聖霊降臨節説教2016

2016年10月16日  聖霊降臨節第23主日

 「パウロの回想」                                                    使徒言行録 26章1-18節

先週、わたしたちはパウロがアグリッパ王の前に引き出されるところまで読みました。今朝は、アグリッパ二世がパウロに対して「お前は自分のことを話してよい」と弁明を許可するところから始まります。かつて復活のキリストがパウロについて「あの男は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるためにわたしが選んだ器である」(九章十五節)と語られたことが、こうして成就したのです。つまり、ここでは表面上アグリッパがパウロを引き出して語ることを許可しているように見えますが、実はアグリッパこそ神の前に引き出されているのです。すべての虚飾を剥ぎ取られて、王としてではなく一人の人として、神の前に引き出されています。それは、ただ一方的な憐れみによって、ほとんどローマ人になってしまったユダヤ王に対しても、イエスの名が伝えられ、福音が宣べ伝えられるためでした。その内容が二十六章に記されております。今日はその前半を聞きました。ルカがこれを単にパウロの記録として記しているとは考えにくいと思います。そうではなくて、使徒言行録を読んでいる当時の教会や、わたしたちもまた、アグリッパと同じところに立って、パウロの語る福音の言葉を聞くようにと記されているのです。

短い前置きの後、パウロはアグリッパにまず自分自身のことを語り始めます。宣誓するように手を差し伸べて語ります。四節以下をご覧ください。「さて、私の若いころからの生活が、同胞の間であれ、またエルサレムの中であれ、最初のころからどうであったかは、ユダヤ人ならだれでも知っています。彼らは以前から私を知っているのです。だから、私たちの宗教の中でいちばん厳格な派である、ファリサイ派の一員として私が生活していたことを、彼らは証言しようと思えば、証言できるのです。今、私がここに立って裁判を受けているのは、神が私たちの先祖にお与えになった約束の実現に、望みをかけているからです。私たちの十二部族は、夜も昼も熱心に神に仕え、その約束の実現されることを望んでいます。王よ、私はこの希望を抱いているために、ユダヤ人から訴えられているのです。神が死者を復活させてくださるということを、あなたがたはなぜ信じ難いとお考えになるのでしょうか。」(四~八節)

パウロは、自分がキリキア州のタルソスで生まれたローマ市民権を持つ者であることには触れず、ファリサイ派に属するユダヤ人であることを語ります。偉大な教師であるラバン・ガマリエルのもとで厳しい宗教教育を受けてきたことは、ユダヤ人たちに知られておりました。ですから彼らはパウロがファリサイ派に属する者である事実を証言することができるはずだと主張します。そしてそのことを確認した上で、パウロは他のユダヤ人たちと同じ希望を共有していることを語り始めるのです。すなわちそれは終末に神の国が実現することへの希望であり、メシアの到来と復活の希望です。サドカイ派の人々はこれを信じてはいませんでしたが、この当時、復活の希望はユダヤの正統的な信仰の重要な要素となっておりました。ファリサイ派を初め、一般の民衆はこの神の国到来の約束を信じ、終末を待ち望んでいたのです。ルカ福音書二章に出てくるシメオンやアンナのように、素朴な希望を抱きつつ神の国を待ち望んでひたすら祈り続ける人々も少なくなかったのです。パウロもまた一人のユダヤ人としてこれを信じていることを強調します。「自分は、先祖の神を礼拝し、また、律法に則したことと預言者の書に書いてあることを、ことごとく信じている、更に、みなと同じように、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いている」とフェリクスの前でなされた弁明(二十四章)でも言及されておりました。ところが、その神の約束の実現を待ち望んでいるために、かえって、裁判にかけられている、ユダヤ人たちから訴えられていると、二度繰り返して語ります。おかしいではないか、これは全く理にかなっていないと訴えております。

さて、この部分は非常に単純化されて書かれていますので、かえって話が分かりにくくなっております。端折ってしまったのがパウロ自身なのか、これを記しているルカなのか分かりませんが、いずれにせよ、ここではある程度言葉を補って聞かなくてはなりません。このときもう少し後で(二十三節)パウロはアグリッパにこう言っています。「私は、メシアが苦しみを受け、また、死者の中から最初に復活して、民にも異邦人にも光を語り告げることになると述べたのです」。ただ単に終末における復活の希望を抱いていたのではありません。メシアが既に来られ、聖書に書かれている通り(たとえばイザヤ書)苦難を受けられ、死者の中から最初に復活されたという出来事を根拠に、この希望を語っているのです。復活の希望はこの事実に基づいている、そして、ナザレのイエスこそ、そのメシアであると宣べ伝えてきたのです。それは決してユダヤ人の正統的な信仰から逸脱することではないと、ここで主張しています。むしろ自分はユダヤ人として、ますますこの同じ希望に生きる者となった。それなのに同じ希望を抱いている人々から訴えられている理不尽を語っているのです。

しかし、パウロはこう語る一方で、なぜ自分に対してこれほどまでにユダヤ人たちが敵意を抱くのかをよく知っておりました。ナザレのイエスこそがメシアであり、苦難を受け、しかし三日目に復活した、という彼のメッセージの中心が、ユダヤ人にとっては大問題であったのです。なぜなら、このイエスこそ、彼らが十字架にかけた人物に他ならないからです。神の御名を錦の御旗として、彼らの正義をもってイエスを裁いて殺してしまったからです。そして、その後も続けてイエスの弟子たちを迫害してきたのです。多くのキリスト者を投獄し、死に至らしめてきたのです。その彼らにとって、いまさらナザレのイエスをメシアだと認めるということは、彼ら自身の神への反逆、罪を認めることになってしまいます。それは自らの正しさを主張してきた自分自身を否定し、自分のプライドを捨てることに他なりません。それがいかに難しいことであるかは、わたしたち自身の経験を考えても分かります。彼らがパウロを亡き者にしようとしているのは、パウロが聖書に反することを語っているからではないのです。理にかなわないことを言っているからでもありません。自らを義としている自分自身のプライドを捨てることができないという、彼ら自身の問題なのです。過去のキリスト教会も自分を正しいとして、異教徒を迫害してきましたから、他人ごとではありません。

パウロはそのことをよく知っておりました。当然です、自分も同じだったからです。彼もまたかつて、厳しく「イエスの名」に反対していたのです。そこで彼はその頃のことを語り始めます。「実は私自身も、あのナザレの人イエスの名に大いに反対すべきだと考えていました。そして、それをエルサレムで実行に移し、この私が祭司長たちから権限を受けて多くの聖なる者たちを牢に入れ、彼らが死刑になるときは賛成の意思表示をしたのです。また至るところの会堂で、しばしば彼らを罰してイエスを冒涜するように強制し、彼らに対して激しく怒り狂い、外国の町にまでも迫害の手を伸ばしたのです」(九~十一節)。

十字架にかけられたキリストが復活して現れたと宣べ伝える使徒たち。そして、彼らの証言を受け入れて復活のキリストに従って生き始めたキリスト者たち。その群れは瞬く間にエルサレム中に広がっていきました。使徒言行録に記されている通りです。復活の希望に生きる彼らは、大祭司たちユダヤ人社会の権力者たちによる脅しに屈するどころか、ますます力と希望に溢れてキリストの復活を宣べ伝えていたのです。この事態は若き日のパウロにとっても見過ごしに出来ない問題でした。ナザレのイエスが救い主であるはずがないというのが彼の旧約聖書の預言理解でしたから、イエスは自分を神の子と名のった死刑になっても当然の罪人です。そのイエスの名に従うのは狂った人間としか言いようがない。だから彼は真剣に迫害したのです。キリスト者を死刑にすることに加担し、イエスの復活を否定させ、その名を冒瀆させようとしたのでした。そして、ダマスコ途上における回心の物語が続きます。既に九章と二十二章において二度語られてきました。しかし、今回ここで初めて語られることがあります。キリストがパウロに語られた言葉です。そこに注目したいと思います。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」とおっしゃった後の言葉です。「とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う」。「とげの付いた棒」は、家畜を追う突き棒のことです。家畜がそれを嫌がって蹴りますと、痛い思いをします。これはどこにでもありそうな格言です。その声をパウロは聞いたのです。そして、三十年の年月を経てなお、その言葉は彼の心深くに刺さっているのです。それは、まさにその言葉が彼の状態を言い当てていたということであり、彼自身がそのことを認識していたということを意味します。つまり、彼はキリスト者を迫害しながら、もう一方で自分の内に広がる痛みと苦しみを否定できなかったのです。自分のかつての姿が、とげの付いた棒を蹴り続けている愚かな家畜の姿と重なったのだと思います。

確かに彼は自分のしていることが正しいと信じてキリスト者を迫害したのです。そして、キリスト者を投獄し、ある者たちを死に至らしめました。しかし、復活の希望に満ち溢れつつ投獄に甘んじる人々や死んでいく人々を目の前にして、彼の確信は崩れていったに違いありません。「主イエスよ、わたしの霊をお受けください」と言い、ひざまずいて「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と大声で叫びながら、石で打たれて死んでいったステファノの姿。殺されるにもかかわらず穏やかであったステファノの平安と慈愛に満ちた態度を目の当たりにして、今まで律法を遵守し正しい者として生きてきたと思っていたパウロの誇りが、虚しいものとして崩れ始めるのを感じていたのだろうと思います。しかし、それでも自分を正しくない者とは認められないのです。どうしても自分の正義を貫かなくてはならない、今までの自分を捨てるわけにいかない、そう意識すると、人はますます攻撃的になります。パウロが荒れ狂って迫害に奔走し、ダマスコにまで迫害の手を伸ばしたのは理解できないことではありません。しかし、そのように攻撃的になって自分を守ろうとすればするほど、かえって自分を苦しめることになります。自分にしがみつけばしがみつくほど、人は苦しむことになるのです。ダマスコに向かった時のパウロはそのような状態であったに違いありません。だから主が語られた言葉が心に残ったのです。「とげの付いた棒をけると、ひどい目に遭う」。彼はそこで、とげの付いた棒を蹴っている自分が滅びを招いていることを悟ったに違いありません。キリストの光のもとに打ち倒され砕かれた彼は、そこで棒をけることを止めたのです。

