降誕前節 2018

原則として 各月最終週の説教を 森喜啓一牧師が担当します
その他は 久下倫生牧師が担当です

 

2018年11月25日 降誕前節第5主日
「二人の息子」
マタイによる福音書21章28-32節 説教:森喜啓一

聖書を読み進んでいますと、難しいみ言葉や喩え話の理解に長い時間をかけて考え込むことや、心を奪われるようなみ言葉を、しっかりと心に刻み込むことはよくあることではないでしょうか。一方で、何気なしに読み進んでしまうような比較的表面的には分かり易いお話では、その意味を理解したつもりになって、さっと読んで行ってしまうこともあるかもしれません。しかし、聖書のみ言葉は、その一字一句に深い意味があり、それは厳しくも慈愛に満ちた決して見逃してはならない主のメッセージが織り込まれているのです。例えば、今日の聖書箇所もそのような、一見よくわかるお話で、さっと通り過ぎてしまいそうになるかもしれません。しかし、この聖書箇所は、先週の聖日に説教されたみ言葉のうち、特に後半部分、つまりマタイによる福音書21章23節から27節を、別の例え話で言い直して、神の御心を私たちにしっかりと根付かようとするものです。 そこで、今朝の説教では、まず先週の聖日で説教された箇所を少し振返りたいと思います。

神殿で人々にラビと言われる教師として人々に教えるのは、ユダヤ教の指導者たちから教育を受け、ラビとしての権威を与えられた者たちだけに許される決まりがありました。しかし、大工であったイエス様にはその様な権威をユダヤ教指導者は与えていませんでした。それにも拘らず、イエス様は、祭司長たちを無視しながらも神殿で教えられた福音は、神の愛と罪の許しを説き、人々の心を強く引きつけるものでした。一方、ユダヤ教の指導者から権威を与えられた教師達の教えは、神についての聖書や伝承による律法が主たるものでしが、彼らの教えには何か大切なものが欠けていたのです。祭司長らは、彼らからの権威ももたず、神殿で乱暴狼藉を働き身勝手に教えを説くイエス様が、豊かな福音のみ言葉によって人々の人気を集めていることにとても嫉妬し、彼らの権威を蔑ろにするものとして危険視していたのです。そこで、祭司長たちは、あえて、イエス様に権威についての論争を群衆の前でしかけて、イエス様をどうにかして追い詰め神殿から追い出そうしたのでした。

しかし、イエス様は、そのような議論は無視され、むしろ神様のみ言葉、神様が人間に望まれている事への忠実さについて、彼らに問われたのです。つまり、預言者でもある洗礼者ヨハネの言葉を、神様からの望みとして、祭司長やユダヤ教指導者が受け入れたかどうかということでした。これは、彼らにとって手痛い切り返しでした。なぜなら、彼らは、自分たちの形づくってきた権威を守るため、神様の言葉を語る洗礼者ヨハネを信ぜず、投獄へ追いやったからです。そして洗礼者ヨハネは殺されました。このイエス様の問いは、彼らの本当の信仰を問うものでした。しかし、彼らは、自分達の罪を隠すため「分からない」と言って答えをはぐらかそうとしたのです。そして、イエス様は、彼らが「本当に恐れていること」を隠そうとしている心を見破られていたのです。

そこで、また同じ意味の質問が、別の言葉で、今日の聖書箇所で繰り返されたのです。31節です。「この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたのか。」という質問です。皆さんならどう答えられるでしょうか。祭司長たちや長老たちは、この単純な質問には、先ほどの洗礼者ヨハネについての質問と違い、群衆を恐れる必要もないと思ったことでしょう。「兄か弟か」という、誰にでも答えられそうな簡単な質問です。

彼らは「兄の方です」と答えました。ここでイエス様が31節で言われた「一緒にぶどう園で働いて欲しい」という父親の望みとは、「父なる神の望み」のことを指しています。父なる神様の望みに従っていったのは誰だったのかというのがこのイエス様の質問で、25節の「ヨハネの洗礼はどこからのものか」とい言う問いと同じ意味だったのです。でも、祭司長たちや長老たちはそれを見抜けずあっさりと答えてしまったのでした。そこで、イエス様は「はっきり言っておく」、ギリシャ語聖書であれば「 Ἀμὴν λέγω(まことに、私は言う)」と、きっぱりと断定したみ言葉が続けられました。「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。なぜなら、ヨハネが来て義の道を示したのに、あなたたちは彼を信ぜず、徴税人や娼婦たちは信じたからだ。あなたたちはそれを見ても後で考え直して彼を信じようとしなかった」と。しかし、祭司長や民の長老達は、イエス様のこの譬え話には簡単答えておきながら、不注意にも、それが自分たちに向けて語られたことだとは気づいていなかったのです。

彼らは、父親に「葡萄畑に行きます」と言っておきながら行かず、父親の言葉に従うふりをして父親を騙し、父親を落胆させたあの弟の姿だったのです。葡萄畑に行った父親は、弟が葡萄畑にいつまでたっても現れないことに、いったいどれだけがっかりとしたことでしょう。約束は果たされなかったのです。そして、愛する自分の息子を信じたのに裏切られた悲しい気持ちでいっぱいになったことでしょう。父親の息子のうち、弟こそが口先では立派なことを言い、人には律法遵守や信仰を厳しく説きながら、洗礼者ヨハネを蔑ろにし、自分たちで作り上げた伝承や複雑な祭儀や信仰の形式で自分たち自身を権威づけ、あたかも、最も信仰深いような姿に見せていながら、父なる神が最も望まれていることを少しもしようとしなかったユダヤ教指導者のことなのです。そして、ユダヤ教指導者たちが「神様のみ言葉、神様の愛」を蔑ろにしていたことをイエス様は攻撃されたのです。しかも、神殿では、賄賂を受け取るために両替人や物売りに商売をさせ、治安を悪化させて強盗の巣にしてしまっていたのでした。

神様の期待は裏切られてきたのです。神様は、いったいどれだけ落胆し、彼らに失望したことでしょうか。一方、徴税人や娼婦達は、父親の望みを初めは拒否したものの、回心して葡萄畑に行った兄のことを指すのです。兄に、「一緒に葡萄園に行って働いて欲しい」という願いを断られ、がっかりしながら葡萄畑に行った父親は、来るはずもない兄が葡萄園にやってきて、「お父さん手伝いましょう。」と言って、一緒に働き始めた時、この思いもしなかった出来事に出会って、どんなに大きな喜びに包まれたことでしょう。 徴税人や娼婦達も、一度は、その日を生きるために、父なる神の望みに従わず、神様の望まない生き方に身を染めてしまったけれども、自分たちの罪深さに思いやり、悔い改めて、神の望みに従うようになった者達でした。父なる神は、いったいどんなに喜ばれたことでしょう。神の望まれる生き方をするようになったその人達を、神は一層愛し、喜んで真っ先に神の国に迎え入れられることでしょう。しかし、ユダヤ教指導者達も、全く見捨てられた訳ではありません。彼らが、後からでも良いから、いずれ改心を果たし神様の望まれる生き方をするようになれば神の国に迎え入れられる希望は残されているのです。神様はそこまで人間に望みをかけられ続けられておられるのです。ですから聖書でも「徴税人や娼婦達の方が、あなたたちより先に神の国はいる」と書かれているのです。ユダヤ教指導者指導者にも、いずれは回心し神様の望みにしたがう希望を、イエス様ももっておられ、神もそれを待っておられたのです。

