聖霊降臨節説教2019

2019年8月4日 聖霊降臨節第9主日
「ユダ、自殺する」
マタイによる福音書27章3~10節

 

先週のペトロの否認に続いてユダの自殺が語られます。ペトロがイエス様を知らないと否認する悲しい話は、イエス様が尋問をお受けになった話と並んでいると先週申し上げました。イエス様が大祭司の前ではっきりとご自分が神の子救い主、ユダヤ人の王、主であることを明言されたのに対し、ペトロは女中に言われただけなのに、自らをごまかし、あんな人は知らないと言いました。イエス様の物語に対比してペトロの物語が置かれていて、そういう意味でマタイ福音書二十六章五十七節から七十五節まではひとつの物語でした。そして今日からいよいよ二十七章です。ところで、これまでの二年半にわたって、ずっと連続講解説教で、一節も飛ばさないで順にマタイによる福音書を聞いてまいりましたから、今朝の週報を見て、二十七章に入って一、二節がなく三節から説教がなされることに「あれっ」と首を傾げた方もいらっしゃるのではないかと思います。月間予定表や三か月予定を見ていてくださる方はお判りでしょうが、次回、ここも飛ばさずに説教されます。二十七章の一、二節はイエス様が死刑にされるためにピラトに引き渡される場面が記述されています。ペトロの裏切りから、イエス様に視線が戻ります。ところが、続いてピラトによる裁きが語られるのかと思いますと、唐突にユダのことが挿入されています。イエス様が裁かれる物語の中に、ユダの自殺が挟まって語られているのです。そのユダの物語は「そのころ」と始まりますが、ユダの物語の前や後には、祭司長たちはピラトのところにいるのに対し、ユダの物語では神殿にいます。この場所へのユダの物語の挿入は、明らかに何らかの意図があります。イエス様がわたしたちのために十字架におつきになったこの重大な出来事の途中に、弟子であったペトロの裏切りに続いてユダの自殺が並べて書かれていて、ペトロとユダが比較されているのです。なぜマタイはユダの話をイエス様が裁かれ殺されることが決まる途中のここに挿入したのでしょうか。ユダの裏切りは二十六章の前半で語られ、二か月前の六月二日に説教されました。突然、続きが飛んでここに出てきました。ペトロとユダは何が違うのでしょうか。この二人を比較することによって後の世の弟子であるわたしたちに、マタイはどうしても伝えたいことがありそうに思えます。いったいそれは何なのでしょう。

マタイは、イエス様の十字架の前に立たされるわたしたちに、ペトロとユダの裏切りとその決着のつけ方の対比を示すことによって、主に従っていくという信仰生活で最も大切なことを語っています。そういう意味では、二十六章の後半から二十七章の前半も、また大きな一つの物語と言ってもいいのです。福音書は四つとも復活がクライマックスでしょうが、わたしは、このペトロとユダの違いに目を留めさせるこの箇所もクライマックスのような気がしております。神の救いの物語、イエス物語の頂点です。

それではいつものように順を追って見ていきましょう。「そのころ、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、『わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました』と言った」(三、四a節)。ユダは最高法院がイエス様を逮捕できるように協力したのですが、実際に事が起こってみると、最高法院はイエス様をローマ総督に引き渡すことになります。ひょっとしたらユダも、ペトロ同様に遠巻きにしながらことの成り行きを見守っていたのかもしれません。カイアファの屋敷の中にまでは入いらなくとも、屋敷の外でことの成り行きを見守っていた可能性は十分あるのではないでしょうか。自分のしたことの結末ですから、気になったに違いありません。

まさかローマ総督に引き渡されて殺されることになるとは思わなかったということでしょうか。ユダはイエス様を裏切ったことを後悔したと書かれています。ここでの「後悔する」という言葉は、悔い改めではなく、悔やむとか心を変えるという意味の単語が使われています。まずいことをしたなということです。しかし違いはわずかです。ユダの後悔が単に上辺だけのものでなかったことは、お金に対して執着のあった彼が、裏切りに際して手に入れた銀貨三十枚を返そうとしたこと、また、「わたしは罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」とはっきり告白していることからも明らかです。

「罪のない人の血」はギリシア語訳の旧約聖書に何度も出てきます。ユダヤ人にはなじみ深い言葉です。血は命ですから、無罪の人の命を奪ってしまったという表現です。この期に及んでとでもいうべき時に、ユダは「イエス様は無実だ。自分の行為は間違っていた、罪を犯した」と言ったのです。この告白は、イエス様には罪がないということを、ピラトの尋問を前にした、まさにこの時にはっきり語られています。

「しかし彼らは、『我々の知ったことではない。お前の問題だ』と言った」(四b節)。最高法院の側は、ユダなどどうでもよかったのでしょう。自分の先生を裏切った奴にすぎません。イエス様には罪がないというユダの断言を否定すらせず、我々には関係がない、知ったことではないとユダを突き放し、自分のことは自分で始末せよと言っております。彼らにとってユダは道具でしかなく、いったん役に立てば後はどうなってもよかったのです。

もはやユダには自分の行為を後戻りさせることはできません。「そこで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んで立ち去り、首をつって死んだ」(五節)のです。「投げ込んで」とありますが、本当に投げ込んだのか、そもそも神殿に投げ込むことができるかどうか分かりません。そっと置いたのかもしれません。「置いた」と訳してもいい言葉です。マタイは、ユダの死については一言、「首をつって死んだ」とだけ言います。マラナ・タ教会には、旧約聖書を詳しくお読みになっている方々が何人かおられますので一言触れておきますが、サムエル記下の十七章に記載のある、ダビデを(謀反を起こした息子アブサロムに)売り渡した裏切り者のアヒトフェルの死に用いられたのも、「首をつって死んだ」(七十人訳サムエル記下十七章二十三節)という同じ言葉です。ユダの死とアヒトフェルの死に、共通点を見ることができます。ある事柄を記述するときに、そのことと似た過去の出来事から影響を受けるのはよくあることですが、あまりにも両者を直接的に関連付けて類推を拡大するのは控えた方がいいでしょう。また、使徒言行録の一章にはユダの死がもう少し詳しく違ったふうに報告されていますが、マタイにとって実際の死に方はどうでもよかったのです。ユダが自分の過ちに彼なりの決着をつけたことが焦点でした。

マタイは祭司長たちに視点を戻します。「祭司長たちは銀貨を拾い上げて、『これは血の代金だから、神殿の収入にするわけにはいかない』と言い、相談のうえ、その金で「陶器職人の畑」を買い、外国人の墓地にすることにした。このため、この畑は今日まで『血の畑』と言われている」(六~八節)。祭司長たちは銀貨を見つけます。そしてそれを血の代金と言っております。我々には関係がないと言っていたのに、命と引き換えになった金だと認識しているのです。自分たちが罪のないものを殺したと認めているのと同じです。その上でこういう買収のために支払われた金は祭儀的にはきれいなお金とは言い難く、神殿の金庫には入れられないから、清くない金で清くない異邦人のために、清くない土地を購入することにしたのです。外国からユダヤに来て、なんらかの理由で亡くなった人の墓地にしました。このため、イエス様の流された血にかかわる畑と呼ばれるようになったと書かれています。マタイがこれを書いているのは、ユダの死後三十年以上たってからです。

「こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。『彼らは銀貨三十枚を取った。それは、値踏みされた者、すなわち、イスラエルの子らが値踏みした者の価である。主がわたしにお命じになったように、彼らはこの金で陶器職人の畑を買い取った』」(九、十節)。マタイはイエス様だけでなくユダの死に関しても聖書の言葉、エレミヤの預言が実現したと言っております。ところで「こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した」という言葉は二章十七節にも出てきました。ヘロデが二歳以下の男の子を、一人残らず殺させたところです。恐ろしい出来事が成就された時この言い方がされています。しかし、九、十節の言葉自体は旧約聖書にそのまま出てきません。ユダヤ教指導者が、陶器師の畑を買って銀三十枚を支払ったというような出来事を暗示する記事もありません。ユダヤ人は旧約聖書の出来事を再解釈して、自分たちの身の周りのことを説明するという習慣がありましたから、有名な預言者と関連付けて、マタイはすべて神の御計画の通りになっていくのだと言ったのです。

ユダの自殺という結末がこんな風に語られ、祭司長たちこそがこの陰謀の責任者であり、張本人であることがはっきりわかりました。ここから先はピラトに主導権が移ります。この後、彼らはもう自分たちの力で事を行うことは無くなります。

さて、マタイはペトロの裏切りに続けてユダの自殺を並べて書くことによって、後の世の弟子であるわたしたちに、どうしても伝えたいことがあるのだろうと最初に申し上げました。一体それは何でしょう。ペトロとユダを比較できるように書いていますが、ペトロとユダのどこが違うのでしょう。

ペトロもユダも重大な罪を犯しました。ペトロはイエス様を否認したのですが、ユダはイエス様を売り渡してしまいました。迫害の時代、イエス様を否認した人々はまた教会に戻ることができましたが、仲間のキリスト者を売り渡した人は教会に戻れません。迫害を受け信仰をなくすだけではなく、告発する側に回って自分を守ろうとする者もいた初代教会にとって、仲間のキリスト者を敵に売るという行為は、今考えるよりずっと恥ずべきで重大な行為でした。しかし、わたしはペトロとユダは紙一重であると思います。ペトロは、自分の情けなさに愕然として「激しく泣きました」。何もできなかったのです。自分で何もできず、ただすべてを委ねることしかできませんでした。大きな汚点を背負ったままです。汚点を負ったままで神の憐れみにすがったのです。一方で、ユダは彼なりに後始末を付けました。彼の自己主張、美学かもしれません。ユダにしてみれば、このまま何もしなければ「罪のない人」を殺す片棒を担いだだけになります。そこで銀貨を返し、首をつったのです。自分の命を絶つことで「埋め合わせ」をしようとしました。自分で自分を裁いて、すべてを償おうとしたのです。ユダは倫理的な意味での救いがたい罪人ではないかもしれせん。ユダの最大の罪は自殺したことではなく、恵みに絶望したことです。神の恵みに期待することができなかったのです。自殺はその結果にすぎません。神の憐れみに身を委ねることができませんでした。

このことが二人の「生き死に」を左右しました。自分で埋め合わせもできず、格好も悪いペトロの方がイエス様に愛されて、大胆に生きることができるようになっていきます。殉教に至るまで弟子として忠実に生きることができました。ユダは潔く死をもって始末をつけました。ある意味では格好をつけたのですが、極端に言えば、「先生、もうあなたに救ってもらうことはあきらめました」と言ったのです。イエス様が宣べ伝えられた恵みの信仰から抜け落ちてしまいました。御前から失われた者になってしまったのです。

神の前に格好よく生きたい、口にはしなくてもわたしたちは多かれ少なかれそう思っています。イエス様を信じると言いながら、実はイエス様を信じて立派にやっている自分を信じています。あんなことをやった。今こんなことをしている。ことあるごとに自分の経験を証と称して語ります。しかも往々にして自己主張していることに気付いていません。これは、わたしには憐みなんて必要ありませんと言っているのと同じことです。神の愛なんて幻想でしょうし、そんなものはわたしには関係ありませんと言っているのと何ら変わりはないのです。自分の力と愛で生きていきます。それが失敗すれば、自分で責任を取ります。人様に迷惑はかけません。これではユダです。自分で自分に決着をつけ、神に自分を触らせなかったのです。わたしがわたしの王である。この主張は極端に言えば売春婦と同じです。わたしの体はわたしのもの。どうしようが自分の勝手、他人から説教されるいわれはない、となるのです。

この裏返しが教会でも見られます。マラナ・タにはいらっしゃいませんが、あちこちの教会で何度も見かけました。自分はダメなものです。何もできないのですと言うのです。謙遜を装っていますが、あなたとは違うと言っているだけで、自分は特別な人間ですと主張しているのと同じです。あなたのように賢くはない、でもこれだけはわかってほしい、自分の言う事を聞いてほしい、こんなことをしてほしい、と自己主張しているだけです。何もないけれどもこれだけは持っています。他の人とは苦労の度合いが違うんです。この辛さを知らない人には、何もわからないでしょう。何でも自分でするというのと、何もできないというのは同じことの裏返しです。自分がする、自分のできることだけに目が向いています。聖書が語る福音はそうではありません。大事なのはすることではなく、主にしていただくことです。主に委ねることです。

わたしたちが救われたのは、自分の確かな信仰のゆえではありませんし、あるいは逆に自分の無能の故、自分の特別なみじめさの故でもありません。ただ、ただ神の助けがあったからです。神の助けは必要不可欠なものです。もう神に頼る必要がなくなったと勘違いされるまでに科学も技術も進歩しました。人は医学に救いを求めます。それでも、現代医学のなしえる限界を超えて現状を変えたい人には、スーパードクターだけではなく、神の助けが必要です。どんな人にも神の助けが要ります。神の助けがいらない人などいません。すべての人にとって神の助けは必要なのです。そして、それは得られるのです。ペトロとユダの出来事はわたしたちにそれを教えてくれます。神の助けがある、感謝してそれを受け取るところ、信仰から新しい生き方が生じます。「われ思う、ゆえにわれあり」ではなく、神が共におられるので、「われ信ず、ゆえにわれあり」です。


祈ります。

父なる神、イエス様が祭司長たちとピラトによって裁判にかけられ殺されようとしておられる、まさにその時、弟子であったユダは首をくくりました。ペトロはあんな人は知らないと言いました。わたしたちは大きな過ちを冒すときがあります。そのようなときさえ大きな愛で包んでくださるその恵みに感謝します。裏切り、不安、わたしたちにも無縁とは言えません。でもどうかユダではなくペトロのように生きることができますように。イエス様が共におられることを信じ、すべてを委ねて歩めるようお支えください。

主の御名によって祈ります。アーメン

 

8月4日の音声

 
 
2019年7月28日 聖霊降臨節第8主日
「ペトロ、イエスを知らないと言う」
マタイによる福音書26章69~75節

 

先週はイエス様が最高法院で尋問された様子を聞きました。マタイはこのあとイエス様からいったん目を転じ、二人の弟子の悲しい出来事を語ります。ペトロの否認とユダの自殺です。今日はペトロの出来事です。イエス様が厳しい尋問をお受けになった。こういう時に祈るべき一番弟子が、わが身の保身を図り「あんな人は知らない」と言ってしまったのです。これまで、ペトロは主を否認するようなことは決してないと大っぴらに語っていました(三十四節)。ゲツセマネでは勇気あるところを見せ逮捕に来た者に切りかかったようです。いったんは他の弟子同様逃げてしまったにせよ、イエス様が逮捕された後も、これから何が起こるのかを見届けるべく、大祭司の私邸までついてきたのです。けれどもペトロがイエス様に従ってガリラヤから来た一人だと見知っていた女中が、この人はあの人の仲間だと言い始めると、いとも簡単に否定しました。しかも一度や二度ではなく三度も。四福音書がすべてこのペトロの出来事を伝えております。この場にほかの弟子もいたとマタイは言っておりませんから、目撃者はおりません。マタイは後にペトロから直接この出来事を聞いたか、あるいはペトロから聞いた誰かから聞いたのでしょう。初代教会ではたいそうよく知られた伝承で、ペトロが繰り返し語ったものと思われます。ペトロこそがこの出来事の証言者です。後になって、イエス様の出来事とともに自らのみじめな姿をどうしても語っておくべきだと考えたのです。