その後の体験、アナニアとの出会いや彼から洗礼を受けたことなどはすべて省略されております。ただ、復活のキリストがパウロを遣わしたということだけが語られます。主は何のために彼を遣わされたのか。「それは彼らの目を開いて、闇から光に、サタンの支配から神に立ち帰らせ、こうして彼らがわたしへの信仰によって、罪の赦しを得、聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになるためである」(十八節)。ここで、キリストの証人となり伝道者となった自分に与えられた使命を短く要約しております。託されている福音がいったい何であるかを明確に言い表しているのです。

「闇から光へ立ち帰らせるために」とキリストはおっしゃいました。ユダヤ人、異邦人にかかわらず、人は皆、闇の中にいます。わたしたちはこの闇をどのように捉えるでしょうか。「わたしの人生、それほど暗くもない」と言うかも知れません。「この社会は闇と呼ぶほど暗くはない」とも言うかも知れません。しかし、誰でも自分が闇の内にいることを知る時が来ます。それは苦難の時かも知れませんし、深い悲しみの中にいる時かも知れませんし、また死の床にある時かも知れません。しかし、そこで人は初めて闇を生きるのかと言うと、実はそうではないのです。既に闇の内をずっと生きてきたのです。どこから来て、どこに居て、どこに向かっているかも見えない。本当の深い平安もなければ確かな希望もない。罪深い自分自身をどうすることもできない。そのような闇の中に生きてきたことに気づいていなかっただけなのです。

なぜ人は闇の中に生きているのか。光がないから闇なのではありません。目が閉ざされているからです。光は溢れています。太陽は上っているのです。神は御子をこの世に送り、十字架に掛け、復活させて人を罪と死と滅びから救い得るその力を現されました。永遠の命の光は既に現されたのです。わたしたちは、もはや闇の中に留まる必要はないのです。しかし、目を閉じていれば闇の中に生きざるを得ません。それはその人が愚かだからということではありません。神から引き離す強い力のもとにあるからです。人の目を閉ざし、闇の中に留めようとする大きな力のもとにあるからです。聖書はそれを「サタンの支配」と呼びます。サタンの支配から解放され、開かれた目で光の中を生きるには、福音を受け取ることです。それは、神に立ち帰ることに他なりません。

主はただ「わたしへの信仰によって」とおっしゃいます。人は神に立ち帰り、罪の赦しを得ることによって、「聖なる者とされた人々と共に恵みの分け前にあずかるようになる」と主はおっしゃるのです。わたしたちは神のもの、神の民とされ、神の国を受け継ぐ者とされ、やがて罪と死と滅びの縄目から完全に救われ、命の世界に復活した者として神の全き御支配のもとに生きる者とされるのです。わたしたちのために苦しみを受けられたお方、そして復活されたこのお方を信ずる信仰によってこの救いが実現するのです。主はパウロを遣わされたように、代々の伝道者を遣わされ、今もこのように福音の言葉が語られています。いにしえの日に、神の与えてくださった約束は、わたしたちにも与えられ、光の内を生きるようにと招かれているのです。本当に生きるためです。

祈ります。

父なる神、この世にお送りくださった御子イエス様を、人は十字架につけてしまったにもかかわらず、わたしたちがあなたとの正しい関係の中、光の中を歩めるようにしてくださっていることを感謝します。どうか、イエス様への信仰を強め、これからもイエス様の内にあって平安に生きることができるようしてください。家族、友人、周りの人々に、わたしたちに告げられた福音を語っていけますよう用いてください。

主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

10月16日の音声

 

 

 

2016年10月9日  聖霊降臨節第22主日

 「アグリッパとの対決」                                                    使徒言行録 25章13-27節

使徒言行録を読み続けておりますが、ローマ帝国とユダヤの関係など、いくら聖書を丁寧に読んでもピンとこないことが色々とあります。聖書をしっかりと理解するには、イエス・キリストがこの地上におられた時代、また、十字架での死とご復活の出来事があって後の、ペトロたち内弟子が活躍した時代と、その直ぐ後のパウロが活躍した時代がどんな時代であったかの周辺知識が要ります。今朝は初めに、当時の政治状況や社会状況について、少し説明してから説教の本題に入ります。分かりにくいでしょうが、いつものように説教プリントも後日発行しますから、細かいことはゆっくりお読みいただくとして、今は大まかな状況を知っておいてください。

ユダヤの人々は、バビロン捕囚の後、ペルシアの時代にパレスティナに帰還し、エルサレムに神殿を建て直し、国を再興します。しかし、やがてギリシアのアレキサンダー大王が世界を征服してギリシア文化が世界を席巻します。どれぐらい影響力が大きかったかと言いますと、地中海世界の言葉がギリシア語になってしまったほどです。ユダヤも今のシリアにできた、ギリシア人の国セレウコス朝シリアに征服され、過酷な支配をうけます。ところがその後ローマがどんどん勢力を伸ばし、ギリシアの王朝はエジプトのクレオパトラを最後の王として滅亡します。新しく世界の覇者となったローマは、征服した人々に対してギリシアよりも寛大な政策をとりました。かつての征服者ギリシアと被征服者ユダヤは、今やどちらも征服された国となり、同じ弱い立場に立ちましたが、勿論仲良くはなりませんでした。船を扱う海運業だけはギリシアが圧倒的に優勢で競争になりませんでしたが、そのほかは何事につけことごとく対立していたのです。そこで、支配者のローマ皇帝がギリシア人贔屓であるとか、ギリシア文化を尊敬しているということになれば、どうしてもローマとユダヤの関係が悪くなりがちでした。またローマは植民地を間接統治しましたので、ユダヤ王家のどういう人が王であるかによっても、ローマとユダヤ両者の関係は大きく変わりました。ユダヤ王に力が無ければローマが直接ユダヤを統治してきますし、逆に力が有り過ぎればローマは締め付けを厳しくします。よくローマの言うことを聞く、賢明な王がいれば、元老院はかなりの権限を現地政府に認めて、統治させました。またユダヤでは宗教生活が非常に大事ですから大祭司も同様に、ローマとの関係で人事が決定しました。

聖書にはローマ皇帝も登場しますが、わたしたちが名前だけでも知っておきたい新約聖書時代のローマ皇帝は、第二代のティベリウス、第三代のカリグラは別にして、第四代のクラウディウス、そして第五代のネロです。今パウロが囚われている時代はネロの時代です。カリグラの時代、カリグラがひどくギリシア寄りで色々と弊害が出ましたので、この時代はギリシアに対してもユダヤに対しても平等で寛容な政策を採っておりました。ユダヤ側の王も見ておきましょう。ユダヤの側ではヘロデ大王がイエス様のお生まれになった時の王で、ベツレヘムと周辺一帯にいた二歳以下の男の子を皆殺しにして、幼子キリストを抹殺しようとした人物です(マタイ二章十六節)。十字架の時は、その子のヘロデ・アンティパスで、聖書に「領主ヘロデ」として何度も出てくるのはこの人です。イエス様を十字架につけた張本人の一人で、洗礼者ヨハネの首を刎ねたのもこの人物です。あまり力がなく、ユダヤ全土ではなく、ガリラヤの領主でしかありませんでした。弟子の時代の王はヘロデ・アグリッパ一世で、ヘロデ・アンティパスの甥に当たります。このヘロデ・アグリッパ一世は十二章に出てきましたが、なかなか力があり、ヘロデ大王と同じく全ユダヤを治めておりました。初期の教会を迫害し、イエス様の最初の弟子、漁師の兄弟ヨハネとヤコブの、兄の方ヤコブを剣で斬り殺した人物です。ペトロを牢屋に入れたのもこの王です。ところがわずか数年の在位でした。そして、パウロの時はアグリッパ一世の子、アグリッパ二世です。先ほど読まれましたアグリッパ王とはこのアグリッパ二世のことです。アグリッパは、幼いころからローマで人質として後の皇帝クラウディウスの庇護の下に成長し、教育を受け、長年ローマに留まった人で、ローマ貴族の一員でもあり、ローマ皇帝カリグラとも親しかった人です。この人がユダヤ最後の王となります。ユダヤ戦争では、ユダヤではなくローマの味方をしました。

さて、使徒言行録に入ります。今朝読まれましたのは、先週からの続きフェストゥス着任直後の出来事です。数日たって、アグリッパ王とベルニケが、新任総督に敬意を表するためにカイサリアに来ました。総督は元老院で任命され皇帝の承認のもとにやってきますから、ローマのユダヤ支配の頂点に立つ人物です。当然ユダヤ王は挨拶に来ます。このとき、アグリッパ王とベルニケが幾日か滞在したので、総督フェストゥスはパウロの件をアルリッパ王に持ち出しております。パウロが皇帝に上訴したことで、フェストゥスには一つ困ったことがあったのです。パウロを囚人として護送するのに書き送るべき罪状がないのです。ユダヤ人問題について未経験の総督は、そこでユダヤ王であるであるアグリッパ二世にどうすべきか助言を求めたのでしょう。傀儡であれ王は王ですからフェストゥスは丁寧に話しています。祭司長たちやユダヤ人の長老たちがパウロを訴え出て、有罪の判決を下すように要求したこと、これに対し、告発されたことについて、原告の面前で弁明する機会も与えられず、引き渡されるのはローマ人の慣習ではないと答えたこと、ユダヤ人たちがカイサリアに来たので裁判を開いたけれども、罪状は何一つ指摘できなかったこと等々。そして、彼らが言い争っている問題は、どうもユダヤの宗教に関することで、パウロが死んでしまったイエスとかいう者が生きていると主張していることだと説明します。その上で、「これらのことの調査方法が分からなかったので、『エルサレムへ行き、そこでこれらの件に関して裁判を受けたくはないか』とパウロに尋ねたところ、皇帝に上訴すると言ったので、皇帝のもとに護送するまで、彼をとどめておくように命令した」と語ります。「ユダヤ人に気に入られようとして」の代わりに「これらのことの調査方法が分からなかったので」となっているなど、少し違っている点はありますが、これまで聞いてきたことと同じことが述べられています。アグリッパは心も言葉もほとんどローマ人であるユダヤ王です。「わたしも、その男の言うことを聞いてみたいと思います」と答えました。ギリシア語ではなくローマのラテン語で話したのかもしれません。アグリッパにとっては、パウロも単にちょっとした暇つぶしの対象でしかなかったと思われます。

