この詩編を遠くから周りも含めて見てみましょう。四十二編十二節、そして次の四十三編五節は、先ほどの四十二編六節と全く同じです。一段低く書かれております。わたしたちが礼拝で歌う賛美歌に時々ありますように、この三カ所は同じ言葉の繰り返しになっています。四十二編と四十三編の間には何も書かれていませんが、四十二編と四十三編は繋がっており、三部に分かれた、ひとつの歌であると思われます。そうしますと、今見てまいりました一節から七節前半までが一部、七節後半から十二節までが二部、四十三篇が三部になります。

では第二部を見ていきましょう。第二部には安定感がありません。詩人はヘルモンやミザルのある、エルサレムから離れた北の地にいます。八節において「あなたの注ぐ激流のとどろきにこたえて 深淵は深淵に呼ばわり 砕け散るあなたの波はわたしを越えて行く」と、襲い掛かる困難、混沌を歌ったかと思うと、九節において「昼、主は命じて慈しみをわたしに送り、夜、主の歌がわたしと共にある、わたしの命の神への祈りが」と神との親密さに触れ、また十節では「わたしの岩、わたしの神に言おう。『なぜ、わたしをお忘れになったのか。なぜ、わたしは敵に虐げられ 嘆きつつ歩くのか』、続けて十一節ではわたしを苦しめる者はわたしの骨を砕き、絶え間なく嘲って言う『お前の神はどこにいる』と」、と直接神には言えずに、自分の中で葛藤しています。それがこの詩人です。

しかし、こんな状況になっても、神を求めることは止めません。「涸れた谷に鹿が水を求めるように、神よ、わたしの魂はあなたを求める」。この言葉が詩全体を貫いているのです。「神に助けを求めてそれを得ることが宗教だ」と思っている人は、神に忘れられたのかなと心配な状況になったら、もう祈ることをやめてしまうものです。祈っても何も変わらない、何も答えがないと感じた時点でその教えを捨ててしまいます。しかし、この詩人はそうではありませんでした。「お前の神はどこにいる」と嘲けられて、一言も言い返すことができない状況でした。現実を見れば、そう言われても仕方ないのです。しかし、そのことを神の前で嘆いているのです。「なぜ、お忘れになったのか」と、声にならない呻きではありますが、それを他ならぬ神に訴えようとしているのです。考えて見ればおかしな話ではありませんか。見捨てられた現実があるのに、神に向かうことをやめないで、なぜと問おうとするのです。

「なぜ、わたしをお忘れになったのか」。そのように神に訴え得たのはどうしてなのでしょう。この言葉は、イエス様が十字架上で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったですか」とおっしゃった言葉と通じます。もちろんこれはイエス様だからこそ言える言葉です。わたしは言う自信がありません。見捨てられても仕方がない事実があるからです。では、詩人が「なぜ、わたしをお忘れになったのか」と神に訴え得たのはどうしてなのでしょう。それは、「お前の神はどこにいる」と言われようがどうしようが、そのようなことで決して失われることのない神との人格的な交わりに、詩人は生きていたからです。「神に何かを」ではなく、「神を」求める人だけがもっている、神との生きた関係、霊的交わりがそこにあったのです。神を真に信頼している人だけが言える言葉です。

しるしや奇跡によって生まれた神への信頼は、しるしと奇跡が失われると、失われていきます。病気が癒され、悩みが解決したことを根拠として神を信じている人は、新たな悩みが生じ、あるいは病気が再発したときに、その信仰も失われていく恐れがあります。そうしますと、生ける神との崩れないしっかりした関係は、その人の様々な問題が具体的に解決されたとか、見える形で事が起こっているかということとは、必ずしも直接には関係ないことが分かります。むしろ、その人が「まことの礼拝者」となっているかどうかに関わっております。そして、そのような神とのゆるぎない関係を知る人は、様々な心、思いの揺らぎを経たとしても、必ず一つのところに行き着くことを、この詩は示しています。この詩人は自らに向かってこう語るのです。「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお告白しよう、『御顔こそ、わたしの救い』と。わたしの神よ」。そして、第三部では自分自身との対話から、直接神への祈り、嘆き、感謝になります。

信仰は信念とは違います。命を与える神との生きた関係です。大切なのは、信仰者の「心の内にある何か」ではありません。うなだれようが、呻こうが、その深淵の底から身も心も自分の存在の全てをもって叫びをぶつけ、そして仰ぐことのできる方がおられる。それが決定的な意味を持つのです。その方の御顔を求めているかぎり、必ず一つのところに行き着くのです。それが三度繰り返されています。「わたしの魂よ、神を待ち望め」。そして「告白する」と訳されている言葉は、「賛美する」とも訳し得る言葉です。賛美するのです。うなだれて呻いていた者が賛美するのです。何と言って神を誉め歌うのでしょう。「御顔こそ、わたしの救い」と言うのです。新共同訳は格調高い美しい言葉に訳しています。「御顔こそ、わたしの救い」。神の「御顔」こそが救いなのだ、とこの人は語っているのです。あえてわたしたちの生活の言葉で言えば、「あなたがいるから、あなたの顔を見ていたら明日も怖くない」「あなたがいるから絶対安心」となるでしょうか。

この詩人が歌う「あの人に会いたい。あの人の顔をみたい。ひと目見られたらいい。あなたがいるから安心。明日に向かえる」というのは、男性よりも女性の感性に近いように思います。この詩編も作者は男性と考えるのが普通ですが、しかし、わたしは女性の可能性もあると思います。この時代、ある村が侵略されると、男はみな殺され、女は奴隷として売られていきました。多くの女性がエルサレムから西南西約八十キロの奴隷貿易で栄えたガザの町に運ばれたということが分かっています。もし作者が女性であって奴隷となった人と仮定しますと、平和な生活が突然、救いがたい状況へと変わってしまった生活者の歌になります。詩編にはこの歌のほかにも女性の詩ではないかと思われる詩篇があります。たとえば五十六編です。後ほどゆっくり声に出して読んでみてください。詩編は公の礼拝においてずっと歌われ続けた詩です。直接の礼拝者も聖書朗読者も男性です。ユダヤ教は男性中心社会の典型のように思われておりますが、実際には女性も大きな力をもっており、見えないところで信仰を引っ張っていたのかもしれません。捕囚の民となってしまった国家の滅亡を嘆く男の歌ではなく、もしくは、何らかの理由でエルサレムを追われた貴族の歌ではなく、悲劇の女性の歌が残ったのだとしたら、詩編により大きな奥行きと味わい深さを感じます。

先ほど、「どんなときでも」(讃美歌五三三)という賛美歌を歌いました。良く知られた歌です。この賛美歌は幼稚園のときに骨肉腫を発病し、小学校に入って間もなく亡くなった女性の詩です。イエス様を信じたひとりの女の子が片足を切断する手術を四日後にひかえたとき、ベッドの上で作ったのだそうです。足が無くなってしまう現実に直面した絶望のときにです。「どんなときでも、どんなときでも、苦しみに負けず、くじけてはならない。イエスさまの、イエスさまの、愛を信じて」。ここにはイエス様の命が溢れています。幼くても神を求める者、そして神を礼拝することを知っている者だけが語り得る言葉だと言うことができるでしょう。

はたしてわたしたちはどうでしょうか。様々な悩みと悲しみの中で、嘆き、呻いた後、いったいどのような言葉に行き着くでしょうか。わたしはこの詩人のように「御顔こそ、わたしの救い」と告白、賛美する者とならせていただきたいと願っております。

祈ります。
父なる神、わたしどもは、知らず知らずの間に、あなたご自身を求めるのではなく、自分の心の平安、健康、仕事の成功、円満な家族関係、子供の幸せ、教会の成長、そういった諸々のことをあなたに求めるだけになっておりました。しかし今日、この礼拝において、あなたご自身を求めることの大切さを、いま一度学ばせていただきました。土の器に過ぎないわたしたちを、あなたの豊かな命を入れる器としてあなたの内におき、いつも共にいてくださる、この幸いを感謝します。どうか、この説教が敬愛する四條畷教会の兄弟姉妹の皆さんの心に届きますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

2月12日の音声

 

 

2017年2月5日  降誕節第7主日

 「イエス、洗礼を受ける
マタイによる福音書 第3章13~17節

今年の初めから読み始めましたマタイによる福音書も、三章後半へ入っております。イエス様の誕生に際しての不思議なこと、お生まれになった後の東方から占星術の学者の来訪、その直後の奇跡的なエジプトへの逃避そして帰国というイスラエル民族の過去の歴史を踏む直す出来事など、いろいろな記事がありました。しかし、帰国してナザレに落ち着かれてから後三十年の歩みについては、例外的にルカによる福音書に、十二歳の時の神殿もうでの記事が載せられている他は、どの福音書も沈黙を守っております。何も記されていないということは、おそらくヨセフとマリアの息子として、両親に仕えて普通の生活をお送りになったと想像してもよいでしょう。後にナザレに帰られた時、村人が「この人は(あの)大工の息子(にすぎない)ではないか」(十三章五十五節)とつぶやき、イエス様につまずいた、とマタイが記していますことからもそれは類推できます。しかし、ついに時は満ち、神は成長なさったイエス様をいよいよ田舎の町ナザレから歴史の表舞台に導かれます。突然バプテスマのヨハネが登場し、大人となられたイエス様が洗礼をお受けになる場面に進みます。どの福音書もバプテスマのヨハネから洗礼をお受けになったことを記しております。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書すべてが記載しているのは、五千人の給食の記事を除くと、この洗礼の記事と、十字架と復活の記事だけですから、イエス様がヨハネから洗礼をお受けになったことの重大さが際立っています。神の国、つまり神のご支配が目の前に来た、その神の国における救い主が、いよいよ王として即位される、その出来事を主の洗礼に見たのでしょう。ユダヤで国と言えば、王国であり、王が治めます。国と王とは一つです。

「そのとき、イエスが、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところへ来られた。彼から洗礼を受けるためである」(十三節)。「そのとき」と聞きますと、どういう時かと思いますが、この表現はマタイの決まり文句で、特定の時間や場所を指すのではなく、ある出来事が起きたことを表す言いまわしです。マタイ福音書に何十回(新共同訳四十一回)も出てきます。イエス様は、ヨハネから洗礼を受けるため、ガリラヤからヨルダン川のヨハネのところに、わざわざ数日かけて来られました。何気なく読んでしまいますが、洗礼者ヨハネが、イエス様と同じ時代に同じようなところで生きた人であったということに不思議を感じます。しかし、これは決して偶然によるものではなく、バプテスマのヨハネは神がイエス様を王として迎えるために備えられた人でした。神の導きがあり、神の呼びかけに応答した人だったのです。ヨハネはこの時代における重要人物で、イエス様の時代から百年くらい後にもヨハネの弟子という人たちが大勢いたことが知られています。それほど強い影響力を持った人でした。使徒言行録に、「ヨハネの洗礼」をすでに受けていたという伝道者のアポロやエフェソの人たちが、パウロの勧めで「イエスの名による洗礼」を新たに受けたことが書かれています(使徒十八章二十四節以下)。新約聖書が書かれた時代にはヨハネの洗礼を受けるのか、それともイエス様の名による洗礼を受けるのかが問われていたのです。わたしたちも知っていますように、ヨハネの洗礼は今わたしたちが受ける洗礼とは違って不完全です。にもかかわらず、イエス様も神の御心として、そのヨハネから洗礼をお受けになったのです。