マタイは、これまでにもペトロの失敗に何度か触れております。使徒のリーダー格である彼の失敗が語られているということは、使徒たちが皆そうであったということを思わせます。しかもこういう不名誉な行為が、最高法院がイエス様を裁くという大事なときに起こったのです。日本の侍なら、こういうときは命がけでイエス様を守ろうとしますし、先生が捕まれば、わたしもこの人の仲間だと申し出るような気がします。時代劇の見過ぎでしょうか。そして最後に鶏が鳴きました。イエス様がお前は裏切るぞと予告なさった言葉を思い出して激しく泣きました。これが今日聞きました出来事です。では、順を追って見て行きましょう。

「ペトロは外にいて中庭に座っていた。そこへ一人の女中が近寄って来て、『あなたもガリラヤのイエスと一緒にいた』と言った」(六十九節)。日本語訳にはありませんが、「ところで」とか「さて」という言葉があって、ここまでの話が方向転換します。イエス様の出来事からペトロの出来事へ視点が移ります。この文章はイエス様が捕まえられてカイアファのところに連れていかれた話の途中に挿入されていた五十八節「ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた」に繋がっています。五十七~七十五節はひとつの話と言ってよい物語で、イエス様とペトロが対峙するようクローズドアップされています。ペトロは中庭の外の方に目立たないようにじっと座っていたのですが、女中の一人、若い女性でしょうが、好奇心いっぱいでおしゃべりだったのでしょう、遠くからペトロを目ざとく見つけてやって来ます。そしてペトロに向かって「あなた、あなたもあのガリラヤのイエスと一緒にいたでしょう」と断言したのです。ガリラヤという言葉には幾分軽蔑の響きがあったと思われます。エルサレムの人にとっては、ガリラヤなんて遠く離れた何もないところくらいの感じでしょうか。今でも東京に行きますと、京都も大阪も地方と言われます。ニューヨークでは、北も南もすべてひとまとめにしてミッドウエストと呼びます。ニューヨーク以外はすべて中西部の田舎という意味です。イエス様はいかにもガリラヤの人という雰囲気があったのではないでしょうか。「イエスと一緒にいた」というこの女中の指摘に「ペトロは皆の前でそれを打ち消して、『何のことを言っているのか、わたしには分からない』と言った」(七十節)のです。はっきりとそうではないと言わずに、何のことを言っているのかわからないというのは、ごまかしです。不意をつかれて「違う、そうではない」とまでは言えなかったのでしょう。

これはまずいことになったと思ったペトロは不安に駆られ、すぐ逃げ出せるように門の近くまでゆっくり後退します。運悪くここでも別の女中に見つかりました。「ペトロが門の方に行くと、ほかの女中が彼に目を留め、居合わせた人々に、『この人はナザレのイエスと一緒にいました』と言った」(七十一節)。見下した感じがする言い方です。あのナザレのイエスと一緒にいたと言っています。ガリラヤというよりもナザレという方がずっと田舎の感じがします。貧しく寂しい村という含みがあります。フィリポがナタナエルにイエス様を紹介した時、ナタナエルは「ナザレみたいな辺鄙な村から何か良いものが出るだろうか」(ヨハネ一章四十六節)と言った、そうヨハネは伝えておりますが、この女中も、ペトロのことをあの田舎者と一緒にいた仲間だと言ったのです。「そこで、ペトロは再び、『そんな人は知らない』と誓って打ち消した」(七十二節)のです。今度は、ペトロははっきり知らないと言いました。誓って言いました。嘘だったら神の罰を受けてもいいという強い否定です。何を言っているか分からないというのではなく、そんな人は知らないとはっきりイエス様を指して言いました。これまでずっと「主」と慕って来た方を、そんな奴は知らないと言ったのです。イエス様は「人々の前でわたしを知らないと言う者は、わたしも天の父の前で、その人を知らないと言う」(十章三十三節)と人前でイエス様を認めることの重要性を語っておられました。イエス様が大祭司の前で公然と自分はメシアだとお認めになって自らを表されたのに対し、ペトロは大祭司ではなく単なる女中に言われただけなのに、自らをごまかし、あんな人は知らないと言ったのです。ペトロの弱さがはっきり出ております。

おそらく逃げ出したい気持ちはあったのでしょうけれども、それでもイエス様のことが気にかかります。「しばらくすると」というのは、たぶん何十分か後ですが、まだ逃げ出せないでおりました。そのときに「確かに、お前も間違いなく仲間だ」と言われてしまったのです。こう書かれています。「しばらくして、そこにいた人々が近寄って来てペトロに言った。『確かに、お前もあの連中の仲間だ。言葉遣いでそれが分かる』」(七十三節)。ペトロが話したガリラヤなまりのアラム語は、すこし知識のあるものならどこの出身か分かるものだったでしょう。喉音やシュ、トゥという語尾がはっきりせず、言葉のアクセントが違うのです。ガリラヤの人は言葉がはっきりせず、会堂で聖書を朗読したりみんなを代表して祈祷をしたりするのを禁じられている場合もあったようです。わたしが若いころ、東北や南九州の田舎を旅行している時、道を尋ねてもその答えが全く分からず苦労したことがあります。特に東北の言葉は語尾に「まんずー」みたいに「ずー」とつくので、差別的に「ずーずー弁」と言っていました。上野の駅なんかで福島や山形のおばあさんが話しているのを聞くと外国語のように聞こえました。

「そのとき、ペトロは呪いの言葉さえ口にしながら、『そんな人は知らない』と誓い始めた。するとすぐ、鶏が鳴いた」(七十四節)。「呪いをかけて誓う」、これも強い表現です。もし嘘だったら神の呪いを受けてもかまわないと宣言したというようにもとれないことはありませんが、文脈からみると、「イエスというやつは神から見捨てられたのだ」とイエス様を呪ったように解釈する方が自然です。これは二度目よりもさらにずっと強い表現です。するとすぐ鶏が鳴きました。「ペトロは、『鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われたイエスの言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた」(七十五節)。ペトロがこれ以上ないというくらい強くイエス様を否定した時、鶏が鳴きました。ペトロはハッと我に返ったのでしょう。イエス様と共にいるという最も大事なことを否定してしまったことに打ちのめされます。ゲツセマネに向かう途中、鶏がなく前にあなたは三度私を知らないというだろうと予告されたイエス様の言葉が頭をめぐります。「たとえ、御一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(三十五節)、絶対にそんなことはありませんと抵抗したのに、その通りになってしまったのです。人前で泣く勇気がなかったのかもしれません。ペトロは中庭から外に出て激しく泣きました。激しく泣き、自分を悔いました。

マタイは記しておりませんが、ルカはここでイエス様が振り向いてペトロを見つめられたと書いております。イエス様の悲しげなお顔が目に浮かぶようです。イエス様はペトロをどう思われたのでしょうか。説教後に歌う讃美歌一九七の二節が有名です。前の讃美歌にもありまして、よく歌われました。「ああ主のひとみ、まなざしよ、三度わが主を否みたる、弱きペトロを顧みて、赦すはたれぞ、主ならずや」。赦されるはずのないペトロをお赦しになったのです。イエス様が赦されたのはペトロが後悔したからではありません。そうではなくて、イエス様はもっとずっと大きな観点からペトロを包み込まれたのです。これは、ただただ神の恵みにほかなりません。このイエス様の姿に、慰められた人は多いでしょう。

ペトロがイエス様を知らないと否認する悲しい話は、イエス様の裁判の話と並んでおります。大祭司の前でイエス様が、「人の子は全能者の右に座るもの、天の雲に乗って地に降るもの」だと宣言しておられるまさにその時、同時進行する形でペトロは三度もイエス様を知らないと言ったと書かれているのです。説教のはじめの方で五十八節と六十九節は繋がっていると申しましたが、イエス様の物語に対比して、ペトロの物語が置かれています。この意味で、このマタイ福音書二十六章五十七節から七十五節まではひとつの物語なのです。

この出来事、ペトロの三度の否認は決して明るい出来事とは言えません。イエス様に対する誠実さやしっかりした信頼を持ち続け、それらが揺らぐことがなかったので教会のリーダーとなっていったわけではないことがはっきりわかりますから、ペトロにとっては、むしろ秘密にしておきたかったことかもしれません。しかしペトロは何度もこのことを語ったのです。ペトロはいろんな失敗をしていますが、今回はイエス様と一緒にいたことを否定し、イエス様のことを知らないと言ったのです。イエス様に対する重大な裏切り行為です。けれどもこのように、後悔し激しく泣かざるを得ないようなことをしてしまった時、罪と弱さを暴露してしまった時にさえ、イエス様は赦してくださったのです。このご愛がこの後のペトロを支えたのではないでしょうか。「わたしは神の子、救い主、人の生と死と裁きを任された者。あなたは今からそれを見る」とおっしゃったそのお方が、ペトロがだらしなかろうがみじめであろうが、彼を愛し支えてくださったのです。三度も否認したペトロ、それでもこの裏切り者のペトロは支えられて、やがて殉教に至るまで弟子として忠実に生きることができたのです。神の大きな愛を見ることができます。

わたしたちが救われたのは、自分の確かな信仰のゆえにではありません。神の助けがあったからです。神の助けは必要不可欠なものです。神の助けなんて、ナンセンスで必要ないという人でも、医学の助けが必要だと思う人はいっぱいおられます。先日、自分の子供がインシュリンの出ない病気、Ⅰ型糖尿病である哲学の先生とお話をしました。ずいぶん辛らつに厳しく学問を語る、やや皮肉っぽい先生ですが、そして聖書を学問的に読んではいても信仰に至らない方ですが、子供の話になると優しい父親の顔になります。助かる可能性はあるかと真剣にわたしにお尋ねになりました。近代医学は百年程の歴史しかありません。十九世紀までは、抗生物質もありませんでしたし、感染症のメカニズムも分かりませんでした。精神の病、遺伝的な病についても何もわかりませんでした。麻酔が効かなくて、手術は出来ませんでした。効果が期待できる薬もほとんどなかったのです。多くの人は神の助けを求めました。ところがこの百年ほどの間に、医学は飛躍的に発展しました。医学的手当てでかなりの症状が治るようになり、もう神に頼る必要がなくなったと勘違いされるまでになりました。それでも、現代医学のなしえる限界を超えて現状を変えたい人には、医学だけではなく、神の助けが必要です。他人を愛する力を得たい人、ねじれてしまった自分の性格を直したい人にも、神の助けが要ります。いえ、神の助けがいらない人などいません。すべての人にとって神の助けは必要です。そしてそれは得られるのです。ペトロの出来事はわたしたちに希望を与えてくれます。神の助けがあると信じるところから、新しい生き方が生じます。


祈ります

父なる神、弟子たちのリーダーとして用いられたペトロが、イエス様と一緒にいたことを否定し、そんな人は知らないと言い切った出来事を知るとき、人の信仰の小ささ罪深さと、神の恵みの大きさ力強さを感じます。それと同時に、いつも共にいて支えてくださることを信じ、この奇跡に感謝します。どうかこれからもいつも共にいて守り導いてください。そして小さな信仰のわたしたちをも十分に用いてください。

主の御名によって祈ります。アーメン

 

7月28日の音声

 
 
2019年7月21日 聖霊降臨節第7主日
「侮辱され、裁判を受ける」
マタイによる福音書26章57~68節

最後の晩餐から始まったイエス様のご生涯最後の夜の出来事を継続して学んでおります。ユダの裏切りにより、ついにイエス様は逮捕されました。除酵祭の木曜日、真夜中の出来事が続きます。

「人々はイエスを捕らえると、大祭司カイアファのところへ連れて行った。そこには、律法学者たちや長老たちが集まっていた。ペトロは遠く離れてイエスに従い、大祭司の屋敷の中庭まで行き、事の成り行きを見ようと、中に入って、下役たちと一緒に座っていた」(五十七、五十八節)。逮捕されたイエス様はすぐに大祭司カイアファのところに連れて行かれます。そこはカイアファの屋敷で、公的な場所ではありませんが、既に律法学者や長老たちが集まっていました。この時、逃げたはずのペトロが入れないはずのこの大祭司の自宅の庭にまで入って来ています。ペトロは逃げたままではなく、遠く離れてではあってもイエス様に従っていたのです。

「さて、祭司長たちと最高法院の全員は、死刑にしようとしてイエスにとって不利な偽証を求めた。偽証人は何人も現れたが、証拠は得られなかった」(五十九~六十a節)。最高法院の全員が揃っています。彼らの目的は、以前にも「計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した」(四節)とありましたように、イエス様を死刑にすることです。属州ユダヤの支配者は、治安維持についてある程度の統治権を任されていましたので、神殿における商人や両替人との出来事があって以来、イエス様は治安を脅かす危険人物として目をつけていたのです。もし民衆がメシアだと思い込んで反ローマで立ち上がりでもしたら大ごとになります。裁判が開かれておりますが、形式的手続きをしておこうというだけのもので、もちろん公正な審理ではありません。普通に審理したのでは有罪にできそうもないと思ったのでしょう、裁く側が始めから偽証人を求めています。偽証人は何人も現れますが、目的を達することができません。

「最後に二人の者が来て、『この男は、「神の神殿を打ち倒し、三日あれば建てることができる」と言いました』と告げた。そこで、大祭司は立ち上がり、イエスに言った。『何も答えないのか、この者たちがお前に不利な証言をしているが、どうなのか。』イエスは黙り続けておられた。」(六十b~六十三a節)。最後の二人の証人の言葉は、完全に偽証かどうかわかりません。イエス様は律法に忠実な方ですから、神殿には反対はされていませんが、エルサレムに対し「お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる」(二十三章三十八節)とおっしゃったことも、神殿の建物を指さし「一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない」(二十四章二節)とおっしゃったこともあります。また十二軍団以上の天使を天の父に要請できる方です。神への従順からそのようなことはなさいませんでしたが、神殿を壊し、建て直すことはすぐおできになるはずです。最後の二人の発言は、当人たちは偽証をしたつもりでも、内容は本当のことを言っていたのです。ここまで、いくつもの偽証、嘘が並べ立てられますが、イエス様は反論なさいませんでした。何もおっしゃらないイエス様に、大祭司は「何も答えないのか」「どうなのか」と答えを求めます。イエス様は黙り続けておられました。黙っていると不利になりますが、それでも何もお答えにならなかったのです。イザヤ書にある有名な言葉「苦役を課せられて、かがみ込み 彼は口を開かなかった。屠り場に引かれる小羊のように、毛を切る者の前に物を言わない羊のように、彼は口を開かなかった」(イザヤ書五十三章七節)を思い起こします。またイエス様ご自身がイザヤ書を引用して「彼は争わず、叫ばず」(十二章十九節)とおっしゃっていたことを思い出します。