これを聞くと、ルカ福音書二十三章の話を思い出します。総督ピラトと主イエス、そしてヘロデ・アンティパスの話です。総督ピラトは主イエスがガリラヤ人であることを知ると、イエス様をヘロデ・アンティパスのもとに送りました。アンティパスは、ガリラヤ領主でありましたが、この時は過越祭でエルサレムに滞在していたのです。評判の良くない人物で、イエス様はこの領主を「あの狐」(ルカ十三章三十二節)と呼んでおられました。福音書にはこう書かれています。「彼はイエスを見ると非常に喜んだ。というのは、イエスのうわさを聞いてずっと以前から会いたいと思っていたし、イエスが何かしるし(奇跡)を行うのを見たいと望んでいたからである。それで、色々と尋問したが、イエスは何もお答えにならなかった」(ルカ二十三章八、九節)。つまり興味半分、好奇心でイエス様を自分の前に引き出したのです。奇跡を見たかったからです。

翌日、アグリッパ王は町の主だった人々と共に謁見室に入ります。ここで二十三節に注目したいと思います。「アグリッパとベルニケが盛装して到着し」と書かれています。まるで夫婦のように書かれておりますが、彼らは夫婦ではありません。ベルニケはアグリッパの実の妹で、二十四章に登場した前総督フェリクス夫人ドルシラの姉です。最初有名な哲学者アレキサンドリアのフィロンの甥と結婚しますが、この夫が死んだとき、父アグリッパ一世の弟、つまり、叔父さんと結婚します。しかし二十歳の時この二番目の夫も亡くなり、その後兄のアグリッパ二世と一緒に住み始めます。みんなに批判の目で見られた(近親相姦)ので、キリキア王ポレモと再婚しますが、三年ほどで兄の元に戻ります。彼女はアグリッパの愛人として知られていました。アグリッパは実の妹を愛人にしていたのです。ヘロデ王家の人間は、権力維持のために近親結婚をくり返しています。ローマ貴族の女性関係のひどさも歴史家の色々な証言が残っていますが、それにもましてユダヤ王家の女性関係はひどく、無茶苦茶と言ってもよいものだったようです。洗礼者ヨハネに糾弾されたヘロデ・アンティパスとヘロディアの関係が思い起こされますが、ヘロディアは兄の妻で、アンティパスとは実の姉弟ではありませんから、可愛いものです。アグリッパとベルニケの非合法な関係は、いくら近親結婚の多い、倫理観のマヒしたこの時代の支配者階級においても異様なことでした。その異常な二人が「盛装」して到着したのです。盛装とはファンタジアで「虚飾」とも訳せます。ルカはこの二人の関係に言及していませんが、彼らの実状を知っていて、あえて批判的にこの言葉を用いた気がします。王が人前では盛装しているのは当たり前で、わざわざ服装のことに触れる必要がないからです。うわべを取繕った姿で席に就いたのです。

王であっても、その本当の姿は罪の奴隷です。従者を従え大いに威儀をととのえて現れたとしても、実は自分の欲望を治め得ない罪人に他なりません。その兄妹がパウロを引き出します。自分とは直接なんら関係がないかのように、興味半分でパウロを自分たちの前に引き出しました。わたしたちはここで、かつて九章でご復活のキリストがパウロについて語られた言葉を思い出します。「あの者(パウロ)は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名(イエス)を伝えるために、わたしが選んだ器である」(九章十五節)。この言葉が実現したのです。つまり彼らはパウロを自分の前に引き出しているつもりで、実は神が選ばれた器であるパウロからイエス様のことを聞かされることになるのです。彼らが神の前に引き出されているのです。いっさいの虚飾を剥がされて、裸の罪人として神の前に引き出されているのです。そのことに、勿論本人たちは気づいていません。

わたしたちに起こっていることも同じです。わたしたちは、ともすれば常に自分が行為の主体であると思います。かつての領主ヘロデ・アンティパスや王アグリッパ二世のように不真面目な興味の対象としてではないかも知れませんが、神御自身に関わる事柄もキリストの福音も、自分を主体に考え、自分の前に引き出そうとするのです。「聖書でも読んでみようか」。「教会に行って話でも聞いてみようか」。「キリスト教の何たるかを少し勉強でもしてみようか」。そのような探求の志自体は決して悪いことではありません。むしろ真面目に求道を始めることは称賛すべきことです。しかし、わたしたちがそうしてみようかと思うことで、実はわたしたち自身が神の前に引き出されている、これはよく知っておくべきことです。神はいるのか、神とは何かを問うのは、いつも自分ですが、気付こうが気付くまいが、わたしたちは神からお前はどこにいるのかと問われているのです。問う自分ではなく、問われている自分に気づかねばなりません。誤魔化しの利かない状態で、見せかけのいっさいの虚飾を剥ぎ取られて、神の前に素のままで立たされているのです。そこで、わたしたちが聞くべき言葉があります。一人の罪人として神の前に立たされた者には、聞くべき言葉があるのです。それがパウロの語り続けてきた福音の言葉であり、今なお教会を通して語られている福音の言葉です。

アグリッパ王に対して語られた福音の内容については二十六章より二回に分けて、来週、来々週と学びたいと思いますが、今日は一つのことだけを心に留めておきましょう。それはこの出来事の背後にある主の憐れみです。先にも申しましたように、アグリッパはヘロデ王家最後の王です。彼の父アグリッパ一世も、祖父の兄弟アンティパスも、曾祖父のヘロデ大王も、ヘロデ家は代々キリストに敵対し続けてきた家系として聖書の中に描かれています。ヘロデ王家は、親子四代に亘って神の恵みを拒み、キリストに敵対するこの世の代表となってしまっています。しかし、神はここで、そのヘロデ家の王を御前に召し出し、福音を語られるのです。どうしてでしょうか。ただ一方的な憐れみによってです。たとえ敵対する者に対しても、神は憐れみをもって語られたのです。そして、同じ憐れみによって、わたしたちも今こうして御前にあるのです。

そうしますと、わたしたちの為すべきことは自ずと明らかです。神の憐れみ、ご愛にお応えすることです。そっぽを向くことではありません。神の方を向くことです。礼拝することです。これが人間として全く当たり前のことです。創世記は、人は土の塊アダマーから作られ、神が息を吹き込まれた時に生きる者、アダムになったと語ります。これは神話ではありません。人は皆誰でも生れまると最初に産声を挙げます。人が生きる者としてまず最初にするのが、神が吹き込んでくださった息を吐くことです。おぎゃーと息を吐きます。最初に息を吸うのではなく、息を吐くのです。その後、息を吸って、そして吐いて呼吸して生きるのです。生きるとは息をすることです。大人になったら、息を吐いて賛美し、神に語りかけます。神の名を呼びます。それが信仰であり信仰告白です。人間の生きる本来の姿です。あとはお任せです。時が来れば神が今度は息を引き抜いてくださいます。わたしたちは黙示録のおしまいにあるように「マラナ・タ、主よ、来てください」と言ってこの世での人生を終えます。息を引き取ると日本語でも言います。初めから終わりまでの間、今神の下さった息をしている間、わたしたちに必要とされていることは、神を賛美し祈ることです。

 

祈ります。

すべての造り主であり、すべての支配主である神、御名を賛美します。あなたの一方的な憐みによって、わたしたちに福音を届け、あなたの御愛に応えて生きることができるようにしてくださっていることを感謝します。どうか、これからも礼拝し祈る生活を続けていけますよう守り支えてください。また、一人でも多くの人があなたを見上げ真に生きることが出来るよう、小さなわたしたちをも用いてください。

主の御名よって祈ります。アーメン

10月9日の音声

 

 

2016年10月2日  聖霊降臨節第21主日

 「パウロ、皇帝に上訴する」                                                    使徒言行録 25章1-12節

ここ数週間わたしたちは使徒言行録のひとつながりの話にずっと留まっております。パウロが、エルサレムでユダヤ人たちに殺されそうになったこと、ローマ守備隊によって逮捕されたけれども、パウロがローマ帝国の市民権を持っていることが分かり、保護されカイサリアに移されたこと、そこでローマ法によって裁判を受けた結果、無実であることが明白になったこと、ところがそれにもかかわらずフェリクスは無罪を宣言せず、なかなか決着がつけられなかったこと。そのような場面を何週にもわたって繰り返し読んでまいりました。今日聞きました二十五章の直前には次のように書かれています。「さて、二年たって、フェリクスの後任者としてポルキウス・フェストゥスが赴任したが、フェリクスは、ユダヤ人に気に入られようとして、パウロを監禁したままにしておいた」。パウロがフェリクスの前で自らの無実を明らかにしたにもかかわらず、結局フェリクスの在任中には釈放されることはありませんでした。二年に亘る歳月の後、フェリクスが失脚し、ポルキウス・フェストゥスが後任として就任した時もなお、パウロは監禁されたままだったのです。それはフェリクスが「ユダヤ人に気に入られようとして」行ったことだとルカは説明しております。実は後任のフェストゥスについても、同じ「ユダヤ人に気に入られようとして」という言葉が用いられております(九節)。ルカはここに一つの強調点を置いているようです。この言葉はある人物を思い起こさせます。ユダヤ人に気に入られようとして裁きを曲げたひと昔前の総督、ポンテオ・ピラトです。つまり、使徒言行録の著者ルカは福音書の二十三章に記した主イエスとピラトの対決場面を思い起こさせるように、この箇所を描いているようです。そこで、福音書の場面と今日の箇所とを照らし合わせながら、その意味するところをご一緒に考えたいと思います。

二十五章一節以下をご覧ください。フェストゥスはシリア総督に着任して三日後にエルサレムに上りました。彼はパレスチナ全体の総督として赴任したのですが、ユダヤ人統治については未経験であったようですし、前任者のフェリックスが熟知していたキリスト教会とユダヤ教との分裂についてはほとんど知らなかったようです。そこで就任すると直ぐ、ユダヤ人議会の指導者たちと会うべきであると考え、実行しました。その時、ユダヤ人指導者たちは、フェストゥスの未経験、未知に乗じて、再びパウロの問題を持ち出します。パウロをエルサレムへ送り返すように要求したのです。以前挫折したパウロの暗殺計画を再び実行に移そうとしました。フェストゥスは前任者が留保していた問題として、改めて審理するのが優先であると考え、パウロの暗殺計画を知っていたかどうかはわかりませんが、パウロをエルサレムへ連れてくるのではなく、ユダヤ人の代表団がカイサリアに下って来て告発するようにと勧めます。そして、八日か十日ほど彼らの間で過ごしてから、カイサリアへ下り、翌日、裁判の席に着いて、パウロを引き出すように命令したのです。こうして、パウロについての審理が二年ぶりに再開されることとなりました。二年もの間放っておかれたことを就任後二週間ほどで進展させたフェストゥスは、勤勉で行動力もあるようです。

