聖霊降臨節説教2017

2017年10月22日 聖霊降臨節第21主日
「あなたの信仰があなたを救った」
マタイによる福音書 9章18~26節

マタイ福音書の第四部、神の王国での神の権威を示す「救い主の奇跡」を読み進めております。八、九章で十の奇跡物語が続きますが、最初の三つの話はユダヤ社会から疎外された人、救いとは関係ないと思われていた人が恵みによって生かされる話でした。次の三話は、自然界を含むあらゆる領域でイエス様が主権者であることを示す奇跡でした。今日から始まります残り四つの話は、イエス様が人々の信仰に応えて恵みを与えられたお話です。勿論これまでの話も、奇跡が人々の信仰に基づいてなされたことには違いありませんが、特に「信仰」が強調されていると思います。ただ注意したいのは、いわゆる「立派な」信仰者が救われた話では決してありません。むしろ信仰者とは言えないような人が、神の御業を見たのです。イエス様の力を引き出した、イエス様が「信仰」と呼ばれたものがどういうものであったか、よく注意して読みたいと思います。聖書に出てくる信仰と訳される「ピスティス」は、なかなか一筋縄では行かない語です。ごく最近出た「ガラテヤの信徒への手紙」の新しい翻訳で、この語を「信頼性」とか「誠実な業」と訳した学者がおります。信頼ならともかく、「信頼性」では誤解されやすい訳ですが、わたしたちが日頃何気なく使う「信仰」と「ピスティス」は微妙に違っております。

今日聞きました聖書箇所には、二つの奇跡物語が組み合わされております。ある指導者の娘が生き返った話。そこに割り込むように記されている一人の女の癒しの話。一見全く無関係な二人の女性に起こったイエス様の奇跡物語が結びつけられているこの箇所は、いったい何を語りかけているのでしょうか。山上の説教の後に記された十の奇跡のうち、第七と、第八の奇跡が一つになった物語です。ある指導者がイエス様のそばに来て、ひれ伏して懇願するところから始まります。「ある指導者がそばに来て、ひれ伏して言った。『わたしの娘がたったいま死にました。でも、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、生き返るでしょう』」(十八節)。この物語はマルコによる福音書五章にも、ルカによる福音書八章にも同じ記事があります。マルコによれば、この人はヤイロという名前の会堂長だったようです。皆さんこの名前で物語を覚えておられるでしょう。

同じ物語ですがマタイでは、導入部や、娘の死が伝えられる描写が省略されていて、マルコによる物語と比べますと、約三分の一になっています。以前学びました八章の物語でもそうでしたが、マタイは、明らかに物語を短くして焦点を絞っています。それと同時に、具体的な名前が省かれることによって事柄が一般化されています。つまりわたしたちが聞くべきことをより鮮明に、そしてわたしたちにも起こる身近なものとして描いております。この物語は、指導者が来てひれ伏して「わたしの娘がたったいま死にました」というところから始まります。「死にました」と訳されているのは、「終わりました」という言葉です。それは死を意味する婉曲的な表現です。まさにその言葉通り、彼は娘の生涯の終わりに立っています。病との戦いのすべてが尽きた「終わり」にいるのです。しかし、これで終わりませんでした。彼はその終わりの地点からイエス様に呼びかけたのです。死を終わりではなく眠りにすることのできる御方に呼びかけたのです。イエス様ならば娘を生き返らせてくださると信じたからです(十八節)。救い主であるイエス様はそれに応え、立ち上がり彼について行かれたのです(十九節)。終わりが新しい始まりになりました。それがこの聖書箇所の伝えている一つの出来事です。一方、この物語に挟まるような感じで、出血の止まらない女性が登場します。十二年間もその病気を患っていました。この女性もほぼ終わりに立っています。マタイは省略していますが、マルコではそれが分かるように書かれています。しかし、彼女もその終わりの地点からイエス様に近づいたのです。後ろから隠れるようにしてイエス様の衣の房に触れたのです。こういう病気の女性が、ラビに近づき触れることなど決してできないことでした。ところがこの女性は大胆にもイエス様に近づき、そっとイエス様の服の房に触れたのです。房とは学者や地位ある人が着るガウンのような着物の隅の青い紐のことです。権威の徴です。神の力にわずかでも触れることができたらと思ったのでしょう。すると主が振り向いて目をとめてくださいました。そして驚くことをおっしゃいました。「娘よ、元気になりなさい、あなたの信仰があなたを救った」と(二十二節)。その時が新しい始まりになりました。これが今日聞きました物語の伝えているもう一つの出来事です。

さて、この一連の出来事は理解できない物語ではありません。しかし、わたしたちの心には、どうしても納得できない、なにか引っかかるものが沸き上がります。「実際には、そんなことは起こらないよ」という思いです。愛する者との死別はだれでも経験します。「イエス様、どうぞこの子を生き返らせてください」、そのように叫んだ親は数えきれないほどいたでしょう。しかし、死んだ子が再び息を吹き返すことはなかったのではないでしょうか。では、昔の教会では病気が癒され死んだ人が生き返ることも珍しくなかったのでしょうか。そんなことはないでしょう。旧約聖書の中にもエリヤとエリシャが死んでしまった子供を生き返らせた物語がありますが(列王記上十七章十七節、列王記下四章十八節)、例外的です。奇跡的な病の癒しを経験する人はあるかもしれません。しかし、癒されないままずっと病気の苦しみを背負って生きている人たちがほとんどです。なかなかこの女性たちのようにはなりません。この聖書の物語は感動的な話かもしれません。しかし、現実のわたしたちとどう関わるでしょう。注目したいのは、この現実離れした物語を、教会は大切に伝えてきたという事実です。現代よりもずっと多くの人が癒されないまま亡くなっていく中で、あるいは迫害によって殺されていく中で、死んでしまった人が生き返ることなどなかったはずです。それにもかかわらず、この物語は大切に伝えられてきたのです。今以上に現実はずっと厳しかったはずです。そういう状況でしたがずっと語り継がれてきたのです。

十二年間も患って出血が止まらなかったこの女は、後ろから主イエスの服の房に触れました。「この方の服に触れさえすれば治してもらえる」と思ったからです。「治してもらえる」と訳されていますが、「救ってもらえる」という言葉です。そんな彼女を見ながら主はこう言われました、「あなたの信仰があなたを救った」と。そして、続けて「そのとき、彼女は救われた」と原文には書かれています。つまり、ここに起こっていることは、ただ病気が治ったというだけではないのです。出血が止まらなかった女性の苦しみは単に体の苦しみだけではありませんでした。モーセの律法では、出血が止まらない女性は汚れた者とされていたのです。汚れとは宗教的な表現です。神や人との交わりから断たれているということです。重い皮膚病の人と同じです。ですから、彼女の状況はあのマタイのような徴税人や罪人が置かれていた状況と変わりません。人には嫌がられ、神を礼拝することは許されていなかったのです。その状態が十二年も続いていたのです。当時の人の寿命からすれば、人生の半分以上です。しかし、イエス様が出血を止めてくださいました。それは病の癒しであると同時に、交わりの回復を意味したのです。正確に言うならば、彼女は癒される前に罪赦され、人として回復されているのです。なぜなら「娘よ、元気になりなさい。あなたの信仰があなたを救った」という救い主の言葉を聞いたのですから。元気になりなさいは、ニュアンスとして「心配するな、思い煩うな」の方が分かり易い訳だと思います。また、「あなたの信仰があなたを救った」という言葉は、百人隊長が部下の病をいやしてほしいと願ったときのイエス様の言葉「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」を思い出します。

この出来事は、神の国で王がわたしたちに与えてくださる救いを指し示す徴です。この人は自分の病をどうすることもできませんでした。しかし、実は病よりももっとどうすることもできないことがあるのです。それは神との関係を回復できないということです。それは宗教的な汚れによるのではありません。根源的にわたしたちをとらえて離さない罪によるものです。この女性だけの問題ではありません。そして、自分が罪人であるという事実の故に、わたしたちの為しうることは尽きています。終わりなのです。その事実と正直に向き合うならば絶望しかありません。にもかかわらず、人の力が尽きてしまう終わりの地点に、イエス様は立ってくださったのです。そこでわたしたちの罪を赦し、神との交わりを回復してくださるのです。この女性は望み得ないところにおいてなお望みつつ救い主の力を信じました。イエス様への信頼です。同じような立場の重い皮膚病の人はイエス様に堂々と近寄って、「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と言いましたが、彼女はそっとおずおずと後ろから御衣の端に触れただけです。それでも、主はそのような彼女にはっきりと言われたのです。「あなたの信仰(ピスティス・スー)があなたを救った」と。イエス様はあなたの信仰とおっしゃいましたが、それは自分が何かをする、あるいはしたということではなく、イエス様なら救いを与えてくださるという信頼を持っていることです。イエス様の力にただただすがろうとしたことです。触れれば治るという感覚は迷信に近いかもしれません。でも勇敢でした。必死でした。信仰心と言った方がいいかもしれません。わたしたちの信仰も決して誇れるようなものではないでしょう。でもそれをイエス様は「あなたの信仰」と呼んでくださるのです。わたしはこういう信仰を持ちたいものだと思います。ひたむきな信頼とでもいったらいいでしょうか。理屈ではない。夫婦の愛に似ている気がします。

先に出てきました、死んだ娘とその父親に起こった出来事も、同じようにわたしたちに救いと希望を指し示しています。この父親は娘の死という現実を前にして、すべての手だてが尽き果てたところに立っています。人は自らの力で死を克服することはできません。死の現実を前にしては、もはや為し得ることは何もありません。終わりです。しかし、力が尽きてしまう終わりの地点にイエス様が立っておられるのです。その救い主をこの人は呼び求めました。イエス様は彼と共に死んだ娘のもとに赴かれ、家に入り少女の手をしっかりと握られました。すると彼女は起き上がったのです。そこでいったい何が起こったのか医学的にはよく分かりません。ただそれがいかなることであったにせよ、出来事そのものは本当の意味での死の克服ではありません。この少女はその時には死ななかったにせよ後の日にいつか死んだでしょうし、父親もいつの日か死んだに違いないからです。ですから、重要なのはこの出来事が指し示している「何か他の事」なのです。

死は厳しい現実です。わたしたちはその厳しさから目をそらし、直接的な言及を避けて「安らかに眠りました」などと表現いたします。しかし、聖書は気休めを言いません。死というのは、罪がなす業だと言います。これは注意が必要です。個人的なことだと誤解しないでください。罪を冒したら死ぬ、罪を冒さなかったら死なないという単純な事ではないのです。ましてや逆の解釈、あの人が若くして死んだのは、罪のせいだ、何か隠れた悪いことをしていたのだ、などと聖書はそんなことは決して言っておりません。わたしたちはみな死に向かっています。どうしようもありません。人は必ずいつか肉体としては死ぬのです。しかし、神の国では、罪が赦され、死が克服されるのです。最終的な解決は、終わりの時まで待たねばなりませんが、少なくとも神の国が来た今、イエス様が来られた以上、罪は赦されるのです。罪が赦された状態で、眠るように復活を待つのがわたしたちです。

死の本当の恐ろしさは、わたしたちが罪ある者として神に裁かれるべき者として死を迎えなくてはならないところにあります。しかし、「少女は眠っているのだ」と言われる御方がおられます。「死」を「眠り」と呼ばれるのです。死の本当の恐ろしさを知っておられる救い主が、死を「眠り」と呼ばれるのです。イエス様こそ、現実に「死」を「眠り」に変えることのできる御方、救い主、キリストなのです。ところがこれを聞いたユダヤ人たちはイエス様をあざ笑いました。そんな馬鹿なことがあるかと。死んだ者は死んだ者、眠っているのではない、もう終わりなのだと。この人たちは、イエス様の業を見ることが許されませんでした。外に追い出されました。そして、「少女は死んだのではない。眠っているのだ」と言われたイエス様は、その子の手をお取りになりました。「すると、少女は起き上がった」と書かれています。この「起き上がった」、直訳では「起き上がらされた」という受け身の言葉は、後に決定的に重要な場面に出てまいります。イエス様が十字架にかけられて三日目、墓に行った婦人たちは聞いたのです。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、起き上がらされたのだ、復活なさったのだ」(二十八章五節以下)。お分かりだと思いますが、ここで用いられている「起き上がった」は、復活を表すおなじ動詞です。少女に起こったことは、この世の命は終わっても、ただ眠っているに過ぎなくて、来るべき時に復活させられるのだという希望を与えてくれます。復活を指し示す徴なのです。

この少女や女性の物語が大切に伝えられてきたのは、死人が生きかえるとか病気が治るとかいうことに焦点があるのではなく、イエス様の御業がわたしたち聞くものに確かな希望を与えてくれるからなのです。わたしたちもイエス様に触れることができ、主もわたしたちに触れてくださると確信できます。教会に起こっている出来事です。この救い主イエスこそが、わたしたちを本来の人としてのあるべき姿へと回復させ、神の命に生かしてくださいます。そして、このイエス様こそが、やがてわたしたちを死から起き上がらせてくださるのです。

今ここに元気でおりますわたしたちも、いつか終わりの地点に立つでしょう。長い病気に苦しむことになるかもしれません。しかし、わたしたちの罪は、イエス・キリストの十字架の死によって赦されております。罪が赦されているということは死んでも生きるということです。永遠の命に生かされているということです。もし罪が赦されていないなら、死んだ後、罪のままの状態で神の前に立つことになります。どちらをお選びになりますか。どうしてもイエス様に触れていただいて救っていただかなくてはなりません。

祈ります。
父なる神、御子イエス様をこの世に送り、その十字架の死によってわたしたちの罪を贖ってくださったことを感謝します。また今日この少女と女性の物語を通して、あなたとの交わりの回復、永遠の命の希望を確かにしてくださったことを感謝します。イエス様へのひたむきな信頼をどうかわたしたちにもお与えください。イエス様にひたすら近づいて触れ、従って歩んでいくことができますように支え導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

10月22日の音声

 

2017年10月15日 聖霊降臨節第20主日
「断食についての問答」
マタイによる福音書 9章14~17節

人は自分が大切だと思っていることについては敏感です。礼拝の前は静かに落ち着いて待ちたい人は、直前まで話をしている人がいると気にかかります。今合唱の練習が進んでおりますが、もっと正しい発声で歌おうと思う人は違う発声の人が気になります。あんな歌い方をして困った奴だとなります。朗読をする人は、朗読の仕方が気になります。律法の定めを守ることに真剣ならば、自分が律法に忠実な人間であることを他人にわかってほしいと思うようになり、忠実なところを示そうとするだけではなく、他人がちゃんとやっているかどうかが気になります。そして、ちゃらんぽらんで律法なんて気にしないという人には極めて批判的になるのです。当然であり無理もないのですが、真剣であればあるほどすぐ他人を批判するようになります。今日の物語でイエス様はファリサイ派とはそういう人であるとおっしゃっています。そして教会はファリサイ派の集まりになりやすいのです。

洗礼者ヨハネの弟子たちが、イエス様のところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」(十四節)と言いました。これは先週の話の続きです。ちょうど週二回の断食をすることになっている月曜か木曜日のことだったのでしょう。断食をすべき日に、よりによってマタイのような徴税人の家で、罪人たちと一緒に食事をなさったのが、ヨハネの弟子たちには大きな驚きであり、失望であり、相当癇に障ったのだと思います。ヨハネの弟子たちの言葉「よく断食している」から察するに、彼らは週二回、規則正しく断食し祈っていたようです。自分たちのグループの真面目さを知ってもらいたい、認めてもらいたいと思っています。ヨハネの弟子たちは、同じように断食するファリサイ派を意識しています。競争心を持っていたかもしれません。一方で断食をしない人たちのこともすごく気になります。イエス様はヨハネから洗礼をお受けになったので、ヨハネ教団に属する仲間だと思っていたのでしょう。それにもかかわらず、イエス様の弟子たちは断食をしません。徴税人や罪人たちと食事を共にしているだけでなく義務となっているはずの敬虔な行いに無頓着である、そんな彼らが気になります。自分たちが大事だと思っていることをあからさまに無視されると腹も立ってくるでしょう。だからわざわざ汚れた徴税人の家に入ってでも詰問したのです。「あなたの弟子たちは、なぜ断食しないで飲んだり食べたりしているのですか」と。イエス様の弟子たちが十字架より前に断食したという記録は聖書にはありません。

敬虔な信仰者の群れ、そのような人たちが中心メンバーとなっている社会が、実はお互いを批判し合っている、なんとも窮屈な交わりであることがあります。一生懸命に守るべき戒律を守って、自分たちの敬虔さを誇りにして生きていますから、断食するときは誰が見ても「断食している」と分かるように工夫する人さえ少なからずいたのです。「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている」(六章十六節)とイエス様が注意なさった通りです。

「あなたの弟子たちは、なぜ断食しないで飲んだり食べたりしているのですか」と質問したヨハネの弟子たちも、厳しい戒律のもとファリサイ派に近い実践をしていたことが分かります。ファリサイ派以上に厳しかったかもしれません。そんなヨハネの弟子たちにイエス様はこう言われました。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時かれらは、断食することになる」(十七節)。「花婿が一緒にいる」とはどういうことでしょう。当時の婚礼は花嫁の家でします。花婿が到着すると祝宴が始まります(二十五章一節以下)。花嫁は家にいて花婿がやってくるのを待ちます。花嫁の親たちが花婿の家に行って結納の額を交渉し、交渉が成立すればもらった動物やお金と一緒に花婿を連れて帰ってきます。ですから交渉が長引けば帰宅が深夜になります。なるほど二十五章に出てくる十人のおとめの興味深いたとえ話の情景がよく分かります。やってきた花婿がいる間は、花嫁の家ではずっと祝宴が続きます。それが終われば、花嫁は家族に別れを告げて花婿の家に嫁いでいくわけです。「花婿が一緒にいる」とは、婚礼の祝宴が続いているということです。このたとえで花婿とは明らかにイエス様御自身のことを指しています。救い主がこの世に来ておられる。もう既に神の国の祝宴の最中です。そう語っておられるのです。では既に始まった祝宴とは何でしょう。そこでこの場面を、もういちどよく思い起こします。「そのころ」とは「そのとき」という意味ですが、マタイの家で食事をなさった時のことです。マタイは自分の家でイエス様のために盛大な宴会を催しました。そこには「徴税人や罪人も大勢やってきて、イエスや弟子たちと同席、一緒に席に着いていた」(十節)のです。それを見たファリサイ派の人たちがこう言いました。「なぜ、あなたたちの先生は、徴税人や罪人などと一緒に食事をするのか」(十一節)と。その時、イエス様はこう言われたのです。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(十二、十三節)。

イエス様は罪人と一緒に食事をされました。罪人を招いての食事など、それまでは決してありませんでした。イエス様は非難されることは承知の上で、罪人をも招いての食事をなさいました。全く新しいことが、イエス様の到来と共に始まったのです。それは神の祝宴です。神の御子が罪人を招かれたのです。罪人が招かれるのは、罪を赦され救われるためです。神に立ち帰ることを「悔い改め」と言いますが、神のもとに立ち帰らせるためにイエス様は祝宴を開き罪人を招かれたのです。大きな罪を背負っている人であっても神のもとに帰ることができます。たとえ神に背き続けた人であっても帰ることができるのです。招きに応えた人はどのような人でも、神に受け入れてもらえる祝宴です。そこには神の赦しがあり、救いがあります。そんな祝宴がイエス様の到来と共に始まっているのです。

わたしたちがこうして集められているのは祝宴なのです。赦しの目に見える徴です。祝宴に招かれた人に相応しいのは喜びを共にすることです。罪を赦していただいて神のもとに帰れたことを、良かったねとお互いに心から喜ぶことです。教会はそういうところです。祝宴において大事なことは神の恵みを一緒に喜ぶことなのです。祝宴ですから、そこには宗教のお勤めを誇るような形での断食などありえません。なぜあんな奴がいるのかというつぶやきもありえません。主はおっしゃいました。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか」。その上で、こう続けられたのです。「しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時かれらは、断食することになる」(十七節)。「花婿が奪い取られる時」とは、イエス様が捕らえられ、十字架にかけられて殺されてしまうことを指していることは明らかです。イエス様は罪人を祝宴に招いてくださいましたが、それは簡単なことではなかったのです。罪人を招くご自分は、十字架にかかって死ななくてはならないことをご存知でした。罪の赦しが与えられる祝宴が行われるためには、罪の責任を取る必要があったからです。罪の責任を取る、つまり、罪を贖う犠牲が屠られなくてはならなかったのです。イエス様はわたしたちの罪の贖いとして十字架にかかってくださいました。わたしたちはイエス様を通して喜びへと招かれたのですから、神の恵みを共に喜べばいいのです。その一方で、救いの喜びへと招いてくださった御方がご自分の命で代価を払ってくださったことを忘れてはならないのです。ですから古代の教会ではイエス様の御受難を覚える受難節の期間にのみ断食が行われてきました。しかし奪い取られた花婿イエス様は、三日目にお甦りになりました。そして弟子たちと一緒に食事をなさいました。イエス様の贖いによって罪赦され祝宴に招かれている今、復活の主と共にある今、わたしたちはもう断食しません。

神の国がきました。新しい神の国には、新しい生活の仕方があります。律法の要求するそれまでの生き方とは違います。とくに律法に固執し外国人を見下すユダヤ民族主義の生き方とは異なります。イエス様はこのことを実に分かり易いたとえで語られました。「だれも、織りたての布から布切れを取って、古い服に継ぎを当てたりはしない。新しい布切れが服を引き裂き、破れはいっそうひどくなるからだ。新しいぶどう酒を古い革袋に入れる者はいない。そんなことをすれば、革袋は破れ、ぶどう酒は流れ出て、革袋もだめになる。新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるものだ。そうすれば、両方とも長もちする」(十六、十七節)真新しい布はまだ縮んでないので、水に濡れると乾く際に大きく縮みます。ですから新しい布切れで古い着物に継をしますと、洗濯をしたとき真新しい布が古い元の着物を引っ張って裂け、裂け目は最初よりひどくなってしまいます。また、新しいぶどう酒を古い革袋に入れますと、まだ発酵中のぶどう酒から出る炭酸ガスでぱんぱんになって、伸縮性のなくなった古い革袋が裂けます。新しい革袋であればぐっと伸びるのでパンクしません。つまり新しいぶどう酒を古い革袋に入れると、せっかくの新しいぶどう酒も、使い込んだそれなりの価値がある古い袋も両方ともダメになるのです。とても分かり易い話です。「新しい酒は新しい革袋に」とは当時も今も、教会内の人も教会外の人もみんながよく知る言い回しになっております。

今わたしたちは断食をする必要がありません。イエス様の十字架を思いつつ苦しみを耐え忍ぶこと、重荷を背負っていくことは時に大事なことです。それも信仰生活の一部です。しかし、罪が赦された今は祝宴の喜びがあふれております。困難に立ち向かう力も沸き上がります。「新しいぶどう酒」ができたのです。「民族宗教」という名の古いぶどう酒ではなく、発酵しながら泡立つ、生きた新しいぶどう酒です。キリストがわたしたちに与えてくださったのは、「新しい宗教」ではなく、新しい命であり新しい生活です。そんな「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れるもの」(十七節)なのです。「新しいぶどう酒」を入れるために、わたしたちは「新しい革袋」とされております。ファリサイ派の人たちが知らぬ間にそうなってしまったような、自分たちだけをよしとする「古い革袋」ではないのです。習慣、伝統、敬虔さを守ることばかりが重んじられ、それを守っていることが賞賛されるような「古い革袋」は教会ではありません。お互いに批判しあいながら、自分は批判されないように良い子になって一生懸命に守るべきことを守り、俺はこんなにやっているぞということを誇りにして生きていく。そんな不自由な「古い革袋」はイエス様の力に生かされる時は役に立ちません。しなやかでのびのびと祝宴の喜びが溢れている、教会はそんな「新しい革袋」なのです。

今年はルターが宗教改革のきっかけになる問いかけを公表してから五百年になります。ルターと言えば「信仰義認」という言葉が思い浮かびますが、彼がそのヒントを得たのはパウロの「ローマの信徒への手紙」三章であったことはよく知られています。このローマの信徒への手紙三章には、イエス様がおっしゃった新しいぶどう酒のことが、パウロによってこんな風に理解されています。わたしの言葉で思い切って訳してみました。新共同訳とは全く違いますので、ゆっくり二回繰り返してお読みします。「ところが今では、曲解されて業の律法となってしまったユダヤ人だけの古き教えを離れて、教会というこの神の国では、神と人とのあるべき正しい関係が明らかになっています。それは、律法と預言者たちによりずっと証言されてきたものですが、救い主イエスがお持ちになっている信実を通して、神との和解はイエス様を救い主と信じるすべての者に与えられるということです。これはいわば全く新しい酒なのです。これまでの律法による神との和解と、この救い主イエスの信実による神との和解、両者の和解になんら区別はありません。なぜ区別がないかといえば、ユダヤ人も異邦人も、すべての者は罪を犯していて神の栄光を受けるに足らないのですが、ただ救い主イエスの、ご自身の命を捨てるという贖いを通してのみ、ただ神の恵みにより、無償の贈りものとして神との間に平和を受け取ることができるからです。神は救い主を立て、信じる者のために罪を償う供え物として贖いの犠牲を受け入れてくださいました。人の罪を見逃して神の救いを示されるためです。ご自分が正しい方であることを示し、イエス様の信実に基づいて人を救われるためです」

つまりこれはユダヤ人であれギリシア人であれ、だれもが恵みによってただ恵みによってのみ神との和解を得ることができるということです。イエス様は罪人や徴税人をも食卓に招かれました。断食を弟子たちに強制なさいませんでした。もうユダヤ人も異邦人もないのです。律法に従っていることを人に見せたり、自分の業を誇ったりする時代は終わりました。救い主イエスの血によって、赦しと平和がもたらされたからです。主の平和が皆さんと共に。