「大祭司は言った。『生ける神に誓って我々に答えよ。お前は神の子、メシアなのか。』イエスは言われた。『それは、あなたが言ったことです。しかし、わたしは言っておく。あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る』」(六十三b~六十四節)。イエス様が黙っておられるので前に進めません。イエス様に宣誓させた上で、神の子、メシア、ギリシア語ではキリスト、だとはっきり言うよう迫ります。生ける神に誓ってというのは大祭司の強い命令です。必ず答えなさいということです。もちろんこの問いは、一種の罠です。「そうだ」と答えれば、自分を神の子だと主張した、おれは神だと言ったのと同じで、これは冒瀆罪で死刑になってもおかしくありません。違うと答えれば、これまでの働き、癒し、奇跡、宮清め、あれはいったい何だったのかということになります。ここで始めてイエス様が言葉を発せられます。誓いは神の意思に反しますから、イエス様は誓われるのではなく、あいまいにお答えになりました。「あなたのいうとおりだ」と訳しますと明らかな肯定ですが、「それはあなたが言ったことです」と訳されています。その後にご自身の言葉を続けられます、「あなたたちはやがて、人の子が全能の神の右に座り、天の雲に乗って来るのを見る」と。神の右の座とは、神の右に座っている主、王であり支配者です。詩編百十篇に「わが主に賜った主の御言葉。「わたしの右の座に就くがよい。わたしはあなたの敵をあなたの足台としよう」とあります。イエス様は、大祭司に問われたことを大きく越え、ご自分が神の右の座に座られる方であること、やがて天の雲に乗って来られると告げられたのです。神の子メシアであるばかりでなく、裁き主として来るとおっしゃったのです。今まで弟子たち以外には語られなかったこのことを、裁判人に向かって公にはっきりとおっしゃいました。

「そこで、大祭司は服を引き裂きながら言った。『神を冒瀆した。これでもまだ証人が必要だろうか。諸君は今、冒瀆の言葉を聞いた。どう思うか』」(六十五~六十六a節)。イエス様の返事に、大祭司は、神の右の座に座り、世界を裁くなどと言うことが許されるはずがないと感じたのです。唯一の神に対する反逆だと思いました。そこで「神を冒瀆した」と言い切り、神への冒瀆を聞いた証人として服を引き裂きます。神冒瀆を最初に聞いた者は、自分の着物を引き裂いて強い遺憾の意を表すのが当時の習慣です。そして、その一言で十分であるとして、議長権限で議員たちに結論を求めました。皆にどう思うかと尋ねたのです。

「人々は、『死刑にすべきだ』と答えた。そして、イエスの顔に唾を吐きかけ、こぶしで殴り、ある者は平手で打ちながら、『メシア、お前を殴ったのはだれか。言い当ててみろ』と言った」(六十六b~六十八節)のです。人々が死刑にしろと言います。最高法院全員が証人です。もうこれ以上証人はいりません。顔に唾を吐くことは最も深い軽蔑の表現です。ここもメシアと訳されていますが、ギリシア語で「キリストよ」と先ほどの大祭司の言葉に呼応して呼びかけ、メシアならだれが殴ったかわかるはずだろうとからかっています。救い主が、わたしたちと同じ人として、バカにされ苦しまれました。そのお姿をここに見るわたしたちは、沈黙せざるを得ません。

ここで聖書を読むときしばしば出てくる最高法院について少し触れておきます。サンヘドリンと呼ばれますが、祭司長二十四人、民の長老二十四人、律法学者二十二人で、計七十人、それに議長を務める大祭司を加えて七十一人から構成されています。宗教上の問題を主として扱うのですが、宗教が生活と一体化しておりますから民事、刑事、納税などに関しても議論されます。ユダヤの権威ある規則集ミシュナーによりますと、議員七十人中二十三名が集まれば会議が成立したそうです。古代にしてはよく整った制度で、まず赦されるべき証拠が論じられ、続いて罪に定めるべきだという証拠が論じられ、被告の立場は尊重されていて、弁護人が被告を擁護する時間が十分取られていたのです。ひょっとすると江戸時代の奉行所の裁定よりも制度的にはしっかりしていたかもしれません。判決は議員が起立して賛成反対を表明しますが、過半数で無罪、有罪とするには三分の二の同意が要ります。ですからある場合は有罪にはならないが無罪でもない、灰色になります。無罪の場合はすぐ放免されますが、有罪の場合は翌日宣告されます。これが一般的な裁判のやり方です。近代の人権に配慮したやり方を思わせますね。

ところがイエス様の場合は、この普通のやり方と違って、いくつも妙なことがあります。まず夜開かれているということ。祭りの前日、当日という普通は開かれない時に開かれていること。大祭司の私邸、自宅で開いていること。弁護人がいないこと。有罪とする決定的な証拠がないこと。さらに、判決後すぐに死刑になっていることなどです。もちろん今わかっている最高法院のやり方が書かれたミシュナー法は、二世紀のラビたちがまとめた規則ですから、神殿が崩壊した後のローマによる支配下で、実際上は守るのが不可能な時代に理想的な法として確定されているものです。イエス様の時代とは違うのかもしれません。状況や政治的必要に応じて変えていたのでしょうが、それにしてもずいぶん無理な裁判を強行したように見えます。

この後二十七章に入ると分かりますが夜明けとともに、彼らはイエス様を総督ピラトに、ユダヤの王と名乗ってローマ皇帝に反逆を企てた人物として引き渡します。反ローマの危険人物、民族主義に凝り固まったガリラヤの狂信者、国を解放しようとするメシアに仕立て上げて、ローマの手によって処刑させようと最高法院は動きました。裁かれているのはイエス様ですが、本当に裁かれているのはサンヘドリンの方です。やがて終末の日に裁きを受けるべき人たちが、その裁きをなさるイエス様を裁こうとしているのです。

自らを神の子、救い主と言った。この男は正気ではない。この男は自分を神だと言った、神に等しいものだと言った。神への冒瀆だ、死刑にしろと裁判は進みました。この裁判はマルコ、ルカ、ヨハネ、すべての福音書が伝えております。とても有名なシーンです。絵画では大祭司は悪い顔に描かれております。何年か前、パッションという映画が大変話題になりました。ご覧になった方も多いでしょう。あまりにも生々しく血なまぐさいと女性には不人気でしたが、「ユダヤ人の大祭司やその仲間の祭司長たちが、悪く描かれすぎている。いかにも悪い奴という描き方はユダヤ人への偏見である」という抗議の声も多く上がりました。わたしも同感です。わたしは、この時の大祭司が、冷静で穏やかな顔の中に、イエス様への憎しみを押し込めていたのではないかと思っております。むしろその冷静さに人間の愚かさ、神への鈍感さ、一種の怖さを見る気がします。大祭司が見るからに悪そうな顔では、文字の読めない中世の農民向け教育絵画なら仕方がありませんが、少し滑稽です。また、六十九節以下にペトロの話がこの話と連続したひとつの物語として出てきますが、大祭司は悪い奴、ペトロは気の毒な弱気な弟子、という典型的な理解は間違いです。マタイは問うのです。ペトロと大祭司は何が違うのか、また、あなたはこの大祭司と何が違うのかと。皆さん、いかがでしょう。ご自分の顔と全く違う顔、悪そうな顔がカイアファだと思われますか。それともあまり違わないでしょうか。

イエス様のご受難が、人類の歴史上特別な意味を持つのは、人間の愚かさと弱さが露呈しているからではなく、神のご意思が最もはっきりしているからです。悪魔は強いけれども、神はもっと強いのです。イエス様の十字架は愚かな悪意に満ちた人間の引き起こしたことではありますが、それを超える神の勝利について語られています。

イエス様は、大祭司の問いかけにお答えにはなりませんでしたが、お前はキリストなのか、という問いにはお答えになりました。イエス様は、ご自分が神の子救い主、ユダヤ人の王、主であることを明言し、聞かれた以上のこと、やがて「人の子」としてやって来られることを明白にされました。わたしたちは、そのイエス様と共に生きております。わたしたちの信仰は、難しい教義でも神学でもなく、イエス様が共にいてくださることを喜び、目を覚まして祈っていることです。それ以外にはないと言っても言い過ぎではありません。イエス様が共におられることを、主の平和といいます。「主の平和があなたと共に」というのが、わたしたちの最も基本となる挨拶です。ずっとなされてきました。昔は教会の言葉はラテン語ですから、パックス・ドミニ・テクムと言いました。Peace of the Lord be with you です。マラナ・タ教会ももう長年この挨拶を礼拝でしております。

神がわたしと共におられる、わたしには恐れがないという聖書の言葉を、本当にそうだ、アーメンと心に沁み込むように教えてくれたのは、若い時の友人でした。彼女はメトロポリタン・オペラハウスの歌手でした。つまり世界でもトップクラスの歌手です。家が近くで同じ教会の教会員で聖歌隊でも一緒に歌っていました。四十二歳の時にがんが見つかって四十三歳で召されました。一九九六年に読売交響楽団の招きで来日した時、既にがんと闘っていましたが、教会で話してくれたことが忘れられません。その時の証をわたしが通訳して皆さんにお配りしたので記録が残っております。こう言いました。

「この世界における神のご計画の中で、わたしたちの人生がどのような位置を占めるのかという全体像を見ることはできません。ですから大切なことはいつでも神様が用いやすい状態に自分を置くことではないでしょうか。たとえわたしが百歳まで生きるようにとお考えにならなかったとしても、明日召されるにしても、神様が味方であることに変わりはないのです。神様はいつもわたしの傍におられ、わたしを助けてくださいます」。

こう話して彼女は、讃美歌五〇九を歌いました。光の子として歩きたい。わたしがマラナ・タに来てごく初期に皆さんにご紹介した讃美歌です。大祭司のように、人間の言葉はしばしば人を傷つけますが、その力は大きくありません。たとえ人間の言葉に傷ついてもイエス様の沈黙が、わたしたちを救って下さいます。新しい命をくださいます。最後は勝利するのです。


祈りましょう。

 父なる神、わたしたちを救うあなたのご計画を成就させるため、イエス様が裁きの座についてくださったことを感謝します。裁判の中でイエス様はご自分が救い主であり、やがて裁き主としてやってくると明白におっしゃいました。この世でのすべての出来事、病と健康、成功と失敗、成果と無駄な骨折り、わたしたちの人生の決算をするため来られる裁き主が、いつもわたしたちと共にいてくださるイエス様だというのはなんという励ましでしょう。主よ、あなたが共にいてくださることを心から感謝致します。

主の御名によって祈ります。アーメン。

 

7月21日の音声

 

 

 

2019年7月14日 聖霊降臨節第6主日
「裏切られ逮捕される」
マタイによる福音書26章47~56節

 

「ユダはすぐイエスに近寄り、『先生、こんばんわ』と言って接吻した」(四十九節)。身内といってもよい十二人しかいなかった内弟子のひとりであるイスカリオテのユダが、イエス様に接吻して挨拶をしました。当時の習慣でしょう、ごく日常的なことのように見えます。でもこれは忘れられない裏切りの決定的な場面です。イエス様を捕らえようとしている人々に向かって、この人がイエスだという合図にほかなりませんでした。神の御子、救い主が十字架にかけて殺されるきっかけとなる挨拶です。この時ユダはどういう気持ちだったのでしょう。何もかもご存じだったはずのイエス様は、なぜ平然としてユダの挨拶をお受けになったのでしょう。いろいろ気になります。

今朝はまず、「こんばんは」と訳されているユダの挨拶の言葉に注目したいと思います。この元の言葉は、χαῖρεカイレで、これは「χαίρωカイロー、喜ぶ」の二人称単数命令形です。挨拶の言葉としてよく用います。「ご機嫌いかがですか」「おはよう」「ただいま帰りました」などと訳されます。ご存知のように、使徒パウロは獄中からフィリピの信徒たちにあてた手紙で、何度も「喜びなさい」と言っていますが、それが同じχαίρωカイローの二人称ここは複数形の命令形χαίρετεカイレテです。あなた方は喜びなさいです。「喜ぶ」がもともとの意味なのです。

ユダはイエス様に「先生、喜んでください」と言ったと取れないこともありません。ずいぶん深い意味がありそうにも思えます。先生、やっとあなたが望んでおられた十字架の死が実現しますよと言ったのでしょうか。わたしがこの挨拶に強く引っ掛かりを感じますのは、次の二十七章でイエス様が死刑の判決を受け、ローマの兵士から死刑囚として侮辱されたときの言葉、「ユダヤ人の王、万歳」(二十九節)の万歳も同じχαῖρεカイレだからです。イエス様に赤い外套を着せ、右手に葦の棒を持たせ、頭には茨の冠を載せ、ふざけて王にするようにイエス様の前にひざまずいて言ったのです。「ユダヤ人の王様、喜びなさい」と。お前は今やユダの王になったのだ、喜べと。

けれどもやはり、わたしはイエス様をバカにしたローマ兵も、ユダも、「こんばんは」とか、「ごきげんよう」という軽い意味で言ったのだと思います。ユダの言葉は「こんばんは」と、ローマ兵のそれは「万歳」と訳してありますが、聞いた人は特別な意味のない挨拶言葉だと思ったのではないでしょうか。しかし、彼らは意図しないまま、「喜びなさい」と本質を突く言い方をしていたのです。そうマタイは伝えています。神のご意思が成就する十字架の死と、神の国の王となること、それが誰の目にも明らかになるのです。つまりローマ兵もユダも「喜びなさい」という素敵な言葉を、暗い、人を殺す前触れとなる言葉に変えてしまっていますが、彼らの悪意を完全に超えて、本来の言葉の響きがしております。なんとも皮肉なことです。

ところでイースターの説教を思い出していただきたいのですが、この福音書では、この「χαίρετεカイレテ」という言葉を、お甦りのイエス様がマリアたちにそれこそ喜びを持っておっしゃったのです。ご復活の朝、イエス様が墓にやってきた二人のマリアに向かって最初に話しかけられた言葉が「カイレテ」です。これは先程挙げましたパウロの「喜びなさい」という言葉です。口語訳では「平安あれ」と訳されていましたが、わたしたちの聖書では、「おはよう」と訳されています。宗教的な言葉としてではなく、ごく普通の明るい挨拶の言葉として使われています。朝ですから「おはよう」です。「やぁ、おはよう」とおっしゃったのです。イエス様のこの言葉があったので、パウロは、この言葉を本来の意味で使えるようになったのです。わたしたちマラナ・タ教会は、同じあいさつの言葉でもユダの言葉ではなく、「喜んでください」と本来の意味であいさつできるようになりたいものですね。皆さん、喜びなさい、カイレテと。