再審の様子は六節以下に記されております。ルカは繰り返しになりますので改めて内容を詳しく記してはおりません。「エルサレムから下って来たユダヤ人たちが彼(パウロ)を取り囲んで、重い罪状をあれこれ言い立てたが、それを立証することはできなかった」(七節)とだけ書いております。立証することができないのですから、パウロは、罪状を否定するだけで十分でした。「私は、ユダヤ人の律法に対しても、神殿に対しても、皇帝に対しても何も罪を犯したことはありません」と、きっぱりと言いました。

「ユダヤ人の律法」とパウロは言っていますが、明らかに「神の律法」と区別しています。本来の律法とは異なって、ユダヤ人指導者たちは私物化し、自己防衛や自己主張のために用いているが、その律法に対して、わたしは何の罪も犯していないと言っているのです。また、もともとエフェソから来た人々の誤解が直接の訴因でありましたけれども、それは全くの勘違いであったのは明らかで、神殿に対しても何ら罪を犯していないとも言います。そして、今総督によって開かれているローマ法による裁判において問題となる、皇帝に対しても何も罪を犯していないと言います。「人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。従って、権威に逆らう者は、神の定めに背くことになります」とローマの信徒への手紙十三章にあるとおり、神の権威によってたてられたとしてローマ法を認めて、そのローマ法に対しても、罪を犯していないと言っているのです。この世の権威も神の権威によってたてられたものであり、神を認めず神の御心に沿っていない場合には、抵抗しなければならないけれども、そうでない場合には尊重する、つまり、皇帝の名で保たれる秩序にも従うべきだという立場から、皇帝に対しても罪を犯していないとパウロは言ったのです。そもそも訴えは成立しないのですから無罪は明らかです。これで一件落着、今度こそ判決は出るはずでした。

しかし、パウロに罪がないことは明らかであったにもかかわらずし、フェストゥスもやはりパウロを釈放しませんでした。そして「お前は、エルサレムに上って、そこでこれらのことについて、わたしの前で裁判を受けたいと思うか」と尋ねたのです。ルカはこれを「ユダヤ人に気に入られようとして」と説明いたします。これは苦しい妥協策でした。パウロはローマ法に照らせば明らかに無罪です。しかし、ここでパウロを釈放すればエルサレムの指導者層と対立が生じかねません。かといって無罪だと分かっているローマ市民の身柄をそのままユダヤ議会に引き渡すのは余りに無責任、無能のそしりを免れません。そこで妥協策として、パウロの身柄をエルサレムに戻すことを求めているユダヤ人たちの要求を受け入れる、しかし、裁判そのものはフェストゥスが引き続き行うという形にする。こういう妥協案ならば問題は残らないと考えたのでした。しかし、パウロはこの提案を拒否いたします。「私は、皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここで裁判を受けるのが当然です。よくご存じのとおり、私はユダヤ人に対して何も悪いことをしていません。もし、悪いことをし、何か死罪に当たることをしたのであれば、決して死を免れようとは思いません。しかし、この人たちの訴えが事実無根なら、だれも私を彼らに引き渡すような取り計らいはできません。私は皇帝に上訴します」(十、十一節)。きっぱり、こう言って上訴したのでした。当時のローマ市民は、皇帝に訴える権利を保障されておりました。これはフェストゥスにとっても有り難いことです。このやっかいなユダヤ人の律法がらみの問題が彼の手を離れるのですから。そこでフェストゥスは陪審員と協議し、結論をパウロに伝えました。「皇帝に上訴したのだから、皇帝のもとに出頭するように」。パウロは「皇帝の法廷に出頭しているのですから、ここカイサリアで裁判を受けるのが当然だ」と言いながら、皇帝に上訴していて、少し不自然な気もしますが、この皇帝に上訴したというのが今日聞いた大事なことです。このことによって、「エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」といわれた主の言葉が実現していくのです。

さて、ここに見るフェストゥスとパウロの姿は、福音書に見るピラトと主イエスの姿と重なります。ルカによる福音書二十三章をあとで御覧ください。パウロは総督フェストゥスの前に無力な囚人として立ちました。ルカ二十三章の中には、同じように、釈放することも十字架につけることもできる権威を持つ者としてユダヤ総督ピラトが描かれ、その裁きの前に立たされている無力な罪人としての主イエスの姿をわたしたちは見ます。フェストゥスの時代でもピラトの時代でも、ユダヤ最高法院には人を死刑にする権限はなかったと言われています。その権限を持つのはローマだったのです。しかし、ピラトはこの地の権力の頂点に立ちながら、一方では、びくびくしていたのです。恐れていたのです。皇帝の側近であった自分の上司が皇帝ティベリスによって追放され処刑されて以来、皇帝のユダヤ人に対する態度がそれまでの強硬姿勢から懐柔策に代わりました。ですからイエス様の処置に関して気弱になっていたのです。無罪だとは思うけれども、釈放して、もしユダヤ人たちを怒らせたらどうなるか分からないと思っていたのです。ローマの官僚にとって、ユダヤ人問題は最も厄介な問題で、この地方を上手く治められるかどうかで、その後の出世に大きく響きます。加えて上司の失脚がありましたから次、首になるのは自分かもしれない。決して失敗はできない状況だったのです。ユダヤ律法は、ローマ人には訳が分からないルールでした。ヨハネによる福音書は、この時のピラトの心境をはっきりとこう記しています。「ユダヤ人たちは答えた。『わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。』ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、『お前はどこから来たのか』とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった」(ヨハネ福音書十九章七、八節)。主イエスを裁きながら、実は本当の意味で神の裁きの前に立たされているのはピラトなのです。もしこの男がユダヤ人の言うように、単に自称しているのではなく、本当に神の子だったらどうしよう。死刑にした後で、予期しないとんでもない騒動が起こるかもしれない。そうなると治安維持の出来なかった責任を追及されるだろう、と恐れに捕らえられながら、知らないうちに神の前での決断を問われているのは、ピラト自身だったのです。

今日の箇所でも同じです。ここで生殺与奪の権を持ち、ローマの権力を背景にしてその場を支配しているように見える人物が、実は恐れによって動かされております。このフェストゥスの姿は、決してわたしたちと無関係ではありません。誰もが身に覚えのある人間の現実です。わたしたちはしばしば、人があたかも力ある存在であるかのように思い、何でも自分の思い通りに動かせるかのように錯覚します。そして、人生もまた自分の思い通りになるかのように振舞いながら、実は心の底では不安と恐れが満ちている。このような姿は、自分の姿と重なります。わたしのことは放っておいてくれ、自分で決めるから、自分で何でも決められるのだと言いながら、不安で何も決められないのです。

一方で、今フェストゥスの前にパウロが立っております。聖書はこの場面のパウロの中に、イエス様を明確に示しております。パウロには見るべき面影もなく、輝かしい風格もありません。みすぼらしい囚人です。しかし、彼は恐れに支配されてはおりません。この世界を動かし、わたしたちの未来を握り、道を備えてくださっているのは、主なる神だということを知っているからです。その主なる神は御子イエス様をこの世にお送りになりました。イエス様はピラトの前に立たれました。無力でしたが、すべてを正しく裁き給う天の父に委ね立っておられました。そして、わたしたちの罪を贖い、神との関係を正しくするため、時の権力者たちの妥協による裁きのもとに無惨に十字架にかけられて死なれたのです。そのイエス様を主なる神は復活させられました。パウロは、この復活されたイエス様こそ主であることを、そしてこの方こそが、パウロの未来を握っておられることを知っていたのです。イエス様がわたしたちを支え、導いてくださっているのです。何も恐れることはありません。パウロはそれを知るがゆえに、皇帝に上訴したのです。その時、パウロは悟ったに違いありません。こうして不思議にもローマへと導かれていること、そしてそれは自分の思いを越えた仕方で実現に向かっているということを。復活の主は、総督の前に立たされたパウロと共にいて、ローマへと導いておられることを、本人に分かるように示しておられたのです。

何度か申し上げましたが、パウロが困難に遭遇し、裁判を受ける過程で、教会がこのことにどう関与したのかがよくわかりません。何もしなかったとは思えないのですが、エルサレム教会が彼のために繰り返し祈ったとか、日用品の差し入れをしたとか、優秀な弁護士を選んだというようなことは何一つ書いてありません。パウロの置かれた状況は、暗く先の見通せないものでした。それでもパウロは打ちひしがれることはありませんでした。いつも主イエスが共におられたからです。そしてパウロを導いておられたからです。パウロは裁かれているようでいて、実は着々とローマへの道を歩んでいました。

最後にわたしどものことを少し考えてみます。今信仰のゆえに誰かに訴えられて、命を狙われたり、裁判の被告席に座らされたりする様なことは、おそらくないでしょう。無罪であるのに、逮捕され保護の名目で何年も閉じ込められるなどということは起こりそうもありません。しかし、人生において事柄が思うようには進まず、しかも解決策が見いだせない、加えて本来なら助けてくれるはずの教会が、どうも助けにならないということは、あるかもしれません。皆さん口にはされなくても、見通しの立たないことに悩みを持っておられるかもしれません。どうすればいいのでしょう。お手本は一杯あります。一つ参考になるのはやはりパウロの態度です。解放のために賄賂を使いませんでした。問題解決の手練手管に訴えなかったのです。ナチスの信仰統制下に、告白教会の牧師たちがとった態度にも教えられます。静かに、ひたすら主に集中して福音を語り、生きたのです。わたしたちの敵は、今はナチスでもなく、軍事国家でもありません。それがなんであれ、これからも静かに礼拝し、共に一つの主の食卓を囲みましょう。

祈ります。御心のままにこの世界を動かしておられる父なる神、御子イエス様をこの世に送ってくださったことを心より感謝します。イエス様は、常にわたしたちの前に道を備え、導いてくださっています。どうかわたしたちが、その御愛に応え、どのような時にも静かに祈り、主に信頼して生きていけるよう支えてください。礼拝し、聖餐に与る生活を続けていけますように。主イエス・キリストの御名において祈ります。アーメン。