私たちの日々の生活は、本当は家族にも話す事も出来ないような不安や恐れに脅かされています。それは、人との関係の事、健康のこと、家族の事、様々な苦難に、本当に一人だけで陥ってしまう孤独な苦しみではないでしょうか。その様な時、私たちの心は揺れ動くのです。「何故」ということばで神に問いかけるのです。「何故、私だけがこんなに苦しむのか?」、「何故、私だけがこんなに重荷を負い続けるのか」と。神様は、必ずその祈りに答えてくださいます。そして、私たちは神への感謝と讃美を捧げるようになるのです。私たちの多くは、洗礼を受けて以来、まった難攻不落で堅牢な信仰の道を歩んで来た訳ではないのではないでしょうか。むしろ長く曲がりくねった山あり谷ありの信仰の道を歩み続けてきました。でもその道は、神様が私たちそれぞれのためのご計画してくださった道。神様は、多くの喜びと共に、あらゆる困難な出来事で私たちを試み、励まし、そして、私たちを、一歩一歩と前へ進めさせてくださっているのです。今、これまで皆様が歩まれてきた日々を振返られた時、そのような時が、そのような感覚がきっと幾度もあったのではないでしょうか。

そして、一方で、神様は私たちに問われます。「私の望みに答えてくれますか」と。先週の久下牧師の説教でこのような言葉が与えられました。「自らがイエス様に問われることを知らねばなりません。問う自分から問われる自分へ変わらないといけないのです」。私たちは変わります。いえ、変えられてゆくのです。私たちの教会は、そのようなところなのです。教会は、私たちの日々を確認し共に、しかし皆様それぞれの思いを神様と対話をなさるところです。私たちの願いと神様からの問いかけへの応答の繰り返しは、私たちを,一層神様に忠実な信仰を持つ者として、天の国に招かれるものとしてくださる課程なのです。教会での礼拝は、これからの歩みを確かなものにすることでしょう。教会は、信仰の友と共に「神様のみ言葉と愛」を活き活きと私たちの中に育んでいくからです。たとえその途中で躓きがあったとしても、たとえあの兄のように父の願いに対して「いやです」と一旦は答えても、やがては思い直し、神の願いに答えるのです。「神様のみ言葉と愛」に答えるのです。来るはずない兄をぶどう園でみつけた父親のように、どんなに神様は喜ばれる事でしょう。私たちの神様への従順は、私たちと神様とをもっと強く結びつける事でしょう。神様は、私たちがどのように答えようと、貴方が来る事を信じ、貴方を待ち続けられるのです。

神は急がれない。神は、私たちが曲がりくねった山道をゆっくりと登る歩みの一歩一歩を大切にしてくださるのです。

 

祈り

天の父なる神よ。
あなた全てのわざと言葉において、あなたご自身の愛を示してくださいました。
私たちが、父なる神の私たちへの願いを、わたしたちしっかり受けとも、神と共に
歩み続けることができますように。そして、この世を生きる私たちの歩みを、
その愛によってお支えくださいますように。

主イエスのみ名によって祈ります。

アーメン。

11月25日の音声 森喜啓一

 

 

 

2018年11月18日 降誕前節第6主日
「神の権威」
マタイによる福音書21章18-27節

イエス様が王として、しかしみすぼらしくロバに乗ってエルサレムに入られた、その一日が終わりました。長い間待ち望んできた救い主が来られたのだ、「ダビデの子にホサナ」という叫びがこだましました。そのあとすぐ神殿に入られて、境内にまで場所を広げていた商人たちを追い払い、目の見えない人や足の不自由な人を癒し、神殿での礼拝者として回復なさいました。子供たちまでもが「万歳、王様」と叫びます。神殿で働く祭司長や律法学者の困惑といら立ちは深まります。こうしてイエス様のエルサレム入城という歴史的一日が終わったのでした。日曜日の出来事でした。この日の夜、人々はどんな話をしたのでしょうか。イエス様は弟子たちと、この夜ベタニア村で、どんな話をなさったのでしょうか。聞いてみたい気がします。いずれにせよ確かなことが一つありました。イエス様の身辺にはひたひたと危機が迫っていたということです。ガリラヤの田舎での出来事ではありません。民族宗教の総本山での出来事です。政治、宗教、両方の指導者が目を光らせております。この後、宗教指導者たちとイエス様の確執は深まるばかりです。

「朝早く、都に帰る途中、イエスは空腹を覚えられた。道端にいちじくの木があるのを見て、近寄られたが、葉のほかは何もなかった。そこで、『今から後いつまでも、お前には実がならないように』と言われると、いちじくの木はたちまち枯れてしまった」(十八、十九節)。翌朝、月曜日の朝早く、イエス様は再びエルサレムに向かわれます。「都に帰る途中」と表現されていますから、エルサレムが本来の場所であるという意識がマタイにはあるのでしょう。「空腹を覚えられた」、なぜか朝から何も食べておられなかったようです。これはたまたま朝食を取れなかったということではなく、もう少し深い意味があるとわたしは考えております。イエス様のエルサレム入城は世界史上ものすごく大きな出来事ですが、新聞もテレビもSNSもない時代のことです。エルサレム以外の場所では全く誰も知らなかったでしょうし、日曜日に人々が騒いだにしても、この月曜日の早朝は全く静かな朝だったと思います。昨日の興奮は過ぎ去り、誰一人イエス様の再入城に注目しておりません。そういう静かな朝、ベタニアからエルサレムに向かわれる途中、イエス様は空腹を感じておられたのです。孤独で深い空腹でしょう。これから起こるであろうことを考えたら食事どころではなかったでしょう。空腹という以上に飢えておられた。救い主が王として来ておられるのに、王は孤独で不安もあり飢えておられるのです。時は過越祭の直前、春です。イチジクの実がなるのは夏です。まだイチジクには実がなりません。なっていたとしても青い小さな実です。それにもかかわらずイエス様はイチジクの木に実を求めて近づかれました。わたしも子供のころよく庭のイチジクを食べましたが青い小さな実には目もくれませんでした。ここのマタイの描写は優れております。イエス様の飢えがよくわかります。

堅い小さな、食べられそうにない実を探されたにもかかわらず、葉のほかに何もありませんでした。そこで「今から後、いつまでもお前には実がならないように」とおっしゃると、イチジクの木はたちまち枯れてしまったのです。奇妙な感じがします。これまでにイエス様がなさった奇跡は他人のためでした。目の見えない人、足の悪い人などを救われたのです。空腹の者にパンを与えられました。弟子たちにご自分の本当の姿を示すために海の上を歩かれました。でも今回は自分の飢えを凌ぐためにイチジクの実を求めたけれども、期待を裏切られたのでその木を枯れさせたのです。とても奇妙な奇跡です。いったん枯れてしまうと、もう来年も実はならないでしょう。普通にここを読むと、腹いせにイチジクの木を呪って枯れさせてしまった、そんな風に理解できそうです。ここをどう読むか困惑します。自分のキリスト教理解、福音理解をもとに読みますと、いろいろ説明ができるかも知れませんが、聖書が伝えようとしていることと違うかも知れません。難しい箇所です。よくわからないまま、こういうことがあったとだけ覚えておくのがいいのかも知れません。しかし、わたしは説教者ですから、釈義を期待しておられる方々のために、やはり少し解釈をお話しします。

イエス様は神の子ですが、同時に人の子でもありますから、お腹が減ると何か食べなくてはなりません。この朝は、たとえ堅いイチジクの実でも口にしたいというほど追い詰められた状態でありました。にもかかわらずイチジクに全く実がなかったので、さすがのイエス様も腹をたててイチジクを呪われた、やはりイエス様はわたしたちと同様弱さを抱えた真の人なのだ、そういう理解もできるでしょう。けれども、昨日の出来事に続いて再びエルサレムに向かう途中のことです。ロバに乗って都に入り、ご自分の本性を明らかにされ、神殿で奇跡を行われたのに、わざわざ人としての弱さを示す必然性を感じません。弟子たちの目の前でイチジクの木を枯れさせたのは、やはり遺言のような大切なメッセージをお示しになったと考える方が自然だと思います。十字架の死が迫っておりました。ただお腹がすいたのなら、ベタニア村でマルタとマリア姉妹の家に行って食事をなさってもよかったし、弟子たちに命じてパンを用意させることもできたでしょう。