 

祈ります。
父なる神、あなたの御恵みにより、救い主イエスがお持ちになっている信実を通して、罪赦されて祝いの食卓に招かれていることを感謝いたします。イエス様が共にいてくださることを覚え、新しい入れ物となって、みんなと共に賛美し、祈り、食事し、楽しく喜んで生活を続けていけますように、どうか豊かに導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

10月15日の音声

 

2017年10月8日 聖霊降臨節第19主日
「マタイを弟子にする」
マタイによる福音書 9章9~13節

今日聞きました物語は、徴税人マタイが主によって招かれた物語です。彼は十二使徒の一人です。四章で「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と、まさに湖で網を打っている最中に召されて弟子となった四人の漁師、シモンとアンデレ、ヤコブとヨハネに続いて、収税所に座っているとき、仕事の最中に「わたしに従いなさい」とイエス様に言われたマタイが弟子の集団に加えられました。イエス様と弟子たちの関係は、わたしたちが知っている師弟関係と逆です。何かを学びたい場合、普通は弟子になりたい人が、先生を選んで弟子入りします。当時のユダヤでも同じです。律法を深く学びたい人は自分がつきたい先生、ラビを決めます。そうして自分が選んだラビと生活を共にし、先生の言葉に耳を傾け律法にかなった生き方を学びます。ところがイエス様の弟子たちの場合はまるで違います。ペトロたちやマタイがイエス様を選んだのではありません。漁をしていた、収税していた生活のただ中に、イエス様の方から突然近づいて来られたのです。イエス様が彼らを召しだして弟子とされたのです。

「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」とヨハネ福音書十五章にあるように、神がわたしを見出してくださったのだということは聖書が語る信仰の急所です。ところが日本にキリスト教が伝わりました時に、わが国にはすでに優れた仏教の教えがありましたから、明治時代の人は仏教を信じるかキリスト教を信じるべきかという決断を迫られました。教会は、オルガンの演奏があり、讃美歌を歌い、牧師が祈り、説教する、西洋式お寺に見えたことでしょう。インドから中国を経て伝わった唐様のお寺か、西洋から南周りにやってきた南蛮寺か、勿論教会と呼びお寺とは言いませんが、あなたはどちらを選ぶかとなったわけです。しかも十九世紀のキリスト教の背後には自由主義神学がどんと理論として座っておりましたから、心にキリストを信じて温かい気持ちになり、他人に親切にすることが重要でした。心の持ち様、信じ方の強さ、社会への奉仕が大切となりました。そこで、お寺と縁を切り家族を挙げて徹底してキリスト教を信じる人たちが出てきたのです。よくわかります。しかし、これはある意味で危険な要素を含んでいました。キリスト教は自分が選んで自分が信じる信仰になってしまったからです。わたしたちも初めはそうです。親や祖父母が信徒でなければ、だれでも自分で選んで教会にやってきます。一方的に神に選ばれているとは思えないでしょう。しかし教会で聖書を読み続けているとやがて分かってきます。ああそうか、神がわたしを選んでくださったのだと。そして、自分は立派な信仰者ではなく罪人なのだと。こういうことが身に沁み込むように分かってきます。今日聞きました聖書の言葉はまさにそのことを語っております。「丈夫なものに医者はいらない、医者がいるのは罪人だ」と。罪びとが招かれ、罪びとが癒されたのだと。

「イエスはそこをたち」(九節)とはじまります。「そこ」とは前の場面の家を指します。イエス様がカファルナウムに帰って来られたことが知れ、大勢の群衆がイエス様のいる家に集まってきました。歩けない人を床に寝かせたまま連れて来るような必死の人たちもいました。先週聞きました罪の赦しが宣言された驚くべき出来事のあった家です。しかし、もちろんすべての人がイエス様のもとに集まったわけではありません。全く関心のない人もおりましたし、忙しくてイエス様を見に行けない人もおりました。マタイもそんな一人です。マタイにとって、ナザレのイエスがカファルナウムに帰ってこられたことは、気にはなっていたのでしょうが、自分となんの関係もありませんでした。なぜなら彼は徴税人であり、神の国から締め出されている人だったからです。

マタイによる福音書では徴税人はいつも罪人と並べられています。この当時のユダヤはローマの属州でしたから集めた税金は表向き地方政府に入るようですが、結局は支配者であるローマに送られます。支配者のために同胞から税金を取り立てる仕事でしたので、非国民として蔑まれていました。それだけではなく外国人、つまり汚れた異邦人と日常的に接触があるということで汚れているとも思われていたのです。加えて収税の業務にはお金にまつわる不正が入り込む余地がいくらでもありましたし、事実不正な富が蓄えられていました。このようなことから徴税人は罪人と蔑まれ、嫌われていたのです。カファルナウムは、ヘロデ・アンティパスの領地と、ヘロデ・ピリポの領地の境界線上にあります。しかもシリアからエジプトに至る通商道路が通っておりますから、税金を課す収税事務所がありました。今も国を超えるときは荷物に関税が課せられ、国によっては入国税もとられます。イエス様が通りかかられた時に、マタイは収税所に座っていました。「収税所に座っていた」とあっさり表現されていますが、この一言で、マタイという人が有能で仕事熱心、外国語にも堪能で、おそらく金持ちではあるけれども嫌われ者で寂しい人であり、かつ罪人と見なされていたことがよくわかります。マタイ自身もそれを知っていましたから、ナザレのイエスが宣言している「神のご支配」も、それを表す徴も、そして語られている福音の言葉、神の国ではこういうことが起こるぞという良い知らせも、自分とは関係なかったのです。

確かに、マタイがイエス様を中心とするこの人たちの集まりは自分とは無関係の別世界だと思っても不思議ではありません。しかし、あこがれに似た気持ちはきっとあったと思います。自分もイエス様について行きたいなあ、でもこんなわたしでは出来ないだろうなという思いです。そのようなマタイに、イエス様の方から目をとめて声をかけられました。「わたしに従いなさい」と。たった一言です。この時の彼の行動に驚きます。「彼は立ち上がってイエスに従った」のです。「立ち上がる」は、「復活する」という意味で用いられる言葉です。立ち上がった、これはまさにマタイの復活でした。死んでいたのによみがえったのです。信じられない出来事です。漁師は、弟子を辞めてもまた漁師になれるでしょうが、徴税人がいったん仕事を放棄すれば、二度と元の仕事には就けません。しかしマタイは、仲間のユダヤ人から疎外され金だけが友達であるような生活、霊的に死んだような状態から起こされて、新しい命に生き始めたのです。突然イエス様について行くことになったマタイは、やがて後になって主のかけられた十字架を見、復活のイエス様に会うことになります。自分の罪が贖われていること、神のご愛の中に置かれて新しい命が与えられていることを知るのです。イエス様から召されて立ち上がり、キリストと共に新しく歩きはじめたマタイは、その時には分からなかったでしょうが、まさに救いの完成に向かって歩んで行くことになったのです。

そのようにイエス様が罪人と呼ばれていたマタイを一方的に招かれたこと、マタイが招きに応えて立ち上がったことを念頭に置きますと、その後の食事の場面が鮮やかに見えてまいります。「イエスがその家、マタイの家だと思われます、で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた」(十節)のです。わたしたちはこういう場面を何気なく日常の一コマとして読みますが、ここでもマタイは、いつも使う注意を惹く句、「すると、見よ、イエスが食事をしておられたときのことである」と記しております。イエス様はここでマタイの仲間、嫌われ者の徴税関係者と一緒に食事をなさいました。これは当時のユダヤ人たちにとっては想像を絶する出来事でした。神に仕える人が、ラビもそうですが、徴税人や罪人と呼ばれる人と食卓を共にすることはありません。マタイの家に行かれたことだけでも驚いたでしょうが、そこで食事をなさったことにもっとびっくりして見ていたのです。この箇所を読みますと、「イエス様は誰をも分け隔てなさらなかった」、社会から排除されていた人たちを差別なさらなかったと引用する人を思い出しますが、メッセージの要点はそこにはありません。ファリサイ派の人たちが、「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」(十一節)と弟子たちに問いただした時、「差別はいけないことだから」とは答えておられません。そうではなくてこうです。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(十二、十三節)。

ファリサイ派は距離を置いて何が起こるのか、イエス様が何か変なことをするのではないかと目を皿のようにして固唾をのんで見ていたはずです。すると予感が当たりました。罪人が一緒に食卓についたのです。そこですかさず直接イエス様には聞かないで弟子たちに聞きました。「なぜ罪びとと一緒に」。弟子たちは答えられなかったのでしょう、イエス様にファリサイ派のつぶやきを伝えます。そこでイエス様はおっしゃったのです。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である」と。ご自分が徴税人や罪人の友であるだけではなく、癒しを必要としている彼らの医者であるとおっしゃいました。そして旧約聖書ホセア書の一節「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく、神を知ることであって焼き尽くす献げ物ではない」(六章六節)を引用して「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」とおっしゃったのです。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」ともおっしゃいました。この福音書を書いたマタイには、その意味することが良く分かっていたに違いありません。なぜならマタイこそイエス様に招かれた罪人の一人だからです。そしてイエス様によって生き返らせていただいた人であったからです。罪人が招かれるのは罪から救われるためです。自らを医者にたとえられたように、罪人を招くのは罪の病を癒すためです。そのままでは死んでしまう、罪によって滅びてしまうから罪人を招かれるのです。それゆえに招かれた罪人は、その後ずっと真の医者なるキリストに、「主イエス・キリストよ、罪人なるわたしを憐れんでください」と祈ったのです。「主よ、癒してください、救ってください」と。

招かれたのは、招かれる人にそれだけの価値があるからではなく、神がその人々を尊く思い招こうと思われるからです。一方的な憐れみとして罪人を招かれます。教会にはいい人が多いですが、みな罪人です。憐れみ深いことが神の本質です。神はイエス様を世に送ってくださいました。イエス様が徴税人や罪人を招かれ交わりを持たれたことによって、神は人の罪を赦そうとしておられることが分かるのです。マタイに起こったことは、今わたしたちにも起こります。イエス様の招きに応え、立ち上がって復活の命に生かされるのです。

この出来事は、マルコによる福音書とルカによる福音書にも同じ内容の記録がありますが、弟子に招かれた徴税人の名はレビとなっております。マタイの別名がレビなのか、二人は別人でよく似た話がもともと二つあって、レビの話とマタイの話が同じ出来事になって伝わったのかよくわかりません。こういう場合、名前が二つあったと考える方が、二つの話が一つになったと考えるより分かり易いのですが、ちょっとややこしいのはマタイもレビもヘブライ名であることです。シモンとペテロのように、同じ人がヘブライ名とギリシア名を持つのとは違って、ヘブライ名を二つ持つ人は、聖書の記録の中には見当たらないのです。何かの理由で名前を変えたのかもしれませんが、よくわかりません。わからないので括弧に入れて、いまはマタイの物語として読み進めます。十二弟子として名前が知られているのはマタイの方です。

イエス様が招いてくださった食卓、イエス様と共につく食卓、わたしたちは、その食卓を囲んで毎週礼拝をしております。病院に来て、ここは病気の人が多いなと言う人はいません。同様に教会に罪人ばかりがいても驚く必要はないのです。わたしの五十年近い教会生活で実際に、「なんでこんな奴が教会にいるのか。そんな教会ならわたしはもう行かない」と言う人を何人も見てきました。今日の聖書箇所でいえば、「なぜ徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言っているのと同じです。招かれた罪人の位置にではなくファリサイ派の位置に身を置いている人が大勢いました。そしてそれは、正直に申しますがかつてのわたしです。こんな教会もう来たくない。それは間違いなく、だれかある人、だいたい牧師や役員のことが多いのですが、人を裁いている時でした。わたしたちは知らず知らずのうちにファリサイ派になってしまって「なぜ徴税人や罪人と一緒に」と嘆いたり怒ったりするのです。しかし、わたしたちこそが、まさに「徴税人や罪人」なのです。罪人であるわたしたちを招いてくださったことに感謝して、わたしたちの周りに大勢いる「徴税人や罪人」に、「やあ、罪人さん」と声をかけ、教会に招き、共に礼拝したいと思います。

「『キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた』という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしはその罪人の中で最たる者です」(Ⅰテモテ一章十五節)とパウロは書いています。自分が罪人であり、イエス様に憐れんでいただかなければ滅びてしまうとわかった人は、他の人も癒されることを祈りつつ、主の招きを心から喜んで主のもとに集まるはずです。わたしたちが囲んでいる食卓は、そのような食卓なのです。

 

祈ります。
父なる神、普段の生活の中で「わたしに従いなさい」という呼びかけをわたしたちにも聞かせてくださったことを感謝します。招きに応えて従っていけますように、力をお与えください。ファリサイ派にならず、共に一つの食卓を囲むことができますように。主の平和を与えてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

10月8日の音声

 

2017年10月1日 聖霊降臨節第18主日
「中風の人をいやす」
マタイによる福音書 9章1~8節

神の国が来た。その神の国の支配者こそ神の御子イエス様であり、そのお方こそが皆の長年待ち望んできたメシア、救い主である。それを証しするために、マタイは山上の説教の後にイエス様の力ある御業、数々の奇跡を記しました。しかし、わたしたちが奇跡と呼ぶ出来事を聖書は奇跡とは記しておりません。「徴」です。奇跡はそのものが目的ではなく、神の権威の徴なのです。今朝はその六番目、中風の人が癒される物語です。この物語の中で、イエス様は「病の癒し」は「罪の赦し」であるとはっきり語っておられます。癒しは単に「病気が信じられないほどすぐに治った」ということより「罪が赦された」ことの方がずっと重要なのです。何度も申し上げてきましたが、これは神と人との関係において最も大切なことは、神と人との間に和解があること、平和があることだということを示しています。神との間に生き生きとした交わりがある、そういう関係性が決定的に重要なのです。この平和をもたらすためにイエス様はわたしたちのところに来てくださいました。その「徴」をわたしたちは見ているのです。

今日の話の全体はこうです。イエス様はガダラ人の地方から舟で自分の町に戻られました。そこに歩けない中風の人が連れて来られたのです。イエス様はその人を連れてきた人たちの信仰を見て、その病人の罪の赦しを宣言なさいました。そこにいた律法学者が、罪の赦しを宣言するなんて、神を冒涜していると心の中で非難します。この非難を見抜いて、イエス様は罪の赦しの宣言と病の癒しの宣言とどちらが易しいかと尋ねられた上で病人を癒されたのです。癒された人は自分で歩いて家に帰りました。事柄の一部始終を見ていた人は神を讃えたという物語です。この物語は、マルコによる福音書やルカによる福音書にも出てきます。そこでは、なんと屋根をはがして穴をあけて病人を床ごとつり下ろしたと記されておりますから、この出来事を印象深く覚えておられる方も多いと思います。しかしマタイは、彼らのその大胆な行いを記録していません。人の行いではなく、イエス様が「罪を赦された」という一点に集中しています。同じ出来事を経験しても感じ方や受け取り方は人によって異なります。マタイも同じです。福音書記者によって強調点が異なるのです。ではマタイは何と言っているか、細かく見ていきましょう。

「イエスは舟に乗って湖を渡り、自分の町に帰って来られた。すると、人々が中風の人を床に寝かせたまま、イエスのところへ連れて来た。イエスはその人たちの信仰を見て、中風の人に、『子よ、元気を出しなさい。あなたの罪は赦される』と言われた」(一、二節)。ガリラヤ湖対岸のガダラ人の地から自分の町に帰ってこられたときの出来事です。「すると」とありますので、帰ってすぐのように感じますが、これは「そして、見よ」というマタイの決まり文句で、つなぎの言葉ですから、「ところで、実はこんなことがあったのだ」という感じです。何人かの人が、中風の人を床に乗せて運んできました。床というのは戸板にむしろを敷いたようなものでしょう。病気で歩けなくなっていたこの人を床に寝かせたまま運んだのです。大変だったと思います。何とかしてイエス様に癒してほしかったことが伝わってきます。連れてきた人々の気迫が感じられます。イエス様は彼らの熱心な行動をご覧になって、中風の人に向かって「子よ、元気を出しなさい、あなたの罪は赦される」とおっしゃいました。子よ、というのは愛情を込めた呼称です。大人に向かっても使います。「元気を出しなさい」とは、安心しなさい、もう大丈夫だという意味です。そしておっしゃったのです。「あなたの罪は赦される」と。未来形ではなく現在形の受け身です。「今、もう赦されたのだ」という意味です。マタイによる福音書の最初のところ、イエス様の誕生の前に、天使が父となるヨセフに告げた言葉を思い出します。「その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(一章二十一節)。注意したいのは、彼の病気が罪のせいだということではありません。中風であろうがなかろうが、人は誰でも罪の赦しが必要です。

「ところが、律法学者の中に、『この男は神を冒涜している』と思う者がいた。イエスは、彼らの考えを見抜いて言われた。『なぜ、心の中で悪いことを考えているのか。「あなたの罪は赦される」と言うのと、「起きて歩け」と言うのと、どちらが易しいか。人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。』そして、中風の人に、『起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい』と言われた。その人は起き上がり、家に帰って行った」(三~七節)。そこにいた律法学者の中に「この男は、つまりイエス様は神を冒涜している」と思う者がいたのです。彼らは「罪を赦すことがおできになるのは神だけだ。神お一人のほかに誰が罪を赦せるだろうか」と思ったのです。冒涜とは、神の御名をみだりに使う、神に栄光を帰さないということです。神以外決してできない、人がしてはならない「罪の赦し」の宣言をこの男は勝手に神の名によって行ったと感じたのです。この律法学者たちにとってイエス様がなさった「罪の赦し」の宣言は、聞き捨てならないものでした。確かに、神以外に罪を赦すことはできないとは真に正しい理解です。しかし、彼らはイエス様が誰であるかについては全く分かっていなかったのです。「この男は」という表現がよく表しています。「とんでもない野郎」だという憤りの気持ちが、さすがに口にはしなかったけれども表れております。

「なぜ、心の中で、悪いことを考えているのか」とイエス様は彼らの本心を見抜いておっしゃいました。「悪いこと」は複数形ですから、罪の赦しの宣言のほかにもイエス様のなさっていることに色々と不満があったのです。そんな彼らにとって続くイエス様の、「『あなたの罪は赦される』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか」というお言葉は、えっという意外なものでした。律法学者たちにとっては罪の赦しの宣言の方が簡単です。言うだけなのですから。ところが病の癒しの宣言は実際に癒す力がないとできませんから、彼らには大変難しいことになります。でも本当はもちろん罪の赦しの宣言の方がずっと難しいのです。これはわたしたちにはよくわかります。なぜなら病気は治療で癒すことができます。医学の進歩のおかげで昔は治らなかった病気が見事に治るようになりました。病の癒しはいろいろな人、医者や理学療法士、鍼灸師、薬剤師、看護師が助けてくれます。しかし、罪の赦しはそうはいきません。神ご自身以外にはできません。律法学者の言う通りです。イエス様もそれは否定しておられません。ですからご自身を神に等しいものとされたことが分かります。そして、「人の子が、地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」と結ばれました。人の子とは、イエス様が自分を指して使われる言い方です。天の国はすでに始まっているのですから、罪の赦しもすでに始まっております。罪の赦しのない天の国、神の国などありえません。神の国はいつか来るだろうけれども、わたしが生きているうちは来ないかも、でも来たらいいなと思って待ち望むようなものではありません。今、既に来ております。ですからわたしたちの罪は赦されるのです。「知らせよう」というのは、言葉による通知ではなく、「分かるように体験させてあげよう」ということです。

「起き上がって床を担ぎ、家に帰りなさい」。床はそれまでの彼にはなくてならないものでした。この上で生きてきたのです。それを離れて全く新しい生き方をしなさいとおっしゃいました。「家に帰る」は、本来の生活の場所にもどることです。「その人は起きあがり、家に帰って」いきました。起き上がったという表現は重要です。「復活させられた」とも訳せます。それまで家族、友人に運んでもらっていた人が、まるで死んでいた人が自分で歩けるようになったのです。彼の生涯は一変しました。

「群衆はこれを見て恐ろしくなり、人間にこれほどの権威をゆだねられた神を賛美し」ました(八節)。見ていた群衆は、「恐ろしくなった」のです。神の御業に触れますと、人は聖なる恐れを感じます。そして神を賛美するのです。イエス様の御業を見た人は、神を賛美しました。これこそが大事なことです。ここに神の国の現実がよく現れております。人が罪赦され、病が癒され、復活の命に新しく生きる。そして賛美の歌声が沸き上がる。神と人の関係もイエス様が支配なさいます。ここで、人間にこれほどの権威を委ねられたとありますが、この人間は複数形です。十章一節に、「イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった。汚れた霊を追い出し、あらゆる病気や患いをいやすためであった」とあります。イエス様は十二人の弟子たちを世に遣わされるとき、ご自分の権威であった権能を十二人の弟子たちに与えられ、病気を癒すことができるようになさいました。そして、このミッションはこの時だけではありません。今も続いているのです。「人間たちに」とは「弟子たちに」、「教会に」ということです。今も礼拝において罪の赦しが宣言されます。

わたくしたちは病気が個人の罪の結果であるとは考えませんが、イエス様の時代、病と罪ははっきり結びついておりました。病気が罪と全く関係がないとは言えません。公害病とか、性病とか、周りの罪の結果であることは現代でもありますが、イエス様の時代でも今の時代でも、問題は病の背後にある罪ではなく、その人の罪責感です。病気になると、この中風の人のように体が不自由になって仕事ができなくなり、結果として収入がなくなって他人(ひと)の世話にならざるを得なくなります。すると罪責感を持ちはじめ、ついには自己否定に陥ります。わたしのようなものは生きていてもしかたがない、役立たずだ、迷惑ばかりかけているという具合に。すると神を礼拝できなくなります。平和をなくし神との関係がおかしくなっていきます。神との関係がずれていく。ここに罪があります。この中風の人も神によって罪が赦されることは旧約聖書の預言で知っていたでしょうし、罪の赦しを待ち望んでいたはずです。しかし、「人の子が、地上で罪を赦す権威を持っていることを、見えるようにしてあげよう」とおっしゃって、中風を癒してくださらなければ実感として罪が赦されたとは思えなかったはずです。罪責感がなくならないからです。イエス様が神の子とも分からなかったかもしれませんし、神を賛美し祈ることができなかったかもしれません。今の私たちは、十字架によって罪が赦されたことを知っておりますから、たとえ病の癒しという徴が行われなくても大丈夫なのです。でもこの時はまだその秘密が明らかになっておりません。この人が神の赦しを実感するには、イエス様がおっしゃった通り「元気を出さねば」なりません。どうしたら元気が出るでしょう。祈ってくれる友人の信仰によってです。何とかして治してもらおうと、今でいうならストレッチャーに乗せたまま、人を押しのけてでもイエス様のもとに運んできた友人たちの存在です。教会では困難な時に当たり前のように「祈ってください」と依頼しますが、自分の力ではどうしようもない時、友の信仰によって運ばれていくことができるのです。信仰は共同体のものであって、個人的な訓練だけによるものではありません。キリスト者の交わりの中にいることが決定的に大事です。したがって、いつも申し上げることですが、個人で孤立して一人わたしだけキリスト者ということはありえません。どこかで誰かが祈ってくれてないと信仰は成り立たないのです。二十世紀の初め、一人も信仰者のいないジャングルにたった一人で出かけて行った宣教師も、決して独りぼっちだったわけではありません。遠く離れた母教会では彼のために熱心に祈っていたのです。無教会の人もかならず集まって一緒に祈り聖書を読みます。

不思議なことですが罪赦され家に帰った人がその後どうなったかについてマタイは全く触れておりません。八章で語られた悪霊を追い出してもらった二人の異邦人もそうでした。百人隊長の僕もそうですし、重い皮膚病がいやされた人についてもそうです。ペトロの姑については一言、イエスをもてなした、仕えたとだけ記されておりました。癒された人がその後どうなったかを知りたい気もしますが、マタイはあくまでもイエス様の言葉に焦点を当てております。大切なのは誰が罪を赦してくださったのか、その権威はどこから来たのか、そこにあるようです。その点をはっきりさせるために律法学者が登場するわけです。彼らは自分の目の前に神の御子がおられるのに全く気がつきません。神との関係がずれてしまっていた中風の人、素直に礼拝できない魂に神の赦しが語られているのに、良かったと感謝や賛美の言葉をあげるのではなく、イエス様が神を冒涜したといって告発しようとしていたのです。マタイは律法学者の的外れを描くことで、イエス様こそが救い主であることを強調しております。

最後にもう一度繰り返します。「イエス様は、その人たちの信仰を見て」強い衝撃を受けられ「子よ、お前の罪は、今赦された」とおっしゃいました。そこにご自身への深い信頼をご覧になったのです。イエス様はその信頼にお応えにならない方ではありません。だからすぐにおっしゃったのです。罪が赦されたと。彼らは神の御子であるお方を感服させ、神であるお方の言葉と行動を引きだしました。まことに天晴れというほかありません。病気の仲間への愛、そしてイエス様へのまっすぐな信頼、「あの方は必ずこいつを助けてくださるだろう」という期待をご覧になりました。その人たちとは、わたしたちのことでもあります。信仰に結ばれた交わりです。教会なのです。さあ、神の前に立ちましょう。失望することなく、いつも喜んでいましょう。臆することなく絶えず祈りましょう。大胆にわたしたちの求めるところを神に申し上げましょう。つらい仲間、苦しんでいる仲間がいっぱいいます。病気の家族、希望を失ってしまいそうな友だち、信仰に迷ってしまった教会員、罪に落ちた人たち、そして世界中の悲しみに泣くお一人お一人のために、赦しと慰めを願いましょう。わたしたちにもできるのですから。主の平和がこの世界に満ち溢れますように。