ユダの裏切りの挨拶に対してイエス様はお答えになります。「友よ、しようとしていることをするがよい」(五十節)。先日も申し上げましたが、ユダはイエス様に対して、「キュリエ」「主よ」ではなく、「ラビ」「先生」と呼びかけています。そのユダに対しイエス様は「友よ」と返しておられます。この「友」は、新約聖書の中ではマタイにのみ三回出てくる言葉で、他の二か所も、いぶかしみの思いを含んで使われています。ヨハネ福音書に出てくるあなたがたを友と呼ぶの「親愛の情を持っている友」ではありません。それに続けて短い文が続きます。元のギリシア語は省略されていて不完全です。「君、そのためにここに来た・・・」あるいは「来たことが・・・」だけです。いろんな意味に解釈が可能です。訳しにくいところです。「友よ、なんのためにきたのか」。こういう訳もあります。「お前はこのことをするために来たのか」「このことをするためにくちづけをしたのか」等々。今の新共同訳「友よ、しようとしていることをするがよい」は厳しい訳し方です。「あなたはこのことをしに来たのか、それなら、今ここでするがよい」という意味でしょう。ユダがしようとしていることをイエス様はよくご存知でした。それを受け入れられたのです。包み込んでしまわれた。ユダよ、お前はすべきことをしなさい。わたしはそれを受け入れようとおっしゃったのです。ユダの行いはユダ一人のものではなく、イエス様が引き込んでしまわれ、神の行為に変えてしまわれました。ユダの裏切りというひどい行為が、イエス様によって神のご愛を表すものとなっています。

ユダの合図で、イエス様を知ったものどもが進みより、手をかけて捕らえました。「そのとき、イエス様と一緒にいた者の一人が、手を伸ばして剣を抜き、大祭司の手下に打ちかかって、片方の耳を切り落とした」(五十一節)とあります。ヨハネ福音書はこの男がペトロであったと書いていますが、マタイははっきりとは書いておりません。もしペトロだとしますと、納得できる気がします。「たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません」(三十五節)と言っていたからです。決死の覚悟だったのでしょう。それにしても、イエス様の弟子たちは武装していたのでしょうか。ペトロたちは元漁師ですし、以前イエス様は、弟子たちを派遣するにあたり、「旅には履物も杖も持って行ってはならない」(十章十節)とおっしゃっていました。杖さえ持っていないのだから刀など持っていなかったのではないかと思いますが、なぜ持っていたのでしょうか。過越しの小羊をほふるために短刀を持っていたのだろうという学者もいます。イエス様は有無を言わせず、剣をさやに収めるようおっしゃいました。「剣を取るものは皆、剣で滅びる」と。創世記に「人の血を流すものは、人によって自分の血を流される」(創世記九章九節)とありますが、イエス様ご自身、山上の説教でも「あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」(七章二節)とおっしゃっていますし、また「悪人に手向かってはならない。だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(五章三十九節)ともおっしゃっています。それは単なる非暴力、無抵抗の教えではありません。もっと力強いものを感じます。

加えて次のようにもおっしゃったことからわかります。「お願いすれば、父は十二軍団以上の天使をいますぐ送ってくださるだろう。しかしそれでは、必ずこうなると書かれている聖書の言葉がどうして実現されよう」(五十三、五十四節)。一軍団は当時五千六百人ですから、すぐに七万近くの天使が応援に駆け付けるとおっしゃいました。もしその気になれば難なく逃げられます。父なる神は圧倒的な力をもっておられるのです。しかし、イエス様は神の力を振り回すことはなさいませんでした。そんなことをすれば、聖書を通して預言されている神の救いが実現しないではないかとおっしゃっています。聖書に約束されている神の御計画が成就する、これが最も大切なことです。まさに悪魔がイエス様を神殿の屋根の端に立たせて「神の子なら、飛び降りたらどうだ」と誘惑した最初の出来事を思い出させます。このときもイエス様は、力を行使されませんでした。ご自分が逮捕されるこのときにも何の抵抗もされなかったのです。

非暴力も謙遜も力がないとできません。非力では非暴力でおられません。本当の強さ、力は神から来ます。わたしの友人で、発生生物学の優れた学者がおりました。彼は空手を懸命に練習しておりまして、有名な道場の高段者でした。小柄ですが普通の人にはまず負けません。外国で開催された学会に出かけると、夜町に出るときは、こういう友達が一緒にいると心強いものです。何十年も前のことですが、ロンドンの下町で実際にごろつきに絡まれそうになったことがあります。わたしは漫画のように彼がみんななぎ倒してくれると思ったのですが、何もしないのです。これではやばいなと思っていると、そのごろつきの一人が、偶然にも昼間、学会の合間に道場で汗を流してしていた彼をみかけていて、この日本人たちはまずい、逃げろと言ったのです。彼の黒帯姿を見ていたのです。殴り合いになったら必ず負けると。ああ、やはり本当に強いのはいいなと思いました。後日談があって、あの時どうして何もしなかったのか、間違いなく勝てただろうに、と尋ねましたところ、空手をしていると相手も空手ができるのではないかと思ってしまう。相手が自分より強いか弱いかは見ただけではわからないからだと言いました。イエス様の非暴力とは全く違っていましたが、悪に力で手向かってはなりませんね。神に頼らねばならないのです。

聖書に戻ります。イエス様は向きを変えて、剣や棒で武装して捕えにきた群衆に語られます。「またそのとき、群衆に言われた。『まるで強盗にでも向かうように、剣や棒を持って捕らえに来たのか。わたしは毎日、神殿の境内に座って教えていたのに、あなたたちはわたしを捕らえなかった』」(五十五節)。毎日神殿で座って教えていたのだから、いつでも簡単に平穏に会うことができた、捕らえることもできたではないかとおっしゃいました。そして「このすべてのことが起こったのは、預言者たちの書いたことが実現するためである」(五十六節a)と続けられたのです。特定の個所を指しておられません。イエス様の物語は始めから終わりまですべて、聖書の成就なのです。時が来たのです。

更に、「このとき、弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(五十六節)と締めくくられております。数時間前、ゲツセマネに行く途中で、弟子たちにゼカリヤの預言を引用して「わたしは羊飼いを打つ。すると羊の群れは散ってしまう」とおっしゃったことを思い出します。そのとき決してそんなことはありませんと否定した弟子たちは皆、イエス様を置き去りにして逃げました。すべての弟子が逃げ出したのです。

マタイによる福音書を読み始めたのが二〇一七年の一月一日でしたから、もう二年半になります。説教をするのに考えに考えて苦しんできたので、いろんなことを発見しました。今回もまたひとつ発見しました。それは、わたしが今キリスト者として生きていられるのは、ただイエス様のご愛によるのだということです。弟子たちは皆、最後までイエス様に従って行くつもりでした。ペトロは、たとえ他の者が裏切っても、自分だけは裏切りませんと断言しました。その自信があったのです。でも、実際にイエス様が捕らえられる出来事に直面すると、ペトロも他の者も皆イエス様を見捨てて逃げてしまいました。かろうじてペトロだけが裁判の行われる大祭司の家までついていくのですが、そこで弟子だと見破られそうになって、そんな男は知らないと三度も大声で言ってしまいます。

わたしは自分が五十年にわたり忠実なキリスト者、弟子だったという思いがあり、それに値する信仰が自分の中にはあるのかなと思っていました。口に出しては言いませんけれども、ペトロと同じように逃げない自信がありました。でも、それは根拠のない自信だとわかったのです。イエス様はペトロたちを、いざとなったら逃げてしまう弱い人間だと初めから分かっておられました。分かっていながら、それでも弟子として選ばれたのです。そして同じように弱い人間であるわたしたちをも弟子として選び、愛し導いてくださっているのだと気付いたのです。イエス様が一方的にわたしたちを選んでくださり、愛して導いてくださった、だからわたしたちは弟子としてやって来られたのです。そんな頼りのないわたしたちをイエス様は弟子として見守ってくださっている、そのことがわかった時、かろうじて弟子となれたかなと感じました。

星野富弘さんという方がこういう話をしています。若くて元気だったころ、希望に溢れてこの道を自転車で走っていた。でもそのころは、道ばたにこんなにきれいな花が咲いているということに全く気づかなかった。自分の夢や希望で心が一杯で、その他のことは目に入らなかった。でも首の骨を折って車いすでとことこゆっくり道を歩くようになって初めて、こんなにきれいな花が咲いていることに気がついたと。夢があり希望があるということは素晴らしいことです。自信に満ちて人生を生きることは喜ばしいことです。わたしもそういう人生を生きたいとずっと思っていました。でも大切な夢や希望が消えてしまうこともありえます。思いがけないことで自分のプライドが失われる、自由が失われる、業績が消えていく、家族を失う、そんなつらい経験をすることもあります。もう絶望かなと思うときもあるでしょう。でもそんなときに初めて気がつくことがあります。見えてくるものがあるのです。道ばたにひっそりと可憐な花が咲いているのです。車いすで進むのは時間がかかりますが、押してくれる人がいるので結構遠くまで行けます。そしてわたしを愛してくれる人がいるということを発見します。わたしたちの世界には、共にいる神、イエス様がいてくださるのです。忘れてはならないことです。

祈りましょう。

父なる神、わたしは決してあなたを見捨てませんと言ったその舌の根も乾かないうちに、弟子たちは皆逃げてしまいました。なんという情けないことでしょうか。しかし、自分も同じであることに気づきました。自分の決心や努力ではなく、あなたのご愛がわたしたちの信仰を成り立たせてくださっていることを感謝します。イエス様がわたしたちと共にいてくださる、この恵みに感謝して生きる者としてください。

主の御名によって祈ります。アーメン。

 

7月14日の音声

 
2019年7月7日 聖霊降臨節第5主日
「ゲツセマネで祈る」
マタイによる福音書26章36~46節

 

イエス様のご生涯最後の夜の出来事を続けて学んでおります。最後の晩餐の後、イエス様と弟子たちとはオリーブ山に祈りに出かけられました。ここは名前の通り、オリーブがたくさん生えていて、その実を収穫できる山ですが、山の斜面にオリーブオイルを搾る大きな石臼があったと言われます。油をシュマネと言いますが、ガトは絞った油を入れる大きな酒樽のような樽で、ガト・シュマネで油を搾る作業場を指したようです。ゲツセマネと聞きますとキリスト者の間ではイエス様の祈りの場所として固有名詞のように響きますが、もとは普通名詞だったと思われます。ヨハネはキドロンの谷の向う側の果樹園のある所(ヨハネ十八章一節)と言っております。ヘブライ語の油臼、あるいは油絞りという言葉がギリシア語に音訳されて、ゲトシュマニという名前になり、わたしたちがよく知る名前になりました。今では世界中で知られた名前です。

ここでイエス様は忘れられない印象的なことをなさいました。このように書かれています。「それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、『わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい』と言われた。ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。そして、彼らに言われた。『わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。』少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。『父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに』」(三十六~三十九節)。他の弟子たちにはここに座っているようにと言われ、ペトロとゼベダイの子たち二人、ヤコブとヨハネだけを伴って行かれたと聞きますと、同じペトロとヤコブ、ヨハネだけを伴って高い山に登られた、山上の変容の場面を思い出します(十七章)。その時と同じように三人はイエス様の様子を最も身近なところで見るために招かれています。ここでは彼らは、イエス様が悲しみ苦しみ始められ、人間的な悲しみにあるのを体験します。目的地に近づいたとき、イエス様は三人にも、ここにいてわたしと共に目を覚ましているようにとおっしゃいました。単に目を覚ましているというだけではもちろんありません。神に目を向け一緒に祈ってほしい、ご自分の悲しみ、苦悩を共有してほしいと思われていたのです。そしてその後、一人で祈るため更に少し先まで行かれ、うつ伏せになって祈られました。うつ伏せになるのはアブラハムが神と語るとき、とった姿勢です(創世記十七章)。そして、できることならと言って、この杯をわたしから過ぎ去らせてくださいと祈られました。以前ゼベダイの息子たちにご自分の死を、自分が飲まなくてはならない杯と語られたように(二十章二十二節)、杯は十字架につけられて殺されることを指しています。イエス様はかねてから、エルサレムに行ってそこで殺されるとはっきり預言なさっていました。そしてそれを止めようとした弟子たちをきつく叱られたのですが、そのご自分も、殺される時が近づいた今、死ぬばかりに苦しい、「父よ、できることならこの杯をわたしから過ぎ去らせてください」と祈られたのです。なぜここでこのような祈りをされるのか、潔く神の定めに従って、十字架に向かうのではなく、「できることならそうならないように」と父なる神に祈られるのでしょうか。不思議に思えます。分かるのはこれが敬虔な祈りであることです。ヒゼキヤが死の病にかかったときもひたむきな祈りによって、神は十五年寿命を延ばして都を救われたことがありましたが(列王記下二十章)、神は確定的な運命を決められる方ではなく、決定を変えられることもある御方です。イエス様の悲しみは、今や救いを失おうとしているユダヤ人のための悲しみではなかったのでしょうか。まさに身代わりとなられたことが分かります。イエス様はもし御心ならばこの杯をと祈られました。イエス様の意思ではなく神の意志が成るように祈られたのです。

そしてこう続きます。「それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い」(四十、四十一節)。三人が眠っているのをご覧になったイエス様は、ほんの少し前に一緒に死ぬ覚悟だと堂々と言っていたからでしょうか、ペトロを咎められていますが、「あなた方は」と複数形になっていて三人に向かっておっしゃっています。彼らはイエス様が目を覚ましていなさいとおっしゃったほんの一時さえも、目を覚ましていられなかったのです。イエス様は再び「目を覚まして祈っていなさい」と命令されました。ペトロたちはもちろん目を覚ましてイエス様と一緒に祈ろうという思いはあったでしょう。でも意思があっても、それを貫徹できないのです。心は燃えても、肉体は弱いのです。目を覚まして祈ることは、キリスト教徒であるわたしたちにとって最も大切なことです。誘惑に陥らぬようにするためです。誘惑に陥らないようにと言われるということは、誘惑に陥り易いからです。日々祈る主の祈りにも、「わたしたちを試みに合わせず、悪より救い出してください」とあります。試みと訳されているのが誘惑です。

「更に、二度目に向こうへ行って祈られた。『父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように』」(四十二節)。イエス様はまたもや離れて行って祈られました。今回は、もう杯が過ぎ去っていくことはないことを受け入れ、ただ神の御心が成ることのみを願っておられます。ここでも主の祈りとしてイエス様が教えてくださった通り、あなたの御心が行われますようにと祈っておられます。「わたしが望む通りではなく、あなたが望まれる通りに」と。

そして「再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。そこで、彼らを離れ、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈られた」(四十三、四十四節)。再び戻ってこられたときも、またも彼らは眠っていました。今度は何も言わずにそのまま彼らを離れ、三度目も同じ言葉で祈られたと書かれています。祈りが継続されます。イエス様の祈りは、敬虔で、服従と信頼の意思に満ちたものでした。神がずっと支えておられたのです。わたしたちもいつでも、苦難の時においても、共にいてくださる神に祈ることができます。自分の願いを宣べ、神の御意思に聞き従うことができるのです。わたしたちはいつも「誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい」という言葉を聞いています。

