聖霊降臨節説教 2018

原則として 森喜啓一牧師が、各月最終週の説教を担当します
その他は 久下倫生牧師が担当

2018年10月21日 聖霊降臨節第23主日
「ヤコブとヨハネの母」
マタイによる福音書20章17-28節 説教 久下倫生

「イエスはエルサレムへ上って行く途中、十二人の弟子だけを呼び寄せて言われた。『今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する』」(十七~十九節)。今日の説教個所はイエス様の三度目の受難予告から始まりました。十九章以降、ガリラヤを離れ、ペレヤを経てエルサレムへの途上におられるイエス様は、今まで(十六章二十一節、十七章二十二節)と違って「引き渡され、死刑を宣告され、十字架につけられ、そして三日目に復活する」と、ご自分の受難と復活を、十二人の弟子たちだけに密に、今までよりも詳細に予告なさっております。「十字架につけられる」という事実が初めて出てきます。当時のユダヤの死刑は、石打ち、火あぶり、絞め殺しで、これは一応人間扱いをした処刑です。しかし、十字架刑はユダヤの方法ではなくローマの死刑で、全くの非人間的な扱いで呪われた者への残虐な死刑です。じわじわ苦しめて殺すのです。ここでイエス様にどのようなことが起こるのか神の御計画がはっきり述べられています。「今、わたしたちはエルサレムへ上っていく」という言葉が重く響きます。しかし、今日聞きましたように弟子たちは、やはり十分には理解できていなかったのです。その弟子たちに向かってイエス様は、今一度弟子たち同士の関係の在り方を教えられます。

「そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。イエスが、『何が望みか』と言われると、彼女は言った。『王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください』」(二十、二十一節)。ゼベダイの息子たちとは、よく知られた漁師のヤコブとヨハネです。二人はイエス様の予告を聞いて、何か大変なことがこれから起こる。やはり先生は国を再興なさるのだと確信したのでしょう。この緊迫した状況で、事が起こる前にあらかじめお願いしておこうと思ったのです。母親は直接聞いてはいませんでしたが、息子と同じ願いを持ったのでしょう。息子たちと一緒にイエス様のところに来て、ひれ伏しました。「何が望みか」とイエス様が尋ねてくださったので躊躇なく答えました。「王座にお着きになるとき、この二人の息子が一人はあなたの右に、もう一人は左に座れるとおっしゃってください」。

弟子たちの目には、二つの力が見えていたはずです。ローマ帝国の政治的支配とユダヤ当局の宗教的支配です。現実に社会を支配しているローマ皇帝の支配体制の下で、神によって王として立てられたことを、もしイエス様が宣言なさるなら、たちまち皇帝が主なのか、イエスが主なのかという問いに直面します。当然ローマ帝国と真っ向から衝突せざるを得ないでしょう。そうなれば帝国内にこれまで起こったいくつもの反乱の一つと同じように政治的反乱と見なされ弾圧され殺されるはずです。またもし、イエス様が自らをキリスト、神に遣わされた救い主だとはっきり宣言なさるならば、祭司たちとも衝突せざるを得ないでしょう。弟子たちは以前からイエス様がユダヤの宗教指導者たちから疎んじられ憎まれていることを知っていました。ローマ人による弾圧以前に、ユダヤ人同胞の宗教勢力がイエス様の行く手を阻む大きな壁だったのです。それでも弟子たちはイエス様が神によって油注がれた王、やがてこの世界を正しく裁き、神の御心に従って民を治め、神の救いを地上にもたらす王であると信じていました。イエス様が王座にお着きになる時が必ず来る。その為にこそ、今危険をも顧みずエルサレムに向かっていると納得していたのです。エルサレムに向かう行く手には多くの困難があり、苦労や犠牲が伴うことは明らかでしたが、イエス様が王座にお着きになると信じていました。ヤコブとヨハネもそうですし、他の弟子たちも皆、信じていたのです。だから母親も「王座にお着きになるとき」と言ったのです。

母親はイエス様が王座にお着きになるその時には息子たちにイエス様に次ぐ高い地位を与えてほしいと願います。マルコ福音書では、母親ではなく当人たちが直接願っています。マタイは母親が願ったと書いておりますが、もともとそのように願ったのは息子たちです。どのような人が天の国、神のご支配の中を生きられるだろうかという話がなされたのに続いて受難予告がされたのに、彼らはその意味が本当にはわかっていなかったのです。イエス様は、母親ではなくヤコブとヨハネに向かって話されます。「『あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲もうとしている杯を飲むことができるか。』二人が、『できます』と言うと、イエスは言われた。『確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになる。しかし、わたしの右と左にだれが座るかは、わたしの決めることではない。それは、わたしの父によって定められた人々に許されるのだ』」(二十、二十三節)。イエス様は質問自体の答えではなくこれからご自分が飲まなければならない杯としての受難を語っておられます。「目覚めよ、目覚めよ、立ち上がれ、エルサレム。主の手から憤りの杯を飲み、よろめかす大杯を飲み干した都よ」(イザヤ書五十一章十七節)と言った預言者の表現にもありますように、「杯」は神の裁きを意味することが多く、「杯を飲む」とは「死を受け入れる」ことの婉曲表現です。この言葉からヤコブとヨハネにも、直面していることの深刻さはわかったはずです。しかし、舟を捨て、家を捨ててついてきたのです。生きるも死ぬも一緒のはずです。もう同じ舟に乗っているのです。今更できないとは口が裂けても言えません。即座に「できます」、一緒に死にますと答えました。

ここでイエス様は、「確かに、あなたがたはわたしの杯を飲むことになる」とおっしゃり、彼らにも苦難と死が待ち受けていることを予告されます。その上で、だからといってそれによって高い地位が与えられるわけではないし、神の国での栄光が約束されるものでもない。それは神のみがお決めになるものだとおっしゃっています。誤った悲壮な英雄主義や、特攻精神で華々しく散ったとしても、神の国で主の左右に座ることになるとは限りません。事実ヤコブは早い時期に殉教しましたし、ヨハネも不便な島に流されております。結果的にはやはり同じ杯を飲んだのです。

「ほかの十人の者はこれを聞いて、この二人の兄弟のことで腹を立てた。そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では支配者たちが民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい」(二十四~二十七節)。結果的に願いは聞き入れられなかったのですが、ゼベダイの子らヤコブとヨハネの二人の抜け駆けを知って他の十人の弟子は腹を立てたとあります。やはり誰もが自分が上になりたがっていたということです。先々週の説教で、金持ちの青年が寂しくイエス様のもとを去ったのを見て、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って来ました、ではいったい何がいただけるのでしょうかと言った弟子たちの無理解がここでもはっきり出ています。少なくとも他の弟子より下にはなりたくなかったのです。それを見抜いてイエス様は弟子たちを呼び集められました。そして異邦人の間での支配関係と、あなたがたの間での関係は異なるとおっしゃったのです。あなたがたの間というのは、イエス様に従う人たちの群れではということです。そこでは誰かが支配するのでも、偉い人が権力をふるうのでもない。偉くなりたければ仕える者に、一番上になりたいものは皆の僕になりなさいとおっしゃいました。弟子たちの「天の国で、誰がいちばん偉いのか」(十八章一節)と争っている姿が八月末の説教にもでてきました。この時もイエス様は「自分を低くして、この子供のようになる人が、天の国でいちばん偉いのだ」(同四節)とおっしゃいました。このような話は今日で二度目です。

皆、同じようにイエス様に従い、同じようにイエス様のご支配を望んでいましたし、イエス様の王国が実現することを望んでいました。にもかかわらず、その王国で誰が一番上か、誰がイエス様に一番可愛がってもらっているのか、信頼されているのかがまた問題になっています。この話が聖書に残っているのは、これが弟子たちだけの話ではなく、後の教会にも同じことがあったからでしょう。わたしたちの間にもあります。わたしがよく知っている教会でも実際に経験しました。祈祷会でご婦人がたは、牧師の横の席を奪い合いました。早く来て両隣の席に座ろうとなさいました。細身で男前、格好がよくて、しかも頭の切れる先生でした。マラナ・タとはずいぶん違いますね。かなりの皆さんが、できるだけ離れた席に座られる。問題になるのは上か下かです。誰が一番近いかです。近くに見られて悦に入り、遠くに見られて腹を立てる。なぜあんな奴よりも遠いのか、下なのかと不平を言い、親しい関係になろうと懸命に上を目指す。愛を奪い合い、力関係を問題にしているのです。この教会でもかつて先生は誰々さんばかりをかわいがると、事実でないひがみも聞きました。婦人会や壮年会の権力闘争と嫉妬が、時に教会を分裂させます。そのような中で、一つになれるはずがありません。

イエス様の共同体では、忠実に仕え奉仕することによって偉大さが測られるのです。誰もが自然に持つ「偉くなりたい、支配したい」という世俗的な欲求を捨て、偉くなりたい者は仕えなさいとイエス様はおっしゃいました。支配や奉仕に関する一般的な評価を逆転させ、仕えることと服従を求められたのです。

そして続けて、「人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」(二十八節)と、「人の子」という三人称を使って、弟子たちが思い描いていたのとは全く異なるメシアの姿を提示されました。弟子たちや群衆が期待するような、力をもって国を支配する王になるために来られたのではないことを明らかにされたのです。受難予告がされましたが、「仕えるために」、「多くの人の身代金として自分の命を献げるために」と、ここで初めてはっきりとお語りになります。「身代金」と訳されている言葉は、ここと並行記事のマルコ福音書十章にしか出てこない言葉で、異なった訳では「贖いの犠牲」となっています。イエス様は罪の贖いのために身代金として十字架にかかって命を献げるために、人に仕えるため、自分の罪ではなく他人の罪のための犠牲とされるために世に来られたのです。「身代金」とはそういう言葉です。これはイエス様の誕生を母マリアの夫ヨセフに告げた天使の言葉を思い起こさせます。「マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである」(一章二十一節)。イエス様が来られたのは神の御計画によるものですが、イエス様は神の御意思と同じ思いで死へと向かわれるのです。

目の前にはローマ帝国の政治的支配とユダヤ当局の宗教的支配が立ちはだかっていましたが、本当の意味で救い主に敵対し救いの実現を阻んでいたのは、ローマ帝国の支配でもユダヤ当局の支配でもありませんでした。本当にひっくり返されなくてはならなかったのは、そして真にキリストの支配を受け入れなくてはならなかったのは、上か下かを問題にし、仕える者になろうとはしない弟子たちの姿勢だったのです。わたしたちは、イエス様は神が油注がれた王であり、ご復活なさって父なる神の右に座しておられると告白しています。しかし、弟子たちがこの地上で実際に出会ったイエス様の御姿は、仕える者の姿であり僕の姿でありました。王の王、主の主なる御方が低くなってわたしたちに仕えてくださいました。そのようにしてわたしたちの罪を自ら背負ってくださいました。もう一度、イエス様の言葉を聞いてみましょう。「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように」。「イエス様と同じように」ですから、イエス様が仕える方であったとのと同じように仕えることを目標にすることはできるはずです。もちろん多くの人の身代金として自分の命を献げることはできないでしょうが。

上に立つ者、偉くなりたいものは謙遜に人に仕えなければならない、この時のヤコブとヨハネのようであってはならないと聞きますと、注意をしませんと、謙遜の勧め、道徳の教えのようになりますが、もっと本質的に人の生き方として「大きくなろうとするか、小さいまま留まるか」という話です。繰り返し出てくる「偉くなる」と訳された言葉は「大きくなる」です。すると、十八章と十九章十三節以下で、子供を傍に呼び寄せて、天の国はこのようなものたち、小さな者たちのものであると繰り返しておっしゃったこともなるほどと響きます。

わたしたちの内にある、大きくなろうとするものはひっくり返されなくてはなりません。ですが、イエス様は懸命に働け、人の世話をしろとおっしゃったのではありません。マザー・テレサは、不幸な人を探し出して面倒を見るよりも、目の前の人を愛することが大事だと何度も繰り返して言っております。よく考えるとちょっと不思議な言葉です。目の前の人を愛するということは、簡単なようで難しいのです。一時的に頑張って犠牲を払えばよいというものではなく、真に仕えることだからです。愛するとは触れることです。わたしにはとてもむつかしいことです。イエス様には触れていただきたいと願っても、ある種の人には触れたくないし、触れられたくもないと思うことがあるからです。愛がないなと思います。教会では大きく見える人を牧師、役員に選びがちですが、考え直さないといけません。教会の奉仕は懸命にするけれども、愛のない人はいます。外国の小説には、時々そういう人が出てきますね。いろんな教会で行われる結婚式の際の決意を聞いておりましても、相手が自分を幸せにしてくれるかどうか、助けてくれるかどうかという事だけに思いが集中しており、対等な協力関係は求めますが、自分が相手に仕えよう、この人のために自分を捧げよう、この人を愛するのだという決意はあまり聞かない気がします。

主は今でも仕える姿をわたしたちに示し続けておられます。二十八節で「仕えるために来た」と地上での働きを要約されていますが、ここで仕えると訳されている言葉ディアコネオー(διακονέω)は、食事の「給仕をする」とも訳される言葉です。イエス様は今もわたしたちに御自分を差し出して言われます。「わたしはあなたに仕えるために来た。わたしをあげよう。わたしの命をあげよう。わたしの体を食べなさい。あなたにあげよう。わたしの血を飲みなさい。あなたにあげよう」と。わたしたちは、そんなイエス様に対し「あなたに従います」と告白しているのです。わたしたちは、共に主の食卓につくのです。同じ一つの食卓を囲み、主の体と血を頂くのです。それがわたしたちの信仰です。

祈りましょう。
イエス様が、仕えられるためではなく仕えるために、多くの人の身代金としてご自分の命を献げるために、この世に来てくださったことを感謝します。また教会の、わたしたちのあるべき姿を教えてくださいましたことを重ねて感謝します。どうかわたしたちが偉くなりたい、大きくなりたいと思うのではなく、イエス様の姿にならって忠実に奉仕することを喜びとできますよう支え導いてください。真の信仰を与え、お互いに愛し合い仕え合って生きていくことができますよう支えてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

10月21日の音声

 

 

2018年10月14日 聖霊降臨節第22主日
「不公平なぶどう園の主人」
マタイによる福音書20章1-16節 説教 久下倫生

今日の聖書箇所は「ぶどう園の労働者のたとえ」と呼ばれております。ぶどう園の主人の不思議な不公平さが印象的な話ですから、一度はお聞きになったことがあると思います。イエス様の時代よりも三百年位後のユダヤ教のラビ・ゼイラがした説教にもよく似た話が伝わっています。働いた時間はすごく違うのだけれども、仕事の中身の濃さも違っており、短い時間しか働かなくても長く働いた人と賃金は同じだったという話です。若くして亡くなった優秀な青年ラビを惜しんでそういう話がなされたようです。ゼイラは福音書を読んで、イエス様のこのたとえを知っていたのかもしれません。労働量と賃金の関係するたとえは、よくある形式のようで、ある王が怠け者と熱心な者に同一の報酬を支払ったが、神はそのようなことをなさらないという話もあります。イエス様のたとえも同じような話、つまり長く働いても、ほんの少ししか働かなくても報酬が同じであったという話に聞こえますが、本当の意味はどういうことだったのでしょうか。この少し変わった話を理解するには、この話の前に書かれている記事に注意しながら、読む必要があります。先週の富める青年の話の終わりは、「この通り、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りましたが、ではわたしたちは何がいただけるのでしょうか」というペトロの問いに対するイエス様のお答え、「先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」でした。それに続く今日のたとえも同じ内容の言葉で終わっています。つまり今日聞きました「不思議なたとえ」は、ほぼ同じ言葉に挟まって書かれておりますから、明らかにこの言葉が物語を理解する鍵になります。献身したら何をいただけるのですかと聞いたペトロの問いが隠れております。

今日のたとえを理解する上で二つのことをよく心に留めなければなりません。一つは、これが今まさにイエス様がエルサレムで十字架につき殺されようとしている緊迫した状況での話であるということです。もう一つは、この話は徹底的に天の国、神のご支配とは一体何か、誰が神の国にふさわしいのか、どのように神の国に備えるべきかが語られている中に出てくるということです。決して人生訓とか、知っておくと便利な知恵といったものではありません。イエス様が十字架に向かわれていることと、弟子たちが神の国に入ることが密接に結びついて語られていることに注目したいのです。イエス様と共にエルサレムに向かう、服従する、従っていくことと神の国に入ることが一つになっています。

それでは、たとえそのものを振り返ってみましょう。「天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った」(一、二節)。「天の国は、次のようにたとえられる」と始まります。当時の農場は日雇い労働者を使っていました。病気の時に面倒を見たり、死んでしまったときの損害を被ったりすることがなかったので、奴隷よりも安くついたからです。早朝日の出の頃から働き始めますから、あるぶどう園の所有者が、夜明けに(朝五時ごろでしょうか)、日雇い労働者を探しに出かけました。そして一日につき一デナリオンの約束で、労働者を雇います。一デナリオンとは一日分の生活費に相当しますから、一日働くと一デナリオンもらえるというのがこの時代の相場です。

「また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った」(三~七節)。この主人は、明け方に続いて朝の九時にも労働者を雇います。この辺まではそれほど変わったことではないかもしれません。しかし、主人はそれに続いて昼の十二時、午後三時、夕方五時と出かけていき、一日五回も自分のぶどう園で働く労働者を雇います。これは少なからず異常です。こんな時間に雇うことは普通ありません。正午と午後三時はどういう人だったかは何も書かれていませんが、最後の五時ごろ雇った人々についてだけ触れられています。「なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか」と尋ねると、彼らは、「だれも雇ってくれないのです」と答えたと書かれています。それまで仕事にありつけなかった労働者のこの答えはつらい響きを持っています。そのあとこう続きます。

「夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか』」(八~十五節)。八節で家の主人は、ぶどう園の主人と言い換えられております。主人は夕方暗くなって賃金を支払う段になりますと、夕方最後に来たものから始めて明け方から働いた者まで、順番に賃金を払うように監督に命じます。監督は夕方来た者にも、一デナリオンを支払います。雇う時、どんな約束がされていたかは書かれていませんが、まるまる一日分の賃金を払ったのです。彼らは躍り上がって喜んだでしょう。それを見た早朝から来て働いた人々は当然もっと多くの賃金を期待したでしょう。しかし支払われたのは、同じ一デナリオンでした。

そこで朝早くから働いていた者たちが文句を言います。自分たちは朝から晩まで丸一日働いた、暑い中を辛抱して。あいつらは一時間しか働いてない。それなのに同じ賃金をもらうのはおかしいではないかと。あいつらが一デナリオンなら自分たちはもっと貰わないとおかしい。これはよくわかる気持ちですね。同一労働同一賃金が叫ばれている現代ならパワハラですね。労働者を不当に扱ったとして訴えられ裁判になったら、この主人が負けそうな気がします。今の常識では主人は不公平です。しかし主人は言います。「自分は不当なことはしていない。約束は守った」と。まことにその通りで、朝一番から働いたものに一デナリオン払うという約束は守られています。つまり、この農園では、労働量によって報酬が決まるのではなく、報酬は主人の意のままに支払われるということです。主人の気前よさは、不正ではなく一方的な恵みなのです。

続けて主人は「自分のものを自分のしたいようにしてはいけないのか、それともわたしの気前よさをねたむのか」と言います。気前よさをねたむと翻訳されている表現ですが、この「ねたむ」という言葉は「目が悪い」という言葉です。元の言葉では、「わたしが善い者(アガソス)だと、あなたの目は悪い(ポネーロス)のか」と韻を踏んで書かれています。目が悪いと正しく見えません。また、この「善い、アガソス」という言葉は、先週登場した金持ちの青年が、永遠の命を得るにはどんな善いことをしたらいいでしょうかと聞いた言葉です。なぜ善いことについてわたしに尋ねるのか、善い方はただ神おひとりであると、イエス様がお答えになった、その言葉なのです。マタイは明らかに意図して同じアガソスという言葉を使っています。そしてこのアガソスは、善いという意味だけではなく、完全を意味する言葉です。ですから気前よさをねたむというよりも、「わたしが完全であることがよく見えないのか」と主人は言うのです。この主人は最初に来た者たちだけでなく、最後に来た者たちに対しても善い、つまり完全であろうとしています。わずか一時間しか働いていない者にも一デナリオン支払おうとする寛大さで応答するのです。イエス様は「天の国は次のようにたとえられる」とこの話を始められていますから、ぶどう園の主人を神と考えてもいいでしょう。

ここに出てくる労働者は、定職についていない日雇い労働者です。決まった主人を持っていない人たちです。ですから朝から職探しに立っているわけです。その日の主人を探しています。夜明け前に主人を見出した労働者がいます。幸運な人たちです。一方で、もし朝いったん仕事にあぶれますと、後はもうなす術がありません。何もしないで一日中ぶらぶらする以外ないわけです。ところがこの主人は、仕事にあぶれた者たちが気になって仕方がなく、ぶどう園の仕事は朝雇った人々でまかなえるのに、何度も何度も街へ出かけて行き、夕方の五時、もう人を雇うのは無意味な時間になってもなお人を雇います。ただただ「主人を見出し得ない者」に対して深い憐れみをかけているのです。普通の主人は夕方には決して人を雇いません。仮にもし労働力不足で雇ったとしても、ほんの少ししか支払わないでしょう。すると、この労働者は雇われてもその日一日分の生活費を家族に渡せませんから、困ったことになります。主人のいない人生は自由なようですが実は立ち尽くす人生です。夕方五時まで立っていた人は、今夜家族に食べ物を買うだけの価値、力を自分に見出せないでしょう。その日は絶望以外にありません。そのような人たちにとって、「あなたもぶどう園に行きなさい」という主人の言葉は驚き以外の何物でもありません。しかも一時間後に賃金をもらってみるとなんと一日分の賃金です。「わたしはこの最後の者にも、最初の者と同じように一日分を払ってやりたいのだ」と主人は言います。この主人の支払う報酬は全くの恵みです。これが神の善い性質、完全さです。神の恵みは人間の行為、業の質や量で決定されるものではないのです。

わたしたちは一体どこに立ってこのたとえを聞いているのでしょうか。自分の居場所です。わたしは日雇いなんかじゃない、定職についているからこの話はぴんと来ない、関係ないという立場でしょうか。あるいは幸いにも早朝に雇ってもらったので、一日分の生活費が確定している立場でしょうか。それとも、夕方になってもまだ仕事を見出し得ず、絶望している労働者の立場でしょうか。自分がどの立場で聴いているにしても、一つはっきり分かることは、ぶどう園で働きなさいと言われたら朝であっても昼であっても夕方であっても、はいと言って働くものだということです。イエス様が求めておられるのは「服従」なのです。イエス様についていくことです。船を捨て、家を捨て、親を捨て、長い時間働き、熱心に、生き生きした信仰をもって生きる。それは人々に賞賛される信仰です。けれども、ここで問われているのは、そのような、みんなが模範的と思うキリスト教的な生き方をするかどうかではなく、ぶどう園に雇われたかどうか、つまり行きなさいと言われて応えたかどうかであって、主人と労働者の関係です。イエス様とどういう関係の中にいるのか、どういう交わりに生きるかが問われております。

「このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる」(十六節)。初めに申し上げましたが、この言葉は十九章の最後の言葉と同じ内容です。金持ちの青年との出会いの後に弟子たちに語られたイエス様の言葉です。後の者が先に、先のものが後にというのは大事なことです。結局同じになるということです。たとえ朝から働いたにしても、そもそもぶどう園での仕事を与えてくださった恵みは、その働きの違いを超えて、はるかに大きいのです。信仰の業はその量によって決まるのではありません。与えられた恵みに感謝し応答するものです。ですから今まで機会がなかった、夕方まで仕事に行けなかった、自分の働きを今まだ見つけていないとしても希望があるのです。徴税人や罪びとであっても、神に立帰るのが年を取ってからであっても希望があるのです。

さて初めに、このたとえはイエス様が十字架にかかるべくエルサレムに向かわれる、まさにその時になさった話であるということと、もう目の前に迫ってきている神の国に入るための備えとして語られたものであるということをお話ししました。わたしたちは、イエス様の十字架と復活によって、天の国に招かれていることは確実です。ですから大切なのはひたすらイエス様に従うことです。すると目が曇ることはないのです。朝から働けて良かったと感謝することができます。夕方やってきた仲間に対して、良かったね、働けてと声をかけることができます。イエス様の後に従う時、具体的に言うならば、洗礼を受け聖餐に与る時は天の国にいるのです。自分が、神の憐れみによってぶどう園に雇ってもらったのだということが分かります。朝早くから働かれている方もおられるでしょう。若い時に洗礼を受けて教会で働き続けてきた方です。一方で九十歳になって初めて礼拝へと導かれたかたもおられます。しかしいつから働いたのかということよりも、そこには、いつも仕事を与えようとわたしたちを探していてくださる憐れみに富む主人がおられるという事実を知ることこそが大切なのです。

今日のたとえの解釈をまとめておきます。第一は、神は御国の民を画一的、一様には取り扱われない。第二は、神は御国における永遠の命を恵みによって与えられ、各人の働きに応じてお与えになるのではない。第三は、神の取り扱いにぶつぶつと不平を言ってはならない。そして最後に第四は、きょうのお話でははっきりと語られてはおりませんが、御国の民は、最後には地上でどのような歩みをしてきたかについて、裁きを受ける。神が意のままに報酬を支払ってくださる、主権が神にあるということは、裁きについてもそうであることを忘れてはならないということです。これは厳粛な事実です。

祈ります。
父なる神、いつもわたしたちを探し続けてくださっていることを、また御子イエス様の十字架の贖いのゆえに、わたしたちが招きに応えられるようにしてくださっていることを心より感謝いたします。あなたが与えてくださっている測り知れない恵みをしっかりと受け取り、曇りのない目で正しく物事を見ることができますよう支えてください。そして、これからもイエス様との交わりに生き、今度はわたしたちがあなたのご愛を家族や隣人に伝えていくことができますよう導いてください。
主イエス・キリストのみ名によって祈ります。アーメン。

 

10月14日の音声

 

 

 

2018年10月7日 聖霊降臨節第21主日
「金持ちと天の国」
マタイによる福音書19章16-30節 説教 久下倫生

十九章に入っております。今日の聖書箇所の直前では子供についての話を聞きました。イエス様は弟子たちに向かって、子供は無心でただひたすらに天の父に依存している、天の国はこのような者たちのものであるとおっしゃり、子供たちを祝福されました。今日も、どのような人が天の国に生きられるだろうかがテーマになっています。今日の登場人物はお金持ちの青年です。こういう人なら天の国に入れるだろうという大方の予想を裏切って、実はそうでもなかったということが語られます。イエス様は、それなら「いったい、だれが天の国に入れるのだろうか」という疑問を引き出しておられます。天の国、神のご支配の中にはみんなが招かれているはずです。金持ちは入れないのでしょうか。もしそうなら大変です。マラナ・タ教会にも入れない信徒がいるかもしれません。

さて一人の男がイエスに近寄って来て言った。「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか。」イエスは言われた。「なぜ善いことについて、わたしに尋ねるのか。善い方はおひとりである。もし命を得たいのなら掟を守りなさい。」男が「どの掟ですか」と尋ねると、イエスは言われた。「殺すな、姦淫するな、盗むな、偽証するな、父母を敬え、また、隣人を自分のように愛しなさい」(十六節以下)。

十五節で子供たちに手を置いて祝福されたのち、イエス様は家から外へ出られました。マルコ福音書十章では、旅に出ようとされていたとあります。もちろんエルサレムに向かってです。そこに一人の男がイエス様に近寄ってきます。この人は、ぞろぞろとみんなについてきたのではなく、一人で、おそらく真剣な表情をしてイエス様のところに来たのでしょう。彼は青年で、たくさんの財産を持っていた(二十二節)と書かれています。ルカ福音書十八章では議員であったとも書かれています。若くて金持ちで議員ですから、当時の社会のリーダーの一人です。わたしたちでいえば、大会社の経営者の息子で、頭も悪くない市会議員といったところでしょうか。この青年が尋ねます。「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」。宗教的なあこがれも持っていたようです。

旧約聖書を読んでいた人々にとって神の救いは、出エジプトの奇跡であり、カナンでの土地取得であり、健康と長寿であり、たくさん子供がいることであり、地上における現実的祝福でした。しかしそれとは別に、ダニエル書という黙示文学の中に「その時には救われるであろう。民は、多くの者が地の塵の中の眠りから目覚める」(ダニエル書十二章二節)と、復活が希望としてはっきり出てきますし、また詩編十五篇にも、「主よ、どのような人が、あなたの幕屋に宿り、聖なる山に住むことができるのでしょうか」とありますように、神が支配される国に永遠の命を得て住むというのは、熱心なユダヤ教徒が切望していたものです。

この人は永遠の命を得るには善いことをしなければならないと思っていました。まじめに真剣にイエス様に質問したのだと思います。しかし、「どんな善いことをすればいいのですか」という問いの中に、既に問題が隠されています。人の行為によって天の国に入れるという前提自体がおかしいのです。イエス様はおっしゃいます。善い方はおひとりである、神のみが善いことの基準であると。つまり、「善」とはすでに律法に書かれた神の意思です。ですから何かを探すのではなく、君もすでによく知っている「掟を守りなさい」とおっしゃったのです。イエス様は以前、「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためではなく、完成するためである」(五章十七節)とおっしゃいましたが、その律法を守るように言われたのです。すると青年はそれに対し「どの掟ですか」と尋ねます。これは掟のうちでより重要な、決め手になる掟はどれかという意味でしょう。イエス様の答えが意外であったことに対する驚きと、幾分かの反発の気持ちを含んだ問だと思います。「先生、掟とおっしゃっても色々ありますが」。ここにもこの哲学青年が陥っていた落とし穴があります。神の掟は選り好みするものではありません。どの戒めが特別善い戒めで、これを守ればいいというような判断の基準を人間はもちえません。神の戒めはそのすべてが善い戒めです。イエス様のお答えは、特別なものではなく十戒のよく知られた戒めと、レビ記の「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(十九章十八節)という隣人愛の命令でした。イエス様はこの答えで実に大事なことを語っておられます。人が永遠の命を得るためには、何か未知の、あるいは特定の戒めを発見して特別にそれを守るというようなことではなく、既にあなたがよく知っている戒めを守りなさいということです。

「そこで、この青年は言った。『そういうことはみな守ってきました。まだ何か欠けているでしょうか。』」(二十節)。青年は「そういうことはみな守ってきました」と答えています。横柄な答えにも聞こえますが、この金持ちの青年の態度はそんなに不遜なものではありません。実際彼なりの仕方で一生懸命律法を守り、様々な慈善も行ってきたのでしょう。近代人である我々には少し生意気に聞こえますが、この当時の優秀なユダヤ人であれば十分そう言いうる言葉です。決してうぬぼれではなく、戒めに関してはきちんと守ってきたのです。しかし正直なところ、それでも何か足りないなと思っているので、まだ何か欠けているのではありませんかと重ねて質問しているのです。

そこでイエス様の有名なお答えが出てきます。「イエスは言われた。『もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい。』青年はこの言葉を聞き、悲しみながら立ち去った。たくさんの財産を持っていたからである」(二十一、二十二節)。思わず、えっと息を呑んだでしょう。「持ち物を売り払え」という言葉にショックを受けたはずです。財産に執着がないはずがありません。財産は神の賜物のはずですから。イエス様は「完全になりたいのなら」とおっしゃいましたが、ここで言われている完全とは善行を積んで道徳的に完全な者になることではありません。青年が尋ね、イエス様がお答えになったのは、そうではなく永遠の命を得るにふさわしい生活を確立するにはということです。イエス様のお言葉の鍵は、「わたしに従いなさい」ということです。君がもし欠けを満たそうとするなら、わたしに従って来ることだとおっしゃったのです。

これは、律法を守るだけでなく、加えて財産を処分し施しに精を出すなら完全です、永遠の命をあげましょうという意味ではありません。永遠の命は何かをすることによって与えられるのではなく、イエス様に従っていく中で、賜物、一方的に頂くものとして与えられるのです。もう一つ重要なことがあります。始めに申し上げましたが、この時イエス様はエルサレムに向かって旅に出ようとされていたのです。十字架に向かっての最後の旅です。イエス様に従うには、どうしても財産を処分し、そのお金を家族や貧しい人々に分け与えていかなければならなかったのです。一切を捨てて従うべき時がもう目の前に来ていました。律法に何か一つのことをプラスすればいいというものではなく、根本的な姿勢の変更、裸になってイエス様に従うことが必要だとわかって、青年は悲しみながら立ち去りました。たくさんの財産を持っていたので、それを捨ててまで従うことができなかったのです。

振り返りますと、六章で「富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない」(六章二十節)とか、「神と富とに仕えることはできない」(六章二十四節)と言われていたように、所有物に執着するなという要求はすべての人にとって基本的で重要なものです。この記事はわたしが受洗を決心するときに大きな障害になりました。二十歳の時、わたしは金持ちではありませんでしたが、前途ある有望な青年だと自覚していました。他人にはもちろん「俺は将来大物になるぞ」などとは決して言いませんでしたが。ところが内心は、この青年同様なにか足りないのではないかと不安でした。少ないけれども自分の持ち物は大切にし、決して他人にあげようなどとは思っていませんでした。大切な本は特に手元に置いておきたかった。もし持ち物をすべて捨てることが本当に必要ならキリスト者として生きるのは無理だと思いました。悲しみながらイエス様の前を立ち去った青年と自分の姿が重なりました。この青年はできなかったがお前はどうかと厳しく問われました。「汝尚ほ一つを缺く」という声がしてなりませんでした。

「イエスは弟子たちに言われた。『はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい。』弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、『それでは、だれが救われるのだろうか』と言った。イエスは彼らを見つめて、『それは人間にできることではないが、神は何でもできる』と言われた」(二十三~二十六節)。旧約以来、富は祝福の象徴であったのですが、イエス様は金持ちが神の国に入るのは難しいとおっしゃいます。ラクダは当時考えられる最大の動物、針の穴は考えられる最小の穴でした。弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、若くて金持ちで信望の厚い、しかも信仰熱心な青年が神の国に入れない、つまり神に受け入れられないなら、いったい誰が受け入れられるのだろうかと言ったのです。人は自分の持ち物に少なからず執着を持ちます。たとえ少しであっても自分の持ち物を捨て去ることは人にとっては難しいものです。特に金持ちはそうです。金持ちが天の国に入るのは難しいのです。人間にはできないと、イエス様もはっきりそうおっしゃっています。キリストへの服従は中途半端にはできません。神に委ねきるかどうかをはっきり選ぶ必要があります。しかし、人に決められることではありません。すべては神の手にあるのです。人間にできることではないが、神は何でもできるとおっしゃったとおりです。すべてを捨てる決断をして初めて豊かに与えられるものがあります。ところがこのイエス様の逆説はペトロたちには理解できなかったようです。

ペトロは思ったでしょう。「わたしたちは富める者ではない。財産にも拘束されてない。大切な船を捨てて、今や神の前に自由である」。静かな満足と喜びで満たされたでしょう。また富める青年が寂しそうに立ち去るのを見て、ぼくたちは従ってきたのだ、これでよかったのだという見えない優越感に浸ったでしょう。普通はこういう感情を露わには言い表しませんがペトロは違います。口に出して言います。またもやペトロの人間的側面が前に出ます。

「すると、ペトロがイエスに言った。『このとおり、わたしたちは何もかも捨ててあなたに従って参りました。では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか。』イエスは一同に言われた。『はっきり言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に座るとき、あなたがたも、わたしに従って来たのだから、十二の座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。わたしの名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子供、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる」(二十七~三十節)。

「では、わたしたちは何をいただけるのでしょうか」。もしペトロが沈黙して、こんなことを言わなければ値打ちが下がらなかったのですが、あの祝福された金持ちの青年より、自分たちの方がずっと良いという思いを隠せませんでした。説教を聞いて、そうだわたしは今日聞いた富める青年よりはましだ、キリストに従う者なのだからと思いながら礼拝から帰るわたしたちと同じです。つらかったけれども、船と家を捨てたのだ、わたしはそれをしたのだという思いがペトロにはあったはずです。はっきり言えば「わたしは素晴らしい」ということです。わたしたちも、この世の中の大勢の人たちと違って、信仰を持ち、毎週犠牲を払ってでも礼拝に来ている、なんと素晴らしいだろうという思いを隠しております。わたしはそうです。人には言わないだけです。「わたしは罪びとにすぎません」と謙遜に言いますが、イエス様のため、教会のため、こんなに頑張っている、犠牲を払っている、ちょっと悲しい喜びに満たされております。わたしは神のために働いている。では神はわたしに何をしてくださるのだろうか。イエス様は、ペトロの気持ちをよくわかっておられるのにもかかわらず、そんな思いではだめだとはおっしゃいませんでした。ペトロの問いを論駁したり、突き返したりなさいませんでした。一方で、なるほどお前たちはすべてを捨てた、よろしい。天の国に生きられるようにしてあげようともなりませんでした。「あなたがたも、わたしに従って来たのだから」とおっしゃいました。従ってきたことに対して報いがある。新しい世界では、永遠の命を受け継ぐと。イスラエルの十二部族を治めるリーダーになるのだ。ただし、ここでイエス様は決して忘れることのできない重要なことをおっしゃいました。今確かにあなた方は、あの富める青年より先にいる。神に従い始めたからである。しかし、いつかあの青年があなた方を追い越し、神の国においてはあなた方よりも大いなるものとなるかも知れない。たとえ、わたしの名のために、家、兄弟、父母を捨て、そして百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継いだとしても、「しかし、お前たちのように、今先にいる多くの者が後になり、後にいる、あの青年のような多くの者が、やがて先になる」。うーん、考えさせられますね。

この富める青年は神の憐れみによって、その後いつかイエス様に従うことができたと考えられないでしょうか。そうでなければ、イエス様の死後何十年もたって書かれた福音書にこの人のことは出て来なかったでしょう。この時は悲しそうにイエス様の御前から去りましたが、おそらく後になって財産を処分し、ご復活のキリストに従って教会に参加したから記録に残ったのです。聖書にはそうは書いてありませんけれども、この青年が「失望の内に滅んだ」とも、「怒って他のラビのところに行った」とも書かれていませんから、わたしはこの人が後日、悔い改めて信徒となり、イエス様とのやり取りを、こんなことがあったのですと証言をしたのだと思いたいのです。だからこのように記録に残っていると。

さて、わたしたちはイエス・キリストに従って行くのでしょうか。イエス様の旅は、普通ではありません。十字架に向かう旅です。これを書いたマタイは、実入りの良い取税人の立場を捨てました。おそらくこの豊かな青年同様の迷いがあったでしょう。しかしこの苦しみは主の賜物でもあったのです。この献身によって世界の人々にマタイ福音書を残しました。毎年何億人もの人がこの福音書を読みます。何かを求めるとき、何かを諦めなければならないことはよくあります。何かを捨てて初めて得られることも多々あります。わたしたちには難しくても、神は何でもおできになります。すべてを神に委ね、イエス様に従っていきましょう。イエス様に従うことは何にも代えられない喜びです。イエス様はいつも慈しんでわたしたちを見ておられます。