ヨハネはイエス様が洗礼をお受けになろうとしたとき、躊躇して言います。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたがわたしのところに来られたのですか」(十四節)。もしヨハネが、イエス様がどういうお方か知っていたのであれば当然の反応でしょう。しかし、イエス様は「今は、止めないでほしい。正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」(十五節)とおっしゃったのです。どういう意味でしょうか。「止めないでほしい」とは、まるでお願いしているかのように聞こえますが、これは命令形です。洗礼を即座に施すように命じられたのです。十字架につかれる数日前に、エルサレムで大祭司や民の長老たちに向かってイエス様はこうおっしゃいました。「ヨハネのバプテスマはどこからのものだったか。天からのものか、それとも人からのものか」(二十一章二十五節)。イエス様はもちろん「天からのもの」と理解しておられたでしょう。ヨハネを神から遣わされた方として受け入れ、その洗礼を神の御心に適うことだと判断されたからこそ、御心を受けいれ従われたのです。イエス様はわたしたちと同じ様に、悔い改めが必要なのでヨハネの洗礼を受けられたわけではありません。王として即位なさり、救い主としての働き、公生涯とわたしたちは呼びますけれども、その出発に当たって、どうしても必要な、人々の目に見える即位式が必要だったのです。同時にイエス様は、ご自身が「水による洗礼を受けた人」となることによって、わたしたちと同じ姿になって、わたしたちが神に従って生きるときの歩み方を示されたのです。ファンファーレの鳴る、華やかなこの世の王としての即位式ではなく、救い主の謙虚で低くなられたお姿、水による主の受洗が即位式でした。

もう一つ分かりにくいので注意したいのは、イエス様がおっしゃった「正しいことをすべて行う」という言葉です。これはある訳では「あらゆる義を満たす」となっております。義とは義人の義、正義の義です。この言葉には、旧約聖書の深い意味が込められています。義と訳される「ツェダカー」は、神の義、神の正しさであって、神と人との関係を表す語で、神の民が救われることです。救いとか勝利とかいう意味と共に、赦しとか解放という意味も含んでいます。要するに「与えられる恵み」なのです。「正しいことすべて」とは、「全ての神の恵み」です。まずその第一のバプテスマを、今ここで受けさせなさい、とおっしゃいました。ここでイエス様と、ヨハネの視線がバチバチと火花を散らしております。漫画で描くといいシーンです。「我々にふさわしいことです」という訳は上品すぎます。躊躇するヨハネに、イエス様は有無を言わせられません。

ずっと後、復活されたイエス様は弟子たちに向かって「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい」とおっしゃいました。わたしたちは、いま、イエス様の名による洗礼を受けます。正確には、父と子と聖霊の名によって受けます。ヨハネの洗礼は罪の悔い改めの洗礼でしたが、わたしたちの受ける洗礼は、ただ罪の悔い改めだけではありません。同じように洗礼と言っても、ヨハネの洗礼とイエス様の名による洗礼は、全く異質で別ものです。イエス様は洗礼に全く新しい意味をお与えになりました。ヨハネの洗礼では実現できなかった罪の赦しと救いの宣言が、イエス様の名による洗礼のゆえに可能になったのです。これはとても大切なことです。わたしたちの受ける洗礼は、イエス様に繋がって救いの命に至る洗礼なのです。洗礼を受けるということは、「神の恵みに与かる」ことであって、「神によって救われる」ことなのです。完全な方向転換を意味します。人生を見つめ直して反省するという程度の悔い改めではありません。日本ではかつて洗礼は、「悔い改めて出直す」という意味で捉えられた場合もありました。明治時代には「酒を飲まない、煙草を吸わない、倫理的に生活する」と同じ意味で使われた例さえあります。明治という、「酔うては枕す美人の膝」という言葉がもてはやされた時代背景があったにせよ、残念な誤解でした。

十九世紀以降の現代人は精神性を尊ぶ世界に生きております。無意識ではあっても、きわめて強くそうなっております。したがって形式的なことが嫌いです。儀式を軽視します。確かに、形式だけが残っていて中身がない、本来の精神がどこかにいってしまった事柄はたくさんあります。しかし、形式も儀式もない、ただ中身だけなんてものはありません。中身のある実質は必ず形を取ります。形式も大事なのです。お隣のカトリック教会に行きますと、会堂の雰囲気もミサのやり方も違うのに気がつかれると思いますが、なんといっても儀式的です。それに比べてわたしたちプロテスタント教会は明らかに儀式を嫌います。そのせいでしょうか、一概に良し悪しは申せませんが、「象徴」についての理解が弱いように思われます。多くの教会では、洗礼においては、按手を受けた牧師が少量の水を受洗者の頭に注いで、「我、汝に洗礼を授く」と宣言しますが、実際に洗礼を受けた人でさえ「こんなことして何が変わるのか」とこの象徴の意味するところを理解できないことがあるようです。特に若い人にはその傾向が強いかもしれません。わたしは二十歳のとき、クリスチャンとして生きたいと強く願いましたが、洗礼を受けたいとは思いませんでした。意味するところが全く分かっていなかったからです。神を信じること、救われることを人間の言葉で表現し切れるものではありません。プロテスタント教会は、教会を講義所などと呼んで、聖書講義や説教だけで信仰のすべてが分かるかのごとき誤解を与えた結果、礼拝が聖書集会になってしまいました。時には、神の言葉である聖書を解き明かす牧師が「牧師の語る説教が神の言葉だ」、「この言葉が聞けないのか」とすごく威張っていたこともありました。完全な間違いとは言えませんが、しかし、キリストを信じる、救いを信じる信仰を言葉だけで完全に言い表すのは絶対に無理です。言葉では不十分な、表現しようとして表現できないことがある。これを表すのが象徴です。それが典礼であり礼拝なのです。洗礼と聖餐が持つ何物にも代えられない特別な意味なのです。

バプテスマのヨハネと静かではあっても火花の散る視線を交わした後、イエス様は、川の流れに完全に身を沈められたのです。ヨハネからバプテスマをお受けになりました。水から上がられると、「天がイエスに向かって開いた」(十六節)のです。「開いた」とありますから自動的に開いたようですが、ここは受け身で書かれていて、神がお開きになったのです。旧約聖書の中の「天が開ける」という表現では、バビロンのケバル川にいたエゼキエルが神の召命を受けた時に、天が開け、神からの語りかけを聞き、聖霊の注ぎを受けたのが有名です(エゼキエル書:一、二章)。このエゼキエルに起こったのと同じことが、約束の地ヨルダン川で起こったのです。神の霊が鳩のように降って来るのをご覧になった。まるで見えるかのように聖霊が注がれたのです。具体的にどんな様子だったのか分かりませんが、雲が動き、一条の光が差し、きらきらと輝きながら主を照らしたのかもしれません。神がイエス様の洗礼を祝福なさったということを表しているのでしょう。

その時、「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者」(十七節)という声が天から聞こました。「あなたはわたしの愛する子」ではなく、「これはわたしの愛する子」ですから、天からその場にいるみんなに聞こえるように響いたのです。「これはわたしの愛する子」という天からの声は、当時、ユダヤの人々がみんなよく知っていた詩編の言葉です。王が即位する時に読まれる詩編第二篇七節に「お前は、わたしの子」とあります。子とは祝福の系譜の中にある王です。ですから、人々は目の前で洗礼をお受けになったイエス様が王となられるのだと、思ったはずです。そしてイエス様の時代のユダヤ人は皆、救い主として来てくださるはずの王は、同時に僕の姿で来られるとも理解しておりました。イザヤ書の有名な言葉があるからです。「見よ、わたしの僕、わたしが支える者を。わたしが選び、喜び迎える者を。彼の上にわたしの霊は置かれ、彼は国々の裁きを導き出す」(イザヤ四十二章一節)。

王の即位式に天が開け神の霊が注がれたという事実は、これからのイエス様の公生涯が、聖霊によって導かれていくのだということを表しております。神による任職です。ここから主の宣教の働きが始まります。イエス様は真の人として生涯を送られましたが、単なる人ではなく、聖霊に伴われ、神の御子として生きられたのです。

主は、聖霊の注ぎを受け、神の声に押し出され、いよいよ公の活動を始められます。さてわたしたちは、このお方、新しく来られた王とどのように向き合うのでしょうか。神が送ってくださったメシア、キリストにどう応答するかは、人生最大の課題です。今日わたしたちはこれから聖餐の恵みに与ります。主イエスが成し遂げてくださった御業を思い起こしながら、主のお体と血を頂きます。主の平和が皆さまと共にありますように。

 

祈ります。
父なる神、あなたの憐みによりわたしたちを洗礼に導いてくださったことを感謝します。あなたは洗礼によって、御子イエス・キリストとの絆を固くし、罪の赦しと永遠の命を約束してくださいました。わたしたちを、御前で新しい命に生きるものとしてくださった、この恵みに応えて生きていくことができますように、わたしたちをお支えください。自分自身を献げて礼拝し、力を得て、この地に福音を告げ知らせる者としてください。
この願い、祈りを主イエス・キリストの御名によって御前に献げます。
アーメン


2月5日の音声

 

 

 

2017年1月29日  降誕節第6主日

 「救い主が来られる」
マタイによる福音書 第3章1~12節

マタイによる福音書を一月一日から順に読み進めております。あっという間にもう五回目です。今日は洗礼者ヨハネの話が読まれました。イエス様の弟子のペトロがこんなことを言っております。「神がイエス・キリストによって・・・イスラエルの子らに送ってくださった御言葉を、あなたがたはご存じでしょう。ヨハネが洗礼を宣べ伝えた後に、ガリラヤから始まってユダヤ全土に起きた出来事です」(使徒言行録 十章三十六、三十七節)と。ヨハネは大変重要な人物で、どの福音書もすべて、イエス様のご生涯を語るとき、まずはじめにこの人物について語ります。

マタイによる福音書では、赤ちゃんだったイエス様を連れてヨセフとマリアはエジプトから戻ってガリラヤのナザレに住むことになったと語った後、場面は一気に三十年後に飛び、突然洗礼者ヨハネが登場します。大事なのはイエス様が洗礼をお受けになるところから後だというのでしょう。「そのころ、洗礼者ヨハネが現れて、ユダヤの荒れ野で宣べ伝え、『悔い改めよ。天の国は近づいた』と言った」(一、二節)とあります、この洗礼者ヨハネの言葉「悔い改めよ、天の国は近づいた」は、次の四章に出てきます、ヨハネが捕らえられたと聞きガリラヤに退かれたイエス様がいよいよ教えを語り始められた時の最初の言葉と全く同じです。つまりイエス様は、バプテスマのヨハネと行動を共にし、ヨハネが捕らえられると故郷に逃げ、そして、ヨハネのこの言葉から、福音を宣べ伝え始められたのです。またイエス様の最初の弟子の何人かは、洗礼者ヨハネの弟子であったと、マタイとは別のヨハネによる福音書(一章三十五~三十七節)は伝えております。バプテスマのヨハネはものすごく有名な、当時の大預言者であって、一般のユダヤ人たちにとってはイエス様よりよく知られてましたから、イエス様はヨハネの後継者であると見られていたかもしれません。

ルカによる福音書には洗礼者ヨハネの出生についての記述がありますが、しかし、マタイには書かれておりません。関心が向けられているのは、彼がどのような人であるかということと、その働き、イエス様との関わりにおいて彼が何をしたかということです。「ヨハネは、らくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べ物としていた」(四節)とありますように、彼の風貌は昔の有名な預言者エリヤを思わせるものでした。(列王記下一章八節に「『毛衣を着て、腰には革帯を締めていました』と彼らが答えると、アハズヤは、「それはティシュベ人エリヤだ」と言った」とあります)。その彼を聖書は「荒れ野で叫ぶ者の声」だと言います。「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と叫ぶ声だ(三節)、と言うのです。救い主をお迎えするために道が整えられなくてはなりません。救いの到来のために道を整えるとは「悔い改める」ことです。悔い改めなきところに救いはありません。いつも申し上げていることですが、悔い改めとは、悔いることではありません。後悔することでも、反省することでもありません。悔い改めとは方向を変えることです。向きを変え神の下へと帰るのです。元の言葉のヘブライ語では、「悔い改める」は「帰る」です。神から離れた生活、神に逆らった生活から方向転換をし、神に立ち帰ることなのです。これは人間のうちから自然に出てくるものではありません。酒ばかり飲んでくだを巻いていた人が生活を変えるとか、表面には出ない隠れた不正や罪を何とかするために生き方を変えるといったことは、難しいかもしれませんが神の助けが無くても出来得ることです。しかし、まことに神の下に帰るのは神の助けが無くてはできません。神の側からの働きかけ、神の言葉があって、その上に神が受け入れてくださって始めて可能となるのです。ですから、繰り返し預言者が遣わされたのでした。ここでも洗礼者ヨハネが神によって遣わされ、悔い改めへの呼びかけがなされています。