人が試みに陥るということはどういうことでしょう。それはわたしたちが神を認め、神の御言葉を礼拝でも生活でも聞いていながら、それにもかかわらず神よりも賢明になろうとすることです。神が支えてくださることを感謝するよりも、自ら支えとなろうとすることです。もっと言えば、神がお語りになっていることに従おうとするよりも、自分の考えを神の御名を用いて語るということです。恣意的な御言葉の運用です。このように誤って神の御名を用いたり、神の意図以外のことをしようとしたりすると、いかに信仰告白に堅く立っていても、神の御名を口にしても、結局神に逆らい、御声には従わないことになります。これが誘惑に陥る、試みに負けるということです。

わたしたちは目を覚ましていなくてはなりません。終末についての教えでも、目を覚ましていなさいと教えられました。二十四章に「だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである」(二十四章四十二節)とあり、二十五章の花婿を待つ十人のおとめのたとえ話にも「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」(二十五章十三節)とありました。目を覚ましているということは、特別なことではなく、毎日を忠実に生きること、主の言葉が与えられるのを静かに待つことです。目を覚ましているとは、信仰に生きると言ってもいいのです。

ここでよくよく注意したいのですが、誘惑に陥るのは、どうでもいいと思っている時ではありません。真面目に考えている時や、良い事をしようとする時にしばしば起こるのです。古代のイスラエルの民はエジプトを脱出して荒れ野を彷徨った時、自分たちの考えに従って神の像を作りました。それを拝むことによって、より敬虔な民となり、神の栄光をより一層現わせると思ったからです。一見良いことをしているようでいて、不従順です。なぜこういう誘惑に陥るのか、それは「目を覚まして祈っていない」からです。祈るということは、自分で作り出せない助けを求めて神に呼びかけることです。叫ぶと言ってもいいのです。この目を覚ましていることと祈りの欠ける時に人は必ず試みに陥り、神に不従順となります。わたしたちはどうでしょうか。

この聖書の「目を覚まして祈っていなさい」という御言葉を読むとき、どうしてもわたしたちはどうなのか、その過去、現在、未来を考えねばなりません。よく知っていることですが、過去、日本基督教団は、神の言葉に聞き従うよりも、国家に協力し、第二次世界大戦の消極的参加者となってしまいました。神に感謝するよりも天皇に感謝してしまったのです。神の言葉への信頼を見失い、神に感謝することが減り、聖書が語るように生活することを止めて、教会員ですらアジア各国への侵略に加担し、刀をぶら下げて軍艦に乗り、あるいは戦闘機を操ったのです。戦勝を祈りました。戦争に対し「違う、止めよう」と積極的に発言した人はいませんでした。これは過去のことですが、それでは現在はどうでしょうか。わたしは十年以上毎年五月に行われる教区総会に出席しておりますが、そこではいかに神に聞き従い礼拝をすべきか、いかに賛美を献げるかについて、話し合いも分かち合いも行われたことがありません。最も大切なこと、神の言葉に聞き従うということについては、まともな議論さえなされておりません。神ではなく人間中心の思想に毒され、「神から離れてしまった人間の罪」意識が希薄です。人間の中に何か良きものがある、努力すれば何とかなると信じている牧師、キリスト者のなんと多いことでしょうか。

教会同士の伝道協力や信仰告白を一致して唱えること、聖餐を祝うことなどは、それぞれの考えが違うので、議論し出すと収拾がつかなくなる。多数派が少数派を否定し排除することにもなりかねない。一人も排除することがあってはならないからということで全く議論しません。従って、こういった最も大切なこと、礼拝や聖餐に関しては何でもありの状態を招いております。それぞれの教会、牧師が全く恣意的な解釈を行って何をしても戒規にかけられることはなくなりました。未受洗者陪餐について、教団が北村牧師を資格停止にした、この重要な問題に関しても、おかわいそう、差別はいけない、なぜこの牧師だけを狙い撃ちにするのかというセンチメンタルな議論で混乱しています。これが教団の現在です。大阪教区だけでなく、教団全体がそうです。こういうことについて、マラナ・タのお一人お一人が無関心であってはなりません。

ではこれからはどうでしょうか。わたしは感謝すべきことに希望を見出しております。マラナ・タ教会は宗教改革五百周年を記念して、コンサートをいたしました。他教派の牧師、信徒、教団の他教会の信徒も参加して実施することができました。このような試みは、教団の過去と現在からは出てこない試みです。他にもこれはまさに神がなさったことだと思いますのが、メノナイト・ブレザレン教団の牧師二人とわたしの三人で始めた教派を超えた牧師の勉強会が、神に用いられて、今では、カトリック、正教会、無教会の先生方が交通費も謝礼も出ないのにマラナ・タ教会に来て交わりを楽しみ、学びが続いています。これは日本の全教会の中でも極めて珍しいことで、日本を代表するキリスト教学者の水垣渉先生も毎月参加してくださるようになりました。アメリカからも毎年二度、北海道からも年一度、牧師、伝道者が参加して熱い議論がなされています。信徒の学びである、聖書講座、教会史の講座、神学カフェも、他教派、カトリックの信徒の参加のもと開かれてきました。こういう働きは、誰かの努力でできるものではありません。マラナ・タ教会のこうした姿を見ていますと、神様が働いておられるのがよくわかります。神の関わりたもうことは必ず成就します。イエス・キリストの教会は滅びません。たとえ日本基督教団が滅びても、神の教会は滅びません。どんなに小さくても大丈夫です。

「それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。『あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た』」(四十五、四十六節)。三度目に帰って来られたときも、弟子たちは眠っていました。今度はそのことについて何もおっしゃいません。ゲツセマネでの祈りは終わりました。時が近づいたという言葉に続き、罪人たちの手に御自分が引き渡される予告がなされ、立て、行こうとおっしゃいました。敵に向かって進まれるのです。これ以降イエス様はただ一人で十字架に向かわれます。

ここで見た、だらしない弟子たちが、ご復活のイエス様の執り成しで再び立ち上がれたことは、大きな勇気を与えてくれます。わたしたちも弟子たちを決して笑えません。わたしたちの過去も現在も威張れたものではありません。でも信仰には希望があります。誘惑に遭わない人はいません。アブラハムもダビデも、エリヤもエリシャも誘惑に遭いました。わたしたちもそうです。ゲツセマネで苦い経験をしたペトロは後にこう言っております。「身を慎んで目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、だれかを食い尽くそうと探し回っています。信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。あなたがたと信仰を同じくする兄弟たちも、この世で同じ苦しみに遭っているのです。それはあなたがたも知っているとおりです。」(第一ペトロ五章八、九節)。

「誘惑に陥らないように、目を覚まして祈っていなさい」という言葉以上に、わたしたちに必要な言葉はありません。目を覚ましていましょう。自分を主にしてしまうような愚かさに陥らず、神に目を向け、望みをイエス様に置きましょう。主に望みを置く人がいるところが教会です。神がくださった信仰は、神の呼びかけに答え、御言葉に従うことです。さあ、しっかり立って、主がわたしたちの目の前で十字架におかかりになり、お甦りになった事実をしっかり見ましょう。そしてそれがわたしたちのためであったことを確認するのです。


祈りましょう。

父なる神、ゲツセマネでのイエス様の驚くべき祈りを聞きました。悲しみ苦悩の中でイエス様は、わたしの願い通りではなく、あなたの御心が成りますようにと主の祈りの言葉で三度も祈られました。わたしたちのため、弟子たちのためであったのに、このときの弟子たちの情けない姿が、自分の姿に重なります。こんなわたしたちといつも共にいてくださることを感謝します。どうか誘惑から救い出し、目を覚まして祈っていることができるようにわたしたちを変えてください。あなたに信頼を置いて生きていくことができますように。

主の御名によって祈ります。アーメン。

 

7月7日の音声

 
 
 
2019年6月30日 聖霊降臨節第4主日
「ペトロの離反」
マタイによる福音書26章31~35節

先週の説教箇所の最後にこう書かれておりました。「一同は賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけた」(三十節)。イエス様は弟子たちとエルサレムのとある場所で過越の食事を終えると、オリーブ山に向かわれました。一時間ほどかかる距離です。普通なら食事の後、ワインを飲んでおりますし寝る準備をするのではないかと思いますが、出かけられました。この後引き続いて起こることに備えて祈るためでした。イエス様は大事なことが起こる前には山で祈られました。そのオリーブ山に向かう途中で、弟子たちにとっては衝撃的な予告をなさいます。「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく」(三十一節)。最後の晩餐の時に「はっきり言っておくが、あなた方の内の一人がわたしを裏切ろうとしている」(二十一節)とおっしゃっていたのに加え、今度は「あなた方は、皆」と、おっしゃったのです。原文では、文頭にあなた方は皆と置かれていて、皆ということが強調された言い方になっています。「つまずく」の意味は、くそっと言って躓いたものを蹴とばすか、拾って投げ捨てることで、裏切るというより響きは柔らかですが、マタイ福音書では非常に強い意味を持っています。イエス様への否、イエス様からの離反を表すために使われています。救い主を見失うことです。メシアだと考えていたのに、敵に対して何ら超越的な力も使わずに殺されるのであれば、メシアとして信じ続けるのは難しく、捨ててしまうだろうという厳しい言葉です。お前たちは皆、神の救いを捨てることになる、とおっしゃったのです。

そして「『わたしは羊飼いを打つ。すると羊の群れは散ってしまう』と書いてあるからだ」(三十一節)と預言者ゼカリヤの言葉を引用なさいました。わたしとは神、羊飼いはイエス様、そして羊の群れは弟子たちを中心としたイエス様の共同体を指します。散ってしまうとは、追い散らされ、もはや一つの群れではなくなってしまうということです。イエス様のこの予告は、十字架の出来事の後、イエス様の弟子たちが散らされ、それぞれ元の生活に戻ってしまうことを予感させます。漁師は漁師に戻るのです。まるでこの三年間何もなかったかのように。すべては無駄になってしまうかのようです。イエス様の教会は、まだできてはいないのですができる前から、あるいはやっと出来かけた最初から崩壊するとおっしゃったのです。これから形作られるはずの教会共同体、イエス様の弟子の群れは、最初の第一歩でつまずく、そして崩れるということです。しかし、その崩壊を仕掛けられるのは他でもない神です。羊飼いを打たれるのは神ご自身なのです。信じられないほどの衝撃です。

この言葉に続けて、イエス様はこうおっしゃいました。「しかし、わたしは復活した後、あなたがたより先にガリラヤへ行く」と(三十二節)。イエス様は、弟子たちを驚かせ失望させられただけではなく、それに続けて、復活して、羊飼いが羊の前を歩くように、先にガリラヤに行くとおっしゃったのです。散らされて終わりではなく、再び集められるという約束、確かな希望です。イエス様は弟子たちにこれから何が起こるか、あらかじめ語られたのです。しかし、ペトロはちゃんと聞いていませんでした。「復活した後」という決定的な言葉を聞き逃したのです。分かっていません。

自分がほかの弟子とひとくくりにされたことが不満だったのでしょうか、ペトロは、「今夜、あなたがたは皆わたしにつまずく」というイエスさまのお言葉の始めの部分のみに強く反応して、「たとえ、みんながあなたにつまずいても、わたしは決してつまずきません」(三十三節)と見栄を切って言いました。イエス様のおっしゃった言葉をそのままオウム返しに使っています。他の弟子には当てはまるかもしれないが、自分は違うと言ったのです。決してつまずかないぞと彼が言ったときの「決して」は、否定の言葉に強調の言葉がくっついて、「決して決してそんなことはない」という強い否定です。するとイエス様は自分だけは違うと言い張るペトロに、「アーメン」、つまり「はっきり言っておく」という大事なことをおっしゃるときにいつも使われる言葉をおっしゃってから、「あなたは今夜、鶏がなく前に、三度わたしのことを、あんな人は知らないと言うだろう」(三十四節)とおっしゃいました。「知らないと言うだろう」と訳されている言葉は、「否む、否認する」という言葉です。そして三度もそう言うとおっしゃったのです。逃げ出すだけではなく、そして、たまたま出来心でつい知らないと言ってしまうのでもなく、完全に意図的に繰り返して知らないと否定するぞということです。鶏がなく前という時間は、夜明けよりもっと早い時間帯ですから、もう数時間のうちにそれは起こると言われるのです。ここで「わたしを知らないと言う」ときの「わたしを」という目的語も強調された言い方になっております。三年間も寝食を共にしてきた「このわたしを」です。深い思いのこもった言葉です。

これに対してペトロは更に「『たとえ、ご一緒に死なねばならなくなっても、あなたのことを知らないなどとは決して申しません』と言った」(三十五節)のです。以前イエス様が、御自分が必ずエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められたとき、ペトロは「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」と言ってイエス様をいさめたことがあります。そのときイエス様は「サタン、引き下がれ。あなたはわたしの邪魔をする者。神のことを思わず、人間のことを思っている」とペトロに言われました。そして「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と続けられたのです(十六章二十一~二十四節)。今回ペトロは学習効果があったのでしょうか、「たとえ、自分を捨てご一緒に死なねばならなくなっても」と言っています。自分を捨てイエス様と共に死ぬ覚悟があると言いました。自分の真の姿に気づいていないペトロにすれば、これだけ真剣に思っているのにわかってくださらないとイエス様の言葉が心ないものに聞こえたのかも知れません。俺だけは決してそんなことはないと直ちに反論しました。死ぬ以外の選択肢がなくても、逃げ出すようなことはしない、一緒に死ぬ覚悟だと言ったのです。

これはペトロだけのことではなかったのでしょう。他の弟子たちのことは詳しくは書かれておりませんが、「ほかの弟子たちも皆、同じように言った」(三十五節)とマタイは付け加えております。けれども、何時間か後には、皆、イエス様を見捨てて逃げてしまったことをわたしたちは知っています。そしてペトロは、逃げただけではなくイエス様が予告なさった通り、三度イエス様のことを知らないとあからさまに言うことになります。

ペトロはイエス様にそんなことはないと強く反論しましたし、たとえ皆があなたにつまずいても自分はつまずかない、自分は違うと言いました。たしかにペトロは間違ったことを言っているわけではありません。「自分の十字架を背負って、イエス様に従う」と言っているわけですから。ただこの発言は実際には根拠が乏しく、もろいものだったことを知らされているわたしたちは、ペトロはおっちょこちょいだなあとか、やっぱり頭の中で思っていただけで現実を捉え切っていなかったのだなとか、甘いなと思います。では、わたしたちはどうでしょう。このような状況の中で、わたしなら一体どうすればよかったのだろうかと考えますと、困ってしまいます。こんな時イエス様がいつも祈っておられたことに思い至ります。この後も、イエス様はご自分が歩まねばならない十字架の道を前にして、ゲッセマネで夜を徹して祈られました。ひたすら神に祈られたのです。わたしたちも苦難の中でできることはまず祈ることではないでしょうか。