祈ります。
父なる神様、イエス様は「人間にはできないが、神にはできる」とおっしゃいました。その通りです。救われる資格や素質を持ち合わせていないわたしたちを顧み、あなたに従っていく決意を与え、神の国に生きるよう導いてくださいました。感謝します。わたしたちがあなたの憐れみに応え、与えてくださった才能、時間、財産を、御心にかなった形で用いていくことができますよう力を与えてください。主に献げるときに、より一層豊かに与えられることを経験させてくださることに感謝します。マラナ・タ教会をこれからも御心にかなった教会として歩ませてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

10月7日の音声

 

 

2018年9月30日 聖霊降臨節第20主日
「子供を祝福する」
マタイによる福音書19章13-15節 説教 森喜啓一

イエス様が弟子たちとともに、エルサレムに向う途上ガリラヤ湖近くの町、カファルナウムにある一人の弟子の家に滞在されたとこのことです。イエス様は、弟子たちとそこに集まった人々に、教会の礎となる多くのことを教えておられました。イエス様の弟子でなくても、その場にいたすべてのものが、イエス様ご自身とそのみ言葉に引き寄せられ、一言でも救いのみ言葉を聞き逃すまいとしていました。そして、そこにいた人々の中には、はるばる遠くからやってきて人々もおりました。その人々もまた日々重荷を背負い、疲れ、乾き、望みを失っていたのです。皆が、イエス様に縋る思いで、生きるための救いを、イエス様に探し求めていました。イエス様がお語りになる時、弟子たちは、おそらくイエス様のそばに座っていたことでしょう。そして、弟子以外者の者、例えば、ファリサイ派や律法学者のようなユダヤ教の指導者達、金持ちや力のある者たちは、当たり前のように、前の方に陣取っていました。その後ろには、様々な男たちがおり、さらにその後ろには、多くの女性たちや子供たち、そして奴隷やユダヤ教からは除外された異邦人、あるいは収税人や娼婦のような人々もそっと他の人々の中に混じり込むようにして座り、あるものは立ってイエス様に注目していました。
全ての人々が、其々の思いの中で、待ち焦がれていた救い主のお姿を見、救いのみ言葉に注目していたのです。そこには、自分の子供たちになんとかイエス様からの祝福を受けられるようにしようとしていた貧しい家族がいました。このような機会はもう二度とないかもしれないのです。彼らは、意を決っして、尊大な態度でイエス様のみ言葉を聞いいている者たちの中に無理やり分け入り、イエス様になんとか近づいていこうとしたのです。イエス様が、まだみ言葉を語られている最中の出来事でした。前の方にいた男達や、弟子達は、この無礼な人々や子供たちの一群を慌てて制しようとし、その周りは騒然となってしまいました。「一体どうしたのだ」「何が起きたのだ」「こんな奴らは追い出してしまえ」。人々はそう叫んだのではないでしょうか。しかし、この突然の出来事は、イエス様の言葉を止め、イエス様のみ心は、子達を連れたその一家の必死な姿をしっかりと捉えました。イエス様は、大声で命じられました。「子供たちを来させなさい。私の所に来るのを妨げてはならない。天の国は、このような者たちのものである」。周りは静けさを取り戻しました。
しかし、イエス様が、この突然の出来事の中で発せられたみ言葉は、単にこの子たちを祝福するためにだけ「天の国は、このような者たちのものである」と語られたのでしょうか。皆さんはどのように理解されたでしょか。このみ言葉は、その子供達がまだ幼く、親の言うことをよく聞くように、神の教えを素直に受け入れるからなのでしょうか。この子らはまだ、神を疑う事ことを知らなかったでしょう。そして、神によって、これから豊かに成長をさせられていく子供であったのしょう。 それが天の国に入る者の理想像だから、イエス様はそのように語られたのでしょうか。あるいは、先月お話しした「自分を低くするもの」だからなのでしょうか。 もしそうなのであれば、多くのキリスト者は、天の国の前で、天使達に、「あなた方はふさわしくない」と言われて、門前払いを食らわされることになるのではないでしょうか。なぜなら、キリスト者の多くは、この私を含めて、その子供達よりも多くの罪を背負いながら今日まで生きてきたからです。 そして、もし、イエス様が本当にその子供たちを祝福するためだけ「天の国は、このような者たちのものである」言われるのなら、今日の私の説教はこれで閉じなければなりません。
イエス様が「天の国は、このような者たちのものである」言われたとき、そこには、神の深い決意と思いが込められているのではないでしょうか。それは、私たちキリスト者の信仰の最も基となる教えです。それを、イエス様は聖書の僅か数行のみ言葉の中に込められたのです。しかも、それは、今まで幾度も語られてきました。今日、その神の決意を、私は、皆様と共に思い起こすことを願い、祈っています。
私たちが、この神の決意をもう一度胸に描くには、イエス様の別のみ言葉をここでもう一度思い出していただく必要があると思います。天の国についてのみ言葉はいくつもありますが、その中でも特にマタイによる福音、第5章にある「心の貧しい人は幸いである。天の国はその人たちのものである」というみ言葉に注目していただきたいのです。イエス様が山頂の垂訓で語られた第一のみ言葉です。心の貧しい人、この人こそ天の国に招かれる人だと言うのです。この聖書箇所は、すでに久下牧師の説教でお聞きになったはずですが、ここでは再度、少しだけ触れさせて頂く事をお許しください。
「心の貧しい」とは、自分の利益を優先させ、嘘や虚栄や搾取の虜になり、人を騙し、弱いものを平気で差別し、人に愛を注ぐことや、同情や、哀れみを与えず、神の御心に逆らう哀れな人のことを指します。私たちの周囲にも、よく居る人々の事です。旧約聖書では、一体どれだけそのような人々が神の裁きを受けたことでしょうか。例えば、収税人であった、ザアカイの事をい出してください。彼の取り巻きは、彼の持つ金や利権には寄り付いて来たかもしれません。しかし、彼自身を心から愛する事はなかったでしょう。彼の妻ですらそうだったのかもしれない。そのことを、その虚しさを、ザアカイはよく解っていたのです。でも、自分ではどうしようもない自分の心の貧しさに、自分自身でうんざりしてしまい、 自分を変えたいと望んでいました。それでも、神にも人にも愛されたいと本当に願っていても、それをどうしていいかがザアカイには解らなかったのです。何か自分を操る悪が、そのザアカイを「心の貧しさに」に駆り立て続けていたのです。それを、本人はどうする事も出来ないでいたのです。それでも、イエス様との出会いは彼の全てを変えました。ザアカイは、神と人を心から愛することが、神と人に愛される鍵であることに気づいたのです。今や、神は、そのような人々でさえ、神は働きかけ、神の国にお招きになり恵みを与えられことをイエス様は確信しておられるのです。
イエス様は言われます。このような「心の貧しい人」も、その心の中の深いところでは、神の救いを求めているのだと。そして、神はそのような、一見救いようのないように見えるよう人でさえ捉えようとされるのです。そして、神は、その人に迫られます。神が、人に迫って来られるのです。なぜなら、神は、神の国の完成のために、愛する人を一人も失いたくはない、その人も神には必要だからなのです。もし、貴方が神をまだ知らなくても、神は、あなたを良く知っておられ、あなたを追いかけ、その悪から、心の貧しさから、あなたをひき剥がし、神のもとに連れ帰られることでしょう。神の愛と力は終わりがなく無限なのです。そうであれば、神は、教会に集う私達に、良くしてくださらないはずはありません。
犯罪者や心の昂ぶった者でなくても、神に従順に生きようとする者であっても、やはり罪は犯してしまうものです。それは、私達自身を振り返ってみればよく解ることではないでしょうか。私も、その罪からは逃れることのできない者の一人なのです。たとえ、信仰を告白した後でも、人生や仕事や結婚がうまくいかなかったり、悲しい目にあったり、苦しさから抜け出せないでいるとき、私たちは、神を疑うのです。「あなたは、本当に私の神なのだろうか?」、「あなたは、本当に私を愛していてくださっているのだろうか?」あるいは、 「本当に神などいるのだろうか?」と。
そんな時でも、私たちは「残念ながら、私は、神の思いには十分に沿うことのできない心の貧しい者なのです。それでも私は神に縋らなければ生きていけない。どうか主よ、私の罪をお許しください、そして、私をお助けください」と謙虚に祈るのではないでしょうか。私たちは、どのような時も神の恵みを受ける為に、とても謙虚な気持ちで神に依存しています、縋らなければ生きていけないのです。そして、神への依存から逃げる事は、もはやできません。神ご自身、神に縋る私たちを愛し、私たちを信じ、私たちを必要としてくださっているのですから。そのような私たちは、もはや常に神に捉えられ、神から離れていくことができません。そこに天の国があるからではないでしょうか。「天の国は、このような者たちのものである」とイエス様が言われている通りなのです。
だから、私達もまた、イエス様が大勢の人々の前で祝福された子達の様に、天の国の者なのです。私たちは、それぞれ長い人生を生きてきました。神はその歩みを支え、これからの長い歩みをもしっかりと支え、私たちを育てていってくださいます。今までの歩みの途中には、様々なことがありました。長い間、厳しい労苦に耐えながら、信仰に迷いながらも、今日まで生きてこられた中にも「本当に私は救われるのか?」と神を疑った事はなかったでしょうか?それでも、イエス様は「天の国はこのようなものたちのものである」と言われるのです。ひっそりと神を求め、信仰に生きるながらも、長く夫に仕え、家族のために尽くし続け、子育てに苦労し、自分の望みを犠牲にしても家族のために生きるお母様たちが大勢おられます。その孤立感とご苦労のゆえに「神にも見捨てられたのではないか」と落胆し、「自分の信仰は無駄なのではないか」と、そっと思われたことはなかったでしょうか?それでもイエス様は「天の国はこのようなものたちのものである」宣言されるのです。静かに神と共に歩みながらも、高齢な両親のために、身を粉にして世話をしながら自分の人生を費やす人々、時にはそのことに嫌気がさしてくることも、心が切れそうになり、神に向かって叫びたくなる事がある。しかし、それでもイエス様は「天の国はこのようなものたちのものである」と言われるのです。そして、このマラナ・タ教会で、神と互いの愛を確認しつつ、神の教えに従って成長を続け、新しい時代に向かって歩む人々を、イエス様は「天の国はこのようなものたちのものである」と言われるのです。
パウロは、ローマの信徒への手紙でこのように述べています。「すべて神の霊によって導かれている者は、神の子である。あなた方は再び恐れいだかせる奴隷の霊を受けたのではなく、子たる身分を授ける霊を受けたのである。その霊によって、私たちは『アッバ、父よ(お父ちゃん)』と呼ぶのである。御霊みずから、私たちの霊と共に、私たちが神の子であることを証してくださる。」と。
私たちが思っているよりも、神は、ずっと近くにいてくださり、親身になって、私たちをご自分の子供として、守り育てていてくださいます。私たちも、いつも祈っています。「天の父よ、願わくば、み名を崇めさせ給え。み国を来らせ給え。御心の天になる如く、地にもなさせ給え」と。どうか、この祈りが、私達が、神の子供達として、どのような道筋があろうとも、私たちが天の国に生きるものであるという現実を確信してください。私たちは、神の子なのです。イエス様は言われます。「天の国は、このような者たちのものである」と。私たちはそのみ言葉と明日を信じましょう。そして、平和の挨拶を行おうではありませんか。

9月30日の音声 森喜啓一

 

 

2018年9月23日 聖霊降臨節第19主日
「男と女」
マタイによる福音書19章1-12節 説教 久下倫生

マタイによる福音書の連続講解説教も、いよいよ大きな節目にさしかかりました。わたしたちは十八章までに、神のご支配が来たこと、その神のご支配を神の国「王国」と呼ぶのですが、王国に王たる人が生まれ、王として就任されたこと、その王がどんな出来事を起こされたか、またどんな説教をなさったのかをずっと聞いてきました。もちろん人々は王だとは気付いていませんでした。そして十八章では、王が王ではなくまるで犯罪人のように殺され亡くなったあと、弟子たちがどう生きればいいのか、どんな共同体を形成していくべきか、わたしたちでいえば、どんな教会を形作っていくのかについて、長い説教がなされました。兄弟が罪を犯したときの赦しの大切さや、兄弟が神の御前から迷い出ないように手を尽くすことを教えられました。

今日からいよいよ十九章です。この福音書によれば、イエス様の活動はガリラヤ地方でのものと、エルサレムを中心としたものと大きく二つに分かれます。イエス様は誕生こそ、ユダのベツレヘム、エルサレムの近くだったり、ヘロデ大王から逃れてエジプトに去ったりされましたが、少年期からはずっとガリラヤ地方でお過ごしになりました。わたしたちはこれまでガリラヤでの活動に触れてきましたが、十九章以降いよいよガリラヤを離れエルサレムへと移動なさいます。次にガリラヤへ戻られるのはご復活の後です。ゆっくりとした歩みでエルサレムに向かわれます。十九章、二十章はエルサレム途上での出来事で十字架に向かっての旅となります。二十一章でエルサレム入城です。刻々とイエス様の死が近づきます。

「イエスはこれらの言葉を語り終えると、ガリラヤを去り、ヨルダン川の向こう側のユダヤ地方に行かれた」(一節)。十八章でお語りになった説教の後です。「語り終えると」は何度か出てきたマタイの常套句で、話がここから展開します。ガリラヤを去り、ヨルダン川の向う側のユダヤ地方へ行かれたとあります。普通に考えますと向こう側とは東側ですが、困ったことにわたしたちの持っている地図ではここはユダヤではありません。しかし当時、ヨルダン川東側にも大勢のユダヤ人が住んでいて、この地方も含めて広くユダヤと呼んでいたのかも知れません。イエス様がガリラヤを離れられてから、どの道を通ってエルサレムに近づかれたのか、マタイはどうもあまり興味がないのか、福音書でははっきりしません。「イエス様は、ガリラヤを去りユダヤ地方に行かれたのだが、それは川向うを通ってだった」という風に理解してよいと思います。

「大勢の群衆が従った。イエスはそこで人びとの病気をいやされた」(二節)。おそらくガリラヤから従った人もいたでしょうが、新しい土地であるヨルダン川東側のペレヤの人々も、うわさを聞いて駆けつけてきたのでしょう。エルサレムを目指して南下される途中、単なる通過点ではなく少しの期間滞在なさったと思われます。ここでも人々は病気のいやしを求めてイエス様のもとにやってきます。そこで神の国が来たことが分かる徴がなされました。人々の病気をいやされたのです。同じ記事がマルコによる福音書十章にもありますが、マルコは「教えられた」と書いています。イエス様の説教といやしは分かちがたく結びついております。いやしだけを期待するのはご利益宗教に陥る危険性がありますが、教えだけでイエス様の奇跡に期待することがなければ、頭でっかちで、生きた信仰にはなりにくいでしょう。

さて、その時です。「ファリサイ派の人々が近寄り、イエスを試そうとして、『何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか』と言った」(三節)のです。既に十六章でもイエス様を試そうとしていたファリサイ派の人々が、再び登場します。「試そうとして」は、単に値踏みをするだけではなく罠にかけてやろうという悪意を感じさせる態度です。領主ヘロデ・アンティパスに兄弟の妻と結婚することは律法違反だと言った洗礼者ヨハネがヘロデに殺されるということもありましたから、ファリサイ派も結婚や離婚などを重要な問題としていろいろと論議していたのでしょう。この問題でイエス様に議論を吹きかけてきました。うまく論争に巻き込み、救い主メシアを装ってはいるが、化けの皮をはがしてやろうと思ったのかもしれません。お得意の律法解釈にイエス様を巻き込もうとしております。しかし、「何か理由があれば、夫が妻を離縁することは、律法に適っているでしょうか」とは妙な質問です。夫が妻を離縁できることは当時常識でした。ただ、全く自由に離婚できるのか一定の制約があるのかは、ユダヤ教のラビによって解釈はまちまちでした。律法に適っているかどうかはラビに聞くことですから、彼らのイエス様にたいする質問は、イエス様をラビとみて「先生はどういうお考えですか」と表向きは丁寧に聞いているわけです。当時、あるユダヤ教の学派は保守的で、妻に何か恥ずべきことがあるなら(参考:申命記二十四章一節)、つまり妻に不貞行為があったのなら離婚してもよいが、それ以外の理由での離縁は認めませんでした。しかし別のある学派は、何か恥ずべき行為という言葉を拡大解釈して、例えば料理を失敗しても離縁できるとしておりました。ご飯をおこげだらけにしたというだけで離縁できたのです。また「彼女が気に入らなくなった場合」(申命記同所)とも言われているので、妻よりもっと魅力的な女性が見つかったなら離縁できると、なんでもありの解釈でした。どうもイエス様の時代の男は、後者の解釈に大いに賛成しており、どんなことでもなにか理由をつけて妻を離縁できると解釈していたようです。弟子たちもそうです。「理由があれば」は直訳すると、「すべての理由に従って」ですから、質問したファリサイ派も「なんでもあり」の立場に聞こえます。

この当時離婚に関しては現代と違い、女性はずいぶん不利な立場にありました。夫に重要な欠陥があれば、それは経済的であれ肉体的であれ、妻も法廷に訴えはできますが、その場合でも最終的に離婚を承認するかしないかは男が決めました。イエス様がもし「ああ、なにか理由があれば離縁してよい」とおっしゃれば、イエス様を慕っている女性の気持ちは傷つくでしょう。逆に不貞行為以外の理由で離縁してはならないと厳しくおっしゃれば、男たちの支持が減るかもしれません。なんでもない質問のようでいて、巧みにイエス様の弟子たちの間に不協和音を作ろうとした質問です。神殿での礼拝と異なり、イエス様の周辺には女性が多かったことは間違いありません。イエス様は多くの女性に慕われていました。

「イエスはお答えになった。『あなたたちは読んだことがないのか。創造主は初めから人を男と女とにお造りになった。』そして、こうも言われた。『それゆえ、人は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となる。だから、二人はもはや別々ではなく、一体である。従って、神が結び合わせてくださったものを、人は離してはならない』」(四~六節)。どういう場合に離縁してもいいのかという申命記に基づく質問に対して、直接お答えにはなっていません。イエス様は前に「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためではなく、完成するためである」(五章十七節)とおっしゃっていましたが、ここでも創世記に言及して、もっと原則的に、より根本的に結婚の本来の意味をお語りになっているのです。「神は御自分にかたどって人を男と女に創造された。男と女は父母のもとを離れ、夫婦を核とする関係を作る。男と女が一緒になって初めて完全な人間は造り上げられる、結婚に結びつけたのは神ご自身であるから、人は二人を離してはならない」。本当はこうなのだと、イエス様は質問に対して角度を変えて巧みにお答えになったのです。父母を離れての「離れて」は、置き去りにする、捨て去るという強い意志を含んだ言葉です。イエス様は創世記の男と女の創造物語に基づき、男と女は一対一であり、離縁は神の意思に反するものであるとして、原則的に結婚は一回だけと言っておられます。イエス様のお答えは、はっきりしております。「離婚するな」です。

「すると、彼らはイエスに言った。『では、なぜモーセは、離縁状を渡して離縁するように命じたのですか。』イエスは言われた。『あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったわけではない。言っておくが、不法な結婚でもないのに妻を離縁して、他の女を妻にする者は、姦通の罪を犯すことになる』」(七~九節)。ファリサイ派は、イエス様の立場が厳格であることを知って、それなら、「なぜモーセは、離縁状を渡して離縁するように命じたのですか」と律法をもち出して切り返しております。繰り返しますが、この時代離縁はまったく普通のことだったのです。このファリサイ派の疑問は、ファリサイ派が律法を正しく理解していなかったことを露呈しております。まず離縁状なるものですが、離婚した女性がほかの男と結婚するときに、前の夫から自由になったことを保証するものです。これがないと、あの女はまだわたしの妻だと、後になって難くせつけられたときに反論ができません。離縁状があれば、それを受け取ってから九十日後には再婚する自由が保障されていたのです。離婚を命じるものではありません。やむを得ず離婚するときに女性が著しい不利益を被らないよう保護する、と同時に再婚相手の男の権利を守るためのものです。離婚を奨励しているわけではありません。ひどい夫のもとで苦しむ女性を救うための保証書でもありました。ユダヤ教における離縁は再婚を可能とする目的を持っていたのです。ファリサイ派はそんな簡単なことも理解しておりませんでした。頭が固かったのです。

ファリサイ派の異議に対しイエス様は「あなたたちの心が頑固なので、モーセは妻を離縁することを許したのであって、初めからそうだったのではない」とおっしゃいました。離婚を命じたのではなく民の頑なさに譲歩して許したのである。そしてイエス様ははっきりおっしゃいました。「不法な結婚でもないのに、妻を離縁して他の女を妻にするものは姦通の罪を犯すことになる」。これは五章の山上の説教でおっしゃった言葉とほとんど同じです。「不法な結婚でもないのに」というのは、政略結婚とか、本人の意志でもないのにということではなく、不貞、性的不道徳、つまり姦淫の場合は仕方がないが、そうでなければという意味です。言っておくが、というのは「まことに汝らに告げん」と大事なことを言うときのいつもの言い方です。妻がほかの男性と性的関係を持ったのでもないのに、離縁して他の女を妻にすれば、そもそも離縁が無効なので、結果的に二人の妻を持つことになって姦淫であるとおっしゃったのです。聖書には複数の妻を持っている人はたくさん出てきます。アブラハムもヤコブもダビデも。しかし、イエス様の時代には、夫婦は男と女一対一の関係でした。こういう考えは預言者や、祭司の伝統に基づくものです、サドカイ派は厳格な一夫一婦です。「神と民の関係」が「夫婦の関係」にたとえられます。「あなたはわたしの民、わたしはあなたの神」です。「あなたはわたしの妻、わたしはあなたの夫」。これは旧約聖書の最も大切な概念です。

なぜかこの言葉はファリサイ派よりも弟子たちに向かっておっしゃった様です。「弟子たちは、『夫婦の間柄がそんなものなら、妻を迎えない方がましです』と言った。イエスは言われた。『だれもがこの言葉を受け入れるのではなく、恵まれた者だけである。結婚できないように生まれついた者、人から結婚できないようにされた者もいるが、天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることのできる人は受け入れなさい』」(十~十二節)。離縁できるのは特別な場合に限定され、簡単に離縁できないと聞いて、それなら妻を迎えないほうがましですと弟子たちが言っておりますから、先生の結婚に対する考え方は厳し過ぎると彼らは思ったようです。弟子たちが男と女の関係をどういう風に捉えていたかがよくわかります。この時代男性は十八歳、女性は十三歳で結婚するのが普通でした。もし二十歳過ぎた男性が結婚していなければ、何か特殊な問題をかかえているのではとみなされました。生まれつき障害がある人、去勢されて宦官になった者、あるいは神の栄光を表すために献身する者、そういう人には独身を貫くという選択肢があり、こういう場合は誰も批判しませんが、普通は結婚しなければならなかったのです。それが簡単に離縁できないとなると、エッセネ派や、ナジル人のように誓いをたてて結婚しないほうがましではないかと言ったのです。しかし、離縁に厳しい条件があるなら結婚しないほうがましだとは、ずいぶん身勝手な論理です。

この箇所「天の国のために結婚しない者もいる。これを受け入れることのできる人は受け入れなさい」は独身制の議論のもとになったところです。今日カトリック教会での教職独身制の基礎となっています。イエス様ご自身は三十歳でもおひとりでしたから、明らかに誓いを立てて独身を守られたのでしょう。もっぱら神の国に仕える人間が結婚をしないことにイエス様は肯定的です。しかし、それを要求してはおられません。わたしは二十年前、カトリックの学校で初めて修道女の方々と一緒に勉強する機会がありました。結婚しないでもっぱら主と教会に仕える誓願を建てておられましたが、実に明るい方々が多かったです。映画でしか見たことのなかった女性修道者の実にあっさりさばさばした、しかししっかりした生き方に正直驚きました。懸命に学び、司教に対しても臆することなく堂々と発言なさっておりました。今マラナ・タ教会には、聖書講座や神学カフェで修道女の方が学びに来ておられますが、そのイエス様にお従いする姿勢や、教会での素敵な奉仕にはいつも感心させられます。でもこういう生き方ができる人は多くはないでしょう。結婚しない選択をできる人はしてもいいのですが、しなくてもいいのです。

男と女の関係は神秘です。いろんな生き方があります。時代によっても変わります。複数の妻を持つのが当たり前だった時代から変わって、イエス様の頃は男と女は一対一の関係でした。離縁は避けるべきだというのがイエス様の教えです。けれどもこれは今の世では人々の在り方にそぐわないようにも見えます。子供を産むため必ず結婚するものだった頃は、古代の家父長制の元、未成年の結婚が普通でした。親の意向で結婚しましたから、大人になって個性がはっきりしてくると、やはりうまくいかないから離婚しようという事もあったようですが、結婚は大きな家族の結びつきの中で、大勢によって支えられていました。事情が変わって、現代では人々の生き方は多種多様です。結婚に求めるものもやはり多様になっています。昔のように家同士の結婚ではなく成人した男女の二人の関係性を第一とする結婚が多くなりました。寿命も長くなり、結婚を持続する時間も長くなっています。病や事故で連れ合いが召される場合もあるでしょう。一回に限る結婚は誰もが守れる制度ではなくなってきています。どのような場合にも離婚は許されないと断定し禁止することは、危険な一般化となりかねません。うまくいかない結婚を続けるよりは離婚した方がいい場合もあります。離婚した人が、もう一度結婚し本当の結婚の神秘性や喜びを知ることを、イエス様が祝福なさらないことがあるでしょうか。

神は御自分にかたどって人を男と女に創造され、男と女が一緒になって初めて完全な人間が造り上げられるのです。神が結び合わせてくださったものを、人は自分のエゴで離してはならないことを忘れてはなりません。これから結婚なさるかたが目指すべきところは一回限りの結婚です。

祈ります。
父なる神、イエス様はガリラヤを離れて、エルサレムへ向かって歩み始められました。そこでご自分を待ち受けるものがなんであるかをご存じでありながら、黙々と進まれました。そういう状況の中、ファリサイ派の問いかけに答えてではありましたが、男と女がどう生きるべきかを話されたということに不思議な感動を覚えます。自分の都合ではなく、神のご意思が成就しますように。主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

9月23日の音声

 

 

 

2018年9月16日 午後3時 創立40周年記念礼拝

「「見よ、新しいことをわたしは行う」
イザヤ書43章14~21節 説教 久下倫生

今日はマラナ・タ教会創立満四十年を記念するために、このように集まっております。振り返れば、土地を購入し、宗教法人格を取得し、会堂を建て、墓地を整え、牧師館を備え、マラナ・タ教会は教会として必要なものを整えてきました。ここまでお導き下さった神の素晴らしい御業を賛美します。と同時に、今日ここにつながりのあった方々と共に礼拝できますことを心の底から感謝致します。皆さん、いろんな心持で集まり祝ってくださっていると思います。この四十年の神の導き・恵みを感謝して、また創立時から途切れることなく今も続けてこの場において神を礼拝できることが嬉しくて、あるいは五十周年に向けこれからの十年の始まりとしてという方もおられるかもしれません。いずれにせよ、新しい仲間、懐かしい仲間が共々に創立記念礼拝を守ることができる、これは本当にめでたく嬉しいことです。今日は皆さんと共に、イザヤ書の御言葉に耳を傾けながら、創立記念日を祝う意味を再確認しつつ、この喜びを共有したいと思います。

今読まれました旧約聖書の箇所は、戦争に敗れて国を失った人々が、遠い異国に捕囚となって連れて来られてから何十年か経ったときの話です。紀元前六世紀、ユダヤの国はバビロンによって滅ぼされました。王や神殿の祭司、技術者など主だった人々は捕囚となって砂漠の向こう側の地、千キロも東のバビロンまで砂漠を迂回して連れて行かれました。今のイラクです。そして都エルサレムは破壊されました。それからもう何十年もの時が立ちました。その異国の地で子供たちが生まれ育ち、又その子どもたちが生まれました。人々は神から見捨てられたのだとのあきらめの中、日々を過ごしておりました。戦争に負け、国が亡ぼされ、外国へ連れて行かれる。第二次大戦の敗北よりもずっとひどい状態です。今の平和な日本に暮らすわたしたちとはあまりにもかけ離れた状況ですが、どうか想像力を働かせてください。そういう状況の中、おそらくバビロン生まれであろう、無名の預言者の言葉がイザヤ書の四十章以下に残されております。捕囚が長く続き、精神的にも荒廃していた人々に、目には見えないけれども神のご計画は進んでいると力づけております。この預言者の言葉は、ずっと昔の特殊な時代に語られたものではありますが、教会創立四十周年を迎え、新しい歩みに入ろうとしているわたしたちにとっても、四十年を祝うこの時に読むにふさわしい言葉、聞くべき言葉です。

国が滅ぼされ、国王は殺され、エルサレムは廃墟になって、もう何十年にもなるのに何も起こりませんでした。人々は、こう言いました。「神よ、あなたは、昔は力ある方でした。ご先祖をエジプトの地から救い出してくださいました。エジプトの大軍を打ちのめし海の中に道を開いて戦ってくださいました。またダビデ王をたて国を祝福し、都エルサレムを繁栄の中においてくださいました。あの頃はすばらしかった」。これが彼らの気持ちでした。口にはしませんがこう続くはずです。「でも今は、もうだめですね。バビロンの神、ネボとマルドックの前で沈黙し、わたしたちを救うこともここから導き出してくださることもない」。

もう自分たちには本当の意味で新しいことは起こらない。神による歴史への介入などは幻想に過ぎないとあきらめ、絶望に支配されていました。希望を見出すのが難しい状況だったのです。こういう状況におかれると人は惨めです。自分の置かれている現実を忘れようとし、昔のことを思いめぐらします。はじめからのこと、過ぎ去ったことを思い出しながら、今ではなく過去の記憶に生きようとするのです。この時代の人々もそうでした。人々は安息日と割礼の習慣を守ることで、かろうじて自分たちのアイデンティティーを守っていました。昔の幸せを思い出しながら、人々は無気力の中で未来を閉ざしていたのです。

その人々に神は「わたしは、あなたたちのために バビロンに人を遣わして、かんぬきをすべて外し カルデア人を歓楽の船から引き下ろす」 (十四節b)とおっしゃいました。カルデア人とはバビロニア人のことです。強国ペルシアの王キュロスがバビロンを攻め、ユダヤ人たちを解放することが予告されたのです。その神は「海の中に道を通し 恐るべき水の中に通路を開かれた方。戦車や馬、強大な軍隊を共に引き出し 彼らを倒して再び立つことを許さず 灯心のように消え去らせた方」(十六、十七節)であると、エジプトから逃げる民のために、海の中に道を開かれた方であることが語られています。

たとえ過去が栄光に満ちていても、思い出に生きようとするとき、神が用意されている新しい展開、新しい恵みに気がつかないことが起こります。そんな人々に預言者は語ります、「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな」(十八節)と。後ろを振り返り、昔神がなしてくださった救いの奇跡、エジプトから奇跡的に脱出し国を作った栄光にしがみついてばかりいるのではなく、新しくなされることに目を向けるようにと言ったのです。

「見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き 砂漠に大河を流れさせる」(十九節)。いまや予想もしなかったことが起こる。その兆しが見える。神が新たに起こされることの兆しが見える、とこの預言者は言います。バビロンとユダの間は砂漠です。そこは砂の大地で水もない荒涼たる土地です。簡単には越えることはできません。今度は海ではなく、その延々と続く砂漠に、神は道を敷き、大きな川を流れさせられるとおっしゃるのです。

そして、「野の獣、山犬や駝鳥もわたしをあがめる。荒れ野に水を、砂漠に大河を流れさせ わたしの選んだ民に水を飲ませるからだ。わたしはこの民をわたしのために造った。彼らはわたしの栄誉を語らねばならない」(二十、二十一節)とおっしゃいました。つまり、その道ができるとき、道の近辺は豊かな水で潤い、野の生き物もその恩恵に与るようになると言われたのです。神がなさるとおっしゃることは、期待することや信じることはもちろん、予想すらできないような新しいことでした。荒れ野に道ができ、その道を通って脱出することができる。神は再び救ってくださるというのです。このあと、驚くべきことに自分たちを拘束していたバビロンが滅びます。預言者の言葉が現実となってきたのです。しかしだからといって、祖国は遠いし、もう何十年も経っていますから、バビロン生まれのユダヤ人たちは、なかなか荒廃した祖国に帰ろうとはしませんでした。多くの人は神が用意してくださっている新しい展開、新しい恵みに、一歩を踏み出せなかったのです。

わたしたちは、過去に神がなしてくださったことだけに目を向け、こういうお方だと歴史的に捉えるだけになってはいないでしょうか。今働いてくださることに心から期待をしているでしょうか。神は生きておられます。今実際になしてくださることに目を向けなければなりません。新しいことをわたしたちになしてくださるであろうことを、本当に期待をもって待ち望まなくてはならないのです。

四十年前の一九七八年九月十七日、香里教会枚方礼拝として第一回目の礼拝が守らました。当時香里教会は現住陪餐会員が百八十名余り、年間を通じての平均礼拝出席者数が、百名を超えておりましたから、大教会と言ってもよかったと思います。香里教会七十年の歴史の中で最も数字上の教勢が強かった時代です。また有能な信徒も大勢おられました。しかし実は、教会が分裂するかも知れないという危機に曝されておりました。ちょうど新約聖書の時代の教会、例えばエフェソの教会と同じような状況にあったのです。それにもかかわらず、その困難の中で、教職・信徒は一致してこの伝道所を開設。多額の献金をして現在地を購入し、この地で礼拝を続ける基礎を造りました。ここに教会のもつ人間的脆弱さと、それにもかかわらず神がこれを支えて励まし強めてくださる霊的確かさを見ることができます。教会が創立記念を祝うときに、この二つをしっかり見ることが必要だと思わされます。

マラナ・タ教会は十七名で礼拝するところからスタートしました。すぐに二十名を超え、一時期四十名近くが礼拝しました。しかし今は元通り、二十~二十五名くらいの礼拝になっております。当時は教会学校が盛んでしたが、今は子供が一人もおりません。わたしは三年程で教会を出ましたので途中はいませんでしたが、四十年前の最初の礼拝に出た人間の一人です。昔はこうだったなと思い出すと同時に、これからどうなっていくのだろうと思います。そんなとき、この四十年の延長線上に教会の未来を考えてしまいがちです。しかし、未来があるのは延長線上ではありません。神が新しいことを為してくださるからです。

神がこれまでなさったすばらしいことをいくら知っても、今わたしたちと共におられる神に眼を向けなかったら、このイザヤ書の人々と同じで、神が用意してくださっている新しい展開、新しい恵みに気がつかないことが起こります。預言者は、砂漠の中に神の新しい世界の始まりを見ました。壮大な幻です。砂漠に水が湧き、野獣たちが神を賛美する。すごいですね。わたしたちには主イエス・キリストの内に生きる新しい生活が与えられています。わたしたちにはっきり分かる新しいことが始まっております。今わたしたちはどこに目を向けているでしょうか。ちゃんとイエス様の方に向いているでしょうか。

マラナ・タ教会にも神は共に歩んでいろんな働きをしてくださいました。みんなが喜んで賛美できるようになり、礼拝の賛美がとても元気になってきました。昨年の秋には外部の助けも借りましたが、バッハのものすごくむつかしい素晴らしいコラールを歌いました。聖餐が整えられ、典礼の在り方が変わってきました。聖書の学びが深くなってきました。説教にアーメンと応じられるようになりました。同じ御言葉を読んで祈るようになりました。何よりも牧師が二組になりました。これから教会学校も再開されるかもしれません。音楽を通じた伝道を始めるために音楽主事を置くことも検討されています。これまで想像もしなかった全く新しいことが起こる、その兆しが見えます。五十周年は全く異なった祝い方ができるでしょう。厳しい想像をするなら、日本基督教団という組織はなくなっているかもしれません。信徒が減り続けているからです。マラナ・タの場合、十年後は教会員が創立時とは完全に入れ替わるはずです。最初からのことを覚えている人間はいなくなります。過去はこうだったというわたしのような人間はもういなくなるでしょう。「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな」です。新しいマラナ・タ教会がそこにはある筈です。

この四十年わたしたちは感謝の内に頑張って来ました。人の努力を軽く見てはならないと思います。特に最初の十五年、土地を購入し、法人格を取得しついでこの会堂を神に献げた頃の牧師と信徒の努力です。しかし、こんなことをしたあんなに頑張ったというだけに留まってはなりません。神が何をしてくださったかということがもっと大事だからです。だからと言って神が導かれた、恵みだ、感謝だと言っているだけでも過去にとらわれてしまいます。神も「頑張って」マラナ・タ教会を導かれたのです。神が汗を流してくださった。いや血を流してくださったという方が正確でしょう。ですからそれに応えて先輩たちも頑張ることができたのです。

今新しい歩みを始めようとしていますこの時に、わたしたちには何が求められているのでしょうか。エフェソの信徒への手紙に次のように書かれています。「だから、・・・・滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません」(エフェソの信徒への手紙四章二十三、二十四節)。この手紙の著者は古い生き方をやめて新しい生き方を選ぶ必要を強調して「心の底から新たにされて」、「真理に基づいた(正しく清い)生活を送る」ようにと言います。口語訳聖書ではこの聖句は、「心の深みまで新たにされて」と訳されていました。もうひとつ前の聖書では、「心の霊を新たにし」となっています。この文語訳が元の言葉に一番近いと思います。新しくなるとは、霊が新しくされるのです。霊と訳されている言葉は、人間存在のすべてを表す語で、心魂、心と魂と訳してもいい言葉です。魂の深みにおいて、心の底から新しくなるということは反省などというレベルの話ではありません。今の言葉で言えばスピリチュアルなものが心身共に新しくなるということです。

新しくされるとは、完全に受身です。人間が新しくされるのは受身であって、自ら新しくなることは出来ません。この受身を先ほど交読しました詩篇五十一篇はよく現しています。「神よ、わたしの内に清い心を創造し 新しく確かな霊を授けてください。御前からわたしを退けず あなたの聖なる霊を取り上げないでください。御救いの喜びを再びわたしに味わわせ 自由の霊によって支えてください」(詩篇五十一篇、十二~十四節)。この詩人の祈りを自分たちのものにするとき、わたしたちは新しくなっていくことが出来ると思います。わたしたちはそれを願ってこの十年、毎週この詩編を唱えてまいりました。