祈ります。
父なる神、「あなたの罪は、今赦されたのだ」という中風の人に対するイエス様の宣言を聞きました。ありがとうございます。赦された人は自分の信仰ではなく、自分を運んでくれた仲間の信仰によって救われました。わたしたちも共同体の中で仲間と共にあなたへの信仰を培っていくことができますように。そしてどうか、本当に必要なもの、「あなたの罪は、今赦されたのだ」という宣言を、今日、わたしたちにも聞かせてください。あなたがご自分の権能を教会にも委ねてくださいましたことを感謝し、御名を賛美いたします。
ハレルーヤ。主に栄光がありますように。
われらの主、イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

10月1日の音声

 

2017年9月24日 聖霊降臨節第17主日
「悪霊に取りつかれた人をいやす」
マタイによる福音書 8章28~34節

マタイによる福音書を読み続けております。五章から七章に亘るよく知られた山上の説教の後、八章からは奇跡の物語が続いております。山を下りられたイエス様は、当時のユダヤ人の考えでは神の国のまともな住民とは見なされない、重い皮膚病の人、異邦人百人隊長の僕、ペトロの姑をいやし、そのあとも休むことなく多くの病人をいやされました。言葉で権威を示された後、力あるお働きでみんなの病をいやされたのです。そして、ご自分を取り囲んでいる群衆を見て、弟子たちに向こう岸に行くよう命じられ、舟に乗り込まれました。先週はその舟の上で「嵐を静められた」出来事を聞きました。自然界をも支配なさる神の国の王イエス様が伝えられ、この世界のすべてに神の国のご支配は及ぶのだと聖書は語っていました。今日は舟が向こう岸に着いたとき、そこで「悪霊に取りつかれた二人の人をいやされた」記事です。

「イエスが向こう岸のガダラ人の地方に着かれると、悪霊に取りつかれた者が二人、墓場から出てイエスのところにやって来た。二人は非常に狂暴で、だれもその辺りの道を通れないほどであった。突然、彼らは叫んだ。『神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。』はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。そこで、悪霊どもはイエスに、「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と願った」(二十八~三十節)。

ガリラヤ湖の北西にある町カファルナウムから、ガリラヤ湖の南東ガダラに行かました。ガリラヤ湖を縦断されたのです。いま、一同が舟から降りた時の出来事を聞きました。悪霊に取りつかれた人が二人、イエス様のところにやってきたのです。ガリラヤ湖で嵐を経験し疲れていた弟子たちは、面倒だなと思ったのではないかとわたしは感じます。

悪霊とは悪魔の子分、悪魔に仕える霊ですが、悪魔と本質は同じものです。悪魔とは「悪い魔」と書きますから、いかにも悪い魔物という感じですが、聖書に出てくる悪魔はもっと魅力的なものです。「神の言葉なんかより、よほどこっちの方がよさそうだな」と思わせる存在で、ワクワクさせる巧みな言葉と姿で人を誘います。そして、人を神から引き離し、いろいろな困難や罪に陥れて、本来人のあるべき神の似姿ではないものに変えていくのです。自分は不幸だ、普通ではないと思い込ませ絶望に追い込んでいく。本当なら明るく輝いて、困難の中にあっても希望を失わないで生きていけるはずの若者をも、人間とは思えないようなことをするまでに変えていくのです。頭を冒してものが言えなくしたり、時には近づけないほど狂暴にならせたりすることもあります。

今日の悪霊に取りつかれた二人は、悪霊に支配されて狂暴になっており、他人を傷つけ自分をも傷つけ、人が近づけない危険な状態であったようです。墓場からイエス様のところに出てきました。墓場は当時、悪霊が住んでいるところと信じられていました。町中に住んで普通の生活をすることができずに、墓場で半ば死んだような生活を送っていたのでしょう。「イエスのところにやってきた」とありますが、ただ偶然フラリと会いに来たというニュアンスではなく、もっと挑戦的に戦いを挑んできたという感じです。抵抗しようとわざわざ出てきたのです。悪霊は、イエス様が自分たちを滅ぼすために来たと直感しております。突然、二人は叫びます。この突然は、「すると、見よ」です。新共同訳は、この特徴的な言葉を、「その時」とか「突然」と訳していますが、「すると、見よ」とマタイは書いております。大事な場面でいつも使う常套句です。取りついた悪霊が、その二人の口を通してイエス様に向かって「神の子、かまわないでくれ」と叫んだのです。「かまわないでくれ」は、わたしたちとあなたとなんの関係があるのですか、関係ないでしょう、放っておいてくれということです。そして、「まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか」と言いました。まだ「その時」ではないと言っています。「その時」とは、正しい時、ふさわしい時、定まった時です。世の終わりの時、イエス様が再び来られる最後の審判の日です。悪霊たちは超自然的にイエス様が神の子であることに気が付いており、自分たちが「その時」には神に裁かれて滅びることを知っていたのです。でも、今はまだその時ではない。ここまで来て我々を苦しめるのは早すぎると抵抗しております。

悪霊はイエス様を正しく認識し「神の子」と呼びました。もちろん信頼し信仰をもって言ったのではありません。ちなみにペトロたち弟子が、「『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ」と出てくるのは、まだもう少し後です。荒れ野で誘惑をした悪魔もイエス様を神の子と知っていましたが、悪霊もまた、弟子より先にイエス様を神の子と認識していたのです。悪霊は神の子に滅ぼされることを知っており恐れていたから敏感に反応したのかもしれません。悪霊はイエス様を知ってはいましたが、時については少し間違っておりました。その時はまだまだ先だと思っていたのです。しかし、もうすでに神の国は始まっております。イエス様の到来とともに、「その時」、終末は始まっているのです。

「はるかかなたで多くの豚の群れがえさをあさっていた。そこで、悪霊どもはイエスに、「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と願った。イエスが、「行け」と言われると、悪霊どもは二人から出て、豚の中に入った。すると、豚の群れはみな崖を下って湖になだれ込み、水の中で死んだ」(三十~三十二節)。

ユダヤ人が豚を忌み嫌っていたことは有名です。決して食べませんので飼うこともしません。豚がいるのはユダヤ人から見れば汚れた世界です。豚の群れが餌をあさっている光景などユダヤ人の住む地方では決して見られなかったでしょう。ヨルダン川の東、ここガダラ人の住む地方は、山上の説教がなされたカファルナウムから見れば別世界です。イエス様はわざわざ異邦人の土地にまでやってきて悪霊を追い出そうとされたのです。悪霊どもも、今宿っている場所からどこか外に追放されることを感じ取っていたに違いありません。ここで悪霊が提案をします。「我々を追い出すのなら、あの豚の中にやってくれ」と。イエス様は一言、「行け」とだけ命じられました。「すると、見よ」とマタイは繰り返します。豚は崖を下って湖になだれ込み水の中で死んだのです。今日の物語の中でイエス様がおっしゃったのは、たった一言「行け」だけです。ほんの一言で悪霊は追い出されて豚の群れ中に移動し、結果、豚が驚いてパニックになったのでしょうか、それとも悪霊がもう駄目だと思ったからでしょうか、豚の群れはみな崖を下って湖の水で滅ぼされているのです。先週の物語に続き、この物語でも神に反する力がイエス様のほんの一言で打ち砕かれました。イエス様の言葉の権威が際立っています。

「豚飼いたちは逃げ出し、町に行って、悪霊に取りつかれた者のことなど一切を知らせた。すると、町中の者がイエスに会おうとしてやって来た。そして、イエスを見ると、その地方から出て行ってもらいたいと言った」(三十三,三十四節)。

三十四節の「すると」も「すると、見よ」です。町中のものがやってきて、イエス様にどうか出て行ってくれと頼みました。このように町全体の反応を記してこの物語は終わっております。二人の狂暴な男が正気になって墓場に通じる道も安全になり、大きな救いの出来事が起こりましたのに悪霊を追い出してもらった二人がどうなったのか、マタイはその点いついては全く触れていません。多くの豚の群れを失った経済的な損失に怒ったからか、イエス様の権能の大きさに驚愕を越えて不安や危険を感じたからか、人々がなぜイエス様に出て行ってもらいたいと言ったのかについても触れられていません。町中のものがイエス様に出て行ってくれと頼んだので、次週読みますが、結局イエス様は自分の町にお帰りになります。

さて、この出来事は言うまでもなく二千年前のパレスチナで起こった特殊な出来事です。しかし、聖書の出来事はわたしたちが経験することでもあります。「その時」はすでに来ていますがまだ完全ではありません。悪霊はまだわたしたちの周りに存在しています。ただ、悪霊が働いている状態を何か特定の病、状態と混同してはなりません。昔は人に取りついて自己を失う病気にさせたかもしれませんが、現代では悪霊が働いていても一見しただけでは正常な人に見えて、分からないことが多いようです。簡単には見破られないようになっております。一国の大統領や総理大臣にさえ働きます。わたしたちはヒトラーのような実例を知っております。ドイツの国益を最優先にし、外国への侵略も、ユダヤ人の大量殺害も正当化しました。悲しむべきことですがそれは日本でも起こりました。初めは、口先のでたらめで済むのですが、やがて本当の悲劇が襲いました。満州事変と呼び、これは戦争ではない、事件だ、事変だと言って軍隊を動かしたのです。明確な戦争です。

今なお世界の至るところで悪霊に取りつかれたのではないかという事例を見ます。今わたしたちが直面しているのは隣国の状況です。マタイが言うように「非常に狂暴で、誰もそのあたりの道を通れないほど」です。親族も部下も平気で殺します。突然ミサイルを打ちますし、太平洋上で威嚇の水爆実験を実施するといっております。それに対して一方はこの指導者をロケット・マンと揶揄して、彼を完全に滅ぼす、滅亡させるといっております。北朝鮮は米国との戦争を実行できるだけの準備はありません。武器、弾薬、食糧の備蓄はせいぜい二、三週間分です。すぐに壊滅するでしょう。その時、破れかぶれになって誰を死への道ずれに選ぶか分かりません。隣国のそれも人の密集する都市に持てる限りのミサイルを打ち込む恐れがあります。ソウルと東京で百万人以上が死ぬかもしれません。豚の犠牲では済まないはずです。

どうか、神の子よ、来ないでくれ、最後の時は今ではない、まだ早いと言っている悪霊は確かに存在するのです。しかし、この問題を根本的に解決に導ける神の子に対して、人々は出て行ってほしい、あなたがいると迷惑だと言っています。この状況を見るとき、わたしは、今日読まれました出来事が遠い過去の遠い国の出来事とは思えません。神の国はすぐそこまで来ています。イエス様はわたしたちのために十字架にかかり復活してくださいました。神の国はすでに始まっているのです。わたしたちは暴力に武力で対抗しようとしたり、仕返ししたりすることは慎まねばなりません。これは国家間レベルの話だけではもちろんありません。わたしたち一人一人の生きる道についても言えることです。「今時悪霊なんて」と悪霊の存在を無視することも、そんなものは迷信だと簡単に片づけてしまうこともしてはなりません。悪霊は確かに働いております。又一方で、目に見えない悪霊の働きをむやみに必要以上に怖がったり、何でも悪霊のせいにしたりすることも間違いです。悪霊と正しく向き合う知恵と勇気を持つ必要があります。しかし、わたしたちキリスト者の中にも悪霊と戦う姿勢がない場合があります。はっきり言えば、教会の外よりも教会の中に悪霊を誤解している場合が多いように思います。

なぜそうなるのでしょう。生まれたままの人は自分の思い通りに生きようとします。心の中心に自我がドンと座っております。誰にも席を譲りません。いつも、わたしが、わたしがです。しかし、信仰に目覚めた人は、イエス様に心の王座を明け渡して、自分の中心にイエス様に座っていただこうとします。生まれたままの生き方から方向転換して悔い改めた人のあり方です。主と共に生きるのです。ところがイエス様を端の方に追いやって、イエス様が座っておられるはずの中心の席が空いてしまっていることがあるのです。いつの間にか元の自分が座ってしまっているだけならまだいいのですが、中心の空席に悪霊が、あたかも神であるかのようなふりをして座ることがあるのです。イエス様がおられるところに悪霊は取りつけません。しかし、そこに空きがあると、自我がドンと座ってない分、信仰者の心の王座の方が、悪霊が忍び込んで座りやすいのです。この危険性を取り除くため、キリストに自分の人生を明け渡し、主に従って歩んでいこうとするわたしたちは、日々の祈りでこう唱えるべきなのです。「われらを試みに合わせず、悪より救い出だしたまえ。御心の天に於いてなるごとく、地においても、わたしにおいてもなさせたまえ」と。わたしたちは休むことなく礼拝します。毎日聖書を読み祈ります。聖書を自分で読み祈ることができない人のためには、習慣化できるように手助けがいっぱいあります。小さな本や、祈りの手引きです。マラナ・タ教会の聖書日課もあります。通読表もあります。

悪魔の手先である悪霊の働きは巧妙です。マタイによる福音書四章で、いかに巧妙に悪魔がイエス様に迫ってきたかを学びました。わたしたちは自分が悪魔に対しては弱い存在であることを知っておくべきです。しかし神の国では、神の子イエス様が悪霊を追い出す力をお持ちになっております。たとえ悪霊に取りつかれても、イエス様はわたしたちを守ってくださいます。悪霊に滅ぼされることはありません。大事なのはイエス様に出て行ってもらいたいと言わないで、わたしたちの中にいていただくこと、イエス様を中心に受け入れることです。そしてイエス様と一つであることを聖餐で確認することです。イエス様にゆだねて祈りつつ歩む、それが大切なのです。共に礼拝する生活を続け、悪霊を追い払いましょう。

祈ります。
父なる神、わたしたちを滅ぼしてしまいそうな悪霊をも、イエス様は追い出してくださることを感謝します。どうかわたしたちを、悪霊の働きから守ってください。いつも主のお傍においてください。どのようなときにも、たとえガダラ人の地を行くようなときも、すべてを主に委ねて、主と共に歩むことができますように。また、新しい兄弟姉妹をお迎えして、一緒に礼拝し続けることができますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

9月24日の音声

 

2017年9月17日 聖霊降臨節第16主日
「嵐を静める」
マタイによる福音書 8章23~27節

今日、わたくしどもは、教会の創立三十九周年を迎えております。おめでとうございます。必ずしも順風満帆とは言えなかったかもしれませんが、教会が今日まで一日たりとも主の日の礼拝を休むことなく、御言葉に聞き従い、信仰を告白し、賛美歌を歌い、祈り続けてこられたことを、これは本当に神の恵みであったと感謝しております。

今年の始めから、マラナ・タ教会は、礼拝においてマタイによる福音書の御言葉を聞き続けております。この福音書が語っている最も大切なことは、教会員の皆様には何度も繰り返して申し上げましたが、神の国が来た、神のご支配が始まったのだ、その国の支配者である王は、ナザレのイエス様だという宣言です。わたしたちの信仰の言葉でいえば、「イエス・キリスト」、つまり、「イエスこそがキリストなり」、イエス様こそが待ち望んでいたメシア、救い主であるということです。イエス様は、山上の説教で、旧約聖書の言葉を補い完成させるように、「しかし、わたしは言っておく」と、自らの権威に基づいて新しい教えをお語りになりました。五章から七章までです。その説教の後、山を下りられたイエス様は、重い皮膚病の人、異邦人百人隊長の僕を相次いで癒されました。どちらも当時の社会では近づくことさえ禁じられた、穢れているとされた人でした。驚きの出来事です。その次にペトロの姑、夫をなくし娘の夫に養ってもらっていた、当時はたいそう弱い立場の老婦人の病を癒してベッドから起こされました。そして、そのあとも休むことなく多くの病人を癒されました。言葉で権威を示された後、力あるお働きでみんなの病を癒されたのです。

これら三つの奇跡物語に続いて、弟子となって従うことの厳しさ、そのときに必要な覚悟が語られておりました。わたくしどもは、先週その御言葉を聞きました。そのあと、また別の奇跡が語られます。その最初、四番目の奇跡が、今聞きましたガリラヤ湖の嵐を静められたという話です。この奇跡は、病の癒しではなく、自然界をも支配なさる神の国の王イエス様を伝えています。この世界のすべてに神の国のご支配は及ぶのだと聖書は語ります。

十八節を振り返ります。主は「自分を取り囲んでいる群衆を見て、弟子たちに向こう岸へ行くように命じられました」。群衆から離れて静かに祈るためではないかと思われます。まずイエス様が舟に乗り込まれました。そして今日の箇所、「イエスが舟に乗り込まれると、弟子たちも従った」(二十三節)のです。弟子たちは主イエスに従い、舟に乗り込みます。ペトロの舟かもしれません。定冠詞がついております。その舟、ザ・ボートです。「そのとき、湖に激しい嵐が起こり、舟は波にのまれそうになりました」(二十四節a)。「そのとき」とあっさり訳してありますが、原文は「すると、見よ」です。「見よ、そのときだった」と大事なことを語るときのマタイのいつもの言い方です。弟子たちの舟を「激しい嵐」が襲いました。興味深いことに「嵐」と訳されているのは、「振動、揺れ」という言葉で、他の個所では「地震」と訳されています。「激しい」は「大きい」です。普通ではない、特別に大きな揺れに襲われたのです。湖の上なので「嵐」となっています。聖書では「地震」は戦争や飢饉と同じように、この世の終わりに起る苦しみでもあります。わたしたちを滅びの恐怖に陥れる、人生を土台から揺さぶるような力を、弟子たちは舟の上で体験したのです。そのような揺れに遭えば、なんとか食い止めようとわたしたちは必死になります。弟子たちも必死に舟を操り、入ってくる水をかき出したことでしょう。彼らは漁師ですから舟を操るプロです。しかしそのような手慣れたプロの業があっても圧倒的な力の前には無力です。自然の前では人間は全く無力なのです。そのときイエス様はどうなさったでしょう。「イエスは眠っておられた」(二十四節b)のです。

主が、「向こう岸へ渡ろう」とおっしゃったのです。弟子たちはイエス様に従って舟に乗りました。イエス様と一緒にいるのです。それなのにこのような嵐に遭いました。屈強な漁師がおぼれそうだと怖くなるほどの激しい揺れでした。舟が沈みそうになり、死ぬかもしれないというような局面になってしまったのです。主イエスに従って舟に乗った、信仰をもって歩んでいこうとしていたのに大きな困難に出遭ったのです。イエス様を信じたら、何もかもうまくいくと考える単純な人はいないでしょうが、イエス様が一緒におられたら、何とかしてくださるのではないかというのは、わたしたちの素朴な思いです。ところが「イエスは眠っておられ」ました。特別には何もなさらなかったのです。どうしてすぐ助けてくださらないのか。主イエスを信じ従ってきたのに、どうしてこのようなことが起こるのか。なぜだろうか。この疑問は弟子たちだけではなく、わたしたちも経験することです。ご命令によって沖へ漕ぎ出したのに、こんな危機に陥ってしまったのはなぜですかという思いです。信仰を持っていても持っていなくても、人生には様々な波があり、嵐が襲います。しかし、自分たちが信じて従ってきたはずの主が、死ぬかもしれないという危機の時に眠り込んでおられる。自分の苦しみ、困難、悲しみを理解してくださらない、今こそという時に何もしてくださらない。それは信じ従う者にとって、より一層大きな苦しみ、悲しみとなる可能性があります。

当然、弟子たちは主に近寄って起こし、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と言いました。聖書の言葉ではキュリエ・ソーソン、後のラテン語ではキリエ・エレイソン、先ほど賛美されたハイドンのミサ曲の言葉です。嵐の中で沈みそうになっている、という状況に合わせてこのようになっておりますが、直訳しますと、「主よ、お救いください。わたしたちは滅びようとしています」となります。「助けてください」とは「救ってください」という言葉です。祈りの形になっています。主イエスの救いを求めて弟子たちは叫んだのです。「おぼれそう」は、以前の訳では「わたしたちは死にそうです」となっていました。おぼれて死んでしまうかもという叫びです。弟子たちの叫ぶような祈りは、わたしたちが様々な状況の中で発する祈りと同じです。

すると、眠っておられた主イエスは、横になったまま「なぜ怖がるのか。信仰の薄い者たちよ」(二十六節)と言われたのです。「なぜ怖がるのか」つまり、怖がる必要などないとおっしゃいました。日本語では信仰が厚いとか薄いと申します。元の言葉では、薄いは小さいですが、それは、主イエスを見失ってしまうこと、それによって平安を失ってしまうことです。主イエスがこの嵐の中で眠っておられたのは、平安をもっておられたからです。だから眠っておられたのです。それは、父なる神に全てを委ねるお姿です。イエス様はこの平安の内におられたのです。これは大きい信仰です。弟子たちは、その主と共にいながら恐怖に捕えられ慌てふためいてしまっておりました。なるほど、今わたしたちが冷静にこの出来事を読みますと、主イエスが同じ船に乗っておられて大丈夫なのになあと思います。でも弟子の立場であれば、どうだったでしょうか。信じていないのではありません。主が隣におられるのに、同じ舟におられるにもかかわらず、委ね切れていなかったのです。ここに人間の信仰の小ささ、弱さが示されています。それをお前たちは信仰が小さいねとおっしゃり、怖がらなくてもいいと、励まされたのです。

やがてご一緒に読むことになりますが、十四章で大変良く似た状況に弟子たちが再び置かれたときは、「なぜ疑ったのか、信仰の薄いものよ」と同じ様におっしゃいましたが、その言葉の前に「安心しなさい、わたしがいる、恐れることはない」と言ってから、優しいトーンで語っておられます。

「そして、起き上がって風と湖とをお叱りになると、すっかり凪になった。人々は驚いて、『いったい、この方はどういう方なのだろう。風や湖さえも従うではないか』と言った」(二十六、二十七節)。イエス様は弟子たちを励まされた後、起き上がって嵐を静められました。その後の「いったい、この方はどういう方なのだろう」という言葉は、賛美の言葉です。

この物語を聞きますと、わたしたちはどうしても小さい信仰という言葉が気になります。しかし、信仰が小さいか大きいかは決定的に大事なことではありません。何が大事かは、イエス様が十字架にかけられる直前、大変緊迫した場面で弟子たちに遺言のようにお話になった有名なたとえがそれをよく示しています。少し飛びますが二十二章です。

一人の王さまが王子の結婚を祝う盛大な宴を計画し、あらかじめ人々を招いておきました。ところがいざ当日になると招かれていた人たちは、あれやこれやと理由を付けて、宴にやってきません。それどころか、なんと宴のはじまりをふれ回った王さまの僕を殺してしまいました。当然、王さまは腹を立て、兵隊を送り込み人殺したちを滅ぼしました。そしてもう一度僕たちを集め、「街に出て行って誰でもいいから宴に連れてこい」と命じました。宴の席はいっぱいになりました、誰かれなしに集めてきたので、そこには悪人もいれば善人もいました。さてそこに、宴の広間に入ってきた王は礼服を着ていない客を見て、「どうして君は、礼服を着ないでここにいるんだ」と尋ねました。客は黙りこくって返事をしません。王は僕に命じました。「こいつを縛り上げて、外の暗闇に放り出せ。泣いても歯ぎしりをしても放っておけ」。

このたとえの意味はこうです。王が招いている王子の結婚の宴は、神がわたしたちを招いておられる神の国です。マタイによる福音書の中心テーマです。しかし、せっかく招かれても来ない人が多いし、来ても礼服を着ていない人は、放り出されたとなりますと、わたしたちは心配になります。そうか、では来週から、神の国にふさわしく、礼服を着てこよう、あしたから神の国にふさわしく清く正しく生きようと決心なさいますか。「そんな決心などしなくていい」とは申しません。立派なことです。しかし、覚えておいておきたいのは「悪人でも善人でも」集められたこと、そして宴の大広間に一緒にいる悪人と善人の中から王がより分けて外に放り出したのは、「礼服」を着ていなかった人だということです。わたしたちは当然「悪人」に違いないと思いがちですが、「善人か悪人か」は問題になっていません。どういうことでしょうか。

ここには「悪人と善人」という対比と、「礼服を着ている人と着ていない人」の二つの対比があります。そして王が問題にしたのは、礼服でした。では「礼服を着る、着ない」で何がたとえられているのでしょう。実は、旧約聖書の時代から王が客を宴に接待するときには、王の側、招く側から礼服を提供するのが習わしです。このたとえ話で宴に集められた人たちは皆、「見かけた人を誰でも」という王の命令を受けた家来に無理矢理連れて来られた人たちです。宴会にふさわしい礼服など用意できるはずもありません。何もかも用意されていたのです。ごちそうはもちろん、楽しい音楽も、快適な椅子も、気の利いた接待も、そして宴にふさわしい美しい礼服までが、差し出されていたのです。招かれた者には、悪人にも善人にも、ただ一つを除いて何も求められませんでした。礼服を着て出席することです。共に祝うことです。それは、与えられたものを感謝して受け取り、招きに応えることでした。

急所になっているのは、「悪い者の上にも、よい者の上にも」太陽を昇らせ、「正しい者の上にも正しくない者の上にも」雨を降らせてくださる、その神の恵みを感謝して受け取ることです。神は神ご自身とわたしたちが一つになるため、ご自身の独り子をこの世に送って下さいました。そして、イエス様はわたしたちのため十字架についてくださいました。今わたしたちに求められているのは、イエス様を身につけること、それだけです。神の前に出るのにふさわしい完全な準備はできなくてもいいのです。「取って食べよ、取って飲め」と差し出されるキリストのお体と血を、「キリストのからだ」である教会の礼拝、交わりの内で、感謝をもって分かち合うことです。ここでは信仰の大きさは問題になっておりません。

教会に集うクリスチャンは「善人」でなければならないという誤解があります。あるいは大きな信仰の持ち主でなければと。何かをするのにきちんとする。しかし、教会では、善人か悪人か、信仰がどの程度かには関心がありません。神の関心はただ一つ、無償で差し出された恵みを受け取るかどうか、たとえ話では用意された礼服を着るかどうかです。一人でも多くの人々がその恵みのうちに共に生き始めてほしいと、それだけを願っておられるのです。