この二十六章では除酵祭第一日のことが、最後の夜の食事の準備から始まり、聖餐を制定された食事の風景、それに続いて、オリーブ山に向かわれたときの情景が詳しく語られております。わたしたちはまるでその場にいるかのように、イエス様のご生涯の最後がこういう風だったと詳しく知ることができます。映画やお芝居でもこの場面は詳しく描かれております。でも、よく知っているつもりでも一番大切なことには意外に気が付かないで通り過ぎているものです。見過ごしてしまっています。わたしはそうでした。ペトロと同じように、イエス様が、あなたがたは散らされる。しかしわたしは復活した後、あなた方より先にガリラヤに行くとおっしゃったのを聞き損なったのです。いったいこの聖書箇所からどういうことを聞き取ればいいのかと考えるとき、いろいろなことを思わされますが、なんといっても、この力強い宣言を聞き逃してはならないのです。イエス様は復活して、懐かしいガリラヤに行かれるのです。弟子たちも故郷に戻ります。羊飼いは打たれ、羊の群れは散らされてしまう。イエス様を中心にした仲間たち、最初の教会と言ってもいい群れは崩れ去る。けれども甦って先に故郷に行かれるイエス様によって、また集められるのです。散らされるのはほんの短い期間です。

今から起こることはすべて神の御手の内にあるのです。イエス様はおかわいそうな、お気の毒な過越の犠牲ではありません。ご自分に降りかかってくる苦難をすべてご存じの上で引き受けられました。イエス様の後ろには神のご意思がありました。

この前のイースターに、聖歌隊が前奏に中世の古い賛美歌をVictimæ Paschali Laudesとラテン語で歌いました。「過越しのいけにえをほめたたえよ」という意味です。この曲はⅡ編の九一番としてわたしたちは知っています。「われらのすぎこし主はほふられぬ 世の罪を負い小羊なる主は御父に執り成したもう・・・」。この曲を、ルターが最後の晩餐のテーマで文章を書き直し、ヴァルターという人が編曲したのが、特別賛美で歌ったChrist lag in Todesbanden、「キリストは死の縄目に繋がれ」という曲です。これは今の三一七番「主はわが罪ゆえ」、以前のⅡ編なら百番として、わたしたちもよく知っている歌で、復活祭の歌の中でも、最も有名で美しい旋律の賛美歌です。ちょっと残念なのは、ルターの歌なのでドイツ語で歌われ、歌詞が直接には心に伝わらなかったことです。Christ lag in Todesbandenと主旋律をソプラノではなくテノールが歌います。二人しかいないテノールの声が会堂に響いたのを覚えておられないでしょうか。ところで「キリストは死の縄目に繋がれた」とルターは書いているのですが、これは違うと言った人がおります。これだとキリストはずっと死の縄目に繋がれているという風に理解されうるけれども、今は繋がれていない。イエス様はお甦りになった、だから「死の縄目を断ち切り」と言わなきゃだめだと言うのです。面白い解釈です。イエス様は死の縄目を断ち切られた。そして先立って行かれる。わたしたちは、死が縄目となってわたしたちを捉えて離さないと思っているけれども、イエス様は死の縄目を断ち切られたのです。それが宣言されています。「わたしは先にガリラヤに行く」という一言で。

主はただ先頭に立って導かれるというよりも先回りをしておられるのです。先手を打ってくださいます。死に直面するわたしたちに先回りして望みをつないでくださいます。何かあるとわたしたちは絶望です。崩れ去ります。でもイエス様は甦って、先回りして、あらかじめわたしたちのために戦っていてくださる。道を示してくださいます。教会はそのように信じてまいりました。これは大変だ、どうしたらいいのだろうかという状況でも主が道を切り開いてくださるのです。わたしたちもそこに信頼を置きます。牧師が辞任する。突然歩けなくなる。がんの宣告を受ける。目が見えなくなってきた。家族が治りにくい病気である。そいう状況にわたしたちは置かれています。昔の教会の人達はもっと大変でした。迫害があったので、いつ殺されるかわからなかったのです。スパイがいるので、仲間も心から信頼できない。解決法としては教会に来るのをやめる、信仰を否定する、いくつか選択肢がありましたが、殺されるかもしれないという状況にあるにもかかわらず、人々はそのようなときでも、喜んでイエス様の声を聞いたのです。「わたしは甦って先にガリラヤに行く」。待っているぞという声です。暗い洞窟の中で行われた礼拝でも聖書朗読の声を聴いたのです。先にガリラヤに行く、と。

イエス様がお甦りになって先んじてガリラヤに行かれることを知って、人々は喜んで礼拝したのです。やせ我慢ではありませんし、自分の決断に依怙地になったわけでもありません。俺はこんなに頑張っている、死んでもついていきますという自を誇る信仰とも無縁でした。無力ではあっても、ご復活の主に自らを委ねて進んで行ったのです。自分を捨てたとき、自分を獲得することができます。すべてを放棄して初めて、すべてを得ることができるのです。わたしたちもこの礼拝で「わたしは甦って、先にガリラヤに行く」というイエス様のお言葉をしっかり聞かねばなりません。

ご復活の主に自らを委ね、献身の思いを持って歩んで行きたいと願います。明日の朝、目を覚ましたときに「主はお甦りになった。わたしもその望みに生きます」と祈れたら、信仰生活は楽しいでしょう。

祈ります。

父なる神、ペトロの離反が予告されました。ペトロの姿と自分が重なります。自分はあの人たちとは違う、大丈夫だと思いがちなわたしたちから、どうか自己中心的な心、おごり、うぬぼれを取り除いてください。自分の中に確かさがないことをはっきり知ることができますように。日々祈る生活に導いてください。そしてどうかお甦えりになって、先んじてガリラヤに行かれるイエス様に、すべてを委ねて生きていくことができますよう守り支えてください。

主の御名によって祈ります。アーメン。

6月30日の音声


 
2019年6月23日 聖霊降臨節第3主日
「主の晩餐」
マタイによる福音書26章26~30節

「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。『取って食べなさい。これはわたしの体である。』また、杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。『皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である』」(二十六節後半~二十八節)。除酵祭の第一日、弟子たちとの最後の食事で、イエス様が何をなさり、何をおっしゃったのかが書かれています。これはイエス様のこの世への遺言です。直弟子たちだけではなく、わたしたちにもこのようにせよということです。このイエス様の命令は、今も生きて働いております。

「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き」と始まります。賛美の祈りを唱え、パンを裂くと聞きますと、ガリラヤで五千人に食事を与えられたとき、「五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しに」なったことや、四千人に与えられたとき、「七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった」ことを思い出します。ですから、パンを取って賛美の祈りを唱え、それを裂かれたことについては、何の違和感もなかったことでしょう。手に取られ、感謝され、裂かれ、与えられるパンなしにはわたしたちは生きていけないのです。とても簡素でありふれた食事のシーンですが、普通とは何か違うことが起こっております。

「取って食べなさい。これはわたしの体である」(二十六節後半)。この言葉に弟子たちは驚いた、あるいは戸惑ったのではないでしょうか。弟子たちにとってどれくらい訳の分からない言葉だったのか、あるいはすんなり納得できる言葉だったのか、どんなふうに理解されたのか、マタイは何も書いておりませんから想像するしかありません。しかし、日本で先生が食事の時、ごはんの入った器を持って、少しずつご飯を分けて、「これはわたしの体である。取って食べなさい」と言われたら、かなり不思議な感じがします。このとき、裂かれたパンを取って食べることが、ただちにイエス様の死と結び付くと知ることは難しかったはずです。イエス様がご自分をわたしたちに与えようとされていることは、次の杯の言葉を聞くまではっきりわかりません。

パンの次に、杯が続きます。イエス様はパンの時と全く同じように、杯を取り感謝の祈りを唱え、弟子たちに渡して「皆、この杯から飲みなさい」とおっしゃいました。それに加えてその直ぐ後に、「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(二十八節)と続けられました。罪が赦されるように流される血であり、そしてそれが多くの人のために流される「契約の血」であるとおっしゃったのです。この言葉はイエス様の死と明確に結びついています。

「契約の血」は、モーセが民に犠牲の血を振りかけたことを想い起こさせます。契約の書を取り、民に読んで聞かせたとき、「わたしたちは主が語られたことをすべて行い、守ります」と言う民に、モーセは「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である」と言って犠牲の血を振りかけました(出エジプト記二十四章)。これはユダヤ独特の習慣で、犠牲の思想が流れています。血は命です。またもう一つ注目すべきことがあります。通常のユダヤの食事の場合にはぶどう酒はそれぞれ自分の杯から飲むのが普通であったのに、イエス様はこの杯から、つまり一つの杯から飲みなさいと言われています。一つの杯から飲むことによって、イエス様の死によってもたらされる罪の赦しが、共同体の力となる、皆を一つにする、そして多くの人の救いになるということが指し示されているのです。教会がパンを食べワインを飲む儀式において、イエス様の犠牲による恵みの力に与れることが示されています。

教会は二千年の長きにわたって、この最後の食事を記念して守り、礼拝の中で最も大切な秘儀として行ってきました。マラナ・タ教会の場合「これは、あなた方のためのわたしの体である。わたしの記念としてこれをおこないなさい」と始まるコリントの信徒にあてたパウロの手紙(一)十一章に書かれた言葉を用いております。もちろん、元はイエス様の言葉です。パウロの手紙は、福音書よりも前に書かれたと思われますから、ごく初期から教会ではこの言葉は食事のたびに宣言されていたのでしょう。

ところで「これはわたしの体である」という短い簡単な言葉は、キリスト教会で最も大切にされている言葉ですが、この言葉はその解釈をめぐってキリスト教会に激しい論争と分裂を引き起こしました。残念なことに教会は今も分裂したままになっております。代表的な解釈はカトリック教会の教えといってもいいでしょう。古代の教会は、パンそのものの中に無理にイエス様を見ようとしたために、パンがイエス様のお体に神秘的に変化すると解釈しました。これはまさしくイエス様の体ですと言いました。分かる気がします。間違いとまでは言えません。皆そう信じて、これはまさにイエス様のお体であると宣言する司祭の言葉に、うなずいてアーメンと言って感謝してパンを受けてきました。そのためパンではなく「ご聖体」と言います。面倒な言い方ですが聖変化する、化体と言います。パンなのですが、聖なるものに変化する、まさしく、イエス様の体に化けたのだという意味で化体、化学の「化ける」という字と「体」と書きます。聖餐式のパンは、科学的には小麦粉であり、でんぷんなのですが、それをイエス様の体に実際に変化すると理解し、霊の深み、自らの存在の深みにおいて受け止めるのです。ここで大切なのは、イエス様がおっしゃった「わたしの体」というときの体は、アラム語ではわたし自身を指します。マイセルフです。これを受けるとは「イエス様自身を受ける」ことです。パンは口で受け胃袋に入って、やがて体の一部となりますが、命のパンとしてイエス様ご自身を信仰で受けるのです。ところが、何事も千年以上も続けていると、よほど祈っていないと形骸化が起きてしまいます。パンをキリストの体に変化させる宣言ができる教会の権威、司祭の権威をあまりにも強め、あまりにも荘厳な雰囲気でそれを宣言し執行してきたために、美しく尊い儀式がただ形だけのものになり、献身の決意が薄れていきました。奇しくも今日はカトリック教会では「キリストの聖体の祝日」です。

カトリック教会のこういう理解に対し、わたしたちは少し違った考えをしています。最後の晩餐の時、この言葉を語られたイエス様は弟子たちの前でご自分の体を裂くことも、血を流すこともなさっていません。パンも杯も実際のイエス様の体や血ではありません。ですからわたしたちは、「これはわたしの体である、取って食べなさい」とは、イエス様が体を裂いてまでも、血を流してまでも与えようとしておられるものを恵みとしていただく、そういう姿勢を励ましておられると考えています。信仰あるいは献身への招きです。そう理解しているのです。「アーメン、そうです。これはまさしくわたしのための恵みです。神にこの身を献げてわたしも生きていきます」とわたしたちは応答します。

ところがプロテスタント教会は、カトリック教会の絶対的権威を否定し形骸化した儀式を廃止しましたが、今度は残念なことに、聖餐に秘められたサクラメント、つまり秘儀を見失い、象徴に過ぎないとみなす間違いを犯してしまいました。結果的には聖餐の軽視が起こりました。パン裂きと杯の言葉は恵みの力に与ることなのに、カトリック以上に形式化し、中身を見失っていきました。どうしてこんな小さなパンとぶどう酒を飲むのか、古代の儀式でしょ、ピンと来ないわという人が大勢います。

杯の中に入っているのはワイン、ぶどう酒ですが、これはイエス様ご自身の血であると同時に、契約の血でもあります。契約の血とはいったい何でしょうか。神の御計画に従ってわたしたちのために十字架につかれたイエス様の贖いの血です。イエス様の死の上に新しい契約は基づいており、これは神の一方的裁量によるものです。イスラエルの神とイスラエルの民との古い契約が、イエス様とわたしたちの新しい契約に代わっていく。旧約の時代から新約の時代へと変わるのです。ここでもパンと同じように、ぶどう酒を誰がイエス様の血に変えることができるのかとか、その権威は誰から授けられたのかなどという議論は不毛です。昔の人は、パンと同じように、司祭がこれはキリストの血ですと言った瞬間にイエス様の血に変わる、聖変化するのだと考えましたが、行き過ぎるとおかしなことになります。ぶどう酒をイエス様の血であるという点にだけこだわると、万が一、聖餐式でぶどう酒をこぼしたら大変なことになります。絨毯に、あるいは木の床に沁みこんでしまうと、もう拭き取れません。すると誰かがイエス様の血を踏んで歩くことになります。こぼしてしまったので会堂を燃やしたことが実際にありました。それは愚かな昔の人がしたことだろうなどと思ってはなりません。わたしの友人に正教会、つまりロシア正教の司祭がいますが、マラナ・タ教会で開かれている神学研究会で話してくれたのは、彼自身の経験です。あるおじいさんが、手が震えて聖餐式でぶどう酒をこぼしてしまった。もうイエス様の血に変化したぶどう酒です。そのとき血を吸った絨毯の毛を丁寧に丁寧にカミソリで削り取り、それを水でゆすぎ、その水は畑に流し、絨毯の繊維は燃やして灰にして大地にそっと返したと言うのです。これに限らずほとんど迷信といってよい行為を大真面目にします。キリストの血ですから歯についたままにしたり、舌に残ったままにしたりではいけませんから、口をゆすぐためのワインを飲みます。パンも同じで、口の中に残ったパンかす、キリストの体の断片があってはいけませんから、聖餐のパンを食べた後は普通のパンで、残ったパンかすを胃に流し込みます。