10月2日の音声

 

2016年9月18日  聖霊降臨節第19主日

 「裁判の延期と監禁」                                                    使徒言行録 24章10-27節

今日は創立三十八周年記念礼拝です。一九七八年九月十七日、香里教会枚方礼拝として、最初の礼拝を十四名の人たちが守りました。その時の青年信徒が、今ここに牧師として立っている、これは正に神の導きと思えます。九月十七日は、わたしにとって忘れられない日です。当時の母教会牧師で今は引退されている杉田典子先生が、教会の要請に応じて今もお元気で応援してくださっております。教会の継続、信仰の継承の大切さが強く感じられます。正式な伝道所の設立は翌一九七九年ですが、礼拝を始めた時が、実質的な教会活動、宣教の開始だという理解から、マラナ・タ教会では、当初からこの日を創立記念日としております。ちょうど敬老の日と同じ頃ですから、ご高齢の方々の長寿を祝う礼拝と重ねて守ってきております。三十八年前には、一人もいなかった七十五歳以上の方が、今はだいぶ増えました。あのときの最高齢者は七十二歳でした。今は九十九歳の姉妹を筆頭に、皆さん歳を重ねても教会に留まり、信仰を失うことなく、礼拝者として歩んでおられますことに敬意を表しますと共に、主のお守りに感謝します。大勢の方々がマラナ・タ教会を支えてくださいました。

一つ残念なことがあるとすれば、それは榊原牧師夫妻や初期の信徒たちによる努力もあって、ずいぶん多くの方が洗礼を受けられましたのに、その後教会を去ったり、礼拝することを止めたりした人が多いことです。遠方に引越しされた方は別として、それ以外の受洗者が、皆さん残っていれば、マラナ・タ教会はさぞ賑やかになっていただろうと思います。そんな、昔のことをいまさらほじくり出さずに、将来を見て前向きに行きましょうよと言われる方もおられるかもしれません。もっともです。毎週ここに集まり献げる礼拝を、今日が最後かもしれないと思って、礼拝している方もおられます。過去の思い出ではなく、今を生きるのがいかに大切かということが、教会の信仰として、終末論的に強調されてきました。わたしたちの名前が「マラナ・タ、主よ、来てください」であることが、それをはっきり示しています。今朝、信仰を言い表し、全身全霊をもって説教を聞き、賛美をし、力を込めてアーメンと言う、そして悔い改めて今週を生きる。それが理想です。いわば教会の歩みの横断面、スパッと横に時を切って、再臨の主を待ち望みながら今に集中して生きるのです。

しかし、今という断面だけを見ますと、どうしても理想とはかけ離れたわたしたちの現状が見えてまいります。あれがダメ、これも足りないと、マイナス面ばかりに意識が行き、教会への批判が強くなります。それはわたしたちだけのことではありません。実は旧約聖書を読みますと驚くほど厳しくイスラエルの民や、神殿での礼拝が批判されております。預言者の断罪の言葉によくそれが出ています。新約聖書のパウロの手紙を見ても、教会が堕落してしまっていると強く批判されているところがあります。ところが、もう一方で、聖書には歴史的な記述もたくさんあります。ヨシュア記、士師記、サムエル記、列王記、皆イスラエルの歴史が書いてあります。今でいえば、教会、礼拝する人たちの歩みです。教会の歩みは、個人の人生もそうですが、横断面だけではなく、もう一方で、ずっとつながる時間の流れ、縦の断面を持っているのです。神が導いてこられた歴史が書かれています。新約聖書では、今まさに、わたしたちが読んでおります使徒言行録に出てまいります。

これまで読んできましたところを少し思い出していただくと分かりますが、初代教会は、人によっては理想的な教会の様におっしゃいますが、そうではありません。使徒言行録には、お金の問題や、こんなこと書かなきゃいいのにという様な使徒たちの仲間割れや喧嘩まで書いてあります。アナニアとサフィラ夫婦の献金の誤魔化し、伝統宗教へ逆行して割礼を受けなきゃダメだという主張、バルナバとパウロがマルコをどう評価するから生じた厳しい対立、分裂、等々。そしてここ数週間に亘ってみてきました、エルサレムでのパウロの苦難とそのあとカイサリヤでの裁判、このときパウロを救い出すため教会は一体何を、どんな努力をしたのでしょう。弁護士一人、付けておりません。パウロは一人で、大祭司とローマの総督、ユダヤとローマの二つの権力に対峙しています。教会はこの世での理想的な、立派な存在と言えませんでしたし、その歩みも、決して清い、素晴らしい歩みであったと言い切れませんでした。しかし、神はこれを祝福してくださいました。これを導き励まし、救いに導いてくださったのです。ここはぜひしっかり押さえておきたいところです。

この使徒言行録を、教会の横と縦の両方の断面から読み続けていきましょう。二十四章はパウロの裁判の話でした。先週の大祭司側の三つの訴えに対して、今日はパウロが弁明をいたします。パウロは「私は、閣下が多年この国民の裁判をつかさどる方であることを、存じ上げておりますので、私自身のことを喜んで弁明いたします」と始めました。パウロはローマ法によってこの裁判が行われることを認め、その秩序に則って協力していく姿勢をまず示したのです。神の律法には第一義的に従わなければならないけれども、人間の作った法にも衝突しない限り従おうとしているのです。

その上で、「疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている」という第一点に関して、パウロはエルサレムでの出来事のみについて触れます。というのも、この裁判そのものが、そもそもエルサレムでの騒動に関するものであるからです。パウロはエルサレムに来てまだ短期間であることを指摘した上で、その期間に論争をしたわけでもないし、ましてやそのような短期間の滞在で人々を扇動するようなことが出来るわけがないと、反駁しております。

「ナザレ人の分派の首謀者である」という第二点に関するパウロの弁明は十四節以下に記されております。パウロは率直に「ナザレ人の分派」であること、すなわちキリスト者であることを認めます。その上で、これが決してユダヤ教から外れた異端などではなく、同じ神を礼拝し、同じ聖書に書かれていることを信じ、同じ希望を抱いていることを語るのです。いや、むしろ、そこにいた大祭司アナニアを含め、サドカイ派の人たちは預言者の書に書いてあることを認めませんでしたし、復活も認めてはいませんでしたから、もしパウロが枠の外であると言うならば、サドカイ派も勿論枠外にいるということになってしまいます。彼はこう反駁しました。

第三の、パウロが神殿を汚したという訴えについては、そもそもそのことを訴えた「アジア州から来た数人のユダヤ人」がそこに証人として来ていないということを指摘いたします。彼らが来ていなかったのは、その存在がこの裁判にとって不利になることが分かっていたからでしょう。彼らが出頭していたとしても、パウロが神殿を汚した根拠を挙げることは不可能だったからです。

そして最後に、わたしが今このようにローマ法での裁判にかけられているのは、もともと「ユダヤの最高法院で死者の復活のことで、律法に基づく裁判を受けたこと」に起因しており、復活はユダヤ人なら多くの人が信じているのだと、争点を神殿冒涜から復活信仰へと移します。結果はどうなったでしょうか。二十二節以下をご覧ください。フェリクスは「この道(キリスト信仰)についてかなり詳しく知っていた」と書かれています。つまり、キリスト教についても知っており、ローマ法では、パウロを有罪とする根拠はまったくなく、ユダヤの律法に関してもパウロを罪に定める根拠は何もないことを知っていたということです。しかし、フェリクスは、このような事実無根のごり押しの訴えを理解していたにもかかわらず、パウロの無罪を宣言しませんでした。総督は「千人隊長リシアが下って来るのを待って、あなたたちの申し立てに対して判決を下すことにする」と言って裁判を延期しました。「ただし、パウロには自由をある程度与え、友人たちが彼の世話をするのを妨げないようにする」よう、百人隊長に命じます。その後、リシアは召喚されたでしょう。しかし、裁判はさらに延期され、パウロの監禁は二年に及びました。そして、フェリクスは失脚し罷免される時も、パウロをそのままにしておいたのです。なぜこのようなことになったのでしょう。

フェリクスの動機は少なくとも二つ考えられます。その一つはやはりユダヤ人のご機嫌取りであったと思われます。ただでさえ、ユダヤ人の度重なる反乱によって頭を悩ませている彼です。ここで最高法院の機嫌を損ねるようなことはしたくありません。そして、もう一つは、パウロから賄賂を受け取ろうとしていたということです。二十六節に、「金をもらおうとする下心もあった」と書かれている通りです。「ナザレ人の分派の首謀者」としてパウロは訴えられておりました。そして、十七節でパウロは「同胞に救援金を渡すため」にエルサレムに上ってきたことを語っています。パウロがアカイア州ギリシア、アジア州トルコからエルサレム教会に運んだ献金は、決して小さな額ではありませんでした。パウロは相当のお金を動かせるに違いない。パウロの釈放を早めるためならば、子分たちがいくらでも金を集めるに違いない。フェリクスはそう睨んだものと思われます。

この他に、パウロが解放されなかったもう一つの理由として、フェリクスの妻のドルシラがパウロの言葉を聞きたがったことがあります。以前にもお話ししましたが、ドルシラはアグリッパ一世の娘(九月四日の説教で孫と言ったのは間違い)です。今のユダヤ王、アグリッパ二世の妹です。彼女はシリアの小国の王と結婚していましたが、一目ぼれしたフェリクスが魔術師を使って離縁させ、自分の三番目の妻としました。ヘロデ・アンティパスとヘロディアの結婚(マルコ六章十七,十八節)に似ています。しかし、よく知らなかったイエス様に関する話を聞こうとしたとき、パウロが「正義と節制と来るべき裁き」について語るので、ドルシラとフェリクスは不安になり「今回はこれで帰ってよろしい」と言っては、又呼び出すということを繰り返したようです。ドルシラはヘロディアのように悔い改めを迫るパウロの命までは取りませんでしたが、逆恨みし、夫の転任の時パウロを釈放しないように命じたという伝承があります。福音はすべての人に語られます。ドルシラもフェリクスも同じです。御言葉を聞いたとき、悔い改めて応えることが大事なのです。具体的には神の招きに応え洗礼を受けることです。