ここはユダヤに伝わる預言者の伝統を知っておく必要がありそうです。イザヤやエレミヤなどのイスラエル、ユダの預言者は、神の意思や言葉を人々に伝えるのが任務ですが、時々言葉ではなく行為や身振りで伝える「象徴行為」を行いました。イザヤはやがて国がこういう恥ずかしい状態になることを示すために裸で町を歩きました。またエレミヤ書にはこんな話が出ています。焼きもの師が、ろくろを使って粘土で器を作るのですが、その器が陶工の意図に反して美しい形にならないと潰して、また一から作り直します。自分で作った器を次々に壊しては作り直すのです。粘土が陶工の手の中にあるように、イスラエルは神の手の中にあります。国家の滅亡と再生を意味しております。あるいはこんなことも書かれています。神殿の前に良いイチジクの実が入った籠と、悪い食べられないイチジクの実が入った籠がありました。エレミヤは良いイチジクの実には恵みが与えられ、悪いイチジクの実は嘲りと呪いの的になると神の言葉を告げたのです(二十四章)。明らかにイチジクはユダの国、ユダの人々を指しております。食べられない実は、エルサレムの人々、特に指導者を指しているのです。この時代の人々やイエス様の弟子たちは、イチジクの実が何を象徴しているかすぐに分かったのではないでしょうか。実のならないイチジクで、神を正しく礼拝しないユダの人々を暗に指しておられます。こんな風にすぐに枯れるのだとお示しになったのではないでしょうか。

「弟子たちはこれを見て驚き、『なぜ、たちまち枯れてしまったのですか』と言った。イエスはお答えになった。『はっきり言っておく。あなたがたも信仰を持ち、疑わないならば、いちじくの木に起こったようなことができるばかりでなく、この山に向かい、「立ち上がって、海に飛び込め」と言っても、そのとおりになる。信じて祈るならば、求めるものは何でも得られる』」(二十~二十二節)。実がなるまでお待ちになってもよかったのではないでしょうかと言ったのです。これに対するイエス様のお答えは「お前たちも実がなるように努力しなさい、そうでないとたちまち枯れてしまうぞ」ではなくて、「あなた方も信仰を持ち、疑わないならば」イチジクの木にわたしがしたような裁きができるだけでなく、求めるものは何でも得られるのだとおっしゃったのです。山をも動かせると。信仰のない、実のならない人への裁きの話かと思ったら、祈りが聞かれるという話をなさっております。「はっきり言っておく」というイエス様の言葉は、以前にもお話ししましたが、「よく聞きなさい」、「アーメン、まことに汝らに告げん」という言い方です。重大な宣言をなさる時の言い方です。「信仰を持ち、疑わないならば」という言葉は個人的な信念ではありません。あなたが個人的に疑わずしっかり信じるなら、何でもできるとおっしゃったのだなと思うと、あっという間に、「おかしい、できないじゃないか」となります。神の御心であれば人は信じることができ、信じることができることを祈るなら、つまり信仰に応じた祈りをするなら、神は何でもお応えくださるとイエス様はおっしゃいました。これはイエス様の信仰、イエス様の十字架の犠牲の上に成り立つ宣言です。受験生が全く勉強せずに「東大に受かりますように」と祈っても受かりません。祈っている本人が受かると信じていないからです。全く勉強していないのに祈ったら合格すると信じているとしたら、それはまじないであり、その受験生はバカであり傲慢です。

このように弟子たちの心に残るように教えられてから、この日もイエス様は神殿の境内に入られました。「イエスが神殿の境内に入って教えておられると、祭司長や民の長老たちが近寄って来て言った。『何の権威でこのようなことをしているのか。だれがその権威を与えたのか』」(二十三節)。神殿の祭司長や民の長老たちの間に緊張が走ったでしょう。この男、今日はいったい何をする気だろうか、昨日は何一つ手出しができなかったが、もう黙っているわけにはいかないと思ったのです。そこでイエス様のもとにわざわざやって来て尋ねたのです。このようなこととは、昨日商売人や両替商を追い出し、目の見えない人や足の不自由な人を癒されたことを指しています。イエス様のなさることを見れば、不思議な権威があることは認めざるを得ません。ユダヤ教の指導者たちは、自分たちはモーセに基づく権威を継承しており、神からその権威を与えられていると確信しておりました。自分たちこそが神から権威を授かっているのだということです。ですから、イエス様の権威がどこからきているのか、誰がその権威を与えたのかを質問することは当然のことだと思っていたのです。「何の権威で」と問うているのは、いろんな権威があるうちのどの掟、どんな種類のものかと、イエス様が権威を行使しておられることを認めた上で聞いています。「だれがその権威を与えたのか」というのは、その権威は神からくるのかサタンからくるのか、本質は何かという問です。もっと言えば、彼らはこの権威はサタンか悪霊に由来するものだと人々の前で言いたかったのです。

「イエスはお答えになった。『では、わたしも一つ尋ねる。それに答えるなら、わたしも、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼はどこからのものだったか。天からのものか、それとも、人からのものか。』彼らは論じ合った。『「天からのものだ」と言えば、「では、なぜヨハネを信じなかったのか」と我々に言うだろう。「人からのものだ」と言えば、群衆が怖い。皆がヨハネを預言者と思っているから。』そこで、彼らはイエスに、『分からない』と答えた。すると、イエスも言われた。『それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい』」(二十四~二十七節)。

イエス様はその問いには直接お答えになりませんでした。そして洗礼者ヨハネのことを引合いに出して、逆に問われたのです。彼らは返答に窮します。イエス様が宣教を開始されたときの言葉、「悔い改めよ。天の国は近づいた」は、洗礼者ヨハネが宣教を始めたときの言葉と同じでした。ヨハネはイエス様が来られることを告げ知らせました。イエス様とヨハネの権威は同じ起源です。彼らがヨハネの権威を天からのものだと答えれば、イエス様はヨハネと同様にご自分の権威は天に由来すると答えられるでしょう。ですから「天からのものだ」と答えるわけにはいきません。だからといって「人からのものだ」とは、ヨハネを預言者だと思っている群衆を恐れて言えません。「ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。人々がヨハネを預言者と思っていたからである」(十四章五節)とあるのを以前に読みました。祭司長や民の長老たちもヘロデと同じだったのです。どちらと答えても都合が悪いので彼らは「わからない」と答えました。そこでイエス様も、彼らにお答えにはなりませんでした。

祭司長や民の長老たちはイエス様の権威について質問をしましたが、本当は質問しているのではなく、イエス様を追求しようと思っていたのです。質問は追及するための答えを引き出す方便です。イエス様を裁くため、罠にかけようとしているだけなのです。それに対してイエス様は彼らが答えに窮するような反問をされ、この質問にはっきりとはお答えになりませんでした。イエス様が十字架にかけられる時が刻々と近づいています。

わたしたちは、幸いその後の教会の論争を経て、ご復活のイエス様はこの世に小さき者として来られ、十字架の上でご自身の一切をわたしたちの罪の贖いのために捧げ、罪の赦しの道を切り開いてくださったのだと知っております。イエス様こそは、罪を赦す神の権威を持っておられるお方なのだ、わたしたちに仕えてくださり、命を与えてくださる権威を持っておられるお方なのだと知っております。知識としてはよく知っているのです。ところがわたしたちもまた、心の中で、祭司長たちのようにイエス様に問うているのではないでしょうか。イエス様あなたは本当に神の子ですか。もしそうならわたしにわかるように奇跡を見せてください。そうではなく、自らがイエス様に問われていることを知らねばなりません。問う自分から問われる自分へ変わらないといけないのです。祭司長たちとの問答を通して、イエス様はこの転換をわたしたちにも求めておられるのではないでしょうか。

マタイによる福音書の最後の箇所ですが、死の力をうち破ってよみがえられたイエス様は高い山の上に弟子たちを集めて言われました。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(二十八章十八b~二十節)。イエス様が与えて下さった務めにわたしたちは遣わされます。託された務めに生きるとき、主はわたしたちのただ中にいてくださいます。今わたしたちはイエス様のご降誕を待ち望むアドヴェントの時期に向かっております。礼拝はイエス様の出来事を覚え感謝する時です。心からの喜びをもって主をお迎えしたいと思います。