古い人を脱いで新しい人を着る、これが可能になってこそ四十年目を祝う真の意味が満たされるでしょう。いまや「きざし」がはっきり見えます。わたしたちとマラナ・タ教会は変わっていきます。この自覚が、四十年目のわたしたちに求められております。

祈ります。
主なる神さま、マラナ・タ教会を四十年間守り導いてくださったことを感謝します。あなたのご計画の兆しを見、あなたが今働いてくださっていることにしっかりと目を向けて期待して待つことができますように強めてください。新しい歩みに踏み出そうとしていますわたしたちを新しくし、これからもあなたの呼びかけに応えることができますよう支えてください。そしてあなたを見上げて歩むことが出来るように助け励ましてください。マラナ・タ教会を祝福してください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

9月16日午後3時 創立40周年記念礼拝の音声

 

 

2018年9月16日 聖霊降臨節第18主日
「赦しなさい」
マタイによる福音書18章21-35節 説教 久下倫生

今日、わたくしどもは教会の創立記念日を迎えております。おめでとうございます。必ずしも順風満帆とは言えなかったかもしれませんが、マラナ・タ教会が今日まで一日たりとも主の日の礼拝を休むことなく、御言葉に聞き従い、信仰を告白し、賛美歌を歌い、祈り続けてこられたこと、これは本当に神の恵みであったと感謝しております。

こんな風にわたしは去年申しました。九月十七日三十九周年記念礼拝の説教冒頭です。今年創立四十周年を迎えるに当たり全く同じ言葉を申し上げることができます。キリストの中に留まり続けることができた。本当に感謝です。昨年のこの日にも、創立を祝福する、もしくは敬老の日にふさわしい御言葉ではなく、マタイ福音書から毎週連続している聖書箇所を学びましたが、今年もその順番で説教をいたします。今年は十八章が与えられた聖書箇所です。さて今年この日に巡ってきた箇所は、厄介な箇所です。「仲間を赦さない家来のたとえ」です。今ずっと聞いております十八章では、イエス様が、ご自分が十字架にかけられた後のキリスト者共同体、つまり教会で人と人がどうかかわって生きていけばいいのかについていろいろと長くお話になっております。教会生活、教会の内側についてのことです。何度も繰り返し申しあげましたが、信仰者にとって最も大切なのは、神の家族に属すること、教会の一員として生きることです。そして神の家族に属してそのメンバーとして生きるのなら、お互いの愛の絆を養い、それを強くし、皆が霊的に生き続けられるよう、つまり神の御前から消えてなくならないよう配慮しあうのです。

家族は喧嘩をします。兄弟は競い合います。時には家族の一員を支配しようとしたり、追い出そうとしたりさえします。兄弟に対して罪を犯すこともあります。それでも神のみ前に一緒に生きられるよう、なしうる限りのことをするのです。一人が迷い出たらそれを探しに行きます。誰かが罪を犯して教会から離れたら連れ戻す努力をするのです。先週、先々週とそういう説教を聞きました。先々週の「迷い出た羊」の話では、神は失われた一人、不安に泣いている羊も探しておられる、迷い出たたった一人でも滅びることは天の父の御心ではないと語られています。万一わたしたちが神の前から離れてしまうようなことが起こっても、心を痛めて探してくださる神がおられるという事実がはっきり分かるように語られていて、これはわたしたちにとって大きな励ましでした。けれども先週の「兄弟の忠告」では、罪を犯した兄弟を共同体の一員とは見なさいで祝福から締め出すということもあり得ると言われています。イエス様は、教会は神の愛によって成立している集団だから兄弟を裁いてはいけない、罪びと扱いしてはいけないなどとはおっしゃらず、締め出すこともあり得ると語っておられるのです。

これらの二つの話を続けて聴きますと、人と人の難しいかかわり合いの中で、どのくらいまで我慢し努力すればいいのか、赦すことの上限はどこなのか、どうしても気になります。弟子のペトロも同じように感じたようです。次のように尋ねております。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか」(二十一節)。実際、自分に罪を犯した兄弟を一度でも本当に赦すには大変なエネルギーを要します。罪を犯すというほどではない、ちょっとした時間の約束が守られなかった場合を考えてみても、赦すことの難しさがわかります。例えばこうです、朝九時半に会いましょうと約束しましたが、その時間が来ても彼女はやってきません。十時半まで待ちましたが来ません。きっと何かあったのだとあきらめて帰りました。あとで連絡があって、「ごめんなさい。すっかり忘れていました」。あっけらかんとこう言われます。後日今度は六時半に夕食の約束をします。またすっぽかされました。あなたならこれも赦して、もう一度彼女と約束しますか。わたしなら、たぶん二回もすっぽかされたら、もう二度とこの人とは約束しませんし、おそらく大事な付き合いは止めます。皆さんも同じではないでしょうか。仮に三回目も約束して来なかったらおそらく付き合いを完全に止めるでしょう。わたしたちは忍耐しようと努力しますし、寛容でありたいと願いますが限度があります。七回も赦せば十分です。それまでに何か起こらなければ方向を変えるべきだと思うでしょう。

ペトロは「何回赦すべきでしょうか、七回までですか」と尋ねていますが、六回ではなく七回という数えられる回数の赦しを考えていたのではありません。「七」は完全性を示す伝統的な数です。ユダヤ人のペトロは「七」という数字に特別な意味を感じていたでしょう。彼にとって「七回」はものすごく大きな数字だったはずです。赦せるだけ赦すという、ある意味で完全に赦すことを考えて「七回」と言ったのかもしれません。あるいは、兄弟が本心から改めようとしないことがよくわかる場合に、それでも赦し続けるのが兄弟にとって本当にいいことなのかと考えて、何回まで赦すべきかを聞いたのかもしれません。このペトロの質問に対し、イエス様はこうおっしゃいました。「あなたに言っておく、七回どころか七の七十倍までも赦しなさい」(二十二節)。ペトロは、「えーっ」と言ったのではないでしょうか。主よ、なんとおっしゃいましたか、正気ですかと。もちろん、四百九十回まで赦しなさい、四百九十一回目は赦さなくてもいいということではありません。赦しに限度はない、無限に赦しなさいとおっしゃったのです。兄弟があなたに対して罪を犯したとき、「ここまで赦したのだからもうおしまい」というのはないのだとおっしゃっています。イエス様の赦しは数えきれないもの、際限なく永遠に続く赦しです。

わたしたちキリスト者には、どんなときにもどこまでも限りなく赦す生き方が求められているのでしょうか。このイエス様のお言葉を正直に受け止めるなら、おそらく疲れてしまいます。また無条件に繰り返し赦されることは決していいことではありません。基本的な関係の修復がなされないまま、安易に見かけ上解決しただけになります。悪がはびこります。悔い改めが必要です。イエス様がおっしゃったのは、神の国での生き方です。まだ神の国の完成途上にある教会では、際限のない赦しは現実的ではありません。イエス様が示してくださったのは、そうあるべき完全な道であり、目標とするものなのです。教会の中にいるわたしたちに向かって、イエス様は「天の国は次のようにたとえられる」といつものように面白いたとえを話されます。神のご支配とはこうだと。

「ある王が、家来たちに貸した金の決済をしようとした。決済し始めたところ、一万タラントン借金している家来が、王の前に連れて来られた。しかし、返済できなかったので、主君はこの家来に、自分も妻も子も、また持ち物も全部売って返済するように命じた。家来はひれ伏し、『どうか待ってください。きっと全部お返しします』としきりに願った。その家来の主君は憐れに思って、彼を赦し、その借金を帳消しにしてやった」(二十三a~二十七節)。ある王が家来に貸していたお金を清算しようとします。王は帳簿を調べます。今なら数名の優れた会計士を雇うか、監査法人に調査させます。大きい額の家来から呼び出したのでしょう。最初の家来は、一万タラントンの借金がありました。一万タラントンは一人の労働者で考えればおよそ十六万年分の賃金です。今の価値に換算すれば何千億円です。考えられない数字なのです。絶対返せない額です。王は彼も妻も子もみんな身売りして奴隷になれ、財産も全部売れと命じます。そんなことをしても焼け石に水でしょうが、何とか少しでも損害を補うためでしょう。ところがこの家来は「少しだけ待ってください、そうすれば全部お返しします」と、ひれ伏して懇願します。どれくらい大きな負債を負っているか、返済は無理だと分かっていなかったのかもしれません。わたしはわかっていて憐れみを乞うたのだと思いますが。うまくいきました。しきりに願うと王は憐れに思って借金を帳消しにしたというのです。王はこの家来との関係を維持しようとしました。赦してやったのです。家来はしめしめと思ったでしょう。うまくいったぞ。

「ところが、この家来は外に出て、自分に百デナリオンの借金をしている仲間に出会うと、捕まえて首を絞め、『借金を返せ』と言った。仲間はひれ伏して、『どうか待ってくれ。返すから』としきりに頼んだ。しかし、承知せず、その仲間を引っぱって行き、借金を返すまでと牢に入れた」(二十八~三十節)。出て行った家来は、今度は逆に自分に借金がある仲間に出会います。借金はいま自分が免除してもらった額の六十万分の一、数十万円レベルです。ところが家来はこの仲間の首を絞めて借金を返せと脅したのです。首を絞めるというのは忌み嫌われていた行為です。仲間は「どうか待ってくれ、返すから」としきりに頼みます。しかし彼は承知せず、仲間を牢に閉じ込めます。奴隷に売らなかったのは、借金の額が奴隷の額よりも低かったので、ユダヤ法によって売ってはならなかったからです。俺はバカな王とは違うぞ、だまされるものか、絶対金を取り返すぞ。損をしてなるものか。自分の経験から誤ったことを学習していたのですね。

「仲間たちは、事の次第を見て非常に心を痛め、主君の前に出て事件を残らず告げた。そこで、主君はその家来を呼びつけて言った。『不届きな家来だ。お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。わたしがお前を憐れんでやったように、お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか。』そして、主君は怒って、借金をすっかり返済するまでと、家来を牢役人に引き渡した」(三十一~三十四節)。

この出来事を知った王は、「お前が頼んだから、借金を全部帳消しにしてやったのだ。お前も自分の仲間を憐れんでやるべきではなかったか」、つまり自分が憐れみを経験したのだから、同じようにすべきであったと言ったのです。結局この家来は王によって牢に閉じ込められることになります。イエス様のお話では、牢獄とは言葉上のものです。たとえですから。しかし他人を赦さないで、自分の負債だけ赦してもらおうとすると、自分で作った鉄格子に自分を閉じ込めることになります。牢獄の中で会計帳簿を見て、あいつにはまだこれだけ貸しがあるのだと貸付額を計算することになります。

そして、結びの言葉が語られます。「あなたがたの一人一人が、心から兄弟を赦さないなら、わたしの天の父もあなたがたに同じようになさるであろう」(三十五節)。

借金の額があまりに大きいたとえですので、この家来は別世界の全く違う人間であると思いがちですが、ここまで聞きますと、この話が神による罪の赦しについて語られていて、わたしたちが大きな借金、罪を赦してもらった家来と同じだと気付きます。しかし、気を付けなければなりません。なぜなら、そうか、確かに他人を赦さねばならないのだ、そうでないとイエス様の天の父、神もわたしを赦してくださらない。あるいはわたしたちは主に大きな借金、大きな罪を免除していただいたのだから、他人のわたしに対する借金、罪なんて小さいものだから赦してやらねばなるまい、そんな風に聞こえるからです。このたとえ話を厄介な話だと断定した理由がここにあります。自分が赦されることと他人を赦すことがリンクして、自分の赦しを確保するため、命拾いするためには、他人を赦さねばならないのだとなりがちなのです。他人を赦すことで神の赦しを得られるというように勘違いしてしまうのです。そうだとすると、わたしたちは神と取引をするために他人を赦さねばならないことになります。決してそういうことではありません。黄金律のように、自分が王にしてもらったように、他人にもそうしなさいとか、他人を見逃してやれば自分も見逃してもらえるというような、道徳律や倫理の話とは違うのです。心豊かに温かい気持ちで寛容であれというお話でもありません。すでに、あなたは赦されている、すでに王があなたを赦してくださったのだから、他人を赦すことができるでしょうということです。他人の首を絞めるなんてことはしなくてもよい。神の御支配の中では赦しが可能なのだとおっしゃいました。

前にも申しましたが、人が他人を愛せるのは、自分が深く愛されたからです。人が他人のために祈れるのは、自分が深く祈られているからです。人が他人を赦せるのは、自分が赦してもらったからです。この順番は、ものすごく重要です。当たり前のように思われるかもしれませんが、当たりではありません。自分が愛されているということが本当に分からないと人を愛することはできません。自分が赦されているのだとわからないと、他人を赦すことはできないのです。わたしはこれがなかなかわかりませんでした。いま、わたしたちは神の赦しの愛を知っています。ですから、その愛を他人に及ぼすことができるはずです。

すぐ前の個所でイエス様は「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(二十節)とおっしゃいました。教会はイエス様が中心におられる共同体なのです。お互いを赦しあって、共に生きることが可能です。教会の中で関係を維持しようとする時、負債が記録されている限りはうまくいきません。誰かに貸しがあると意識している内はうまくいかないのです。あいつを赦してやったのだが、あの野郎いつ自分の罪に気が付くだろうか。もうこれ以上はあいつから損害を受けたくない、あいつの顔は見たくないなどと思っている内は赦しとは程遠いのです。イエス様はわたしたちのためにわたしたちの罪を背負って十字架にかかってくださいました。わたしたちは圧倒的な神の赦しを経験したのです。だからその深く広い愛に応えられるのです。

マラナ・タ教会の伝道四十年の歴史の中で、わたしたちはいったいどのような共同体を形作ってきたでしょうか。自分がまず初めに罪赦された存在であることを、どこまでわかっているでしょうか。神はすべてをご存知でした。わたしたちの借金が返せないものであることを。それを免除してくださいました。借用書を目の前で破ってくださったのです。わたしたちにできることは一つです。自分に借金がある者に、その額がいかに大きくても、すべてを帳消しにすることです。わたしたちは自分の罪すべてを赦された存在です。それがわかったら仲間もたった一回でもいいのです、本当に赦しましょう。それがマラナ・タ教会の五十周年を祝うときにできたかどうか、ぜひ若い方々はチェックしてください。わたしはできるかどうかわかりません。十年後はいないかもしれません。マラナ・タ教会に主の憐れみが豊かであることを覚えましょう。自分に罪を犯した兄弟の罪を忘れられるのです。自分の罪を忘れていただいたのですから。

祈ります。
父なる神。創立四十周年をいつものように敬老の日に重ねて祝います。ありがとうございます。あなたがわたしたちに何をしてくださったかを深く静かに思うとき、心打ち震える思いです。その憐れみと赦しの大きさが迫ってきます。これからの新しい一年、一年も、これまでそうしてくださったように、ご愛のうちにとどまり愛をはぐくむ教会として成長させてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

9月16日の音声

 

 

2018年9月9日 聖霊降臨節第17主日
「兄弟の忠告」
マタイによる福音書18章15-20節 説教 久下倫生

わたしたちが今学んでおります聖書のみ言葉、マタイによる福音書十八章は、先週も申し上げましたが、信仰共同体である教会生活の重要な点について、イエス様が心を尽くしてお語りになっているところです。イエス様は弟子たちに「あなた方の信仰は個人の事柄ではない」とおっしゃいました。それがよく分かるように具体例でお話になっています。神殿税を払うか払わないか、共同体の中で誰が一番偉いのか、共同体から迷い出た人を放置しておいてはいけない、なぜなら神が懸命に探しておられるからといった具合に、信仰者が一人ではなく家族として生活するときの視点で語っておられるのです。一人静かに気の向くままに聖書を読むとか、祈るといった場合のことではありません。弟子たちがそれぞれ個人的に祈り、神に心を向けて聖なる気持ちになる時間は、もちろん大事な時間ですが、イエス様がここで教えておられるのは、そういった個人的な学びや祈り、黙想ではなく、教会生活を送るときにどのようなことに注意すべきか、ということです。

言い方を変えますと、イエス様は弟子たちにとってお互いが必要なのだよとおっしゃっているのです。主が十字架にかけられて殺されてしまう、その後のことです。集まると便利だからとか、その方が得だからというのではなく、霊的な理由、神によって与えられた命を生きるために大切なことだからなのです。信仰の急所、本質に関係します。ただみんなの手と手を合わせれば何かできるということでも、三人寄れば不思議な知恵が出てくるということでもありません。教会に属し一つの家族として、イエス様の弟子として神の国に生きるためです。血の繋がった親子、兄弟姉妹は一番身近な家族です。お互いがお互いを必要とし、助け合って生きています。血の繋がった家族の場合には、自分がその家族の一員であることは自然にわかります。しかし、教会に於いては自分が家族の一員であるかどうか、その教会に属しているかどうかは自然にはわかりません。自分がイエス様の弟子であることを忘れないためにも兄弟姉妹が必要です。イエス様がわたしの記念として聖餐を行えと言われたようにイエス様の教会にわたしたちが属していることを記念する記憶する、つまり忘れないで覚えている、専門用語でアナムネーシスすることが重要なのです。教会の聖餐卓に、「わたしを記念して」と書いてある教会があります。あるいは「わたしを思い出して」という場合もあります。自分がこの家族の一員であることをしっかり覚えているというのは、信仰者として生きるための最重要の事柄です。洗礼を受けてキリスト者になった、しかし、それが教会員になったことと結びついていない方がおられます。

家族がうまくいっていると、家族の中で物が不足していても満ち足りていても分かち合います。協力し合います。お互いを思いやります。そういう大事なことはまず家族の中で学びます。自分以外の人間と暮らしていると、すべてが自分の思い通りにはいかないことを学びます。自分がやりたいことを引っ込めて相手がやりたいことをやらせてあげる。我慢し妥協します。簡単ではありませんが、共同体の中で生きていくときに、こういう態度を学んでいないと人間らしく成長していけなくなります。いつも自分中心で文句ばかり言う人間になります。あいつはだめだ。俺はこんなにやっている。だれもわかってくれない、自分は不幸だと。家族の中で自分の居場所を見つけられないのです。まさに教会と同じです。

家族と暮らすときに、もう一つ避けて通れないことがあります。それは喧嘩やもめごとです。お分かりだと思いますが、家族ではしょっちゅう喧嘩や騙し合いが起こります。姉と妹が厳しく対立する、親がどちらかの味方をして、あんたはお姉ちゃんなんだから我慢しなさいとか、妹が意地悪でだめだとか、普通はこういう困難を乗り越えてお互いを受け入れあう事を学び成長します。仲直りの仕方、赦すこと、諭すことを学びます。ところが、うまく機能していない家族では、これができません。社会の中でしばしば大きな問題を起こします。わたしたちでいえば、トラブルの多い教会です。たとえば役員同士が二派に分かれて対立し、そこに牧師が関与して収まりがつかない、雰囲気のなんとなく悪い教会。皆さんはそういう教会をご存じないかもしれませんが、わたしは教区の人事委員なのでそういう教会を見かけることがあります。現代の家族や教会にもこれが多いと聞きます。表向きの平和維持のためや分裂を避けるため、争いをなくしてお互いに関係しあわない。そんなことを言うのだったらもう何もしないと言って黙り込む。同じ家で暮らしていても夫婦に会話はなく一緒に寝ない。親しい交わりがない。特別に喧嘩をしているのではないけれども、お互いが我慢して関与しあわない。ひどい場合は食事も別々、もちろん死んだらお墓は別々です。イエス様はキリスト者の家族はそうではないとおっしゃいます。今日聞きました御言葉ではその対処の仕方が語られています。ただ家族だから仲良くしなさいとおっしゃったのではありません。もっと厳しい状況です。「あなたの兄弟があなたに対して罪を犯したら」(十五節)です。共同体の中でどう生きるかを考えるとき、最もむつかしい問題がこれです。十八章のおそらくクライマックスになる事柄です。二十一節以下も、同じようにむつかしい共同体のもめごとが続いて取り上げられています。

「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい」(十五~十七節)。兄弟とは、肉親ではなく同じ信仰を生きる人々です。教会内での罪とその処置について語られています。「もし、兄弟があなたに対して罪を犯したなら」と言われます。どんな罪かはっきりしません。教会では「罪」という言葉には特別な意味があります。神とわたしたちの関係を表す言葉で、よく「的はずれ」とも訳されます。生きる上での基本的方向が神の方ではなく、神以外のものに向いているということです。神との関係が正しくないという意味で使われます。先週の迷い出た羊のたとえでは、羊飼いの言う事を聞かずに勝手に動きまわり、神から離れて迷子になっている状態でした。失われた一人、神の前から離れてしまった一人を、心を痛めて探してくださる神がおられるという事実が語られていました。罪は赦され得ると言われていました。その前の、罪への誘惑の話では、罪は人を「つまずかせる」重大なものであると言われていました。あなたと神の関係を狂わせる、教会生活の中のきわめて大事なことが語られております。

あなたに対してとありますから、当事者に向かって具体的に話されています。率先してまず二人だけのところで忠告するよう教えられています。一人だと素直に話すことができ、良い結果をもたらせるかもしれません。もし、二人だけでの話し合いがうまくいって罪を悔い改めてくれるなら、その時には、罪を犯した兄弟が教会に戻ってくるのですから、再び兄弟を得ることになります。もし、二人だけでの話し合いがうまくいかなかったなら、罪を犯している兄弟が忠告を聞き入れず反省もしない、罪を悔い改めない場合には、一人か二人仲間を連れて行くように言われています。兄弟を罪から連れ戻すためにできる限りのことをするためです。証人を交えての話し合いをすることになります。しかし一対一でうまくいかなかったのですから、余計頑なになって何人かで行ってもうまくいかないことが多いのでしょう、うまくいく場合のことは書かれていません。聞き入れなければと、うまくいかない場合のみが言及されていて、そんな時には教会に申し出るようにと言われています。福音書の中では教会という言葉はめったに出てきません。イエス様が生きておられた時には教会はなかったのですから。元の言葉は集会ですが、教会と訳されているのは、この福音書が書かれた時代の状況とイエス様の言葉が重なって記録されているからです。マタイの教会が、具体的な兄弟の罪の問題にどう対処しようとしたかが重なって書かれております。

教会においては、ある人が誰かに罪を犯せば、単なる私的な事柄ではありません。共同体全体にかかわります。ですから、一人か二人一緒に連れて行って諭してもダメな場合には、今度は教会全体で諭すことになります。それでも聞き入れられない場合は、「異邦人か徴税人と同様に見なしなさい」と言われています。つまり、教会共同体の言うことにも耳を貸さないなら、共同体の一員とは見なさいで、異邦人か徴税人に対してユダヤ人共同体がするように、祝福から締め出しなさいということです。「異邦人か徴税人」という言い方は、「えっ」と思う差別的な言い方ですが、「異邦人か徴税人」を交際するに値しない人間と見なしていた律法に忠実なユダヤ人キリスト教会の考えが残っていたのかもしれませんし、あるいは自分たちを新しいイスラエルと考え、信仰のない人たちを異邦人と見なしていたのかも知れません。最初の教会はユダヤ的だと言われます。

先週、神は小さな者が滅びないように、わたしたちが皆、御前に生きることを望んでおられると聞きました。迷い出たたった一人でも滅びることは天の父の御心ではないという言葉は大きな励ましでした。しかしここでは、罪を犯した兄弟を、共同体の一員とは見なさいで、祝福から締め出すということもあり得ると言われているのです。これは教会からの追放、いわば破門を意味します。ここはしっかり読まないといけません。今、わたしたちの教会では罪の問題をあまり深刻には考えませんし、考えすぎて身動き取れなくなることを本能的に避ける傾向があります。罪と聴きますと暗いイメージがありますし、そこに冷たい「裁き」が予感されて何となく避けたい主題だからでしょう。近年、わたしたちは罪を罪としない状況にあります。裁き合いを避けたいからかもしれません。戒規という言葉は死語です。漢字で書けない方も多いでしょう。戒めの規則と書きますが、陪餐停止がそうです。しかしイエス様は、教会は神の愛によって成立している集団だから兄弟を裁いてはいけない、罪びと扱いしてはいけないなどとはおっしゃっていないのです。締め出すこともあり得ると語られています。

罪を悔い改めない者を共同体から排除するのは律法の教えです。では締め出すこともいとわないのなら、教会は旧約聖書時代のユダヤ人社会と同じなのでしょうか。いいえ、そうではありません。ではどこが違うのでしょうか。それは視点です。旧約聖書の時代は、罪を犯したかどうかが厳しく問われました。しかし、イエス様の共同体では、罪を犯したことだけではなく、罪を犯した後のことにも注目されています。罪を犯してしまっても、真に悔い改めれば赦されるのです。悔い改めたかどうかが問題になります。そのため、忍耐強く悔い改めを求め、罪からの回復を手助けすることが要請されるのです。戻って来いと祈るのです。

「はっきり言っておく。あなたがたが地上でつなぐことは、天上でもつながれ、あなたがたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(十八節)。以前、「わたしはあなたに天の国の鍵を授ける」とペトロにおっしゃった、そのあとの言葉と同じことが言われています(十六章十九節)。ペトロに与えられた権威が教会に引き継がれました。教会が禁止したことは天上でも禁止され、教会が許可したことは天もそれを許可される。つまり、教会の地上での決定は、天での決定と同じであるとおっしゃっております。教会の決定、つまりは教会員全員の決定には大変な重みがあるのです。

「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる」(十九節)。心を一つにして祈るとき、しかもこの文脈での話ですから、あなたに罪を犯した兄弟とあなたが一緒に祈るときかと思いましたが、やはりそうではなく、あなたに罪を犯した兄弟の帰還を求めて二人が「心を一つにして祈るなら」という意味でしょう。その祈りに神は応えてくださる、どんな願い事であれそれをかなえてくださるとおっしゃいました。罪を犯した兄弟が悔い改めて帰ってくる。それは神のご意思を反映しているということです。これは教会の地上での決定は天での決定と同じであることの根拠となります。

「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(二十節)。ここは小さな集まりでも、二人、三人といった本当に小さな集まりであっても、復活の主は真ん中にいてくださる、だからこれでいいのだ、少人数でも祈ればいいのだという風に解釈され、わたしたち日本の小さな教会では、励ましの言葉に受け取っていますが、祈りの輪は小さくてもいいとおっしゃったのではありません。二人または三人がわたしの名によって集まる所には、わたしもその中にいる、だから、しっかり祈りなさいとおっしゃったのではないでしょうか。ユダヤ社会では十人以上が一緒に祈るのでなければ、共同体の祈りとはみなされませんでしたから、二人三人の祈りは個人的な祈りだったのです。マラナ・タ教会の祈祷会も教会の祈りをするには十人は集まりたいですね。

心を一つにして祈るというのは、みんなが一つの色に染まれと言うことではありません。元の言葉では響きを共にするという意味です。わたしたちがよく知っている言葉です。シュム・フォネーです。シュムは調和した(よく似た)、フォネーはもちろん音、フォーンです。シンフォニー、交響曲です。トロンボーンは穏やかに、ホルンは少し荒々しく。わたしは間違いなくホルン吹きです。「ほらん吹き」ではありませんよ。心を一つに、マラナ・タ教会オーケストラを作る、これが教会です。誰かティンパニをやりませんか。

祈ります。
父なる神、教会の中で、兄弟が兄弟に罪を犯したとき、どういう風に対処すべきかを聞きました。厳しい話で、わたしたちの教会ではこんなふうにはできておりません。けれども少人数であれ兄弟姉妹のために心を一つにして祈ることはできそうです。そんな時あなたが祈りに応えてくださること、またイエス様の名によって集まればイエス様がその中にいてくださることを教えてくださり感謝します。どうか、わたしたちがあなたの御心にかなった祈りができますように、またずっとイエス様の中にいることができますように守り支えてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

9月9日の音声

 

 

 

2018年9月2日 聖霊降臨節第16主日
「迷い出た羊」
マタイによる福音書18章10-14節 説教 久下倫生

猛暑の八月がついに終わり九月を迎えました。マラナ・タ教会のマタイによる福音書の連続講解も十八章まで来ております。毎年九月の最初の日曜日は振起日と呼ばれ、戦争の記憶を留め、悔い改めて信仰を新たにし、もう一度出発しようと礼拝いたします。欧米では新学年がスタートします。日本の四月に当たります。今「悔い改めて信仰を新たにし」と申しました。多くの方が、ああいつも聞く言葉だなとたいして気にもなさらなかったことでしょう。牧師が使う常套句です。「悔い改め」とは確かによく聞く言葉ですが中身がはっきりしません。神のもとに「帰ってくる」ことだとしばしば申し上げております。もっと簡単に例えれば、電気が消えていたら点けることです。あなたの信仰は灯りがついていますか。具体的には聖書に向かうことです。この夏、お配りした聖書日課に取り組まれたでしょうか。箴言をお読みになって何人かの方々からは応答がありました。このように聖書を読み黙想することです。さらに言えば悔い改めるとは、来週も礼拝に来ることです。皆さんと一緒に詩篇五十一を読む。使徒信条を言い表す。主の祈りを唱える。是非そうしましょう。今日の礼拝はいつもと違って後奏はオルガンだけではなくわたしたちも一緒に賛美します。「神のめぐみ豊かに受け」喜びの賛美です。

さて今日聞きましたのは、先週まで聞いてまいりました話に続いております。イエス様はいよいよ十字架に向かって歩みを進められるにあたって、イエス様亡き後、神のご支配が完成するときに、神の国でどのように生きるかを語られました。主が心を尽くして語られた重要なもので、十八章はいわば教会憲章と呼ぶ人がいるくらいです。その流れの中での話です。「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい。言っておくが、彼らの天使たちは天でいつもわたしの天の父の御顔を仰いでいるのである」(十節)とイエス様はおっしゃいました。「軽んじる」と訳されている言葉は軽蔑する、問題にしないという意味の語です。ですからここでの「小さな者」とは、元々そうなのか、そうなってしまったのかわかりませんが、社会や教会に於ける小さな者つまり、身分の低い人たちや迷い出てしまった人々のことです。軽蔑され、相手にされない、このような人たちにも神が近くにいてくださることが言われています。軽んじることのないようにという教会の人々に対する警告であると同時に、あなたたちも神の前に大事な存在であるという小さな者に対する慰めになっています。

この小さな者たちを軽んじないようにという話に続けて、あなた方はどう思うかとおっしゃった後、「迷い出た羊」の譬えを続けられました。「あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない」(十二~十四節)。百匹の羊がいて、そのうちの一匹が群れから迷い出ました。幸い迷い出たのは一匹だけです。残った九十九匹が大切だから、迷い出た一匹くらいは見捨てますか。それとも、たとえ一匹でも大切な存在なので、群れに残っている九十九匹を危険にさらしても迷い出た一匹を探しに行きますか。不思議に思うのですが、イエス様は「どうして探しに行かないだろうか」、つまりきっと探しに行くだろうとおっしゃいました。皆さんだったらどうなさいますか。わたしなら、当然どちらも大事ですから、確かに、九十九匹を安全な所に移してから、いなくなった一匹を探すと思います。わたしたちは、「山に残しておいて」という表現から、たとえ危険にさらしてもとついそう思いますが、イエス様の言葉は、必ずしもそういう意味ではなかったかもしれません。羊の世話は、個人の仕事ではなく、みんなで助け合っていましたから、他のだれかが見ていてくれたはずです。羊飼いは集団です。信仰生活と同じです。教会はみんながみんなを配慮します。牧師だけが羊飼いで、みんなが羊というわけではありません。週報の表紙に牧師の名前を書く欄があります。マラナ・タ教会には二人の牧師の名前がありますが、ある教会の週報では「牧師プラスすべての信徒」となっております。信徒すべてが牧者であるという意識です。興味深いですね。わたしがかつて所属した米国の教会です。

わたしはこの箇所をこれまではこう解釈してきました。「プロの羊飼いは、決して九十九匹を残して一匹を探すような馬鹿な真似はしない。イエス様は、みんなの常識を否定してみせて、えっという驚きを与え、でも神は羊一匹でもこんなに大事になさるのだ。ましてやお前たち人間を決してお見捨てになることはないと、記憶に残るようにハッとするようにおっしゃったのだろう」という理解です。一万タラントン(六千億円)と百デナリオン(百万円)の比較とか、ラクダが針の穴を通れるかとか、からし種ほどの信仰があれば山を海に動かせるとか、イエス様はしばしば極端なことをおっしゃいます。百匹の羊のたとえもそういう大げさな表現法だと思っておりました。でも、子供のように素直にここを読めば、羊の持ち主は九十九匹を残してでも一匹を探しに行くのかもしれないなと思うようになりました。わたしたちはイタリアやフランスの田舎にいる現代の羊飼いのことは知りえても、二千年前のパレスティナの厳しい気候の中での羊飼の習慣や生活を全く知りませんので、実際のところは分かりません。そもそもわたしが羊飼いは九十九匹を残して一匹を探しにいかないだろうと思うようになったのは、よくある教会の説教に反発したからです。このたとえは大変有名なもので、多くの牧師が説教をしていますが、「『イエス様は九十九匹を残してでも一匹を探しに行く』と言われた。だからあなた方も、誰一人軽んじてはならない。特に教会の弱い立場の人、厄介者だと思われている人も大事にして世話をしなさい」と語られることが多かったのです。信仰をまるで親切心と同じレベルにして教訓を語るのを聞いて嫌になりました。聖書はそんなセンチメンタルなことを語っているのではないと反発を感じたのです。こういう説教は近代の自由主義神学に侵された人間中心主義によるもので、あまりにも人間的過ぎると思っておりました。福音はヒューマニズムではないのだと。

しかし、「イエス様の視点は、わたしの視点とは異なる」かもしれないという前提に立ちますと、わたしのような者が考える合理性やヒューマニズム否定だけでは議論できないなと思います。信仰的ヒューマニズムは、ある面とても大切なものです。一人一人の魂が滅びないということが何よりも大切なのだよとおっしゃったのではないかと思えます。「迷う」は、「失われる、滅びる」とはっきり区別があります。「迷う」は、神に対する根本的に間違った振る舞いをすることですが、結果的に「失われる、滅びる」ことはあっても、必ずしもそうなるわけではありません。賢明な羊は迷い出ません。迷い出た羊は、羊飼いの言う事を聞かずに勝手に動いたから迷い出たのです。それでも、神の御前に生きることが魂が滅びないということであるならば、まさにこの喩えの様に、神から離れて迷子になっている者を「神は」なんとしても探してくださるに違いありません。迷子になること、神の前から離れて自由気儘に生きることを、決して望んでおられないと言われているのです。

よく言われるような、人が人らしく自由で思うままに生きる民主主義的で合理的な社会は、必ずしも理想的な社会ではなく、しばしば神なき世界であって、神のお望みになっている国とは異なります。「迷い出た一匹」つまり、神の前にいない者は死んだのも同然だけれども、「神が必死で探しておられる者」なのだから、わたしたちにとっても「絶対に忘れ去ってはいけない者」なのです。わたしたちは自分、もしくは自分たちの信仰だけを問いますが、神は失われた一人、不安に泣いている羊も探しておられるのです。教会でいえば、もう礼拝に来られなくなった人たちです。来なくなったのではなく、来たいけれども来られない人、神は迷い出た人たちを、そのまま滅びてしまわないよう探し求められるのです。そして、わたしたちにも、そういった人たちをもう一度受け入れるようにと言われます。ここでどうしても立ち止まって少し考えなくてはなりません。見失われた小さな者とはだれなのかと。「あああの人だな、もう教会に来なくなった、あの人。ひょっとしたら信仰を失ってしまっているかも知れないあの人」と思います。決して自分ではありません。しかし、この思いはあまりにも自己中心です。ひょっとしたら自分のことかもしれないのです。ふと迷い出てしまうことがないなどとは誰も保証されてはいません。自分は大丈夫だなどとは言い切れないのです。

この百匹の羊の話は、よく説教で聞く九十九匹と一匹とを比べる話ではありません。人間一人の値打ちは何よりも重い、九十九人に勝るとも劣らないというようなヒューマニズムの話でもありません。神のご支配の現実、とりわけ教会とは何かを語る話です。神は小さな者が滅びないように願っておられます。わたしたちが皆、御前に生きることを望んでおられるのです。迷い出たたった一人でも滅びることは天の父の御心ではないと語られています。これは大きな励ましです。万一わたしたちが、神の前から離れてしまうようなことが起こっても、心を痛めて探してくださる神がおられるという事実がはっきり分かるように語られています。

今日の聖書箇所、マタイ福音書十八章十〜十四節には並行箇所があります。ルカ福音書十五章三〜七節です。実はこの二つの記事は、同じ譬え話・同じ題材を用いつつも、その強調点は少し異なっています。マタイ教会の人たち、ルカ教会の人たちが、それぞれに自分たちにとって心に響くメッセージを読み取ったので、同じ譬え話を用いながらも、マタイ福音書が伝えたいメッセージと、ルカ福音書が伝えたいメッセージは異なっているのかもしれません。あるいは、イエス様がこの百匹の羊の話を、異なった文脈、異なったニュアンスで繰り返して語られ、マタイ教会の人たち、ルカ教会の人たちは少し異なった強調点を持つ話を聞いたのかもしれません。また、同じ一つの言葉に接しても、受け取る人の状況・状態によってその一つの言葉の意味するところは変わってきます。マタイ十八章では「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない」ですが、ルカ福音書十五章では「言っておくが、このように、悔い改める一人の罪人については、悔い改める必要のない九十九人の正しい人についてよりも大きな喜びが天にある」となっています。この二つを比べるとマタイが言いたいことがはっきりします。この福音書が伝えたいことは、「教会共同体から迷い出た者が、もう一度信仰共同体である教会に戻ること」なのです。昔の人が描いた有名な絵に、羊飼いであるイエス様が小羊を肩に担いで群れに連れ戻されるものがあります。マタイ福音書において「迷い出た一匹」とは「信仰共同体のメンバーの中で、罪の誘惑に陥り神の御前からこぼれた人」のことなのです。ですから「このように教会共同体から迷い出た信徒を、何としても再び教会に連れ戻したい」とマタイ教会の人たちは思っていたわけです。マタイ福音書が書かれた時代には教会からこぼれ落ちていく人たちがたくさん出始めていたのでしょう。迫害が切実だったのです。

それに対してルカ福音書では、罪人、つまり、律法から外れた生き方をしている者が悔い改めることを重要視しています。ルカ福音書の時代、ファリサイ派や律法学者たちはきちんと律法を守りながら生活をしていましたが、一方で律法を守りたくても守れない人たちも存在していました。毎日の生活に追われている人、例えば、羊飼いなどは働くのに必死で悠長に律法を守ることができなかったわけです。そしてそのように律法を守ることができなかった人は、当時は罪人とみなされていました。ですから「自分は律法を守っている」「自分は正しい」と信じ切っているファリサイ派や律法学者たちよりも、「自分は律法を守ることができていない、しかし神さま、どうかわたしを顧みて憐れんでください」と祈る羊飼いの方が、神さまの目には貴い。そんなふうにルカはイエス様の言葉を解釈した感じがします。