八章に戻ります。主イエスはここで、怖がる弟子たちをお叱りになったのでも、弟子たちを鼓舞して、「もっと頑張れ、お前たちの信仰を大きくせよ」と言われたのでもありません。そうでなければ、神経が鈍感で、嵐なんてちっとも怖くないという人の信仰が大きいことになります。「イエス様はなぜ眠り込んでおられるのか、自分たちを本当に守り導いては下さらないのではないか」と信じきれずに不安に思い、「主よ、助けてください。おぼれそうです」と祈る弟子たちを力づけ、そして、風と湖とを叱って嵐を鎮められたのです。

イエス様と弟子たちが乗り込む舟は教会です。古代から教会は舟にたとえられてきました。アメリカやヨーロッパの大きな十字架の形をした教会堂ではみなさんの座るところをネイブ(身廊)と言います。牧師や聖歌隊の座るところがチャンセル(内陣)です。ネイブはネイビー(海軍)という言葉と関係していますが、元は舟のことです。迫害に苦しめられていた人々をマタイは励ましているのです。舟を大きな揺れが襲い、沈みそうになっても、大丈夫、信仰の舟には、主イエスが一緒に乗っておられ、最後まで共にいて下さる、安心していいのだと語っているのです。信仰が小さいということは、信仰が「ない」のではありません。信仰は小さいけれども「ある」のです。信仰の根底を揺さぶられても、沈むことはありません。

マラナ・タ教会は明日から四十周年、五十周年に向かって歩み出します。嵐が来るでしょう。信仰のゆえにかえって様々な苦しみが襲い、教会の土台が揺れるようなことを体験するかもしれません。心が萎えて嘆くかもしれません。主イエスを見失ってしまい、信仰なんか持っていても何の役にも立たないのではないかと思ってしまうかもしれません。そんな小さな信仰のわたしたちを救い上げて、主は嵐に打ち勝ち、救いのみ業を行って下さるのです。わたしたちの信仰は小さいので、嵐に翻弄され、あわてふためくことの連続なのかもしれません。でも主イエスと共に舟に乗っております。この舟には主が先に乗り込んでおられ、わたしたちを招いてくださったのです。招いて下さった主は、招きに答えて乗り込んだわたしたちを、最後まで守って下さいます。大事なことはこの舟に一緒に乗ることです。招きを感謝してお受けしイエス様に従って乗り込むことです。「主よ、お救いください。わたしたちは滅びようとしています」と言ってもいいのです。祈りに応えて、主イエスの力を体験させて下さいます。どんなに小さなちっぽけな信仰であっても、主イエスに従って舟に乗り込み留まった者が、目の前で、そのイエス様の嵐を静める大きな力を体験するのです。皆様に主の平和がありますように。

祈ります。
父なる神、一九七八年九月にこの地で始まった礼拝が今も続き、マラナ・タ教会は今日、三十九周年の記念日を迎えることができました。いつも共にいて嵐をしずめ、わたしたちを守り導いてくださったことを感謝します。共に同じ一つの主の食卓を囲んできました者も、大勢がすでに天に召されましたが、今なお共に、天に於いて地において、同じパンとぶどう酒に与れていると信じます。集われたお一人お一人に豊かな祝福がありますように。
主の御名によって祈ります。アーメン。

9月17日の音声

 

2017年9月10日 聖霊降臨節第15主日
「弟子の覚悟」
マタイによる福音書 8章18~22節

王の誕生、王の即位、王の教えと、いわば一、二、三部と進んできたマタイによる福音書も、八章から第四部に入っております。ここでは神の国、つまり神のご支配という意味ですが、神の国が来て、その支配者、王である救い主のなさった奇跡が挙げられております。初めに三人の人が癒された様子が具体的に語られました。重い皮膚病の人、異邦人百人隊長の僕、そしてペトロの姑です。いずれも当時のユダヤ人の考えでは、神の国のまともな住民とはみなされにくい人々です。初代教会で福音書の朗読を聞いた人々はえっと驚いたでしょう。しかも、ほかの福音書はそれが律法で厳格に治療などは禁止されている安息日の出来事であったと伝えています。どんな人にも限りない愛を示される救い主の姿に、神の国とはどういうものであるかを見ることができます。そのあと、大勢の病人や悪霊に取りつかれた人が癒されました。連れて来られた病人は皆癒されました。しかしこのイエス様による癒しは、病気の治療という単なる医療ではなく人としての救いでした。癒しは救いだったのです。

この後弟子の覚悟について語られ、その後、またさらなる奇跡が語られてイエス様が救い主であることが繰り返されます。つまり奇跡がずっと続けて語られる中に、王である救い主に従って弟子として生きるには覚悟がいるという、別の大事なことが挟まっているのです。

イエス様が王として権威をお示しになり、多くの病人を癒されたのを弟子たちは間近に見ておりました。傍にいて見ていたのです。今なら名医がすごい手術をして難病が奇跡的に治るのをすぐ横で見ていた、そういう感じです。弟子たちは内心、鼻高々だったでしょう。「どんなもんだ、わたしたちの先生はすごいだろう」という感じでしょうか。癒される人の気持ちに寄り添うよりも、癒す側に立って見ていたことでしょう。熱心な信徒、特に牧師は気をつけなければなりませんが、聖書の言葉を引用する内に、もとは癒される値打ちがないのに癒された者であることを忘れて、自分がイエス様の傍にいるかのような気分になってしまいがちです。このときの弟子たちも、まるで自分も一緒になって癒やしているかのような錯覚に陥って、知らず知らずに傲慢になっていったのではないかと思えます。

そこでマタイは、奇跡の物語の合間に弟子に関する教えを挿入しております。話の流れが中断するにも関わらず、そうしているのは、今申し上げた様な勘違い、傲慢になる危険性を感じたからかもしれません。イエス様をメシアであると知って従っていくときどのようにあるべきか、従っていく人間の在り方をよく弁えている必要があります。イエス様がおっしゃったことは明白です。もし弟子としてついてくるなら、住む場所さえないことを覚悟しなさい、あるいは家族の義務さえ後回しにしてイエス様を第一にしてついてきなさいということです。イエス様に弟子として従うとき、この世の様々な制約をいったん後回しにしてイエス様に従っていく覚悟が要るのです。

それでは十八節から見ていきます。イエス様はしばしば群衆を離れて一人になる時を持たれました。病人の癒しを見たときなど、大勢の群衆が熱狂的にイエス様の周りに集って来ます。癒しや食べものを求めて、イエス様の周りに人が我先に大勢集まってきてごった返し、祈る時間もない、寝る暇もないという異常事態が何度もあったことをマタイは記しております。有名な五千人に食べ物を与えられた出来事の時(十四章)には、その後熱狂的に集まった群衆から離れてイエス様は船に乗ってガリラヤ湖の対岸に行かれたことを挙げています。祈ることは大切です。特に、大きな働きがあった後は、静まって祈ることが必要です。今日聞きました箇所でも、イエス様は船に乗って向こう岸に行くよう命じておられます。陸路でガリラヤ湖の周りを行きますと群衆がぞろぞろとついて来るのでしょうが、船で沖へ出ますと群衆はついていくことができません。弟子の中に漁師がいたことが役に立っております。船出しようとされている時でしょう、ある律法学者がイエス様に近づいてきて、「先生、あなたがおいでになるところなら、どこへでもしたがって参ります」(十九節)と言いました。

律法学者とファリサイ派の区別は明確ではありませんが、マタイ福音書では明らかに両者は区別して記されております。イエス様は両方のグループとも偽善者と呼んでおられます(二十三章)が、ファリサイ派とは食事をしたり議論したりしておられますので、ある程度付き合いがあったのでしょう。中にはイエス様の弟子になろうとしたニコデモのような人もいたことが知られています。それに対して律法学者とはあまり接点がなかったようです。律法学者、律法を詳細に細かく書き写し解釈する人で、文法学者とも訳せますが、この中にイエス様の弟子になった人はおりません。

ここで律法学者は「先生」と呼びかけています。主よという呼びかけと違いこれは普通の敬称です。弟子はみな「主よ」と呼びかけておりますから、マタイはこの人を本当の弟子とは見ていないことが分かります。「どこへでも従って参ります」とは驚くべき告白です。旅行先について行くといったのか、献身してイエス様に生涯をかけて従っていくと言ったのかわかりませんが、どちらにせよ律法学者としては勇気のいる告白だったでしょう。その勇気ある律法学者におっしゃったのです。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない」と。イエス様は律法学者の申し出を、拒絶はなさいませんでした。しかし、自分についてくる道の厳しさを警告なさいました。狐でも鳥でも安らぐ場所がある。しかしわたしに従うものにはそういう場所がないのだよ、とおっしゃっております。杓子定規に理解して毎日野宿したのかと驚かないでください。イエス様もペトロの家や、安らぐ場所を持っておられたはずです。弟子たちも家族を持っておりました。だからこそおっしゃったのでしょう、イエス様に従っていくにはこの世の財産や家族から解放されている必要があると。極端に言えば着の身着のままでも従って来る気があるか、と尋ねられたのです。この問いかけは厳しいですね。わたくしも洗礼を受けた二十歳の時に、最も気がかりだったのは、生涯イエス様に従っていくと決心して、果してまともな生活ができるのだろうかという不安でした。もしも宣教師や牧師になるよう導かれたらずっと不便な暮らしではないのか、科学や技術とは関係なく、ややこしい哲学や宗教学の本を読み、外国語の勉強に追われ、真剣に聞かれるかどうかにかかわらず毎週説教し、誰にもにこにこ親切にする。とてもできそうもないなと思いました。キリストには従いたいと思いましたが、覚悟は全くできていなかったのです。幸いわたしは研究者として、信徒として生きていくように導かれましたが、それでも教会のことを熱心にしていると、仕事とは両立せず、指導者にもなれず、しがない研究者として定年まで働くのかなと漠然と思っていました。久下君はキリスト教や教会のことは詳しいけれども仕事はだめだなと言われないか心配でした。そんな時、尊敬する無教会の先生から、マタイによる福音書六章の言葉、神と富に兼ね仕えることはできない、しっかり信仰生活をして、社会では出世出来なくてもいいではないか、恥ではないと言われ、妙に気持ちが落ちついたのをはっきり覚えております。

実はここに大きな逆転があります。まず教会生活の確立、礼拝第一をはっきりさせると、生活はイエス様が面倒を見てくださると安心できます。人より早く出世しようなどという考えを捨てますと無心で集中して仕事ができるようになります。結果、わたしの場合は普通に経験を重ねて遅れることなく主任研究員に登用され、あまり無理なく学位も取れました。教会の働きに参加しながら、論文を書くことができたのです。若かったからでしょうが、いまでも不思議に思います。恵みに導かれたのです。ここで律法学者がなんと返事したのか書いておりません。もし書いてあればなるほどこの人はこういう応答をしたのかで終わりますが、彼の返事が書かれておりませんから、福音書を読む人は、あなたはどうか、本当に従ってくるのかをいつも問われます。

もう一つここで注目しておきたいのは「人の子」という表現です。新共同訳では新約聖書に百回ほど出てくる表現です。マタイによる福音書ではここで初めて出てきます。イエス様がご自分を指しておっしゃった称号です。この言い方はなかなか巧みです。イエス様が十字架にかけられる前、最高法院で裁判をお受けになった時、大祭司が尋問いたしました。二十六章六十三節に書かれております。「生ける神に誓って我々に答えよ、お前は神の子、メシアなのか」。この時、「そうだ、わたしが神の子だ」というのは、さすがにイエス様もおっしゃいませんでした。あまりにも強い表現で、不必要な誤解を生みます。それはあなたが言ったことだ、とおっしゃって、自分のことを、遠回しに「人の子」と表現されました。これは旧約聖書では、イスラエル民族や、イスラエルの救い主を指します。エゼキエルという預言者は自分のことを「人の子」と呼んでおります。新しい神の国の王、イエス様には大変ふさわしい呼び名です。分かる人には分かり、分からない人には分からない多様性を持つ表現です。イエス様の言葉は実に巧みです。

この律法学者に続いて、弟子の一人がイエス様に従っていきたいと申し出ております。この人は「主よ」と呼びかけます。「主よ、まず、父を葬りに行かせてください」と。この当時、父の葬儀を執り行うことは、他のいかなる義務よりも優先すべき大事なことでした。十戒の精神からも当然だと思われていました。この人はおそらく、イエス様は「行きなさい、自分の責任を十分果たし、それから従ってきなさい」とおっしゃると予想していたのではないでしょうか。当時のユダヤ社会では、父の葬儀をないがしろにするなんてことは決してできないことだったのです。ところがイエス様の答えは、全くの予想外でした。「わたしに従いなさい、死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい」。家族の義務を果たすよりも前に、わたしに従えとおっしゃいました。文法的に言えば、従い続けなさい、今そうしているようにこれからも、となります。旧約聖書の有名な記事を思い出させます。エリシャがエリヤに従おうとしたとき、まず父母に別れを告げたいと申し出ております。もちろんエリヤは許可しました。イエス様はエリシャの願いよりもっと重要な父の葬りさえ放棄して自分に従えとおっしゃっています。この人はなんとお答えしたでしょうか。実際にはどうしたのでしょうか。マタイはこの人についても答えを記録しておりません。先ほどと同じく、聖書の読み手が問われているのです、あなたはどうするのかと。イエス様に従うことの厳しさが語られております。

さて、今日の聖書箇所を読んでわたしたちは困らないでしょうか。親や子供、家族のことを放っておいてイエス様に従えるのかどうか。この世の会社でも、父親の葬儀だといえば堂々と三日以上休むことができます。忌引きは公休です。葬儀はほっておいて出勤しなさいなどと言えば、その会社はブラック企業と呼ばれ、社会から厳しく咎められるでしょう。今日のこの聖句を理解するには、どうしてもイエス様がおっしゃった「死んでいる者たちに、自分たちの死者を葬らせなさい」という言葉の本当の意味を理解する必要がありそうです。これはどういう意味でしょうか。わたしは考えられる答えは一つしかないと思います。それはイエス様に従っていくところに本当の命があるのだと知って、すべてを委ねて従うこと、それこそがわたしたちが本当に憩い、安心して眠れる、また家族の魂を安心して主にお任せできる生き方であるということです。イエス様のもとにしか真実の命はない、逆に言えば、イエス様のもとから離れている限り、人は生きているようでいて、本当には生きていないということです。死の中におれば、死に打ち勝つ方法はありません。すると、死の中でどんなに盛大な葬儀をしてみても、それは結局虚しいことになります。イエス様は、わたしについてくる以外に、ただしく死者を弔う方法があるのか、死に打ち勝てるのか。ただ死を嘆くだけではないのか、とおっしゃっているのでしょう。

では、頑張ってイエス様に従いましょう、となるでしょうか。そうではありません。自分の信仰に頼って頑張っても、これは必ず行き詰まります。先の戦争の時、親も子も捨て、戦争に反対し投獄された勇敢な信仰者がいました。イエス様に従うのだと言って。しかし、牢屋に入れられて、拷問され、食事を減らされて、なおキリスト者としての誇りを持つのは至難の業です。そういうふうにできる人もいるかもしれません。でも普通は無理です。そういう極限状態の中、自分の力で信仰を守りぬくことは不可能です。イエス様の流された血による平安と、イエス様が示された神の国に生きる望みが、自分の貧しい信仰よりもずっと大切だとわからない限り無理です。

まずイエス様に従う。するとイエス様がおっしゃるかもしれません。あなたのお父さんの葬儀に行きなさい、わたしも行こうと。神の御業に従う、それは自分の信仰を捨てることです。教会で、牧師が信仰を捨てろと説教するのは意外でしょうが、わたしたちの信仰とは、すべてを委ねてただイエス様に従う事であって、自分の信念を強化することではないのです。イエス様は枕する所がない人間になってくださいました。弱くみじめになってくださったのです。それは、わたしたちが、気づかぬうちにそうなっているからです。何もかもちゃんとやっている、家族の世話をし、仕事をし、自治会の奉仕をし、頑張っている、でも命を失っていませんか。まことの命に生きることは、出世することでも、いい家に住むことでもなく、家族を大切にすることにまさってイエス様に従うことです。その時、家族に仕える力を主はくださいます。

祈ります。
狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが人の子には枕する所もない、とイエス様はおっしゃり、弟子として生きる覚悟を求められました。また弟子には、家族の義務を放棄してでもわたしに従いなさいと命じられました。その主イエスが、わたしたちの弱さを担い、わたしたちの痛みを負い、わたしたちの病を担ってくださいました。感謝します。どうかわたしたちがただ、ただ主に従って歩んでいけますよう導いてください。
主に栄光がありますように。主の恵みによって生きることができますように。
主の御名によって祈ります。アーメン。

9月10日の音声

 

 

2017年9月3日 聖霊降臨節第14主日
「多くの病人をいやす」
マタイによる福音書 8章14~17節

先月、わたくしは教会から休暇をいただき、しばらくマラナ・タ教会を留守にいたしました。その間、隠退教職、神学生、役員の方々に五週間も説教をしていただきましたので、六週間ぶりにマタイによる福音書に戻ります。山上の説教が終わった後、癒しの記録が続きました。最初は、重い皮膚病の人、汚れた人と思われていた人の癒しでした。これだけでも福音書を最初に読んだ当時の人々にはショッキングな話です。ところが続いて、異邦人百人隊長が息子のように可愛がっていた僕が癒されました。シリア人の百人隊長といえば、当時のユダヤ人から見れば汚らわしい人です。最も神の国に関係なさそうな人、救いからほど遠いと思われた異邦人の代表です。その人の僕ですからもちろん異邦人ですが、この僕も癒されました。今日はそれに続いて、ペトロの姑の癒しです。この場合の姑は言うまでもなく妻の母親です。当時は、年老いた女性は、あまり役に立たない存在とみなされておりました。弱い立場でした。はっきり言えば数に入っておりませんでした。この姑が癒されます。神の国では、こういった病気の人、外国の人、年老いた女の人でも救われるのだということがよくわかります。

それだけではありません。百人隊長の僕とペトロの姑は、際立って異なる点があります。まず百人隊長はイエス様とは初対面です。それまで全く接点はなかったでしょう。それに対しペトロの姑は、弟子の中の弟子の義理の母親で、ペトロと一緒に住んでいたのですから、よく知った関係だったはずです。何しろカファルナウムはイエス様のガリラヤでの活動拠点であり、おそらくペトロの家にも何度も宿泊なさったはずです。次に、一方は社会的地位の高い異邦人であるのに対し、もう一方はユダヤ人ですが、社会的身分は特にありません。名前が記されていない女の人です。文字通り名もない人です。百人隊長の僕は若者で、姑は老人です。百人隊長は自らイエス様を訪ねてきましたが、ペトロの姑はただ寝ているところへイエス様が来てくださいました。立場や関係性は様々ですが皆癒されております。このように見てまいりますと、神の国は、誰にでも備えられているのだということも分かります。

ここで少し脱線しますが、なぜペトロの妻や姑の名前が記されていないのか、わたしは不思議に思います。イエス様も知っておられたはずですし、弟子たちも、初代教会の人たちも知っていたはずです。考えてみますとマタイによる福音書に登場する女性で、名前がはっきり書かれている人は、旧約時代の系図に出てくるタマル、ラハブ、ルツの三人、またヘロデ王の兄弟の妻として出てくるヘロディアを除くと、イエス様の母マリア、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリアといった何人かのマリアしかいません。新約聖書全体を見ましても、名前が出てくる女性は多くありません。どうもこの当時のユダヤ人の習慣では、よほどの女性でないと名前が残らなかったようです。そこでペトロの物語を小説に描いたダグラスという牧師は困ってしまって、この姑にハンナという名前を付けておりますが、勿論本当の名前はわかりません。イエス様に仕えたこの人は無名です。ちょっと残念な感じがします。

さて、百人隊長の僕は直接イエス様に出会わずに癒されましたが、重い皮膚病の人と、ペトロの姑は、イエス様が直に手を触れて癒しておられます。そっと触れたのではなく、握られたのです。当時ユダヤ教のラビが、妻や娘でない女性にしっかり触れたり、皮膚病の病人に手を置いたりは決してしませんでした。ですからこれもショッキングな話です。しかし、手に触れたということが大事なことなのだということが、聖書の書き方でも示されています。今日のペトロの姑が癒された話を見ていますと、日本語訳ではわかりにくいのですが、元の言葉では、「手に触れられた、手を取って」という表現を中心として、前後に「熱病にかかっている」「熱が引いた」とあって、熱の話でサンドイッチになっております。そしてそのひとかたまりの前後には「姑は寝込んでいる」「彼女は起き上がった」と姑の状態、動作が書かれています。さらにそれらの文章の前後には「イエス様が姑をご覧になった」、「彼女はイエス様に仕え始めた」と、イエス様と癒された姑とのかかわりが語られているのです。イエス様が手を触れられたことを囲んで、対になる構造で書かれております。これは聖書に特有の「大事なことを囲い込んで対に表現する描き方」です。大事なことがおのずとわかるように書かれております。旧約聖書にもこの書き方がよく見られます。聖書を読むとき、この技法にも注意してみてください。

先週の永易役員の説教でも触れられましたが、イエス様は一人一人の近くに来て直接触って癒されることがほとんどです。マルコによる福音書八章でベトサイダの盲人には目につばをつけ、両手をその人の上において癒されました。同じく七章では、耳が聞こえず舌の回らない人には、指を両耳に差し入れ、そのあとで指につばをつけてその人の舌に触れ、エファッタ、開けとおっしゃいました。治してあげようとおっしゃるだけでも治せるのに、手を触れて、声をかけて癒されました。主はわたしたちに近づいて触り話してくださるのです。

ところで、わたしは若いころからずっと不思議に思っていたのですが、なぜ聖書には癒しの記事が多いのでしょうか。前回、七月のことになりますが、マタイによる福音書は八章から、王が王であると分かるように、王の権威を示す奇跡が語られると申しました。そして最初に語られる十の奇跡のうち九つは病人の癒しであると説明いたしました。聖書は信じられないような、奇跡的な癒しの記事に満ちているといっても言い過ぎではないでしょう。生まれつき歩けなかった人が歩けるようになったり、生まれつき目の見えない人が見えるようになったり、あるいは歳をとってから事故などで障害を負った人の機能が、元に戻ったりしております。ところがいまの時代、そのようなことはあまりありません。わたしは病人が奇跡的に癒されたことを、ほとんど見たことがありません。だから聖書は信じられないという人がいますが、わからないでもありません。

今は、祈りに祈って癒してくださいと願っても癒されないことの方が多いと思います。聖書の中で癒された人が必ずしも信仰深い、立派な人というわけでもありませんから、信仰のあるなしや信仰の程度とは関係なさそうですが、なぜ癒しの奇跡が、今はなくなったのでしょうか。わたしもよくわかっているわけではないのですが、少なくともイエス様による病人の癒しは、医療行為ではなかったのだということはわかります。イエス様による癒しは、ただ病気の治療ではなく、その人が、人として救われたという事実です。癒しが単なる治療なら、福音書はただ不思議な症例の寄せ集めになってしまいます。残念ですがあなたの病はそうではないのですということになります。福音書記者は、病気は治るということを書きたかったのではないと、わたしは信じております。そうではなく、こんな人は救われないだろう、救いとは関係ないと思われていた人が、神の国では立派に生かされるのだということではないでしょうか。わたしも医学が自分の専門だったのでそうなのですが、今は医療としてこの病気が治るかどうかに集中して見ておりますから、治らないケースが多いのだと思います。治るケースではこの症状ならイエス様に頼らずとも、投薬か手術で充分治せると思ってしまいます。現代医学では治せないはずの病が何とか治らないかという願いが強いので、どうしても聖書の中に奇跡的癒しを読むという視点になります。

もし人が救われるかどうか、そういう見方をすると、今の時代でも確かに、絶対救われないだろうと思った人がイエス様に救われた事実をたくさん見てきました。わたしの父もそうでした。青年時代出会った人で、この人だけは絶対救われないだろうと思った人が何人も洗礼を受けて、イエス様の祝福を受け取って生きております。そういうふうに読むことが許されるなら、新約聖書の時代も今も、神の国のリアリティーは変わりません。みなさんの前に、小さな見本があります。わたしのように理屈っぽい、救われがたい人間が感謝して生きられるようになったのです。治しにくい性格上の病がずいぶん矯正されたように思います。そんなことはない、今でも性格が悪いと言われるかもしれませんが。わたしだけではおそらくないでしょう。マラナ・タ教会も病に満ちているといっても、言い過ぎではないと思います。だからこそ癒されるのです。

さて十四節以下をご覧ください。イエス様はペトロの家に向かわれました。当時イエス様の活動は、ガリラヤ湖周辺で、カファルナウムがその中心でありました。ひょっとするとペトロの家に寝泊まりしておられたのかもしれません。熱病は、原因不明の高い熱で、病気の兆候というより、それ自体が病気です。「寝込んでいる、床に就いている」とは、興味深い表現で、ただ寝ているのではなく、「投げ出されていた」とも訳せます。手の施しようがなかったので、荷物のように隅に放っておかれた、そんな感じのする表現です。弟子や、姑の無力感がよくあらわれております。

ところがイエス様が手を握られると、熱が去って、彼女は癒されたのです。当時ラビは自分の妻以外の女性に触れてはいけないことになっておりましたし、熱病の人に触れるのも禁止されていたにもかかわらず、手を握っていやされたところに、イエス様の愛の深さが分かります。癒された姑は、起き上がって、イエス様をもてなしました。起き上がっては、過去の一回限りの動作を著す書き方になっていますが、「もてなした」というのは、繰り返し、継続する行為を著す言い方になっております。「もてなす」の直訳は「仕えた」で、礼拝することに通じます。ペトロの義理の母親は、ただ熱病を治してもらったのではなく、イエス様を礼拝する人になったのです。もちろん、イエス様の食事もお作りしたでしょう。さまざまに仕えたのです。