当時のユダヤの人々は、ユダヤ人でない人が、ユダヤ教を信ずるようになった時に、その人に洗礼を求めたようです。まず洗礼を受けてから割礼を受けたのです。ユダヤ人は生まれながらの神の民であるので、洗礼を受ける必要はありませんでした。しかし、ヨハネはそのユダヤ人に向かって「あなた方は本当に清いのか。まことに神の祝福に与り得るのか」という問いを発したのです。厳しい問いかけです。そして、神の怒りに備える道は、罪の告白と悔い改めであると説き、一生に一度のものとして、悔い改めの洗礼をあらゆる人に呼びかけたのです。ヨハネの洗礼は当時の人が普通に想像する、ユダヤ人ではない人が改宗するための洗礼ではなく、清めの儀式でもなく、ユダヤ人に対しての信仰回復運動、人々の胸に突き刺さる叫び声だったのです。

方向転換をして神に立ち帰ることが呼びかけられているのは、「天の国は近づいた」からです。「天の国」という言葉はマタイだけが使っている独特の言葉で、「神の国」のことです。地獄・極楽の極楽ではありません。神の国とは、神が王として治められる国、神のご支配を意味します。国と聞くと領土を思い浮かべますが、イエス様やヨハネが言うヘブライ語の「国」「マルクート」とは、神が治め給う行為そのものです。ですから神の国とは神のご支配です。神のご支配の中に救いがあります。悪魔が支配するのでもなく、罪が支配するのでもなく、死が支配するのでもない、神が治め給うところに救いがあります。ですから、「天の国は近づいた」とは「救いが近づいた」ということに他なりません。「近づく」と言うとまだ完全には来ていないようですが、これも元のヘブライ語では、今ここにある、既に来ているという意味です。ギリシア語でも完了形で書かれております。神の国がもう既に来ている、あなた方の目の前にあるのだと言っています。

神の国が来たとするなら、万々歳でしょうか。少し考えれば誰にでも分かることですが、救いがあるところには裁きもあります。救いと裁きは同じ神の行為の裏表です。神の完全なるご支配は、神に従う者にとっては救いですが、神に逆らう者にとっては裁きなのです。世が救われる時は、世が裁かれる時でもあります。神の国がもう既に来ています、もう猶予はありません。ですから、悔い改めが呼びかけられるのです。方向転換して神のもとへ帰ることが求められます。このヨハネの悔い改めへの呼びかけに応え、エルサレムとユダヤ全土から、また、ヨルダン川沿いの地方一帯から、人々がヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で洗礼を受けた(五、六節)と書かれています。このことからも洗礼者ヨハネが広範囲に強い影響力を持っていたことがわかります。

続く七節から十節までをお読みします。「ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。『蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。「我々の父はアブラハムだ」などと思ってもみるな。言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる。斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる』」。大変驚いたことに、ヨハネのこの運動はユダヤ人主流派にも受け入れられたようです。ファリサイ派やサドカイ派の人たちが大勢ヨハネのもとに来ました。彼らは荒れ野にいるヨハネのもとにまで来て、洗礼を受けようとしました。これは、少なくとも彼らが神のご支配の下にある裁きを真剣に考えたということを意味します。彼らは、自分自身が神との関わりにおいて危機的状況にあることを理解したのでした。ですから、神の怒りを免れようとしたのです。サドカイ派はともかく、ファリサイ派は悔い改めに真剣でした。

しかし、先ほども申しましたように、単に神の怒りを免れようとすることと、悔い改めとは異なります。人は危機に直面した時、あるいは苦悩に襲われた時、そこから逃れようとします。しかし多くの場合、神との関係において、何が間違っていたのかとは考えようとしません。どうしたら逃れられるかとしか考えず、人生の方向が神に対して正しく向いてないことを真剣に考えようとしないのです。それは腐った根っこをそのままにしながら、葉っぱの部分だけを何とか繕って小綺麗にしようとするようなものです。根っこが腐ったままでは、葉は茂ったとしても実を結ぶことはありません。ですからヨハネは遠くまでわざわざやってきた彼らに対してさえ厳しい言葉を語るのです。蝮の子らよ、簡単に、神の怒りを免れると思うなよ、「悔い改めにふさわしい実を結べ」(八節)と。これは単に「善い行いをしなさい」とか「行状を改めて善い人間になりなさい」ということではありません。実を結ぶためには木が生き生きとしていなければなりません。ですから、根元的に問われるのは、やはり神との関係であり、求められているのは真に神に立ち帰ることなのです。悔い改めて神と共に歩む生活です。そのためには、悔い改めを妨げるものを捨てなくてはなりません。そのひとつがユダヤ人としての誇りです。「我々の父はアブラハムだ」、祝福された民族なのだ。そのような思いは、かえって真の悔い改めの妨げになるのです。「だからどうした」、そうヨハネは言っているのです。「言っておくが、神はこんな石からでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」(九節)。つまり、神はこんな何でもない石からでも神の民をお造りになれる。アブラハムの子だ、正当なユダヤ人だなどという主張は大した意味を持たないよ、ということです。誇りや自慢は捨て、真の悔い改めをなし、ふさわしい実を結ぶことが大切だと言っているのです。そして「斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」(十節a)と言います。これに続く「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」(十節b)という言葉は、七章十九節に再びイエス様の言葉として出てきますが、悔い改めなしで救いが確保されているかのように勘違いする安易な恵み理解は取り除かれなくてはならない、という意味です。そうでなければ切り倒されて燃やされるぞ、と恐ろしいことを言っております。

そして最後に、ヨハネはこう言います。「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる。わたしは、その履物をお脱がせする値打ちもない。その方は、聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる。そして、手に箕を持って、脱穀場を隅々まできれいにし、麦を集めて倉に入れ、殻を消えることのない火で焼き払われる」。ヨハネが来るべきメシアをどのように考えていたかが、この言葉から分かります。メシアは裁き主として描かれています。神の国が来た。神の国はメシアによる裁きによってもたらされると、ヨハネは言っているのです。つまりメシアは「聖霊と火であなたたちに洗礼をお授けになる」。ヨハネがこの言葉で厳しい現実の裁きを意味していたことは、その後の描写から明らかです。ここで思い浮かべているのが脱穀の様子だからです。農夫が箕をもって麦を空中に放ると風がもみ殻を吹き分けます。そして近くに落ちた実、麦は倉に入れられ、遠くに吹き飛ばされたもみ殻は焼き払われることになります。そのように、メシアが最終的な神の裁きも行われると言うのです。この文脈で「聖霊と火による洗礼」が語られています。明らかに「火」は裁きの象徴です。では、聖霊はどうでしょう。ヨハネは、ここで神の霊、つまり父、子、聖霊の聖霊を意味していたのではなさそうです。

御存知のように、ヨハネが使っていたアラム語にしても、福音書に用いられているギリシア語にしても、「霊」と「風」とは、それぞれ同じ単語です。ですからヨハネが意図していたのは「聖なる風」ということです。脱穀のやり方を思いますと、この風は、もみ殻と実である麦を吹き分ける風、裁きの象徴であることが分かります。要するに、ヨハネは「風と火」という表現で、最後の裁きをなさるメシアを語っているのです。

確かに、ヨハネが「わたしの後から来る方」と呼んでいる方、主イエスは「聖霊と火で洗礼をお授けになる」方でありました。この言葉の本当の意味は、弟子たちに聖霊が降り、教会が誕生したペンテコステの日に明らかにされました。しかし、イエス様は最後の裁きをなさるお方だったでしょうか。いいえ、メシアはそのようなお方としては来られませんでした。火で裁かれるのではなく、火の中にご自分を投じられたのです。主イエスの実際のお姿がヨハネの期待を裏切ったことは、後にヨハネが牢内から使いを送り、「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」(十一章三節)と尋ねさせたことからも明らかです。

主イエスは、人を罪に定め、裁きを執行する方としてではなく、人を罪から救う方として来られました。主は吹き分ける箕を手に持つ方としてではなく、わたしたちの罪を担い、十字架を背負われる方としてこの世に来られたのです。主は十字架にかかられ、罪のあがないを成し遂げてくださいました。そして、ご自分に従う者に聖霊を注がれたのです。主イエスこそ、聖霊と火で洗礼をお授けになるお方です。その洗礼はヨハネの悔い改めの洗礼だけではなく、罪の許しの洗礼です。「天の国」は既に始まっております。わたしたちは、罪を赦され、聖霊を与えられ、神のご支配のもとに生きることができるのです。神の支配があれば、そこに神の救いがあります。そして、神の支配は完成へと向かっています。この支配は再びキリストが来たり給う終わりの時に完成するのです。それは完全な救いを意味します。同時に完全なる裁きが現れる時でもあります。救いと裁きは二つにして一つだからです。

洗礼者ヨハネの口から出た厳しい言葉、弟子たちや民衆に対するイエス様の説教、また、ユダヤ教指導者たちに対する厳しい批判の言葉は、直接的には、その時代の人々に聞かせるためのものであり、警告であったでしょう。しかし、それだけではありません。福音書の物語は、時間を超え、場所を超えて、すべての人に語りかけてきます。福音書が書かれた時代の教会の人々は勿論、今日のわたしたちにも、悔い改めが呼びかけられているのです。「悔い改めよ。天の国は近づいた」。これは、まさにわたしたちに語りかけられている言葉です。三十八年前、一九七八年九月十七日、マラナ・タ教会の前身、枚方伝道所の礼拝はこの言葉から始まりました。「悔い改めよ」との呼びかけを聞いている、今この時は恵みの時です。「今や、恵みの時、今こそ、救いの日」(コリントⅡ:六章二節)とパウロは言いました。わたしたちは、悔い改めることを軽んじて、神の恵みを無駄にしてはならないのです。

 

祈ります。
父なる神、御子イエス様をこの地上にお送りくださったことを心より感謝します。また、あなたのもとに帰ってくるようにと御手を差し伸べてくださっていることを重ねて感謝いたします。どうか、わたしたちがこの恵みに応えて、悔い改め、しっかりとあなたの方を見上げて歩んでいけますよう、支え導いてください。主イエス・キリストの御名によって祈ります。
アーメン

1月29日の音声

 

2017年1月22日  降誕節第5主日

 「悲しみのクリスマス」
マタイによる福音書 第2章13~23節

マタイによる福音書を読み進めております。マタイは「主は救い」、「神はわれらと共に」という名前のお方が、ダビデの子孫として、彼の町ベツレヘムでお生まれになったと語ります。神に背いて自分勝手に生き、御前から離れてしまった迷子のわたしたちを神は憐れに思い、親元に連れ帰らせるために、御子をこの世に送ってくださったのです。イエス様は、人が神との交わりに生き、神の子供として生きることができるように、わたしたちのただ中に来てくださいました。神の懐に抱かれて生きる喜び、それは誰によっても、また、いかなることによっても奪われない真の喜びですが、そんな大きなクリスマスの喜びが語られました。しかし、喜びだけではありませんでした。クリスマスは悲しみの出来事でもあるのです。イエス様がお生まれになったとき、恐るべき悲劇も起きたのです。