もっともらしい大義名分のもとに訴えられ、それに対する道理の通った弁明が、上に立つ人間の欲望とご都合によって踏みにじられ、パウロは何年にも亘る無駄とも思える時間を囚人として過ごすことになりました。彼は結局この後ローマに移されることになりますが、最後まで解放されることはありませんでした。しかし、パウロの特殊性はさておき、この結末のなんと身近なことでしょう。わたしたちの周りにも、道理が通らないことや、不当な苦しみや悲しみは満ち溢れております。そしてしばしば、人は無駄に失われていくとしか思えない時を過ごさなくてはならないのです。わたしたちが感じるこの場面の陰鬱な暗さは、無理もないのです。

わたしたちはここで、パウロの姿に目を向けなくてはなりません。パウロはフェリクスの要求する賄賂を使って、釈放されることも可能だったでしょう。ローマに行くことを望み、更にはイスパニアにまで福音を伝えたいと願っているのならば(ローマ十五章二十四節)、なんとしてでも一旦外に出るべきだという思いが頭をよぎったかも知れません。いつ解放されるか分からない状態で延々と時を過ごすことは短い人生においてどれほどの損失であるか、誰もがそう考えることだろうと思います。しかし、あえて不当な監禁に留まり、賄賂を求めて繰り返し呼び出すフェリクスと妻のドルシラに「正義と節制と来るべき裁き」を語るパウロの姿をここに見るのです。言い換えるならば、その不当な監禁の期間を、彼らに福音を語るべく遣わされている時として受け止めているパウロの姿があるのです。そして、先に進むことができる「時」を待ちつつ、伝道者として与えられた今の務めを果たすのです。パウロを「待つ人間」「待てる人間」としたのは何でしょう。それは他ならぬパウロ自身の語っていた復活の希望です。

十五節をもう一度ご覧ください。「更に、正しい者も正しくない者もやがて復活するという希望を、神に対して抱いています。この希望は、この人たち自身も同じように抱いております。」この言葉は、ただの弁明の言葉ではありません。パウロは確かに復活に向かって、この信仰に生きているのです。この世の人生がすべてであると思っている人は待つことができません。復活に向かう人は神の時を待つ人となるのです。「この希望は、この人たち自身も同じように抱いております」と彼は言いました。復活の信仰は、ユダヤ教においても正統的な信仰の箇条です。しかし、この場面において、本当にその希望に生きているのはパウロだけでした。それはなぜか。パウロの抱いている復活の希望は、イエス様の復活という事実に基づいているからです。彼の人生そのものが、復活のイエス様によって呼び出され、そのキリストに仕えている人生だからです。「正しい者も正しくない者もやがて復活する」。つまり、死が終わりではないということです。そして、正しい者も正しくない者も、神の御前に出なくてはならないということです。聖書が「正しい」と言う時、それは道徳の話ではありません。神との関係概念をいう言葉です。言い換えるならば、神との関係が最終的に問われるということです。それゆえパウロは「神に対しても人に対しても、責められることのない良心を絶えず保つように努めています」と言ったのです。彼にとって最大かつ唯一の課題は、神との関係が正しくあり、神の与えてくださった道を全うすることでした。わたしたちもまた目を向けるべきところに目を向けて生きようと願わざるを得ません。

四十年近い歴史を振り返れば、もっとああすべきだったとか、こんなことはすべきでなかったということが、色々出てきます。牧師と信徒の対立もありましたし、教会の為すべきことについての信徒間に厳しい意見の対立もありました。でもわたしたちは、ここで神の言葉を聞き、救われ、召されて、一緒に聖書を読み、一緒に祈ってきました。復活の希望に生きてきたのです。だからいくつになっても教会を離れられません。神の恵みは今ここに溢れているのです。判決を先送りされ、解放されなかったパウロが、それでも静かに語るべきを語り続けた姿を、今、思い起こそうではありませんか。

主は皆さんと共に。

祈ります。父なる神、マラナ・タ教会を長年に亘り、導き続けてくださったことを感謝します。今、わたしたちは、創立三十八年を祝っております。振り返りますと、色々残念なこともありましたが、それでもこの教会に花が咲き、生き生きと信仰が守り育てられたことを、主の御恵みと信じ感謝します。これからもずっとこの教会を支え導いてください。一人一人を祝福してください。あなたを見上げて、元気に歩めるようにしてください。どのような状況にありましても、ご復活の主と共に歩めますように。主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

9月18日の音声

 

 

2016年9月11日  聖霊降臨節第18主日

 「パウロ、告発される」                                                    使徒言行録 24章1-9節

今日から二十四章に入りました。この章全体の構造を先に少し見ておきます。この章は、一節から九節までの大祭司アナニア側の弁護士テルティロによるパウロ告発、十節から二十一節までのパウロの弁明、続いて二十二節以下の、その結果を受けての総督フェリクスの優柔不断の対応、これら三つの部分からなっています。そして、最後は次の言葉で終わります。「さて、二年たって、フェリクスの後任者としてポルキウス・フェストゥスが赴任したが、フェリクスは、ユダヤ人に気に入られようとして、パウロを監禁したままにしておいた」(二十七節)。二年経ってなおパウロは監禁されたままです。フェリクスは何も決定しなかった、あるいは出来なかったのです。その間、宣教の進展については何も記されておりません。ただ、パウロが、シリヤ総督フェリクスにたびたび呼び出され語り合ったということだけが書かれています。しかし、残念ながら、フェリクスがパウロの話しを聞いて回心したということではありません。賄賂をくれるなら(二十六節)、何とかしてもいいぞという、実につまらない話です。これまでの伝道旅行の記事と比べて、何一つ心躍るようなことは書かれていません。有名な説教家の説教を色々調べて見ても、ほとんど一~九節を説教している人はいません。前向きではなく灰色のストーリーです。面白くもなく、福音的でもなく、説教で語ることが無いような箇所に思えます。しかし、そういう箇所こそ注意して聞くべき言葉があるのではないでしょうか。わたしたちもいつもきらびやかな総天然色の人生の中を生きているわけではないからです。灰色のストーリーを生きる時も大いにあり得ます。灰色ではなくても、特にわくわくするようなこともなく過ごしている。そういう時こそ聞かなくてはならないのが聖書の言葉です。

パウロがローマ兵に護衛されてカイサリアのシリヤ総督府に到着して五日の後、大祭司アナニアは、長老数名と弁護士テルティロを連れてエルサレムからカイサリアに下って来て、総督フェリクスにパウロを訴え出ました。パウロが呼び出されると、ローマ法にも詳しい弁護士が論告を始めました。その言葉は二節以下に記されております。これはもちろん全体ではなく、使徒言行録の著者ルカが記した要約に過ぎないでしょうが、それにしては前置きの雰囲気が気になります。当時のユダヤ人たちの置かれているローマ支配の状況、つまり大祭司もローマの意向で任命されていたこと、いわば傀儡の大祭司であったことを考えますと、納得いく物言いかもしれません。しかし、ルカは裁判官役である総督の好意を得ようとする、このようなくそ丁寧な、媚を売るような言葉を、単に当時の慣例として記しているのではありません。ここに語られている内容は明らかに事実を曲げています。不誠実で卑屈です。テルティロは、こう切り出します。「閣下のおかげで、私どもは十分に平和を享受しております。また、閣下の御配慮によって、いろいろな改革がこの国で進められています」(二節)。平和を享受しております、これは真実ではありません。歴史家によれば、本当は彼の在任期間中にユダヤ人の反ローマ闘争、つまり反乱が増えたのです。ヨセフスやタキトゥスなど古代の歴史家は、そろってフェリクスの残忍性に言及しています。彼が反乱分子を情け容赦なく処刑していったので、結果的にはふつふつと燃えている抵抗運動に油を注ぐことになりました。フェリクスがどういう人物であったかを先週お話ししました。妻のお陰で出世した解放奴隷です。ローマ皇帝と、ユダヤ王家の両方に妻を通じて近い関係を持つ、複雑な背景を持った男です。ですから、何としてもユダヤ寄りの人間であるとみなされてはまずいのです。あくまでも本国ローマに忠実でなくてはなりません。たとえて言えば、戦後、占領地である日本にやってきた米軍の司令官が、仮に日本語、日本文化に通じており、日系人の妻がいたとしても、決して日本人に甘い顔をしないとでもいう感じです。かえって人々に厳しく接するのです。ワシントンの意向が第一です。

大祭司の弁護士は、言葉を尽くしてゴマをすります。「私どもは、あらゆる面で、至るところで、このこと(フェリクスの配慮、改革)を認めて称賛申し上げ、また心から感謝しているしだいです」(三節)。ユダヤ人たちは、実際はフェリクスに感謝も称賛もしていません。むしろ古代の歴史家は、ユダヤ人代表団による皇帝への直訴によって、結局はフェリクスが失脚したことを記しております。もちろん、ルカもそのことを知っているはずです。使徒言行録を書いたのは、この出来事の十年以上も後ですから。その上でなおこの卑屈な前置きを記すのは、これが論告の本質を現しているからです。すなわちユダヤ人たちの告発の言葉がいかにゆがんだ、卑屈なものであるかを批判しているのです。

さて、テルティロの論告の内容を見てみますと、パウロに対する訴因は三箇条から成っています。第一は、パウロが「疫病のような人間で、世界中のユダヤ人の間に騒動を引き起こしている者」(五節)であるということです。彼らはフェリクスが反乱者に対して無慈悲であることを知っていました。そこでまずパウロを、ローマの平和に対する騒乱を引き起こす人物として訴えているのです。続けて第二点に触れます。パウロは「ナザレ人の分派」の首謀者(五節)であるということです。ここで「分派」と訳されている言葉は、ファリサイ派やサドカイ派についても用いられる、何々派という言葉ですが、ここではユダヤ教の枠からはみだした異端であるという主張と見てよいでしょう。ユダヤ教はローマ帝国においては公認宗教であり、権力から保護を受けていました。それゆえ、そこから外れているナザレ派だという訴えは、すなわち違法であり処罰の対象であるという主張です。保護の対象ではない異端者が、社会的な騒乱を引き起こしているのだということです。そして最後に、パウロが「神殿を汚そうとした」(六節)ということを挙げます。ローマ人には関係のないことをどうして訴えたのでしょうか。彼らが望んでいたのはローマによってパウロが処罰されることではなく、パウロをユダヤ議会の手に取り戻すことだったからです。「これは私たちの宗教の問題であり、神に関わることなのだ。だから私たちの手に委ねてほしい」ということです。ですから、写本によってはこの後に次のような言葉が続きます。「そして、私どもの律法によって裁こうとしたところ、千人隊長リシア様がやって来て、この男を無理やり私どもの手から引き離し、告発するなら閣下のところに来るようにとお命じになりました」。これは使徒言行録の巻末に参照として書かれています。二十八章の後、二七二頁です。パウロは違法な宗教を信じる人間で、ローマによる平和な社会に騒動を起こしており、こんな人間は、ローマの法律によらなくても、ユダヤの律法によって裁かれるべきだ、と訴えているのです。正式に死刑には出来ないので、うやむやに殺してしまおうとしているのです。