わたしたちは二十一世紀を生きる者として、どのようにメッセージを読み取るべきでしょう。聖書が書かれた時代状況と現在のわたしたちが置かれている時代状況はあまりにもかけ離れています。ちゃんとメッセージを受け取るのは難しく思えます。しかし、聖書はかく読むべしという決まった解釈はありません。聖書を読む上で、一番大切なことはわたしたちが自分の生き方を改めて問い直すことです。悔い改めて信仰を新たにすることです。そのため、わたしたちは聖書を、魂で受け取ると同時に、理性で理解することが必要なのです。わたしたちが聖書を読むのは、聖書が語りかけるメッセージを自分の心で受け取るためです。そのためにこそ「心」で感じるだけではなく「理性」で考えることも大事になるのです。わたしの説教が理屈っぽいのは、そのためです。しっかりと考えてくださいと申し上げております。考えることにより、よりはっきりと聖書の伝えるメッセージが見えてきて、「心」で感じられるようになるのです。さて、このたとえ話が、皆さんの心に訴えてきたメッセージは一体、何だったでしょうか。

祈ります。
父なる神、今日は九月第一主日です。振起日として、悔い改め新しくもう一度出発しようとしておりますわたしたちを励ましてください。そしてどうか、今ここに改めてあなたの御前に生きることを決意できますよう支えてください。もうすぐマラナ・タ教会は伝道四十年を迎えます。これまでのお導きを感謝致します。これからもどうぞ豊かに導いてください。計画されています記念礼拝と十月の記念コンサートを祝してください。あなたの御名がもう一度讃えられますように。
主の御名によって祈ります。アーメン。

 

9月2日の音声

 

 

2018年8月26日 聖霊降臨節第15主日
「天の国の秘密」
マタイによる福音書18章1-9節 説教 森喜啓一

イエス様と弟子たちはガリラヤ湖畔のカイザリアの町にある一人の弟子の家に泊まりながら数日を過ごされました。そこでは、イエス様が後に弟子達に託される教会についての大切な教えが語り続けられていました。

この時、弟子達は、まだ学びの途上にありました。彼らの、イエス様の教えへの理解はまだ浅く、思い違いや、軽率な言葉や行動もありました。でも、イエス様への愛と素直な従順さには格別なものがあったことは間違い無いでしょう。それは、ちょうど、私たちが、イエス様への思いは深くても、福音書を繰り返し読むたびに、弟子たちが、イエス様の教えへの理解が浅かったことを知り、私たち自身も、あつい信仰を持っていても、イエス様の教えへの理解が足らないことに気付かされルことがよくあります。それはまるで、福音書のイエス様の弟子たちが、私たちの日々の信仰の姿を写し出す鏡でもあるかのようです。

今日、与えられたみ言葉は、マタイによる福音書18章1節から9節も、そのような私達の一面をイエス様が示し、あらたな教えを示してくださっています。

事の発端は、弟子達がイエス様の所に来て「いったいだれが、天の国でいちばん偉いのでしょうか」と尋ねたことでした。その質問の背景には、弟子達の仲間内の嫉妬が少しはあったらからではないでしょうか。福音書では、ペテロだけが信仰を言い表し、ペテロだけが天の国の鍵を預けられたように読みとれます(15:19)。イエス様が高い山で変貌された時、その高い山にイエス様が伴われたのは、ペテロとヤコブだけでした(17:1)。そして、イエス様はペテロとの二人分だけ教会税を納めさせています(16:28)。弟子達は、内心思っていたかのではないでしょうか誰かが脚光を浴びれば、そうでないもの達は面白くはないのだ。そしてそれが、天の国へ行ってもそのような差が続くのかもしれないと不安になってしまったのです。

それは、弟子達は、この時、イエス様がどんなに苦しみの道を歩まれているか、自分達がもっと成長しなければならないということよりも、イエス様が勝利されれば、そこに始まる天の国で、イエス様の最も近くにいる自分達のうち誰が一番偉くなっているかということだったのです。なぜかと言えば、イエス様が活動された時代のパレスチナ地方は、今とは比較にならない階級序列社会。お金のあるなし、この地方を占領していた特権階級であったローマの支配者であるかないか、ローマ市民であるかないか、地主や金持などの有力者であるいは、そこで雇われている者であるかないか、良い家系の跡取りであるかないか。奴隷であるかないか、男か女か。命令をする者と、命令をされる者。偉い者と偉くないものは、そのような社会的差で、はっきりと分かれていたのです。当然、そういうところには、嫉妬心や恨みまでもが生まれてくるのです。

福音書での、弟子たちの思いとしては、とても馬鹿げていて幼稚なようにも聞えます。しかし、一旦、私たちも、この人間社会に戻ってしまえばそのような思いを抱いてしまうこともいくらでもあることなのではないだろうか。イエス様は、その現実は見逃されませんでした。このような、弟子達の論争に対して、イエス様は、近くにいた幼い子どもを呼びよせ、その子をイエス様や弟子達の真ん中に立たせてこのように言われました。「はっきり言っておく。心を入れ替えて子どのようにならなければ天の国に入る事は出来ない。自分を低くして、この子どもの様になる人が、天の国で一番えらいのだ」(18:3−4)

それは、私達にとってはどのような事を意味するのでしょうか。意外なところに、それを考えるヒントがあるかもしれません。 皆さんは「隣のトトロ」のアニメをご存知でしょうか。子ども達の夏休みも間もなく終わりますが、毎年、テレビ映画が必ずと言っていいほど放映されるのが、宮崎駿監督、スタジジブリの「となりのトトロ」です。私は、このアニメが大好きです、何度見ても、何か爽やかな思いを心に残してくれています。このアニメのストーリーは、結核のために田舎の療養所で治療生活を送るおかあさんの近くに住むために、都会から農村へ引っ越しをしてきた、お父さんと10歳のサツキちゃんと5歳のメイちゃんの家族のお話です。この家族が越してきた家は、ずいぶん長く空き家になっていたのでしょうか、随分と手入れが必要でした。毎日、お父さんと小さな娘さん二人が、せっせと家の修理や掃除をし、しばらくしてやっと、生活が出来る様になりました。ただ家の周りは、畑と田んぼと大きな木が聳え立つ森や里山や小川に囲まれた自然の中の一軒家でした。 そこでの生活は、電気はあってもガスがないので、かまどで藁を燃やしてご飯を炊き、薪を炊いて五右衛門風呂に入るのです。もちろんテレビや携帯電話などはありません。夜には、車の音や騒音ひとつせず、月明かりが漏れ入った家の中で蚊帳を吊り、たくさんの虫の音を聴きながら眠る毎日。それは、今から思えば、随分と贅沢な時間だったかもしれません。

姉のサツキちゃんは、妹のメイちゃんやお父さんが大好き。近所の農家の親切お婆さんや照れ屋だけれども優しい同級生の男の子に助けられながら、まだ療養所にいるお母さんの代わりを一生懸命に務め、妹のメイちゃんの面倒を見ながら、毎日を元気に暮らしていました。お母さんが一日も早く退院して一緒に暮らせる事だけがおおきな希望だった。メイちんは、まだとても小さくても好奇心おう盛な女の子。大好きなお姉さんサツキちゃんに甘えながら、の田舎の豊かな自然にとてもよく馴染んで毎日を過ごしていました。それに、サツキちゃんとメイちゃんは、この家の近くに、変な生き物達が住んでいることを知った。しかも、その生き物は、この二人にしか見えないのです。その生き物とは、真っ黒クロスケやトトロたちでした。 そして、トトロの友人であるネコバスもいた。トトロ達は、サツキやメイととても仲良しになった。それどころか、トトロ達は、サツキやメイが植えたトウモロコシの種を一晩で大きく成長させる魔法を披露したり、二人と一緒に空を飛んだり、療養所にいるお母さんをそっと見舞いに行く手助けをしたり、信じられないようなことをたくさんやってのけたのだ。

その不思議をサツキちゃんもメイちゃんも疑いませんでした。サツキちゃんもメイちゃんも、出会ったもの、見たものを疑わない、それをそのまま信じ、すぐに仲良しになれと信じていた。サツキちゃんもメイちゃんも、今まで、良い優しいお父さんやお母さん、善良な周囲の人々に囲まれてきたので、疑うことを知らず、新しく出会った人も、そして化け物さえも、全てが同様に善良で信じられてしまうのでした。それほど、善良で純真だったのでしょうか。どう考えても、トトロも、猫バスも妙な、あり得ない生き物です。というより、化け物、あるいは夢物語と言った方が良いのかもしれません。しかし、もし、サツキやメイちゃんが、トトロ達を、妙な生き物、化け物、あるいは単に夢物語と思ってしまう時、トトロ達は、二度と彼らの前には現れることもなる、彼らを助けることも、不思議な体験にさそうこともなかったでしょう。サツキやメイのお父さんも、夢物語以上には受け取れなかったの、トトロ達を感じることも、見ることできませんでした。でも、もし、そうでなければ、トトロの友人になっていたのかもしれません。私も、できることなら、サツキやメイちゃんのようであればと、このアニメを見るたびに思います。

さて、お話を聖書に戻さなければなりません。イエス様が、言われる「子供」とは、今の年齢で言えばメイちゃんぐらいの4−5歳ぐらいの、まだ幼児と言われる年齢の小さな子供でなかったかと思われます。今の時代で言えば、多くの場合、まだ塾や、受験や、いじめの世界をあまり知らない子供達です。今とは、状況が違うとは言え、この子達は、まだ自分が見たもの、教えられたものを素直に信じ、疑うことあまり知らない。小さな子供達の純粋な心がまだ生きている時です。この子供たちは、イエス様の教えをその通りに純粋に信じ、その通りに純粋に生きようとするのです。イエス様はそのような子どもに立ち帰りなさいと言われているのです。

しかし、一方で、皆さんは、こう反論されるかもしれない。「現代では、小さな子どもたちは、我が侭で、傍若無人で、人として、人間社会で生きていく者としての未熟さ持っているのではないだろうか。親だからなんとか我慢もするが、時には耐えられない事もあるのだ」と。それに、「子ども達には、子ども達なりの優劣の感覚や競争がある。少し大きくなれば、陰湿なイジメが始まりまる」。それが現実の子供の世界なのかも知れません。「隣のトトロ」は理想郷ではあっても現実はそうはいかないのです。今では、多くの子どもへの犯罪を考えれば、小さな子どもでさえ、不信なもの、怪しいものはすべて疑って懸からなければなりません。小学校でもそう教えています。知らない人間は不審者なのだと思わなければならないのです。そういう人間が近づいてきたら逃げならなりません。それが身を守る必然なのです。私も、そのようなお考えは尤もな事だと思います。

それでも、どのような厳しい現実が私達を苦しめていても、私たちは、イエス様のみ言葉にはs従わなければなりません。「心を入れ替えて子どのようにならなければ」なれと教えらえています。それは、現実の世界がどうであれ、私たちが、イエス様のみ言葉同様に、互いをも無条件で信じる純粋な心を大切にして捨ててはならないということなのです。

またイエス様は「自分を低くして、この子どもの様になる人が、天の国で一番偉いのだ」とも言われます。このみ言葉の本質は、「キリスト者は、私達が現実社会で生きるうえで、どうしても心に持ってしまう人の優劣や不信感を、当然の理としてはならない。それは、今の世界では存在しても天の国には存在しない。天の国では全てのものが自分を低い者だと考えている。そして、神様は、そうするものが一番偉いとされるのだ。」ということなのです。これは逆説的な言い方なのかもしれませんが、本当は、天の国には、だれが偉いとか、人の優劣というものは存在しないのです。天の国では全ての者が、自分を低くする。偉い者たちは、天の国にはいないのです。ただ小さな子どものように純粋に互いを信じ、すぐに仲良しになれる、小さな子ども達の様な愛の世界があるのなのだと」そうだとすれば、「隣のトトロ」の世界も捨てたものではないのかもしれない。 そして、そのみ言葉に、私達が目指す世界が示されています。

イエス様が私達をこのマラナ・タ教会へ招いてくださる意味がそこにあるのです。残念ながら、この世の中で、時には教団の中で、あるいは他教会の中にはそのみ言葉が忘れ去られている事態が現実として起きています。それは、イエス様に対する背任であり、信徒に対する裏切りであり、イエス様の教会の本質を突き崩してしまうことなのです。天の国では誰が一番偉いかという問へのイエス様のお答えは、「偉い者など一人もいない」ということなのです。ただ神のお支配があるだけなのです。私達キリスト者は、そのような天の国がすぐそこまで近づいていて、この現実の厳しさがやがては虚しいものになってしまう事を、心にしっかりと留めておかなければなりません。

祈り

8月26日の音声 森喜啓一

 

 

2018年8月19日 聖霊降臨節第14主日
「神殿に税を納める」
マタイによる福音書17章22-27節

イエス様は以前、フィリポ・カイサリアにおいて、「御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている」と弟子たちに打ち明け始められました。ご自分の受難つまりもうすぐ十字架にかけられて死ぬ、しかし三日目には甦ることになっていると、初めて弟子たちに告げられたのです。わたくしが休暇で留守をした七月二十九日に、森喜先生が説教なさった箇所です。この時、皆さんは聞きたくない御言葉もお聞きになったはずです。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。ただまあ、これはイエス様が弟子たちにおっしゃったのであって、わたしにではない。わたしにはもっと別のことを、例えば「疲れた者、重荷を負うものは誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」とおっしゃったのだからと、すぐに忘れた方も多いかもしれません。これは、「あなた方はわたしを誰だというか」とシモン・ペテロにお尋ねになった直後の話でした。ところが今日聞きましたところにも再び同じ受難の予告が出てきます。

「一行がガリラヤに集まったとき、イエスは言われた。『人の子は人々の手に引き渡されようとしている。そして殺されるが、三日目に復活する。』弟子たちは非常に悲しんだ」(二十二、二十三節)。ここでは、以前のように必然性がある、避けることができないと言われたのではなく、引き渡されようとしている、今もうそうなりつつあると、イエス様の死と復活が目前に迫っていることが暗示されています。厳しい言葉です。また前回は「長老、祭司長、律法学者から多くの苦しみを受けて殺される」とありましたが、今回は「人の子は人々の手に渡される」となっております。たった一人の「人の子」に焦点が当たり、大勢の「その他の人々」と対立しています。「人々」は以前と同じ、長老、祭司長、律法学者たちや、ローマ人です。「渡される」は、逮捕されるという意味ですが、教会では強い意味合いで語られます。イスカリオテのユダがイエス様を祭司長たちに引き渡し、彼らはローマの権力に神の御子を引き渡しました。聖餐式のたびに聞く言葉です。「主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを割き、そして言われました。・・・」。

以前イエス様は弟子たちに向かって「あなたがたには、天の国の秘密を悟ることが許されている」、つまり神が弟子たちには悟る力を与えて下さっているとおっしゃり、「あなたがたの目は見ているから幸いだ。あなたがたの耳は聞いているから幸いだ」と、弟子たちはイエス様のことがわかる目と耳を持っていると祝福なさいました(十三章)。しかしそんな弟子たちにでさえ、イエス様の死とお甦り、特にご復活は、復活の奇跡を経験する前に理解し得ることではありませんでした。理解できるようになるには、お甦りのイエス様にお会いし、かつペンテコステを待たねばなりませんでした。その理解も、人間的限界のあるものです。しかし、このとき弟子たちは、自分たちの先生が死んでしまわれる、そして何かが起こる。そのことについてはよく理解したのです。ただ理解したことを受け入れることができませんでした。それゆえ非常に悲しくなったのです。

実はイエス様は受難の予告をこの後二十章でもなさいます。弟子たちの理解を深めるため繰り返しお話になったのでしょう。しかし、繰り返し予告なさったのは理解を深めることだけが目的ではなく、十字架と復活こそがイエス様のご生涯の最も大切な出来事だからです。十字架と復活、これこそが福音書のテーマであり、神の国を受け継ぐものに与えられた最大の恵みだからです。自分を捨て、自分の十字架を背負ってついて来いとおっしゃった主は、ご自分から率先して、まさにそのようになさいました。あなたこそ生ける神の子メシアです、イエス様こそがキリストだ、「イエス・キリスト」と信仰を言い表す者は、心地よさや安全だけを求めるのではありません。イエス様についていくのです。それは死に向かう道ではなく復活に向かう道です。命に向かう道なのです。

イエス様を主と仰ぎ、イエス様に従う生活といっても、わたしたちは弱く不完全な者です。キリスト者といえども罪を抱え、自負(プライド)が邪魔をして主の道からはずれ、不信仰の故の誤りを犯し、この世に翻弄されながら多くの問題の渦に巻き込まれて生きております。神の国に生きる者、神のご支配の中に生きる者が、社会の中でどう生きるのか、わたしたちでいうと、キリスト者が一般社会の中でどう生きるのか、いろいろな問題に出会ったとき、その一つ一つにどのように振舞ったらいいのか具体的な決断が問われます。これは大切な問題です。

マタイ福音書はいよいよクライマックスに向かい、イエス様の死と、その後の弟子たちの在り方が語られますが、その前に、このすぐ後十八章ではずっと「共同体の中で神の国の民としてどう生きるのか」という具体的な問題がイエス様の説教として語られていきます。今日聞きました箇所には、それが税金の話として出てまいります。この先も、天の国では誰が偉いのかとか、幼子のように生きるのだよとか、人々をつまずかせないようにしなさいとか、お前たちは神の限りない愛の中にあるのだから、と説教なさっております。これはイエス様が説教なさったことですが、後のマタイによる福音書が書かれて読まれた時代の教会が、どういう状況に置かれていたかも示唆しますし、わたしたちにも大いに関係するものです。

さて、今日聞きました二十四節以下です。神殿とのかかわりの問題が取り上げられております。「一行がカファルナウムに来たとき、神殿税を集める者たちがペトロのところに来て、『あなたたちの先生は神殿税を納めないのか』と言った。ペトロは、『納めます』と言った。そして家に入ると、イエスの方から言いだされた。『シモン、あなたはどう思うか。地上の王は、税や貢ぎ物をだれから取り立てるのか。自分の子供たちからか、それともほかの人々からか。』ペトロが『ほかの人々からです』と答えると、イエスは言われた。『では、子供たちは納めなくてよいわけだ』」(二十四~二十六節)。もしイエス様が意図的にいつも神殿税を納めておられなかったとしたら大問題になっていたでしょうから、おそらくこの時、たまたま何らかの理由で納めておられなかったのでしょう。ガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの殺意を逃れてフェニキアなど北の地方へずっと旅をしておられましたから、税の納付期限を過ぎていたのかも知れませんね。それを知って、イエス様をこころよく思わないファリサイ派などが、良い機会だと非難しに来たのかも知れません。マタイは徴税人でしたから、この問題には敏感だったでしょう。出来事をよく覚えていたと思います。税を集める者は直接ラビであるイエス様のもとに来ないで、弟子のところに来て尋ねています。ペトロの家に滞在しておられたからかもしれません。カファルナウムで事が起こったのは、ここが彼らの定住地だったからです。神殿税は住んでいる場所で納めます。神殿税とは言うまでもなく神殿維持のためのものです。「あなたたちの先生」と呼んではいますが、実のところは詰問口調で、対立状況がうかがわれる問い方です。「お前らの師匠はどうして税を収めないのか、けしからんではないか」。ちなみに神殿税は二ドラクマ、半シェケルで、ローマの二デナリと同じで、今でいえば、一、二万円くらいでしょうか。二日分の労賃に当たります。

ペトロが直ちに「納めます」と返事をしておりますから、普段からイエス様も税は支払っておられたことが分かります。当時の社会制度を否定してはおられませんでした。ペトロがイエス様のおられる家に入って税金が未納になっていることを説明しようとしますと、彼が家の外で尋ねられたことをちゃんとご存じで、イエス様の方から先にこの問題を持ち出されました。イエス様はペトロに話しかけるときは本名であるシモンという名で呼びかけられます。そして「あなたはどう思うか」とおっしゃったのです。イエス様はしばしばこのように尋ねられました。そして、税や貢ぎ物を取り立てるは自分の子供たちからか、それともほかの人々からかと尋ねられたのです。ここでのたとえそのものは分かり易く明快です。この世では地上の王たち、王室の人間に納税の義務はありません。神の国の民は神の子ですから、神の王国での神殿税の義務はありません。ましてやイエス様は、神の一人子ですから納税の必要はありません。ローマへ納める人頭税ならまだしも、神殿税はイエス様にとっては不要なものだったはずです。自分の子供たちからではなく他の人々からだとペトロは答えます。当然のことです。王は自分の子供たちから税をとりません。「では、子供たちは納めなくてもよいわけだ」とイエス様はおっしゃいました。ここは直訳しますと「それゆえ(ἄρα)全く(γε)自由である。子たちは」となります。全く自由なので、「子供たちは税を納めなくてよいわけだ」と訳してあります。神殿税を集めに来た者に対してペトロが答えた「納めます」という肯定的な答えに対し、このイエス様のお答えは神殿税を納めることに否定的響きがあります。また、イエス様が税を収めるかどうかが問われていたのですが、イエス様のお答えでは「子どもたちは自由なのだ、まぬかれる」と複数形になっております。弟子たちも、わたしたちも、自由なのだ、納めなくてよいとおっしゃってくださっています。納税は単に金銭的な問題ではなく、徴税する側の権威への忠誠が問われております。税金は高いか安いかよりも、払うか払わないかが重要です。イエス様は納めなくてよいとおっしゃいました。その義務から解放されているというニュアンスです。この言い方からすると、納めないことにしようとなるのですが、「まことに」納めなくてもよいと強調されながらも、「つまずき」を与えないように納めるとおっしゃいました。

「しかし、彼らをつまずかせないようにしよう。湖に行って釣りをしなさい。最初に釣れた魚を取って口を開けると、銀貨が一枚見つかるはずだ。それを取って、わたしとあなたの分として納めなさい」(二十七節)。この「つまずき」という表現ですが注意が要ります。新約聖書の「つまずき」は、普通のギリシア語で、いろいろな意味に使われますが、現代の福音派の教会では特定の使い方をします。わたしは若いころ、この「つまずき」という教会特有の表現につまずきました。聖書での使いかたのごく一部の意味で教会ではこんな風に使います。お酒を飲むも飲まないも自由である。信仰とお酒は関係がない。しかし、キリスト者というのはお酒を飲まないものだと思っている人がいると、信仰を持つために「つまずき」になるから飲むなというのです。信仰の障害です。これはおかしな話です。自由だけれども我慢をしろ。それが他人への、特に求道者、未信者への愛の配慮だというのです。もし教会でそんなことが必要なら、ダブルスタンダード、二重倫理になって人は隠れてお酒を飲むでしょう。聖歌隊と青年会が地方教会へ問安に行った。宿のペンションで食事にワインが出た。それを知った教会の人が、若者が田舎に行って酒を飲むとは何事だと文句を言って騒動になった。これはわたし自身の経験です。もちろんわたしは文句を言った役員ではなく、飲んだ青年の方です。もし共同体のルール、規則があるならもちろん守るべきです。しかし、飲むも飲まないも自由なら文句を言う方がおかしい。当事者の良識に任せるべきです。

「つまずき」は何につまずくか、つまずく対象が問題となります。道端の石につまずくのは、けがをするだけで信仰とは関係がありません。誰か「を」つまずかせるかどうかは、人にはわかりません。同じ行為が、人をつまずかせる場合もあるし、逆に励ます場合もあり得るからです。若い頃よく、あの役員の言葉につまずいたとか牧師につまずいたと聞きましたが、意味合いはわからないでもありませんが、そんなくだらないものにつまずいてはいけません。つまずくなら「イエス様に」、あるいは「十字架に」です。イエス様以外につまずくに値するものはありません。他人への配慮や優しさは教会であろうがなかろうが必要です。後輩に対しては特にそうです。戦っている相手の選手にも水を差しだし、痛み止めのひんやりするスプレーをしてあげるのは甲子園でも見られます。高校生ですらそうなのですから、教会で求道者への配慮はもちろん必要ですが、つまずきとは関係がありません。

イエス様は人々がご自分につまずかないように、ちょっとした配慮をしようとおっしゃいました。湖の魚を取って、魚がくわえている銀貨で納税せよとおっしゃいました。ガリラヤ湖には、「聖ペトロの魚」と呼ばれる魚が今もいます。この魚は、口の中に稚魚を含んで守りますが、子供の魚が大きくなってくると、口に小石をくわえて子供を追い出し独り立ちさせます。この魚が湖に落ちた銀貨を石の代わりにくわえたのでしょう。必要な金額とぴったり一致する銀貨をくわえた魚が神によって用意されました。銀貨一枚は、二人分の神殿税に当たります。それをイエス様とペトロの分として神殿に納めなさいとおっしゃったのです。実にユーモラスです。イエス様の時代、既にエルサレム神殿はある意味で強盗の巣であり荒れ果てていました。イエス様の死後壊されてなくなります。また、イエス様ご自身がいけにえとなってご自分を献げられることによって贖いが完成し、神殿は必要のないものになります。ですから神殿税の納付はイエス様にとって全く意味のないものです。でも納められました。反社会勢力の一員と勘違いされて不要な騒動を避けるためです。人々がイエス様につまずかないようにです。

ここにイエス様のこの世に対する対処の仕方が現れております。それは信仰による自由をどのように行使するかです。自由を断念するもしないも自由なのです。ルターは「キリスト者の自由」という有名な本を書いております。迷信のようになってしまった当時の教会の縛りから人は自由であることを聖書の学びから発見します。この本は自由について書いてある本ではありません。結構不自由な本です。パウロも、律法による様々な規定から福音に生きる自由を発見しました。食べてはいけないとか食べてもよいなどというような規定です。パウロは兄弟がイエス様につまずかないために、食べてもいいものを敢えて食べないという選択をしました。そして身を打ちたたいて節制したのです。

今わたしたちは、みんなで夏の聖書日課として箴言を読んでおりますが、この箴言には有能な妻、貴い妻が出てきます(十二章四節、三十一章十節)。新改訳や口語訳ではしっかりした妻と訳されています。英語では高貴な性格の妻、「ノーブル」という言葉が使われています。元のヘブライ語ハーイール(חַ֭יִל)は、力を意味する語ですが、高貴な、徳の高いというニュアンスもあるようです。この高貴なという言葉は、自由でかつ控えめ、そして明るくてしっかりしたという意味です。ナオミの嫁、ルツに使われている言葉です。「あなた方は全く自由なのだ」とおっしゃった言葉から、私はなぜか箴言のこの言葉を思い出しました。聖書が言う自由とは高貴な感じ、真の力を備えていることではないでしょうか。箴言を読んで賢い有能な妻の話が出てくるとわたしはすぐに教会のしっかりしたご婦人がたを思い出します。確かにそうだなと思うのです。男性も同じでしょう。自由だけれども身勝手ではない。己を神にゆだねた人が持つ力を感じます。

納めなくてもよい神殿税をイエス様は納められました。そのためのお金は神様から不思議な方法で与えられたのです。わたしたちは信仰を与えられてこの世の束縛から自由になりました。もちろん、実際に社会の中で生きていくとき、わたしたちの前には多くの問題が出てくるでしょう。一つ一つに決断を迫られるはずです。でもわたしたちは自由なのです。縛られていません。与えられた力で賢く上品に生きていきましょう。

祈ります
父なる神。イエス様は、人々の手に渡されると、ご自身の受難、十字架を再び予告なさったあと、弱いわたしたちがどう生きるべきかを教えてくださいました。イエス様の深い愛を感謝します。どうかわたしたちがイエス様の十字架と復活を今一度想い起こすことができますように。そして、教えてくださったことをしっかりと受け取り、自由にされていることに感謝しながら御旨に従って生きていけますように、支え導いてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

8月19日の音声

 

 

2018年8月12日 聖霊降臨節第13主日
「主よ、息子を憐れんでください」
マタイによる福音書17章14-21節

みなさん、おはようございます。ずいぶん久しぶりにお目にかかる感じがします。二週間連続して森喜先生に説教をしていただきました。久しぶりなのに唐突ですが、皆さんはご自分の信仰に自信がおありですか。休暇明けに何をいきなり言い出すんだと思われるかもしれませんが、こんなことを尋ねられたら、マラナ・タ教会の真面目なクリスチャンは困ってしまわれるでしょう。「一向に。不信心でして」などと、とぼける余裕もないかもしれません。しかし、そもそも信仰に自信を持つなどということがあり得るでしょうか。もしあったとして、それは信仰でしょうか。実は信仰への「自信」というのは、おかしな言葉です。自信とは自ら信じると書きますが、信じているのは「自分を」であって、イエス様でも、神でもないからです。わたしたちクリスチャンは、最近よく目にするどこかのスポーツ連盟の会長のような、肩で風を切り胸を張ってこの世を仕切っている「この世の実力者」たちや、人々から賞賛される運動選手たちがよく言うように「自分を信じて」はいません。「神を信じて」いるのです。人生経験の中で培ってきた自分の考えや確信ではなく、聖書の言葉、説教の言葉、主から語りかけられる言葉を信じているのです。自分で稼ぎ出したお金で自分を養っていると信じているのでなく、神に養われているのだと信じているのです。すべてを自分がなしとげたと考えるのではなく、神が導いてくださったと信じています。礼拝し聖餐に与り、聖なるパンとぶどう酒、ご聖体という神からいただく糧を食べることで、それを自分自身にしっかり確認しています。わたしたち自身は何ほどの者でもありません。「自信たっぷりの信仰」などというのはあり得ません。信仰は自分を信じることではなく、神を仰ぐことだからです。

今日聞きました聖書の言葉は、このことを語っております。ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人の弟子だけを連れてイエス様が山に登っておられた間に、山のふもとでは騒ぎが起こっておりました。残された弟子たちが「てんかん」に苦しむ若者を癒せなかったからです。物語の流れからしますと、山上での主の変貌を経験した翌日か翌々日ではないかと思われますが、イエス様と側近の三人の弟子たちがふもとに戻った時、人だかりの中から一人の男が走り出てきました。「一同が群衆のところへ行くと、ある人がイエスに近寄り、ひざまずいて、言った。『主よ、息子を憐れんでください。てんかんでひどく苦しんでいます。度々火の中や水の中に倒れるのです。お弟子たちのところに連れて来ましたが、治すことができませんでした』」(十四~十六節)。

ある人とあります。定冠詞がありませんので、この人は特定の人ではなく、イエス様たちとは全く関係のない人です。その人が、イエス様に向かってやって来てひざまずきました。礼拝を意味する言葉とは違います。文字通りひざまずいたのです。そして、自分の子が「てんかん」で苦しんでいると訴えます。「主よ」と呼びかけ、「憐れんでください」という助けを求める叫びをあげています。この言葉の本当の意味が分かっているかどうかは別にして、イエス様に権威を感じ、癒しを期待しております。この人のイエス様に対する信仰が現れています。わたしの息子、ほかでもないわたしの息子がと、息子のことを必死に思って強調して言っております。一人っ子だったのかもしれません。幼い時からてんかんの発作に苦しんでいたのでしょう。てんかんは時に命の危険につながる病気です。火の中に倒れたり、水の中に落ちたり、何度も死ぬかも知れないような目に遭ってきましたと父親は言います。そして続けて、治してもらおうとふもとに残った弟子たちのところに息子を連れてきたけれども、治してもらえなかったと、イエス様が山におられた間に起こったことを説明します。文句を言ったのかも知れません。

山の上では素晴らしい霊的世界が展開していましたが、ふもとでは不信仰な世界がそのままでした。これは今でもそうです。礼拝で会堂に賛美があふれていても、世の中では不信仰の喧騒が渦巻いています。世の中でこそ、信仰者は使命を果たさねばなりませんが、できないことが多いのです。父親はあなたのお弟子たちは、わたしの息子から悪霊を追い出せませんでしたと失望を言い表します。主に召され、主から「汚れた霊を追い出し、あらゆる病気、あらゆるわずらいをいやす権威」を授けられていた弟子たちは(十章)、この父親の願いを前に、初めはおそらく自信たっぷりだったでしょうが、しかし、力がなかったのです。しくじりました。ところが、この父親はあきらめませんでした。イエス様が戻ってこられるのを待ち続けたのです。

「イエスはお答えになった。『なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。その子をここに、わたしのところに連れて来なさい。』そして、イエスがお叱りになると、悪霊は出て行き、そのとき子供はいやされた」(十七、十八節)。イエス様は、「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか」とおっしゃいました。これは父親に対する直接の答えにはなっていません。時代はゲネア、世代の意味であり、この時代の人々のことです。民衆全体に向けられた言葉です。そして、「いつまでわたしはあなた方と一緒にいられようか」とおっしゃったのです。もう時間がないのだ、もうすぐわたしは死ぬ。いつまでも一緒におれるわけではないのだから、早くしっかり信仰を身につけてくれとおっしゃいました。お前たちと一緒にいたくないというのではなくて、神の国を継ぐ者になれとおっしゃったのです。

イエス様は、人々の不信仰を嘆かれましたが、もちろんそれだけでは終わりませんでした。てんかんで苦しむ子供を救われました。悪霊の働きをご覧になって、悪霊を叱られました。「叱る」は「命令する」の意味です。イエス様のお言葉で、子供の背景にある悪霊の働きを潰されたのです。

「弟子たちはひそかにイエスのところに来て、『なぜ、わたしたちは悪霊を追い出せなかったのでしょうか』と言った。イエスは言われた。『信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、「ここから、あそこに移れ」と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない』」(十九、二十節)。ここが今日のこの物語の中心です。弟子たちは、自分たちにはできないことが、なぜイエス様には簡単にお出来になるのかについて質問しております。マタイは、弟子たちが「そっと、ひそかに」近づいて聞いたと記しております。先生のように悪霊を追い出せなかったことを恥じていたように読めます。「わたしたちには、なぜ」ということが原文では強調されています。逆に言うと、もし悪霊を追い出せておれば鼻高々だったということでしょう。

イエス様は、彼らの信仰が薄い、小さいからだと断定されました。このような率直な表現は、小さい信仰だと言われた弟子たちの中にマタイもいて直接聞いたからでしょう。マタイにとっては忘れられない言葉だったのです。小さいからし種ほどの大きさの信仰があればというのではなく、からし種ほどに小さくても「生きた信仰」があれば、山でさえ動かせるのだとおっしゃいました。わたしたちはどうしても信仰が薄いか厚いか、大きいか小さいかということにこだわりますが、イエス様の言葉は、からし種ほどの小さな信仰でも生きた信仰であれば、絶対動かない山でも動かせるのだと教えています。信仰があれば山までも動かせるというのは有名な表現で、山は動かないものの代表です。誰もこれを動かした人間はおりません。しかし信仰の大小に関係なく、小さくても生きた信仰があれば動かせるのだと教えられたのです。ユダヤの物の言い方では、むつかしいことができる人を、山を動かす人と呼びます。極度に困難なこと、不可能と思われることを「山を動かす」というのです。二十一章にも「あなたがたも信仰を持ち、疑わないならば、・・・この山に向かい、「立ち上がって、海に飛び込め」と言っても、そのとおりになる」と、同じような表現が出てきます。愉快な表現です。

父親も「あなたのお弟子たちはできませんでした」と言いましたし、弟子たち自身も「なぜ、できなかったのでしょうか」とできなかったという言葉が二度も出てきましたが、イエス様は「あなたがたにできないことは何もない、何でもできるのだ」とおっしゃいました。できないことはないという言葉は「神のみ」がおっしゃれる言葉です。弟子たちがもし生きた信仰を持っておれば、そこに神の力が働くのだと、おっしゃっているのです。不可能が可能になるのは、信仰の大きさや量ではありません。神が働かれるかどうかです。小さな信仰とは神の奇跡的な助けに対する信頼があるかどうかを問う言葉です。人はだれもが人間としての限界の中で生きております。神のご計画に従った限界の中におります。この限界を超えることができるのは神のみです。わたしたちはただ祈って、聞いていただくしかありません。逆説的に言えば、信仰アは小さくてもいいのです。しかし、信仰は行為に表すこと、祈りや断食ももちろん大事ですが、イエス様への無制限の信頼が第一なのです。

こうして日曜に、どこへも娯楽に行かず、のんびりすることもあきらめ、はるばる教会に集うわたしたちの「からし種ほどの信仰」を主が育てて下さらないはずがありません。どんなに小さくても、不確かでも、たとえ親から受け継いだ宗教への従順でしかなくても、主イエスにとっては何ものにもかえがたい大切なご自身への愛の芽生えです。そのような信仰をもって集うわたしたちを、「ああよかった、今日は、よくここへ来てくれた」とイエス様が堅く抱きとめてくださらないはずがありません。わたしたちはカッコよく言葉で信仰を言い表せません。口ごもりがちの信仰です。主の祈りと使徒信条を唱えるだけかもしれません。でも、イエス様は、わたしたち自身が気づかない、わたしたちの信仰を祝福し「ここにある教会という主の晩餐の集いに溢れる恵みに満たされて、その信仰をもっと大きく育てなさい、わたしの言葉である説教に耳を傾け、わたしの体と血、聖餐を受けることは、そのための何よりの栄養だ」と励ましてくださいます。

イエス様はわたしたちの弱さをよくご存じです。弱さを憐れまれたからこそ、神である栄光を捨てて僕のかたちを取って地上に来てくださり、人としてわたしたちと共に生き、わたしたちの弱さに寄り添い、それを分かち合ってくださいました。イエス様はだからいつでも、思いやりをもってわたしたちにお話しになります。主はわたしたちに「信仰が足らない」とおっしゃいました。あなたたちの信仰はからし種よりも小さいとおっしゃいました。しかし、本当におっしゃりたいこと、わたしたち自身に気づかせたいと願っておられることは、わたしたちの信仰が足らないことでも、弱く頼りないことでも、未熟であることでもありません。わたしたちには「信仰がない」ということなのです。実はずばり、「信なきゆえなり」と訳している聖書もあります。ルターの聖書がそうです。キリストへの絶対的信頼がわたしたちを勇気づけ、困難に耐える力を与え、途方もない平安を与えることは両手をあげて認めるけれど、主がいくらそうおっしゃっても「山が動く」とはどうしても信じられないなら、そこには主への信仰はありません。主を信じるということは、主がおっしゃったことは自分に都合のよいことも悪いことも、耳に快いことも不快なことも、納得できることもできないことも、すべて信じるということです。もちろん信仰が山を動かす力を持っていることもです。常識や経験から不可能だと思うことも含め、すべてを信じるのです。ほどほどの信仰なんてあり得ません。十字架の罪の赦しは信じるが主の行われた数々の奇跡や、肉体の復活、最後の審判などは信じないということはないのです。これは信じるがあれは信じないというのは、教会が聖書を通じて伝えている事実やメッセージからお気に入りの所だけを取りだして、自分好みの信仰に造りかえる「この自分」を信じているのであって、決してイエス・キリストを信じているのではありません。けれども主は、信仰のないわたしたちに対し「信仰が小さい」とだけおっしゃったのです。そのイエス様はわたしたちのために十字架にかかり、お甦りになり、今もわたしたちと共にいてくださいます。常に憐れみをもってわたしたちを導き、支えてくださるのです。わたしたちの無きに等しい信仰でさえ、イエス様の憐れみによるものです。「主よ、この信仰のない者を助けてください」、そう祈りましょう。