祈ります。
父なる神、わたしの願い通りではなく、御心のままにと祈るとき、何でも叶えられることを確信させてくださったことを感謝します。イエス様がわたしたちの罪を贖い十字架にかかってくださり、あなたとの関係が回復され、御前に生きることができるようになりました。待降節が近づいてきた今、イエス様が人となってこの世に来てくださったことを覚え、準備を整えていくことができますように。クリスマスには皆で喜び祝うことができますよう導いてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

11月18日の音声

2018年11月11日 降誕前節第7主日
「神殿から商人を追い出す」
マタイによる福音書21章12-17節

イエス様がエルサレムに入られた、その物語を聞いております。ここでわたしたちが聞くべきことの第一は、救い主がみすぼらしくロバに乗ってこられたという事実です。身を低くして柔和な方として来られました。先週聞きました御言葉です。この時、過越祭が間近に迫っており、都は祭りのためいたる所から集まってきた人々でごった返し、町の人口は何倍にも膨れ上がっていました。ロバに乗って入城されたイエス様を見て、これは預言者を通して言われていたことが実現したのだと人々の期待が高まりました。「ついに時が来た。イスラエルの王がエルサレムにお入りになるぞ。異邦人の支配から解放される時が来た。ダビデの王座が回復される時がやってきたのだ」。こういう気持ちだったに違いありません。お祭りの高揚感がありました。「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に祝福があるように。いと高きところにホサナ」と叫びました。大切な自分の上着を道に敷いたり、棕櫚の枝を道に敷いたりしたのです。まさに王を迎える行為です。わたしたちが聞くべき第二のことは、イエス様がまさに王として来られたということです。人々は熱狂的に迎え入れました。ここまでが先週聞いた物語です。これに続きますのが、神殿の商売人を追い払うというショッキングな記事です。

エルサレムに足を踏み入れた直後、イエス様は信じられない行動に出られました。「それから、イエスは神殿の境内に入り、そこで売り買いをしていた人々を皆追い出し、両替人の台や鳩を売る者の腰掛けを倒された。そして言われた。『こう書いてある。「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである。」ところが、あなたたちはそれを強盗の巣にしている』」(十二、十三節)。

当時の神殿は、ヘロデ大王が建築を始めた壮大なもので、大きな回廊で内と外が分けられておりました。お配りした図をご覧ください。回廊はほぼ三百メートル×六百メートルの長方形で、この回廊に門があって、門を通った中が境内です。神殿はさらにその中にある長方形の本殿を指す場合もあります。回廊といっても正面は三階建てで、五十メートルを超える広い幅があって、ここで両替をしたり、サンヘドリンと呼ばれる宗教会議を開いたり、聖歌隊が練習したりしておりました。献金をするのに、外国の貨幣、ギリシアやローマのお金は使えませんから両替商がおりました。また動物の献げ物をしますから、犠牲の動物を売る人もいたのです。日本でも大きなお寺の前では、線香やろうそく、献げものを売っていますね。当局に許可された神殿で必要な行為です。もし両替がけしからんといって両替商を追い出したりしたら、たちまち逮捕されてしまったことでしょう。おそらく、両替商が神殿の決められた場所ではなく、慣れっこになって、だんだんと境内のほうにまで進出していたのではないかと思われます。本来神聖な場所で両替商など入れないのに毎日の商売で慣れっこになっていく。人々もまあいいかと見て見ぬふりをしていたのでしょう。両替商は取り分けて悪徳な人ではなく、普通の善良な人たちだったでしょうが、両替商を営むための正規の金額以外にもいくらかが祭司たちの袖の下にこっそり入っていたような感じがします。ですから、許可した祭司たちの権威が背後にちらついていて、少々のことなら大目に見られていたのでしょう。ありがちです。こういうことは。

境内は三重構造になっておりました。一番外側、つまり回廊のすぐ内側は異邦人も入れるところで「異邦人の庭」と呼ばれます。おそらくこの境内の中まで、両替人やハトを売る人達が入っていたのでしょう。神殿に近づくと、ここから先、異邦人は入ってはならない、入ると殺されるという階段があって、それを登ってから女性も入れる「婦人の庭」という場所が右側にあります。左側が男のみ入る場所です。その「男の庭」の中に祭司だけが入る本殿があります。イエス様は、この時、「わたしの家は、祈りの家と呼ばれるべきである」という旧約聖書の言葉を引用されました。ということは、神殿はもはや「祈りの家」ではなかったということです。祈りの家でなかっただけではなく、「あなたたちはそれを強盗の巣にしている」(十三節)とさえおっしゃいました。もはや礼拝は形骸化していたのです。ご存知の様にエルサレムの神殿はもともとソロモン王が作った壮大なものでしたが、バビロンによって潰されてしまいました。その後、バビロンから帰還した人々が紀元前六世紀に再建しましたが、その第二神殿はずいぶん小さいものだったのです。しかし、ヘロデ王が足掛け八十年にも及ぶことになる大増築を開始しており、イエス様の頃には、増改築もすでに五十年も経ってかなり立派な物になっていたようです。みんなの誇りだったでしょう。それにしても「強盗の巣」とは、ずいぶん過激な言葉ですが、実はかつてのソロモンの神殿で、その言葉を使った人がいたのです。預言者エレミヤです。彼の言葉は旧約聖書に残されています。

「イスラエルの神、万軍の主はこう言われる。お前たちの道と行いを正せ。そうすれば、わたしはお前たちをこの所に住まわせる。主の神殿、主の神殿、主の神殿という、むなしい言葉に依り頼んではならない。…しかし見よ、お前たちはこのむなしい言葉に依り頼んでいるが、それは救う力を持たない。盗み、殺し、姦淫し、偽って誓い、バアルに香をたき、知ることのなかった異教の神々に従いながら、わたしの名によって呼ばれるこの神殿に来てわたしの前に立ち、『救われた』と言うのか。お前たちはあらゆる忌むべきことをしているではないか。わたしの名によって呼ばれるこの神殿は、お前たちの目に強盗の巣窟と見えるのか。そのとおり。わたしにもそう見える、と主は言われる」(エレミヤ書七章三~十一節)。

この預言が語られたのはユダの人々がバビロンの力に脅かされていた時代で、戦争の不安が人々を神殿へと駆り立てていました。神殿における礼拝は非常に盛んで、まじないのように繰り返される「主の神殿、主の神殿、主の神殿」という言葉は、いかに彼らが主の神殿を拠り所としていたかを示しています。主の神殿がある以上、負けるはずがないと言って、人々は心の平安を求め、外敵からの守りを求めて神殿に殺到していたのです。一方ではバアルに香をたきながら。少しでも役に立ちそうなものなら、なんでも拝んでいたのです。不安の裏返しの熱狂です。

神殿が多くの人々で賑わっているにもかかわらず、神はエレミヤを通して実に厳しい言葉を投げかけられました。まじないの言葉「主の神殿」に空しく依り頼んでも、それは救う力を持たないと言われたのです。なぜでしょう。このユダの危機において神が求めておられたのは真実な悔い改め以外の何ものでもなかったからです。主はエレミヤを通して言われるのです、「お前たちの道と行いを正せ」と。神殿において礼拝は盛んに行われていながら、そこには真実な悔い改めも、神の言葉への従順もなく、律法はお題目化してしまっていて実質が伴っていませんでした。自分たちは真の神に背いたまま、ただ迷信的に神の守りだけを求める人々がいたのです。彼らにとって神殿は安心を得るために身を寄せる逃れ場でしかありませんでした。それはまるで強盗が悪事を働いた後の隠れ家と少しも変わりません。だから「強盗の巣」に見えるとおっしゃったのです。

エレミヤの時代、エルサレムの人々はバビロンの脅威におびえ、バビロンからの救いを求めました。しかしエレミヤは、神と人との契約がどうなっているのかを問題にしました。「わたしはあなたの神、あなたはわたしの民である」という結婚に似た約束、親しい関係性を問うたのです。イエス様の時代、人々は異邦人であるローマの支配を嫌っていました。そして、ローマからの解放を求めていました。しかし、イエス様はまず神と人との関係がどうなっているかを問題にされました。神殿のあり様は、一目で、神と人の生きた契約、関係性のあり方が見えるものです。