こういう話をし出すときりがないのですが、聖餐式のワインが器に残りますが、それは必ず司祭が全部飲み干します。どうしても容器に少し残りますからそれを何度も何度も水で薄めて飲み続けます。日曜ごとに司祭はお腹がパンパンになるまで、水でゆすいだキリストの血を飲み続けるのです。そして最後にきれいな布で容器をふき取り、その布は丁寧にボウルで洗い、その水は畑に流します。植物の命に供するのです。司祭になった初めのころは日曜日が拷問だったとわたしの友人の司祭がここで証言しました。これは彼らがいかに変なことをしているかという批判ではなく、いかに真面目に大げさともいえる真剣さで聖餐を執行しているのかというご紹介です。

カトリック教会とプロテスタント教会は、和解のプロセスを踏んでおりまして、一緒に聖書を学び、ともに祈り、共に賛美し、カトリック教徒もプロテスタントの牧師を少なくとも表面的には教職として敬い、信仰告白は使徒信条を共に唱えることができます。わたしも司祭を、式服を着た職業的宗教人とは呼ばずに、神父様と敬意をもって呼びます。しかし、信仰告白、教職制度、聖書解釈で歩み寄りはできても聖餐式の在り方、聖餐への参与においては一致できません。いくら話し合っても無理です。このパンを心の底からイエス様だと信じるかと聞かれますし、はいと言わなければ、決して聖餐には与かれません。わたしはこの違いが分っているので、はいと答えますが、それならなぜプロテスタントの牧師をしているのか、カトリックに帰正せよと迫られます。帰正とは、「正しきに帰る」です。つまりプロテントは間違っている、これは決して揺るがないカトリックの考えです。プロテスタントは、二十世紀半ばまで全くの異教徒、つまり異端でもない、全く違う宗教の信者、露骨に言えば悪魔の子として扱われましたが、いまは「不幸にして分かれた兄弟」と呼ばれます。不幸にも間違って出て行った人たちです。ですから帰ってきなさいと祈っているわけです。二十世紀初めまでカトリックが異端と考えていたのは、ギリシア正教など東の教会と英国の聖公会です。プロテスタントは異端ですらなかったのです。繰り返しますが、今日ではカトリックとプロテスタントは、お互いの違いを認めあい、完全な和解はできないけれども、仲良くやっていくことになっております。ですから、マラナ・タ教会主催のコンサートにも積極的に協力してくださいますし、わたしは月一回カトリック教会にでかけて祈っているわけです。わたしが子供のころと比べると、別世界のような感じです。

聖書本文に戻ります。イエス様は食事を終える前に、「言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい」(二十九節)と言われました。父の国と訳されていますが、これはイエス様が使われた「王国」(βασιλείᾳ)、神のご支配という言葉です。父の国が到来する近さと確かさとが語られています。来るべき神の完全なご支配の中で、イエス様と共に食事をする、共同体の完成が予告されているのです。ご降誕の時に「『見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。』この名は、『神は我々と共におられる』という意味である」(一章二十一節)とありましたように、イエス様はインマヌエル、共におられるお方です。来るべき神の国では、イエス様は弟子たちと共に食事をし、ぶどう酒を飲んで祝われるのです。わたしたちもそこにおります。

わたしたちはイエス様がおっしゃったことを、どこまで真剣に聞いているかが問われております。人間は誰もパンとぶどう酒を聖なるものに変化させることなどできません。神父様もそんなことは信じていないのです。神だけがおできになります。わたしたちは神をたたえて感謝します。感謝してパンとぶどう酒をイエス様がおっしゃったとおりに「これはわたしの体である」、「これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」と信じて受け取ります。神のご意思に従ってイエス様が血を流されたことを思い出すのです。イエス様はわたしたちの罪を取り除き、天の国において共にいてくださるインマヌエルの神です。わたしたちは今からは新しい契約の時代だぞという神の宣言を聞きます。明白な宣言です。それは契約の血が流された、間違いない神のご裁量のもとにいるという宣言でもあります。それに、アーメンその通りですと応じます。これが聖餐です。

祈ります。

父なる神、「食べなさい、そして飲みなさい。これはわたしの体、わたしの血、これはあなた方に与えるわたし自身です」というイエス様のお言葉を聞きました。ずっと昔遠い国で人となられただけではなく、今も礼拝で行う聖餐に於いて、共に食卓を囲むとき、わたしたちの糧であり飲み物であってくださいます。すべてを献げ与えてくださいます。このインマヌエルの神秘に感謝します。わたしたちの魂がこれからも、イエス様の中に憩うことができますようお守りください。どうぞマラナ・タ教会の一人一人を支え、活かしてください。

主の御名によって祈ります。アーメン。

23日の音声

 

★★★

 
2019年6月16日 聖霊降臨節第2主日(三位一体日)「過越の食事」
マタイによる福音書26章17~25節

「はっきり言っておくが、あなた方のうちの一人がわたしを裏切ろうとしている」。除酵祭の第一日、お祝いであり、かつ厳粛な過越の食事の席でのことです。ひょっとしたらウキウキした気分だったかもしれない弟子たちにイエス様の声が響きました。その場の雰囲気が伝わってきます。おそらく空気が凍りついたのではないでしょうか。「主よ、まさかわたしのことでは」と代わる代わる言い始めた弟子たち。いかにショックを受けたかが分かります。「はっきり言っておく」というのはイエス様が大事な事をおっしゃるときの決まった言い方です。「アメーン・レゴー・ヒュミーン」、「まことに、われ、汝らに告ぐ」という毅然とした言葉です。イエス様がいよいよ十字架につけられるという時になって、イエス様の傍に仕え、寝食を共にした弟子の中に裏切りという悪意の壁ができております。二千年前のエルサレムのとある部屋で、十三人の男たちが食事をしています。家の人や料理を提供した女性もいたはずなのですが何も触れられておりません。この十三人にだけスポットライトが当たっています。誰も気にしないような、ありふれた過越の食事です。しかしこれは世界で最も有名な食事の場面となりました。

さて今日の御言葉は、「除酵祭の第一日に」と日付の記述で始まりました。これから後は時間の順で出来事が報告されていきます。いよいよ受難物語の核心部です。まず食事前のできごとが語られます。「除酵祭の第一日に、弟子たちがイエスのところに来て、『どこに、過越の食事をなさる用意をいたしましょうか』と言った。イエスは言われた。『都のあの人のところに行ってこう言いなさい。「先生が、『わたしの時が近づいた。お宅で弟子たちと一緒に過越の食事をする』と言っています。」』弟子たちは、イエスに命じられたとおりにして、過越の食事を準備した」(十七~十九節)とあります。どこで過越の準備をすればよいかと尋ねる弟子たちにイエス様は「都のあの人」のところに行って準備をするように言われます。あの人とは、名前や正体が特に重要でない人なのでしょう。いつものあそこだよとおっしゃったのかもしれません。その人と弟子たちに命令を下されたのです。かれらは命じられた通りに過越しの食事を準備します。この受難物語の中心はもちろん食事の場所ではなくイエス様です。イエス様の物語です。

「わたしの時が近づいた」とおっしゃいました。二節でも「あなたがたも知っているとおり、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される」とおっしゃっています。ご自分の時について、時を知り、時を支配する者として、そしてその時の中で出来事となる神の御計画を、ただ導くだけではなく、成就するよう神と共に行為している者として語っておられるのです。このとき、弟子たちは命じられたとおりに行っていますが、この弟子たちの服従は神の物語を進めていく重要な要件でした。

「夕方になると」という言葉で、新しい話に入ります。「イエスは十二人と一緒に食事の席に着かれた。一同が食事をしているとき、イエスは言われた。『はっきり言っておくが、あなたがたのうちの一人がわたしを裏切ろうとしている。』弟子たちは非常に心を痛めて、『主よ、まさかわたしのことでは』と代わる代わる言い始めた」(二十~二十二節)。この時弟子たちは、まさか自分ではないですよね、と言いました。かれらは明白にイエス様を裏切ることなどは考えたこともなかったでしょうが、自分たちの将来の行動には不安がありました。イエス様のお言葉を聞いて、自らの思いを振り返って考えたに違いありません。今はそんなことはなくても裏切らないとは言えないのです。不安になって、そうではないというイエス様の答えを期待しました。それで代わる代わる尋ねたのです。

日本の映画なら、「上様、それは誰ですか、わたしがそいつを切り捨てましょう」と言うような気がしますが、イエス様の弟子たちは、そうではありませんでした。自分たちも裏切らないとは限らないと思ったのです。ここで十一人の忠実な弟子と一人の裏切り者という形ではなく、十二人のユダとキリストという形が見えてきます。事実、この後の展開をわたしたちは知っていますが、全員がキリストを見捨てることになります。少し飛びますが三十一節をご覧ください。「今夜、あなた方は皆わたしにつまずく」とおっしゃいました。つまずくとは聖書特有の言葉で、腹を立てるという意味です。歩いていて石ころにつまずくと、悪い石だなと言います。石が悪い。わたしではなく。くそっと腹を立て、その石を蹴っ飛ばす、道端に捨てる、それがつまずくという意味です。今夜、あなた方はみなわたしを蹴とばす、捨てるとおっしゃったのです。そんなことはない、たとえみんながつまずいても、わたしだけは命を懸けてあなたに従いますと言ったペトロが、真っ先に「あんな人は知らない」と言うのです。弟子のひとり、あるいは十二人のうちの一人が裏切るというのは、他の十一人は裏切らないという意味ではなく、弟子が裏切るというところに強調点があります。

洗礼を受け、主に従うと誓約した人があっさり教会を捨てる、これも裏切りですが、では教会に残って毎週礼拝しているわたしたちは裏切らないかというと、「間違いない、決してそんなことはない」とは言えないのです。キリストの前に立つわたしたちは、自分は裏切り者ではないと主から保証していただかねばならない人間なのです。わたしたちも自分たちとイエス様の関係はどうだろうかと問わなければなりません。

お前たちのうちの一人がとおっしゃったイエス様は、もちろんそれが誰であるかご存知でした。少し具体的に「わたしと一緒に手で鉢に食べ物を浸したものが、わたしを裏切る」(二十三節)と説明されました。当時の食事は、鍋のようなものを囲んで車座に座り、自分のパン、もしくは羊の肉を手を伸ばして真ん中にある鍋、ここでいう鉢に入っているスープやタレに浸して食べたのではないかと想像できます。わたしたちなら、わたしと一緒に同じ鍋から食べ物を取る者が、という感じでしょう。同じ一つの鍋を囲む者、あなた方わたしの弟子がという意味です。みんながパンを浸すのですから、誰のことを指しておっしゃったのか弟子たちにはわかりません。一人一人が同じことをしていたはずです。誰が引き渡す者になるか、弟子たちの心は騒ぎますが全くわかりませんでした。わかっていれば弟子たちは阻止したでしょう。しかしイエス様は、ご自分が死ぬということも、誰のせいで今まさにそれが起ころうとしているのかもよくご存知でしたが、その事態を覆すため指一本動かそうとはされませんでした。またそれはだれなのか、はっきりおっしゃいませんでした。黙々と自分の行くべき道を行かれました。

わたしたちなら、どのようにするでしょう。多分、イエス様とは違う仕方をするはずです。どんな時でも、裏切りや悪に打ち勝とうとします。悪意には抵抗します。悪に支配されたり負けたくはありません。悪には妥協せず打ち勝つ、これこそがわたしたちのゴールです。しかし、あえて悪にゆだねることもありえるのです。放蕩息子のたとえなどがそうです。息子を破滅させることが明白なのに父親は、自分の財産を分け与え家を出ていくことを容認しました。それは人の業ではなく神の御業です。

「人の子は、聖書に書いてあるとおりに、去って行く。だが、人の子を裏切るその者は不幸だ。生まれなかった方が、その者のためによかった」(二十四節)。イエス様はもう一度、聖書に書かれている通りに自分は去っていくと言われました。神のご計画は、破棄できないのです。イエス様は、ユダがご自分の死をもたらすことがわかっておられたにもかかわらず、ユダの悪意を達成させられます。ここにユダが決して変えることのできなかった栄光があります。ユダの罪は「人の子を裏切るその者は不幸だ」というイエス様の言葉で注目されます。悪意は自分自身に向かって跳ね返ってきます。決して勝利しません。ユダは、恐ろしい言葉を聞くことになります。「生まれなかった方が、その者のためによかった」。これは呪いの言葉ではなく、ああ残念だ、悲しいことだというニュアンスです。生まれなかった方が、わたしには都合がよいとおっしゃったのではなく、生まれなかった方がその者のためによかったです。気の毒にそれほどつらい目にあうぞとおっしゃいました。

そして、この場面は次のように終わります。「イエスを裏切ろうとしていたユダが口をはさんで、『先生、まさかわたしのことでは』と言うと、イエスは言われた。『それはあなたの言ったことだ』」(二十五節)。ユダはこの場でも事の進行に気づかないふりをして言います。「先生、まさかわたしのことでは」と他の弟子と同じことを問いました。けれども呼びかけの言葉が違っています。弟子たちは「主よ」「キュリエ」と呼びかけましたが、ユダは「先生」「ラビ」と呼びかけたのです。ラビはユダヤ教の律法学者に向かって使われる呼びかけです。ユダはイエス様に対して、一人の律法学者に対するように振舞ったのです。ユダはもう完全にイエス様から離れてしまっています。ユダの問いに対してイエス様は、「それはあなたの言ったことだ」とおっしゃいました。新改訳聖書は、「いや、そうだ(お前だ)」と訳していますが、この時点ではほかの弟子はユダが裏切るとは認識しておりませんから、ここは原文通り、「あなたは言った」と直訳する方がいいでしょう。二十七章に入りますと、ユダは自殺します。結果的にはユダの裏切りはユダの行為ではなく神の行為であり、ユダは身を滅ぼし、イエス様は栄光をお受けになるのです。

さていつも思うのですが、いったいユダのしたことをどう理解すればいいのでしょうか。これは決して分析したり批評したりする事柄ではなく、福音書が伝えるように理由はよくわからないけれども、こういう事実があったということに止めるべきでしょう。しかしひとつだけ申します。もしこのユダの裏切りがなかったなら、イエス様の十字架での死は実現しなかったのでしょうか。そうだとすると、ユダこそがイエス様の行いを助けたことになります。救い主の本当の意図を分かっていて裏切ったのでしょうか。その結果過越祭での犠牲としての十字架での死が実現した。そんなふうに解釈すると出来上がっていたシナリオを、まるで役者のように演じきったということになります。いわゆる「やらせ」になってしまって、神の出来事が芝居になってしまいます。そうではありません。イエス様がわたしたちの救いのために苦しみを受けることが決まっていたとしても、そのためにユダがイエス様を裏切ったのではありません。やはりユダの裏切りは、悩んだ末の、ぎりぎりの決断だったといえるでしょう。このままでは先生は、何もできない。やはりイエス様は救い主なんかではなかったのだ、偽物だと判断したからこそ敵の手に引き渡したのだと思います。一方でイエス様は、悪をも神の出来事に変えられました。悪に負けたように見えるけれども、敗北をもって勝利なさったのです。