ところで、今日の出来事はマルコもルカも伝えておりますが、マルコやルカによりますと、イエス様は安息日にカファルナウムの会堂で、悪霊に取りつかれた人を癒し、それからペトロの家に行かれたことが分かります。そうしますとペトロの姑は安息日の午後に癒されたことになります。当時の人々は、安息日に病人を癒すのは律法違反になるのではないかという考えでしたから、夕方、つまり日没になりますと安息日が終わりますので、それっとばかりに、大勢の悪霊に取りつかれた人や、病人をイエス様のおられるペトロの家に連れてきたようです。そこで、イエス様は言葉で悪霊を追い出し、病人を皆癒されました。悪霊につかれたものとは、異常なふるまいをする人のことですが、自分では来られないので、連れて来られたのでしょう。病人が皆癒されたとあります。いろいろな病気の人が、癒されたのです。イエス様の働きの中で癒しがどれほど大切だったかをよく表しております。癒しは救いだったのです。イエス様が治せない病気はなかったということが強調されております。ですけれども、先ほど申し上げましたように、これはたんなる医療ではありません。もし、医療だったなら、教会は病院にはなったでしょうが、教会にはならなかったでしょう。

それがよくわかるのが、十七節のマタイの言葉です。「それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。『彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った』」。イエス様が病人を癒されたのは、イエス様の憐れみや、奇跡をおこなう力によるものではないことを、預言者の言葉を引用して説明しております。もっと深い霊的な事柄です。他人の患いをご自分の身に引き受けてくださったということです。この引用された言葉は皆さんご存知です。イザヤ書五十三章四節です。わたしも洗礼を受けたとき、このみ言葉を聖書の扉に書いて暗唱しておりました。「まことに彼は、われらの悩みを負ひ、われらの悲しみを担えり」。イエス様が病人を皆、癒されたのは、旧約聖書の預言の成就であるというのです。病を担うという表現ですが、文字通りの意味ではありません。聖書を読む限り、イエス様が病気になられたことはありません。イザヤのこの言葉は、人類の罪を背負って死を遂げられたイエス様の贖いを説明する聖句です。イザヤの時代、メシア、救い主は、人の病を癒してくださる存在です。国を敵から解放してくださる方です。

時々勘違いをして、信仰があれば、どんな病気も治せると思い込んでいる牧師がいますが、癒しを売り物にする教会は、どこか不健全です。ヨハネ五章を読みますと、ベテスダの池の周りには、たくさんの病人がいましたが、イエス様が癒されたのはその中の一人だけでした。病の癒しはイエス様の主権のもとにだけ起こります。逆に言えば、もしイエス様の主権が確立しておれば、人は病気では死にません。人はがんでは死なないのです。人は定められたときに、その人なりの在り方で、天に召されます。いつ、どのようにしてかの納得がいかないので、何か理由をつけて説明します。がんで死んだ、事故で死んだ、脳卒中だ、心筋梗塞だと。それは人の経験する、苦痛、病理ではありますが、死の説明にはなりません。先週月曜日、マラナ・タ教会で行われている牧師の勉強会に参加なさっている親しい牧師のお嬢さんが、二十五歳で、事故で亡くなりました。突然です。次の日、火曜日の朝もう一人の牧師の奥さまが天に召されました。五月に病気が分かって、わずか三ケ月後でした。人は死にます。今日も鐘が鳴るのです。誰のために鐘がなるのか、死者のためですが、それはあなたのためだと作家は言います。すべてをお決めになるのはイエス様です。この点から逸脱しますと、教会は力のない病院になります。

最後にもうひとこと申し述べます。マタイの引用した十七節のイザヤの言葉は、よく知られた有名な聖句ですが、実はこれは部分的な引用です。イザヤ五十三章四節には、続きがあります。わたしはこの引用されてない続きの部分が大切だと思っています。「彼が担ったのはわたしたちの病、彼が負ったのはわたしたちの痛みであったのに、わたしたちは思っていた。神の手にかかり、打たれたから彼は苦しんでいるのだと」。そして五節でさらにこう続きます。「彼が刺し貫かれたのは、わたしたちの背きのためであり、彼が打ち砕かれたのは、わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによってわたしたちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって、わたしたちは癒された」。あの人があんな状態なのは、あの人自身のせいなのだとみんなが思った。しかしそうではなかったのです。わたしたちの咎のために打ち砕かれた姿なのです。わたしたちは死すべき存在です。しかしイエス様が、わたしたちの痛みを負って、取り除いてくださいます。「何をか恐れんや」です。なんと幸いなことでしょうか。

祈ります。
父なる神、重い皮膚病の人、中風の若者、熱病の老人、悪霊に取りつかれた人、異邦人、初めて出会った人、そして弟子の母親。イエス様は、様々な状態の、たくさんの病人を、皆癒されました。神の国が、すべての人に備えられ、イエス様のおられるところにはどこにでも、奇跡が起こることを感謝します。どうか死すべきわたしたちに、癒し、救いのみ業を見せてください。マラナ・タ教会の上にあなたの御業が成りますように。
主の御名によって祈ります。アーメン。

9月3日の音声

 

 

2017年7月23日 聖霊降臨節第8主日
「救われる」
マタイによる福音書 8章1~13節

今年は一月一日がちょうど日曜日でしたが、その元旦の礼拝からマタイによる福音書を読み続けております。先週で山上の説教を読み終わりました。ここで少し振り返ってみましょう。マタイ福音書ではイエス様が、「天の国は近づいた」つまり「神の支配なさる国が来た」と告げておられます。当時、国といえば、王が支配する王国です。マタイは、イエスという王がお生まれになったと一、二章ではっきり語り、その王なるイエス様が即位されたことを三、四章で、ついで王国における民の新しい生き方を五章から七章で、有名な山上の説教として語りました。王の誕生、王の即位、王の教えです。これが、マタイによる福音書のいわば一、二、三部です。そして、今日聞きました八章からは第四部に入り、王が王と分かる徴、つまり王の奇跡が語られます。一章から七章までを大きな第一幕としますと、今日から読みます八章から十八章までが大きな第二幕です。こういう概論的な説明は普段あまりお聞きにならないと思いますが、頭に入れておいてくださるとマタイによる福音書を読むとき理解の参考になります。これは面倒な説明ではなく、福音書を読むときの大切な鍵です。福音書は飛び飛びに、好きな箇所だけ読むのもいいでしょうが、一方で必ず一冊の本として読まねばなりません。本として読むなら目次の暗記は大切です。誕生、即位、教え、奇跡と全体像がパッとわかります。

第四部である八、九章は、神の国の王イエス様の行われた奇跡が記されております。一節の言葉「イエスが山を下りられると、大勢の群衆が従った」(八章一節)で山上の説教から奇跡物語へと移っていきます。山上の説教のすぐ前にも癒しの奇跡が語られておりましたが、「民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」(四章二十三節)と一般的に記されておりました。ところが、八章以下ではイエス様の癒しを中心にする奇跡が、とても具体的に語られております。十の奇跡が語られますが、そのうち九つはどれも病の癒しです。本日まず聞きました物語は、重い皮膚病の人と百人隊長の僕が癒された話です。こういう奇跡の話では普通、病を治してくださいと願った人の信仰に焦点が当たりがちで、この物語でも、皮膚病の病人や百人隊長の信仰に目が向きます。御心ならばと謙虚に願った病人や、イエス様が見たこともないと感心された百人隊長の熱い信仰について注目が集まります。ところが福音書記者は、そうではなくて、癒しを行われたイエス様に焦点を当てています。病を治していただいた人の感謝や感動は記されておりません。物語は淡々と進みます。

まずひとつ目の奇跡を見ます。「すると、一人の重い皮膚病を患っている人がイエスに近寄り、ひれ伏して、『主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります』と言った。イエスが手を差し伸べてその人に触れ、『よろしい。清くなれ』と言われると、たちまち、重い皮膚病は清くなった」(二,三節)。新共同訳が出てすぐに買った方がお持ちの聖書には、「重い皮膚病」が「らい病」となっております。聖書に出てくるこの「レプラ」という病気が今のハンセン病と全く同じではないということで、一九九六年に訂正され、その後から求めた人の聖書では、「重い皮膚病」と訳されております。レビ記十三章にある皮膚病についての記載からわかりますように、医学的な面より宗教的な面から評価を下されていました。祭司が調べて重い皮膚病であると判断すれば、祭司はその人に「あなたは汚れている」と言い渡し、症状がなくなれば「あなたは清い」と言い渡すといったふうに、診断は祭司に委ねられていたのです。祭司が判断するということは、罪を冒して神の罰を受けてこうなったのだという偏見があったからです。病気のせいで差別されていたという点では、「らい病」と訳す方がピンときます。こういう人が、病気でない人に近づくことは禁止されておりました。ところが驚いたことに、この重い皮膚病を患っている人はイエス様に近寄って、ひれ伏したのです。ひれ伏すは、単に平伏するという肉体的行為ではなく「礼拝する」という意味です。額ずいて願いごとをくどくどといったのではなく、新しい王の権威の前に文字通りひれ伏したのです。「主よ、御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」と彼は言いました。マタイ福音書では、「主よ」という呼びかけをするのは弟子たちや、イエス様に癒しを求める人です。外部の人が、単なる儀礼上の呼びかけで「主よ」と呼びかけはしません。彼は御心なら、つまりイエス様の意志一つで、清くしていただけると確信しております。するとイエス様は、ご自分から手を伸ばされ、その人に触って、そっとではなく、しっかりと「つかんで」という意味ですが、「清くなれ」とおっしゃったのです。ご自身の意思で直ちに病人を癒されました。これはイエス様が神であることを明白に示します。「清くする」は「癒す」と同じですが、汚れから解放し、普通の社会生活に戻ってよいという宣言です。この物語が単に病の癒しという奇跡なのではなく、王の権威ある奇跡であることがよくわかります。そして「だれにも話さないように気をつけなさい。ただ、行って祭司に体を見せ、モーセが定めた供え物を献げて、人々に証明しなさい」(四、五節)とおっしゃったのです。きちんと律法の手続きに従う秩序が大事でした。イエス様は律法や預言者を廃止するためではなく、完成するために来られたのです。

二つ目の奇跡はイエス様がカファルナウムに入られたときに起こりました。カファルナウムは、イエス様が伝道を始められたときに拠点になさったガリラヤ湖畔の町で、ペトロの家もここにありました。イエス様は山上での説教を終え、この町に帰られたのですが、そこで、一人の百人隊長が近づいてきたのです。ローマ軍の百人隊長、あるいはヘロデ・アンティパスに仕えていた傭兵の隊長です。百人隊長は軍隊の中でも優秀な人物が任命されます。名前は分かりませんが、イエス様に近づいたこの百人隊長もまたエリートです。ところで、なぜユダヤ人ではない、エリートである彼が、イエス様の助けを求めたのでしょうか。マタイは隊長の僕が中風で、ひどく苦しんでいたからであると説明しています。中風と表現されている病気がどのようなものであったか詳しくは分かりませが、ひどい痛みを伴うもので、死にいたることもあったようです。百人隊長がイエス様に近づいたのは、家の僕がこのような深刻な病気で苦しんでいたからだというのです。

ここで「僕」とされる言葉は、普通「息子」と訳す言葉で、百人隊長にとってものすごく大切な存在であったことが分かります。かけがえのない息子のような僕が、ひどく苦しんでいる、もしかしたら死んでしまうかもしれないのです。そういう切羽詰まった状況でした。百人隊長は、もちろんできる限りのことをしたでしょう。医者を呼び、薬を買い、あらゆる手段を使って助けようとしたはずです。しかしうまくいかなかった。病気を前に、命のはかなさを味わった百人隊長は無力感の中に座り込んでいたと思います。そのようなときに、ある知らせが飛び込んできます。イエスという人物が、民衆の病気を癒しているという知らせでした。「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いを癒された。そこで、イエスの評判がシリア中に広まった」(四章二十三,二十四節a)と四章にありました。この知らせを聞いた百人隊長は、思わず立ち上がったのです。大切な僕が病気で苦しんでいると、なんとユダヤ人のラビに訴えます。彼は「主よ」と呼びかけております。ローマの皇帝カエサルこそが主であった時代に、これは儀礼では言えない言葉です。するとイエス様は、ご自分から「わたしが行って癒してあげよう」と言われました。驚いた百人隊長は「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません」と答えます。この百人隊長は、ローマ軍であれ、ユダヤ軍であれおそらくシリア人傭兵であったと考えられています。すなわちユダヤ人から見れば異邦人です。当時ユダヤ人は異邦人を神から呪われた民だと自分たちの宗教に基づいて差別して考えていましたので、交わりを絶っていました。ですから、異邦人の住まいの中にユダヤ人は入ってはいけないと決められていました。それだけでなく、ローマ軍および傀儡のユダヤ軍の支配下にあり、苦しめられていたこともあって、特に軍人に対しては、異邦人嫌いにいっそう拍車がかかっていました。この百人隊長もそのことはよく分かっていたので、「残念ですが、先生をわたしの家にお迎えすることができないのです」と言ったのでしょう。イエス様の周りをたくさんのユダヤ人たちが取り巻いていたのですから。

しかし百人隊長は、まだ願いもしないのに、いや実は願いを口に出そうとしたその瞬間に「わたしが行って治してあげよう」とおっしゃったイエス様に、一瞬にして打たれました。ユダヤ人から見れば罪深いはずの自分の家にまで来てくださる主の御愛を知りました。彼のうちに救い主への信仰がはっきりと引き出されました。信仰が引き出され、確かなものへと高められました。神の前に人間的な計らいをすべて捨てて、ただただ「主よ、わたしを憐れんでください」と自分を投げ出して救いを求める人にされました。

百人隊長は、「ただひと言おっしゃって下さい。そうすれば、わたしの僕は癒されます」と言います。この人も、主の言葉一つで僕はいやされると、イエス様に絶対的な信頼を置くようになっていたのです。すなわち彼はここで、実際には僕がまだ癒されていないにもかかわらず、というよりも、イエス様が癒して下さるかどうか、癒すことができるかどうかも分からないにもかかわらず、もうすでに癒されることを確信しています。癒された僕の姿を見ているのです。このような態度を見てイエス様は感心なさいました。そして「イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない」と言われたのです。

加えて、わたしたちが絶対に聞き逃してはならない言葉が語られております。ただ異邦人百人隊長の信仰を褒めただけで終わらずに、ユダヤ人に向かって非常に厳しい言葉を続けられたのです。「言っておくが、いつか東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」とおっしゃいました。 つまり百人隊長のような信仰によって幻を見ることがなければ、困難に敢然と立ち向かうこともなくなり、やがては神に近づくことも、イエス様に向かうこともなくなってしまい、ついには御国の子らと呼ばれて神の国を約束されていたにもかかわらず、気づいたときには外の暗闇に追い出されてしまうぞという意味です。イエス様がこのことを語られたとき、すでにイスラエルの中には幻を思い描くような信仰を見つけることは困難だったのです。その現実を悲しんでおられたでしょう。それが思いもかけず、マタイではイエス様が最初に出会った異邦人、その異邦人の軍人がイエス様に「主よ」と呼びかけたばかりではなく、主に絶対的な権限を見出し、全幅の信頼を置いたのです。この百人隊長の中に、イエス様が探し求めておられた信仰が見つかったのです。「感心し」とは「驚き」という言葉です。「こんなところにわたしの探し求めていた信仰があった」と驚かれているイエス様の姿がここに示されています。その驚きの中で、人々に、特にイエス様に従いつつも、イエス様が探し求めておられた信仰を持っていなかった人々に対し、「外の暗闇に追い出されないように、このような自分の存在をかけた信仰を持ちなさい」と勧めておられるのです。名目だけのキリスト者ではなく、イエス様に信頼し従っていくことが大事なのです。そうすれば、結果はどうであれ、この百人隊長と同じ様に自分の中から信仰が引き出され、高められるのです。マラナ・タのわたしたちも同じです。注意したいのですが、これは決して因果応報ではありません。良い信仰者なら病が治るという話ではないのです。祈りに祈っても病がいやされないことも経験します。そういう人は良い信仰者ではないのかといえば、決してそうではありません。

最後に十三節で、イエス様は百人隊長に、「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように」と言われます。ちょうどそのとき僕は癒されます。これは百人隊長が信仰により思い描いた幻ですが、それはまさに現実の出来事として起こりました。信仰による幻が実現しました。イエス様が「あなたが信じたとおりになるように」と言ってくださるとき、すべてはその御言葉の権威の下にあり実現されるのです。

奇跡はまず、重い皮膚病を患ったユダヤ人におこりました。そして次に異邦人にも起こりました。イエス様が直接会われなくても、ただその御言葉によって百人隊長の僕の病気はいやされました。直接イエス様に触れていただかなくても、遠くにおられるイエス様のお言葉で一瞬にして癒されました。わたしたちも教会に伝えられている言葉によって救われます。この信仰こそが喜びであり、救いです。たとえ万一病気は治らなくとも、すべてに力を持っておられるイエス様が、わたしたちのところにおいでくださり、共にいてくださるのです。もう何もいらないでしょう、何も求めなくてもいいでしょう。無数の信仰の先輩たちが、逃れられない死におびえながらも、ついに手に入れたに違いない喜びです。古代人の祈りの言葉が聞こえます。「喜び楽しめよ、天国は彼らのもの…」。神はわたしたちをよくご存じです。一人一人にふさわしい方法で、ふさわしい場で信仰に、すなわちこの喜びに、導いてくださいます。それがどれほど確かか、今日の御言葉が示しております。

 

祈ります。
父なる神、わたしたちに信仰を与えてくださったことを感謝します。どうかこれからも、イエス様を信頼し、その御後に従っていけますよう支え導いてください。まだ信仰を言い表していない人々が、あなたの招きに応えることができますように。ずっと教会を通して伝えられ続けてきた言葉を、今度はわたしたちが伝えていけますよう、力をお与えください。
主の御名によって、祈り願います。アーメン

7月23日の音声

 

 

2017年7月16日 聖霊降臨節第7主日
「揺るがない基礎を作る」
マタイによる福音書 7章21~29節

八年前に、こんな話をいたしました。ある教会で、皆さんが礼拝に来てみると、週報に書いてある説教題が先週と同じでした。あれ、先週と同じなの、おかしいなと思いながら注意して聞いておりますと、説教の中身も全く同じです。覚えておられる方はいらっしゃるでしょうか。礼拝後、役員の方が「先生、今日の話は先週と同じですよ、どうかしたのですか」と心配そうにおっしゃいます。すると牧師は答えます。「はい、知っています。しかし皆さんわたしの話を聞いてくださっても、ちっとも行いに表れないので、何度でも繰り返すつもりです」。・・・・考えさせられるジョークです。話は確かに覚えているのですが、アーメン、主よ、そうですと心から受け止めてはいないので、身についていない。だから行動には出ない。こういうことって、マラナ・タ教会にもありそうですね。これは九十%以上牧師の説教の方に原因があるのですが、原因がどうであれ聞き手にメッセージが伝わっておりません。

イエス様の山上の説教として有名なマタイ福音書五章から七章の戒めや勧めはよく知られ、教会外でもしばしば引用され人々が覚えている内容ですが、本当にそうです、その通りですと行いに現れるほど身にしみてわかっているかとなりますと、なかなか首を縦に振れないような気がいたします。ずっと見てきましたように、実行は難しいのです。今日聞きました御言葉は、山上の説教の締め括りに当たりますが、「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は」、「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は」とあって、聞いて行う者と、聞くだけで行わない者とが対比されています。ここまでの山上の説教をいい話ですね、心に残る戒めですねと聞き流してしまわず、よく分かって欲しいというイエス様の強い願いが伝わります。この言葉で「山上の説教」は終わっているのです。

イエス様が語られたお話を振り返ります。「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった」(二十四~二十七節)。登場人物は二人です。二人の違いは一目了然ですが、押さえるべきツボは相違点ではなく共通点にあります。二人とも家を建てます。一方は邸宅で他方はバラックというわけではなく、同じ用途の家、すなわち生活のための家です。さらに、当時は電気も水道もありませんから建てる場所も同じです。水がなくては生きてはいけませんから、川の傍か、湖のほとりか、井戸の近くの、風通しのいいところに家を建てたはずです。ですから二人とも、同じように雨が降り、風が吹く似た環境に住んでいて、よく似た災難に遭います。マタイは一方は「岩の上」もう一方は「砂の上」と言いますから、全く違う土地のように思いがちですが、同じ記事のルカによる福音書の六章四十八節には、「それは、地面を深く掘り下げ、岩の上に土台を置いて家を建てた人」という表現がありますから、どちらの家も表面は砂地のところに建っていたようです。一方は深く掘って岩の上に乗って建てられていた。もう一方は、深く掘る労を惜しんで岩ではない石の上に建てられていた。つまり、同じような規模の家が、同じような環境のところに、見たところは同じように砂地の上に立っていたのです。そこへ同じ災難が襲います。一方は重い災難で、一方は軽い災難というわけではありません。こういう共通点がありますのに、二軒の家の運命は全く異なります。一方は「倒れなかった」、もう一方は「倒れて、その倒れ方がひどかった」のです。

繰り返しますが、このイエス様のたとえを理解するには、同じような家を同じような所に建て、同じような災難に出遭ったにもかかわらず、片方は倒れないで、もう一方はひどく壊れたという点が大切です。違いが際立っています。一方が土台を岩の上に置いたのに、もう一方は砂の上に置いたとおっしゃいました。ヒノキを使って、筋交いを入れ耐震構造の家を建てたかどうかと言っているのではなく、土台が何かに焦点が当たっています。愚かな人は、岩という土台なしに家を建てた人です。このたとえの要点は、明らかに土台を土台らしく置いて倒れない家を建てるかどうかということです。パレスチナでは、固いしっかりした岩盤は、かなり深く掘らないと出てこないそうです。いくら愚かな人でも、まさか本当の砂の上には家を建てませんが、地面を少し掘ると漬物石くらいの大きさの石が出てくるので、これを岩と間違えてこの上に家を建てることがあったようです。どちらも岩の上に立っているのですが、片方は直接岩の上に、岩にくっついて立っているのに、もう一方は岩と家の間に、不確かな石が挟まっているということです。土台の深さが違うのです。

ここまでお聞きになりますと、この岩というのが、イエス・キリストの御言葉、キリストの御心、キリストその人のことだと容易に分かります。なぜなら、「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」というたとえなのですから。すると、イエス様はここで信仰の実践を語っておられるのだな、頭だけで信仰のことを理解し、聖書は読むけれども手足の動かないクリスチャンはだめで、教会のために一生懸命働き実践していかないとならないのだという理解になりそうです。しかし、これは早とちりです。今日の登場人物は二人とも一生懸命働いて家を建てました。そういう意味でこの二人の間に差はないのです。二十四節の「そこで」ですが、どこで、でしょうか。二十二節以下の「主よ、主よ、わたしたちは御名によって預言し、御名によって悪霊を追い出し、御名によって奇跡をいろいろ行ったではありませんか」という人々に対して、わたしは「あなたたちのことは全然知らない」と言うだろう、という御言葉に続いております。み名によって預言をし、悪霊を追い出し、奇跡を行ったにもかかわらず終わりの日に天の国に入れない人の話に関係づけられています。何かをしたのかしなかったのかということではないという文脈で語られています。「そこで」言っておくが、「したか、しなかったか」ではなく、あなたは岩の上に家を建てる賢い人に間違いなくなっているのか、と問うておられます。こう聞かれますと、このイエス様の言葉を大変恐ろしくさえ感じます。わたしたちは確かに深く掘って家を建てているだろうかと心配です。

わたしたちの願いは、人が罪許されて、礼拝する人が増え、賛美が豊かになり、皆が聖書をよく学び、一生懸命に働き、魂に配慮し、愛し合うことです。そのようにありたいと願い、そのように行動します。それなのに、もしキリストからあなたのことは知らない、わたしから離れ去れと言われたらどうしたらいいのでしょうか。わたしたちは本当に、神の御心に適った行いをしているでしょうか。本当の岩なる土台の上に、家を建てているのでしょうか。たとえ、四十年かけて築いたものであっても、もし正しい土台の上に乗っていなかったら、ある時突然激しく壊れてしまうということが起こりそうな気がしてなりません。よくニュースなどで聞きますね、定年になった夫に対して、「長年ご苦労様でした。あなたもこれからは少し暇ができますね。わたしもお暇をいただきます」と言って妻が家を出ていく。熟年離婚です。長年いったい何のために働いてきたのだろうという気の毒な男性の言葉を。夫婦間にしっかりした土台がなかったのです。

では現代に生きるわたしたちは、この有名な山上の説教をどう聞いているのでしょうか。イエス様の言葉を「聞いて行う」とはどういうことでしょうか。ある人は、山上の説教を文字通り実行しようとします。誓うなとあるので、裁判においても宣誓はしませんし、兵役はもちろん拒否します。文字通り敵を愛そうとします。近代においてそういう理解をした人としてロシアの作家トルストイが知られています。「悪人に手むかうな」とあるので、まさに非暴力に生きようとした人です。山上の説教の通りに生きることで、地上に天の国を実現できると考えた人です。しかしこの理解は一つ困難な問題に直面します。それは人間が罪ある存在であり、この説教の文字通りの実行は不可能で、現実との乖離が生じるということです。結局は挫折せざるを得ないのではないでしょうか。トルストイは妻や子供にも、これを強制しましたから、家庭生活は酷いことになりました。裁き合いです。そして自分も実行できないので、矛盾だらけの生きざまになってしまいました。