わたしたちはどうでしょう。信仰を求める時、自分を苦しめる力、バビロン、ローマといった外敵から逃れようとします。重荷が取り除かれ、苦しみから解放されることを第一に願います。家族の中に争いがある人は家族の平和を、病気の人は病の癒しを、お金が必要な人はお金が増えることを願います。目の前の苦しみからの解放です。当然でしょう。しかし、わたしは神にこれだけ献げます。神は私に援助と慰めと助けをくださるべきですというふうに、人が神と取引し、安心を交換するようになってはいけないのです。エルサレムに来る途中、ペトロが言いました。主よ、わたしたちはすべてを捨ててあなたについてきました。いったい何がもらえますかと。主イエスはまず、わたしたちと神との関係性を問われます。十字架にかかる前に、まず神殿に赴かれたのです。祈り、礼拝し、神と交わることこそが、人間の救いにおいて最も重要な事柄なのです。ですから礼拝の場所がどういうところかが問題となります。教会が商売の場所になっていないか。人を喜ばせるだけの場所になっていないか。ここに隠れていたら安心という場になっていないか。正しい意味での祈りの家になっているかどうかが問われているのです。わたしたちは、エルサレムに入られたメシアの最初の行動が、礼拝のあり方に対する抗議であったことを心に留めねばなりません。

「境内では目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた。他方、祭司長たちや、律法学者たちは、イエスがなさった不思議な業を見、境内で子供たちまで叫んで、『ダビデの子にホサナ』と言うのを聞いて腹を立て、イエスに言った。『子供たちが何と言っているか、聞こえるか。』イエスは言われた。『聞こえる。あなたたちこそ、「幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた」という言葉をまだ読んだことがないのか』」(十四~十六節)。目の見えない人や足の不自由な人たちは境内にまでしか入ることが許されず、一人前のユダヤ人扱いをされていませんでした。本殿には近づけないのです。異邦人と同じ扱いをされました。それは「目や足の不自由な者は神殿に入ってはならない」というサムエル記(下五章八節)の言葉が、ダビデに由来するものとして言い伝えられていたからです。障害者は境内には入れますが、礼拝から排除されていたのです。しかし、その人たちの目や足が癒されました。苦しみが取り除かれたというだけではありません。この人たちが真の礼拝者として回復されたということです。本殿に近づくことが出来る様になったのです。それが癒しの奇跡として描かれているのです。神の一方的な憐れみによる御業です。

またこの境内での癒しの奇跡に続いて、子供たちのことが記されています。子供たちまでもが、この一連の出来事を見て、「ダビデの子にホサナ」と叫んで、イエス様を賛美したと言うのです。「ダビデの子にホサナ」という叫びは、本来神の子、王に向かって言う言葉です。イエス様が神殿において癒しをなさってメシアとしての働きをされたことは、祭司長たちや律法学者たちをたいそう腹立たせたのです。両替商や動物を売る商人を追い出されたことよりもずっと深刻でした。彼らはイエス様に、「子供たちが何と言っているか、聞こえるか」と問いただします。あなたはガリラヤからやってきた大工なのに、自らを神の子と称するのか。そんなはずはないだろう。とんでもないことだ。こんなことは早く止めさせろというわけです。

ところがイエス様は詩編の言葉を引用して、こう答えられたのです。「聞こえる。あなたたちこそ、『幼子や乳飲み子の口に、あなたは賛美を歌わせた』という言葉をまだ読んだことがないのか」(十六節)。引用されたのは詩編八篇の言葉「天に輝くあなたの威光をたたえます、幼子、乳飲み子の口によって」です。ここに起こっていることは、まさに詩編に歌われていることの実現に他ならないのです。詩編では赤ちゃんでさえ賛美する。今子どもたちが賛美している。いいではないかと、イエス様は自分が王であること婉曲に示しておられるのです。「神が」賛美を歌わせたということです。神が子供たちの口に賛美を授けられたのです。つまり、目の見えない人や足の不自由な人に起こったのと同じように、メシアがおられることによって、子供たちの上にも、神の御業として新しいことが起こっているのです。自分たちこそ礼拝者であると思い込んでいる人々が神殿を強盗の巣にしてしまっている一方で、礼拝者の数に入れられていなかった人や子供たちが礼拝者とされています。祈りの家を回復するイエス様の姿が描かれているのです。ものすごくラディカルなことが起こっております。このままでは危険です。そこでイエス様はオリーブ山の南東の麓にある小さな村、ベタニアに退かれます。

ところでヘロデが大改造に乗り出したこの神殿は、この後三十年ほどして工事が完成しましたが、完成後たった数年でローマ軍に破壊されてしまいました。わたしはイエス様の宮清めが、将来起こる神殿崩壊を予言するものだった様に思えてなりません。ローマからの政治的独立はならず、神殿も崩壊します。しかし、キリストの体である教会という祈りの家は今も変わることなく存在しております。ローマ帝国は消え果てました。ところが、わたしたちは礼拝者として、神との交わりに生きるようにと、軍事力によっては滅びることのない祈りの家、教会に招かれています。神との交わりにこそわたしたちの救いがあるのです。すべてはイエス様の十字架での死とその後の復活の出来事によって成就したのです。

わたしはいつも振り返って思います。ここマラナ・タ教会の礼拝堂で礼拝が正しくなされているだろうか、神との交わりが第一に求められているだろうかと。また牧師の立場から、皆しっかり神に顔を向けて礼拝しているだろうか、讃美歌はちゃんと歌えるだろうかと。しかし、そこにばかり意識が集中してしまっていないか気を付けなければなりません。皆さんも、牧師はいい説教するかな、わかりやすいかなということばかりではなく、神にしっかり心を向けてほしいと思います。もちろん、これらはすべて大切なことです、礼拝を成り立たせる要素ですから。しかし、それでも、「主よ、わたしの魂はあなたを慕います」という、卑近に言えば「神よ、あなたが大好きです」という気持ちに集中することの方が大事です。そうでなければ、礼拝は精神修養か心の持ちようの訓練になりかねません。そうなると礼拝は賛美歌つき宗教講話を聞く会です。十字架にかかるイエス様が、エルサレム入城後、最初になさった事が「宮清め」でした。神との親しい交わりこそが人間の救いにおいて最も大切な事柄であることを教えてくださったのです。よく心に刻んでおきたいものです。

祈ります。
父なる神、今日も御前に礼拝できましたことを感謝します。わたしたちとあなたとの関係が回復され、祈り、礼拝し、親しく交わることができるようにとイエス様はわたしたちの罪を担って十字架についてくださいました。心より感謝します。どうか、わたしたちが心からあなたを慕い求めることができますようにしてください。この会堂を聖霊で満たし、祈りの家とすることができますようお導きください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