昨年末のクリスマスは、十二月二十五日がクリスマス礼拝で、例年より待降節の礼拝が一回多かったのですが、その間ずっとイザヤ書が読まれ、メシアを待ち望むユダヤ人の気持ちに耳を傾けてきました。彼らが期待したのは、エルサレムに神殿を再興すること、そしてその神殿に神をお迎えすることでした。神殿には、神の箱を安置します。契約の箱とも言われるその箱は、神が与えられた掟の板が入っていた箱で、ケルビムという天使の姿をしたお守りが二つついて、この天使に守られて神がその間にお座りになると信じられておりました。お神輿の様なものだと考えていいでしょう。古代のイスラエル人はこの箱の行くところに神の顕現があると信じ、出エジプトの時の荒野はもちろん、戦争になると戦場まで神の箱を担いで運びました。ヘロデ王は人々がずっと待ち望んだ神殿をソロモンの時代の神殿に負けないくらいに立派に回復させ、神の箱を安置しました。つまり、ユダヤの人々の願いを叶え、神殿を昔どおりに完成させて、その神殿に神をお迎えしたのはヘロデ王だということになります。今聖地旅行でエルサレムに参りますと、ローマ帝国によって壊されてしまったヘロデ王の神殿のかろうじて残った壁に、熱心な人が手を置いて、首を振りながら祈っている姿を目にします。

ヘロデ王は有名な人で、この人の業績、行ったことはかなり詳しくわかっております。少し調べますと、なかなかの人物だったことが分かります。一言で言うとやり手です。力があって頭もいい。波乱万丈の人生を送りました。ローマの権力者相手に、表では上手く御機嫌を取り、ごまをすりながら、裏では強かに色々な策略を仕掛ける。生き延びるために実に巧妙に振舞いました。そして、民族主義が強いユダヤにあって、イドマヤ人であったにもかかわらずユダヤ王家の女性と結婚してユダヤ王家の一員となり、ローマから公にユダヤ王と認められたました。外国人であるために、周りから一段下に見られていたせいで、(ユダヤ人ではない自分が)いつ王位を奪われるかしれないという不安をずっと抱いていたようですが、注意深くふるまい三十数年の長きに亘って王位にありました。彼の悲劇は、猜疑心から次々と身近な人を殺したことです。最大の悲劇は、マリアンメという名前の、おそらく彼が本当に愛したたった一人の妻である女性を、殺したことでしょう。何人も妻がいましたが、マリアンメだけは本当に愛したようで、マリアンメを殺したことを生涯悔んだようです。そう聞くとなかなか人間的にも聞こえますが、妻と通じたのではないかと疑って叔父も殺しましたし、晩年には、三人の実の子ども、それに義理の父も殺します。自分の地位を狙っているのではないかと疑った人を次々に殺し、最後にはユダヤ人の側近も次々と粛清しました。力がありながら人々に愛されず暴君と恐れられた人です。その心の中には、妻を愛し、子どもに囲まれて生きたいという気持ちがあったに違いないのですが、それが出来ないで、疑いの上に疑いを重ね、次々と身内・側近を殺しました。こういう人ですから、イエス様誕生がユダヤ人の王の誕生だと聞かされて、二歳以下の子供を皆殺しにしたという記事を聞くと、さもありなんと真に迫ってきます。

教会学校のクリスマスページェントで、最大の悪役であるヘロデ役の子どもを見つけるはなかなか大変で、よく牧師に役が回ってきますが、反対に、重要人物なのにあまり台詞が無く、しゃべらないで済むので人気なのがヨセフの役です。確かに新約聖書の中にヨセフの言葉やその引用はありませんが、ヨセフの働きは非常に大きく重要なものです。ヨセフは、天使からイエス様の誕生が告げられた時、自らの思いを超えて、聖霊によって身ごもったマリアを迎えました。今回占星術の学者が帰った後、またもや天使に「起きて、子供とその母親を連れて、エジプトに逃げ、わたしが告げるまで、そこにとどまっていなさい。ヘロデが、この子を探し出して殺そうとしている」(十三節)と告げられた時も、誕生が告げられた時と同じように、すぐに行動を起こしました。神に従ったのです。幼子をヘロデから守るには、一刻も早く安全な場所に逃げる必要がありました。今まで生きてきた地を去り、外国に逃げて行って留まるのですから、やはりまた大きな犠牲が伴います。けれども、そのような思いに打ち勝って、夜のうちに起きだして、エジプトに逃げたのです。当時のエジプトはローマの支配下にありました。ユダヤの権力者でも、手が出せない土地です。ヨセフたち聖家族は、おそらくアレキサンドリアという大都会に逃れたのでしょう。人口六十万人くらいの世界第二の大都会です。うち十五万人くらいはユダヤ人だったと言われます。ここなら言葉も通じます。ヘロデの陰謀から、神はイエス様を守られました。

エジプトに逃げたヨセフたちがどう過ごしたのか、何も記されておりませんので、よくわかりません。ただヘロデが死ぬまで安全に過ごせたようです。マタイは、「主が預言者を通して言われていたことが実現した」(十五節)のだと言います。旧約聖書のどの言葉を指しているのかよく分かりませんが、複数の学者は、ホセア十一章一節をそのように理解したのではないかと言っております。偶然ですが、ちょうど二日後の火曜日に、聖書を読む会で読む箇所です。もともとはモーセに率いられた出エジプトの出来事についての言葉ですが、この預言が成就したと語ることによって、マタイはこの幼子イエス様が神の子であると同時に、第二のモーセでもあることを示そうとしているのだと言います。確かに、イスラエル民族が経験したエジプトへの移住とその後のエジプトからの脱出を、幼子イエス様はご自身で同じ経験をして成長なさいます。いわば民族の歴史をご自身で「踏み直された」のです。マタイはエジプトへ逃げる時に既に預言の成就を見ています。そこにすでに神のご計画と御手の業を見ているのです。

イエス様が無事ベツレヘムを脱出された後、ヘロデは「占星術の学者たちにだまされたことを知って、大いに怒り」(十六節)ました。実際は占星術の学者に騙されたのではなく、ヘロデが彼らを利用しようとして失敗に終わったのですが、そこでおぞましい大虐殺が起こったのです。出エジプト記一章に記されている、ユダヤ人に生まれた男の子はパロによって皆殺しにされたにもかかわらずモーセが奇跡的に助かった、その歴史的出来事に重ねて、「イエス様だけが助かった」とマタイは言います。ヘロデには、反逆を企てた村を攻略して村人二千人をことごとく焼き殺したという記録がありますし、先ほど申しましたように敵対者だけでなく、身内や側近を次々殺したことでも有名な王です。しかし、これはあまりにも痛ましい事件です。当時のベツレヘムの人口は千人以下でしょうから、二歳以下の子供の数も、ひょっとしたら十人ほどかもしれませんが、十人ほどなら殺されても仕方がないという話ではありません。「神よ、どうしてですか」と叫びたくなります。殺されたベツレヘムの子どもたちは、まさにイエス様のための最初の犠牲者です。

イエス様のために犠牲になる、つまりイエス様のために死ぬことは、イエス様のため用いられることです。ある面、最も祝福されたことであると考えられないこともありません。ずっとイエス様の傍で共に生きることができます。そういう意味ではただ可哀そうという訳ではありません。しかし、母親たちはそのようには考えられないでしょう。クリスマスの悲しみは深かったのです。

マタイはここで、この出来事について、エレミヤ書三十一章の言葉を引用して語ります。「ラマで声が聞こえる。苦悩に満ちて嘆き、泣く声が。ラケルが息子たちのゆえに泣いている。彼女は慰めを拒む 息子たちはもういないのだから」(エレミヤ三十一章十五節)。ラケルはヤコブの奥さんで、イスラエル民族の母とも言うべき女性です。そのラケルが子孫のために墓の中で泣いているのです。

この預言は次のように続きます。「主はこう言われる。泣きやむがよい。目から涙をぬぐいなさい。あなたの苦しみは報いられる、と主は言われる。息子たちは敵の国から帰って来る。あなたの未来には希望がある、と主は言われる。息子たちは自分の国に帰って来る」(エレミヤ三十一章十六~十七節)。これは、イスラエルの国が滅亡し、捕囚となった時、神がエレミヤを通して語られた慰めの言葉です。「あなたの未来には希望がある」と言われています。同じ希望がヨセフにも告げられました。ヘロデが死ぬと、主の天使がエジプトにいるヨセフに夢で現れて、言ったのです。「起きて、子供とその母親を連れ、イスラエルの地に行きなさい。この子の命をねらっていた者どもは、死んでしまった」と(十九、二十節)。そこで、ヨセフはマリアとイエス様を連れイスラエルの地に帰りました。これもモーセのエジプト脱出を思い出させる物語です。

クリスマスが悲しみの出来事でもあったとは、あまり教会で語られませんが、とても大切な意味を持っています。神の守りに目が向く一方で、神の御子であるイエス様が、全く無力な幼子として、わたしたちと同じ人として、ヘロデから、お逃げになったという事実は、様々な「魂の闇」を背負ってもがき苦しむ現代人にとって、大きな知恵と慰めがこもっているのです。昔の修道者の一人がこう言っています。「神である主でさえ、お逃げになった」と。なんと味わい深い言葉でしょうか。神が人となられたということを、イエス様がこの世の暴虐からは逃げざるをえなかったという姿に見たのです。これは本質的な深い慰めです。

「逃げてはならない、立ち向かいなさい」。幼いときからそう教えられ、励まされ続けてきました。逃げずに立ち向かった人たちのすばらしい生き方が模範として教えられてきましたから、わたしたちは逃げずに立ち向かってゆく生き方こそ人としての本当の生き方だとすっかり思い込んでしまっています。その結果、現実にはそのように生きられない自分を自己否定せざるをえなくなっているのです。でも、そんなことはありません。挫折して逃げてもいいのです。自分の力では何もできないことを、知ることこそ大事です。自分の力で、悪魔に勝つことなど不可能なのです。「逃げてはならない」という信念のもと、悪魔と四つに組んで相撲を取ろうなどということはゆめゆめ思ってはならないということです。自分の心に浮かんだ悪い思い、情欲も憎しみも、「こんな思いにふけっていてはいけない、何としてもこの思いと戦わなければ」と奮い立てば奮い立つほど、その思いや情念がまとわりつき、がんじがらめで逃げられなくなります。

そういうときには自分の思いとは戦わず、ひたすら主の名を呼び、御名を唱えて祈ることです。「逃げずに立ち向かえ」ではないのです。悪魔と戦う最強の武器は、謙遜さ、すなわち「最初から負けている」ということです。負けて倒れている人に悪魔はもう関心を示しません。「神である主でさえ、お逃げになった」のです。逃げればいいのです。自分の「実力」をわきまえて、逃げていいのです。

逃げてもいいのですが、ご生涯の最初の受難の時お逃げになった主は、最後の受難ではお逃げにならなかったということは覚えておきたいものです。わたしたちも大事なときには、真正面から闘わなければなりません。主がわたしたちの罪を贖うため十字架にかかって死なれ、およみがえりになられたこと、その救い主によってわたしたちには希望が回復されたのだという信仰だけは、悪魔に譲ってはなりません。

ベツレヘムでひっそりとお生まれになったイエス様の最初の出来事は、ヘロデ王の虐殺を避けてのエジプトへの逃避行でした。ヨセフ一家は、エジプトに逃げ、間一髪難を逃れましたが、その旅は幼い赤ん坊にとって過酷な旅だったでしょう。十字架で生涯を終えることになるイエス様の生涯の始まりは、終わりと同じく受難であったといえます。しかし、マリアやヨセフの決断によって神の御心はなっていきました。神のご計画は、それに従う人間がいてはじめて実現していくことを、聖書はわたしたちに教えます。