神殿を汚したという訴えは、一見すると宗教の問題であり、律法違反であり、神の前での不法に見えます。彼らは神の名のために怒っているのであり、関心はそこにあるように見えます。しかし、実際はそうではありません。この最後の訴えこそ、まさに最初のお世辞の言葉と併せて、この論告が人に対して不真実なだけでなく、神に対しても不真実であることを現しているのです。パウロが「神殿を汚そうとした」というのは、具体的には「異邦人を境内に連れ込もうとした」(二十一章二十九節)ということでした。それは彼らが異邦人を汚れた者と見なしていたからです。そんな汚れた者を神殿に入れることは死に当たる罪であると考え、その罪人を罰することを神が求めておられると主張しながら、しかし一方では「汚れた異邦人」であるはずのフェリクスに訴えざるを得ない現実。何たる皮肉でしょう。しかも、長々としたおべっかを使って訴えている。神の名によって訴えていながら、何が神の御前で正しいことであるかという視点は失われ、何でもいいから神の名を利用していることが分かります。人が神の御心を求めていない時、主張される正義は全く当てにならないものです。自分の願いを実現するためには、いくらでも神の名と神の正義を引き合いに出すものだからです。

大祭司たちのゆがんだ、しかし巧みな論理や陰謀はなるほど分かりました。パウロの側に立って、大祭司たちは実にけしからんと憤る事もできるでしょう。そんな時代に生きていなくてよかったと思うかもしれません。しかし、わたしたちも、ひょっとしたらこの手の馬鹿げた状況に陥ることが無いとも限りません。他人事としてではなく、自分のこととして考えるとき、わたしたちはこの限られた聖書箇所から、何を聞くべきでしょうか。ここで聖書は、こういう時こそ「主なる神を思い起こせ」と語りかけてきます。どのような時でも、すべてを支配されているのは主なる神であり、十字架のイエス様こそが、わたしたちに力を与えてくださるからです。主は生きておられます。ただ灰色の時のように思える時にも主は働いておられるのです。パウロはただ主に信頼し、今為すべきことをして待ちました。

人間の力は、自分自身は勿論、妻や夫、親などの家族も、先生や親しい友人も、最終的な支えにはなりません。また、本当に為すすべもない耐えがたい苦しみの前には、過去の素晴らしい成功体験や、つらい状況を克服した思い出は、助けになりません。自分の力にのみ依り頼んでいますと、これまで耐え忍んできたつらい経験は、無駄な苦労だったのでは、ということになりかねませんし、将来に見ているあらゆる希望も、幻想であり、妄想ではないのかという疑問からも解放されません。これから人生の経験を積もうとしている若い方でも、もうすぐ終わりを迎えようとしている経験豊かな方でも同じです。この世界を動かしているのは人間の力ではありません。わたしたちの未来を握り、道を備えてくださっているのは、主なる神です。この主なる神こそが、本当にわたしたちを支え、導いてくださっているのです。深く息をして、すべてを主なる神に明け渡すことができてはじめて、わたしたちは、そうだと安心して言えます。心の底から慰められて元気になることができるのです。御心に応えていくことができます。神が何をしてくださるのか、期待して待つこともできます。

わたしたちは、旧約聖書の時代から絶えることなく伝えられた信仰の言葉「あなたの主である、神を思い起こせ」を忘れてはならないのです。日本語で「カミ」という発音を聞くと、漠然と絶対者、全能者、力強い、近づきがたい何者かを思い出す危険性があります。昔から使われていた「神」という言葉からくる、目に見えない高いお方、あの世的な超越者というイメージから抜け切れないからです。しかし、そういうふうにだけ思いますと、神は心の中の秘儀もしくは願望の反映にすぎない一般的な神になってしまいます。そういう神は、極めて不確かで、わたしたちに最も必要な力を与えてくれません。ただの運命にすぎません。時には残酷な神になります。

わたしたちの主なる神は、名前を持っておられ、性格があり、顔さえあって、時に極めて厳格ですが、助けに満ちた、真実なお方です。慈愛に富みたもう神です。わたしたちは子としてこのお方を「天のお父様」と呼んできました。難しい勉強をして、「神とは何か」などと問う必要はありません。わたしたちが何も知らなくても、神はわたしたちを愛しておられることを繰り返しお示しになってきたからです。神が問われます。君はどこにいるのか。何をしているのかと。わたしたちを探し出して、そして、あなたと共にいる、とおっしゃってくださるのです。

では、神がご自身をお示しになるまで、わたしたちはこの父なる神を知ることができないのでしょう。何もできないのでしょうか。いいえ、実は人間の側からも近づけます。しかも、練習してだんだん近づいて行けるのです。その練習、反復訓練が、礼拝です。礼拝では声を合わせて神を賛美します。オルガニストの賛美を聞きます。信仰告白を唱えアーメンと唱和します。説教を聞きます。神の呼びかけです。平和の挨拶を交わします。特別な恵みとして、聖餐に招かれ、キリストの体と血、パンを食しブドウ酒を飲みます。この礼拝で神がわたしたちに出会ってくださいます。わたしたちと共にいて、わたしたちが経験したことをもう一度確認し、わたしたちを新しくし、力を与えて送り出してくださるのです。礼拝の中で、この方は驚くべき力を与えてくださいます。生きる時に必要な十分な力をわたしたちは持っていません。その力を神は下さるのです。あれもしなくてはならない、これもしなくてはならないと、いろんなストレスに取り囲まれている時、その時力を下さるのはこのお方です。生きる時以上に力がいるのは、死ぬ時です。瞬間ではなく死にゆく過程です。徐々に歳をとり、忘れっぽくなっていく、混乱したり、あちこちに痛みが出たり、弱さを感じるとき、その時必要な力を下さるのもこのお方なのです。礼拝すること、これは人として絶対必要なことであり、この世で最も自然なことです。礼拝の中でわたしたちは神に触れることができるのです。生きるとは主なる神との交わりを持つことに他なりません。礼拝し、神との交わりの中で生きる、これが最も大事なのです。気分がよければ礼拝するが、気に入らなければしないというのは信仰ではありません。信仰ごっこです。やがて信仰は消えていきます。神が下さる力を得ることはできません。とても悲しく、もったいないことです。

目をさましましょう。主である神を思い起こしましょう。神を思い起こすのは、イエス・キリストに繋がっていることです。教会のキーワードは、「わたしを思い起こすために」、「わたしの記念として」という言葉です。詩編第百三篇の出だしを唱えて、説教を終わります。頑張って思い起こすのではなく、神がわたしたちに、御自分を思い起こさせてくださいます。

わが魂よ、主をほめまつれ。わが衷なるすべてのものよその清きみ名をほめまつれ。  わが魂よ、主をほめまつれ。そのすべての恵みを忘るるなかれ。

祈ります。  わたしたちの兄弟となって下さった御子イエス様の父なる神、あなたは、今日もここに、わたしたちを集めてくださいました。あなたに触れ、力を与えていただきました。この後、わたしたちは再び散らされて、それぞれの場所に帰って行きますが、どうか、共にいてださい。だれ一人、あなたを忘れ、あなたを思い起こさないなどということがありませんように。そんなことを決して見逃さないでください。また、より多くの人が、あなたを知る恵みに与れますように。初めから終わりまで、いつも共にいます主である神に栄光がとこしえにありますように。  主イエス様のみ名によって祈ります。アーメン。

9月11日説教の音声

 

 

  • 2016年9月4日  聖霊降臨節第17主日 

 「パウロ、総督のもとへ護送される」

                                        使徒言行録 23章23-35節

わたしたちは昨年の五月から連続講解の形で、使徒言行録を順に読んでおります。先々週の説教は二十三章二十二節まででしたが、パウロを亡き者にしようとする陰謀について語られておりました。わたしが休暇で一週、間が空きましたので、重複しますが少し振り返っておきます。前回の箇所で見られた暗殺計画の特徴は、何が何でも命がけで実行すると言われていたことです。エフェソから来た人々に煽られ騒いでいたユダヤ人たちは、パウロがローマ兵によってローマの兵営に連れて行かれた後、大半はあきらめて落ち着いたと思われます。ところが、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた者がいたのです。殺すまでは飲み食いしないというのですから、直ぐに殺すという強い決意です。これに四十人以上ものユダヤ人たちが加わりました。彼らの計画は、兵営に監禁されているパウロを最高法院に呼び出し、その移動の途中で殺してしまおうというものです。彼らは祭司長たちや長老たちのところへ行って、「わたしたちはパウロを、ここへ来る前に殺す」ので、パウロを連れて来るよう、最高法院と組んで千人隊長に願い出るようにと要請します。まさか、パウロが一人で「のこのこやって来る」訳はありません。当然ローマ兵が護衛することになるでしょう。そのことを十分承知の上でパウロを襲おうというのです。そうなれば、護衛のローマ兵によって自分たちも殺される流血事件となることは明らかです。彼らはそのような大胆な計画を断行しようとしていました。ですからこの陰謀は単に飲み食いを断って願をかけたというだけではなく、計画そのものが文字通り命がけだったのです。自爆も辞さないテロによる暗殺です。