11月11日の音声

2018年11月4日 降誕前節第8主日
「ロバに乗る王」
マタイによる福音書21章1-11節

本日は永眠者記念礼拝です。午後には墓前礼拝をいたします。召された方々を思いうかべつつ、わたしどもの生と死を思いながら、いつものようにマタイによる福音書からの御言葉に聞きたいと思います。十九章、二十章とエルサレムへ向かう旅の途上での出来事を聞きましたが、いよいよ二十一章からはエルサレムにおける出来事が語られます。今日はエルサレム入城、エルサレムでの第一日目の話です。イエス様の死がますます迫ります。
エリコで二人の盲人をいやされた後、イエス様は弟子たちと共に、旅の目的地であるイスラエルの聖なる都、エルサレムのすぐ近くにあるオリーブ山のふもとまで来られました。オリーブ山は、当時は一面オリーブで覆われていましたので、そう呼ばれます。過越祭を控えた時期でしたので、イエス様以外の誰もがこれから過越の祭りを守るのだと思っていました。このお祭りで何が大きな出来事が起こるぞという不安と期待があったでしょう。
「一行がエルサレムに近づいて、オリーブ山沿いのベトファゲに来たとき、イエスは二人の弟子を使いに出そうとして、言われた。「向こうの村へ行きなさい。するとすぐ、ロバがつないであり、一緒に子ロバのいるのが見つかる。それをほどいて、わたしのところに引いて来なさい。もし、だれかが何か言ったら、『主がお入り用なのです』と言いなさい。すぐ渡してくれる」(一~三節)。オリーブ山沿いのベトファゲという村に近づいたとき、イエス様は二人の弟子に、向こうの村からロバを引いてくるよう命じられました。この言葉は、ロバの所有者が喜んですぐに応じてくれることなど、これから起こることをすべて主がご存じであることを示しています。それと同時に、神がすべてのことを支配し導かれていることが強調されています。
それは、預言者を通して言われていたことが実現するためであった。「シオンの娘に告げよ。『見よ、お前の王がお前のところにおいでになる、柔和な方で、ロバに乗り、荷を負うロバの子、子ロバに乗って』」。弟子たちは行って、イエスが命じられたとおりにし、ロバと子ロバを引いて来てその上に服をかけると、イエスはそれにお乗りになった(四~七節)。エリコからエルサレムは約二十四キロありますが、エリコは海抜下二百五十メートルの低地、エルサレムは標高七百五十メートルですから、その間に千メートルも上ることになります 。イエス様はエリコからずっとこの山道を登ってこられたのですから、お元気です。歩いて都にお入りなっても良かったのです。また、子どものロバが大人の男を乗せるのは大変です。ロバに担がせる荷は大体三十キロまでですから、イエス様が乗られるとロバは喘ぎ喘ぎのろのろとしか進めません。しかし、わざわざ小さなロバに乗られたのです。マタイは、イエス様がロバに乗って入城されたことを、預言者を通して言われたことの成就と見ております。この言葉はゼカリヤ書九章の次の言葉から引用されています。「娘シオンよ、大いに踊れ。娘エルサレムよ、歓呼の声をあげよ。見よ、あなたの王が来る。彼は神に従い、勝利を与えられた者、高ぶることなく、ロバに乗って来る。雌ロバの子であるロバに乗って。わたしはエフライムから戦車を、エルサレムから軍馬を絶つ。戦いの弓は絶たれ、諸国の民に平和が告げられる」。シオンとはエルサレムのことです。「シオンの娘」とはエルサレムの住民をさす文学的な表現です。「あなたの王」、救い主メシアがロバに乗って来られる、そして戦いは終わり平和が来る。これが預言者の言葉です。
一世紀、この時代は「ローマの平和」が謳歌され表面的には平和な時代でした。しかし、それはローマの軍事力によって諸国が抑え込まれていた結果に過ぎません。こういう平和はいつの日か崩れ、また戦いと混乱の日々がやってきます。世界は本当の平和を必要としていました。武器を持って戦う王なら兵に囲まれ、威厳、権勢を誇示しながら馬にまたがって入場するのが普通です。ところがゼカリヤの預言にあるメシアは、ロバに乗って入城します。馬ではなくロバに乗っての入城は、軍事的勝利者ではなく、戦車や武器を廃止する平和の王、柔和な王であることを強調しています。「エルサレムから軍馬を断つ」のです。「柔和な」とは「無防備」を意味します。武力に訴えないのです。「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい」(十一章二十八、二十九節)とありましたように、イエス様の本当の姿を表すためにしばしば用いられる言葉が「柔和な」です。柔和な者こそ地を受け継ぐのです。
イエス様に派遣された二人の弟子は命じられた通りに、ロバとロバの子を連れてきました。すると他の弟子たちは自分たちの上着をロバの上に掛けました。上着は彼らの持っていた唯一の財産です。その上着をロバの背中に敷いてイエス様への献身を示しました。持てるすべてを差し出したのです。イエス様はそのロバに乗られました。「それにお乗りになった」の「それ」(アウトーン)は複数形です。ロバを指すのか服を指すのかわかりません。一頭のロバでは大人の体重が重すぎて乗るのは無理なので、二頭のロバに乗られたのかもしれませんが、同時にロバ二頭に乗るのは難しいですから、一頭のロバに乗られて、服が二着以上ロバの背中にかかっていたのかもしれません。
「大勢の群衆が自分の服を道に敷き、また、ほかの人々は木の枝を切って道に敷いた。そして群衆は、イエスの前を行く者も後に従う者も叫んだ。『ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に、祝福があるように。いと高きところにホサナ。』」(八~九節)。この出来事は、先ほど申し上げましたが、過越祭を控えた時に起こりました。過越祭はエジプトからの解放を記念するユダヤ人にとっては最大の祭りで、いたる所から人々がエルサレムに集まります。わたしたちのお正月に当たります。エルサレムの人口は何倍にも膨れ上がり、町中にあふれかえった人々は民族の祝いで盛り上がります。旧約聖書の「過ぎ越し」の出来事、出エジプトの物語が繰り返し読まれます。したがって人々の間には、エジプト脱出のような出来事が再び起こればいいのに、起こったらうれしいのだがという気分が高まります。熱狂して叫びやすい祭りの高揚感です。ユダヤ人は皆、旧約聖書の預言をよく知っておりましたから、ロバに乗られたイエス様を見て、これは預言者ゼカリヤを通して言われていたことが実現したのだと思った人も多かったのです。
弟子たちだけでなく大勢の群衆もまた、重要な役割を演じます。自分たちの上着を道に敷いたり、木の枝を切って道に敷いたりしたのです。この木の枝が棕櫚(おいしい実がなるなつめやし)と呼ばれる木の大きな葉っぱであったと伝わっております。古代の中近東では、勝利や平和を期待して、上着や棕櫚の葉を道に敷いて重要な人物を迎えることが珍しくなかったようです。このとき群衆が「ダビデの子にホサナ」と叫んだのは、ダビデのように外国の圧政から解放してくれるメシアを長い間待ち望んでいたからです。そういう時にイエス様は王であるかのようにエルサレムに入城なさいました。群衆はローマからの解放を願っていますから、ユダヤ王国を復興するメシアだと期待しても不思議なことではありません。ホサナは、「どうぞ救ってください」が語源ですが、日本風に言えば万歳に近い言葉です。「栄光あれ」くらいの訳が一番ふさわしいでしょう。「主の御名によって来られる方」とは、まさにメシアを指しています。「ダビデの子」と同じです。イエス様は、群衆が自分のことを軍事力を司る王だと誤解していると分かっておられましたが、実は違う意味での王、神の国の王であることを示すため、あえて彼らの誤解を拒否なさいませんでした。過越祭で高揚している人々の間で「ダビデの子にホサナ。主の名によって来られる方に祝福があるように。いと高きところにホサナ」という声は広がり、イエス様は熱狂的に迎え入れられました。
「イエスがエルサレムに入られると、都中の者が、『いったい、これはどういう人だ』と言って騒いだ。そこで群衆は、『この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ』と言った」(十、十一節)。イエス様がエルサレムに入られると都中の者がこぞって、「この方はどういう方なのか」と言いました。「都中の者が、これはだれだと言って騒いだ」というのは、イエス様がエルサレムに入られたことがいかに衝撃的であったかを表しています。それほど騒ぎたち震撼したのでしょう。過ぎ越しの祭りのためにエルサレム神殿にやってきた巡礼者たちも、このガリラヤから来たイエスという人物に出会うのは初めてだったでしょうから、一緒になって「この方はどういう方なのか」と騒ぎました。イエス様のエルサレム入城は突然で異様なものでした。「いったいこのイエスという人は、メシアなのか預言者なのか、それとも何か別の者なのか。待望のメシアのようにも見えなくはないが、ローマを打ち砕きユダヤ国家を再興する人物としてはいかにも頼りなさそうだ。いったい何者なのか」期待と疑いが混じった感情だったかもしれませんが、熱狂的興奮の中にあった群衆の中、期待は膨らんでいったのです。イエス様を取り囲んでいた人々が「この方は、ガリラヤのナザレから出た預言者イエスだ」と答えました。弟子たちはイエス様を預言者だと思っていたようです。
これまでイエス様はご自分がメシアであること、神の国の王であることを弟子以外に明らかにするのを避けておられましたが、今日の出来事では明確に、王としてエルサレムに入ろうとされています。時が来たのです。ユダの王として、預言にある通りロバに乗ってやって来られました。神に従い民に勝利を与える王として、平和を告げられたのです。この聖書箇所は、世界共通の聖書日課に従えば年二回読まれます。一度は棕櫚の日曜日、復活日の一週間前、受難週の始まりの時です。もう一回は教会歴の一年の始まり、待降節第一主日に読まれます。クリスマス、救い主の誕生を待ち望む、その始まりの日です。ろうそくを一本点火する日に、「時が来た、王が来られた」と宣言するのです。今年は十二月二日です。クリスマスとイースターは救い主の出現という意味で繋がっています。わたしたちは連続講解の順番に従って、やや早く降誕前節にここを読んだわけです。
祭りの準備に忙しく何が起こっているのか気付かなかった神殿の祭司たちが報告を聞いた時には、群衆の熱狂は既に手のつけられないところまで広がっていました。「一体これはどういうことか。この男はいったい何者なのか。ひょっとしたら、王と誤解されるのではないのか。だれもがイエスのことをよく分からないまま『ダビデの子にホサナ』と叫んでいる。これは大騒動になるぞ」。エルサレムの宗教家たちは衝撃を受けました。大勢が興奮状態にあり民族意識が高まっているこんな時に、うっかりイエス様を逮捕でもしたら、とんでもない暴動に発展しかねません。祭りで暴動が起こるのを警戒するため、ローマのユダヤ・サマリア長官、ポンテオ・ピラトも兵を率いて来ております。あっという間にローマの軍事介入を招きかねません。最も警戒すべき騒動に緊張が走ります。
ローマを追い払ってくださるのではないかという人々の期待通り、もしイエス様の目的がユダヤを軍事的に解放することにあるのなら、戦車か軍馬に乗って、エルサレムのような神殿のある宗教の町ではなく、ローマ総督府のある町カイサリヤに向かわれたことでしょう。しかし、イエス様はエルサレムに来られました。イエス様の戦いの相手はローマではなく、書かれた文字にこだわる、歪んでしまった律法主義であり、宗教的エリート主義であり、人の罪だったからです。神をまことに神としない生き方です。だからこそ舞台は神の都エルサレムでなければならなかったのです。イエス様の十字架の出来事は、神の国の民に起こる出来事として、神殿のあるまさにここエルサレムで起こるのです。
旧約聖書の預言通りにロバに乗ってこられ、王として迎えられているのに、付き従う者は勇者ではなく、旅に疲れた弟子たちです。ガリラヤから付いてきた、みすぼらしい身なりの人もいたでしょう。人々は熱狂し気付いておりませんが、見てください、ロバに乗るこのお姿こそが救い主の本当の姿を現していたのです。ゼカリヤはこの王を「高ぶることなくロバに乗ってくる」と言います。「高ぶることなく」とは、謙虚・謙遜というよりも、「貧しい」とか「みすぼらしい」というニュアンスです。十字架に向かうイエス様の使命をズバリ表す言葉、それが「みすぼらしくロバに乗って」なのです。
ロバに乗ってユダヤの民の本拠地にのろりのろりと来られたイエス様は、「ホサナ、ホサナ」と群衆に熱狂的に迎え入れられました。この五日後には同じエルサレムの群衆が「この男を十字架につけろ、十字架につけろ」と叫びます。今日の群衆はガリラヤ地方から上って来た人々が中心であり、五日後の群衆はエルサレム在住の群衆が中心だと思われます。しかし、叫んでいる人々に違いはあるにしても同じエルサレムでの出来事です。重なっていた人々もたくさんいたはずです。わずか数日の間に人の心はこれほど変わってしまったのです。そしてイエス様は殺されてしまいます。
そんなに心変わりが早いなんてひどいなあと思うかもしれませんが、わたしたちも、その場にいたら、入城されるときホサナ、ホサナと叫びながら、実は期待はずれであったとして、そんな男は殺してしまえと叫んだかもしれません。ひとつひとつの出来事が都合良く事が進むことを期待し、期待している事と実現した事が違うと、がっかりし、時には腹立たしく感じるのは珍しいことではないからです。わたしたちは、目の前の出来事だけを意識しがちです。仕事が、親が、子供が、うちの犬が、天気が、体調がと言っては、イエス様と共にあることよりも、他を大事にしがちです。ひとつひとつの出来事が自分の目にどう映るかで一喜一憂し、都合良く事が進むことを期待します。もちろん、わたしたちが考える都合の良い事が起こるのは悪くありません。そのために祈ります。しかし、もっと大事な事があります。神との正しい関係の中で神と共に生きることです。日曜日働かざるを得ない人がいます。わたしのある友人は奥さんの健康上の問題で学校の教師を辞め、転地し、生活のため地方のホテルで働いておりました。もちろん日曜出勤があります。日曜日は朝十時半になると、ロビーの柱の陰でそっと祈っていました。人生において最も大切な事は、誰と共に生きるのか、誰に看取られて死ぬのかです。神様、ありがとうと言って死ぬことです。イエス様はわたしたちの存在が神の前からずれてしまって、遠くなっているのを元に戻すために来てくださり、わたしたちの罪を担って十字架についてくださいました。惨めで傷ついた姿、はっきり言えば失敗者の姿となってくださったのです。神の御子が人として低い姿になってくださいました。みすぼらしい姿でロバに乗って来てくださいました。イエス様によって、わたしたちはだれでもイエス様に近づき、神に近づき、ありのままの姿で神のみ前に生きることができるようになったのです。神が共にいてくださることが分かるようになりました。それが今日聞くべき御言葉です。わたしたちは、この恵みをしっかり受け取って生きているでしょうか。