祈ります。
父なる神、喜びのクリスマスは、また同時に悲しみのクリスマスであったことを知りました。幼子イエス様は、神のみ子であるにもかかわらず、この世の悪しき権力者の前になすすべもなくヨセフに連れられてお逃げになりました。そして、イスラエルの過去の歴史をご自身で踏みなおし、真の人としていろいろな苦難を経験してくださいました。人の悲しみを知ってくださっているイエス様が、共にいてくださることを感謝します。力を抜いて、しかし、しっかりとあなたに従っていけますよう導いてください。そして、マリアやヨセフのように、あなたの御業のためにどうかわたしたちをもお用いください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

1月22日の音声

 

2017年1月15日  降誕節第4主日

 「喜びのクリスマス」
マタイによる福音書 第2章1~12節

わたしたちの知っておりますクリスマス物語は、二つあります。一つは天使が羊飼いに救い主の誕生を告げる話で、ルカによる福音書に記されております。もう一つは占星術の学者たちが東の方からユダヤ人の王として生まれた幼子を探してやって来る、今日聞いた物語です。子どもたちのクリスマス劇では、同時に羊飼いと東方の学者が出てきますが、聖書では二つの物語は異なった証言です。では早速今日のマタイによる福音書からのクリスマス物語を見てまいりましょう。

今日の物語は「イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった」と始まります。イエス様のお生まれになったのがヘロデの統治していた時代であったことと、ベツレヘムであったことがまず書かれています。ルカによる福音書ではナザレに住んでいて、住民登録をするためにベツレヘムに上って行ったことになっていますが、マタイによる福音書ではベツレヘムの家に住んでいたように受け取れます。このとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムにやってきます。その頃の占星術は、当たるも八卦、当たらぬも八卦の類のわたしたちがぱっと想像する占いのようなものではありません。星の動きを観察することによって将来を予測するれっきとした学問でした。以前の聖書では博士たちと訳されておりましたが、科学的な態度を身につけた学者でした。色々と世界情勢も研究していたのでしょう。彼らは、アレキサンダー大王がそうだったように、西の方から世界の王となるべき人が生まれるのではないかという予測を立て、やがて世界の王となる人がユダヤ人の王として生まれるはずだと確信したようです。国が滅びたときに離散していたユダヤ人から旧約聖書の預言をある程度知っていたに違いありません。

なぜかわたしたちが見る絵では、占星術の学者たちは三人でラクダに乗っております。聖書には何人とは書かれておりませんが、宝の箱を開けて三種類の贈り物をしたことから三人ということになっております。また、ラクダに乗ってやってきたとも書かれていませんが、東の方から、大変な距離をやってきたのですから、ラクダに乗ってきたと考えたのでしょう。

東からくると、砂漠があってそのまま西には行けないので、北から来ることになります。するとベツレヘムに行く手前にエルサレムがあります。星に導かれてきた学者たちはエルサレムを通ります。当時のユダヤ人の王と言えば、勿論ヘロデ大王ですから、ヘロデの子どもだと思ったのでしょうか、「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです」と言います。「ユダヤ人の王として生まれた方」という表現に、ヘロデは不安を抱きました。実は彼は純粋なユダヤ人ではなく、ユダヤ教に改宗はしておりましたがイドマヤ人(エドムのギリシア語読み、イドーマイオス)ですし、何人も子どもはいましたが最近生まれた子どもはいなかったからです。エルサレムの人々も同様に不安を抱いたと書かれています。エルサレムの人々とは、宗教指導者のことです。もしユダヤの王として生れた人がいて、その人が民衆の支持を得てメシアとして立ち上がれば、ローマの軍事的介入を招き、エルサレムは滅ぼされるかも知れないという不安を持ったからです。王も宗教指導者も、自分の地位、立場が脅かされることを恐れたようです。

民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただしますと、彼らはミカ書から言葉を引いて答えました。「ユダヤのベツレヘムです。預言者(ミカ)がこう書いています。 『ユダの地、ベツレヘムよ、お前はユダの指導者たちの中で決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからである』」。占星術の学者たちは、ユダヤ人の王は、ダビデの町ベツレヘムで生まれることになっていると知ります。先週は、マタイがイエス様の名前にこだわっていることを学びました。不思議な仕方でマリアから生まれたことよりも、何という名前か、その名前がどういう意味を持つのかに焦点を当てて強調していました。今日のところでは、そのメシア、救い主はベツレヘムで生まれると、どこで生まれるか、場所を強調しています。マタイは「主は救い」、「神はわれらと主に」という名前のお方が、ダビデの出身地ベツレヘムでお生まれになったと語るのです。

ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめました。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出します。来週取り上げる予定の二章後半で分かりますように、自分が王であり続けるため、王となりえる子どもを殺そうと思ったのです。ヘロデは猜疑心の強い男でした。

さて、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まりました。「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」(十節)と書かれています。星が特定の家を指し示すとは、どういう現象かわたしには分かりませんが、何らかの方法で、そう判断したようです。そして、その星のもとにある家を見ただけで、まだ赤ちゃんに会っていないうちから、もう既に喜びに溢れていたのです。扉を実際に開けて家に入った時の喜び、母マリアと共にいる幼子をその目で見た時の喜びはどれほど大きかったことでしょう。長い旅の疲れが吹き飛んでしまったでしょうし、東方に帰る先行きの心配もなくなったに違いありません。良かった、見つかったぞ、長い苦労が報われた、そういう嬉しさで一杯だったのでしょう。

そこにいるのは幼子です。ただ寝ているだけの赤ん坊のイエス様です。後代の画家が描くように頭の上に丸い黄金の光はありません。この時代の偉人につきものの、何か言葉を話されたわけでもありません。しかし、学者たちはこの上ない喜びに溢れたのです。そこにおられるだけで、もう他には何も要らないと言えるような、そんな喜びです。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げました。東のペルシアかバビロンかアラブか、どこか正確には分かりませんが、遠くにいた人たちです。ただ単に地理的に遠くにいただけではありません。ユダヤ人から見れば、占星術の学者たちは、異教の世界の魔術師であり、汚れた、救いから最も遠いと見なされるような人たちでした。そのように、遠くにいた穢れていると思われた学者たちが、外国人である彼らが、最初にイエス様を礼拝し、黄金、乳香、没薬を献げました。今までの生き方から離れて、真の王のもとに、またその王を送ってくださった神のもとに来ることを決めたのです。「星に導かれて」と語られていますが、直接には「星」であっても、それは神の御心です。ここに書かれているのは、神が救いから最も遠いように見える人たちをあえて選んで導かれ、メシアに出会わせられたという話です。

どんなに救いから遠くにいる人だと思われていようが、どんなに汚れた人であると言われていようが、あるいは、ずっと実際に神に逆らって生きてきた人であろうが、メシアのもとに導かれ、救いを与えられるのです。最初に喜びに満ち溢れたのは、そういう人たちだったのです。もうひとつ別のルカによる物語でも、やはり最初に喜びに溢れたのは、人間の数に入ってない羊飼いでした。人をご覧になる神の見方を明確に現しております。 

神が彼らを導かれました。彼らの持っていた占星術の知識をも用いて星で道を示され、彼らを導かれました。しかし、単なる「星の導き」だけではありません。そもそも東方の占星術師が世界の王となるべきユダヤ人の王メシアに関心をもったとするならば、それはただ占星術の知識だけによるのではないことは明らかでしょう。東方にもいたユダヤ人たちの宗教的な影響が必ずあるはずです。神の導きは単純ではありません。様々な要素があり、様々な形の準備があり、働きかけがあるのです。しかし、一番大事なことを見過ごしてはなりません。神が導かれますが、実際に旅立つのは本人だということです。彼らは確かにベツレヘムに来たのです。立ち上がり新しい一歩を踏み出しました。神の導きに応え、自らを自らの主とせず、キリストを迎え入れ、実際の一歩を踏み出すこと、これこそが喜びから自らを閉め出さないために最も必要なことなのです。もし東方に留まって学び続けていたなら、メシアに出会うことはなかったでしょうし、喜びに溢れることもなかったでしょう。

星は東方でなくても、どこででも見られます。見た星について調べることもできるでしょうし、ユダヤ人たちを通してメシアについて知ることもできたでしょう。しかし、実際にイエス様に出会い、礼拝するためには、立ち上がって、自分の場所を後にして旅に出なくてはならないのです。それは、安全な場所に身を置いて、外からキリストについて調べるのとは根本的に異なります。最初の一歩を踏み出さなければ、救い主に出会って礼拝することは永遠にできません。今日聞いた聖書の物語にはそんな人々も出て来るのです。ヘロデ大王です。あるいはエルサレムの人々です。祭司長や律法学者たちもそうです。彼らは、今まで自分たちが生きてきた自分の世界から一歩も踏み出そうとはしなかったのです。かえって今まで通りの世界に留まっていられるように、変化をもたらすものを遮ろうとしました。ヘロデは自分が王でいられる世界にしがみつこうとしましたし、祭司長たちも同じです。「メシアはどこに生まれることになっているか」と質問された時、すぐに「ユダヤのベツレヘムです」と答えることができました。知識はあったのです。しかもベツレヘムはエルサレムから十キロぐらいしか離れていません。行こうと思えばすぐに行けます。占星術の学者たちがそこに行こうとしていることも知ったのです。同行しようと思えば簡単にできたのです。しかし一歩も踏み出しませんでした。実に皮肉な話です。救い主は目と鼻の先におられるのに。喜びに溢れたのは東方の学者たち、遠くから旅をしてきた彼らだったとマタイによる福音書は語っております。

学者たちは、ユダヤの王を見て喜んだのではありません。ユダヤ人の王ではなく世界の王だと思っていたから喜びました。しかし、神の送られた救い主、世界の人を罪から救う王だとは思っていなかったでしょう。本当の意味は分かってはいなかったにしても、ここに見る学者たちの喜びはまさに教会が経験してきた喜びでもあったのです。たとえ迫害があったとしても、苦難の中にあったとしても、先行きが見えない不安の中にあったとしても、また問題が山積みであったとしても、週の初めの日に主の食卓を囲んで集まることができる。イエス様に会うため集まれる。そして聖餐に与りながら、御前にひれ伏し、心からの献げ物を献げ、救いの希望の中に身を置ける。そんな喜びです。この喜びを経験しておれば、いつか体の自由を失っても大丈夫です。もちろん、それで死がなくなるわけではありません。苦難がなくなるわけでもありません。いや、むしろ集まっていればますます迫害に遭いやすくなるかもしれませんし、下手をすれば殺されかねません。しかし、そこには喜びが、溢れる喜びがあるのです。その喜びがあるから、旅路の疲れも、苦難の中で受けた痛みもすべて吹き飛ばし、また旅路に踏み出すことができるのです。苦しくても元気に歩んでいけます。それが代々の教会が経験してきたことです。

代々の教会が伝えてきた、そのような礼拝の喜びがわたしたちにも与えられています。週毎の歩みは、星に導かれた学者たちと同じように、御子にお会いするための歩みです。そして、毎週の旅を繰り返しながら、終わりの日に文字通り御子にお会いするのです。人生そのものが、また世界の歴史が、御子にお会いするための旅に他なりません。礼拝は、いつかイエス様に顔と顔を合わせてお会いするときの計り知れない喜びを、前もって味わわせていただく経験に他ならないのです。今できる時に、そのような喜びを、益々豊かに味わいたいものです。学者たちの礼拝はわたしたちの礼拝でもあります。