ここに熱狂主義、原理主義の形を見ることができますが、彼らは勿論、これが異常だとは思っていません。これは神への熱心であり、正義に対する誠であり、自らの属する共同体への忠誠に他ならないと思い込んでいました。ここで「ユダヤ人たち」と書かれているのが、ある程度組織化された集団であったのか、偶然できた一時的なグループだったのかはわかりません。いずれにせよ、このような命がけの密約というものは、同時に何人もの口から一斉に出るものではなく、一人、二人から始まるものです。「わたしが命をかける」と宣言する者が出てきて、それに「わたしも」という者が加わる。そして、その背後に、それを煽り利用しようとする権力が加わります。祭司長たちや長老たちに求められた協力要請は受け入れられました。ユダヤの最高法院が決断を下し、動き始めたのです。それはパウロを憎んでいるという点で、熱狂主義者と利害が一致したからだという単純で簡単なことではありません。ここは注意が要ります。大変な流血の惨事になるかも知れませんし、刺客たちと最高法院との共謀が発覚しますと、ローマ帝国とユダヤ共同体の関係にも深刻な影響を及ぼすでしょう。最高法院側も、暗殺計画など知りませんでしたという様な言い逃れは通用しません。もしローマ兵の犠牲者が出ればローマ側からの弾圧が予想されます。最高法院としても、これは大事件でしたが、それでも彼らはやろうとしたのです。ユダヤ人と異邦人を区別しないパウロは、神を冒涜しているとしか考えられなかったからです。神を冒涜するものには死を。それが前回の箇所に書かれていた、ローマの力を無視した非現実的熱狂主義者たちの姿です。

さて、今日聞きました箇所は「千人隊長は百人隊長二人を呼び、『今夜九時カイサリアへ出発できるように、歩兵二百名、騎兵七十名、補助兵二百名を準備せよ』と言った。また、馬を用意し、パウロを乗せて、総督フェリクスのもとへ無事に護送するように命じ、次のような内容の手紙を書いた」(二十三~二十五節)とはじまりました。パウロの甥から事情を聞いた千人隊長は、すぐにパウロをカイサリアに護送することを決断します。歩兵二百名、騎兵七十名、補助兵二百名とは、パウロ一人の護送になんと大袈裟なことかと思います。兵営には一千名の兵隊が常駐していましたので、約半数にも当たる兵士です。しかし、これは当然の措置だったのです。といいますのも、ユダヤ熱狂主義というのは古くから存在しておりまして、彼らの様な命を捨てる覚悟で剣を取る者たちに対処することがいかに大変なことであるかを、ローマ兵たちは知っていたからです。イエス様の時代の前から、パウロの時代に至るまで、何度もユダヤ熱狂主義者の反乱はあったのです。四十人のテロリストに対しては、五百人近い警護の体制が必要でした。ロ-マ兵は戦いのプロです。プロはきちんと備えをします。しかし、それにしても、なぜ千人隊長が即日パウロをカイサリアに護送することを決断したのでしょうか。長老たちの、パウロを連れてきてほしいという要求を断わるだけでもよかったように思います。

この千人隊長の行動については推測するしかないのですが、その理由を彼が届けさせた手紙から伺うことができます。この手紙の差出人はクラウディウス・リシアで、宛先はフェリクス閣下です。千人隊長の名前がクラウディウス・リシアであることがわかります。彼は以前パウロに「わたしは、多額の金を出してこの市民権を得た」(二十二章二十八節)と語っていましたが、この名前から、おそらくクラウディウス帝の時代にローマ市民権と、クラウディウスという姓を得たのだろうと推測できます。フェリクスはシリア総督(五十二/五十三~五十五/六十年在位)で、かつては解放奴隷でしたが、三人の貴族家系の女性と結婚することによって成功した人だと言われています。ちなみに最初の妻はアントニウスとクレオパトラの孫娘、三番目の妻は、アグリッパ一世の末娘のドルシラです。ドルシラは少し先(二十四章二十四節)にフェリクスのユダヤ人の妻として名前だけ出てきます。さて、この手紙には、「ローマ帝国の市民権を持つパウロが、ユダヤ人に捕らえられ、殺されようとしていたのを、兵士たちを率いて救い出した。パウロの告発されている理由はユダヤ人の律法に関する問題であって、ローマ法では死刑や投獄に相当する理由はないと思える。パウロに対する陰謀があるので総督のもとに護送する」という内容のことが書かれていました。出来事を簡潔に書いていますが、手紙の最初の部分は事実と違うなと、すぐ気付きます。パウロがローマ帝国の市民であることは、拷問しようとして初めて分かったわけで、パウロが市民権を持つから助け出したのではありません。千人隊長リシアによる脚色が入っています。ここで大事なことは、ローマ市民権を持つ者をちゃんと法に則って保護しているという事実です。パウロの身に何かがあると、千人隊長自身が困るのです。任務怠慢とみなされるからです。いや、任務怠慢どころではありません。もしローマ守備隊の保護下にあるパウロの命が奪われるようなことが起こったら、この千人隊長がユダヤ人から賄賂をたっぷり受け取ったのではないかという疑いさえ持たれかねません。彼自身の立場と将来が危機に晒されることになるのです。そして、早く護送してしまいたかったもう一つの理由は、パウロを取り巻く問題は、ローマ法に関することではなく、ユダヤ人の律法に関する問題であることでした。この律法の問題はローマ人にとっては一番やっかいな、分かりにくい、関わりたくない問題なのです。そこで一刻も早く総督に下駄を預けてしまいたかったというのが、本音であったと思われます。

ローマ人もユダヤ人も極めて厳格に法を尊重します。どちらも法に従うのですが、ローマは人間のために法をどんどん改正し、現実にあったものに変えて行きます。法の制定や改正のために元老院という議会がありました。ローマの法律は人間のためにあったのです。一方でユダヤでは、法は神から与えられたものとして決して変えません。人間は律法を守るために存在するのです。この感覚の違いは乗り越えられない大きな壁です。ユダヤの議会、最高法院は、法の番人で、なんとかしてこの律法を中心とした政治をしたいのです。つまり大祭司を中心とした祭司政治を行いたい。しかしローマは、属州の自治は認めても、宗教が政治を支配する形だけは決して認めませんでした。代わりに、ユダヤ人の王を立て、その王を利用して、ユダヤを治めようとしました。この時の王は、ローマで育ったヘロデ・アグリッパ二世です。先の皇帝カリグラとは幼馴染です。仲も良かったと言われています。現皇帝はカリグラの叔父クラウディウスです。クラウディウス帝は、カリグラがギリシア贔屓でユダヤ人に厳しく、エルサレム神殿に自分の像を置かせようとして大混乱を招いたので、その反省から、ユダヤに比較的自由を認めていました。聖書を読むだけでは当時の政治状況は分かりにくいのですが、ここに登場する千人隊長リシア、つまりエルサレム長官と、カイサリアにいるシリア総督フェリクス、エルサレムの大祭司アナニアと、ヘロデ・アグリッパ王は、微妙な二重の権力関係の中にあったのです。

千人隊長はこれっぽっちもパウロのことを理解していませんでした。パウロの語っていることの正当性を理解して、パウロを守る決断を下したわけでも、同情して助けたわけでもないのです。ここに見られるのは、ユダヤ教にも、キリストの福音ともまったく無関係な、異邦人リシアの自己保身のための政治判断です。しかし、そのようなローマ人の決断さえ、主は御自身の計画を進めるために用いられたのです。この出来事を通して主はパウロのローマ行きの道を開かれました。神が神として崇められていない、キリストが救い主として受け入れられてはいない、この世界のただ中において、ご復活の主は働いておられる、そのことをルカは書き記しているのです。この点が聖書の語る重要なポイントです。さらに言うならば、これまでに記されていたパウロの身に起こった、ある意味で悲惨なばかばかしい出来事の一つ一つでさえ、今日お読みした出来事と無関係ではありません。すなわち、それらもまた、パウロがローマへ向かうための道備えであったと見ることができるのです。リシアの手紙にもありますように、彼にとって重大事は、パウロがローマ市民であるということです。パウロがローマの守備隊の保護下に入り、彼の市民権について千人隊長が知ったのは、結局のところパウロが扇動された群衆に襲われたからでした。群衆に襲われたのは、パウロがエルサレム教会の申し出に従って清めの期間をエルサレムで過ごし何度も神殿に出入りしたからです。わたしたちがこれまでに読んできましたのは、パウロにとってすべて裏目、裏目に出たようなエルサレムの日々でした。しかし、今、全てが主の御手の内にあったことを知らされるのです。ご復活の主はパウロのつらい現実の中にも働いておられたのです。それゆえパウロのなすべきことは、何よりも「勇気を出せ」とおっしゃって、彼の未来を切り開かれる主に信頼することだったのです。

誤解のないように申し上げますが、パウロがローマに行ったことで、ローマに教会が誕生したわけではありません。ローマの信徒への手紙を読めばすぐわかりますように、彼が行く前から、ローマには相当数のキリスト者がおりました。アンティオキアにも、アレキサンドリアにも、大きな教会がありました。これらの教会は、名もない大勢の信徒たちの働きによる伝道の成果です。しかし、キリスト教会のヨーロッパでの発展は、パウロとペトロ、この二人のローマでの活躍が無ければ、全く違ったものになったと思われます。詳しくは分かりませんが、ペトロはローマで頭を下にして十字架に付けられ、市民権を持つパウロは首を切られたと伝えられております。いずれも、クラウディウスの次のネロ皇帝による迫害の時です。このペトロのお墓の上に建っているのが今のバチカンの聖ペトロ大聖堂、パウロの墓の上に建つのが、聖パウロ大聖堂です。ローマに行く誰もが訪れる教会になっています。

今日は振起日です。教会の正式な暦ではありませんが、暑い夏が終わりに近づき、信仰をもう一度振い起し、伝道に励もうと決意する日です。まだまだ暑さは厳しくても、どことなく秋の気配が感じられます。次週からは祈祷会も聖書を読む会も再開され、マラナ・タ教会のプログラムも、通常の状態に戻ります。人間の熱心や努力がこの世界の方向を決するのではありませんが、これからは何をするにも、八月よりはしやすくなります。キリストとはまったく無関係に動いているように見えるこの世界の中に、復活の主は生きて働いておられます。決してわたしたちの思い通りには進まないわたしたちの人生の中にも、主は生きておられるのです。もちろん今もです。ですからわたしたちは与えられた場所で安心して働けばいいのです。わたしたちの未来は、ほかの誰でもないご復活の主が掌握し導いておられます。わたしたちはどんな場面においても、なお一層この方を主として崇め、礼拝し、この方に信頼して生きるのです。

祈ります。
全能の神、すべてを掌握し、常によき方向へと導いてくださると信じ感謝します。どうか絶えることのない憐みを持って、わたしたちを悪よりお守りください。わたしたちを、お支えください。心から主に仕えることができますよう、またそれぞれが置かれた場所で御業の道具として喜んで働くことができますよう、恵みと力をお与えください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。