主に感謝。

祈ります。
主なる神、御子イエス様をこの世にお送りくださいましたことを心より感謝致します。主イエスは、あなたの前から遠く離れてしまっているわたしたちを元に戻すために、柔和で高ぶることのない姿で来てくださり、わたしたちの罪を担って十字架についてくださいました。どうかこの恵みを受け取り、あなたの御前をイエス様とともに歩んでいくことができるよう支え導いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

11月4日の音声

2018年10月28日 降誕前節第9主日
「盲人のいやし」
マタイによる福音書20章29-34節 説教 森喜啓一

エルサレムのほぼ北東20キロほどのところに、エリコという町があります。この町は、旧約聖書にも度々登場するよく知られた町で、ヨルダン川を渡って、エルサレムへの旅をする人々のための最後の宿場町でもありました。イエス様が、エルサレムでの十字架の死に向け旅をされていた時は、ちょうど過越祭の時でしたので、たくさんの巡礼者が、このエリコで一泊して、エルサレムに向おうとしていました。イエス様も、恐らく、夜明けと共にエリコを出発されたのでしょう。 弟子達やイエス様に従う人々も一緒でした。

イエス様とイエス様に従う人々が歩まれていた街道の端に、二人の盲人が座っていました。それは、座っていたというより、疲れきり座り込んでいるというべきなのかもしれません。 しかし、そのような疲れにもかかわらず、彼らの表情は、ある決意と意思に満ちたものがありました。彼らの不幸は、盲目であったことだけにとどまらなかったのです。と言うのは、その当時のユダヤ人社会では、他の体の障害の人々と同様に、両親か本人あるいはその祖先が、なんらかの罪を神に負っている為にそうなったとされていたのです。その為に、彼らは、ただでさえ不自由である上に、ユダヤ人からは罪人としてさげすまされ、人々に愛される事もなく、ひっそりと逃げるように暮らさなければならなかったのです。そのような毎日がずっと続いていました。誰にも愛されることも顧みられることもない日々の苦悩は計り知れません。ユダヤ教の祭司も彼らには手の施しようもなく、ただ罪が許されるよう祈ることを勧めるばかりで、祭司自身が汚れるのを恐れて彼らをできるだけ避けるようにさえしていました。ある時は、目を直せるという魔術師や医者にかかったこともありましたが、彼らは皆詐欺師で、ただ多額の金をむしり取られるだけで終わってしまっていました。両親や僅かな親切な人々がなんとか彼らを食べさせていたのでしょうけれども、彼らは、社会的にも宗教的にも見捨てられた存在で、彼らが生きて行くことはとても厳しかったのです。彼らの全てが闇の中にありました。