イエス様のご生涯において神が現された御心、救いの対象は明白です。イエス様が公に宣教の働きを開始された時、そこに集まってきたのは、救いから遠いと見なされ軽蔑されていた徴税人や罪人たちでした。そして後に教会がキリストを宣べ伝えていった時、礼拝の場所に集まって喜びに溢れたのは、ユダヤ人たちよりも、むしろ救いから遠いと見なされていた異邦人でした。そして、まさに今この会堂に、神から遠くにいた、まことに罪深いわたしたちがいます。これが神の招きです。神はどのような人をも招かれるのです。自分についても、他の人についても、決して神の救いの対象外であるかのように思ってはなりません。神は遠くから人々を招かれます。どんな人をも喜びから閉め出されません。人を喜びから閉め出すのは神ではありません。わたしたち自身です。喜びから自らを閉め出したり、遠ざけたりするのは、神ではなくわたしたち自身です。

考えて見れば、わたしたちにも、いくつもの神からの働きかけがあったはずです。ある人はクリスチャンホームで育ちました。ある人は学校の先生にクリスチャンがいてよい影響を受けました。ある人は友人に誘われました。それらすべてが導きです。でも、実際に「教会に行って見よう」と、家から外に出て教会に行く決断がなかったら、今、わたしたちはここにはいないはずです。心で信じるから教会には行きませんと言って、求道せず、洗礼を志願しなければ、クリスチャンとしての生活はありえません。

今年は宗教改革五百周年の記念の年です。キリストを探して、キリストにお会いし、喜びの礼拝を捧げて、新しい一歩を踏み出しましょう。もうヘロデの所には帰らないで、新しい別の道を通ろうではありませんか。

祈ります。
父なる神、イエス様に会うため遠くからやって来た占星術の学者たちが、喜びにあふれて自分たちの仕事の道具でもある黄金、乳香、没薬を献げ、イエス様を礼拝したように、わたしたちもキリストを主として受け入れ、喜んで礼拝することができるようにしてくださっていることを感謝します。これからも、自分を主とするのではなく、あなたの下で、主と共に生きることができますように。あなたにすべてを帰し、あなたの愛に応え、一歩ずつ歩んでいくことができますよう支え導いてください。また、わたしたちの家族、友人、隣人、一人でも多くの人が、あなたの方を向いて新しい一歩を踏み出すことができますよう、わたしたちを用いてください。
感謝して主のみ名によって祈ります。アーメン。

1月15日の音声

 

2017年1月8日  降誕節第3主日

 「その名はインマヌエル」
マタイによる福音書 第1章18~25節

今日の説教題に「あれっ」と驚きを感じられた方が少なからずおられるかもしれません。つい三週間前、クリスマス一週間前の待降節第四主日に聞いた説教の題と、今日の説教題が同じだからです。でも間違いではありません。そのときイザヤ書から聞いた「おとめが身ごもって男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」(イザヤ書七章十四節)というイザヤの預言通り、幼子インマヌエルが長い時を経て誕生したと、マタイによる福音書が告げているのです。

このイエス様が誕生された出来事を思い起こし、再びイエス様が来てくださる再臨を待ち望んで、わたしたちは毎年クリスマスを祝います。神が来てくださった喜びをかみしめます。確かに、不安に満ちた社会にわたしたちは生きております。自分の生活を振り返るとき、不安要素はいくらでもありますし、抱えている様々な問題はなかなか解決されません。喜びを実感するのは難しいかもしれません。しかし、クリスマスの喜びを奪われてはならないのです。すべての悪は、喜びの喪失から生まれます。人が喜びを失うと、一方で悪魔がニヤリとほほ笑みます。だからといって、クリスマスが来たと騒いで、現実から逃避し、歌い踊ればいいというものではありません。神を失った世界が与えようとしている、現実マヒの喜びや、アルコールやドラッグの代わりになってしまったクリスマス騒ぎは悪魔には都合のよいものです。うわべだけの喜びは現実社会の北風に当たればあっという間に吹き飛んでしまいます。しかし、どんな風が吹こうが嵐の中に置かれようが奪われない喜び、悪魔に踊らせられない喜び、そんな喜びをわたしたちは与えられています。では、いったい本当の意味での喜びとはどういうものなのでしょう。今日はクリスマスの喜びをもう一度見直すことによって、本当の喜びとは何かを考えてみたいと思います。

今日聞いた御言葉です。「イエス・キリストの誕生の次第は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった」(十八節)。有名な「処女降誕」の話です。マタイは、実に淡々と書いています。先週申し上げましたように、系図の中で、子どもが順々に、生れた、生まれたと続いているとことろに、最後に「生れさせられた」と受動態で書いてみせて、神の介入を感じさせるよう注意深く言葉を選んではありますが、ただそれだけです。その受胎の不思議さを、特別に強調しているようには感じられません。むしろ不思議なのは、淡々と記されているこの物語の中で、アンバランスを感じさせるほどに、生まれた子供の名前とその意味が強調されていることです。「イエス」という名。そして、「インマヌエル」という呼び名とその意味。マタイは名前の意味にこだわっているようです。二十一節以下をご覧ください。天使がヨセフに告げた言葉です。「『マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。』このすべてのことが起こったのは、主が預言者(イザヤ)を通して言われていたことが実現するためであった。『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(二十一~二十三節)。

「イエス」というお名前。それはありふれた名前で、『ユダヤ古代史』『ユダヤ戦記』を現わしたヨセフスの本には二十人以上のイエスという人が登場するそうです。聖書にはイエスースとギリシア語で書かれております。元のアラム語、つまり本当の名は、よくわかりません。けれども、ここで重要なのは「救う」という名前の持つ意味です。その名の通り、イエス様は救い主なのです。旧約聖書に現れる「ヨシュア」という名前がギリシア語ではイエスースであるという学者が多いのですが、もしイエスースの元のアラム語名が、ヨシュア記の「ヨシュア」(יהושע)と同じだとすれば、お名前の意味は、まさに「主はイェホー(יהו)、救いイェシュアー(ישע)」になります。旧約聖書のヨシュアはイェホシュアーもしくはヤーシュアーと発音されます。

では、何から救ってくださるのでしょう。ここでマタイは特別なことを語ります。「この子は自分の民を罪から救うからである」(二十一節)と。「罪から救う」。聖書にはさらりと書かれていますが、一般的な会話において「罪から救う」とは言いません。「貧しさから救う」とか「病いから救う」なら分かりますし、「遭難、火事、嵐の海から救う」も使います。しかし、「罪から救う」という表現の理解には少し知識が必要です。罪とは「失われた」「正しい在り方から、はずれてしまった」というのが、もともとの意味です。

分かり易く説明するために、よく迷子の例が引かれます。小さな男の子が泣いているのを見かけたとします。お母さんが買い物をしている間に、ちょろちょろと走り回ってはぐれてしまったようです。お昼時です。お腹も減っているようです。そこへ通りかかったAさんは、その男の子にパンを買ってあげました。そして、パンを渡すと、「バイバイ」と言って立ち去りました。次にBさんが通りかかりました。Bさんは、「ひとりでここにずっといたんだ。寂しいね」と言って、その子と遊んでくれました。すると泣きやみましたので、「もう泣くんじゃないよ」と言って、行ってしまいました。そこに三番目のCさんが通りかかりました。Cさんはその子と一緒にお母さんを捜しまわり、ついにお母さんのもとにその子を連れていきました。男の子はお母さんに抱っこされて笑顔がこぼれました。この子を本当に助けたのは、もちろん最後のCさんです。迷子は親に抱かれて救われます。人間も同じです。食事の必要を満たされることも大事。寂しさを癒されることも大事です。でも、人は神のふところに抱かれてこそ、本当の意味で救われるのです。それを聖書は「罪から救う」と表現しています。つまり親を見失った状態、親の前から失われている状態を「罪」と表現し、親の下に帰ることを、「救われた」と言うのです。罪とは神の前から失われた状態を指す聖書の特殊用語であって、神との関係で使われる言葉なのです。法律違反ではありません。一般に使われる意味とは全く異なりますので、注意が必要です。

このように「罪」とは、神から離れてしまった状態を言います。飼主の導きに従わずに、群れから離れて迷子になった羊のような状態です。迷子の状態ですから、不安で寂しいというのも無理はないのです。神を見失った社会が不安に満ちて孤独なものであるのも無理はないと言えるでしょう。しかし、そんな迷子のわたしたちを神は憐れみ、本当の親の下に連れ帰らせるために、御子イエス様をこの世に送ってくださったのです。イエス様は、神に背いて自分勝手に生きてきたわたしたちが神の下に帰れるように、そして、帰ってきた者として、神との交わりに生き、神の子供として生きることができるように、わたしたちのただ中に来てくださいました。そして、十字架にかかってわたしたちを神と和解させてくださったのです。

その幼子は「インマヌエルと呼ばれる」と語られております。インマヌー・エールです。「エール」は神で、インマヌーは、「わたしたち(ヌ)と共に(インマ)」ですから、インマヌエルは天使が語ったように「神は我らと共におられる」という意味です。イエス様が来られたのは、まさに「神はわたしたちと一緒にいてくださるのだ」と腹の底から喜んで言えるようになるためなのです。どんな状態にあろうと、たとえ辛い現実があっても、神に愛されている子供として「神が共におられる」と言うことができるなら、既にその人は救われているのです。ちょうどさっきの迷子の男の子が母親に抱きかかえられたのと同じです。子どもがお母さんを見つける喜びこそ、神が与えてくださったクリスマスの喜びなのです。何かによって奪われることのないクリスマスの喜びです。そしてこれこそ本当の喜びです。

しかし、ここで、もう一つの厳粛な事実を知らなくてはなくてはなりません。罪からの救い主、「インマヌエル」と呼ばれる御方が誕生するためには、そのためにとんでもない苦しみを引き受けた人がいた、という現実です。神の御計画を信じて、身を献げた人がいたのです。両親となったマリアとヨセフです。「母マリアはヨセフと婚約していたが、二人が一緒になる前に、聖霊によって身ごもっていることが明らかになった」(十八節)。マリアが受胎告知を受ける場面は、ルカによる福音書に記されています。美しい絵画や教会学校のページェントでもお馴染みの場面です。天使が現れて告げたのです。「おめでとう、恵まれた方。主があなたと共におられる」(ルカ一章二十八節)。そして、恐るべきことを告げたのです。「マリア、恐れることはない。あなたは神から恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと名付けなさい」(同一章三十、三十一節)。これが先ほど聞きました、「聖霊によって身ごもっていることが、明らかになった」ということの内容です。「恐れることはない」とはなんと非現実的でしょうか。いったいどこの誰が「聖霊によって身ごもった」などという話を信じるでしょう。この出産がユダヤ人社会において全く受け入れられないであろうことは火を見るより明らかです。当時、婚約した女性が姦淫の罪を犯したと断定されれば死罪にあたりました。これは恐るべきことでした。全くめでたい話ではありません。若いマリアの苦悩は深かったでしょう。

一方、このことがヨセフにも深い苦悩をもたらしたことは言うまでもありません。正しい人と書かれているのは律法に忠実であったということです。ヨセフも「聖霊によって身ごもった」などということを信じていなかったことは、「ひそかに縁を切ろうと決心した」(十九節)ことから分かります。それは深い悩みだったでしょう。けれども、そのヨセフが夢を見ました。主の天使が夢に現れて言ったのです。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである」(二十節)。ヨセフが認知して初めてダビデの子となります。ヨセフも引き受ける必要があったのです。天使のことばを聞いて、ヨセフはマリアを迎え入れることにしました。自分の思いを超えて、神に従う心が与えられたのです。しかし、苦悩がなくなったわけではありません。ヨセフは天使の言葉を受け入れたのでしょうが、周りの人は信じないでしょう。マリアを迎え入れるということは、マリアと一緒に苦しみも恥をも担っていくことを意味したのです。わたしたちは見逃しがちですが、マリアもヨセフも苦しみを引き受けたのです。神のご計画があると信じて、天使の「恐れるな」という言葉を信じて、苦しみを引き受けたのです。従順に上からの言葉に従いました。マタイはヨセフがした決断の理由を詮索しておりません。天使が言った、するとヨセフはそうした、と記述は淡々としていますから、かえって迫力があります。