祈ります。
父なる神、わたしたちをいつも教え導いてくださいますことを感謝します。どうか、わたしたちの「足らない信仰」を、小さなからし種ほどもない信仰を大きく育ててください。すべてを信じることができますように。そして、いつかこう心から祈れるようにお導き下さい。「山さえ動かすことのできる主よ、御心のままになりますように」。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン

 

8月12日の音声

 

 

2018年8月5日 聖霊降臨節第12主日
「山頂の変容」
マタイによる福音書17章1-13節   説教 森喜啓一

私は、キリスト教会のことをあまりご存知ない方に、「教会はどんなところですか」と聞かれることがあります。そういうとき私は、「一度私たちの教会の礼拝に参加なさってみては如何でしょうか。その礼拝にどのような方々がいらっしゃるか。その方々がどのような表情をなさっているか。そして、礼拝を終えた後どのようにお帰りになるか。そのようなご様子を見られれば、教会がどのよう所か、きっとおわかりいただけると思います。」そして、私は続けます。「教会の方々のお顔や表情がどんなに輝いているかがきっとご覧いただけると思います」。そのようにお答えをして、教会にお誘いいたします。

さて、私たちはマタイによる福音書のみ言葉を学び続けています。今日与えられた聖書箇所では、私たちにとってイエス様は「いったいどのようなお方なのか」をもう一度はっきりと示されたみ言葉が語られています。そこで、そのために、すでに久下牧師が説教をされたマタイによる福音書16章の13節以下の身言葉を、そして久下牧師が語られた言葉を、もう一度振り返っていただきたいのです。そこでは、イエス様は誰なのかが、イエス様の問いかけとペテロの告白によってはっきりとした宣言がされました。そして、私たちも確信をする事が出来たのです。それは、イエス様は、弟子達に向かって「人々は、人の子を何者だといっているのか」とお尋ねになった時、弟子の一人シモン・ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子です」との告白を行った事実によって明らかにされた事です。この告白は、ペテロがあらかじめ準備していた言葉ではありません。しかし、ペテロが心の中で信じ続けていた思いではなかったのでしょうか。そして、神の霊の力がペテロにその告白を促したのです。

それまで、イエス様については、洗礼者ヨハネの生き返りなのか、あるいは本当にメシアなのか、あるいは奇跡を起こす魔法を操るものなのだろか。 様々な憶測が、巷にながれていました。しかも、メシアと言っても、古くからユダヤ人の間で言い伝えられてきたように、ローマを駆逐しその抑圧からユダヤ人を開放し、かつて、ダビデ王がそうであったように、主なる神が、かつてユダヤ人と結んだ契約のように、神の庇護のもとに独立したイスラエル国家を再建する政治的救世主、ローマを叩き潰す英雄の姿をイエス様に求めていた者たちも多かったのです。ですから、ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と告白したことは、他の人々が思い描いていた誤りを全て覆した告白でした。それは、歴史上の決定的な事柄が現れたことを明らかにした告白でした。神は、ユダヤ自身の裏切りによって彼らとの契約を反故にされ、もはや救いの対象は、神を信じる全ての、全世界の人々へと広がり、福音という新しい救いのご計画が進められつつあることを、ペテロの告白は明らかにしていたのでした。そして、福音の担い手であるメシアであるキリストが、ここで人間のお姿で人の子イエスとして、弟子たちと共に北パレスチナの埃っぽい村の道を福音を宣べ伝えながら、自ら十字架上の贖罪の死に向かって歩いておられる。 その現実において、すでにメシアはこの世に来ておられるのだという告白だったのです。「あなたはメシア、生ける神の子です」というペテロの告白の意味とペテロの心の高鳴りを、私たちは容易に感じ取る事が出来るでしょう。このペテロの告白は、イエス様が苦難と甦り、福音のもととなる教会の体そのものを示すみ言葉がここにあったことを、私たちも感じ取ることができるでしょう。

今日の聖書箇所の冒頭、マタイによる福音書17章1節では、ペテロの告白から6日が過ぎ、新しい出来事が語られています。そこでは「6日の後、イエスは、ペトロ、ヤコブ、とその兄弟ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が、かれらの目の前で変わり、顔は太陽の様に輝き、服は光の様に白くなった。見ると、モーセーとエリヤが現れ、イエスと語り合っていた。」と書かれています。いつもは、イエス様が一人で祈り、父なる神との語らいをされる高い山に、この日は、あえて3人の弟子を連れていかれました。そして、その高い山の上で、3人の弟子達の目前でイエス様の姿が輝きだしたのです。衣は、真白に光り出しました。まさに、今日の説教題にもあるように「イエスの変貌」があったのです。変貌とは、一体何を示していたのでしょうか。イエス様が、まったく新しい別の何者かに変わられたのでしょうか。神の御子としてこの世で人間として福音宣教をされていたイエス様が、父なる神のもとにお帰りになるために、ついに元の神に戻られたことなのでしょうか。

いいえ、そうではありません。マタによる福音書13:34にはこのように書かれています。「その時、正しい人々は、その父の国で、太陽の様に光り輝く」と。それは、外からの力でもなく、イエス様ご自身が神に戻られたのでもありません。イエス様がこれから歩み出されるご自身の内にある<正しい人>としての強いご意志によって、イエス様のご自身の内側から涌き出す霊の力によって、イエス様ご自身が輝きだされたのです。それは、ペテロが「あなたはメシア、生ける神の子です」との告白されたことを改めて証するように、イエス様ご自身がキリストとして顕現されたお姿だったのです。山に連れてこられた3人の弟子は、このイエス様の顕現を見て、イエス様が人でありながらも生ける神の子である事を確認する者とならなければならなかったのです。

さらに、聖書には、イエス様はモーセとエリアが現れ、イエス様と語り合っていた、と書かれています。モーセは多くの人々を率いてエジプトを脱出させた預言者であり人間でした。エリアは、人々にないがしろにされながらも神のみ言葉を大胆に語った預言者であり人間でした。同様にイエス様も、ひとの子、人間としてそこにいて、ペテロの告白どおりの人間として顕現されたのです。ですから、ペテロ達も、驚きはしましたが、恐れおののいたりはしなかったのです。むしろ、イエス様と、モーセと、エリアが、もっと長く語り合っていて欲しいと思い仮小屋(つまり幕屋)を三つ建てようとまで申し出たのです。その仮小屋は、とても神聖な所として建てようとしていたのです。しかし、光り輝く雲が彼等を覆い、天から声が聞こえてきたのです。「これは、わたしの愛する子。これに聞け」これは、イエス様が洗礼をお受けになった時に聞こえた天からの声と同じみ言葉でした。天から彼等を見つめる、父なる神も、イエス様がキリストである事の顕現を弟子達に強く知らしめられたのです。しかし、その後には、いつもの優しいイエス様だけが、その場所におられました。神の声に恐れてひれ伏す弟子達に、イエス様は屈んで手を触れられ「起きなさい。恐れる事はない」と彼等を優しく励まされました。

私たちの心の中にも、イエス様は光り輝いたお姿を顕してくださいます。 私たちが、一人でいるときに、イエス様を求めて、そっとその名を呼ぶ時、私たちが、苦しみの中でもがいている時「主よ」と叫ぶとき、そして、私たちが、恵の喜びの中で心を躍らせ「イエス様への感謝の思いで一杯になる時、どのような時も、私たちを未羊飼いのように見守っていてくださるイエス様は、私たちの中に現れ、私たちを力づけ、私たちと共に苦しみを味わい、涙を流し、私たちの手を引いて、その苦しみの渕から引き上げて、私たちが救いの喜びに輝くのを見て満足されることでしょう。私たちが、恵の喜びの中で心を踊らせている時、イエス様も、あなたと共に喜び、私たちが輝く様子にきっと喜ばれる事でしょう。私たちは信仰を強くもち正しくあろうとする者達です。どのような時も、イエス様をキリスト、救い主と告白しイエス様のお姿を心に見続ける者たちです。私たちの心の中には、そのようなイエス様いて、イエス様が光り輝くように、私たちもまた、太陽の様に光り輝く者にしてくださるのです。

今日は、この説教の後に聖餐式が行われます。光り輝くイエス様の恵み、命あるイエス様の肉と血を頂きます。どうか、この聖餐式が、私たちの信仰の証であるとともに、イエス様の御力をいただき、さらに新しい私たちとなって、光り輝くイエス様とともに、私たちも輝き明日へ向けて歩み出しましょう。

祈り

 

2018年7月29日 聖霊降臨節第11主日
「命を失う者は、命を得る」
マタイによる福音書16章21-28節   説教 森喜啓一

神は私たちに「進歩」というものを与えて下さいました。それは、私たち旧約聖書の時代から今日にいたるまで、様々な苦難を経ながらも、人間の時代を常に発展させ、人間の誤リを正しい、最善な恵みを与え、私たち自身を新しく生まれ変わらせてくださろうとする神の御心なのです。

私たちは、いくつかの例を思い出す事が出来ます。中世の誤った教会の在り方は、宗教改革と言う形で、私たちにプロテスタンティズムという考え方が与えられました。それは、私たちが、いつも自分達の信仰や教会の在り方を厳しく見つめる、もし誤りがあるならそれを自ら正していこうという活動です。私たちの教会もこのプロテスタンィズムによって生まれ今日まで正しい信仰を守り続けてきています。

或は、フランスの哲学者ルネ・デカルトは近代哲学の基を築きました。「我思う、故に我あり」という有名な言葉が残されていますが、全ての物事の存在理由を考えたのです。ですから「それを考える私がいる。だから私は存在している。」と考える訳です。そして、全ての事が、単に存在しているだけでなく何がしかの論理的な存在理由を考えるのです。それは近代化学の発達の源となりました。それは、化学ばかりでなくキリスト教にも論理的な考え方を齎す様になりました。啓蒙思想というものです。キリスト教は倫理観や道徳の強い裏付けとなりました。科学者は、宇宙の誕生や生命の謎に、人間の想像をはるかに越える、神の無限の力と業をみとめざるを得ませんでした。それこそ、神の奇跡を垣間見ることになったのです。そして、神のみ力が私たちを支え、私たちを進歩させる源であることを公然とかたるようになったのです。

それは、科学の世界ばかりでなく、私たち人間に対しても同様です。あるドイツの神学者は、それを、「神は私たちを育て成熟させられる」と述べました。私たちの、父なる神の御子イエス様は、その神のご意志に沿って、私たちを成熟させ、私たちを明日へ、未来へ向かって、より豊かに歩むよう導いてくださると言うのです。
私たち、マタイによる福音書を読み進んでいます。今日与えられたみ言葉です。イエス様は、このように弟子達に言われました。

「イエスは、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている。」と弟子たちに打ち明け始められたのです。
自分達が愛し、信頼し、全てを捨てて従って来たイエス様が死なれる。自分達の前からいなくなってしまわれる。これは、確かに、弟子達にはとてもショックな言葉でした。残念ながら、このとき、弟子達は主が「三日目に復活される」というみ言葉は理解できませんでした。弟子達は、この主の復活の事実と意味を、実際に主が復活され、天に昇られるお姿を見た時には、ようやく理解する事ができたのです。

いつも気安く話をするペテロは、イエス様をわきへお連れして、いさめ始めたのです。「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」そのように、イエス様に話しかけたのでした。

確かに、イエス様の身に、これから起る事はとんでもないことでした。ついさっき、イエス様が「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」と問われたのに対して、ペテロは、「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えたばかりでした。そして、この告白は「あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ。」とイエス様ご自身が弟子に向かって告白をしたばかりなのです。

ペテロは,イエス様が、いつまでも弟子達を率いて福音を宣べ伝え、神のもとで働くのだと信じていました。ペテロは、ただのガリラヤ湖の漁師であったにも拘らず、父なる神のみ業により、イエス様から与えられた新しい偉大な人生に大きな喜びを感じていました。その喜びがずっと続いていて欲しいものだと願っていたのではないでしょうか。イエス様とずっと共にいたかったのです。

それなのに、ペテロが、いさめると、イエス様は「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている。」と烈火の如くペテロを御叱りになったのです。

ペテロも、少し可哀想です。しかし、このみ言葉は、ペテロ本人ではなく、ペテロの背後で、ペテロを操ろうとしているサタンに向かって投げつけられたみ言葉なのです。ペテロは、ユダヤ人ですから、当然、かれの心の中にはユダヤ教の教えがまだ流れ続けていました。そのユダヤ教の教えの中には、ユダヤを窮状から救い出すメシア、つまり救世主の出現の思想が強く流れていました。

つまり、ユダヤ人を長く続く外国人支配からから救い出し、独立したユダヤの国を再建してくれる英雄がユダヤ人の救世主だったのです。ユダヤ人達は、イエス様に、過去のサムエルやダビデ王のような英雄であることを期待していたのです。それは、今までの、長くユダヤ人が言い伝えてとして造り上げてきた、ユダヤ人の思いでした。ペテロもまた、その言い伝えを良く聞かされていましたし、ペテロも、イエス様がそのメシアで、イエス様によってユダヤはローマから独立し救われるのではないか。だからイエス様は「ユダヤの過去や歴史を受け継ぎ、これからもユダヤ人のユダヤの国の歴史を引き継がれるのだ」。ユダヤ人たちはそう思っていたのです。

しかし、父なる神の御心も、イエス様の使命も、ユダヤ人が考えていた事とはまったく別のところにあったのです。父なる神は,イエス様を通じて、人間の時代に新しい風を吹かされようとされていたのです。父なる神は、それまで神に選ばれた民として保護し続けていたユダヤ人を捨て去り、世界中の神を信じる者すべてが救に与れる新しい時代を齎すことを決意され、そして実行に移されようとされていたのです。 其の為には、御子であるイエス様が人日の罪の全てを負って死なれなければなりませんでした。しかも残酷な死に方でなければなりません。しかし、世界中の人々の神への信仰が増し、その人々全てに幸いが訪れるのです。このことは、サタンには困ったことなのです。

さらに、イエス様はみ言葉を続けられます。
「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」
イエス様を信じる者は、「自分を捨てて、自分の十字架を背負いなさい」と。

「自分を捨てる」。難しいことなのかも知れません。しかし、イエス様は、信仰という力があれば、それは容易だと御考えになっています。なぜなら、捨てるものよりも、もっと大きなものを私たちは受ける事になるからです。

神は私たちに「進歩」を与えて下さるのです。父なる神の御子イエス様は、その神のご意志に沿って、私たちを前進させ、私たちを明日へ、未来へ向かって、より豊かに歩むよう導いてくださると言うのです。その進歩に限界はありません。

神様は、私たちを神様ご自身に似せて作られたと聖書は語っています。 しかし、それは単に姿形だけでなく、無限な力をもっておられる神ご自身に似せて、無限な可能性を持つ者として、私たちを創造されたのです。ですから、私たちは、無限に希望や望みを持つ事が許され、信仰をもつだけで、神様はその希望や望みの実現へ向けて私たち導いていってくださるのです。

どこかの、権力を振りかざす人間によって、その希望や可能性が閉ざされる事はないのです。それは、子供達にはもちろん、人間社会で戦う方々、そして少しお年をめされた方々でも同じ事なのです。

「そうだったらいいのになあ」と思うような仮定の話ではなくて、必ず叶えられる夢や希望が私たちを捉えているのです。もっと健康になること、多くの人々から喝采をうける音楽家になること。新たに、社会に貢献する働きをする事。平和と平安に満ちあふれた家族に恵まれること。

どのようなことも、昨日よりも、今日、今日よりも明日、もっと良い豊かな日々を願い,祈るなら、そしてそれを本当に信じるなら、その思いは、叶えられるとイエス様は言われるのです。それは、そっと私たちに近づき、思ってもみない時に、思っても見ない形で、実現される。それが、神様が与えてくださる愛の形なのです。

しかし、一方で、新しく与えられるものを受ける代わりに、私たちはその代償を払わなければならなりません。その代償とは、私たちの過去、イエス様に出会うまで、自分を閉じ込めていた自分自身を捨て去ることです。夢や希望を諦めていた自分を捨て去るのです。自分自身を捕らえていた苦い過去の経験や身勝手な思いを捨て去る事。それを、イエス様は代償として求められました。

あるキリスト者はこう言います。「私たちは、この教会の100年以上もたった礼拝堂の歴史こそが信仰の証しなのだ。だから、私たちはこの建物とこの教会の歴史に誇りを持ち、大切に守らなければならない」。そうなのでしょうか、信仰の証は、私たち自身の中にある、心の中に、そして信じ合う者達の間にこそある。どんなに建物が立派でも、長い歴史を持っていても、それは単に人が作った物にすぎないのです。自分を捨て去る事とはそういう事へのこだわりを捨て去ることなのです。私たちは、むしろ、そこに集い信仰を分かち合う人々をこそ誇り、大切にしなければならないのではないでしょうか。その時、イエス様は、私たちの、明日の成長を、明日はもっと良くなって行く事を、確かなものにしてくださる。そして、そのように行って下さる神の約束を信じる事こそ信仰なのです。

「自分の十字架を背負う」。このみ言葉もまた、とても困難なことのように聞こえます。私たちは、イエス様のように、ゴルゴダの丘を十字架を背負って登っていかなければならないのでしょうか。そうではありません。イエス様は、私たちの罪の 償いに決着をつけるため、十字架の死を父なる神のご意志によって負われた様に、「父なる神が、あなた其々に方に賜る、新しい生き方と価値と意味を責任を持って負いなさい。」と言われているのです。信仰ある私たちの生き方は、其々違いますが、それらは皆、父なる神がくださった生き方なのです。その生き方は、かつてとは違う。なぜなら、それは父なる神があなた方にとって最善をくださっているからです。しかし、私たちみんなが共通のものある。それは、信仰と希望と愛です。

その時代の社会で、巧みに生きて往く為には、社会の流れに乗り、世論に従い、迎合してことなのかも知れません。イエス様の時代であれば、ファリサイ派に従って行く事なのでしょう。今の時代はどうでしょうか。父なる神は、どの時代であっても、福音書に登場するファリサイ派の人々のように生きてはならないと言われています。 神の事よりも、自分達が作り上げた律法によって、人を縛り、そして世の中を支配しようとするのです。かりに、そのことで世の中を支配できたとしても、神はそのことをお赦しにはなりません。神は、その者の命を、人生を奪い去られてしまわれる事でしょう。イエス様は「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」と言われています。

この礼拝堂に、イエス様の眼差しがあります。イエス様は、「あなた方の心を私に差し出して欲しい。」と言われることでしょう。イエス様のために過去の自分を捨て、神から賜った生き方従って、イエス様とともに新しい人生、新しい時代へ向けて歩もうとする時、私たちは、福音と聖霊に満ちた活力ある新しい、イエス・キリストの真の命が与えられるのです。

祈り

 

2018年7月22日 聖霊降臨節第10主日

「あなたは岩だ」

マタイによる福音書 16章13-20節

今聞きましたペトロの有名な信仰告白、「あなたはメシア、生ける神の子です」(十六節)は、初代教会に伝わっていた有名な告白です。マルコ福音書八章にもルカ福音書九章にも少し表現は違いますが同じ内容、あなたがメシア、キリストだという文言があります。人間誰しも経験することですが、切羽詰った時や、何かの拍子にふと言ったことが決定的な言葉だったと後で気がつくことがあります。このペトロの言葉は、世界中の教会が二千年にわたって、時には命がけで守ることになるきわめて重要な言葉ですが、おそらく彼はそこまで深く認識して言ったのではなかったでしょう。しかしイエス様はこの言葉のゆえに、「あなたはペトロ、岩だ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる」(十八節)とまでおっしゃったのです。

この話はフィリポ・カイサリアでの出来事であるとわざわざ最初に断ってあります。これは大切な点であります。ギリシアの神が祭られ、またヘロデ家による皇帝礼拝の場所でもありました。フィリポ・カイサリアはガリラヤ湖の真北、ガリラヤ地方の北の端にあります。ここは、ガリラヤ湖から見て標高が五百メートルも高いところです。ヨルダン川の源流の一つが発するところです。近くにヘルモン山という高い山があって、ギリシアの牧童神パンと、川や森や泉の精霊ニンフとが祭ってありました。ですからここはパンの場所パニアスと呼ばれていました。この地方の領主がフィリポです。彼はこの地を自分の領土にしてくれたローマ皇帝にゴマをすって、ここを皇帝の町カイサリアと名づけました。そして地中海に面したもう一つ別の港町サマリアのカイサリアと区別するため、フィリポのカイサリアと名付けました。ちなみに、港町カイサリアは、フィリポの父、ヘロデ大王の作った町です。ここは標高が高いため涼しくていい避暑地ですがギリシアの神が祭られ、またヘロデ家による皇帝礼拝の場所でもありました。つまり弟子たちから見れば完全な異教の地、また偶像礼拝の土地です。これが今日の聖書の言葉を理解する鍵になります。皇帝カイサルが主、カイサル・ホ・キュリオスであって、イエス様が主、イエスース・ホ・キュリオスではなかったのです。

直前の十六章一節以下で、イエス様はファリサイ派やサドカイ派とは袂を分かちフィリポ・カイサリアに行かれました。これまでにも何度か弟子たちを連れて人里離れたところに退かれましたが、この時は人々のイエス様に対する態度も変わりつつありました。徐々にイエス様に躓いた人々が離れていったのです。そこでイエス様は弟子たちに尋ねられました。「人々は、人の子のことを何者だと言っているか」(十三節)。「お尋ねになった」というのは、繰り返し尋ねられたというニュアンスです。イエス様はカイサリア周辺の村々を訪ね歩きながら何度か聞かれたのでしょう。とても大事な問いなので繰り返されたのです。たまたま一度お尋ねになったというのではありません。弟子たちはいろいろに答えたようです。洗礼者ヨハネ、エリヤ、エレミヤ、預言者の一人と、四通りの答えが列挙されています。バプテスマのヨハネだという答えは、メシア、救い主をお迎えする先駆者だという意味でしょう。ヘロデ・アンティパスが「あれは洗礼者ヨハネだ。死者の中から生き返ったのだ」と言ったのを少し前に聞きました。エリヤは、紀元前九世紀、偶像礼拝と戦い、火の車に乗って天に帰った預言者で、メシアが来られる直前に再び現れて偶像から民を連れ戻すと信じられておりました。ですからエリヤだというのはやはり、メシアが来る前の先駆者の意味です。エレミヤは紀元前六世紀の大預言者で、この当時のユダヤ人には国を守る守護聖人でしたから、国家が危機になると黄金の剣を持って現れて救ってくれるというイメージです。また預言者の一人という答えも、新しい預言者ではなく過去の有名な預言者の誰かが甦って特別に助けをもたらしてくれるということです。つまり、このとき人々はイエス様を単なる先生や偉人とは考えていませんでしたが、イエス様が誰であるかを本当にはわかっていません。メシアの先駆者か、露払いのような感じで受けとめていたようです。

そこでイエス様は弟子たちに向かって、では人々ではなく「あなた方はわたしを何者だと言うのか」(十五節)と質問されました。代表してペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」(十六節)と答えます。これはペトロの言葉ですが、ペトロがあれこれ考えて言った言葉ではありません。「シモン・バルヨナ、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、わたしの天の父なのだ」(十七節)とイエス様はおっしゃいました。このことを現したのは人間ではなく神だと強調して言われております。人間と訳されている語の直訳は肉と血です。死すべき存在の人間ではなく、天にいますわたしの父が、お前に分かるようにしてくださったのだよと言われました。信仰の告白、イエス様がキリストです、イエス・キリストと言えるのは、聖書を調べたり、神学を学んだりするところからは出てきません。神がわたしたちに下さる恵みです。ペトロがこの「正しい答え」に導かれた、つまり「あなたは生ける神の子メシアです」と告白できたのは、神が啓示してくださったからなのです。以前「父のほかに子を知る者はなく、子と、子が示そうと思う者のほかには、父を知る者はいません」(十一章二十七節)とおっしゃっていた通り、神が啓示されたことをペトロは発見することができたのです。けれども本当の意味は理解していませんでした。ペトロはこのあとすぐ、イエス様が「自分がメシアであり、これからこういうことが起こる」と話されたとき、「とんでもありません」と否定し、イエス様をいさめ始めて「サタン、引き下がれ、あなたはわたしの邪魔をする者」(二十三節)とまで言われています。彼の無理解ははっきりしています。しかし、それは無理もありません。イエス様のご復活前には、およそ人間には理解不可能なことだったと思います。

さてペトロは、ただ「あなたはキリスト」ですと言わずに、「生ける神の子」と、単なる神の子よりも「生ける神の子」と強調しています。神様が生きておられる、イエス様が生きて働かれるというのは、ペトロはこの時は、カイサリアの崖の洞窟に飾ってあるパンなる神やニンフなんかのように神話の神じゃないという意味で言ったのかも知れませんが、実は深い意味があります。それは今歴史の中で生きて働かれる神、わたしたちを生かす神、命を与えてくださる真の神という意味です。これはイエス様のご復活までは伏せられた真理でした。お甦りの事実を経験して初めて「生ける神」という言葉に、アーメンと言えるようになります。信仰を表す、重要な神の名前です。

ここでマタイはペトロと言わずに、シモン・ペトロと記しております。マタイがこの呼び方をしたのはここだけです。またイエス様はペトロをシモン・バルヨナと呼んでおられますが、この呼び方をなさったのもここだけです。バルヨナとはヨナの子と言うアラム語です。イエス様が実際に話された言葉で書かれています。福音書には時々こういうアラム語の表現が出てきます。シモンは弟子になる前の名前でもあります。彼の全生涯がこの名前に表されております。別なところではヨハネの子シモンとも書かれていますが、ヨハネを意味するヘブル語のヨハナーンという名前は、ヨナとも書かれる例があります。ですからペトロのお父さんは、ヨハネかヨナと呼ばれていたことが分かります。

イエス様はシモン・バルヨナと呼びかけてからこうおっしゃいました。「わたしも言っておく。あなたはペトロ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。陰府の力もこれに対抗できない。わたしはあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(十八、十九節)。イエス様のお言葉はちょっと驚きです。なぜなら、「ペトロ、お前はなかなかええ奴やな、よう分かっとる、ほめてやる」とはおっしゃいませんでした。「わたしの教会」をこの岩の上に建てるとおっしゃったのです。福音書の中に教会という言葉はめったにでてきません。お分かりだと思いますが、イエス様が生きておられた当時教会はなかったからです。福音書では、印象的なところ、大事なイエス様の言葉はギリシア語ではなく元の形が残されております。ですからここで教会と訳されている言葉も、おそらくイエス様はアラム語で「集まり」という語を使われたでしょう。それはわたしたちが言う教会と全く同じというわけではありません。旧約聖書に出てくる集会、神の民、主の会衆と言う意味でもなく、「わたしの集まり」とおっしゃったのです。だから教会と訳してあるのです。つまり簡単に言えば、イエス様を生ける神の子と告白する者からなるイエス様の集まりができてくるとおっしゃったのです。そして加えて、あなたはペトロ、つまり岩ですが、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てると宣言されたのです。これはペトロという立派な信仰者の完璧な信仰告白の上に教会が建つというのではなく、この岩、つまり「あなたこそ生ける神の子キリストです」という信仰告白の上に教会が建つということです。ペトロという人物の上にというのではありません。信仰告白が教会の土台なのです。この教会は、陰府の力、死の力にも決して支配されないとおっしゃいました。アーメンです。

続けて興味深いことをおっしゃいました。「あなたに天の国の鍵を授ける」と。学者はここをいろいろに解釈しますが、要するに、イエス様がお持ちであった、救いへの導きを、聖霊の働きによってペトロたちにゆだねる、弟子たちがそれを祈り深く反映させるという意味でしょう。そしてイエス様がメシアであることは、まだ誰にも言うなと注意なさいました。これは当時のユダヤ人はローマから解放してくれる政治的メシアを待ち望んでおりましたから、あっという間に誤解されて、直ちに反逆罪でイエスグループ全員が殺されてしまう危険性があったからです。

さて、いま世界中の教会がペトロのした信仰の告白をいたします。わたしたちプロテスタントで言えば、使徒信条がそれに当たります。何億人もの人が、アフリカでもアジアでももちろんヨーロッパでもこの信仰箇条を毎週唱えます。ペトロが言ったのと同じ表現ではありませんが「我はそのひとり子、我らの主イエス・キリストを信ず」と言い表わします。神のひとり子、我らの主イエス・キリストというたった一言ですが、イエス様はキリスト、すなわちメシアであると言い表しております。わたしたちの主は皇帝ではない、イエス様だと言っているのです。日本人は本音と建前を使い分けると言われます。本当に信じていることと違うことを口先では言っておく。それでみんなに合わせておけばうまくいくという、あまりいい意味では使われません。でもそうでしょうか。大好きだよと毎日ある人に向かって言えば、本当に好きになります。ペトロはイエス様をキリストと信じていました。しかし、主が十字架にかかるまさにそのときには、「あんな人は知らない」と言いました。このときイエス様こそキリストですと言ったらどうなっていたでしょう。それから何十年もたってペトロは迫害で殺されます。この時はどんなに脅かされてもイエス様こそキリストですと言い続けました。なぜこの時はそんな人は知らないと言わなかったのでしょう。彼の信仰が強くなったのでしょうか。ペトロは主が十字架にかかられた時も、自分の最期の時も同じように信じているつもりだったのではないかとわたしは思っています。心の中は分からないので間違っているかも知れません。しかしはっきりしているのは、口で言うことが違っていたということです。どう信じているかは口でどう言うかで決まります。復活の命を信じる者だけがこの信仰告白をすることが出来ます。復活のイエスに出会ったペトロは三十年間イエス様がメシアであると言い続けたはずです。それがペトロを変えたのではないでしょうか。マラナ・タ教会もイエス様の教会です。ですからこの岩の上に建っています。イエス様はメシア、生ける神の子ですという告白の上にです。

今日聞きました出来事は、ギリシアの神パンの自然を動かす力が崇拝され同時にローマ皇帝がその権力のゆえに神として礼拝されていた地、フィリポ・カイサリアでの話です。ペトロの信仰告白が、皇帝礼拝に「ノー、否」をつきつけた物語です。でも格好いい、素晴らしい物語ではありません。この後、人々はどんどんイエス様から離れていきます。ここからイエス様は十字架に向かって歩みを進められたのです。わたしたちは、パン神など信じておりませんし、ローマ皇帝も拝んでいませんが、実は「あなたは天皇を誰だというか」と問われております。ついこの間のことですが、一世代前の先輩キリスト者は「キリストと天皇はどちらがえらいか」と問われました。あなたは天皇を誰だというか。あなたの主は、イエスかローマ皇帝か。わたしたちの主はキリストか天皇か。この答えによってある人は命を失いました。この答えによっては、イエス様からもう一度聞かれるでしょう。「あなたはわたしを何者だというのか」と。「人々の前でわたしを知らないという者は、わたしも天の父の前でその人を知らないという」と十章で十二弟子を選ばれた後の長い説教でおっしゃいましたね(十章三十二節)。フィリポ・カイサリア、そこはローマ皇帝が神とされた場所です。皇帝礼拝が行われた場所です。わたしたちならかつて天皇が神とされたところで聞かれております。お前たちはわたしを何者だというのか。もちろん今わたしたちは天皇を神だとは言いません。天皇自身がそれを一番強く否定しておられます。でも天皇を利用する強い政治力が支配するようになったらどうでしょうか。日本の教会は、かつて天皇を神としたことを心の底から悔い改めておりません。戦争責任の告白はしました。でも天皇を神としたことについては、そんなことはしていない、ちょっとそんなふりをしただけだと。仕方がなかった。時代が悪かったのだ。僕は関係ないと言い続けました。幸か不幸か戦争に負けて、今はイエス様を神としています。昔のことはもういいじゃないか。未来志向で行きましょうと言っております。神でないものにはっきりノーと言わなかったことを正直に認め、深く悔い改めない限り、かつて侵略した隣国の人々から信頼されることはないでしょう。わたしにはイエス様の声がはっきり聞こえます。「あなた方はわたしを何者だというのか」と。

二千年にわたって世界中のキリスト者が告白した言葉を、今わたしたちは堂々と自らの口で言い表しております。この地上で、あらゆることをつないだり、解いたりする権威を与えられております。教会が地上で決定すること、それが天上において批准されます。イエス様を神としそれ以外の何物をも神としない、教会はこの告白の上に建っているのです。

祈ります。
主なる神様、あなたがペトロにイエス様が誰であるかを教えてくださったことを感謝します。ペトロは「あなたはメシア、生ける神の子です」と告白し、主はペトロの告白を幸いとおっしゃいました。この告白が受け継がれ、わたしたちも礼拝ごとにペトロと同じ信仰の告白をしています。この恵みを重ねて感謝いたします。どうかわたしたちをこの信仰告白に留まらせ、常にイエス様に従って歩むことができますよう導いて下さい。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

7月22日の音声

 

 

 

 

2018年7月15日 聖霊降臨節第9主日

「イエスの敵」

マタイによる福音書 16章5~12節

 

マタイによる福音書をずっと読み続けて、第十六章まで来ております。この章は、峠道ならちょうど頂きにあたります。いわば折り返し点です。いよいよ後半に入ってまいります。マタイによる福音書は新共同訳聖書では六十ページありまして、いまわたしたちは三十一ページを読んでいますが、ページ数がちょうど真ん中であるからというわけではありません。来週聞きます十三節以下のところで、イエス様に「それでは、あなたがたはわたしを何者だというか」(十五節)と問われて、「あなたはメシア、生ける神の子です」(十六節)とペトロが答えます。ついにこの答えが出てきます。そしてイエス様は初めて、ご自分が殺され三日目に甦る定めにあると弟子たちにお告げになります。つまり、ここから先は十字架に向かって真っすぐに歩み始められる、その場面に差し掛かっているのです。遠くに十字架と復活のクライマックスが見える中、イエス様とは誰か、その本性が問われ明らかになっていく部分です。

先週既に一節以下四節までを読みましたが、ファリサイ派とサドカイ派の人々が来て、イエス様を試そうとして、天からのしるしを見せてくれと言いました。「試そうとして」という言い方ですが、マタイ福音書ではこれまでに一度だけ出てきました。それは四章一節なのですが、悪魔がイエス様を試そうとして荒れ野に誘い出した場面で使われました。「誘惑するため」と訳されておりました。ですから「試そうとして」とは、重い言葉です。悪魔の誘惑を思い出させる言葉です。今回はユダヤの指導者がイエス様を試そうとしました。悪魔に代わってもう一度誘惑しようとしたとも言えるでしょう。彼らの問いには誘惑的で、悪魔的な意図が感じられます。ファリサイ派は権力から距離を置く分離派という意味ですが、信仰熱心であり先祖の言い伝えに忠実でした。人々から一目置かれていました。一方サドカイ派は祭司階級で、民衆よりも貴族の中で大きな力を持っておりました。上流階級の習いで権力に弱く、政治的であり利権に群がり、ファリサイ派のように信仰熱心ではなく、ファリサイ派とは対立する人たちでした。この二つのグループは多くの点で反目しあっていたにもかかわらず、イエス様を拒絶するという点において一致したのです。イエス様に対する敵意があったといってもいいでしょう。それも殺さなくてはならないと思うほど憎んでいたのです。お前がどういう人間であるか、それは自分たちが裁定する。納得できるような天からのしるしを見せろとイエス様に迫ったのです。できないなら消え失せろということです。

わたしたちは冷静に聖書を読んでおりますから、ファリサイ派もサドカイ派もけしからん連中だと思いがちですが、はたして彼らを批判できるでしょうか。つまり、イエス様の本当のお姿に気がついておりますでしょうか。イエス様を分かっているでしょうか。弟子たちはどうでしょうか。神の国、神のご支配のしるしをどこに見ていたでしょうか。わたしは、分かっていなかったと思います。それが今日聞きました五節以下に明らかになっております。イエス様は弟子たちに向かって「ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種によく注意しなさい」(六節)とおっしゃいました。「パン種に気をつけろ」とは面白い言い方ですね。

新約聖書を開いてイエス様の物語を読んでおりますと、パンがしばしば出てきます。当時のパンはどんなパンだったのかなと興味が涌きます。いくつか文献を調べてみますと、わたしたちが食べているふわふわの発酵させたパンは、エジプトで発見されました。空中の酵母が偶然パン生地に混ざって発酵し、それを焼いたところとてもおいしかったのでしょう、どんどん普及したようです。その後、エジプトから古代ギリシアに小麦粉と共にパンの製法が伝わり、ワインを作るため酵母を扱いなれていたギリシア人によって、ブドウ酵母でパンを発酵させることが本格的に始まったのです。発酵しかけのぶどうを小麦粉に混ぜるのです。世界で初めてパンを大量生産したのはギリシア人だそうです。その後ローマ時代になりまして、ローマは世界中に兵士を派遣し戦いましたから、パンを持たせて戦地に送ります。パンは戦いになくてはならない必需品です。イエス様の時代には、ローマ帝国支配下ではどこでもパンが手に入るようになっており、パン屋さんがあったようです。ローマのパン職人が残した記録によりますと、現代とそう変わらない良質のパンが焼かれていたようです。

さて先週の物語の最後で、ファリサイ派やサドカイ派の人々ともうこれ以上話をしても無駄だと思われたのでしょう、イエス様は彼らを後に残して立ち去られました。対立は続きましたが、しばらくこれらの人々との対立は書かれておりません。この後これらの人々と顔を合わせるのは、ファリサイ派の人々とはユダヤで(十九章三節)、そしてサドカイ派の人々とはエルサレムで(二十二章二十三節)となります。

弟子たちはイエス様の後を追って、マガダン地方から再びガリラヤ湖を渡って東側に行きました。急いでいたのかもしれませんが、パンを買わずに舟に乗ったようです。パンがないと気づいたときにはもう湖の上です。しまったと思ったときはもう手遅れでした。向こう岸についたら食べ物をどうしよう、あちらはパン屋があまりない地方です。そんな弟子たちが舟から降りたとき、イエス様は「パン種に注意しなさい」とおっしゃいました。これは彼らと別れたとき関わっていたファリサイ派とサドカイ派のパン種について話されたのですが、それを聞いた弟子たちは、「パン種に注意しなさい、良いパン種のものを買わないと、うまく発酵してないよ」とおっしゃったと勘違いしたというのです。よほどパンを買い忘れたことが気になっていたのでしょう、イエス様がパンについて何か注意をなさったと思ったのです。弟子たちは、イエス様が何をおっしゃったのかをしっかり考えようとも、どういう意味かをイエス様に尋ねることもしないで、自分たちで論じ合っていました。パンを買い忘れたという当面の問題にしか考えが及ばなかったのです。先週も申しましたが、やはり弟子たちは少しピントがずれております。