そこで別の人は、どう行動するかということよりも、人間の内面的な服従を重んじます。山上の説教は文字通りではなく良心に対する訴えであると理解します。天の国に入るための心構えと言ってもいいかもしれません。そうしますと、イエス様の教えは、人の心のあり方を変えるとか心理的枠内に収まってしまい、生きる力となりえない恐れがあります。カトリック教会は、長い間、この教えは特別な生き方を目指す修道者に向かってのもので、一般の人向けではないと考えておりました。すると、この説教はわたしたちには意味を持ちません。

こういった解釈と違って、近代人の多くはもう少し違う姿勢をとります。イエス様はどう行動するかということを第一義的に問題にしておられるのではないし、どういう心の持ちようをすればいいかということを問題にしておられるのでもない。また特定の人だけにお話しになったのでもない。もっとずっと根源的な決断を呼びかけておられ、神の前に徹底的な服従を求めておられるのである、という理解をします。山上の説教は不可能な要求だけれども、終末論的方向付けだと考えるのです。つまり、いつかきっと実現する時が来るので、あきらめないで、たとえ不正の満ちるこの世にあっても、神のご支配と、神への服従という、神と人との正しい関係を打ちたてようというものです。例えて言えば実際には草が生えている庭なのだけれども、何年か先には雑草のないきれいな苔生した庭を実現するぞという感じです。あきらめずに草を抜き続ける。キリストの出来事、十字架と復活が、それを保証するのだという考えです。この姿勢は、わたしたちの理解に近いですし、納得しやすいものです。

しかしわたしは、ある人物の命をかけた証を参考にして、少し違った観点から加えて申し述べたいことがあります。ある人物とは、ボーンフェーファーというドイツの神学者です。「服従」、「キリストに従う」とも訳されております有名な本が出版されております。彼は、山上の説教を大変よく勉強した人でもあります。このボーンフェーファーは、山上の説教においては、信仰の理解だけではなく、律法の遂行、神の定めた法に従うこと、つまり実践が重要だと考えていました。イエス様の言葉は、いろいろ解釈するものではなく、律法のように聴き従うものである。教会の果たすべきことは、山上の説教を語り、かつ行うことであると言います。それが、一人で自力でやるのではない、教会のなすべき証しであるということです。この人の使った「安価な恵み」という言葉があります。もともとはデンマークの哲学者、キルケゴールが使った言葉ですが、国民が皆キリスト者、教会に来るのは当たり前になっていた十九世紀のデンマーク国教会の中で、ぬるま湯につかったような信仰を批判して、まことにキリストに従うとはどういうことであるのかを問うた、深い意味を持つ言葉です。「安価な恵み」とは、福音を、形の整った素晴らしい教えと受け取って、簡単に恵みとして受け取るけれども、形式的にその場限りになっており身には付かない信仰のことです。ボーンフェーファーは、時には自分の命を賭けてでもイエス様の言葉に従っていこうとする姿勢が大切だと考えたのです。自分の置かれたこの世の具体的状況の中で、どのようにイエス様の言葉に従うのか。この人の場合は、ヒトラー政権の転覆、ヒトラー暗殺という答えに導かれました。しかし計画が発覚して強制収容所に送られて殺されました。キリストに従うとは、時に命をかけるだけの値打ちがある、すなわち「高価な恵み」であるということを行為で示しました。

イエス様の御言葉を聞くことができるということは、既に恵みの中に入れられている、つまり岩の土台の上に置かれているということです。イエス様の御言葉は、わたしたちに与えられた贈り物です。贈り物はそのままでは何の役にも立ちません。開けて実際に使ってみて初めて本当に受け取ったことになります。この山上の説教で、イエス様は多くのことを教えてくださいました。たくさんの贈り物をくださったのです。聞いて実践することが贈り物を用いることです。神の国に生きる民の歩むべき道を示してくださった御言葉への応答として、聞いたことを行っていくのです。イエス・キリストは、わたしたちの救いのために十字架にかかって自分を犠牲にして下さったお方です。この方の犠牲があるので、わたしたちは罪ある人間であるにもかかわらず、文字通り、この山上の説教の教えに従おうという姿勢がとりえます。わたしたちの内に来てくださったイエス様は、ご自分の命をわたしたちの命の土台として据えてくださったのです。ですから、わたしたちは聞いたことを、自力に頼らずに行動の規範として実際の生活と結び付けていくことができるのです。

「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。彼らの律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(二十八、二十九節)とあります。イエス様は「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためではなく、完成するためである」とおっしゃり、聖書の言葉に対峙して「しかし、わたしは言っておく」と、自らの権威に基づいてそれを完成させた新しい教えをお語りになりました。この権威に群衆は非常に驚いたのです。わたしたちも、イエス様の御前に膝をかがめるのです。

祈ります。
イエス・キリストの父なる神、あなたのひとり子、わたしたちの救い主イエス様を通しわたしたちに神の国に生きる生き方を教えてくださっていることを感謝します。イエス様の御言葉を人生の土台とし、この土台の上に毎日の生活を築いていけますよう支え導いてください。また兄弟姉妹と共に力を合わせ、その土台の上に家を建てることができますように。
イエス・キリストのみ名によって願い祈ります。アーメン

 

7月16日の音声

 

2017年7月9日 聖霊降臨節第6主日
「良い実をむすぶ」
マタイによる福音書 7章13~20節

山上の説教を聞き始めたのは三月中旬でしたから、もうかなりの期間、神の国の民が歩むべき道を聞き続けてきました。先週は、山上の説教の中心部分の締めくくり、つまりイエス様の律法解釈の締めくくりである「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」という言葉を聞きました。今日の御言葉は、そのすぐ後に続く言葉です。山上の説教全体の締めくくりになっている、イエス様のなさった四つの小さな話のうちの、初めのふたつです。「狭い門から入れ」、そして「偽預言者に警戒して良い実を結べ」という、神の御国への招きが語られています。イエス様に従う決断をはっきりし、神の国の民として生きる覚悟をするようにとの勧告がなされているのです。

最初は広い道と狭い道の話です。イエス様の時代、ギリシア人やローマ人の書いた作品には、人生には二つの選択肢があって、そのどちらに進むべきかしっかり決めなければならない、と述べているものがたくさんあります。その選択が死後の世界で行くべき道につながると考えられていたからです。ユダヤの世界も同じで、神を信じて生きる民にも、行くべき道は二つあると説かれておりました。当時はよくある話でした。イエス様もここで、人生には二つの門と二つの道があるとお話になり、狭い門から入れとおっしゃいました。「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない」(十三、十四節)。この時代、町には城壁があって門がありました、門を通って町に入ります。京都や奈良もそうですね。町の内外を隔てる壁があって、羅生門や朱雀門などがあり、門にはたくさんの人が集まります。町に出入りするには必ず通らねばならない。しかしここで言われている門は、こういう町の門とは少し異なります。二つの門は違った終着点に通じているからです。どの門を通ると、どこに行きつくかはっきりしております。

通りやすい門は広いし、それに続く道も広いので、そこから入る人が多いけれども、イエス様は二つの門のうち、狭いほうの門から入りなさいとおっしゃいました。広い道という時の「広い」は、ただ幅が広いというだけでなく、繁栄を意味する言葉にも通じます。すべてがうまくいくように見えますから、当然人は広い道を行こうとします。それに対して、「狭い」と訳された形容詞は、ただ狭いというだけでなく、困難や苦労を意味する言葉から生まれた言葉ですし、「細い」と訳されている言葉は「窮屈な」とか「圧迫された」という意味を持つ言葉です。明らかに困難や苦労が暗示されています。狭い門から入って、細い道を行くようにという言葉を聞いて、弟子たちは、イエス様が十字架にかけられ、自分たちは迫害される生き方が待っているとまでは思わなかったかもしれませんが、イエス様に従って歩む信仰者の道は、人々から拒絶されることもありうる、困難で厳しい道だと思ったに違いありません。聞いているだけで身が引き締まったでしょう。

なぜ狭い門から入るのか、もちろん狭い門から入って細い道を行くと、命に至るからです。イエス様はわたしに従いなさいとおっしゃいます。山上の説教で今まで聞いてきたとおり、それは平坦で通り易い道ではなく実践は容易ではありません。しかし、その道は神の国に生きて、命に至る道なのです。しかも、ただ生きるだけの命ではなく「永遠の命に至る道」です。初代の教会では、キリスト信仰は「この道」と表現されました。使徒言行録の学びで何度も出会いました。

あるエピソードを紹介します。昔大いに話題になりましたが、最近映画ができて、再び注目されました『沈黙』という作品の作者、遠藤周作のことです。彼は敬虔なカトリックの母に育てられ十一歳で洗礼を受けています。戦前の軍国主義が強かった日本でクリスチャンとして育ちましたので、常に疎外感を感じておりました。「耶蘇教かぶれ」としていじめられました。いつも肩身の狭い思いをしたのです。戦後になって、彼は自由になり、ついに狭い門から広い門に移ろうとして、キリスト教それも自分の信じるカトリックの強いフランスに留学します。ここなら霊的に気の合う人たちと、いじめられずに暮らせるだろうと思ったのです。ところがフランスでも差別に遭います。戦後初の戦勝国と敗戦国との交換留学生としてやってきた遠藤は、敵方の「釣り目の東洋人」として今度は宗教差別ではなく人種差別の標的になったのです。日本でもフランスでもいじめられた遠藤は、行き場を失い信仰の危機に直面します。彼はキリスト者にとってあまりにも狭い道である日本で生きることを諦め、広いと考えたカトリック国にやってきたのに、そこも狭いことを知って、信仰をなくしそうになったのです。しかしイエス様の生涯を訪ねてイスラエルに足を運んだ時、狭い門から入りなさいとおっしゃったイエス様ご自身が、まさに人々から拒絶され、隣人から嘲笑され、家族から正気を疑われ、友人からは裏切られたことを発見します。この時、彼は初めて聖書を意識して読んだのです。彼が日本で思い描いたキリスト教は、ローマ帝国を支配した宗教であって、大聖堂のキリスト教、広い道を行く生き方でありましたが、キリストご自身はまさに苦難の僕であったことを知ったのです。何度も何度も申しましたが、イエス様の教えは、頑張って困難な道を行きなさい、最後はいいことがあるからという人生訓ではありません。イエス様に従う道、神の国に生きることです。まことの命、永遠の命に生きる道の入り口が狭いのは、日本でもフランスでも、どこでも同じです。しかし、イエス様に従うと、狭い門から入ることができます。主が先んじて行かれるのですから、自然にそうできるのです。遠藤はイエス様の姿を追う信仰の道を歩むようになりました。そして数々の優れた小説を発表しました。

続けてイエス様は「偽預言者を警戒しなさい。彼らは羊の皮を身にまとってあなたがたのところに来るが、その内側は貪欲な狼である。あなたがたは、その実で彼らを見分ける。茨からぶどうが、あざみからいちじくが採れるだろうか。すべて良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。良い木が悪い実を結ぶことはなく、また、悪い木が良い実を結ぶこともできない。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。このように、あなたがたはその実で彼らを見分ける」とおっしゃいました。なぜこのような話をなさったのでしょうか。一つ考えられるのは、イエス様の時代に、警戒すべき偽預言者がいて、活発に活動していたということです。新しい神のご支配のもとに生きるときに、障害になる教えを説く偽預言者が大勢いたということです。しかし、もっと身近に考えられる可能性は、イエス様を取り巻く人々や弟子たちの中に、羊のようにおとなしくしながら、忍び込んでくる貪欲な狼がいたということです。わたしたちに置き換えるなら、教会の中にいたということです。羊とは神の国の民を指しますから、神の国にも狼がやって来るということです。同じこのマタイによる福音書の二十四章に「偽預言者も大勢現れ、多くの人を惑わす。不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える」(二十四章十一、十二節)とあります。その偽預言者によって、群れのメンバーが狭い道から、通りやすい広い道へと誘われ、多くの人が滅びてしまうことが懸念されているのです。誰か特定の人々、例えばファリサイ派などを指してこうおっしゃったのでも、一般論としておっしゃったのでもなく、あなた方自身が羊の皮を身にまとった狼にならないようにと諭されたように思えます。「警戒しなさい」のニュアンスは、一、二度気を付けたら終わりではなくいつも、絶えず警戒を怠るなということです。教会は命に至る道の途上にあって、いつも気を付けていなくてはならないのです。

「あなた方は、その実で彼らを見分ける」とおっしゃいました。良い木は良い実を結び、悪い木は悪い実を結ぶので、実で見分けることができる、つまり実を見ればその木自体がよいか悪いかよく知ることができる、木を見ただけでは分からないかもしれないが、木になる実を見れば、よく分かるだろうとおっしゃっています。外に生えている木なら、実を見るまでもなく、葉っぱの形も枝ぶりの違いからすぐわかるでしょう。一方、近くで一緒にはえている木は同じような高さでよく似た葉をつけますと一見しただけではわかりませんから、これは内部の話です。悪い木は食べてはならない実を結ぶ、とおっしゃいました。偽預言者は、表向きはいい顔をしていても、結局は本質を隠せず、教えも生活もやがてほころびが生じ、おのずから分かるようになります。しかし、うっかりするとおいしそうな実、悪魔的魅力に引き寄せられ、それ故に、周りの人々に大きな影響を与え、重大な事態に陥ってしまうことも少なくないのです。神の遣わした預言者だ、大牧師だと宣伝していても、実は利益を求めているだけのインチキ伝道者はいつの世にも、どこの国にも大勢います。

「良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる」(十九節)は、バプテスマのヨハネが語った言葉(三章十節)と同じです。これが偽預言者の結末です。二十節の「あなた方は、その実で彼らを見分ける」は十六節の繰り返しです。短い間に、二度同じことをおっしゃいました。良い木を見分けるのが決して簡単ではないからでしょう。気を付けなければならないのは、良い実、悪い実を、この世での成果に結びつけて、多くの成果を上げることが良い実を結ぶこと、たいして成果が上げられないことが悪い実を結ぶことであると勘違いすることです。そうではありません。良い実とは清い実です。聖なる実です。つまり神がよしとされる実です。悪い実は、神がよしとされない実のことです。ですから、わたしたちの目には良い実がみすぼらしく、悪い実がよく熟した立派な実に見えることもあり得るということです。狭い門と広い門に通じる話です。旧約聖書でいえば清い動物と清くない動物のことです。肉を食べてもよい動物と、食べてはいけない動物に分けられていましたが、肉が腐りやすいとか、毒があるということではありません。豚も羊も肉そのものはどちらもおいしいのですが、神がよしとされるかどうかです。そうなりますと、やはり偽預言者とは、どこか外にいるのではなく、教会の中にいる、わたしたち自身がそうなる危険性がある、ということになります。

わたしたちの世代のものは子供のころから、「いろいろ理屈を言わないで、黙ってやるべきことをやりなさい」と教えられて成長しました。常に実行するかしないかが問われましたので、何かを実行する、やり遂げることに大きな価値を置いております。働かないで家でぶらぶらしている人は常に非難の的です。わたしも実行力が大切なことは否定しませんが、聖書は明らかにもう一つ別のことを問いかけております。それは、何を実行するのかということです。神によしとされること、み旨にかなったことを成し遂げようとしているかどうかです。良い実を、神が喜ばれる実をつけようとしているのか、そうでないのかという視点です。世の中に実行力のある人は多いですが、園児に教育勅語を暗記させ、外国人を敵視する価値観を幼児に教え込む学校を経営しようとするような実行力、利用できる政治家は最大限利用する実行力は、これは明らかに悪い実、神に喜ばれない実を結ぶ木でしょう。

わたしたちはどうしても倫理的に良いことをしようとして、神のみ心にかなうかどうかは問いません。良い実を結ぶと天国に行く、悪い実を結ぶと切り倒される、そんな聖書の読み方をしています。間違った聖書の読み方をしたがるのです。裏を返せば、何か良いことをして得意になりたいのです。ちょっとした良いことをして安心したい。すると必ず、そのようなちょっとした良いことをしない人を批判するようになります。わたしは教会で、ずっとこれを見てきました。なぜそうなるのか、答えは明らかです。わたしたちは不慣れで訓練されていないのです、神のみ旨を問うことに。よく考えてみますと、わたしたちは必ず何かを実行しています。家にいても、何かをしようと戦っていますし、たとえ寝たきりになっても懸命に生きようと戦っています。ある意味でみんな実行力があるのです。実行力に大きな差がないなら、テレビ・ニュースで目にする、まるでバカなおじさんと、自分はどこが違うのか問う必要があります。わたしたちはみ旨にかなった生き方をしているでしょうか。マラナ・タ教会は、み旨にかなった礼拝をしているでしょうか。良い実を結んでいるでしょうか。次週学びますが、少なくとも、口先で「主よ、主よ」と言うだけのものが、みな天の国に入るわけではないのです。

最後に、神のみ旨をどこに求めるのか、考えてみましょう。そもそも、わたしたちがみ旨を問わなくなったのは、問うても答えがわからない、一体何が神のみ旨かわからないからではないでしょうか。わからないので、開き直って自分のやりたいようにやるしかないのではと思うのです。わたしも答えはわかりません。若い時、わたしはこのことでたいそう悩みました。どうしたらみ旨がわかるのかと。尊敬する東京のある牧師に相談しました。彼の答えはこうでした。「久下さん、もしみ旨が分かれば、本当にそれに従いますか」と。もし神が、すべてを捨ててわたしに従いなさい、それがみ旨だとおっしゃったら、はいと言って従いますかと。ここでわたしは困ってしまったのです。自分の願いに沿うみ旨なら従いたいけれども、願いと違う場合は従いたくない。これがわたしの正直な気持ちでした。申すまでもなく、これはみ旨を求めていることにはなりませんね。自分の願望に神を従わせようとしている。み旨を求めるとは、自分を捨てて献身して生きる覚悟が要ります。長い時間が経って、幸い今のわたしは、毎日聖書を読み祈る中で、神ご自身がみ旨を示してくださると信じています。示された御心に従って歩むものでありたいと願っています。

「良い実を結びなさい」とイエス様はおっしゃいました。長く続いた山上の説教の結論の一つが、ここにありそうに思います。良い実を結ぶか結ばないかでふるいにかけられるのではなく、わたしたちはみな良い木にされたのです。だから良い実を結べるのです。なぜわたしたちが良い木なのか、お分かりだと思います。イエス様が十字架にかかって切り倒されてくださったからです。主の贖いの恩寵によって、今恵みによって生かされているからです。

 

祈ります。
父なる神様、たとえ狭く細い道であっても、どうかわたしを命に至る道に導いてください。わたしたちはあなたにすべてを委ねて歩もうと思っても、ちょとした困難に出会うとすぐよろめいてしまいますが、み旨に従って歩んでいけますよう献身する力を与えてください。マラナ・タ教会が、豊かに良い実を結びますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

7月9日の音声

 

2017年7月2日 聖霊降臨節第5主日
「求めよ、さらば与えられん」
マタイによる福音書 7章1~12節

山上の説教を聞き続けております。神の国の民の歩むべき道を、天に宝を積む生き方として、また思い悩みから解放される生き方として、お語りになりました。そして、もう一つ、とても大事なことを語られます。仲間と一緒にどのように生きるかということです。信仰者としてあなた個人はどう生きるのか、という問いも大切でありますが、共同体としてどう生きるのか、これは人間関係にも深くかかわる重大な事柄です。いつの時代でもおそらくもっとも難しい課題は、仲間とのかかわりです。

義に生きようとする人たちの間では、共同体の外の人たちとどう生きるのかという課題以上に、仲間同士での裁きあいが、必ずと言っていいほど障害になります。同じ価値や使命に生きる人同士のほうが、小さな違いに敏感に反応します。熱心な教会ほど裁きあいがあるのは現代も同じです。ひどい場合はいわゆる「内ゲバ」に発展します。仲間内に亀裂が生じますと、人間関係が密で似たもの同士であるだけに、深刻な裁きあいに発展する場合さえあります。新しい神の国では、「ファリサイ派」の義にまさる義に生きなさいと諭されました。するとどうしても避けて通れないのが、神の家族同士での裁き合いです。

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである」という言葉から今日の御言葉は始まりました。裁くなと言われたのは、現に弟子たちの間でも裁きあいがあったからでしょう。裁くとは善と悪を区別し、ふるい分けることです。裁かれたものは分離され、捨てられるか隅に追いやられるかします。そのふるい目の粗さは自分が決めるので、いつでも自分は正しく、相手が間違っている方に入ります。しかしイエス様は、そうなさいませんでした。裁くのではなく赦されました。ふるい分けるのではなく、神について知ろうとしなかった人、知ることができなかった人にも近づいていかれたのです。わたしたちの罪を購い、神との関係を正しくしてくださったのです。そこで神はわたしたちを義としてくださり、裁きではなく愛によって導いてくださるのです。ですから、神の国が来た今、もはや他人を裁く必要はないのです。こう考えますと、イエス様がここで人を裁くなとおっしゃっているのは、ただ他人を裁くなという意味だけではなく、自分自身をも裁く必要はないとおっしゃっているのではないでしょうか。人は時に自分を厳しく裁く場合もありますが、それは潔いようですが、やがてもっと厳しく他人を裁くようになります。自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量られる、とはなるほどと膝を打つ言い方です。

しかしこれは、皆どうせ罪びとなのだから、仲良くしなさいという仲良しの勧めではありません。続けてこうおっしゃいました。「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる」(三~五節)。「兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、自分の目にある丸太には気づかない」とは、面白い表現です。人は他人の目にある小さなごみには気がつきますが、自分の大きな欠点は見えないものです。裁きあいのある所には必ず生じることです。今神の国に生きるときに、相手の目をのぞき込んでごみを探す必要はありません。少々のことには目をつぶれという意味ではなく、愛し合う関係の中では、自分の目からも、相手の目からもごみを取り除くことができるということです。自分の顔は、役者のように仮面の下に隠して見えないようにしたうえで、相手の目のごみだけを指摘する人を「偽善者」と呼んでおられます。人は、神の御前に生きるとき解放されているのです。仮面は必要ありません。目に多少ごみがあっても、のびのび自分らしく生きることができます。

これに続く犬と豚の話は、どういう風に続くのか意味がよくわかりません。いろいろ調べてみましたが、よくわからないのです。それで、かっこの中に入れておくことにして、今は一応こう解釈しておきます。こういう共同体の戒めを、全く価値観の違う人に押し付けてはならない。あなた方、わたしと共に生きる者には大切な教えではあっても、裁きあうなという戒めを、誰にでも通用する教えとして、共有することは無理なのだ。この時代によく知られた格言のような言い回しではないかと思われます。いまでも、時々引用される表現です。イエス様を信じる生き方を、尊い生き方ですが、訳の分からない人に説いても受け入れられませんよというように、使われます。日本では「豚に真珠」は「猫に小判」といいます。

次の有名な言葉も共同体の生き方に深くかかわります。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」。普通わたしたちが求めるものの第一は、自分と家族の健康や生活の安定、それが与えられると今度は生きがいや達成感などです。子供たちの健全な成長や、仕事がうまくいくこと、あるいは人から尊敬されることを願い続けている人はたくさんいます。しかし、必ずしも求めどおりには与えられません。痛みの中で、祈りに祈り願いに願い続けたけれども、望んだような結果は与えられないということは誰にでもある経験です。それでも、イエス様のお言葉ですから、信仰者たるもの、そう信じなければならぬと考え、この御言葉を精神的なこととして理解しようとする人がたくさんいます。祈り求めることの大切さをお話しになっているのだ、というようにイエス様の教えを精神化します。体を伴う具体的な生き方ではなく、心の持ち方として受け入れ易くしようとするのです。「求めなさい、そうすれば、たとえ事実としては何も与えられなくても、前向きに頑張って生きる生き方が与えられるのだ」という具合です。しかし、どうもこれは引っかかる解釈です。腹の底にストンとは落ちません。

イエス様はこうおっしゃっております。「だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか」(八~十節)。つまりあなたが父親だったら、子供がパンを食べたいと言っているのに、石ころを与えないでしょう、とユダヤ人らしい極端なたとえで話されたうえで、「このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」(十一節)と、続けられました。つまり、ろくでなしの悪き父親でもそんなことはしないのだから、神を信頼して求める人に、神が悪しき物を与えられるはずがないとおっしゃったのです。端的に言えば、神に慈しみを請い願えばよい、期待していいのだということです。しかし、そう聞いて心から納得できますでしょうか。

直前には、腹を立てるな、姦淫するな、離縁するな、誓うな、復讐するなとあり、一見倫理を語っておられるように思えます。また、敵を愛しなさい、こう祈りなさい、こう断食しなさい、天に宝を積みなさい、思い悩むなと聞きますと、道徳を語っておられるように感じます。しかしイエス様は、心の持ち方やなすべきことに向かう姿勢といった、この世での生きるコツ、人生訓を語っておられるのではありません。イエス様が問題にされているのは、徹底して神とのかかわり、神とどういう関係で生きるのかということです。神の国での生き方です。この山上の説教を声に出して朗読しますと、すべて神との「関係性」に基づいて語られていることに気づきます。神がわたしたちに呼びかけ、こっちを向きなさいと促しておられるのです。これはとりもなおさず、わたしたちが天の父を見て生きているかどうか、わたしたちと神との「かかわり」が問われているのです。何度も申し挙げましたように、神との関係性が問われております。父なる神はすでにあなた方の願いをご存知なのだから、何よりもまず父のご支配を求めなさい、最も大事なものを第一に求めれば、もろもろの願いごとは全部、加えて与えられるとおっしゃいました(六章三十三節)。