イエス・キリストは罪からの救い主として来てくださいました。クリスマスの喜び、これは神の下に立ち帰り、神と共に生きていく喜びです。この喜びは、誰によっても、また、この世のいかなることによっても奪われない真の喜びです。大いに喜んで過ごしましょう。しかし一方で、この大きな喜びであるクリスマス物語には苦悩するヨセフやマリアが登場するのです。このことも覚えなくてはなりません。この夫婦は、神の救いの御計画に参与した人々の代表です。イエス様はすでに来てくださいました。しかし、皆が救いにあずかり「インマヌエル(神は我々と共におられる)」と喜びをもって語れるようになるためには、この喜ばしい知らせを、皆に伝えなければなりません。誰かが身を献げて語り継ぐことが必要なのです。わたしたちが今こうしてクリスマスを喜び祝えるのは、ここに至るまで信仰のゆえに身を献げ、労苦を引き受けてくれたマリアやヨセフをはじめとする多くの人たちがいたからです。今度はわたしたちの番です。家族のため、友のため、誰かの救いのために、一人でも多くの人が「インマヌエル」と言えるようになるために、神の御計画を信じて、御言葉に従いましょう。

これからの新しい一年も、神を見上げ、奪われることのない大きな喜びの中、自分の負うべき重荷を背負って生きていきましょう。

 

祈ります。
父なる神、御子イエス様をこの世にお送りくださったことを心より感謝します。どうかわたしたちがこの喜びを自分のものとしてしっかり受け取ることができますよう支えてください。そして、家族や友のため、この喜ばしい福音を伝えていくことができるよう、わたしたちを用いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。

1月8日の音声

 

2017年1月1日  降誕節第2主日 新年礼拝

 「主イエスはわたしたちの内に」
マタイによる福音書 第一章一~十七節

あけましておめでとうございます。新しい年を皆さんとご一緒に迎えることができました。この新しい年も皆さまに主の平和がありますようにと祈ります。さて、今年から、マタイによる福音書を順に、毎週の礼拝で読んでいきます。福音書、それも新約聖書の最初に置かれている、非常に有名な福音書から、連続して福音の言葉を聞くことに、ワクワクしております。使徒言行録と違って、イエス様が直接登場します。ご降誕から十字架の死、そしてご復活までが語られます。今日はその第一回目です。

皆さんはこんな経験をなさいませんでしたか。聖書を読んでみようと思って、まず第一頁を開けると、ずらっと片仮名の名前が出て来たので、そこは飛ばしてしまった。あるいは、親兄弟に聖書を読んでみたらと勧めたところ、こんな面白くない本をよく読んでいるわね、と嫌味を言われた。このような話をよく聞きます。それは新約聖書が、このイエス様の系図から始まるからです。確かに、最初のとっかかりがこの名前を羅列したに過ぎないと見える系図であるのは、躓きになることもあるかと思われます。しかし、ある程度聖書になじみが出てくると、マタイの主張していることが、いろいろ心を打つようになります。

この系図に出てくるのは、どのような人なのかまったくわからない人も何人かいますが、大体は旧約聖書に出てくる有名人物です。それぞれの人物の興味深い物語は話し出すとものすごく時間がかかりますので今日はしませんが、興味のある方は帰ってから旧約聖書をみてください。一人一人がどこに出てくるか探してみると面白いでしょう。

さて、マタイによる福音書第一章第一節には「アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図」とあります。アブラハムは神に「祝福の源となるように」と言われ、彼によってすべての人々は祝福されると約束されました。また、ダビデは、こんな約束を与えられます。「あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」と。これらは神から与えられたとても大事な恵みの約束です。人々は、救い主は必ずダビデの家系から出てくる、彼の子孫の中からメシアが生れると誰もが信じていました。マタイは、イエス様はアブラハムの子孫に当たるダビデの子孫である、と最初に宣言し、これはとても重要なことであると断っているのです。純粋にユダヤ人の血統の中のお方であると言っております。

では系図の中身に目を向けましょう。普通何世代にもわたる膨大な家系図を紹介するなら、こんなに長い歴史を持つ名家ですよとか、いかに由緒正しい家柄かということを示すためだろうと思うのですが、そういう視点でこのイエス様の系図を見ますと、驚かされます。ひとつは、とても珍しいことですが、この家系図には女性が登場すること、しかも重要なところに女性が出てくることです。もうひとつはダビデ王以下、ソロモンなど何人ものユダヤ王が出てくるのですが、残念ながらその王たちの記録は、あまりほめられたものではなかったという事実です。

ひとつ目は、だれもが指摘する女性についてですが、四人の女性が登場します。まず三節、「ユダはタマルによって」、このタマルが女性です。五節では「サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを」、このラハブとルツが女性です。そして六節の後半、「ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ」、ウリヤの妻も勿論女性です。ここには彼女の名前は出てきませんが、旧約聖書に親しんでいる方なら、ウリヤの妻の名前をよく御存知です。バト・シェバです。この四人が登場すること自体、当時の聖書の読み手であったユダヤ人には驚くべきことだったと思われます。血筋、いわば血統を語る時、日本でもそうですが男の血がどう続くかを語ります。徳川家なら家康、秀忠、家光と順に進みます。秀忠は浅井の娘によって家光をもうけたとは言いません。男の子をもうけるためには妻は何人いてもよかったのです。誰でもいい。母親が誰かはどうでもよいことでした。日本史に詳しい方でも、秀忠の母が誰かなどは普通は御存知ないでしょう。ユダヤでもそうです。にもかかわらずわざわざ四人の女性が登場するからには、この女性たちがどういう人か、大変気になります。それも民族の母と言ってもよいサラとかリベカではなく、いわくありげな女性が登場しております。まずタマルですが、彼女は、子どもができないうちに夫が亡くなり、兄弟の義務を果たすために夫となった弟も亡くなったので、なんと遊女の姿になって、夫の父、舅のユダをだまして子どもを得たのです。妻の務めは夫の家系に子どもを残すこと、そのために実に思い切った行動をとったのだと思いますが、系図にぜひ載せるべき女性と言えるかどうか疑問が残ります。次のラハブはユダヤ人ではなく異邦人で、しかも遊女です。なぜこの人をわざわざ名前を挙げて登場させているのでしょうか。ルツは立派な女として有名ですが、この人もユダヤ人ではありません。ユダヤ人が忌み嫌った民族のひとつ、モアブの出身です。モアブ人がユダヤ人の礼拝に参加するには十世代を経なければならないとされておりました。十世代に亘って、ユダヤ人と結婚し、モアブの遺伝子を薄める必要があったのです。ところがルツはダビデ王のひいお婆さんに当たります。ダビデのお爺さんはモアブの女ルツが生んだ子どもなのです。十代どころか三代目には、王が生れております。この家系図は、こういった外国人の女性が跡継ぎを生んだとはっきり語っております。四人目は、ウリヤの妻バト・シェバです。ダビデの家臣ウリヤはヘト人です。ヒッタイト人のことだと思われます。ヘト人の妻ですから、おそらくバト・シェバもヘト人でしょう。このバト・シェバをダビデは無理やりウリヤから奪って自分の妻にしてしまったのですが、マタイは、ウリヤの妻と書いております。ウリヤの妻がソロモンを生んだのだと。ダビデに殺されたウリヤの元妻ではなく、あくまでもウリヤの妻と書いているのに驚きます。このように見てきますと、救い主、つまりキリスト・イエス様の家系図は、どうも誇らしい、立派なものとはお世辞にも言えません。ユダヤ民族主義の立ち場からは全く理解できない、異邦人の女性の血が色濃く混じっております。天皇家の家系図に、大嫌いな国の女性や遊女が出てきたら、日本人がどう感じるか、お考えいただくと少し理解できるのではないでしょうか。そして外国人を母としているだけではなく、道義的に見ても、いくら古代であっても他人の妻によるソロモン王の誕生は、感心したことではありません。ダビデは勿論バト・シェバを正式に妻にしたのですが、マタイはそれを無視する形で露骨に否定しております。あくまでもウリヤの妻がソロモンを生んだのだと。

次にこの家系図には王たちもたくさん出てきます。イエス様は正当な王家の出身であるということです。しかし、ダビデ、ソロモン、レハブアムと続く王の業績はマラナ・タ教会でも、聖書を読む会、ベテル聖書研究会などで二、三年かけて随分詳しく学びましたが、一言で言いますと、これらの王たちの神に対する態度、信仰のふるまいは、決してほめられたものではありませんでした。ほめられたものではないとは婉曲的な、幾分上品な言い方で、露骨に言えば、偶像礼拝の堕落者です。神に頼り切れず偶像礼拝に傾いていく様は哀れでもあり、悲しいものでもあります。預言者エレミヤに叱責される王の姿は、エレミヤ書をご一緒に読んだ仲間の間で、もうエレミヤ書を読むのは止めようかと話すほど、つらいものでした。神に裁かれた悪しき王、そして国を滅ぼしてしまった王たちの家系にイエス様はお生まれになったのです。正直に隠さずにそれが語られます。

こうして見てきますと、跡継ぎを残す相手の女性が外国人であっても気にしない姿勢と共に、礼拝する神がヤハウェでなくても、どんな神でもよい、豊穣の神、バールでもいいという信仰の姿勢が見えます。そして、とうとう国が滅ぼされ、民はバビロンに捕囚となって連れて行かれてしまいます。国が滅びた後の十四代は、旧約聖書の中にほとんど名前が出てきません。いわば隠された十四代です。ダビデ王家は、歴史の中から消えて行きました。でもそこにイエス様は生れたとマタイによる福音書は言うのです。

少し細かいことですが、この十七節までは見出しがイエス・キリストの系図となっておりますし、一節でも系図と訳されております。まさに系図なのですが、イエス・キリストの生涯の物語とも訳せる言葉が使われております。マタイは、単に系図としてだけではなく、イエス様がお生まれになった、その長い歴史的生涯の物語という意味も含めてこれを記したのではないでしょうか。もし十六節のあとに一言付け加えると、「このイエスがロ-マに対する反逆罪で十字架につけられて殺された」、となりえます。そして、ついにこの家族は歴史から完全に姿を消したのだと。イエスとは「主は救い」という意味で、それまでは、アブラハムやヤコブやヨセフ、ダビデという名前と同様、イエスという名の人も一杯おりましたのに、十字架事件の後、人々は自分たちの子どもにイエスという名前はつけなくなりました。呪われた名前になったからです。

この様に系図が少し分かると、マタイ福音書の出だしの部分は、実にショッキングで、これはびっくり、ぜひ読んでみようと思わせる書き方になっております。つまり、これからイエス様の物語を始めるにあたって、この系図を通して、マタイは、イエス様をアブラハムの子孫、ダビデの子孫である正統な救い主なのだと紹介しながら、実は、この救い主はダビデ王家の人間でありながら、罪を背負った姿で、また異邦人の血をひく者として、わたしたちのただ中に来てくださったのだと言うのです。これは、イエス様が、神が約束された、イスラエルが待ち望んだメシアであるとともに、世界の人々の救い主であることを示しています。

最後にもう一言だけ申し上げます。系図の最後、十六節で五人目の女性マリアが登場します。そしてここで、巧妙に言い方が変わっております。ずっと同じ書き方をするなら、「ヨセフはイエスをもうけた」となるべきですが、「ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった」と、イエスはマリアから生まれと書き方を変えております。ダビデ王家につながるヨセフの系図として、四十二代にもわたる長い長い系図を紹介しながら、イエス様の本当の父がヨセフではないことを言っております。母マリアが突然登場するのです。このいきさつは次週十八節以下で語られます。イエス様誕生の不思議は、誰にもよくわかりませんが、しかし、少なくともユダヤに人にとってはイエス様の父はヨセフであり、祖父はヤコブなのです。この名前は偶然かも知れませんが、創世記を知っていたユダヤ人にとっては、自分たちの歴史をイエス様が担っておられることをよく表しています。子をもうけた、もうけたと四十回も全て能動態の動詞を使って系図を言い表したマタイですが、イエス様だけは受動態で、「生れさせられた」と書いております。神の働きかけを示唆する聖書独特の書き方です。

この系図はアブラハムに始まってイエス・キリストで終わっています。そして、途中には、神に背いた人々、罪にまみれた人々や、異邦人が出てきました。この系図はメシアを待ち望んだ神の民の歴史であり、罪ある人間の系図でもあります。神の民がずっと待ち望んできた歴史であると同時に、神が忍耐なさった歴史でもあります。アブラハムに始まりイエス・キリストで完結する歴史です。これは神の確かなご計画のうちに救いの完成に至ったことの信仰告白にもなっています。ですから、これはイスラエルだけの歴史ではありません。人類みんなの歴史なのです。イエス様はわたしたちのところにも来てくださったのです。そして、今もなお、わたしたちの内にいてくださるのです。

主は我らと共に!