そこでイエス様はおっしゃいました。「信仰の薄い者たちよ、なぜ、パンを持っていないことで論じ合っているのか。まだ、分からないのか。覚えていないのか。パン五つを五千人に分けたとき、残りを幾籠に集めたか。また、パン七つを四千人に分けたときは、残りを幾籠に集めたか。パンについて言ったのではないことが、どうして分からないのか」(八b~十一a節)。イエス様は、弟子たちの関心事が何であるかに気づかれ、次の食事を心配していることに対して、信仰の薄い、もとの言葉では信仰の小さい者たちよと叱責なさいます。「お前たちあほやなあ、なんで、パンを持ってないことをごちゃごちゃ言うてるんや。まだ分からへんのか」とおっしゃったのです。つい先日、五千人の人々や四千人の人々を満腹させられた驚くべき出来事を経験したばかりです。自分たちで残ったパンくずを集めました。いっぱい残りがありました。弟子たちはイエス様の奇跡を一度ならず自ら経験したのに、何を食べればいいかと心配しているのです。「わたしたちに必要な糧を今日もお与えください」と祈ることもイエス様は教えてくださいました。それなのに弟子たちには日々の糧を与えてくださる神への信頼を欠いていたのです。信頼が小さいのです。イエス様は弟子たちを戒めてから、ご自分の警告に耳を傾けるようにと、本来の話に持っていかれます。

もう一度、「パン種に注意しなさい」とおっしゃいました。「どうしてわからないのか。『ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種に注意しなさい。』そのときようやく、弟子たちは、イエスが注意を促されたのは、パン種のことではなく、ファリサイ派とサドカイ派の人々の教えのことだと悟った」(十一b~十二節)。パン種とは酵母のことです。パン生地を膨らませます。糖分を分解してアルコールと炭酸ガスにします。ガスが出るので、パン生地が膨らむのです。パン種と聞くと、ああパン生地を膨らます半分腐ったブドウの実だなと思います。今のようなドライ・イーストはまだありません。パン種とはパンを膨らますもの、そこから人の心に巣くう、あるいは体に沁み込んでいる罪を膨らますものと想像されるからか、悪い意味によく使われました。もちろんうまく扱えばパンを膨らませたりブドウを発酵させたりしておいしくするものですが、パン種そのものは半分腐ったブドウで、そのもののイメージは悪を膨らませるものなのです。パウロもガラテヤの信徒への手紙のなかで、真理に従わせないようにする誘惑を、「わずかなパン種が練り粉全体を膨らませるのです」(五章九節)と否定的な意味で使っています。

「ファリサイ派とサドカイ派の人々のパン種に気をつけなさい」と言われたのは、ファリサイ派とサドカイ派の人々がイエス様を試して、天からのしるしを見せてほしいと迫った話にすぐ続いています。このことから、直接的にはしるしを求める懐疑的な態度、つまりイエス様に、また神に信頼をおかないような態度に対する警告をなさったのです。信頼し、その教えをしっかりと受け取らないことに対する警告です。

「そのときようやく、弟子たちは、イエスが注意を促されたのは、パン種のことではなく、ファリサイ派とサドカイ派の人々の教えのことだと悟った」(十二節)。弟子たちはイエス様がおっしゃっていることの意味を悟りました。イエス様は何度も何度も弟子たちを教え続けてくださるのです。わたしたちをも教え導いてくださいます。主はいつも忍耐して待ってくださっています。

今日の短い話は、十三節以下の重大な場面、頂上に至る前の、ちょっとした話の様ですが、わたしたちに繰り返して問われているような気がします。イエス様のことが本当にわかっているのかと。ファリサイ派もサドカイ派も弟子たちも、信仰って何だろう、神を信じるってどういうことだろかと話し合っていたのではありません。そんなのんびりした話ではないのです。国を失って長い時が立ち、今もローマ支配下にある。神の救いとは何か、もうわからなくなっていたのです。そういう状況で、誰もが神が今も生きて働いておられることのしるしを欲していたのです。特にファリサイ派はその有様を真剣に悲しんだ人たちです。でも先週聞きました。「夕焼けだから晴れだと言い、朝焼けで雲が低いから今日は嵐だ」と、まだ見えないこれから先のことに対する洞察を持っているのに、時代のしるし、今すでに始まっている神のご支配、イエス様がもたらしてくださっている救いに気がつかないのです。今の苦しさの中に、すでに神がおられるという事に気づかないのです。わたしたちはどうでしょうか。気づいているでしょうか。

日本ではキリスト者は極めて少数派です。周りにいる大勢の人々に対し、教会は、神がわたしたちと共におられる、今も生きて働いておられると証し出来ているでしょうか。洗礼を受けて何年も経ちました。毎週礼拝もしております。けれどもちょっとしたことで、あっという間に神のご支配が見えなくなります。周りの方々に神を証しするどころか、自分の信仰を失ってしまいます。どうしてこんなひどいことが起こるのか、どうしてこんな目に合うのか、もう神なんて信じられないと。それどころか、仲間のキリスト者に何か気にいらないことを言われた、注意されたといった理由や、ただ単に意見が違うとか、自分の期待する反応をしてくれないというだけで、神を見失う人まで大勢いるのです。礼拝に来なくなり、やがては信仰を失います。そういう時、いや、神は生きてられる、大丈夫、安心しなさいと声を掛け合うのが信仰者ではないでしょうか。

パン種に気をつけろと言われただけなのに、弟子たちはすっかり動揺してパンがない、どうしよう、となりました。五千人もの人々に食事が与えられたことも、再び四千人もの人々にパンが与えられたことも思い出せなかったのです。イエス様は、これまで繰り返して「天の国が来た」と、圧倒的な神の恵みの支配が既に来ていることを、そして人はその中に生きられることを語ってこられました。イエス様のなさったことはすべてそのしるしに他なりませんでした。罪人と一緒に食事をされたのは、いかなる人も神の愛の対象であることを現わすしるしであり、大勢の病気を癒されたことは、どんな苦しみの中にある人もまた、神は救おうとしていてくださることを現わすしるしだったのです。神の圧倒的な恵みが来ているのです。その圧倒的な恵みを現わすしるしが多く与えられました。人はただその神の恵みに信頼しさえすれば良いのです。恵みの中に生きることができるのです。

繰り返して申し上げますが、弟子たちはパンを持ってくるのを忘れていました。人間はそういう失敗をするものです。時に欠乏に直面するでしょう。しかし圧倒的な神の恵みの中にあるならば、本当はたいしたことはないはずです。パンを忘れても、パンがなくても大丈夫なのです。しかし、もしファリサイ派やサドカイ派のパン種が混じると、神の恵みの大きさに思いが向かなくなってしまいます。人間にだけ目が行き、自分の失敗、自分の乏しさばかりが目につきます。イエス様が「ファリサイ派やサドカイ派のパン種によく気をつけなさい」とおっしゃった時に、彼らがどう思ったかはそれをよく表しています。パンを持っていないから、イエス様に注意されたのだと感じたのです。イエス様は彼らを責めてなんかおられません。パンがなくて困ったなともおっしゃっていません。しかし、ファリサイ派やサドカイ派のパン種に毒されると、失敗や乏しさを責められているような気がするのです。心を頑なにし鈍くしてしまうもの、神から目をそらし人間の方にしか目が行かなくなることに、気をつけなくてはなりません。

パン種は粉の中に練りこまれて粉を大きく膨らませます。罪がなければパン種に気をつけなくてもいいかもしれません。しかし、弟子たちもわたしたちも皆、罪を抱えています。大きくどんどん膨らんでいかないように悪しきパン種に気をつけましょう。絶えずイエス様の教えを聞き、イエス様に信頼し従っていくこと、これが大切なのです。わたしたちの信仰の目がもう一度開かれるために、具体的にわたしたちがなすべきことはほんの少しです。毎週礼拝し顔を挙げて賛美します。信仰を言い表します。そして聖餐式のパンとブドウ酒を分かち合っていただくのです。一週間百六十八時間のうち、一、二時間を礼拝に献げます。毎日十数分沈黙して祈ります。それでいいのです。

ご一緒に祈りましょう。
父なる神、ともすると人間の方にばかり目が行きあなたの恵みの大きさに思いが向かなくなっているわたしたちを、イエス様は投げ出さないで、いつもあなたのご愛の中に留まれるよう繰り返し教え続けてくださっています。感謝します。どうかわたしたちが、イエス様の教えをしっかりと聞き、イエス様に信頼し従っていくことができますようお支えください。そして豊かな恵みの中を歩み、家族や隣人に証ししていくことができますよう導いてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

 

7月15日の音声

 

 

2018年7月8日 聖霊降臨節第8主日

「しるしを欲しがる者」

マタイによる福音書 15章29節~16章4節

イエス様はファリサイ派との論争の後、祈りと弟子たちとの交わりに集中するため、群衆を避けティルスとシドンの地方へ行かれました。昔のことですから、恐らく二、三か月は滞在して、霊的にも肉体的にも充電なさったことでしょう。そう思っておりました。でも不思議です。もし群衆を避けて静かに祈るためなら、何もティルスやシドンにまで行かれなくてもよかったのではないでしょうか。ガリラヤにも人のあまりいない、ひっそりとしたところがあったはずです。この当時の人口密度は、今の日本とは違ってものすごく低かったのです。人のほとんどいない所がいっぱいありました。ニ日も三日もかけてティルスにまでくる意味がよく分かりません。それにティルスやシドンは繁栄した大きな港町です。すると考えられる理由は一つしかないと思うのです。それは先週聞きましたが、カナンの女との出会い、彼女の信仰、その娘のいやしが、どうしても必要な重大な出来事だったからではないでしょうか。イエス様の出来事は、決してユダヤ人だけになされたのではなく、異邦人にも閉ざされたものではない、つまり「天の国が来た」、神のご支配はあなた方異邦人にも及ぶのだとお示しになったのです。わたしたちはモテットというバッハの曲をマラナ・タ教会宣教四十周年記念コンサートに歌おうと今練習を重ねていますが、わたしにはものすごくむつかしく苦しんでおります。この歌のタイトルが「すべての異邦人よ、主をほめよ」という詩編の言葉です。イエス様はすべての異邦人をも救おうとなさっていたのです。しかし、もちろんのことですが、イエス様が心砕いておられる第一は、まずユダヤ人の救いです。ですからカナンの女との出会いの後、今日のところでは、あっさりとガリラヤ湖のほとりに戻っておられます。

今日はいつもと変わって三つの物語を一度に聞きましたが、どの物語も、これは以前聞いた話だなと思われるものです。ほとんど同じ、よく似た話をすでに聞いております。

イエス様はガリラヤに帰ってこられ、群衆が連れて来た多くの病人をいやされました。「イエスはそこを去って、ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した」(二十九~三十一節)。このようにマタイは語り、「見よ、そのとき、見えない人の目が開き 聞こえない人の耳が開く。そのとき 歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。口の利けなかった人が喜び歌う」(イザヤ書三十五章)という、誰もが知っていた預言者イザヤを通して言われていたことが、ここでも成就したのだと説明しております。神が来てくださって人々を救われるときの、その介入のしるし、奇跡が語られているのです。イエス様はメシアだと言っております。群衆は驚き、イスラエルの神を賛美しました。この「見えない人の目が開き、うんぬん」という表現は、洗礼者ヨハネが自分の弟子たちをイエス様のもとへ送って「来るべき方はあなたでしょうか。それともほかの方を待たねばなりませんか」(十一章)と尋ねさせたときにも引用なさった、みんなが知っていた救いの言葉なのです。イエス様は神の国の到来、神の主権が回復することを預言者の言葉に託して教えようとなさいました。同じような話が語られています。

イエス様が山に登って座られた、とはまるで山上の説教の場面をお思い出します。大勢の人がいやされたという点では、山上の説教の前に出てきたおびただしい病人のいやしの話にも、また八章で聞いた百人隊長がいやされた後の大勢の病人のいやしの話にも似ています。この後に、四千人に食べ物を与える話が続きますが、これもつい最近聞いた五千人に食べ物を与える話にそっくりです。その時も大勢の群衆の中の病人をいやされてから食事が提供されました。今回と同じです。

イエス様はおっしゃいました。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない」(三十二節)。この時弟子たちの手元にあったのは七つのパンと少しばかりの小さい魚です。そこで、イエス様は地面に座るように群衆に命じられ、七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになりました。弟子たちはそれを群衆に配ったのです(三十五、三十六節)。「五つのパンと二匹の魚」の話とよく似ています。ここでも似た話が繰り返されております。

今回の大勢の群衆を満腹させられた出来事は、男五千人ではなく男四千人と記されております。正確に数えたというよりも、五千人ではないと言っているようにわたしには聞こえます。パンも五つではなく七つです。残ったパンくずは、先のヘロデ・アンティパスを逃れた場面では十二部族にちなんで十二籠、今回は異邦人もいたのでしょう、七籠です。七は完全数で、イエス様の業が神の御業だと言っているのでしょう。籠という表現も日本語では同じ籠ですが、五千人のときの堅いザルのようなもの(コフィノスκόφινος)ではなく、葦などで編んだ大型の柔らかな、食物などを入れる籠(スプリスσπυρίς)で七つと言っております。このように食べた人数や、最初にあったパンの数、残ったパンくず用のかごの種類と数など異なっています。

どちらもイエス様が祝福なさった食事であり、肉体的な必要を満たし、満腹にしてくれるものでありましたし、憐れみに満ち、豊かな祝福に溢れたものだったことに変わりはありません。よく似ています。しかし、この二つの話は、同じ出来事の異なった報告ではなく、明らかに別々の二つの話です。マタイは誤解のないように注意して、そのように報告しております。すると、首をかしげざるを得ないことがあります。五つのパンと二匹の魚しかなかったのに大勢が食べて満腹した、そのあと、イエス様が水の上を歩いて弟子たちに近づかれた。忘れることのできない衝撃的な出来事が続きました。ところが、今日の弟子たちの反応を見てください。「この人里離れたところで、これほど大勢の人に十分食べさせるだけのパンを、どこから手に入るでしょうか」(三十三節)と言っております。えー、と思いませんか。「先生この前と同じですね。先生がパンを配られたら、みんな食べて満腹するでしょう。どうかパンをとって、祈って、配ってください」となぜお願いしなかったのでしょう。そんなに物忘れが激しかったのでしょうか。つい先日のことが思い出せないのは、普通は年寄りです。弟子たちは三十歳前後でしょう。みんな若者です。

答えは一つしかないと思います。弟子たちは「あほ」だったのです。つまりわかっていなかったのです。わたしたちと同じです。わたしたちも何度も何度も同じことを繰り返しますが、それでも救い主の本当の姿が分かりません。何度もお話ししましたが、今わたしたちが読んでいるのはマタイによる福音書第六部です。ここではイエス様がどういうお方であるのか、その本当の姿をマタイは明らかにしようとしております。ところが弟子たちは、よくわかっておりません。メシアの真の姿は隠されていたといってもいいでしょう。ですから大事なことは繰り返されているのです。

この出来事の後、イエス様は舟に乗ってガリラヤ湖を渡り、マガダン地方に行かれました。マガダンとはいったいどこか分かりませんが、おそらく今度はガリラヤ湖の西側に行かれたのでしょう。マグダラとする写本もあります。マグダラならガリラヤ湖の西側です。ここで再びしるしを見せてくれと求められておられます。

さてこの時代、自分は預言者であるとか、メシアであると公言する人が数多くいました。彼らは一様に奇跡を行い民衆を引き付けました。人々はどのような根拠で、その人が神から遣わされた人物だと信じたのでしょうか。実はこれは大きな問題で、その人が神からの人であれば、何らかのしるしが伴うはずだとされておりました。当然人々はイエス様にも同じことを求めたでしょう。ただ奇跡を行うだけではなく、はっきりした証拠を見せてほしいという気持ちがありました。特にイエス様は、これまでのラビが説いてきた教えとは異なった教えをなさいました。ですから何度もエルサレムから、権威ある律法学者やファリサイ派が確認に来たのです。先々週になりますが、十五章の初めのところでも、エルサレムからファリサイ派と律法学者がイエス様のもとにやって来て、いろいろと質問をしたのです。尋問という方がよいかもしれません。森喜牧師が説教なさったので覚えておられることでしょう。今回ガリラヤ湖の西側に来られたイエス様を待っていたのは、ファリサイ派とサドカイ派でした。マタイはさりげなく「ファリサイ派とサドカイ派の人々が来て」(一節)と言いますが、これはとても異常なことです。ファリサイ派は律法学者とセットになって出てくるのが普通です。ファリサイ派の中には律法学者になるものもありました。しかしサドカイ派は、ファリサイ派とは長い対立の歴史がある、全く別のグループです。十二章四十三節以下を説いた礼拝説教で、ファリサイ派とサドカイ派のことを詳しくお話ししましたので、三月十一日受難節第四主日の説教プリントを後で是非見てください。この二つのグループは、信仰の在り方も主義主張も異なり、日ごろから犬猿の仲でした。何かにつけて対立していた彼らが、イエス様については協力したのです。敵対する者同士の利害が一致するのは、もっと大きな敵の前に立たされた時です。それほどイエス様は無視できない存在でした。喧嘩なんかしている場合ではない、もしイエスという男がキリストなら一大事だということなのです。

彼らはイエス様を「試そうとして」(一節)「天からのしるしを見せてほしいと願った」のです。これは荒れ野で悪魔が誘惑する者としてイエス様に尋ねたのと同じです。敬意をもって尋ねたのではなく、敵意をもって聞いたのです。「しるし」とは、たいていは何か目に見えるもので、それによってある事柄がはっきりとわかる証拠のことです。イエス様は「預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」と答えられました。

ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた後、生還します。砂漠に近い乾燥した土地に住んでいたユダヤの人々にとって海は恐ろしい怪物の住むところ、人間には理解できない世界の象徴でしたから、ヨナが助け出された奇跡的な出来事は死からの救出でした。預言者ヨナのしるしとおっしゃったのは、ご自分の死と復活をあらかじめ示しておかれたということです。天からのしるしは「十字架と復活」だとイエス様は預言しておられるのです。そして、それが唯一のしるしなのです。この話も、何人かの律法学者とファリサイ派の人々がきてイエス様に、「先生、しるしを見せてください」と言ったときに「預言者ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられない」とお答えになった物語の繰り返しになっています。

病人の癒しの話、大勢の人々への供食の話、そしてこのヨナのしるしの話、今日聞きました三つの話はどれもみな今までに聞いたことのある話とよく似ております。このように同じようなよく似た話が繰り返して語られるのは、それが非常に大事なことだからです。しっかりと伝えたいからです。神の国が来たこと、イエス様がメシアであること、イエス様の十字架とご復活によってわたしたちは神の前に立つことができること。教会での交わりや聖餐において、神の憐れみと豊かな祝福に満ち溢れた食事は今も繰り返されていること。聖書は同じことを何度も語ることによって、この大事なことをわたしたちにしっかりと定着させてくれます。

祈ります。
父なる神、何度も何度も同じことを語ることによって、真理を教えてくださっていることに感謝します。わたしたちがしっかりと受け取り、与えてくださっている豊かな恵みに気付くことができますようお支えください。そして、イエス様をキリストと告白し、イエス様に従って歩んでいくことができますよう導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

7月8日の音声

 

 

 

2018年7月1日 聖霊降臨節第7主日

「カナンの女の信仰」

マタイによる福音書 15章21~28節

今、ある女性がイエス様から「あなたの信仰は立派だ」と言われました。どんな人を想像なさいますか。その人の立派な信仰ってどんな信仰でしょう。忙しくても欠かさず朝晩祈り、聖書日課をきっちり守り、日曜日には、前の晩夫婦げんかをしてもそんなことは全く表に出さず、必ずきちんと遅れないように教会へやってくる。そういう信仰生活が身に付いた人でしょうか。頭で信じているだけではない身体に沁み込んだ信仰の持ち主です。そういう人なら「あなたの信仰は立派だ」と言ってもらえるかもしれませんね。でもどう考えても、今日聞きましたカナンの女性はそういう人ではなさそうです。

今日の物語は、場所が重要です。ティルスとシドンの地方、ユダヤのずっと北、フェニキアでの話です。イエス様は、ファリサイ派の人々と律法学者たちとの論争の後、このティルスとシドンの地方に退かれます。イエス様と弟子たちがおられたガリラヤ湖畔の町カファルナウムからは、歩いて二、三日かかる所です。ここはある歴史的出来事のせいで、当時ユダヤ人がその名前をよく知っていた場所でした。悪名高かったのです。その事件とは、シドン人の王であり、バール神の祭司でもあったエトバアルの娘イゼベルが、北イスラエル王国のアハブ王に嫁いできて(列王上十六章)、バール礼拝を持ち込み、ユダヤ人にとっては民族信仰最大の危機を招いたことです。バールは豊穣神で、その礼拝ではずいぶんいかがわしいことがなされました。かなり昔のことですが、みんな親や年寄りから聞いて知っておりました。イエス様の時代は、「ローマの平和」と呼ばれた時代で、地中海世界の隅々までローマの力が及んで治安が保たれており、道路も発達していて人々の移動も比較的自由でしたから、こんな地方にも商売熱心なユダヤ人がたくさん住んでいたようです。ここでイエス様は、娘が悪霊にひどく苦しめられていると訴える、この地に生まれたカナンの女に出会われます。マタイはこの地方をカナンと呼んでおりますが、この名前は単に地方名というよりも、異邦の地、偶像礼拝の地、決して受け入れることのできない汚れた地という意味あいが強く出た言葉です。ティルスやシドンは異なった言葉、異なった宗教の人々が住む土地だったのです。この異邦人の地でカナンの女が出て来て、「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんでください。娘が悪霊にひどく苦しめられています」と叫んだ(二十二節)のです。

「主よ、ダビデの子よ、わたしを憐れんで下さい」というのは聖書の詩編の言葉です。彼女はイエス様に祈りの言葉で呼びかけたのです。「主よ」という呼びかけをするのは弟子たちや、イエス様に癒しを求める人です。「ダビデの子」と呼びかけていますから、その本当の意味が分かったかどうかはわかりませんが、イスラエルの中で多くの病人をいやされた救い主であると信じてイエス様に向かったのでしょう。ただただ病気の娘を助けたい一心で、必死で叫びました。藁にもすがる思いです。病気を治してほしい。この人の気持ちは痛いように分かります。娘の手術をしてくれるなら、しかも成功する可能性が高いのなら、どこへでも、たとえアメリカにでも行くのは現代も同じです。

わたしたちはイエス様にお願いすれば、必ず聞いていただけるものと信じています。お祈りすれば願い通りかなえていただけるとは限らないにしても、必ず聞いてくださると。ところがイエス様はこの女性に対しては、なぜか返事をなさらずに黙っておられました。これまでにも、イエス様に近づいてきた異邦人は何人かおりました。八章に登場した、中風で苦しむ部下を癒してほしいと願った百人隊長には、イエス様は「わたしが行って、いやしてあげよう」(八章七節)とまるで同胞のユダヤ人に対する様に親切に話されております。それなのにその時と違って、この女性には一言もお答えにならなかったのです。

弟子たちも先生が黙っておられるので困ってしまって、「この女を追い払ってください」と言っております。ずいぶん冷たい感じに訳されていますが、元の言葉は「解放して、行かせてやってください」とも読めます。するとずいぶんニュアンスが違います。わたしは追い払うというより、解放するという後者の方だと思っておりますが、ともかく、追い払うにしても苦しみから解放してやるにしても、女が叫びながらついて来るので、治してやって帰らせてくださいというのが弟子たちの気持ちでしょう。それに対してイエス様は「わたしは、イスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない」(二十四節)とお答えになっています。「羊と羊飼い」は民と神の関係を意味します。羊飼いであるわたしは、自分にまかされた羊でない、よその羊、つまり異邦人の面倒はみませんと言われたのです。「わたしはイスラエルの人々を救うために派遣されて来たのです。異邦人のことは知りません」というお答えでしょう。以前十二人の弟子を伝道に派遣するときにも「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」(十章)とイエス様は命じておられます。でもこの女はあきらめないでひれ伏して食い下がり、「主よ、どうかお助けください」(二十五節)と詩編の有名な言葉で懇願したのです。するとイエス様は驚いたことに異邦人のしかも女性に直接話しかけて、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」(二十六節)とお答えになりました。娘を助けてくださいと叫ぶ女性を犬にたとえられたのです。この当時犬は、人間の排泄物を漁る穢れた危険な動物でした。イエス様は小犬とやわらげておっしゃいましたが、この小犬という言葉は、小さい犬という意味ではなく、人に飼われている犬、家に住む犬のことです。幾分の親しみをこめてユーモラスにおっしゃったのでしょうが、小犬ではあっても犬と呼ばれたことは確かです。この言葉だけを聞きますと、まるでこの女性を人間扱いしていない感じさえ受けます。しかし、マタイが伝えたいのはイエス様のカナンの女性に対するこのよそよそしい態度ではありません。

焦点はあきらかにその次の言葉、「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」(二十七節)にあります。「ユダヤで救い主と呼ばれている人が来ているぞ」と誰かが叫ぶのを聞いて、娘を治して欲しくて必死で駆けつけたのでしょう。しかし、彼女が見つけたその人は、初めは返事もしてくれませんでした。取り巻きの弟子たちも助けになりません。がっかりして帰るのが普通です。なんだ、やっぱりユダヤ人じゃないわたしは助けてくれないのか、ユダヤ人が救い主と呼んでいても関係ないんだ、やっぱり駄目かとつぶやきながらイエス様の前から去っていくのが普通です。しかし、この女性は違っていたのです。食い下がったのです。

新約聖書に出てくるユダヤ人たちは、先祖の伝統に忠実でした。真面目だったとも言えます。ユダヤ人にとって信仰は生活そのものです。ですから、伝統的宗教に帰依している人々によく見られるように、「生活にしみこんだ信仰」をよしとしていたようです。先週の二十節までの問答も、「食事の前に手を洗うか洗わないのか」でしたが、彼らは信仰の行為として手を洗っていたのです。しかし、イエス様はそういう信仰を一向におほめになりませんでした。「君たちの律儀で真面目な信仰生活は見上げたものだ。でもね、それだけでは十分ではないのだよ」とでもおっしゃったのならば、ユダヤ人たちから、とりわけまじめなファイサイ派の人たち、また会堂や神殿で権威を誇っていた律法学者や祭司たちから、殺されるほどには憎まれなかったはずです。しかし、イエス様はその真面目で律儀な生活態度を「あなたたち偽善者は不幸だ。白く塗った墓に似ているからだ。外側は美しく見えるが、内側は死者の骨やあらゆる汚れで満ちている」(二十三章二十七節)とまで厳しく突き放されたのです。一方イエス様にほめられたのはそのほとんどが神の救いとは関係ないと思われていた人たちです。先ほど触れました、八章の異邦人の百人隊長の記事も印象深いものです。百人隊長はイエス様への全幅の信頼を表明し、イエス様から「イスラエル人の中にもこれほどの信仰は見たことがない」と絶賛されています。ザアカイの様な取税人も、罪人と呼ばれた病気の女もそうです。

このカナンの女も、伝統的なユダヤの神信仰と何の関係もない人、ユダヤ人から見れば汚れた人ですが、「子供たちのパンを取って小犬にやってはいけない」と言われるイエス様に、「主よ、ごもっともです。しかし、小犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただくのです」(二十七節)とまたしても食い下がったのです。「子供のためのパンを、おまえたちのような犬に投げてやれるわけないじゃないか」と、突き放すようにおっしゃったイエス様の言葉に「そうです、その通りです。ですが、小犬だって食卓から落ちるパンくずくらいはもらっています」と口答えしているのです。自分のことを、パンをもらえるような立場のものではないと認めながらも、なおもイエス様に憐みを乞い願ったのです。その女性の食い下がりに対し、イエス様は「婦人よ、あなたの信仰は立派だ」とおっしゃいました。ここが急所です。よく味わうべき重要な点です。この女はあきらめなかったのです。イエス様は結局病気の娘をいやされました。この人の願い通りになりました。女も娘も救われたのです。カナンの女性の態度がイエス様を動かし、主は一線を踏み越えられたのです。真に人を汚すものは何かという先週の話に続いて、汚れた存在とされていた神を知らない異邦人とその娘が救われました。

しかし、なぜ主はこの女の訴えに直ぐにはお応えにならず、じらされたのでしょう。それは、この人の示した捨て身のひたむきさがなければ、人は本当には生きられないからです。人生を生き抜くのに値するものを見いだすことができないからです。命の主イエス・キリストと出会えないからです。神が愛だと知ることができないからです。あっさり願いが叶えば、おそらく彼女にとってイエス様は不思議な力をもつ霊能者の一人で終わっていたはずです。だからこそ、主は一見冷たい対応をしてこのひたむきさを引き出し、弟子たちにもそしてわたしたちにも大切なことを示そうとされたのです。一線を踏み越えぐっと近づくことです。

あなたの信仰は立派だと訳されていますが、立派な信仰、立派でない信仰があると考えると誤解します。元の言葉ではイエス様は、あなたの信仰は「大きい」とおっしゃっています。口語訳も新改訳も日本語では、「見上げたものだ、立派だ」と訳されていますが、これはおそらく日本的な訳です。わたしの手元にある五種類の異なった英語訳は全て「とても大きい」と訳しています。マタイ福音書の優れた註解書とされるシュニーヴィントのドイツ語訳も「大きい」です。マタイは信仰を立派だとか立派でないとはいわず、大きい小さいと言っています。厚い信仰、薄い信仰とも言いません。先々週、ペトロが湖の上を歩いて溺れそうになった出来事を聞きましたが、その時に申しましたように、新共同訳で「信仰の薄いものよ、なぜ疑がったのか」と訳されていますイエス様の言葉は、英語やドイツ語訳の聖書では全て、マタイが書いたとおりに「信仰の小さいものよ」と訳されています。ペトロの信仰を小さい、カナンの女の信仰を大きいとイエス様はおっしゃったのです。人の信仰は大きくなったり小さくなったり揺れ動きます。勿論大きい方がいいのです。ショックではありませんか。信仰に関してはペトロが小、カナンの女が大であり得るのです。

わたしは、五年前この箇所の説教で、カナンの女のこの時の信仰を「生きた信仰」と意訳しました。この女はイエス様が誰であるか、よくわかっておりませんでした。しかし、すがるほかなかったことが幸いしました。大きい信仰、生きた信仰とは、見事だとか、立派だとかいうのではありません。イエス様に面と向かう態度なのです。一歩思い切って前に出た姿です。すがりつく行為です。神は「生ける神」です。その生ける神が、人となってわたしたちと共に歩んでくださるのです。それを知れば、わたしたちは神とは何かなどと頭で考え議論する前に、まず問いかけるでしょう。神から答えを引き出そうとするでしょう。神と取引さえしようとするでしょう。他人がどう見ているかなどは気にもならないはずです。子どもの不条理な病を目の当たりにしたとき、難問に出会って夜も寝られなくなったとき、崖っぷちに追い詰められ生きるか死ぬかというとき、イエス様にすがりついて祈らずにはおれないでしょう。また、嬉しいことがあったとき、真っ先にお知らせして感謝するでしょう。それが生きた信仰、大きい信仰です。

人が真摯に生きようとするなら、神に文句を言いたくなること、すがりつきたくなる時があるはずです。文句を言ってもいいのです、食い下がってもいいのです。「神に一切を委ねています」と紋切り型の台詞をシラっと言い切り、イエス様ご自身に問いかけることも交わることもしないのなら、それは「生きた信仰」ではありません。よく分からなくても、ただただイエス様にすがる事は、聖書を熱心に学ぶことと同じか、それ以上に大きい信仰なのです。

生ける神の御子が、わたしたちの現実にまなざしを注ぎ、寄り添ってくださり、現実に即した助けを下さる、出会ってくださるのです。異邦人の女に対してもそうでした。ですからわたしたちも、どんな時にもへこたれずに神に食い下がって、わからないことがあれば「どうしてですか」と問い続けるのです。これが大きい信仰です。その生きた信仰を、今日わたしたちはこのカナンの女に見たのです。そして、つれなくふるまってみせることさえして、ご自身への大きい信仰を引き出そうとされるイエス・キリストにお会いしたのです。

イエス様は、わたしたちの罪の贖いのために十字架にかかってくださいました。もう目に見える形では、わたしたちのこの世界にはおられません。しかし、ご復活の主は今も、わたしたちのそばにいてくださいます。様々な境遇にあり、それぞれ異なったユニークな人生を歩んでいるひとりひとりの傍にいて、守り導いてくださっているのです。カナンの女のようにイエス様の中に飛び込こみましょう。一歩前に踏み込みましょう。どんなときにもあきらめずイエス様から離れないで食い下がる大きな信仰に生きることができます。イエス様は深いご愛で包み支えてくださいます。「あなたの願いどおりになるように」とおっしゃるのです。イエス様がこの女性を神の前に義とされたのです。

祈ります。
イエス・キリストの父なる神、異邦人であったわたしたちをもあなたの民とし、あなたの愛の中に包み込んでくださっていることを感謝します。あなたは祈り求める者の声に耳を傾けてくださいます。「いやそれでも」としつこくすがるわたしたちを顧みてくださいます。信じて祈れることを感謝します。イエス様にありったけの信頼を寄せ従う、生きた信仰をお与えください。主よ、あなたを呼び求める声にどうかお応えください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

7月1日の音声

 

 

 

2018年6月24日 聖霊降臨節第6主日

「ファリサイ派のつまずき」

マタイによる福音書 15章1~20節     説教 森喜啓一

私達は、この説教の後に「平和の挨拶」をいたします。毎週の礼拝で行われることですが、私たちが互いに、この平和の挨拶で皆様と握手をする時に感じる手の温もり。それは、沢山のことを実感として伝えてくれます。

これは、アメリカの教会の礼拝でよく行われますが、新しく私たちの礼拝に参加くださった方の中には、ちょっと気恥ずかしさや戸惑いを感じられる方もおられるかもしれません。でも、マラナタ・タ教会の私たちは、どの様な方でも、少しの間でも握手をして互いを見つめることに躊躇いたしません。なぜなら、私達が「平和の挨拶」をするとき、私たちは、互いに一週間ぶりに会う喜び、互いに神の御言葉に生きる者であること、互いを祝福し、互いが安心し、信じられ、愛を捧げ、愛を受け取ることのできることが再確認できる時であることを知っているからです。この「平和の挨拶」によって、私たちは神のみ言葉を素直に受け止め、神のみ国が、ここで実現されていることを、もう一度心に刻むことができるのです。

このような神のみ言葉を聞いて、その御心を自分自身の心のうちに留めるだけではなく、み言葉を忠実に行動に現す私たちの姿に、神はどんなにか微笑まれ祝福を与えてくださることでしょう。そうではないでしょうか。残念なことに、このような私達キリスト者の敬虔な思いも、人の力によって歪められてしまう事がことがあります。 それは、神のみ言葉を素直に受け入れず、勝手な理解、思い込み、過去の記憶、或は、誰かからの吹聴から起こることです。そして、神の御心にそぐわない誤った方向に、私たちを連れて行いかれ、支配されてしまうことも度々起こります。そのようなサタンの誘惑のような出来事は、聖書にも、現代の私たちの暮らしの中にもいくらでもあることなのです。しかし、イエス様は、聖書を通して、私達が歪められ、誤った信仰に陥らず、正しい信仰をしっかり持って生きるよう、私達と教会を励まし続けてくださっています。

さて、私たちはマタイによる福音書を読み進んでいます。今日与えられたみ言葉は、マタイによる福音書15章1節から20節です。ここでは、イエス様はファリサイ派と律法について、激しい議論をおこなわれました。このファイリサイ派は、福音書によく出てくるユダヤ教の一派ですが、バビロンの捕囚からイスラエルが復興した頃に生まれ、イエス様が、この世で働かれていた時代に、大きな勢力を持っていました。ファリサイ派の人々は、信仰について独特な考え方を持っていました。彼らは、過去の神に愛されたユダヤ人の歴史に執着していたのです。そして、ユダヤ人は律法を堅く守ることで神に愛された過去の歴史を信じていました。そして、神殿と祭儀中心だったユダヤ教を、律法遵守主義中心のユダヤ教に変えようとしていたのです。ファリサイ派は、自分達を中心としたユダヤ民族が、生活や自由や楽しみも捨てて、苦しくても、困難でも、規定された律法を堅く守ることで神はお喜びになり、救いを与えてくださるものと考えたのです。しかも彼らが、人々に堅く守らせようとした律法は、モーセ五書(出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)に書き記された人々の生活や祭儀に関わる613ある成文律法に加えて、それら成文律法を様々な状況やファリサイ派独自の考え方や都合に合わせた、新しい律法をつくり加えていった律法でした。その数は、膨大なものでした。ここでファリサイ派が、巧妙だったことは、新しく加えられた律法は、文書の形式を取らず、口伝として続けられ、あたかも祖先が何代にもわたって守り続けてきた言い伝えのような歴史性を持たせて、成文律法と同等の権威を持たせたのです。そのような、新しく付け加えられた言い伝えによる律法は、すぐさま人々の生活や出来事に介入し、事細かに規定や制限を与えるようになりました。その規定の中には、互いに矛盾するものや、とても守り切れない規定などが多く、人々の生活を圧迫していました。人々は、ファリサイ派の支配下で、いつ罪を犯すかとビクビクしながら毎日を不安と不自由さの中で暮さざるを得なかったのです。いったいそのような日々のどこに神の愛がありその愛に心から答え、互いをも愛そうとする心が生まれるでしょうか。

しかし神は、ファリサイ派の考えとは全く異なる思いを抱いておられたのです。神は、かつてのユダヤ人との契約を放棄され、神を愛するもの全てへの新しい救済の契約を結ばれたのです。イザヤ書56章6節から7節(旧1154)はこのように語っています。「また、主のもとに集って来た異邦人が主に仕え、主の名を愛し、その僕となり安息日を守り、それを汚すことなくわたしの契約を固く守るなら、わたしは彼らを聖なるわたしの山に導き、わたしの祈りの家の喜びの祝いに、連なることを許す」と。ファリサイ派の考え方や行動を、神は否定されました。旧約聖書のホアセ書の6章6節(旧1409)が語っています。「私が喜ぶのは 愛であって生贄ではなく 神を知ることであって焼き尽くす献げものではない」。神は、神の愛に、愛で答える者を、神の思いを正しく理解する者を、喜ばれるのです。そして、イエス様もまた、そのようなファリサイ派の考えを深く憎まれ、神のみ心を実践なさいました。一方、ファリサイ派にとって、イエス様はとても邪魔な存在でした。