イエス様のお言葉が、神のご支配、神の国への招きであり、わたしたちが招きに応えることを求めておられるのならば、どうしても、漠然とではなく、神にいったい何を求めるのかということが問われるはずです。イエス様は何を求めよとおっしゃっているのでしょうか。「求めなさい、そうすれば与えられるであろう」のところには、何を求めるのかという目的語がありません。また十一節、「まして、あなた方の天の父は、(○○を)求める者によい物を下さるに違いない」と、この部分も、何を求めるものかという目的語「○○を」なしに訳されています。ところが、原文には、はっきりと「彼を(アウトン)求めるものには」と書かれています。イエス様は「神を」求める人には、よきものが与えられるとおっしゃっているのです。「神に(アウトー)」何かを求めるのではありません。「神を」求めるのです。以前カトリック教会が使っていたラテン語聖書も、「父ご自身(ラテン語se、英語ならhimself)を求めるものには」と訳しています。神「に」何かを求めることと、神「を」求めることは違います。イエス様のこの教えが同様に出てくるルカによる福音書十一章では、「天の父は求める者に聖霊を与えてくださる」(ルカ十一章十三節)と、求める者に神が下さる「よいもの」とは「聖霊」であることがはっきり書かれています。聖霊とは、神の息、神からいただいた命です。つまりイエス様がおっしゃったことは、「パンを求める子供に石を与える父親はいないだろう。まして神を求めるわたしたちに神はご自身の命、聖霊を送ってくださらないことがあろうか」という意味です。

ここで誤解が生じるのは、わたしたちが旧約聖書の知識に乏しいことが一つの要因ではないかと思います。イエス様の時代、人々は聖書の詩篇や律法などは暗記しておりました。特に毎日唱える申命記の言葉、「聞け(シェマー)、イスラエルよ」ではじまる「シェマー」は完全に身についておりました。御言葉がしみ込んでいたのです。肉となり骨となっておりました。申命記四章を、お読みします。「あなたたちは、あなたの神、主を尋ね求めねばならない。心を尽くし、魂を尽くして求めるならば、あなたは神に出会うであろう」(申命記四章二十九節)。懸命に神を求めるならば、あなたたちは神に出会えるというのが律法の教えです。イエス様の言葉「求めなさい、そうすれば与えられる」を聞いた人たちは、すぐにこれは神を求めよとおっしゃっていることが分かったはずです。目的語をはっきり言わないのは、神と口にするのが恐れ多いからであって、わたしたちが連想する、なにか「願い事」ではなかったのです。

それでは神を求めるとはどういうことでしょうか。詩編に実例を見ます。詩編四十二篇をお開きください。六節、「なぜうなだれるのか、わたしの魂よ、なぜ呻くのか。神を待ち望め。わたしはなお告白しよう、『御顔こそ、わたしの救い』と。わたしの神よ」(詩編四十二篇六節)この言葉が繰り返されます。この詩編作者の信仰は、自分の置かれている恐ろしいほどの困難の中で、「いつ御前に出て、神の御顔を仰ぐことができるのか」という三節の言葉に言い表されております。礼拝ができないような状態に置かれてしまったのです。その中で、いつ礼拝することができるのだろうと言っています。神を求めるとは言うまでもなく礼拝して神を拝もうとすることです。それ以外にはありえません。心の中で神を想うなどという精神化された修行のような行為とは違います。なんらかの事情で、礼拝できなくなることがあります。その時礼拝したいと思う人が、神を求める人です。声を上げて賛美を歌い、信仰の言葉を唱え、祈り、献身の思いを言い表したいと願うことです。朝一人で手を合わせる敬虔さとは違います。神を信じる群れの中で皆と一緒に共に礼拝すること、これが神を求めることです。共同体として礼拝する、これが神を求める具体的なありかたです。

初代のキリスト教徒は、イエス様のおっしゃった「聖霊を下さる」という教えの意味を、初めから「教会」に見出していました。何か精神的なことではなく、目に見える教会生活です。昔も今も、わたしたちは礼拝のたびに「使徒信条」を唱えて申します。「われは聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交わり、罪の赦し、・・」。教会といえば建物、信者が集まる場所だと、大変しばしばこの見える教会、聖徒の交わりは誤解されています。しかし、教会は単なる建物でも、信者の集まりでもありません。教会は、神のものとされた人たちが集まって生きるところ、聖なる御神と顔と顔を合わせてお会いする場所、聖徒の交わりの場所なのです。ここで聞かれた御言葉が、わたしたちのそれぞれの生活において生きて働く時、まさに聖霊なる神が働いてくださいます。教会は父なる神がわたしたちと共に生きて働かれるところなのです。

「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。これこそ律法と預言者である」(十二節)。これは、「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(五章十七節)で始まった山上の説教の中心部分の締めくくり、つまりイエス様の信仰解釈の締めくくりになっています。この教えを十八世紀にジョン・ウェスリーが「黄金律」と呼びました。人が何かをしてくれるのを待つのではなく、自分のしてほしいことを、他人に対して先にするようにということです。それこそが旧約聖書の教えの中心だ、急所なのだとおっしゃったのです。聖霊の働く中で共に礼拝する、神を求めるならば自然にそうなりますし、そうできるようにしてくださったのです。これが神の国に生きる民に与えられた恵みです。イエス様の説教の結びの一つです。

祈ります。
父なる神様、わたしたちを義としてあなたとの正しい関係の中におき、裁きではなく愛によって導いてくださっていることを感謝します。あなたを求めるわたしたちに聖霊を送ってくださり、わたしたちと共に生きて働いてくださっていることを心より感謝します。どうかこれからも、わたしたちがずっとあなたを求め続け、あなたに従って歩み、人からしてほしいと願うことを、先んじて自ら人にしていくことができますよう支え導いてください。マラナ・タ教会に神の国を見せてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

7月2日の音声

 

2017年6月25日 聖霊降臨節第四主日
「思い悩むな」
マタイによる福音書 6章22~34節

イエス様の説教は実に巧みです。ある時はゆっくり話されます。ある所に一人の王がいた。あるいは農夫がいた。そしてね、こうだよとたとえを使って、聞き手を引き込むように話されます。分かり易いようでいて、考えさせる深みのある話です。しかしある時は、畳み掛けるように真っ直ぐに、調子よくどんどん話されます。今日聞きましたイエス様の説教も、後者です。「思い悩む」という言葉が二十五節以下、六回もポンポンと繰り返されております。

「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか」(二十五節)。だから君たちに言っておくといういつもの力強い言葉に続けて、イエス様は命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むなとおっしゃいました。最初の「思い悩むな」です。「心配するな」でもいいでしょう。ここで言われているのは、おいしいものとか好きなものという食べ物や、身だしなみとしての衣服ではなく、命を保つのに必要な食物や水、そして、体を守るための衣服で、生きていく上で必要不可欠のものについての心配です。命のこと、体のことです。気持ちの持ちようではなく、もっと深く生き方にかかわる教えです。たくさんある中からどれを食べるか、何を着るのかというぜいたくな悩みでは決してありません。これらの不安は、食べ物がなくなってしまうのではないか、着るものがなくなってしまうのではないかという恐れから生まれる不安です。この先、悪いことが起こるのではないかという将来の恐れで、今、心が一杯になってしまうのです。どこかで読んだのですが、わたしたちの将来への不安のうちほとんどは杞憂だそうです。しかし、ごく一部は不安が的中し現実になります。九十九%大丈夫だと言われても、少しは的中するのであれば、万が一ではあっても、やはり心配です。

心配するわたしたちに対し、イエス様はおっしゃるのです。誰もが知っている有名なフレーズです。「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ」(二十六~三十節)。思い悩むのではなく、ほら、鳥や花を、周りをよく見なさいと言われます。鳥や花は、自分が生きていくためには何もしていないが、神が養ってくださるまま、神に頼り切って生きている。自分がしなくてはならないと思い悩んでみても、自分の頑張りでは寿命をわずかでも延ばすことも、野の花の一つほどにも着飾ることもできない。あなたたちも、自分で自らを養おうと思い悩むことはせず、神にすべてを委ねなさいとおっしゃいました。そういう心配をする弟子たちを「信仰の小さい(薄い)ものたちよ」と呼んでおられます。

鳥は、確かに種まきをしませんし、刈入れもしませんが、だからといってのんびり、十分に養われて生きているのではありません。朝から晩まで餌を探してあちこちと飛び回っています。それが証拠に、ゴミ出しの日のカラスによる惨状を見れば、いかに鳥が必死かわかります。もし鳥がしゃべることができたら、「毎日大変だ、餌がなかったらどうしようと思い悩んでいます」と言うかもしれません。花もそうです。日照りや熱風で一晩にして枯れてしまいます。しかし、ここではそんな生物学的なことが言われているのではありません。イエス様の弟子たちは、すでに仕事をやめて従ってきた人々が多かったでしょう。将来については不安があったはずです。一方で、イエス様と弟子たちは懸命に働いている人々に支えられていたはずです。わたしたちが知っている人々、例えばザアカイも、マルタもマリアも、ガリラヤの婦人たちも、奴隷たちも、懸命に働いていた人です。種を蒔き、刈り入れをし、倉に納めている人たちです。一見のんびりしているように見える鳥ですら神が養ってくださいますし、人が育てているのではない野の花がどのように育つか考えたら、このような真面目に働いている人々に、神が目を留めてくださらないはずがあろうかと力強く語られたのです。

この言葉を捻じ曲げて誤解する人はここにはいないでしょうが、言葉のまま表面的に受け取りますと、まるでのんびり気ままな生活を勧めているかのようにも聞こえます。しかし、この文章は山上の説教の中で、「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」(二十四,二十五節)の後に語られています。神にしっかりと仕えるという前提での話です。
「だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(三十一~三十三節)と「思い悩むな」を重ねます。空の鳥や野の花を見て学び、思い悩むな、と繰り返されたのです。天の「父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなの」(八節)です。この信頼をもって、「まず神の国と神の義を求めなさい」とおっしゃいます。何度も申し上げましたが、神の国は神のご支配と言い換えられますし、神の義とは神との正しい関係のことです。まず神のご支配の中に生き、神との正しい関係を求めなさいとおっしゃいました。

具体的にどうすればいいのでしょう。こういう時、わたしたちはやはり、聖書の言葉、イエス様の言葉に注意深く向き合わねばなりません。それと同時に、イエス様のお顔を見なければなりません。イエス様を見あげて従うのです。いつも申し上げますが、説教は目をつぶって耳で聞いていてはわかりません。み言葉は目で聞きます。イエス様のお言葉をしっかりと受け取るには、イエス様を見上げなくてはなりません。主の御顔を仰ぎ見ればすぐにわかります。イエス様の御顔は、この世の思い悩みで満ちていることが。イエス様は、わたしたちのつらい思いを知って、心配してくださっております。思い悩むなとおっしゃる主は、弱っているわたしたちに、大丈夫だ、頑張れとおっしゃっているのではありません。わたしたちの思い悩みを引き受けてくださっているのです。だから、わたしたちは思い悩まないで健やかに生きられるのです。安心して、従えばいいのです。イエス様は、この山上の説教で、神のご支配と、神と人との関係の正しさ、義について、繰り返し、繰り返し教えてくださいました。わたしたちは教えていただいたように、「御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも」と祈ればいいのです。何よりもまず、神の国と神の義を求めれば、何が必要かをご存知の天の父は、命と体に必要なものは、みな加えて(神の義に添えて)与えてくださるのです。主の祈りと、今日一日の苦労に生きるのとは同じです。「祈りかつ働く」をモットーにしたらいいのです。

「だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である」(三十四節)。「だから、明日のことまで思い悩むな」という言葉で「思い悩むな」を繰り返された後の、締めくくりの言葉「その日の苦労は、その日だけで十分である」は、とても大切です。ここでいう苦労は、苦労しても何かいいことがあるから頑張りなさい、とか、苦労も悪くはないよ、特に若い人には、という場合の苦労ではありません。日本語のニュアンスとは違って、悪いこと、いやなことです。もう少し原文のニュアンスを生かすと、「もう十分だ。一日に、その日一日分のつらいことがあれば」となります。毎日つらいことがあるかもしれない。それだけで、もう十分だ、それ以上の苦労で悩むのは止め、今目の前のつらいことに本気で向き合って、誠実に生きなさいとおっしゃったのです。だから「明日のことまで思い悩むな」とおっしゃったのでしょう。これを聞いて、両親はクリスチャンではなかったけれど、そんなことを聞いたことがあると思われた方もいらっしゃるのではないでしょうか。わたしもキリスト者でなかった父から、よく聞かされました。「明日のことを思ひ煩ふな。明日は明日みづから思ひ煩はん。一日の苦労は一日にて足れり」と。江戸時代の武士の家庭でも、明治・大正期の普通の家でも、食べ物のことで文句を言うな、着るものに気を使うなくらいのことは言っていたでしょう。明治時代、最初にキリスト者になったのは士族ですが、キリスト教倫理と武士の倫理はよく似ている気がします。しかしもちろん、イエス様は、生き方のコツ、気持ちの持ち方を問題にしておられるのではありません。わたしの説教を継続して聞いてくださっている方は、「倫理でもなく、教訓でもない」という言葉を耳にタコができるほど、お聞きになっておられますからおわかりでしょうが、信仰のことなのです。福音に生きる生き方の話です。よく似ていますが、話の根底が異なります。

具体的に、今日なんらかの苦労がありますと、なぜわたしにはこんな苦労があるのか。明日はどうなるだろう。もっとましになるだろうか。あの時、もっとこうしておけばこんなことにはならなかっただろうに。あのせいでこうなったのではないか。いろいろ考えてしまいます。苦労がしんどいのは、実際のしんどさ以上に、素直にその苦労に向き合うことができず、それを受け入れることもできないからです。その結果いつまでも、その苦労から離れられないのです。いま、歳をとって冷静に振り返ると分かるのですが、思い悩むというのはやはり一種の病です。いくら心配しても健康になることはありません。艱難汝を玉にす、というのは嘘です。それはちょっとした困難であって、受け入れられない苦労や心配をし続けると人間性が病んでいきます。

イエス様は、「思い悩むな」とおっしゃるけれども、なぜか、わたしたちは、打ちひしがれ、苦労が絶えません。それは信仰がないせいではなく、むしろ信仰者だからではないのかとも思えます。敵といえども愛しなさいとか、右のほほを打たれたら左のほほも出しなさいとか、信仰上の兄弟、仲間に腹を立てるなとか、どれ一つをとってもきちんとできそうもありません。しかし、聞いてしまった以上、怒鳴ったり他人に冷たくしたりせず、クリスチャンらしく優しく上品に生きなければと努力するので、ストレスが溜まってかえって苦労が多いのです。いっそ、ありのまま生きることができたら、苦労も減るのではないか、などと思うかもしれません。しかし、そういうことではありません。大切なのは、神との関係です。神を信じて、明日起こるであろうすべてのことを、神に委ねることです。顧みてくださるお方がおられるのですから、心配しなくもよいのです。これが信仰者の生き方です。明日の備えをするなとおっしゃったのではありません。明日のことも支配してくださる神に信頼せよ、と教えられたのでしょう。

最後に今日最初に聞きました、「体のともし火は目である」というイエス様の言葉に戻ります。イエス様は「体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い。だから、あなたの中にある光が消えれば、その暗さはどれほどであろう」(二十二、二十三節)とおっしゃいました。目が澄んでいれば、光が目を通して入ってきます。素直な目で見れば、いろんな物事を投影させて見るのではなく、惑わされずに純粋に見ることができるので、明るく見えます。濁った目で見ますと、物事が曖昧にしか見えません。善意を受け入れられないで暗黒を作ります。わたしたちは神のご支配を、澄んだ目で見なければなりません。空の鳥を見、野の花に目をとめます。するとそこに神の働きを見ることができるのです。わたしたちは生まれながらに、神の御業を知ることができます。なんと幸いなことでしょうか。

祈ります。
天におられるわたしたちの父よ、
御名が崇められますように。
御国が来ますように。
御心が行われますように、天におけるように地の上にも。
すべてを支配される神、願う前からわたしたちに必要なものを知り、与えてくださっていることを感謝します。わたしたちはともすれば、何もかも自分で決め実行していると錯覚し、思い悩みがちです。あなたの御業をしっかりと見ることができるよう澄んだ目を与えてください。そして、思い悩みを捨て、すべてをあなたに委ね、あなたを見上げて歩んでいくことができますよう支え導いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン

6月25日の音声

 

2017年6月18日 聖霊降臨節第三主日
「善い行い」
マタイによる福音書 6章16~21節

今、「断食」という言葉を聞きますと、体重や、血中コレステロールの値が、まず思い浮かぶのではないでしょうか。断食道場で、体重を落とし、内臓脂肪を減らす。健康維持法の一つです。けれども、イエス様の時代のユダヤでは、貧しい人への「施し」、神への「祈り」とならんで、「断食」は宗教上の慣習における大切な行為でした。神から離れてしまっていたことや、犯してしまった罪に対する、悲しみの表現や悔い改めの表現として、また神の前での謙遜の表現として大きな意味を持っていました。昔は全体的に今ほど栄養が行き届いておりませんでしたから、例えばたんぱく質もヴィタミンも摂取量が低かったでしょうから、断食は健康を著しく損なう恐れがありました。しかし、神の恩恵を得る手段としてみんなが行っていた善い業、神の前に正しい行為、「義」だったのです。

「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。あなたは、断食するとき、頭に油をつけ、顔を洗いなさい。それは、あなたの断食が人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」(十六~十八節)。

六章に入って、まず一節以下で「施し」について、五節以下で「祈り」について、そして、今日聞きました十六節以下では、三つの善い行いの残りの一つ、「断食」が取り上げられています。いずれの場合も「・・・するときには、あなたがたは偽善者のように・・・してはならない。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。あなたは、・・・するとき・・・。それは、人に気づかれず、隠れたところにおられるあなたの父に見ていただくためである。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」という同じ形で、人前で善行を行うことを戒め、隠れたところで神の前で行うように勧められています。

ところで、一般のユダヤ人は年に数度、新年や身を戒める日に断食をしました。敬虔なユダヤ人といわれる人は、年に十回ほど、ほぼ毎月断食をしました。国民として一斉にしたこともありましたし、必ずしも宗教的規則というわけではありませんが、半ば定めのような断食もありました。しかし、断食という行為は、特殊なことでもあって、ややもすると形式的になったり、人に見せるものになったりしがちでした。旧約聖書で断食に触れた個所は多いのですが、こういう厳しいことも言われております。「見よ お前たちは断食しながら争いといさかいを起こし 神に逆らって、こぶしを振るう。お前たちが今しているような断食によっては お前たちの声が天で聞かれることはない。そのようなものがわたしの選ぶ断食 苦行の日であろうか。葦のように頭を垂れ、粗布を敷き、灰をまくこと それを、お前は断食と呼び 主に喜ばれる日と呼ぶのか。わたしの選ぶ断食とはこれではないか」(イザヤ五十八章四から六節a)と告げてから、本当の断食とはこういうものだ、と続きます。一方で、きわめて個人的な悔い改めの断食もありました。「主はウリヤの妻が産んだダビデの子を打たれ、その子は弱っていった。ダビデはその子のために神に願い求め、断食した。彼は引きこもり、地面に横たわって夜を過ごした」(サムエル記下 十二章十五,十六節)。ダビデがバト・シェバとの間にできた子を生かしてくださるようにと願いに願って、夜を徹して祈った断食もあったのです。

イエス様がここで取り上げられておられるのは私的な断食です。その断食について、施しや祈りのときと同じようにまず、「偽善者のようにするな」とおっしゃっています。断食そのものを否定されたのではなく、断食をするときの姿勢について語っておられます。「わたしは主なる神を仰いで断食し、粗布をまとい、灰をかぶって祈りをささげ、嘆願した」(ダニエル書 九章三節)のように、ダニエルは心からの悔い改めをもって、断食し粗布をまとい、灰をかぶって祈りましたが、イエス様の時代には、断食していることがみんなに分かるように、食べてないぞとアピールするため、沈んだ顔つきをして、顔を見苦しくし、いかにも断食中ですと見せびらかす輩がいたようです。ここで「顔を見苦しくする」とは、頭に灰をかぶって、その灰が汗でぬれて顔に垂れ、髭に引っ付くのに任せ、いかにもげっそりしているかのように振る舞うことです。そうしますと「あの人は断食しているのだ、立派な人だ」と褒められます。しかし、人からの称賛を受けてしまうと、もはや神からの報いは受けられなくなります。「彼らはすでに報いをうけている」(十六節)からです。それではいけないとイエス様はおっしゃり、あなた方、神の国の住民、神のご支配の中に生きる者は、「頭に油をつけ、顔を洗いなさい」と教えられたのです。頭に油をつけ、顔を洗うのは、祝宴に出かけるときのマナーです。普通のユダヤ人は綺麗好きでしたから、みんな少し改まった時はそうしておりました。断食中でもいつも通り、小綺麗にしなさいということです。言うまでもなく、化粧の勧めや身だしなみに関する教えではありません。他人を意識した断食にならないように、人目につかないようにしなさいと言われたのです。そうすれば「隠れたことを見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださる」(十八節)と、これもまた同じことを繰り返されました。

偽善者と訳されている元の言葉は、先週も申し上げましたが、役者のことで、仮面をつけて演技をする人のことでした。イエス様は演技することが悪いとおっしゃったのではありません。役者は、演技が演技でなく真実であるかのように演じますし、それが名優です。お客に見せるため、真に迫った演技を目指します。いったん演技がよくできると人々から賞賛を受けてしまって、もはや大切な神からの報いが受けられなくなります。神から報いを受けることこそ大切なのだから、役者のようにはなるな、神に見ていただきなさいとおっしゃったのです。自己満足のためでも、評価されるためでもなく、人目を排除し、人からの報いを期待しないで善行を行いなさいということです。そうすることによって、善行は初めて自然なものとなり、神との正しい関係の中での行為になるからです。何度も繰り返して申しあげることになりますが、劇場でお芝居をする人を批判なさったわけでも、謙遜や倫理を教えられたのでもありません。神との関係、神の子とされた者の姿勢を教えられたのです。

ルカによる福音書十八章を見ますと、イエス様がたとえでお話になった中に、週二度断食するファリサイ派の人が出てきます(十二節)。当時こういった断食の習慣をきちんと守る人は、神に受け入れられた人、尊敬に値する人と見られておりました。ところで、「そのころ、ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、『わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか』と言った」(九章十四節)と書かれていますように、福音書を注意して読みましても、不思議にイエス様の弟子は、断食した様子が伺われません。イエス様はそれほど積極的には断食を勧められなかったように感じます。肉体労働者の漁師が断食などすれば仕事になりません。イエス様の弟子には、漁師が何人もおりました。しかし、イエス様ご自身は、悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた際に、四十日間、昼も夜も断食されました(四章一、二節)。教会も断食しました。使徒言行録には、「彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。『さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために』。そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた」(使徒言行録 十三章二、三節)のように、初代教会が宣教者を派遣するとき、断食が祈りと結びついて神の働きとして重要な役割を果たしたことも記録されていますし、「また、弟子たちのため教会ごとに長老たちを任命し、断食して祈り、彼らをその信ずる主に任せた」(同十四章二十三節)とありますように、長老を選出するときにも神の御心を求めて断食をしながら祈りました。伝道する、教会を形成する業として、喜びに生きるわたしたちも断食することがあります。わたしはこれまで一度しか断食して祈ったことはありません。そのたった一度は、マラナ・タ教会が立っているこの土地を買うかどうか決断した時です。この決断が御心にかなっているかどうか、考えに考え、計算に計算を重ねましたが、出てくる答えは「普通では不可能」でした。最後は断食して祈りました。たった一日でしたが、不思議にすっきりと、買いなさいと言われている気がしました。

信仰者が最も警戒せねばならないことは、神に向かってなされるべきことが、人に対してなされるようになってしまうことだと、イエス様は、施し、祈り、断食の三つの例を挙げて教えられました。神が愛してくださっていることを知り、その愛に応えていくことだけが、そのような偽善に陥ることからわたしたちを守るのです。

今日はこれに続いてもう一つの御言葉が与えられています。「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ」(十九~二十一節)。

広い家に格好良い車。宝石に絵画。そのように贅沢なものまではいかなくても、ある程度豊かに生きていくためのお金、食べ物や服。現代に生きるわたしたちは、いろんなものを所有したいという願望を持ちます。旧約の時代も、神の祝福とは、長寿、子沢山、そして、財産があることでした。イエス様は、地上に富は積まず、富は天に積みなさいと言われました。一体、富とは何でしょうか。またイエス様は、「あなたの富のあるところに、あなたの心もある」ともおっしゃいました。これはまことにもっともで、よくわかる表現です。三十歳になった時、初めて自分が勤めている会社の株を買わされました。少量でしたから富といえるほどのものではありませんでしたが、それでも毎日それまで見たこともなかった新聞の株式欄を見て、株価を確かめるようになりました。息子が北海道の大学に進学したときは、毎日札幌の温度や天気が気になりましたし、アメリカ生活で小切手を使う生活になりますと、きちんとお金が入金され、また出金されているか、それまでまったく気にしていなかった口座の残高を確かめるようになりました。この習慣は身についてしまって、我が家ではお金の管理は今もわたしがしております。このように、富のあるところに心もあるのです。だから富は天に積みなさいと、おっしゃったのでしょう。富をあらわすギリシア語には、マモーンがありますが、いまは普通悪い意味で使います。偶像としての富。強欲とか拝金主義を指します。ですがこれはアーメンからきた言葉です。「その通り、まことにそうです」がアーメンです。人にお金を預けるとき、受け取った方は確かに受け取りました、アーメンというのですが、この受け取ったものをやがてアーメン、マモーンというようになったそうです。預かった方はこれを利用して儲けることができます。やがて財産をも意味したようです。