先々週の十四節以下十六節までの説教で申しましたが、そもそも十二人の弟子たちはイエス様ご自身が選ばれた人々です。ユダを選び指導してこられたのはイエス様なのです。しかしイエス様はユダの裏切りを阻止なさいませんでした。そしてそのユダの裏切りによって、神がお定めになった通り、過越祭に犠牲の小羊としての、十字架の死が実現したのです。わたしたちの贖いが完成されました。

このように見てきますと、わたしたちは、そしてわたしたちの教会はどうなのだろうと思います。まさか銀貨三十枚のはした金で先生を裏切ったり、金銭欲で悪事をたくらんだりはしないかもしれませんが、イエス様への裏切りは、ないとは言えないのではないかと思えます。いやむしろ、もし正直な信徒ならば、「わたしがユダだ」と叫びたくなるのではないでしょうか。ユダのようになってしまって救ってもらえないのではないかと心配になります。けれどもわたしたちは、あまりにもユダのことを考えないほうが良いと思います。ユダではなくイエス様のことを思いましょう。ユダは突然裏切ったので悪人になったのではなく、以前から少しずつ心が離れていったのです。ですからわたしたちは、日ごろから神の前に生きようと願いましょう。神の御前を生きる、それが教会の合言葉です。教会は神が義としてくださった人間の集まりです。心配することはないのです。いろいろとなぜかなと思うことがありますが、前にも申しましたように、人間の行動とは別に、はっきりしていることは、イエス様はすべての人の罪を贖うため、十字架についてくださったこと、神の愛には限定がないことです。キリストはあらゆる人間の罪のために、わたしたちのために、そしてユダのためにも死なれたのです。神の愛は拒否できません。イエス様の十字架によってわたしたちは神のみ前で生きることができるようになりました。わたしたちは恵みによって義とされたのです。この恵みをしっかりと受けとめたいと思います。キリストの体と血に与り、永遠の命を生きることのできる喜びに満たされて歩みましょう。

祈ります。
主よ、あなたはわたしのためにも苦い杯を飲み、犠牲となってくださいました。感謝します。どうかわたしをあなたから離れることなく、常にあなたの十字架を見上げて従い歩むことができるようにしてください。聖なる神よ、わたしを立ち上がらせてください。いつも御前においてください。おろかなユダにならないように導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

6月16日の音声

★★★
2019年6月9日 聖霊降臨日
「聖霊が降り、神の偉大な業を語る」
使徒言行録 2章1~13節

十字架の死から三日目、イースターの朝にお甦りになったイエス様は、四十日の間、弟子たちと共にこの地上を歩まれた後天に上げられたと聖書は証言しています。ですから復活日から六回目の木曜日が昇天記念日です。今年は五月三十日でした。毎年、昇天日になると、あああと十日ほどでペンテコステだなというくらいにしか思わないのですが、今年はこの日香子が突然歩けなくなったので、わたしには忘れられない日となりました。さてイエス様はこの日、「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(一章八節)とおっしゃいました。これはご復活のイエス様が天に上げられる前に、使徒たちに向かって語られた最後の言葉です。

この言葉が成就する形で、五旬祭の日とても不思議なことが起こりました。ご昇天からさらに十日経った、ご復活から五十日目です。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(一~四節)とあります。

先生を殺され弟子たちは不安だったでしょう。けれどもご復活のイエス様が彼らの真ん中に現れて、「父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい」(ルカ二十四章四十九節)とおっしゃった言葉に従って、エルサレムで神をほめたたえていました。その弟子たちが「一つになって集まって」いたとき、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまったのです。「風」は神の息、霊を表します。「天からの激しい風の音や炎」は、神が姿を現された徴です。そして「舌」は言葉を表します。言葉が炎のように降ったのです。弟子たちは聖霊に満たされました。聖霊が降り力を受けるということが、皆にわかる形で歴史的事実として起こったのです。ルカが伝える約束が成就しました。

そしてこのことが起こったとき、驚いたことに弟子たちは多くの人の前に出てきて外国語で証をしました。弟子たちはイエス様に与えられたもう一つの賜物としての任務、広い世界に向かって「イエス様の証人」になる働きを始めたのです。

「さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」(五~八節)。

出エジプト記に「年に三度、男子はすべて、主なるイスラエルの神、主の御前に出ねばならない」(三十四章二十三節)とあります。年に三度とは、過ぎ越しの祭り、七週祭(五旬祭)、仮庵の祭りの三度です。この当時、ローマ帝国によって道が整備され、治安が保たれ、誰でも旅が出来るようになっていましたので、国が滅び世界中に離散してしまっていたユダヤ人の子孫の中には、自分たちの原点を求めて、これらのときにはエルサレムに帰ってきて滞在する人もいました。こういう人は「信心深いユダヤ人」と呼ばれています。その人たちも、もちろん天から聞こえた激しい風が吹いて来るような音を聞いたのです。驚いて外に出てきました。帰国した外国生まれのユダヤ人は、もはやアラム語やヘブル語ではなく生まれた国の言葉を話します。そこで彼らは聞いたのです。どう見てもエルサレムの人ではないガリラヤなまりのある田舎の人たちが、自分の生まれた故郷の言葉で話しているのを。あっけにとられました。ハワイやブラジルに移住した人の子孫が京都に帰ってきているとき、そこにたまたまいた田舎の人が英語やポルトガル語の、しかも方言で突然話すのを聞いたようなものです。

「わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは」(九~十一節)。地図をご覧ください。エルサレムから見て、パルティア、メディア、エラムは東方、メソポタミア、カパドキア、ポントス、アジア、フリギア、パンフィリアは北方、クレタ、ローマは北西の方、キレネ、リビアは西方、エジプトは南西、アラビアは南東にあります。エルサレムを中心に四方八方から帰ってきていました。これら世界中から集まった人々が、それぞれの故郷の言葉、普段使っている言葉で語られているのを聞いたのです。彼らは何を聞いたのでしょう。語られたのは「神の偉大な業」です。イエス様の弟子たちは、師であるイエス様がなさったことを受け継いで、神の国の到来を告げ、イエス様の出来事、十字架と復活、神の偉大な業を語りました。神はこの世界を救うために弟子たちがいろんな言語で話せるようになさったのです。この出来事は、皆同じ言葉を話していた人々が神の領域に侵入し、神のごとく地を支配しようとした「バベルの塔建造物語」を想い起こさせます。そのとき神は人々同士が思いを通わせることができないようにするため、言葉を混乱させようと多くの聞き分けられない言語を話すようにされました。創世記十一章の物語です。このときとは逆のことが起こったのです。いろいろな言葉が話されているのに、同じ思いにさせられたのです。言うまでもありませんが、弟子たちは努力なしで、それ以後も外国語が話せたわけではありません。これは聖霊の働きを象徴する、きわめて特殊な出来事でした。

さて、ここからが大切なポイントです。「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」という出来事は世界伝道の始まりとして、たいそう象徴的な出来事でした。神は人を用いて人を救おうとしておられるのです。神は人を通して救いの御業を進めてこられました。神に用いられた誰かが、わたしたちに神の業を語ってくれ、それを聞いてわたしも今ここにおります。人による伝道、ここに聖霊の働きがあります。このように、人を通して働かれる神の御業の中にわたしたちは存在しています。ですから聖霊で満たされ、用いられて、家族やほかの人を救えるのです。救いの御業は人から人へと伝えられていきます。聖霊に満たされて生きることは、自分のためだけではなくて家族のためであり友人のためでありこの世の救いのためなのです。言い換えますと、世の救いのための言葉、福音を語るのが教会のなすべきことです。この働きは聖霊降臨日に始まり、今も続いています。それで聖霊降臨日は伝道の開始、教会の誕生日として祝われます。この日には、分れ分れに現れた炎の様な舌を思い出して、赤い服を着たり、赤いネクタイをしたり、何か赤いものを身につけて、この出来事に思いを寄せます。ペンテコステは、クリスマス、イースターと並ぶ祝祭です。

「人々は皆驚き、とまどい、『いったい、これはどういうことなのか』と互いに言った。しかし、『あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだ』と言って、あざける者もいた」(十二、十三節)。七節では弟子たちが話せそうもない言葉で語っているという理解できない現象を前にして、これはどういうことなのだろうか、何か大きな意味を持つことなのだろうか人々は驚き怪しみました。ここでは、はっきり語られているにもかかわらず、あの人たちは、新しいぶどう酒に酔っているのだとあざけっています。神に招かれ、心を開いていく人がいる一方で、あざけるだけで神に近づけない人がいるのです。

弟子たちは、イエス様が十字架にかけられて殺されるという事件のあと、ご復活のイエス様に出会うという体験をしましたが、いま一人一人の上に同時に聖霊が降る経験をしました。個人的に、しかし共同体全体に、聖霊が働きました。この不思議な経験が、個人のものでありながら、全体に起こったことはとても重要な意味を持ちます。わたしたちの信仰はある意味で極めて個人的なことですけれども、みんなのものでもあるのです。聖霊に満たされた弟子たちは、一人一人がキリストを証し、神の偉大な業を語りだしました。そして教会が生まれたのです。教会は聖霊の働くところです。

集まった人々が聞いたのは、「神の偉大な業を語っている」言葉でした。聖霊に満たされた人々から聞いたのは、神の御業を誉め讃える賛美の言葉だったのです。人が神の御業に思いを向け、神の偉大な業を誉め讃えるということは決して当たり前のことではありません。人は、自分が何をしたか、何を成し遂げたかということに関心があるのです。それは熱心なキリスト者、献身的なキリスト者も例外ではありません。神の御業に目を向けるより、自分が神のために何をしたかという、自分の行いの方に関心が向かうことが多いのです。しかし、人生において最も大切なことは、「何を成し遂げたか」ではありません。「神が何をしてくださったか」ということの方がよほど重要なのです。同じように教会についても、最も大切なことは、教会が神のために何を成し遂げたかではありません。神が教会に何を為してくださったかということ、神の偉大な業のほうが大事なのです。自分の業への囚われから解放された時、神の御業をほめたたえ賛美することができるようになります。これこそが礼拝です。

聖霊の働きとは何か、よくわからないという声が聞こえます。確かにキリスト教の教えには分かり難いことがたくさんありますが、よく説明を聞きますと多くのことはそうかなと思えます。しかし聖霊につては何度聞いてもピンときません。そんなとき、聖霊体験をなさったという方の話が耳に入ってきます。その方はご自分の経験を分かってもらおうと懸命にお話になります。けれどもその多くが不思議な現象であり、興奮状態になったことです。踊り、泣き叫ぶ信徒もいます。聖霊の働きを強調する教会にそういう人が多いです。そこで聞いた人たちは、ヘンテコな連中と揶揄し、この人たちは「ヘンテコステ」だなと思うわけです。ペンテコステの出来事を自分の常軌を逸した興奮状態と重ねて語りますから、やはり聖霊とは何かわかりません。

聖霊の働きとは一体どういうものか、はっきりとお話ししますので、覚えておいてください。聖霊の働きの第一は、パウロが、「この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます」(ローマ八章十六節)と言っていますように、人がイエス様の信実によって神の前に義とされたことを証ししてくださることにあります。「自分の力ではなく、神の恵みで神の子とされた」と言われてもどこか頼りなくどこにその確かさがあるのかと感じます。そんなとき、聖霊によってわたしたちは「はっきり救いを自覚する」ことができます。上からの力による自覚、救いの覚醒がおこるのです。第二は、聖霊は、わたしどもの日常生活をお導きになります。ガラテヤ五章十六節以下に、「霊の導きに従って歩みなさい。・・・霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です」とあります。聖霊の導きに従って歩むと、豊かな実を結び、肉の欲望に負けません。聖霊は一歩一歩冷静に、決して無駄な興奮状態に陥れることなく、わたしたちの歩みを進ませ実を結ばせてくださいます。現実に働かれる神の力です。そして第三は、これが少し分かり難いのですが、歴史の終わりに必ず来る終末、神の裁き、神の国が完成する時に、この人はOKですよ、義なる者ですとスタンプを押してくださいます。救いの確かさを人に確信させ、一時ではなく毎日を共に過ごし、そして終わりの時にこの人は神の子なのだと保証してくださるのです。この三点が聖霊の主な働きです。

時々誤解されますが、聖霊の働きは人を興奮状態にすることではありません。若いころわたしはこの点にひどく引っ掛かりました。「聖霊に満たされている」と聞いても、その実感がないものですから、見てわかる、感じられる、興奮状態になることを聖霊体験だと勘違いしてしまったからです。しかしそうではありません。聖霊は人をクールにし、神の御業を語り、しっかりと歩ませてくださるのです。五旬祭に起こった聖霊降臨の事実は、わたしたちにはっきりと感じられなくても、その後もずっと、いまもわたしたち一人ひとりに起こっています。

クリスマスには、神がわたしたちと共におられるのだ、神の御子がこの世界に来てくださった、インマヌエルと知らされます。わたしたちは神の御子と共に歩むのです。イースターには、イエス様の十字架とお甦りによってわたしたちの罪が赦された、イエス様の信実によって救われるのだと知ります。そして、今ペンテコステの出来事を通して、わたしたちは終わりの時に聖霊によって証していただくのだと知ります。この人はキリストの仲間だというスタンプを押していただくのです。これが分かれば怖いものはないでしょう。三点セットになっています。クリスマスは祝うけれどイースターは軽く済ませ、ペンテコステには何もしないというのは時々見かけますが、まともな教会のすることではありません。キリスト教の三つの祝祭は、そういうわけで人の救いのすべてを表しています。

わたしたちは、たとえ体が動かなくても声にならない声で賛美を歌えます。病床にも必ずイエス・キリストの霊が共にあるからです。この喜びは誰も奪うことができません。わたしたちはそれを証しすることができます。そういう仲間を大勢見てきました。たとえ小さな群れであっても、恐れることはありません。この後すぐペトロが言っております。十七節をご覧ください。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る」(十七節)。安心していいのです。わたしたちは聖霊に満たされています。まだ見ぬ先の事にびくびくすることはありません。老人も夢を見ることができるのです。わたしたちの希望を、神の偉大な御業を語ろうではありませんか。

祈ります。

父なる神、わたしたちそれぞれに分かる言葉で話しかけ、あなたのもとに招いてくださっていることを感謝します。わたしたちが招きに応え、あなたに心からの賛美と感謝の祈りを献げることができますよう導いてください。またどうかわたしたちを聖霊で満たし、今度はわたしたちが家族や隣人にあなたの偉大な業を語っていくことができますよう支えてください。皆があなたの霊に満たされ、共にあなたの希望に向かって歩んでいける日が来ますように。聖霊よ、来てください。

主のみ名によって祈ります。アーメン。

6月9日の音声

 

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