祈ります。父なる神、新しい年、2017年が始まりました。今年から新しくマタイによる福音書を読んでいきます。あなたの御言葉が生きた言葉として語られまた受け取られますようお支えください。今までと同様、新しい年もあなたの祝福の内に置いてください。そして、体に弱さを覚える者には力を、心に弱さを覚える者には希望を与え、あなたのご愛に応え、感謝の内に、礼拝する生活が続けられるよう導いてください。主の御名によって祈ります。アーメン。

1月1日の音声

 

2016年12月25日  降誕節第1主日 クリスマス礼拝

 「まことの光が、暗闇を照らす」
ヨハネによる福音書 第一章一~十四節

敬愛するみなさん、クリスマスおめでとうございます。昔、礼拝は夜に守っておりました。電気のなかった時代の夜には、ろうそくの光は闇の中にひと際明るく輝いたことでしょう。ろうそくは随分昔からあって、イエス様の時代にもありました。その頃は闇と光の対比は今よりずっと鮮やかであったことでしょう。今でも世界の多くの教会では、二十四日深夜にクリスマス礼拝をしております。

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった。万物は言によって成った。成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった」(一~三節)と、ヨハネ福音書は始まります。言は世界の初めからずっと父なる神と共におられたこと、言によって万物は創造されたことを語ります。聖書の最初、創世記に、神の「光あれ」という言葉によって、光ができたことが書かれていることを思い出します。ここで言われる言とはイエス様のことです。イエス様はご降誕になるずっと前、最初から神と共におられたとヨハネは語ります。それも、今日読まれました箇所の少し先に「父のふところにいる独り子である神」(十八節)とありますように、父なる神との親密な交わりの中におられました。そして、「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」(四節)と、この福音書は、光を命だと言い、この命は、神である言、人となってくださったイエス様の内にあったと言います。神は万物の創造のときから、人間の救いをまっとうしようとしておられたのです。このヨハネによる福音書一章一~十四節は、近代人が一度聞いて分かるような書き方にはなっておりません。深い言です。理解するよりは暗記するのにふさわしい箇所です。

光が来た、イエス様が言としてこの世に来られたとき、本来ならそれを喜ぶべき人たちは、人を照らす光を分かろうとせず、かえって敵対し、十字架にかけて殺してしまいました。「光は暗闇の中で輝いている。ところが暗闇は光を理解しなかった」(五節)のです。理解しなかったと訳されている元の言語は「捕える」という動詞です。つまり、暗闇に支配されているこの世は、闇の中に輝く光であるイエス様を捕えそこなったとヨハネは語っているのです。そして、イエス様を受け入れなかっただけでなく、イエス様を信じるものたちを殺そうとしている、そんな迫害の中でヨハネはこの福音書を書き始めたのでしょう。最後の二十一章まで、イエス様のご生涯とお甦りを光の物語として描いています。ですから、この福音書は「光の福音書」という名前で呼ばれております。

聖書の世界では、言葉は出来事です。具体的な行為を意味します。世界は神の言葉によって造られました。ヨハネは、この光である言、初めから神とともにおられたキリストを、ロゴスという単語で表現しました。ロゴスのもとになった言葉は「レゴー、言う」です。「言う」という動詞から「言葉」となりましたが、レゴーには他に「数える」という意味もあります。きちんと数えますと、はっきりし、白黒が付きます。そこからロゴスには「正しい、理にかなっていること」という意味もあります。ヨハネは、この福音書をギリシア語で書いていますが、主として初代教会に大勢いたユダヤ人信徒に向けて語っています。彼らの日常語はギリシア語であっても、信仰の言葉はヘブライ語です。ヘブライ語においては「言う」、あるいは「言葉、ダーバル」という単語は単なる音声ではありません。実際に口から発せられた言葉は良きにせよ悪しきにせよ「事を為してしまう」からです。ユダヤ人の感覚では、言語は一度口から出てしまうと次々と事を為すのです。日本語でも大事なことはそうです。「僕は君が好きだ」と言えば、単なる音声では終わらず事が起こります。だから「言葉」は同時に「行為」であり「出来事」でもあるのです。

ですから、神の言葉と言えば、それは神の出来事と同じです。クリスマスによく読まれるイザヤ書五十五章にも「わたしの口から出る言葉は、わたしの臨むことを成し遂げ、わたしが与えた使命を必ず果たす」(十一節)とあります。神の言イエス・キリストがこの世に生まれ、この地上を歩まれたということは、この世に対する神の語りかけであると同時に、神の行為であり、神による出来事なのです。神の口から出る言葉は、必ず出来事となって使命を果たすのです。

初めから神と共におられ、父なる神と愛の交わりにあった子なる神イエス様が、この世に来られました。「言は肉、サルクス(バーサール)となって、わたしたちの間に宿られた」(十四節)のです。肉となったというのは、人となられたと言ってもよいのでしょうが、限界のある、死すべき存在となってくださったということが強調された言い方です。イエス・キリストとは、そのような死すべき肉にすぎない人間の体を持った存在となられた「子なる神」なのだと聖書は語ります。神はわたしたちに向かって、上から「おーい」とおっしゃったのではありません。御自分からわたしたちが落ち込んでしまっている暗闇に降りて来てくださったのです。神が初めから御自分の傍に持っておられた言が、人の世に降って来たのだと言います。クリスマスの出来事が起こったとき、言葉などほとんど使わなかった、ある意味で言葉を失った羊飼いも、救い主となる赤ちゃんを拝みに行きます。救い主はわたしたちの間に宿られたのです。すぐそばに来てくださいました。神は神であり続けるだけではなく、御自身からぐっと踏み出して降りてきてくださったのです。これは全く不思議なこと、これまで聞いたことのないことです。人間の頭で考えたり思いついたりできることではありません。ですから、明るくはっきり輝いていたにもかかわらず「暗闇は、光を捕らえそこなった」のです。闇はこれを理解しなかったのです。

イエス様はそのようなわたしたちの罪を代わりに背負って十字架についてくださいました。しかし、イエス様が十字架についてくださり、わたしたちの罪を贖ってくださったにもかかわらず、その後の世界にも未だに闇と思える状況は多々存在します。この世界には戦争、分裂、争いが絶えません。テロもあちこちで起こります。人為的な事故や災害もなくなりません。病気、孤独、貧困に多くの人が苦しんでいます。大きな失敗をして悩んでいる人、心を病んでいる人も少なくありません。生きることの困難を感じ、希望を失っている人は数え切れません。どうすればこのような状態から逃れることができるのでしょう。もし人間に必要な救いが、精神的な解放や心の安らぎ、あるいは抑圧からの解放や様々な苦痛からの解放であるならば、人間の手によって実現され得るでしょう。同様にできるだけ苦痛を経験せずに穏やかに死ぬことが救いであるなら、それも現代医療で実現され得るでしょう。しかし、それではわたしたちの抱える闇を根底からは解決できないのです。物理的な暗さ、精神的・肉体的な不都合、人生の中での大きな失敗などは、極めて大きな問題ではありますが、最終的、致命的なことではありません。暗黒の中にいるとしか思えないことも、なぜこんなにひどいことが起こるのか理解できないということも、打ちひしがれそうになる大きな困難も、心に重くのしかかる不都合も、それ自体が光を理解できない闇ではないのです。本当の闇は、人の罪、神に背を向けていることにあります。

聖書は人間に必要な闇からの解放を根本的なところに見ています。わたしたちのかかえる闇は、神との断絶、神との交わりの喪失、神の愛を失い、光を失い、命を失っていることなのです。人が単なる肉(サルクス)になってしまっていることなのです。ですから、本当の闇から解放されるには、本来の人間、つまり神の霊、神の息(ルーアッハ、プニューマ)をいただいて生きる者にならなければなりません。神との関係の完全な回復が不可欠です。これはわたしたちの方からできることではありません。神からの語りかけと働きかけがどうしても必要なのです。

「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた」(十四節)。神はわたしたちのために独り子をこの世にお送りくださったのです。ヨハネは言葉が肉となったこと、神が人となられたことを「わたしたち」の実存として語ります。神はわたしたちの間に宿られた(十四節)と告げます。だからわたしたちは神に近づくことができるのです。神は、古代の王様とか裁判官のように権威を振りかざして入り込んでこられたのではありません。「言」はまるで難民であるかのようにテントに宿られたのです。すぐ傍におられるのです。それは実にひっそりとした宿りですが、しかし、全ての人の隣に宿られたのです。神が人となられて、来てくださったのです。ここには一般的な「人」と「言」としての神との関わりが哲学的に語られているのではありません。ここにいるわたしたち「一人一人」と「言」、キリストとの関係が語られているのです。ものすごく具体的なことです。人はイエス様を受け入れることもできれば、知らん顔をして拒否することもできます。「言は自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」(十一節)と書かれている通り、当時の同胞たちは受け入れませんでした。

今もこの「言」、イエス・キリストは闇の中にいるわたしたちを照らしてくださっています。闇の中に輝く一筋の光となって、希望と慰めを与えてくださっています。わたしたちは神との交わりに生きることができるのです。喉が乾いたら水を飲みます。腹がへったら食事をします。喉が渇いているのに、酒を飲めばもっと喉が渇きます。人は誰でも、体も心も、神の命、神の息を求めます。それなのに、他のもので、満たそうとすると、かえって渇きます。さあ、この神の恵みを受け取りましょう。言が肉となって、わたしたちの間に宿ってくださったことを祝いましょう。一緒に礼拝し賛美する、同じ一つの主の食卓を囲み、主のお体を、その血をいただきます。これこそクリスマスの喜びです。この喜びがわたしたちと、世の人々と共にありますように。

 

祈ります。
父なる神、独り子イエス様をこの世にお送りくださいましたことを感謝します。御子のご降誕を思い起こしながら、クリスマスを祝えることは大きな喜びです。イエス様は今もわたしたちの間に宿り、闇の中にいるわたしたちを光で照らし、光の子として生きるよう招いて下さいます。どうかわたしたちが、イエス様が示してくださっているあなたの方を正しく向いて、希望と慰めの光の中で生きることができますよう支えてください。また、すべての人が、この世に来られた救い主を受け取ることができますよう導いてください。
主のみ名によって、感謝し祈ります。アーメン。

12月25日の音声

 

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。