ファリサイ派の人々が15章2節で「なぜ、あなたの弟子たちは、「昔の人の言い伝えを破るのですか。彼らは食事の前に手を洗いません。」とイエス様に問いかけています。つまり、もしあなたがたと弟子に信仰があるなら、食事の前に手を洗って清くならなければならないのではないか。と問詰めたのです。これは、ファイリサ派が邪魔なイエス様にイチャモンをつけたとしか言いようのない言葉です。このファリサイ派の主張は、出エジプト記30章17節から21節(旧144−145)の次のようなみ言葉に基づくものでした。「主はモーセに仰せになった。 洗い清めるために、青銅の洗盤とその台を作り、臨在の幕屋と祭壇の間に置き、水を入れなさい。 アロンとその子らは、その水で手足を洗い清める。すなわち、臨在の幕屋に入る際に、水で洗い清める。死を招くことのないためである。また、主に燃やしてささげる献げ物を煙にする奉仕のために祭壇に近づくときにも、 手足を洗い清める。死を招くことのないためである。これは彼らにとっても、子孫にとっても、代々にわたって守るべき不変の定めである。」 しかし、この食事前に手を洗うという律法は、神殿に入るアロン(祭司の家系のもの)だけに要求された律法であって、その他のユダヤ人が対象ではありません。しかし、ファリサイ派はそれを拡大解釈し、すべてのユダヤ人を圧迫する規定にすり替えたのでした。そのような欺瞞を見破られたイエス様はファイサイ派に鋭く切り返えされました。

15章3節でイエス様は「なぜ、あなたたちも自分の言い伝えのために、神の掟を破っているのか。」と問われました。ファイリサイ派は、神の未言葉を破ってでも、自分たちのやり方を言い伝えとして人々の押し付けたかったのです。

イエス様はさらに続けられます。「神は、『父と母を敬え』と言い、『父または母をののしる者は死刑に処せられるべきである』とも言っておられる。 それなのに、あなたたちは言っている。父または母に向かって、『あなたに差し上げるべきものは、神への供え物にすると言う者は、 父を敬わなくてもよい』と。こうして、あなたたちは、自分の言い伝えのために神の言葉を無にしている」とファリサイ派を厳しく批判されました。モーセの十戒でも確かに「父と母を敬え」と両親を大切にすることを神のみ言葉として明確に規定しています。ところが、ファリサイ派は、「父や母に差し上げる食べ物があっても、それを神への供え物にしたいと言えば、父や母にはその食べ物を父や母から取り上げても良い」と規定しているのです。両親への愛が蔑ろにされても、神への敬意を優先させろとファリサイ派は規定するのです。でも、神に献げることのできる食べ物も、愛する両親のために用意するなら、神はその愛に微笑まれのではないでしょうか。ファリサイ派の人々は、このように、イエス様に民衆の前であからさまに自分達の規定した律法の矛盾を指摘され、面目も権威もまったく崩れていってしまったのです。

さらに、15章4節では、イエス様は「口に入る物は人を汚さず、口から出るものが人を汚すのです」と言われました。「口に入いるもの」とは、私たちの中に注がれる神のみ言葉です。神のみ言葉を、そのまま素直に感謝して受け入れる人には、そのみ言葉は、神の恵であり、その人の魂と命を活き活きとした力を漲らせ、その人の大きな喜びとなるでしょう。そして、その恵と喜びは、素直に他の人々へ行いや、言葉を通して共有することを神は命じておられます。ですから、神に深く愛された私たちは、同様に私たち自身も互いに愛さなければならないのです。神から頂いた憐れみによって私たちも同様に隣人をも愛し憐れ無用になるのです。しかし、一旦人の中にはいったみ言葉も、その人の独善で歪められていけば、その人からでる言葉は、神のみ言葉は全く違ったものとして人々を汚く傷つけるものになってしまうのです。

15章12節では「そのとき、弟子の一人が近づいてきて『ファリサイ派の人々がお言葉を聞いて、つまずいたのをご存知ですか』と言った。」と書かれています。この「つまずいた」という言葉は、マタイによる福音書に何度も出てきた言葉ですが、ここでは、「ファリサイ派の人々が、反論する事の出来ないイエス様のみ言葉に腹をたて、イエス様への敵愾心を燃やし、神への正しい信仰を失った」と言うことを意味しています。彼等にとって、イエス様はますます邪魔な存在になっていったのです。イエス様の宣べ伝えられる福音は、ファリサイ派にとって過去へ回帰する望みを妨げることでしかなかったのです。このような者たちに対して、イエス様は15章13節で「私の天の父がお植えにならなかった木は、すべて抜き取られてしまう。」と言われました。神はご自分の御意志からでたものでないものは滅ぼされるということなのです。神の御子であるイエス様がこの世に遣わされ、福音が宣べ伝えられている時代にも、同様の事がファリサイ派によって繰り返されていたのです。彼らは、再び滅びへと向かわなければなりません。事実、エルサレムはローマの支配下に置かれ続け、西暦70年には、エルサレム神殿も破壊されました。ファリサイ派の人々も、キリスト教に改宗するものが多く現れ、ファリサイ派に残る者たちは消えていってしまいました。彼らは神によって抜き取られたのです。

神は、過去の神ではなく、私たちの現実と未来に向かわれる神です。その神は、誰もが愛に満たされた神の国の実現へ向けたご計画を持たれています。それは、神の私たちへの約束です。そのご計画は着実に実現されています。イエス様が宣べ伝えらえた福音はそのご計画が実現されている証です。私たちへの約束を着実に実行されていることの現れなのです。しかし残念なことに、ファリサイ派の人々と同様の罪深い過ちがいったどれだけ、私たちの歴史の中で、そしてわたしたちの周囲で繰り返されてきたことでしょう。

当初は素直に神のみ言葉を受け止め、神から愛の応答としてなされていたことも、いつしか、自己の身勝手な考えや利益や自分という偶像を崇める為の業に変化して行くのです。神の名の下に、幾度の戦争や殺戮や欺瞞が繰り返されてきたことでしょうか。どれだけの差別が行われてきたでしょうか。一体どれだけ教会が、キリストの体ではなく、その教会に属する者の身勝手で歪められ、誤った方向へ歩んでいったことでしょうか。旧約聖書にも、新約聖書にもそのことは書き記され、中世近代、現代にもそのような出来事は続いています。そして私たちの生活にもそのような事が忍び込んで来るかもしれません。

しかし、神はその度ごとに、その過ちを正し、その過ちを犯したものに報復なさいました。神がお植えにならなかった木は、すべて抜き取られるのです。私たちは、神のみ言葉だけを素直に聞き、そのみ言葉を魂の内に留め、み言葉と神の豊かな愛のゆえに、神のみ言葉をそのまま素直に感謝して受け入れましょう。み言葉だけが、私たちの魂も命をも活き活きとさせる神からの恵みです。その神のみ言葉を、素直に自分の生活と魂の糧とするならば大きな喜びとなるのです。そして、その喜びは、素直に他の人々と笑顔や、行いや、言葉を通して共に分かち合うことができるのです。そこにこそ平和があります。

私たちは、み言葉によって祈ります。「マラナ・タ、主よ来てください。」と。私たちの教会の名前です。この後、私たちは、このように祈ります「キリストの平和が皆さんと共にあるように」、「また、あなたと共に」。そこにも神のみ言葉が息づいていることに感謝いたしましょう。

 

6月24日の音声

 

 

2018年6月17日 聖霊降臨節第5主日

「恐れるな、わたしだ」

マタイによる福音書 14章22~33節

新約聖書には、イエス様の奇跡物語がたくさん記されております。その多くが、悪霊追放と病人の癒しです。なるほどイエス様なら、出来るかも知れないなという話です。しかし、これは起こりえないだろうと思われる奇跡も記されています。その代表が、水をワインに変えられた話と、五つのパンと二匹の魚で五千人もの人を食べさせ満腹させられた話、そして、本日の湖の上を歩いて弟子に近づかれた話です。これらは信じられない物語です。マタイは、その有名な物語の内の二つ、五千人もの人に食べさせて満腹させられた話と、湖の上を歩いて弟子の所に来られた話を連続して語っています。この二つの話は繋がっています。マタイは、あなたは最初のパンの奇跡の意味がよく分かりましたかと聞いている感じがします。

信じられない話を二つ連続して記しているのですが、書いたマタイも初めに読んだ初代教会の人も古代の人ですから、現代人とは感覚が違う、科学的知識が乏しいので、こういう話を不思議に思わなかったのでしょうか。そんなことはありません。むしろ現代人の方が、テレビやユーチューブでキリスト・トカゲというあだ名をもつ、イグアナ科のバシリスクという名のトカゲがユーモラスなガニ股で水の上を走る映像を見て、人間も同じように水の上を歩けるんじゃないかなどと考えるかもしれません。しかし、このトカゲは中央アメリカにしか生息しませんので、新約聖書の時代の人たちは水の上を走る動物を見たことがなかったはずです。人が水の上を歩けるかと問われたら、とんでもないと答えただろうと思います。自然現象を見る目は、昔の人の方が鋭かったでしょうから、ペトロが湖を歩くのはやはりどう考えても無理だと思ったでしょう。

この二つの話は、読み手が「うそだろう」と思ってこの先もうこの福音書を読まなくなる危険性があるにもかかわらず、連続して畳み掛けるように記されているのです。どうしても伝えたいことがあるからです。それは「イエス様の本当のお姿」です。「イエスとはどなたか」という問いです。そこで、もう一度パンの奇跡を注意して読みますと、どこにもパンが増えたとは書いてありません。五つしかないパンで、全ての人が食べて満腹した、残ったパンくずも多かったとありますから、わたしたちはついパンが増えたはずだと思うのですが、マタイによる福音書は、パンが増えた、すごい奇跡だとは言っておりません。伝えたい急所はパンの増加ではなく、食べ物がないところで、みんなが食べて満腹したということです。エジプト脱出のときのマナの奇跡を想い起こすことができます。つまり、そこには神がおられたのです。

今日の物語は「それからすぐ」と始まりました。イエス様がパンを裂いて弟子たちに与えられ、弟子がそのパンを群衆に分け与え、男だけでも五千人ほどもいた大群衆が満腹したという出来事のすぐ後で、ということです。新しい教えを説く先生が現れた、ひょっとしたら救い主ではないかとの期待が高まり、食べ物がないようなさびしい所へ、男だけでも五千人もの群集が押しかけてきました。そこでパンが与えられたのです。群集は大喜びだったでしょう。エジプト脱出のとき、神がなさったマナの奇跡を思い出し、モーセの姿とイエス様が重なるのです。当時の人々は昔ならエジプト、今はローマから自分たちを解放してくれる指導者、新しい王、メシアを待ち望んでおりましたから、イエス様を自分たちの王に担ぎあげ、何とかしてもらおうと願ったのです。人々のこの期待が救い主の本当の姿を誤解していることからきていることをイエス様はよくご存知でした。そこでまず弟子たちをガリラヤ湖の反対側へ先に行かせ、群集には解散を命じ、ご自分はひとり山に登って祈られたのです(二十三節)。祈らずにおれない状況だったはずです。バプテスマのヨハネが殺された。群衆は熱狂している。さあ、どうするのがいいか。神のみ旨を問い続けられたことでしょう。山は神に近い場所と考えられており、イエス様はしばしば山で祈られたのです。ここで弟子を先に行かせたのが、イエス様のご意思だったことは、弟子たちを「強いて舟に乗せ」という書き方から分かります。有無を言わせず弟子を舟に押し込まれたのです。

舟は、すでに陸から何(多くの)スタディオンか(一、二キロくらいか。スタディオンは二百メートル弱)離れています。そこへ湖を囲む山から突風が吹いて、目的地になかなか着きません。プロの漁師が乗っているのですから、本当ならすぐ着くでしょう。ところが一晩懸って夜が明ける頃になっても、まだ逆風のため波に悩まされていたと書かれています。こんな状態の夜の湖は混沌の象徴であり、恐れと不安に満ちた所です。このときの弟子たちの気持ちを想像しますと、なぜイエス様はわたしたちだけを舟に乗せられたのか、もし一緒にいてくださったら、こんな嵐に悩まされなくてもよかったのではないか。何をしておられるのだろうか、わたしたちがこんなに困っているのに。おそらくそういう気持ちだったでしょう。以前にも一度イエス様が嵐を静めてくださった経験をしている(八章二十三節以下)ので、なおさらそうだったと思います。前の時は、イエス様は眠ってはおられましたが一緒にいてくださいました。今回はおられません。嵐を治めて下さる方が共におられないのです。

ところが夜が明けるころ、なんとイエス様は嵐の中、湖を歩いて弟子たちの船に近づかれました。「イエスは湖の上を歩いて弟子たちの所に行かれた」(二十五節)とあります。ここを読みますとただ不思議な話だと思いますが、実は、この福音書を読んだ初代教会のユダヤ人は、この言葉にはっきりとしたイメージを持っていたのです。旧約聖書のアブラハムやモーセ、エリヤが神に出会った時、神はモーセやエリヤの前を通り過ぎられたと書いてあります。アブラハムが眠りについている時に、モーセが急いで地に伏せている時に、エリヤが顔を外套で包んでいる時に、彼等のすぐそばに歩いて来られました。人は神を見ることは出来ませんから、そのまま通り過ぎられたのです。つまり「通り過ぎる」という表現は、「通過する」ことを意味するのではなく、神がお姿を現わされた、神が傍に来てくださったという意味です。ここでも、イエス様が水の上を歩かれたということより、歩いて傍に来てくださったことに重点があるのです。ただ単に弟子たちを一刻も早く助けるためなら、空を飛んで来られても、水中を潜って来られてもよかったのです。歩いて来られたというのが旧約聖書の言い方で意味のあることなのです。

人は何か不思議なこと、理解を超えることに遭遇すると恐れを感じます。弟子たちも、イエス様が一緒にいてくださればと願っていたにもかかわらず、実際にイエス様が近づいて来られたとき、超自然的な出来事にイエス様だとは気付かず「幽霊だ」と言っておびえ、恐怖のあまり声を上げて叫んでしまいました。弟子の気持ちがよくわかりますね。おびえ、恐怖のあまり、叫んだと書かれています。イエス様は神としてお姿を現され、弟子たちの傍に来てくださったのです。

イエス様が神としてお姿を現わしてくださったことが、さらにはっきり分かるのが、「安心しなさい、わたしだ。恐れることはない」(二十七節)というイエス様のお言葉です。「わたしだ」というのは、何か合理的な、納得させる説明ではありません。しかし、人格的な信頼を呼び起こす言い方です。「わたしだ」「わたしがいる」と言われたのです。安心させる言い方です。元の言葉では「エゴー・エイミー」です。当時の人々がよく知っていた、この「エゴー・エイミー」という言い方は、神がご自分のことを表されるときに使われた特別な言葉です。神がモーセにおっしゃったお名前です。「わたしはいる、わたしは確かにいるのだ」、これをギリシア語でいうとこうなるのです。「恐れることはない」とおっしゃったのもよくわかります。「わたしは幽霊ではないから恐れるな」ではなく、「わたしが共にいる。だから恐れることはない」とおっしゃったのです。その共におられる神を、モーセやエリヤと違って、弟子たちは見ることが出来たのです。人となってこの世に来てくださったからです。アブラハムも預言者エリヤも経験しなかった「神を見ること」が弟子たちにはできたのです。

イエス様に話しかけられて、ペトロは「主よ」と呼びかけ、「あなたでしたら、わたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」と直ぐ反応しております。ペトロはイエス様なら不可能なことも出来る、とイエス様に対する信頼を現わしております。そこで、イエス様は「来なさい」と命令されます。ペトロはその言葉に従って、舟から降りて水の上を歩いてイエス様に近づきます。しかし、イエス様だけを見ていればよかったのですが、強い風に気がついて足がすくんだのでしょう。そのとたんに沈みかけます。そこですぐに「主よ、助けてください」と叫びました。これは詩編にある祈りの言葉です。「神よ、わたしを救ってください。大水が喉元に達しました。・・・奔流がわたしを押し流します」(詩編六十九篇二節以下)。こんなペトロに、主は直ぐに手を伸ばして捕まえ「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」とおっしゃったのです。信仰の薄い者と訳されていますが、お前の信仰は小ちゃいなあ、何で疑ごうたんや、とおっしゃいました。信仰は厚い薄いとか、あるとかないとか言わずに、大きい、小さいと言います。信頼していても、ふっと疑問が沸き上がることがあります。主はそれを叱られたのではなく、その疑いを受け入れ、手を差し伸べられたのです。弟子たちが「本当にあなたは神の子です」(三十三節)と言ったのは、この後、イエス様とペトロが舟に乗り込んで、風が静まってからでした。

聖書を読みます時に、聖書に書かれているので、水の上をイエス様が歩けるか歩けないかということに焦点を当て、そう信じないのはけしからんと主張する人がいます。これは、聖書が語ることよりも不思議さに目を奪われる態度です。また、近代の合理主義で、自分が理解しやすいように適当な解釈を色々考えだす人もいます。たとえば、実は湖は極めて浅くて、主は浅瀬を歩いておられたのだろうというような解釈をします。これは、聖書が語ることを聞こうとするよりも、自分の理性を納得させようという読み方で、信じるか信じないかという前に、本の読み方として間違いです。ちなみにガリラヤ湖は、そんなに浅くありません。聖書、特に不思議な物語を読むときには、それが何を語っているのか、よくよく注意しなければなりません。安易な「精神化した読み方も危ない」ということは先週も申しました。聖書は人が引っかかるかも知れないように書かれています。無理やり納得するよりも、釈然としない感じを持ち続けるほうがまだいいのです。

聖書が語る奇跡は、信じられないことが起こったのだ、すごいぞという不思議さを語っているのではありません。不思議で奇跡的な業は悪魔でも行うことができるのです。イエス様が祝福してお配りになったパンは、量が少なかったにもかかわらず大勢が満腹するものでした。神が共にいて与えてくださったのです。また弟子たちが嵐に翻弄されて困っている時、イエス様が水の上を歩いて傍に来てくださったのです。神が人となってわたしたちの所に来てくださった。これこそが本当の奇跡なのです。

イエス様が強いて、つまり有無を言わさずペトロたちを置かれた場所は舟でした。舟は漁師にとっては生活の場そのものでした。この福音書が書かれたころの人にとっては、教会が信仰共同体の生活の場でした。ですから、ペトロたちにとっての舟は、この福音書の読み手にとってはまさに教会のことだったのです。信仰によって教会員は団結していました。しかし、現実は甘くありません。ユダヤ教社会からはじき出された初代教会は、ローマから見ると非合法の新興宗教集団です。弾圧の対象でした。ローマ兵に捕まって殺されないか、仲間のユダヤ人から密告されないか、その不安の先に見通しが立ちません。けれども弟子たちと同様、イエス様が共にいてくださることを経験していたのです。そういう状況でこの物語は読まれました。どんな困難の中でも神が傍に来てくださる。それは単に心の中の期待ではなく、「現実に迫るもの」(リアリティー)があったのです。

これはまさにわたしたちの姿です。今あるわたしの生活というのは、わたしが造り上げたものというより、与えられたもの、強いてそこに置かれたものであることが圧倒的に多いのです。親を選んだ人はありませんし、学校も、自分の成績や、親の経済力、あるいは専攻等によっては選択の余地なしのことが結構多いものです。仕事もそうでしょう。好きな仕事に就けるとは限りません。そんな中でいろんな困難に直面します。なかなか思うように事は運びません。果たしてお金は足りるか、病気は治るか、仲直りできるか。わたしたちもイエス様への愛と信頼そのものは失ってはおりません。イエス様がわたしたちと共にいてくださる。水の上をも歩いてでも傍に来てくださる。この事実は信じています。ペトロと同じで、風がなく順風満帆ならば「イエス様こそ救い主」と信仰を言い表せます。しかし、風を見ると恐ろしくなるのです。自分を飲み込むかもしれない現実、沈むのではないかという不安、これにおびえるのです。ペトロの疑いを受け入れて手を差し伸べて下さったイエス様は、わたしたちの疑いをも受け入れ成長させてくださいます。神の助けとは、嵐が襲って来ないことではありません。たとえ嵐の中にあっても共にいて助けてくださる、それが神の助けです。

このことがあった後、イエス様は湖を渡ってゲネサレトに着かれました。その土地の人々は、病人を皆イエス様のところに連れてきます。「服に触れさえすれば治してもらえる」という確信の中に、彼らの信仰が見られます。主はその中の病人をすべて癒されました。大勢のお腹を満たし、湖の上を歩いて弟子に近づき、病に苦しむ人々を癒されたとマタイは言います。わたしたちはこれに対してどう答えるでしょうか。

最後に大切なことを確認しましょう。もしイエス様がわたしたちを強いて舟に乗り込ませられなかったら、こんな嵐に遭って舟の中で右往左往することはなかったかもしれません。陸上に留まっていれば、嵐が来ても沈むようなことはなかったでしょう。しかし、わたしたちは一緒に礼拝をしているのです。もう既にみんな同じ舟に乗っているのです。天のみ国に向かっているのです。それでも、嵐の中で舟から降りて水の上を歩いている感じがする時があります。そして、これはダメかもと思った時、自分が沈んでいくのが分かります。思わず祈ります、助けてくださいと。その途端です、手を伸ばして捕まえ、お前の信仰は小さいなあ、なぜ疑うのかとおっしゃって、舟に戻してくださるのです。これはわたしの経験であると同時に、皆さんの経験でもあるでしょう。信仰の敗北は祝福ですらある。目の前にイエス様が見えなくとも、主は必要と思われたら、近づいてくださいます。そして「わたしだ、恐れることはない」とおっしゃってくださるのです。いま、わたしたちは、イエス様の舟に乗っています。なんと幸いなことでしょう。

祈ります。
天の父なる神、わたしたちの傍に御子イエス様を、お送りくださったことを感謝します。神が人となってわたしたちのところに来てくださった、これほどの奇跡はありません。イエス様がわたしたちと共にいてくださり、「わたしだ、恐れることはない」とおっしゃってくださる、この恵みを感謝します。礼拝し、賛美しながら、イエス様と共に目的地に向かって歩み続けられますよう導いてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

6月17日の音声

 

 

2018年6月10日 聖霊降臨節第四主日

「五つのパンと二匹の魚」

マタイによる福音書 14章13~21節

 

何度も繰り返しましたが、マタイは、王の誕生、王の就任、王の教え、王の奇跡、王へのつまずきを語ってきました。今日から、第六部へ入ります。これからは、天の国、神のご支配を担う王がどのようなお方かであるかその本質、本性が明らかになります。マタイ福音書の全体像を捉える参考にしていただきたいと思います。この区分の中で、十六章になりますが、イエス様は弟子に向かってわたしのことを何者だと言うのか、とお尋ねになります。イエス様を誰であると告白するか、これはわたしたちすべての者に向かっての問であります。お答えせねばなりません。わたしたちは様々な問いの前に立たされますが、どうしても答えねばならないのがこの問いです。どう答えるかで、その人の運命が決まってしまう、ある意味で恐ろしい問いであります。

マタイは、イエス様の本当の姿を示すために福音書を書きました。したがってこの部分は、彼の福音書の中心部分に当たります。王のいろいろな側面が明らかにされますが、今日聞きましたのは、「五つのパンと二匹の魚」で男だけでも五千人以上の人々に食事を提供された話であります。こんなにわずかの食べ物で、大群衆の必要を満たすことはできないはずです。ところが満たされたのです。ありえないことが起こっております。

福音書は四つあります。マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ、すべての福音書が記録しているのは、この「パンの奇跡」と「十字架と復活の出来事」であります。これは覚えておきたいことです。十字架と復活はイエス様が示された「救い」のわざです。教会の言葉では「贖い」と言いますが、これが福音書のメッセージの根幹ですから当然でしょう。それ以外では、このパンの奇跡だけなのです、四福音書すべてに記録されたのは。弟子たちにとっていかに重要な事件だったかが分かります。現代人ならこんな話がなければ聖書を信じるのだがという気持ちでしょうが、福音書記者たち皆が伝えたかったことは、誰もが信じるのに抵抗を感じる十字架と復活の出来事と、このパンの奇跡なのです。この奇跡と来週読みます湖の上を歩かれるイエス様の記事こそが、弟子たちがイエス様の本性を理解するためのカギになっております。「本当に、あなたは神の子です」(三十三節)という弟子たちの信仰告白を導きだした出来事です。

「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた。しかし、群衆はそのことを聞き、方々の町から歩いて後を追った」(十三節)。今日の聖書箇所の直前には、洗礼者ヨハネが領主ヘロデ・アンティパスによって無惨にも首をはねられて殺されたことが書かれておりました。その知らせがイエス様のもとに届けられます。それを聞いてイエス様は深い悲しみと痛みを覚え、ひとりになって祈るためでしょう、舟に乗って人里離れたところに退かれます。ヨハネの死がイエス様を退かせております。ヨハネが捕らえられたと聞いた時にも、ガリラヤに退かれたことを思い出します。ところが今度は退くはずが、うまくいきませんでした。それを知った大勢の群衆が歩いてガリラヤ湖の周りをぐるりと回ってイエス様の後を追いかけてきたのです。方々の町から追ってきました。

「イエスは舟から上がり、大勢の群衆を見て深く憐れみ、その中の病人をいやされた」(十四節)。大勢の群衆の中には病人がいました。また病人を連れてきた家族がいました。彼らの苦しみは、ただ病気である苦しみではありませんでした。当時は病気になると「汚れている」と見なされました。罪を犯したからだと言われます。両親が罪を犯したか、本人が罪を犯したのかなどとささやかれます。彼らは神に裁かれている、見捨てられていると思われていましたし、つらいことですが、自分たちもそう思っていたのです。「罪人」と見なされて、ユダヤの戒律社会からはじき出されていたのです。律法の誤った解釈です。神は律法を遵守している優等生には恵み深くあるかもしれないけれど、律法を守り切れない自分のような人間を顧みてくださらない。救ってくださるはずがない。神と自分はもはや関係ない、見捨てられた。そう思っていたのです。イエス様はこういう神の国の外にいると思っていた人たちを「見て」、深く憐れまれたのです。はらわたまで揺り動かされるほど深く同情なさいました。聖書には同情や憐れみを表す言葉がいくつもありますが、このはらわたがちぎれるほど深く憐れむという意味の「憐れむ、スプラングニゾマイ」は、イエス様だけに使われる特別な言葉です。

そこで「群衆の中の病人をいやされ」ました。彼らを本当に生かすことのできる、まことの羊飼いなる神が、恵み深いことを示すためです。あなたたちは見捨てられてはいない、呪われてなんかいない。愛されている。神の国はあなたたちのものでもあるのだと。病気のいやしは、神が憐れみをもって関わり、彼らもまた神の国に招かれていることを示すしるしだったのです。ここまでは、これまでにすでに見てきました病人のいやしと同じです。しかし、ここから意外な展開となっていきます。

「夕暮れになったので、弟子たちがイエスのそばに来て言った。『ここは人里離れた所で、もう時間もたちました。群衆を解散させてください。そうすれば、自分で村へ食べ物を買いに行くでしょう。』イエスは言われた。『行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい。』弟子たちは言った。『ここにはパン五つと魚二匹しかありません。』イエスは、『それをここに持って来なさい』と言い、群衆には草の上に座るようにお命じになった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。」(十五~二十節)。弟子たちは、もう遅いから解散してめいめいが食べ物を買いに行けるようにしてくださいと言います。しかし、イエス様は「あなた方が彼らに食べるものを与えなさい」とおっしゃったのです。えー、という驚いた弟子たちの顔が浮かびます。パン五つと魚二匹しかなかったのです。途方に暮れた弟子たちは素直に「できません」と言えず、「ここには、何もありません。ただパン五つと魚二匹しかありません」と言うほかありませんでした。弟子たちにはこの指示がなぞだったと思います。最低限の食べ物だってないのに、どうしよう。

イエス様はもちろん弟子たちがそのままでは大勢の人々に食べものを与えることが出来ないことをご存知です。そこでおっしゃいました。「それをわたしのもとに持って来なさい」。この聖書箇所は大事な、大事なことを指し示しております。パン五つと魚二匹だけを手にした弟子たちと共にイエス様が立っておられる、ということです。イエス様は「五つのパンと二匹の魚」を取って、天を仰いで賛美を唱えて神をほめたたえた後、パンを裂いて弟子たちにお渡しになったのです。口語訳では「五つのパンと二ひきの魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し」とあって、パンを祝福なさったように聞こえますが、「それを祝福し」は誤訳です。「それを」とは書いてありません。パンを祝福して、まじないのように増やされたのではありません。わたしたちの献金の祈りも注意せねばなりません。口語訳の影響を受けております。献金を献げて、それを祝福して使うのではありません。ましてや清めて使うものでもありません。今の聖書は正しく訳されております。天を仰いで賛美の祈りをして、パンを裂かれたのです。弟子たちは、イエス様が裂かれたそのパンを主から受け取って群衆に与えたのでした。すると、「すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった」のです。彼らは食べて満腹し、喜んだのです。先週出てまいりました、ヘロデの誕生祝いの御馳走に比べると、贅沢な料理や、おいしい果物、葡萄酒もありません、質素な食事です。でも、イエス様の用意してくださった食事は、満腹にしてくれるものでした。肉体的な必要を満たし、満足できるものだったのです。神の憐れみに満ちた、豊かな祝福に溢れたものでした。

わずかなものでしたけれども、イエス様に差し出す時、豊かになって用いられました。群衆が満たされたのは、明らかに弟子たちがもともと持っていたものによるのではなく、キリストに由来するものによるのです。弟子たちはただ差出し、イエス様が裂いてくださったものを運んだのです。群衆は満たされて神の国の喜びを味わいました。この奇跡はこれまでの病気の癒しとは違います。いったい、そんなことがありえるのだろうか。どうしてそんなことが起こり得るか。そう思う人がいても不思議ではありません。現代人にとっては全く信じられないような話です。そこで、わたしたちはこう思います。なるほど、イエス様の元に持てるすべてを差し出せば、それがいかに貧しい、量的に少ないものであっても豊かに用いられるのだな。お金にしても、能力にしても、時間にしても。確かにそうだ、そう考えるとストンと腑に落ちるなと。聖書の記事を納得したいのです。でも、よく注意したいのです。こういう解釈では、カルト集団のようになる危険性がないでしょうか。献げなさい、そうすれば豊かになると。お金儲けのうまいカルトのやり方です。聖書の語る奇跡を精神化するのは実に危険です。無理に納得する必要はありません。

それではマタイの時代の人たちは、書かれている通りに信じていたのでしょうか。わたしは結論から言って、そうだと思います。マタイの時代どころか、十八世紀までの信仰者は、聖書に書かれていることをそのまま信じていたと思います。では十八世紀までの教会では、五つしかないパンで、大勢の人々を満腹にできたというようなことがあったでしょうか。教会史の記録をいくら見ても、この出来事以降、同じようなことが起こった記録はありません。正直に申しますが、もしこれと同じことが起こったと主張し、素晴らしいだろうという教会があれば、わたしは皆さんにその教会に行くことを勧めません。

列王記下に、同じような話があります。「一人の男がバアル・シャリシャから初物のパン、大麦パン二十個と新しい穀物を袋に入れて神の人のもとに持って来た。神の人は、『人々に与えて食べさせなさい』と命じたが、召し使いは、『どうしてこれを百人の人々に分け与えることができましょう』と答えた。エリシャは再び命じた。『人々に与えて食べさせなさい。主は言われる。「彼らは食べきれずに残す。」』召し使いがそれを配ったところ、主の言葉のとおり彼らは食べきれずに残した」(列王記下四章四十二~四十四節)。ずっと昔に、神に力を与えられたエリシャが召使に命じて多くの人々に食料を提供しました。今度はイエス様が弟子たちを用いて、群衆に食事を提供されました。パン五つと魚二匹であっても、信じきれない弟子であっても、豊かに用いられたのです。こういう出来事は、この二回だけです。今同じようなことは起こりません。古代の信徒は、パンが増えることを喜んだのではありません。パンを増やせるお方が共におられることを喜んだのです。たとえ奇跡が起こらなくても、起こせるお方、そのようなことができる方が、共にいてくださることに励まされたのです。

イエス様は、「天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった」、「取って」「賛美の祈りを唱え」「裂いて」「お渡しになった」のです。わたしたちは知っています。この福音書を読み進んでいきますと、もう一度この言葉に出会うことを。「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である』」(二十六章二十六節以下)。今も教会で、聖餐の食卓を囲むときに、いつも聞く言葉です。ガリラヤの草の上でパンを裂いて渡されたイエス様は、十字架におかかりになる直前の木曜日、最後の晩餐において、同じようにパンを裂き、「これはわたしの体である」と言って弟子たちに渡されることになります。

「これはわたしの体である」と言ってパンを裂かれたイエス様。その言葉の通りになりました。その翌日、十字架にかけられてなくなりました。その肉体は、打ち付けられた釘によって裂かれ、槍で刺された脇腹から血が流れました。その流された血は、「罪が赦されるように、あなたのために流された血」でありました。イエス様は、わたしたちの罪を贖うために、十字架の上で死なれたのです。罪を赦された者が、神の国への招きに応えられるようになるためです。「主はわたしの羊飼い。わたしには何も欠けることがない」と詩編二十三篇の言葉を繰り返せるようになるためです。そして、もう二度と「わたしは見捨てられている」などと言わなくてよいようにです。

今日聞きましたパンの奇蹟は、後に十字架において実現することを指し示す「しるし」に他なりませんでした。やがてキリストが自らを裂いて、血を流して命を人々に渡される。そのキリストを受け取って、神との交わりの中に回復されて、はじめて人は本当の意味で満たされることになる。パンの残りを集めたら十二の籠が一杯になるほど人は満たされることになる。パンの奇跡は、それを示す「しるし」だったのです。五千人の給食は同じことは起こらないと申し上げましたが、最後の晩餐も同じことは起こりません。ところが聖餐の食卓において毎回起こっているとも言えます。わたしたちも追体験できるのです。ですから教会はこの物語を大切に伝えてきました。聖餐のパンとぶどう酒と共にこの物語を伝えてきたのです。

マタイの時代も、そのあとの時代も、教会は迫害下にありました。祈っても、祈っても助からない人が大勢いました。食べ物がなくなれば飢え死にしました。パンは増えなかったのです。では聖書に書いてあることを信じなくなったでしょうか。いいえ、むしろ逆です。信仰はますます堅くされていきました。信仰は、奇跡をみた驚きで持つものではありません。それはまじないです。イエス様への信頼を持っているからこそ、奇跡を待ち望むのです。現代人がやりがちな、精神化して納得することも考え直さねばなりません。天を仰いで神を賛美して祈ることを学ぶべきではないでしょうか。

これだけしかないと自らの貧しさと無力さに打ちのめされる時にこそ、与えられているものが見えて来ます。わたしたちはそれをイエス様にいったん差し出し、受け取りなおして、イエス様がおっしゃる所に運ぶのです。それが教会の務めです。キリストが自らを裂いて手渡してくださったキリストの体、キリストが流してくださった贖いの血こそ、教会は大勢の人に手渡さなくてはならないのです。この世界が本当に必要としているのは、キリストの裂かれた体、流してくださった血です。キリストによる罪の贖いと新しい命だからです。

祈ります。
父なる神、イエス様がご自分の体を裂き血を流すことによって、わたしたちを生かしてくださったことを感謝します。出来事のうわべに惑わされず、聖書の伝えるメッセージを正しく受け取ることができるように、わたしたちを強めてください。奇跡だ、奇跡ではないというところに意識を向けるのではなく、示されている本当のお姿を捉えることができるよう導いてください。上を向いてあなたを仰ぎ、賛美して祈ることができますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

6月10日の音声

 

 

2018年6月3日 聖霊降臨節第三主日

「洗礼者ヨハネ、殺される」

マタイによる福音書 14章1~12節

イエス様と同じ時代に生きた人たち、直接、耳で言葉を聞き、その目で奇跡を見た多くの人たちは、ほとんどが、イエス様がメシア、神の国の王だとは理解できませんでした。マタイは十一章からずっとこのことについて話してきました。十三章に入って神の国のたとえで中断しておりましたが、先週聞きました十三章の最後のところでは再び、故郷の人々のつまずきが語られておりました。そして今日は、つまずきの最後です。時の権力者ヘロデ・アンティパスについて語ります。この人はバプテスマのヨハネを殺した人ですから、イエス様がヨハネの生き返りではないかと恐れました。イエス様が分からない、無理解の話はバプテスマのヨハネから始まりましたが、最後は彼を殺したヘロデで終わっています。おそらくマタイは、意図的にそういう風に福音書の記述を纏めたのでしょう。イエス様の活動は、バプテスマのヨハネと深い深い関係があります。

初めに領主ヘロデについて紹介します。聖書には何人かのヘロデという名前の人が出てきます。同じ家族ですが別人です。おそらくわたしたちがよく知っているのは、イエス様がお生まれになった時の、ユダヤ王ヘロデです。ヘロデ大王と呼ばれます。大王といわれるだけあって、有能で力がありました。ローマから、この男ならと信頼されてユダヤ全土の統治者としての立場を保証されておりました。名実ともにユダヤ王です。ベツレヘムの二歳以下の子供を皆殺しにしたことでその悪名は知れ渡っております。しかし一方で神殿を大改修するなど、ユダヤ人のプライドを取り戻した功労者でもあります。土木工事に長けておりました。各地にローマ風の建物を建てました。今日登場したヘロデはそのヘロデ大王の息子で、ヘロデ・アンティパスと呼ばれます。たくさんいた子供の一人で、腹違いの兄にフィリポがおります。ヘロデ・フィリポ一世です。子供たちは父ほどの力がなく全土を治めることができませんでしたので、ユダヤは分割統治になり、一部はローマが直接治め、ガリラヤ地方だけの領主になったのがアンティパスです。ですから王ではなく「領主」と呼ばれます。のちにパウロの時代に登場するヘロデ・アグリッパ一世は、ヘロデ大王の別の息子アリストブロスの子で、アンティパスから見ると兄の子、甥です。彼らはみなローマで教育を受けており、それなりの知識人であり貴族です。イエス様を十字架にかけたときのヘロデがアンティパスです。エルサレムはヘロデの領地ではありませんので、ローマの総督ピラトが裁きを下しました。ただしイエス様はガリラヤ人ですから、領主アンティパスの許可をとって処刑したのだと思います。ルカはそう伝えております(ルカ二十三章)。