地上の富とは、安心を保証するための財貨、資産でしょう。悪いものではありません。しかし、高価な織物は虫に弱いものですし、当時の家は簡単に盗みに入れたようですから、地上の富は、一生懸命貯めておいても虫が食ったり、さびたり、盗られたり、壊され消えていくものだったのです。これに対し、天では、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込んで盗み出すこともないと言われます。では、天に積む富とは、何でしょう。これまで三つの善行について見てきました。人に気づかれないように善い業を行えば、隠れたことを見ておられる神が報いてくださるという話でした。この文脈で考えると、天の富とは「神からいただく報酬」に違いありません。自分で積み上げなくても神が積み上げてくださる宝であり、永遠に持続され得るものです。自分の行為によって獲得するものではなく、神により頼んで生きるときに与えられるものなのです。この天に宝を積むことができれば、富のあるところに、心もあるのですから、わたしたちは神との正しい関係の中で、生きていくことができるのです。

それは、この山上の説教でイエス様が最初に「幸いだ、幸いだ」とおっしゃったことにつながります。わたしたちは幸いな生き方ができるのです。神に見ていただく生き方です。脅迫観念から解放された生き方です。先週、マラナ・タでの牧師勉強会にウィクリフの宣教師が来ました。未開地のジャングルにも出かけていきます。現地語による聖書翻訳のためです。どこへも行かないで家で家族の面倒を見ている人もいます。どちらが素晴らしくて、どちらかがダメということはありません。遣わされたら、どんなところへでも喜んで行けばよいし、留められたなら、そこに留まって祈ればよいのです。どこにいようとも、神はわたしたちを見ておられます。神がともにおられるなら、どこに行っても、そこは天の国です。人がどのような人生を歩むか、それは色々ですが、天に宝を積むことが大切です。神の国、神のご支配はすでに来ているのです。すべてを神に委ね、神を見上げて歩みましょう。神は共にいてくださいます。

祈ります。
父なる神、いつも深い憐れみをもってわたしたちを見ていてくださり、応えてくださることを感謝します。わたしたちは、ともすると人の目を気にしがちですが、隠れて善行を行えるよう導いてください。地上にではなく天に、富を積むことができますように。あなたを見上げて歩む、この幸いな生き方をどうか全うさせてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

6月18日の音声 

 

2017年6月11日 聖霊降臨節第二主日 三位一体日
「まことの祈り」
マタイによる福音書 6章5~15節

教会では祈りが奨励されます。祈らない教会はありません。特に熱心に祈るある教派の牧師の中には、早朝まだ暗いうちから山に行って、一人で祈る人もおります。寒いので毛布を抱えて行きます。わたしが尊敬する牧師にもそういう人がおりました。ところがわたしは、そうした早朝の山行きことをしたことがありません。健康のため散歩することはあっても、毛布を持って祈りには行きませんでした。特に不真面目だったとか、信仰に熱心でなかったからというよりも、わからなかったのです。主なる神は、わたしどもの必要をよくご存じです。暗いうちから山に行って祈らなくても、すべてをご存じなのだから、何もそこまでして祈らなくてもいいのではないか、そういう気持ちがずっとありました。加えて、熱心に祈る人は、それがわかると立派な信仰者だと人からの賞賛を受けるはずなので、もはや神からの報いが必要なくなるではないかと感じていたのです。マタイによる福音書六章で、イエス様がはっきりそうおっしゃっているのではないか、それがわたしの疑問でした。さらに他人からの賞賛だけでなく、一番引っかかったのは、祈っている自分を見ている自分がいて、なかなかよく祈っている、感心だ、いいクリスチャンだと、充実感に満たされて、自分で自分をほめることになるのではないか、それは右の手がしていることを左の手がほめているようなもので、イエス様がしてはならないとおっしゃっている偽善ではないのかという思いでした。

もうひとつ、わたしが若いころ指導を受けた祈りに熱心な福音派の牧師は、出勤中の満員電車の中は、祈りに最適だと教えてくださいました。誰にも邪魔されずに、知っている人は周りに一人もいないので、吊革にぶら下がって二十分なり三十分集中して祈れるとおっしゃったのです。当時の満員電車は今とは違ってぎゅうぎゅう詰めで本を読むどころではありませんでした。孤独で、少々ぶつぶつと祈っていても、だれも気にしないからと言うのです。いつでもどこでも祈れるよう、目を開けたままでも祈れるよう訓練をせよと教わりました。わたしは、この先生の影響で、牧師になるまでの長い社会人生活の中で、仕事中、食事の前、通勤中に祈っておりました。特別に祈る時を取るのではなく、生活の中で祈っておりました。

今日聞きました福音書の中で、イエス様もこの問題に触れておられます。「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている」(五節)。イエス様の時代のユダヤ人には、貧しい人への施し、神への祈り、断食が、最も大切な善行、神の御前における義のわざとされておりました。ですから、決まった時刻が来ると、会堂や大通りの角に立って、祈る人がいたようです。人目をまったく気にしない人もいたかもしれませんが、しかし、祈りが「人に見てもらうため」になりますと、それは神に向けられたものではなく、人間に向けられたものになってしまいます。そうなりますと、施しをするときと同じで、彼らは既に報いを受けている、つまり人間の間で計算が済んでしまっていることになってしまうのです。個人の祈りは、神だけに向かうものでなくてはなりません。

これに続いて「あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」(六節)とあります。これは誤解されやすいのですが、祈りは人に見せないで隠れて戸を閉めて祈りなさい、目立たないことが大事なのだという教えではありません。この当時の家は、人間と家畜がしばしば一緒に暮らしておりました。狭くて暗い家です。簡単な仕切りで人と家畜が隔てられております。その奥は一段と低くなっていて、いわば半地下室になっておりました。ここに貴重品と食料が保管されていたのです。奥まった自分の部屋とは、この地下室のことです。他人は入りません。隠れた場所です。ここは神からいただいた大切な宝物が収められているところであり、一人になれるところでもあります。宝の傍で、つまり神の近くで、人を気にせず神に対して祈ることのできる場所です。この教えは謙遜の教えではありません。ここまでと同様に、神との関係を強調しておられるのです。

「また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。異邦人は、言葉数が多ければ、聞き入れられると思い込んでいる。彼らのまねをしてはならない。あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ」(七~八節)。ここで言われているのは祈りの長さや繰り返しのことではありません。多神教の人たちは、自分の知る限りの神の名を、落とすことなくすべて呼ぶために、祈りを長い神の名の羅列から始めることがあったようですが、ユダヤ教でもこれに似た、「主よ、わたしたちの神、わたしたちの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、いと高き神、・・・」というように多くの呼びかけを連ねた祈りがあったようです。これを戒められたのです。わたしたちはこのような神の名を連ねて呼びかける祈りはしませんが、困ったときや苦しい時には、何度も神の名を呼び、何とかしてくださいと祈ります。しかし、イエス様はそのような願いごとを並べ立てる祈りはもういらない、あなたがたの父は、願う前から、あなたがたに必要なものをご存じなのだ(八節)とおっしゃるのです。神はわたしたちよりもっと正確に、わたしたちに本当に必要なものを知っていてくださるのです。

そしてイエス様はおっしゃいました。「だから、こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも。わたしたちに必要な糧を今日与えてください。わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください』」と(九~十三節)。わたしたちが毎日唱えている「主の祈り」です。イエス様はわたしたちにまず、「天におられるわたしたちの父よ」と呼びかけるように教えられました。「父よ」と訳されていますが、イエス様が使っておられたアラム語では「アッバ」です。「アッバ」は、聖書には三回出てきます。これは幼い子どもが父親に呼びかける言葉です。イエス様御自身が祈りの時に使っておられました。ゆるぎない信頼に溢れています。この「お父さん」、あるいは「おとうちゃん」という言葉で呼びかけなさいとイエス様は言われたのです。単純であることと親愛からくる神の近さが重要視されています。

わたしたちが、天地の造り主であり全世界の王である神を「お父さん」と呼ぶことができる。それは決して当たり前のことではありません。古代社会にあって神を「おとうさん」と呼ぶ例はイエス様以外にはありません。「主権者なる主よ」とか、「宇宙の王なる方よ」などと仰々しく祈っておりました。世界の創り主に親しく語りかけるなどということは、本来ならあり得ないことですし、今まで自分がどう生きてきたのかを考えると、なおさら、「おとうさん」と親しげに語りかけるなど考えられないことです。神を無視し逆らって歩んできたわたしたちが、まことの神の御前に出るならば、恐れおののかざるを得ないはずです。罪を犯してきたわたしたちが、この世界を正しく裁く権威をお持ちである御方に対して、イエス様と同じように「お父さん」と親しみを込めて呼びかけるなど、できるはずがありません。しかし、そのあり得ないことが許されているのです。イエス様がわたしたちの罪の贖いのため十字架にかかってくださったからです。わたしたちの罪を担ってくださったので、わたしたちは義とされ神との正しい関係の中に置かれました。そのわたしたちに、イエス様だからこそできる祈りを教えてくださり、「お父さん」と祈りなさいと言ってくださったのです。すべては神の愛から出た、一方的な恵みです。直接親しく呼びかけられること自体が、実は既に神の愛の現れなのです。わたしたちは愛されている子どもとして、祈ることが許されているのです。

そのように神に愛され、「お父さん」と呼べる神の子どもとされた者として、父を愛して生きていく、それがわたしたちの信仰生活です。神の愛を獲得するために信仰に励むのではありません。厚意を得るために敬虔な生活をするのではありません。自分が差し出す何かと引き替えに神の愛を得ようとするのは、子どもらしい姿ではありません。子どもは初めから父に愛されているのです。わたしたちは愛されているのです。だから愛されている者として、ご愛に応えて生きていく、一方的に恵みを与えられた者として、その恵みに応えて生きていくのです。お父さん、ありがとうと呼びかけます。

子どもが父を愛する時、父の関心事が子どもの関心事にもなります。医者の子が医者に、大工の子が大工になるのは珍しいことではありません。父の望んでいることを子どもも望むようになります。父がどのようなことを考えているのか、父を愛している子どもなら、もっとよく知りたいと願うようになり、父が願っていることが実現することを、子どもも願うようになるでしょう。そこで、父から愛され父を愛する子どもとして祈る、「天にいますわれらの父よ」に続ける祈りとして、三つの祈りをイエス様は教えてくださいました。「御名が崇められますように」「御国がきますように」そして「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」です(九、十節)。主の祈りの前半部分です。

「御名が崇められますように」。このような祈りが求められるのは、神の御名があがめられていない、むしろ汚されているという現実があったからでしょう。神が神とされていない。主の御名は侮られ、軽んじられ、他のものの方がずっと大事であるかのように扱われてきたのです。「御国が来ますように」。そのような祈りがなされるのは、今、目にしているのは御国ではない、という現実があるからでしょう。神ならぬものの支配。わたしたちがこの世で目にしているのは罪と死の支配であり、神なき闇の支配です。ですから、「御国が来ますように」と祈ることは同時に、「御心が行われますように、天におけるように地の上にも」と祈ることでもあるのです。わたしたちが目にしているのは、御心が実現していない世界です。神の御心に反することが行われている世界です。父の御名が汚され、父の御心に反することが行われているこの世界を見て、そして神の民の現実を見て、父を愛する御子であるイエス様は心を痛めておられました。父の御名が崇められ、御心が地上で行われることを誰よりも願っておられたのはイエス様です。そのイエス様の心を共にして祈ってほしいと、祈りの言葉を与えてくださったのです。

「このように祈りなさい」とイエス様は言われました。「祈りなさい」とは、「神に願いなさい」ということです。実現なさるのは神御自身です。神の御名が崇められるようになること、神の御国が来ること、神の御心がこの地上において実現すること。これらすべては神の御業であり、御自身の戦いです。父なる神はあえてそれを子どもたちと共に進めようとされるのです。父の心を共有し、「御名が崇められますように」「御国が来ますように」「御心が行われますように」と祈る子どもたちを求められるのです。そのような子どもたちを用いて事を進めようとされるのです。

「御名が崇められますように」「御国が来ますように」「御心が行われますように」。これが根本的な求めであり、基盤です。それがわたしたちの祈りとなっていくならば、それがみんなの願いとなっていくならば、どのようなことも、教会生活を続けるゆえに生じた困難さえも、信仰のつまずきとはならないはずです。大切なことは、苦難があるかないか、教会生活に困難があるかないか、お金があるかないかではないのです。そういうことは、もちろん大事ではあります。イエス様も、「わたしたちに必要な糧を今日与えてください。わたしたちの負い目を赦してください、わたしたちも自分に負い目のある人を赦しましたように。わたしたちを誘惑に遭わせず、悪い者から救ってください」(十一~十三節)と日常の具体的な必要を祈るようにと教えてくださいました。ですが、まず大事なのは、いったい何を求めて生きているのかということです。「主の祈り」が自分の祈りになっているかどうか、ということです。

繰り返します。最初に見ましたように、この祈りは「父よ」という呼びかけから始まります。父を愛する子どもとしての祈りなのです。神を父として愛する親しい関係の中に置かれている、神の子としての祈りです。そのように祈れるのは、父から愛されていることを知っているからです。罪あるわたしが滅ぼされるのではなくて、罪を赦され、御父を「お父さん」と呼べること、神の子どもとされていること、そしてそれがどれほど大きな恵みであるかを知っているということです。「天におられるわたしたちの父よ」と祈りなさいと教えてくださり、わたしたちのために十字架におかかりくださったイエス様の祈り、「主の祈り」を、お互いに自分の祈りとしましょう。 その時、どこで祈るのか、いつ祈るのか、声に出すのか出さないのか、目を閉じるのか閉じないのか、そういった人間の疑問は解消するでしょう。ただ神の御名が崇められるのです。

 

祈ります。
主イエスキリストの父なる神、イエス様はわたしたちの贖いのために十字架についてくださり、あなたに「父よ」と呼びかけて祈るように教えてくださいました。この恵みに感謝します。あなたはわたしたちの必要をわたしたち以上によく知っていてくださいます。どうかわたしたちが御心にかなった祈りができますよう支え導いてください。御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように。
主の御名によって祈り願います。アーメン。

6月11日の音声

 

2017年6月4日 聖霊降臨日
「聖霊が降り、神の偉大な業を語る」
使徒言行録 2章1~13節

二千年前の五旬祭の日、イエス様の最初の弟子たちが、エルサレムのどこかに「一つになって集まって」(一節)いると、とても不思議なことが起こりました。「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(二-四節)とあります。天からの激しい音や、分かれ分かれに現れた炎の様な舌は、神が現れなさった徴です。また舌は言葉を表します。聖霊に満たされた弟子たちは、別々の言葉で、同じことを、多くの人の前に出てきて話しだしたのです。驚きの事件が起こりました。

この当時、ローマ帝国によって地中海世界は統一され、道が整備され、治安が保たれ、誰でも旅が出来るようになっていました。出エジプト記に「あなたは、小麦の収穫の初穂の時に、七週祭を祝いなさい。年の終わりに、取り入れの祭りを祝いなさい。年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない」(三十四章二十二、二十三節)とありますから、何百年も前に国が滅び、世界中に離散してしまっていたユダヤ人の子孫の中には、自分たちの原点を求めて、年に三度、過ぎ越しの祭り、七週祭(五旬祭)、仮庵の祭りのときには、エルサレムに帰ってきて滞在する人もおりました(五節)。こういう人は「信心深いユダヤ人」と呼ばれています。その人たちも、もちろん天から聞こえた激しい風が吹いて来るような音を聞きました。驚いて外に出てきました。帰国した外国生まれのユダヤ人は、当然、アラム語やヘブル語ではなく、生まれた国の言葉を話します。そこで彼らは見たのです。どう見てもエルサレムの人ではない、ガリラヤなまりのある人たちが、自分の故郷の言葉で話しているのを。そして、あっけにとられてしまったのです(六節)。ハワイやブラジルに移住した日本人の子孫が、京都に帰ってきて滞在しているとき、京都に来ていた地方の人が、英語やポルトガル語の、しかも方言で突然話すのを聞いたようなものです。何が起こったのかと驚き怪しんだ(七節)のも無理はありません。

ところで、「聖霊に満たされた」というのは、どういうことだったのでしょうか。もう少し身近な表現で考えますと、例えば「怒りに満たされた」というのは、腹が立って、腹が立って仕方がない。もう我慢ができない。自分を制することができずに、怒りによって支配され、動かされてしまう。そのような状態を言います。「満たされる」というのは、「支配される」ことです。ですから、聖霊に満たされるとは、神の霊によって支配されることです。神の霊でわが身が一杯になる。神によって動かされる。わたしたちを用いて神の力が現れ、神の御業が現れる。まさに神が人を通して御自身を現してくださること、それが「聖霊に満たされた」ということです。興奮して無我夢中になり、自分が自分でなくなること、いわゆる神がかりと勘違いすることがありますが、そうではありません。神の霊は、静かに、力強く人を動かします。

この日、弟子たちは「聖霊に満たされ」たのです。そして、「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだし」ました。何を語ったのでしょう。「神の偉大な業」(十一節)です。イエス様の弟子たちは、師であるイエス様がなさった神の国の到来を告げることを受け継いで、同じひとつのこと、神の偉大な業を語りました。「どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」(八-十一節)。世界中の人々に、それぞれのふるさとの言葉で、神の偉大な業を語ったのです。神はこの世界の救いのために、イエス様の弟子たちをいろんな言語で話せるようになさいました。救いを伝えるためです。いうまでもありませんが、弟子たちは努力なしで、それ以後も外国語が話せたわけではありません。この時だけです。これは聖霊の働きを象徴する、きわめて特殊な出来事でした。

マラナ・タ教会では、ペンテコステの日に各国語で主の祈りを唱えています。すでに7年目になりますが、今年も、ギリシア語、ラテン語、アラビア語、フランス語、ドイツ語、英語、中国語、韓国語、それに隠れキリシタンと今の日本語、合計十種類の言葉で、主の祈りを唱えました。よい試みだと思っています。「聖霊に満たされ」「いろいろな国の言葉で」「神の偉大な業を語る」ことを真似てやっております。主の祈りだけですが、ペンテコステらしく、それぞれの国の方がそれぞれの国の言葉で、同じ祈りを共に、ささげることができます。

「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」という出来事は、世界宣教の始まりとして極めて象徴的な出来事でした。しかし、ある人は言うかもしれません。世界を救うのなら、神が直接救う方がよいのではないか。それこそ激しい風が吹いて来るような音が天から響くやり方で、炎のような舌が現れる不思議な力で、直接人を救ったらよいのではないかと。ところが、神はそのようなことを望んではおられないようです。人を用いて人を救おうとしておられるのです。ですから、激しい風が吹いて来るような音が天から響いたのはこの時だけですし、炎のような舌が現れたのもイエス様が天に昇られた直後の、この五旬祭一回限りなのです。それから後、神は人を通して救いの御業を進めてこられました。教会の発展の歴史をわたしたちは知っておりますが、ペンテコステの出来事のあと、突然、炎のような舌が現れて、その舌に導かれて教会に来た人はいないと思います。神に用いられた誰かが、わたしに神の業を語ってくれ、それを聞いて、わたしは今ここにおります。皆さんもそうだと思います。人による伝道、ここに聖霊の働きがあります。

このように、人を通して働かれる神の御業の中にわたしたちは存在しています。ですからわたしたちも、聖霊で満たされ、用いられて、人を救えるのです。救いの御業はそのようにして人から人へと伝えられていきます。聖霊に満たされて生きることは、自分のためだけではなくて、家族のためであり、友人のためであり、この世の救いのためなのです。言い換えますと、世の救いのための言葉、福音を語るのが教会のなすべきことです。この働きは聖霊降臨日に始まり、今も続いています。それで聖霊降臨日は伝道の開始、教会の誕生日として祝われます。この日には、分れ分れに現れた炎の様な舌を思い出して、赤い服を着たり、赤いネクタイをしたり、何か赤いものを身につけて、昔の出来事に想いを寄せます。ペンテコステは、クリスマス、イースターと並ぶ大事な祝祭です。

このように教会は聖霊に満たされて誕生し、ペンテコステの出来事の後、教会は発展していきますが、決して順風満帆ではありませんでした。使徒言行録は、教会が始まった時代の出来事について書かれた書物ですが、自分たちの歩みについて、良いことだけに集中しまずいことは触れない、単なる昔の教会の思い出話ではありません。教会の性格、キリスト者の被った迫害や分裂、キリストの弟子として生き続ける困難や喜び、みな書かれています。使徒言行録を読むことは、今のわたしたちの教会の在り方を考え、信仰生活のあり方を考えていくことにもなるのです。わたしたちは、世界の人に向かって、キリストの福音を語らねばなりません。そのために聖霊に満たされることを期待したいのです。聖霊に満たされることと都合よくことが運ぶこととは同じではありません。あの人は聖霊に満たされた人だ、だからあんな素晴らしいことが出来るのだ、とは時々聞く表現ですが、正しい理解ではありません。つらく悲しい経験をする人は、聖霊に満たされていない、という理解も正しくありません。決してそんなことはありません。神は御心のままに人を用いて御業を成し遂げて行かれるのです。

使徒言行録が書かれた時代、教会はほかの宗教が主流である社会の中で、少数者として誕生し、生き抜いていかねばなりませんでした。この時代の教会の背景は、今の日本の教会の背景でもあります。このような目で、聖霊によって何が始まったのか、もう一度聖書に確認したいと思います。集まった人々が聞いたのは、「神の偉大な業を語っている」言葉でした。聖霊に満たされた人々から聞いたのは、神の御業を誉め讃える賛美の言葉だったのです。人が神の御業に思いを向け、神の偉大な業を誉め讃えるということは決して当たり前のことではありません。人は、自分が何をしたか、何を成し遂げたかということに関心があるものです。これは教会の内でも同じで、神の御業に目を向けるより、自分が神のために何をしたかという、自分の行いの方に関心が向かうことが多いのです。それはいわゆる熱心なキリスト者、献身的なキリスト者も例外ではないでしょう。しかし、そのような自分の業への囚われから解放されねばなりません。人生において最も大切なことは、「何を成し遂げたか」ではないからです。「神が何をしてくださったか」ということの方がよほど重要なのです。同じように教会につても、最も大切なことは、教会が神のために何を成し遂げたかではありません。神が教会に何を為してくださったかということ、神の偉大な業のほうが大事なのです。わたしたちを自己の業へのこだわりから解放するには、上からの力、聖霊の満たしが必要です。

弟子たちは、イエス様の十字架上での死という事件に出会い、ご復活のイエス様に出会うという体験をした後、ペンテコステの奇跡を経験しました。一人ひとりの上に同時に聖霊が降る経験をしたのです。個人的に、しかし共同体に、聖霊が働きました。聖霊に満たされた弟子たちは、キリストを証し、神の偉大な業を語りだしました。そして、教会が生まれたのです。

上からの力によって事が成るということを知る時、一方でもう一つ別の内からの強い力、決して逃れられない罪と死の問題も知ることになります。しかし、罪や死をやみくもに恐れる必要はありません。真の人としてこの世に来てくださった神の御子イエス様が、どうしても避けられない重荷、罪と死の問題を背負って十字架にかかり、わたしたちを神と和解させてくださったからです。そして「わたしは世の終わりまでいつもあなた方と共にいる、平和があるように」とおっしゃって下さったからです。上からの力を信じ、神の偉大な業を語ること、それこそが信仰の中心です。そして、神の子とされ、神の相続人として永遠の命に生きる、これがわたしたちの希望です。

使徒言行録が書かれたころまで、初代教会は急拡大していきましたが、それでも所詮ローマ帝国内にあっては小さい集まり、国家権力に対しては、なんら影響力を持たない無力な集まりにすぎませんでした。にもかかわらず、迫害という大きな困難にさらされます。ユダヤの伝統的社会とローマ皇帝による二重の教会迫害は、よく知られた事実です。キリスト者は時には捕えられ殺されました。そういう中にあっても信徒は教会に集まってきました。死刑になるかもしれないという緊張感の中で教会に集まるというのは不思議な現象です。教会に行ったらいいことがあるというのなら、理解できます。物質的に何か得られないにしても、心の平安が得られるとか、見えない神の守りが実感できるとかであれば理解できます。しかし、むしろ逆だったのです。教会に行くと明らかに不利な扱いを受ける、そういう時代でした。にもかかわらず、教会に集まったのです。親しい交わりがありました。なぜでしょう。これは、はっきりしています。彼らは礼拝で神の言葉を聞いたのです。命の言葉です。そこに命があると信じ、神の偉大な業が語られるのを聞きました。そして聖餐に与ったのです。イエス・キリストのお体と血をいただいて永遠の命に生きるためです。

ペンテコステでは、聖霊の働きが具体的に人に示されました。それは厳しい時代の始まりでもありました。しかし、たとえ迫害に遭っても、喜びを失わなかった人が大勢いました。永遠の命に生きる希望が与えられたからです。今も同じです。共に祈り、礼拝し、聖餐に与ります。たとえ体が動かなくても、病床で声にならない声で賛美を歌います。そこには必ず、イエス・キリストの霊がわたしたちと共にあります。歌声が響きます。「主の内に闇はなく、夜も昼も輝く。心の中をわが主よ、照らしてください」(讃美歌21-509)。この喜びは誰も奪うことができません。わたしたちはそれを証しすることができます。たとえ小さな群れであっても、恐れることはありません。老人も夢を見ることができるのです。先の事をびくびく心配する必要はありません。安心していいのです。わたしたちは聖霊に満たされているのです。聖霊に満たされている以上、神の偉大な業を語ろうではありませんか。

 

 

祈ります。
父なる神、言葉の壁を越えて、同じ信仰告白を唱え、同じ祈りを献げ、同じ一つの食卓を囲ませてくださっていることを感謝します。わたしたちは、同じ日本語を話す者同士でさえ、言葉が通じないという悲しい経験をよくします。どうか聖霊の働きによって、同じ、一つの信仰の言葉を話すことができるようにしてください。皆があなたの霊に満たされ、共にあなたの希望に向かって歩んでいけるよう支え導いてください。聖霊よ、来てください、マラナ・タ!
主のみ名によって祈ります。アーメン。

6月4日の音声

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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