それでも、彼らは、いつかはこの闇から抜け出したい、自分達も光を見たいと願い祈り続けることに務めていました。時には、そのような祈りや、神を信じることが全く無駄なことなのではないのかと、自分の信仰を疑うこともありました。それは、どれだけ信じても祈っても彼らの状況はまったく変わってこなかったからです。むしろ、彼らが成長し、自立しなければならない年頃になると、状況はもっと厳しくなりました。しかし、それでも彼らには、神を信じ頼る思いが生き続けていました。そしていつかは神が必ず救ってくださると言いう光が心の中で灯っていたのです。

そして、ついに神は動かれました。その来るべき時に、神は最善を、この二人に与えられたのです。彼らは、噂で、イエスと言う方が人々の体を癒す奇跡を起こされていることを耳にすることができました。しかも、彼らに厳しい態度を示すユダヤ教の司祭や律法学者、ファリサイ派の人々を非難し、福音という新しい救いの教えを宣べ伝えながら弟子達と旅をされているというのです。
彼らにとって、それは素晴らしい知らせでした。 神は彼らを見捨ててはいない、彼らの祈りは聞き届けられようとしていたのです。彼らの心の中に灯り続けていた信仰の灯は大きく燃え上がり、胸は熱く踊りました。 彼らは、そのイエス様というかたが、救ってくださるに違いない。何かの力が、自分たちの背中を押し、また自分たちを呼んでいました。彼らはその力に促されながら、なんとかイエス様に会いに行こうという大胆な決意をしたのです。盲目の者二人だけの困難な旅が始まりました。二人は、助け合い、手を取り合いながら、時には人に助けられながら、イエス様に会うために、歩き続けました。その旅の間も、イエス様への思いを抱きながら、二人で祈り続けました「主よ、どうか私たちを憐れんでください。どうか私たちの目が開かれますように。どうかイエス様に会わせてください」と。

やがて、二人は、イエス様がお通りになるというエリコ近くの街道にさしかかりました。今日、この道をイエス様がお通りになるはずなのです。ここでイエス様の目になんとかとまり、彼らの願いを聞いていただけるようにしたい。彼らは必死でした。できることはなんでもしようと思いました。命をかけてもこの時を逃すわけにはいかなかったのです。

夜が明け、エルサレムへ向かう街道を行き来する人々の数が増えてきました。 彼らはその中で、イエス様をじっと待ちながら地面に座していました。そして、ついにイエス様とイエス様に従う弟子や群衆の集団が彼らの前を通り過ぎていこうとするのを感じました。それはこの集団の足音や話し声、イエス様ご自身から湧き出る霊のようなみ力が強く感じられ、他の街道を行き来する人々とは全く違っていたのです。

彼らは、わずかに残った力を振り絞るようにして、思い切って叫びました。「主よ、ダビデの子よ、私を憐れんでください」。この盲目の二人は、自分たちの切迫した状況の中で、イエス様に向かって叫び声をあげました。それは、毎日、唱え続けてきた祈りと同じ言葉でした。他に叫ぶべき言葉をみつけることはできなかったのです。

この盲人たちが、いかにイエス様を待ち望んでいたのかは、この叫びが明らかにします。これは聖書のギリシャ語原文では“Κύριε, ἐλέησον ἡμᾶς, υἱὸς Δαυείδ” (キリエ エレイソン ヘーマス ヒュイオス ダビデ)と書かれていますが「主よ、ダビデの子よ、私たちを憐れんでください」という心からの訴えです。彼らが、それまでいつも祈りつづけていた言葉です。先ほど、みな様と歌いました賛美歌32番の歌詞と同じ祈りです。

突然、路傍で叫びだした盲目の二人に驚いたイエス様と共にいた人々は彼らを黙らそうとして、押さえつけようとしました。しかし、命がけの二人は、そのようなことには負けません。彼らは、押さえつけられても、喉を枯らし声にもならない声を振り絞りながら叫び続けました。『主よ、ダビデの子よ、私を憐んでください』。二人の魂は泣き叫びイエス様に激しく迫り、イエス様は、この二人に捉えられました。イエス様は、二人を呼び寄せられました。疲れ果てていた二人は、きっと這うようにして、イエス様のそばに来たのではないでしょうか。

イエス様は「何をして欲しいのか」と尋ねられました。 盲目の二人は全ての思いと魂を込めて答えました。『主よ、目を開けて頂きたいのです』。イエス様はこの二人を深く憐れんで、その目に触れられました。 すると、盲人たちはすぐに見えるようになり、イエス様に従って来ました。 そしてこの物語は閉じられています。イエス様の、この二人への憐れみの深さはどのようだったのでしょうか。この深く憐れんでと訳されているギリシャ語の原文では“σπλαγχνισθεὶς”(スプランクニッセイス)という言葉が使われていますが、それは「心情が痛むほど強く憐れむ」というという意味になります。ご自分の前に哀れな姿で救いを求める者にイエス様は、そのような深い憐れみを持たれたのです。

盲目であった二人の目は、イエス様によって開かれました。この二人の開かれた目が最初に見たのは、イエス様だったのではないでしょうか。心配そうに二人を覗き込むイエス様のお顔は、とても眩しく輝いておられたことでしょう。まさに、救い主がここにおられるのです。 そして、群衆や周りの風景が目に飛び込んで来たことでしょう。長く待ち望んで来たことがあっという間に実現されてしまったのです。 しかし、この盲人だった二人は、イエス様に目を開かれたばかりではなかったのです。 イエス様は、同時に彼らの魂の目をも開き開放されました。そのことを、彼らは目を開かれときには直ぐには理解ができなかったかもしれませが、彼らも何か今までとは違う世界にいることを感じ始めたのです。誰からも愛されなかった二人が、イエス様や周囲の人々の愛に包まれていることを感じたのです。イエス様や周囲の人々は、心配そうに彼らを助け上げ、泥をぬぐい、世話をし、食事を与え、励ましの言葉をかけ、彼らの祈りに胸を打たれ、神を賛美していたのです。「信仰があなたたちを救ったのだ」。イエス様はきっとそう言われたのではないでしょうか。 イエス様は、彼らの魂を、出口の見つからない闇の中から救い出しイエス様の光の中へと招き入れられたのです。福音は、ここでも実現されました。盲目であった二人と、多くの者が、福音の現実をあらためて知るようになりました。天の国がそこにあったのです。

預言者イザヤは「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張って上がる。」(イザヤ書40:31)という神のみ言葉を伝えています。 この二人は、神に強い望みをおき、その実現を信じていました。そのような二人に、神は新たな力を与え、鷲のよう翼を張って自由に飛び上がれるようにしてくださったのです。

祈り

父なる神様、誰にも愛されず、肉体にも、魂にも傷を負ったものが、惨めさえに耐えながらも、行かざるを得なかった二入の男が、揺るぎない信仰を神におき続け、自分たちの救いを信じ続けました。
「主よ、私たちを憐れみたまえ」という祈りは繰り返し、繰り返し天に向かって語りかけられました。神は
その祈りをしっかりと受け止めてくださり、御子イエス様によって福音の中で救いを得え、彼らも、彼らの魂も光を見ルことができました。愛を得ることができました。
神様、私たちもまた、多くの苦難と重荷を負い、神様の最善の救いの望みを置くものたちです。 どうか、神様を信じ続けることの重さにおいて、そしてイエス様の福音の恵みを信じ続けることの重みにおいて、私たちがその苦悩から救い出され、本当の人の愛に生きながら、イエス様の後に従っていくことができますように。私たちも、イエス様に従い、天の国に向かう群の中のものとしてください。

主イエス・キリストのみ名によって祈ります。

アーメン

10月28日の音声  森喜啓一

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