「そのころ、領主ヘロデはイエスの評判を聞き」(一節)と今日の御言葉は始まります。「そのころ」というのは、話が変わるときマタイが使う常とう句です。必ずしも十三章に直接繋がるわけではありません。ナザレの出来事のすぐ後かも知れないし、そうでないかも知れません。ヘロデは自分の領地ガリラヤで最近売りだし中のラビの動きに神経を尖らせていたのでしょう。騒動が起こっては困ります。イエス様に関するうわさがいろいろ聞こえてくるので、調査官を送り、イエス・グループの動きについて報告をさせたようです。そしてこうつぶやきました。

「家来たちにこう言った、『あれは洗礼者ヨハネだ、死者の中から生き返ったのだ。だから奇跡をおこなう力が彼に働いている』」(二節)。ご記憶でしょうか、十一章で「ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、尋ねさせた」(十一章二、三b節)とありましたから、イエス様が活動されていたのは、まさにヨハネが獄中にあった期間のことだと考えられます。アンティパスが、文字通りイエス様をヨハネの生き返りだと思ったのなら、ヨハネの首を刎ねるまでイエス様のことを全く知らなかったことになりますが、ヨハネを牢に閉じ込めていた一年余りの間に、イエス様のうわさを聞いていたでしょうから、文字通り生き返ったなどとは考えなかったはずです。ヨハネの処刑を後悔したので、イエス様をヨハネと結びつけ、ヨハネの霊がイエス様の中に働いていて、あのような活動をさせている、奇跡的な力が働いているのだと恐れたのでしょう。思い出していただきたいのですが、ルカ福音書によればイエス様はヨハネと親戚ですし、歳もほとんど同じです(ルカ一、二章)。おそらく風貌も似ていたのではないかと想像します。オリゲネスという有名な教父はそう言っております。マタイはヨハネとイエス様が親戚だとは言っておりませんが、いずれにせよ良心の呵責がありますと、いろいろな妄想が出てきて無関係なことでも頭の中で結びついて恐れに囚われることがあります。

マタイは洗礼者ヨハネが殺された場面を振り返って説明します。「実はヘロデは、自分の兄弟フィリポの妻ヘロディアのことでヨハネを捕らえて縛り、牢に入れていた。ヨハネが、『あの女と結婚することは律法で許されていない』とヘロデに言ったからである。ヘロデはヨハネを殺そうと思っていたが、民衆を恐れた。人々がヨハネを預言者と思っていたからである」(三~五節)。実は、と解説を始め、アンティパスはヨハネを捕らえ、縛り、牢に入れていたと丁寧に描写します。確かに彼がヨハネを捕らえたのです。けれどもすぐには殺せませんでした。この書き方に、アンティパスがヘロデ大王のような強烈なキャラクターではなく、少し気の弱いお坊ちゃんの感じが出ています。ヘロデ大王なら、「捕らえて殺した」と、あっさり書かれるでしょう。彼は少し躊躇して捕らえたようです。奥さんのヘロディアに、「わたしあの人嫌い、牢に入れて頂戴」とでも言われたのです。まるで見たように申しましたが、こういう事情です。アンティパスは、もともとアラビアのナバテヤ王の娘と結婚していました。もちろん政略結婚です。ところが、ローマを訪れたときに、兄フィリポの奥さんであったヘロディア、彼女はフィリポにとってもアンティパスにとっても兄にあたる人の娘で姪なのですが、この姪にして義理の姉となったヘロディアと恋仲になり、ナバテヤ人の妻を追い出して、駆け落ちするように結ばれたのです。今風に言えば、政略結婚ではなく真の愛に目覚めたのでしょう。ヘロディアは、娘を連れてフィリポのもとを去っております。それでヨハネは「彼女と結婚するのは律法違反です」と言ったのです。レビ記に「兄弟の妻を犯してはならない。兄弟を辱めることになるからである」(レビ記 十八章十六節)、「兄弟の妻をめとる者は、汚らわしいことをし、兄弟を辱めたのであり、男も女も子に恵まれることはない」(レビ記二十章二十一節)とあります。ユダヤの律法では、まだ兄弟が生きているうちに、兄弟の妻と結婚することはできなかったのです。このあたりのアンティパスの倫理観は、彼が既にユダヤ人ではなく、ほとんどローマ人であったことがよく分かります。ローマの貴族の性道徳は何でもありです。もともとヘロデの家系はユダヤ人というよりもイドマヤ、つまりエドム人ですから、初めから律法をそれほど気にはしていなかったと思われます。

ヨハネが、わざわざアンティパスに文句を言いに来たとは思えませんから、おおっぴらに繰り返し民衆に語ったのでしょう。領主の律法違反を糾弾したのです。女性は自分の好きな人との仲を邪魔する人が大嫌いです。ヘロディアがアンティパスに「あの人、何とかして」と言ったというのは、わたしだけの思い込みではないと思います。そこで、ヘロディアのご機嫌取りでヨハネを捕らえたものの、群衆はヨハネを高く評価しておりましたから、うかつに処刑すると暴動が起こりかねません。殺すこともできず、そのままにしておりました。当時バプテスマのヨハネはイエス様よりずっと有名で、人気がありました。この後の八節を読みますと、本当にヨハネを殺したがっていたのはヘロディアだとわかります。アンティパスはボンボンでローマの傀儡ですから、もめごとは嫌だったのです。

「ところが、ヘロデの誕生日にヘロディアの娘が、皆の前で踊りをおどり、ヘロデを喜ばせた。それで彼は娘に、『願うものは何でもやろう』と誓って約束した。すると娘は母親に唆されて、『洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場でください』と言った。王は心を痛めたが、誓ったことではあるし、また客の手前それを与えるように命じ、人を遣わして牢の中でヨハネの首をはねさせた。その首は盆に載せて運ばれ、少女に渡り、少女はそれを母親に持って行った」(六~十一節)。この部分は、オスカー・ワイルドの「サロメ」という戯曲で皆さんご存知の筋書きですが、ワイルドの戯曲や、リヒャルト・シュトラウスのオペラは、このマタイによる福音書やマルコによる福音書の話とは、かなりかけ離れた官能的な芝居になっております。ヘロディアの娘はサロメと名前が分かっているのですが、マタイもマルコも名前を記しておりません。サローメとは、皆さんご存知のシャローム、平和を語源とする女性の名前です。とてもこの娘が平安、神の平和を表すとは思えなかったのでしょう。名前を省いております。わたしは、お芝居の通りに新約聖書に書いてあると思い込んでいましたが、福音書を読みますと、本当はそうではないのだと気づかされました。誕生祝のパーティなどというものは、当時は王などのごく限られた人だけがするものだったようですが、領主としての権威を誇示するために盛大に祝ったのでしょう。その祝宴の真最中にヘロディアの連れ子、つまりフィリポの娘が踊りました。王家の娘が踊るのは珍しいことです。彼女の踊りはアンティパスと出席者を大いに喜ばせたようです。領主はお酒の勢いもあったのでしょう、願うものは何でもあげると娘となった少女に約束します。誓ったのです。このように、みんなの前で王や領主が約束しますと本人以外取り消せません。娘はすぐ母親のところに相談に行きます。そのときヘロディアは、娘を「唆した」のです。「ヨハネの首をください」と言いなさいと。お盆に載せてすぐにこの場で、というところにヘロディアの憎しみがよく現れております。

先に申しましたが、おそらくアンティパスは小心者で、ヨハネを恐れながらも、ヘロディアの要求を拒むこともできず、娘に誓ったことでもあり、みんなの視線も気になってヨハネを殺してしまいました。娘はおそらくまだ十代前半の少女だったでしょうが、怖くなかったのでしょうか。お盆に載せてあるヨハネの首を受け取って母親に持って行ったのです。この首をどうしたのか、想像すると不気味で怖いですね。このシーンはいろんな画家が描いておりますが、サロメの顔はたいてい無表情で虚ろです。わたしたちは、山上の説教でイエス様が「一切誓いを立ててはならない」とおっしゃったのを知っていますが、ヘロデは不用意に誓うことで恐ろしい罪を犯したのです。「唆す」というのは、実際には要求し指示しているのですが、間接的に促す巧みな言い方です。最近では政治家や監督、コーチがやって有名になりました。

「それから、ヨハネの弟子たちが来て、遺体を引き取って葬り、イエスのところに行って報告した」(十二節)。首の行方はどうなったか分かりませんが、胴体の方は牢に残されたままだったのでしょう。弟子たちがやってきて遺体を引き取り埋葬します。これはなかなか勇気のいることだったでしょう、自分たちも捕らえられる可能性があったのですから。このあと無力感に襲われたヨハネの弟子たちにとって、できることはイエス様のところに報告に行くことぐらいでした。彼らは牢にいたヨハネの遣いで「来るべき方はあなたですか」と、以前イエス様に尋ねに来ました。ヨハネが宣教を開始したのと同じ「悔い改めよ。天の国は近づいた」と宣べ伝えていたイエス様をヨハネの後継者と見ていたのでしょう。先生が殺されましたと報告したのです。

この物語には後日談があります。ヨセフスの「ユダヤ古代誌」にある興味深い話を紹介します。アンティパスが追い出した最初の妻の父、ナバテヤの王アレタ四世は、娘がアンティパスに大切にされなかったことに怒り、アンティパスを襲撃します。アンティパスはその戦いに敗れローマ軍によってかろうじて助け出されました。ユダヤ人は、ヨハネの不当処刑で罰が当たったのだと見ました。さらに悪いことに、ナバテヤに敗れたことによって、傀儡政治家としてのローマの信用も失いました。のちにローマは、ヘロディアの元の夫フィリポが死ぬと、フィリポの領地をアグリッパに与え、新しいユダヤ王に任命しました。使徒言行録でおなじみのアグリッパは、子供のころからローマの宮廷で後の皇帝カリグラと一緒に育てられ、皇帝の遊び友達、ご学友でした。皇帝の親友です。このアグリッパが、実はヘロディアの実の兄なのです。ヘロデ大王の孫にあたります。ヘロディアは兄だけが王になったこと嫉み、夫のアンティパスに、あなたもローマに行って皇帝に願い、兄のようにガリラヤの王にしてもらいなさい、わたしも王妃になりたいわと迫ります。そこで気の弱いアンティパスは渋々ローマに行くのですが,この事態を察知したアグリッパは、自らの王位を守るため、先手を打って代理人を皇帝のもとに派遣し、アンティパスは謀反を企てていますと密告させます。もちろん嘘なのですが、カリグラはアグリッパの訴えをそのまま信じ、アンティパスがローマに着くや否や捕らえて、彼の領地と全財産を没収してアグリッパに与えてしまいます。結局アンティパスはガリア、今のフランス、当時は田舎ですが、そこに流刑になり一生を終えます。ヘロディアも同じ運命をたどります。多分この二人、仲は良かったのでしょう。

イエス様が故郷で拒否された話のすぐ後に、ヨハネが殺された記事があります。ヨハネに起こった事がイエス様にも起こるのではないかという予告のように取れます。幼子のイエス様を殺そうとしたヘロデ大王の息子のヘロデが先駆者ヨハネを殺したのです。そしてイエス様を殺すことに手を貸すのです。

この物語は、暴君が妻の唆しによってヨハネを殺してしまったというものですが、アンティパスはもともと自分の不道徳を糾弾するヨハネを、政治的立場を脅かすものとして排除したかったのです。そして、ヨハネの弟子たちがイエス様をヨハネの後継者だと思ったのと同じように、「あれは洗礼者ヨハネの生き返りだ」とアンティパスもまた、そう思ったのです。彼にとってイエス様は危険人物です。この後、来週の説教箇所ですが、五千人の給食という有名な物語に移りますが、女性も子供も数えると、一万人もの人がいました。数多くの人々に食事が配られ、イエス様の周りに見事な宴席が作られます。多くの人からなる信仰共同体は政治的圧力となり得ます。ヘロデの饗宴と五千人の給食は、見事な対比になっております。一方はごちそうがいっぱい出たけれども、ヨハネを殺してその首をお盆に載せるという気持ちの悪い食事、もう一方はパンと小さな魚だけですが天からの豊かさに与った食事です。

ここに小さなパンとぶどう酒があります。今日わたしたちは共に聖餐に与ります。これを食べ、これを飲むことによって、わたしたちの罪のために十字架にかかり、贖いとなってくださったイエス様の愛と恵みとを思い出すのです。イエス様によって生きること、食べることに召されているわたしたちの幸いを、今一度はっきりと意識し、ご一緒に味わいたいと思います。

祈ります。
今もイエス様がわたしたちと共にいてくださることを感謝します。ヘロデは領主であり、愛する妻もおり教養もありましたが、イエス様が分かりませんでした。ヨハネの生き返りではないかと恐れるだけでした。ヨハネを殺し、イエス様を拒否して、すべてを失いました。どうかわたしたちからつまずきを取り除き、主に従う者としてください。共に一つの食卓について、恵みを味わえますように。
主のみ名よって祈ります。アーメン。

 

6月3日の音声

 

 

 

2018年5月27日 聖霊降臨節第二主日
三位一体日

「故郷の人々のつまずき」

マタイによる福音書 13章53~58節

何度もお話してきましたが、もう一度マタイによる福音書の構成を繰り返しておきます。大切なことなのですが、数えきれないほどあるマタイ福音書の註解書や研究書で、分かり易くはっきりとこの福音書が全体として何を語っているのか、どんな構成になっているか聞いてわかるように簡潔に記されている本は、ほとんどありません。この教会の牧師勉強会に二度来られたバプテスト教会の中澤啓介牧師の註解書は、わたしにも分かるように明快に述べている数少ない本です。わたしはこの先生のおかげで、マタイによる福音書を大きく捉え、いま自分がこの福音書のどこにいるのか、前後関係を含めて、はっきり認識できるようになりました。中澤先生によれば第一部、一、二章でイエスという王がお生まれになったことを、第二部、三、四章で、その王なるイエス様が即位されたことと、その王国における民の新しい生き方を、第三部、五章から七章で、有名な山上の説教、王の教えが記されています。ここまでが大きな第一幕です。八章から大きな第二幕に入りますが、八章から十章、第四部には、神の国の王がお示しになった神の国が来たことの徴、いわゆる奇跡が記されています。そして十一章から十三章、第五部にはイエス様と周囲の人々の間に生まれた対立が記されていますが、そのうち十三章は、横道にそれて繰り返し天の国とは何々の様だとたとえで語られている。そのように中澤先生は説くのです。この後は王の隠された本質が明らかにされ、王の贖い、十字架と復活まで話が進んでいきます。今わたしたちは第五部の終わりのところにおります。

わたしたちはこれまでに、天の国が来た、つまり神のご支配が実現するぞというイエス様の宣言を中心にして、その神の国の王の誕生、王の就任、王の教え、王が王であるとわかるしるし、つまり奇跡が語られ、にもかかわらず人々が王につまずいたことを聞いてきました。そして十三章の終わりに差し掛かっています。

先週のペンテコステ前に、天の国のたとえを六週間連続して聞きました。イエス様は「天の国はこういうものだ、何々の様だ」と畳み掛けるようにお話になりました。その前の十一、十二章では、イエス様につまずいた人々の話が続いておりました。バプテスマのヨハネ、ガリラヤ湖周辺の村々の人たち、ファリサイ派の人々、イエス様の家族、ずっとつまずきの話でした。しかしマタイは、人々のつまずきの話をしたかったのではなく、天の国が来た、その神のご支配を表す王がイエス様なのだと語りたかったのです。そのために、つまずき以上に大事なのは天の国が来たということだと思い出させるように、天の国のたとえをつまずきの話の途中に割り込ませて繰り返して語ったのです。そうして今日の箇所です、もう一度元に戻って、別の人々のつまずきについて語ります。天の国が来たこと、その国の王がイエス様であることは、ものすごく大切なことですのに、まるで畑に埋められた宝の様で、人の目から隠されたことだったのでしょう。人々は分かっておりません。イエス様につまずきました。

わたしは、「つまずき」、「つまずく」という言葉を繰り返しましたが、新共同訳聖書ではマタイ福音書だけで十八回出てきます。元の言葉は「σκανδαλίζω スカンダリゾー」と言い、「σκάνδαλον スカンダロン、罠とか罪、つまり不信仰や堕落」を語源とする言葉です。罠を仕掛ける、障害を置くといった意味を持ちます。毒麦のたとえの説明で、「人の子は、つまずきとなるものすべてを自分の国から集めさせ、炉に投げ込ませる」(四十一、四十二節)とありましたが、あのつまずきです。受難や終末時においてはイエス様を最終的に見捨てることにも用いられています。ですから、この言葉のニュアンスは、道に落ちていた石ころに運悪く、あるいは不注意でつまずいたという感じではなく、もっと考えさせられる深い意味合いがあります。よく教会で聞く言葉とも違うのです。わたしたちは、牧師のちょっとした言葉や口調に傷ついた、役員の言葉に失望して教会から足が遠のいた、自分の身の上に起こった不幸な事件で信仰を見失った、そういう場合に、「つまずいた」と言うことがありますが、福音書の語る「つまずき」はそういうことではありません。そうではなく「罠」にかかるという意味合いです。イエス様が神のご支配を人々に分からせる救い主であるということは、誰にでもわかる事柄ではなく隠されていた、まるで罠にかけるように分かり難くされていたというニュアンスです。ですから色々なものにつまずいたといって教会から遠のいておりますと、人生はつまずきだらけになってしまいます。そもそも牧師が人格高邁とは限りません。もしつまずくなら必ずイエス様につまずいてください。それならば聖書的に納得がいきます。つまずくべくしてつまずいたのですから。人につまずいてはいけません。罠に引っかかって信仰が分からない、イエス様が救い主だと分からないことがつまずきです。

今日聞きましたつまずいた人、つまりイエス様を理解できなかった人とは、郷里のナザレ村の人たちです。彼らは三十年近く子供の時からイエス様を知っておりました。彼らにとってイエス様は、大工ヨセフとマリアの子です。幼少のころ、移住先のエジプトから戻ってきました。よく知っていたことが災いして、せっかくイエス様の話を聞いても、村の普通の青年に見えてしまって、イエス様を知り過ぎていたがゆえに、その本質に気が付かなかったのです。次週は逆に全くイエス様に無知だった領主ヘロデ・アンティパスのつまずきが語られます。

さて今日の御言葉は「イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、故郷にお帰りになった」(五十三、五十四a節)と始まりました。これまでマタイは、自分の記述を大きく転換させるときには、「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」(四章二十三節)や「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(九章三十五節)のような締め括り、要約の言葉を記して次の話に移りました。ここでも「イエスはこれらのたとえを語り終えると、そこを去り、故郷にお帰りになった」と同じような言いまわしで、たとえによる説教をいったん結び、イエス様がいよいよ本格的にご自分の本質を明らかにされる前に、もう一度「つまずき」の話で締めくくって、次の部への導入としております。

「会堂で教えておられると、人々は驚いて言った。『この人は、このような知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。この人は大工の息子ではないか。母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。この人はこんなことをすべて、いったいどこから得たのだろう』」(五十四~五十六節)。天の国のたとえを語り終え、カファルナウムを去って故郷に帰られたイエス様は、ユダヤ会堂で人々に教え始められました。「会堂で教えておられると」とあっさり訳されていますが、単に会堂と訳されています言葉には、原文では「彼らの」会堂と念押しして断っています。イエス様を受け入れなかった会堂です。もはや自分たちが所属している会堂ではないという意味が込められています。また、教えておられたという言葉は未完了形の文体で書かれており、たまたまではなく繰り返して教えられたニュアンスです。何を語られたのか、ルカは詳しく書いておりますが、マタイは関心を示しておりません。

ナザレの人々はイエス様から何度も説教を聞いたのです。聞いた「人々は驚いて言った」とあります。びっくり仰天したという強い言葉です。イエス様の説教の素晴らしさに感心したのです。山上の説教のあとにも「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた」(七章二十八節)と、同じ言葉遣いが出てきました。民衆はただ非常に驚いたのです。しかし、ここではすぐ後に「このような知恵と奇跡をおこなう力をどこから得たのだろう。この人は大工の息子ではないか」という言葉が続きます。単純な驚きではなく否定的な響きが感じられます。預言者と生活を共にした人にとって、預言者を過去の生活から切り離して、神によって召された務めに目を留めるのは容易ではなかったのです。

ナザレの人たちは、イエス様の知恵と、不思議な力は分かったのです。しかし、その本当の姿、メシアだとは分かりませんでした。故郷の人ではなくても、多くの人が分からなかったのですが、故郷ではそれにもまして分かり難かったのです。大工の子に過ぎないではないかという認識が邪魔をしたのです。「この人は大工の息子ではないか」といわれている「この人」とは、あいつはというやや見下した言い方です。当時の大工は、ただ家を建てる人ではなく、農具を加工する鍛冶屋であり、家具を作る職人でもあり、そして家も建てる高度な技術を持つ立派な職人ですから、大工という職業が軽蔑の対象ではありません。また、ここでは弟の名前だけでなく妹も出てきます。イエス様の家庭は、当時のどこにでもありそうな子沢山の家庭です。皆よく知っています。とても偉大な宗教指導者が出るような特別な家庭とは思えなかったのでしょう。興味深いのは、彼らがイエス様のことを大工の息子で、母親はマリアだと言っていることです。子供は父親の名前をつけて呼ばれます、ヨセフの子と呼ぶのです。たとえ父が既に他界していてもそうです。イエス様の出生の秘密が知られていたのかもしれません。本当はヨセフの子ではないと。こういう人に、なぜこんな力が出てくるのだ、おかしいではないかというのがナザレの村人たちの反応です。

「このように、人々はイエスにつまずいた。イエスは、『預言者が敬われないのは、その故郷、家族の間だけである』」(五十七節)とおっしゃいました。ここで「つまずいた」と訳されているのが、先ほど申しました「スカンダリゾー」で、「信じる」の反対語と理解できます。人はイエス様の前に立たされると、信仰を持って応答するか、不信仰で応答する、つまりつまずくか、そのどちらかを選ぶことになります。イエス様の故郷、ナザレの人々はイエス様が救い主だとは信じることができなかったのです。そこで「預言者が敬われないのは郷里と家族の間だけだ」と、当時の人ならだれもが知っていた格言を引用なさいました。預言者は神の人と尊敬されましたが、生まれ故郷では、どうしてもその人の子供時代の面影に目が行ってしまって、普通の人間にしか見えなかったでしょう。以前わたしが信徒として過ごした教会で、優れた説教者だった牧師も、故郷に帰ると、あの○○家のいたずら坊主かと言われて、とても説教させてもらえる雰囲気ではないと言っておりました。子供時代に礼拝中に会堂の中を走り回って説教している牧師のハゲ頭を叩いたこともあったそうですから。

当時イエス様の評判は預言者としてのものだったのでしょう。もちろん単なる預言者ではなく、生ける神の御子だったのですが、ナザレでは預言者とさえ見られなかったのです。天の国の王、神のご支配のしるしではなく、マリアの子、ヨセフ家の長男でしかなかったのです。もしイエス様がヘロデのために立派な家具を献呈したのであれば人々は賞賛したでしょう。しかし、「神の国が来た、悔い改めて父のもとに帰って来なさい」とおっしゃったので、つまずいたのです。

「人々が不信仰だったので、そこではあまり奇跡をなさらなかった」(五十八節)。最後にマタイは、ナザレでの伝道のまとめを記します。イエス様は「彼らの不信仰のゆえに」メシアとしてのしるしをお見せにならなかったとあります。日本語では不信仰としか訳しようがありませんし、不信仰とは、もちろん信仰がないという意味ですが、ここで言われている信仰は、神信仰のことではありません。ナザレの人も、ほかの地方の人も、当時のユダヤ人たちのヤハウェ信仰に差はなかったでしょう。πίστις ピスティスという重要な言葉が使われています。ここでこの不信仰という表現は、もちろんイエス様に対する不信仰です。信仰、ピスティスと言いますと、わたし、わたしたちが信じるという意味にとりますが、聖書のピスティスには、神のピスティスという言い方もあり、これは、神との関係性を表す言葉です。ここではイエス様との関係性です。イエス様は、神への忠誠と献身だけでなく、神に従うご自分との連帯を人々に求めておられたのです。その連帯ができないので、わずかな奇跡しかなさらなかったとマタイは言っているのです。ナザレで示されたのは、人の不信仰です。ナザレの人のつまずき、それは自分たちと一緒に日常生活を営まれたイエス様を知っていたことから起こりました。それは、イエス様が分からないということ以上に、救いの拒否となっていきます。

さて、みなさん、今日わたしたちが聞いたこの出来事はどこの出来事でしょうか。確かに聖書翻訳者が付けた見出しには、ナザレでの出来事だとしております。わたしもそのように話してきました。でも聖書の本文には、どこにもナザレだとは書いてありません。故郷での出来事だとだけあります。イエス様を受け入れなかったのは、果たしてナザレだけだったのだろうかと問われている気がします。わたしたちの故郷、枚方や京都もそうではないかと。イエス様の日常生活を知っていた分だけ、ナザレの人々はイエス様の力ある行為をより受け入れにくく、一般民衆より早くイエス様を拒んだだけではないでしょうか。群衆に対してまだ話は続けられますが、だんだん乖離が大きくなり、とうとう神の御子を十字架につけて殺してしまうことになるのです。イエス様は伝道を開始されたとき、天の国が来たと「ガリラヤ中を回って、諸会堂で教え」始められました(四章二十三節)。しかし会堂で教えられたのは、マタイによる福音書では、これが最後になります。

今わたしたちはナザレの人たちと違って直接イエス様のお話を聞くことはできませんが、イエス様のおっしゃったことや、イエス様の御業、十字架と復活などを伝えられています。枚方もまた神の御子が住まわれる所、また、神のご支配が及ぶところなのです。わたしたちもまた、ナザレの人たちのように素直に心を開く前に、拒否していないでしょうか。ただ単に見過ごす、聞き損なうというだけではなく、神に反対する立場に立ってしまっていないでしょうか。イエス様のおっしゃっていることは極端で、今の日本では受け入れられない。神はいてもかまわないけれども、自分の世界には入ってきてほしくない。この拒絶、つまずきが、十字架の出来事を予感させます。無関心も同じです。「ああ、そう」ではなく、ただ感心しているのでもなく、しっかりとイエス様に従っていきましょう。

祈ります。
父なる神、イエス様の言葉や奇跡の御業がわたしたちに伝えられていますことを感謝します。どうかわたしたちの心を開き、ただ驚くだけではなくしっかりと受け取り、イエス様に従って歩んでいけますよう力をお与えください。枚方もあなたの国、あなたのご支配の及ぶ神の国です。あなたが支配してくださっていることをもう一度想い起こし、あなたの恵みに応えて生きていくことができますよう導いてください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

5月27日の音声

 

 

2018年5月20日 聖霊降臨日

「聖霊が降り、神の偉大な業を語る」

使徒言行録 2章1~13節

「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(一~四節)。二千年前の五旬祭の日、イエス様の最初の弟子たちが、エルサレムのどこかに「一つになって集まって」いました。先生が殺されたのですから、弟子達は隠れていたのでしょう。バラバラにではなく皆が一つになって集まっていたのです。そこにとても不思議なことが起こりました。激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまったのです。風は神の息、霊を表します。天からの激しい風の音や、炎は、神が姿を現された徴です。そして舌は言葉を表します。言葉が炎のように下った。弟子たちは聖霊に満たされたのです。ご復活のイエス様は天にあげられる前、使徒たちに向かって、最後に「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(一章八節)とおっしゃいました。この聖霊が降り力を受けるという約束が成就したのです。それまで隠れていた弟子たちは、驚いたことに多くの人の前に出てきただけでなく、外国語で証をしました。聖霊が降ったのです。弟子たちはイエス様に与えられたもう一つの賜物としての任務、広い世界に向かって、「イエス様の証人」になる働きを始めたのです。

この日、弟子たちは「聖霊に満たされ」ました。神の霊が体中に充満したのです。弟子たちを用いて神の力が現れます。弟子たちを通して神の御業が現れるのです。神が人を通して御自身を現してくださる、このとき人は無自覚的に何かをするのではなく、自覚的になります。興奮状態になるのではありません。力を与えられるのです。まさに「聖霊に満たされた」のです。

「さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(五~八節)。

この当時、ローマ帝国によって、道が整備され、治安が保たれ、誰でも旅が出来るようになっていました。出エジプト記に「年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない」(三十四章二十三節)とありますから、国が滅び、世界中に離散してしまっていたユダヤ人の子孫の中には、自分たちの原点を求めて、年に三度、過ぎ越しの祭り、七週祭(五旬祭)、仮庵の祭りのときには、エルサレムに帰ってきて滞在する人もおりました。こういう人は「信心深いユダヤ人」と呼ばれています。その人たちも、もちろん天から聞こえた激しい風が吹いて来るような音を聞きました。驚いて外に出てきました。帰国した外国生まれのユダヤ人は、もはやアラム語やヘブル語ではなく、生まれた国の言葉を話します。そこで彼らは聞いたのです。どう見てもエルサレムの人ではない、ガリラヤなまりのある田舎の人たちが、自分の生まれた故郷の言葉で話しているのを。あっけにとられました。ハワイやブラジルに移住した人の子孫が、京都に帰ってきているとき、そこにたまたまいた田舎の人が、英語やポルトガル語の、しかも方言で、突然話すのを聞いたようなものです。

「わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」(九~十一節)。地図をご覧ください。エルサレムから見て、パルティア、メディア、エラムは東方、メソポタミア、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリアは北方、クレタ、ローマは北西の方、キレネ、リビアは西方、エジプトは南西、アラビアは南東にあります。エルサレムを中心に四方八方から帰ってきていたのです。彼らは何を聞いたのでしょう。語られたのは「神の偉大な業」です。イエス様の弟子たちは、師であるイエス様がなさったことを受け継いで、神の国の到来を告げ、イエス様の出来事、十字架と復活、神の偉大な業を語りました。世界中の人々に、それぞれの故郷の言葉、普段使っている言葉で、神のなさった業を語ったのです。神はこの世界を救うために、弟子たちがいろんな言語で話せるようになさったのです。この出来事は、皆同じ言葉を話していた人々が神の領域にまで侵入し、神のごとく地を支配しようとしたバベルの塔の物語を想い起こさせます。このとき神は人々同士が思いを通わせることができないようにするため、言葉を混乱させようと多くの聞き分けられない言語を話すようにされました。創世記十一章の物語です。このときとは逆のことが起こったのです。言うまでもありませんが、弟子たちは努力なしで、それ以後も外国語が話せたわけではありません。この時だけです。これは聖霊の働きを象徴する、きわめて特殊な出来事でした。

弟子たちは、イエス様が十字架にかけられて殺されるという事件のあと、ご復活のイエス様に出会うという体験をしましたが、いま一人一人の上に同時に聖霊が降る経験をしました。個人的に、しかし共同体全体に、聖霊が働きました。この不思議な経験が、個人のものでありながら、全体に起こったことはとても重要な意味を持ちます。わたしたちの信仰は極めて個人的なことですけれども、みんなのものでもあるのです。聖霊に満たされた弟子たちは、一人一人がキリストを証し、神の偉大な業を語りだしました。そして、教会が生まれたのです。教会は聖霊の働くところです。

マラナ・タ教会では、ペンテコステの日に各国語で主の祈りを唱えています。今年で八年目になりますが、今年は、ギリシア語、ラテン語、アラビア語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、英語、中国語、韓国語、それに隠れキリシタンと今の日本語、合計十一種類の言葉で、主の祈りを唱えることができました。「聖霊に満たされ」「いろいろな国の言葉で」「神の偉大な業を語る」ことを真似てやっております。主の祈りだけですが、ペンテコステらしく、それぞれの国の方がそれぞれの国の言葉で、同じ祈りを共に献げることができます。よい試みだと思っています。

「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」という出来事は、世界伝道の始まりとして極めて象徴的な出来事でした。神は、人を用いて人を救おうとしておられるのです。ですから、激しい風が吹いて来るような音が天から響いたのはこの時だけですし、炎のような舌が現れたのもイエス様が天に昇られた直後の、この五旬祭一回限りなのです。それから後、神は人を通して救いの御業を進めてこられました。教会の発展の歴史をわたしたちは知っておりますが、ペンテコステの出来事のあと、突然、炎のような舌が現れて、その舌に導かれて教会に来た人はいないと思います。神に用いられた誰かが、わたしたちに神の業を語ってくれ、それを聞いて、わたしも今ここにおります。人による伝道、ここに聖霊の働きがあります。

このように、人を通して働かれる神の御業の中にわたしたちは存在しています。ですから聖霊で満たされ、用いられて、家族やほかの人を救えるのです。救いの御業は人から人へと伝えられていきます。聖霊に満たされて生きることは、自分のためだけではなくて、家族のためであり、友人のためであり、この世の救いのためなのです。言い換えますと、世の救いのための言葉、福音を語るのが教会のなすべきことです。この働きは聖霊降臨日に始まり、今も続いています。それで聖霊降臨日は伝道の開始、教会の誕生日として祝われます。この日には、分れ分れに現れた炎の様な舌を思い出して、赤い服を着たり、赤いネクタイをしたり、何か赤いものを身につけて、この出来事に思いを寄せます。ペンテコステは、クリスマス、イースターと並ぶ祝祭です。

このように教会は聖霊に満たされて誕生し、発展していきますが、決して順風満帆ではありませんでした。使徒言行録は、教会が始まった時代の出来事について書かれた書物ですが、良いことだけに集中してまずいことは触れない、単なる思い出話ではありません。教会の性格、キリスト者の被った迫害や分裂、キリストの弟子として生き続ける困難や喜び、みな書かれています。使徒言行録を読むことは、今のわたしたちの教会のあり方を考え、信仰生活のあり方を考えていくことにもなるのです。わたしたちは、世の人に向かって、キリストの福音を語らねばなりません。そのために聖霊に満たされることを期待します。しかし、聖霊に満たされることと都合よくことが運ぶこととは同じではありません。「あの人は聖霊に満たされた人だ、だからあんな素晴らしいことが出来るのだ」とか、「どうもあの人は、聖霊に満たされていない」という感じを抱くことがありますが、どちらの理解も正しくありません。決してそんなことはありません。神は御心のままに人を用いて御業を成し遂げていかれるのです。

「人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った。しかし、『あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ』と言って、あざける者もいた」(十二、十三節)。七節にも人々は驚き怪しんだことが書かれていましたが、ここでもまた人々の反応が書かれています。同じように、驚き怪しんだ人々がいます。理解できない現象を前にして、これはどういうことなのだろうか、何か大きな意味を持つことなのだろうかと考えています。神に招かれ、心を開いていく人がいます。しかしその一方で、嘲(あざけ)っている人がいるのです。

使徒言行録が書かれた時代、教会はほかの宗教が主流である社会の中で、少数者として誕生し、生き抜いていかねばなりませんでした。この時代の教会の背景は、今の日本の教会の背景でもあります。ですから、聖霊によって何が始まったのか、もう一度聖書に確認したいと思います。集まった人々が聞いたのは、「神の偉大な業を語っている」言葉でした。聖霊に満たされた人々から聞いたのは、神の御業を誉め讃える賛美の言葉だったのです。人が神の御業に思いを向け、神の偉大な業を誉め讃えるということは決して当たり前のことではありません。人は、自分が何をしたか、何を成し遂げたかということに関心があるのです。それは熱心なキリスト者、献身的なキリスト者も例外ではありません。神の御業に目を向けるより、自分が神のために何をしたかという、自分の行いの方に関心が向かうことが多いのです。しかし、そのような自分の業への囚われから解放されねばなりません。人生において最も大切なことは、「何を成し遂げたか」ではないからです。「神が何をしてくださったか」ということの方がよほど重要なのです。同じように教会についても、最も大切なことは、教会が神のために何を成し遂げたかではありません。神が教会に何を為してくださったかということ、神の偉大な業のほうが大事なのです。創立四十周年を祝うのも、わたしたちが成し遂げたことではなく、神がしてくださったことを思い出すのです。

上からの力によって事が成るということを知りますと、一方でもう一つ別の内からの強い力、決して逃れられない罪と死の問題も知ることになります。しかし、罪や死をやみくもに恐れる必要はありません。真の人としてこの世に来てくださった神の御子イエス様が、どうしても避けられない人の重荷、罪と死の問題を背負って十字架にかかり、わたしたちを神と和解させてくださったからです。そして「わたしは世の終わりまでいつもあなた方と共にいる、平和があるように」とおっしゃいました。上からの力を信じ、神の偉大な業を語ること、それこそが信仰の中心です。そして、神の子とされ、神の相続人として永遠の命に生きる、これがわたしたちの希望です。

ペンテコステでは、聖霊の働きが具体的に人に示されました。そして、使徒言行録が書かれたころまで、初代教会は急拡大していきました。しかしそれは厳しい時代の始まりでもありました。急拡大したと言っても所詮ローマ帝国内にあっては小さい集まり、国家権力に対してはなんら影響力を持たない無力な集まりにすぎません。それにもかかわらず、迫害という大きな困難にさらされたのです。ユダヤの伝統的社会とローマ皇帝による二重の教会迫害は、よく知られた事実です。キリスト者は時には捕えられ殺されました。そういう中にあっても信徒は教会に集まってきました。死刑になるかもしれないという恐れがある、教会に行くと明らかに不利な扱いを受ける、そういう時代であったにもかかわらず、教会に集まったのです。たとえ迫害に遭っても、喜びを失わなかった人が大勢いました。彼らは礼拝で、命の御言葉を聞き、聖餐に与りました。神の偉大な業が語られるのを聞き、永遠の命に生きるためイエス・キリストのお体と血をいただいたのです。

今のわたしたちは幸いなことに迫害にはさらされていません。病院は機能していますし、社会福祉も整っています。教会の持つ意味がかえってはっきり分からなくなっているのでしょうか、日本では教会に来る人が減っています。けれども今も同じです。わたしたちは教会に集まり、共に祈り、礼拝し、聖餐に与ります。たとえ体が動かなくても、病床で声にならない声で賛美を歌います。そこには必ず、イエス・キリストの霊がわたしたちと共にあるからです。この喜びは誰も奪うことができません。わたしたちはそれを証しすることができます。たとえ小さな群れであっても、恐れることはありません。この後すぐペトロが言っております。十七節をご覧ください。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」(十七節)。安心していいのです。わたしたちは聖霊に満たされています。先の事をびくびく心配する必要はありません。老人も夢を見ることができるのです。わたしたちの希望を、神の偉大な御業を語ろうではありませんか。

祈ります。
父なる神、わたしたちにアラム語やギリシア語ではなく日本語で話しかけ、あなたのもとに招いてくださっていることを感謝します。それに応えてあなたに心からの賛美と感謝の祈りを献げることができますように導いてください。そしてどうかわたしたちを聖霊で満たし、今度はわたしたちが家族や隣人にあなたの偉大な業を語ることができますよう支えてください。あなたの霊に満たされ、皆が共にあなたの希望に向かって歩んでいける日が来ますように。聖霊よ、来てください。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

 

5月20日の音声

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