復活節説教 2019

2019年5月19日 復活節第5主日
「イエスを殺す計画」
マタイによる福音書26章1-5節

 

イエス様がオリーブ山での説教、世の終わりについての説教を終えられました。二十四、二十五章と学んできたのですが、いよいよご生涯の最後、十字架の死とご復活の物語に入ります。二十六章以後は、いわゆる受難物語です。福音書が今の形に纏められるよりも前に、纏まりをもって口伝えに語られてきたようです。イエス様の教えも少し含まれますが、出来事が淡々と綴られます。はじめに受難の予告があり、次にベタニア村である女がイエス様に高価な香油を注いだ記事、ユダの裏切り、最後の過越の食事、ゲッセマネの祈りなどが描かれております。そしてイエス様は逮捕され、裁きにかけられます。夜が明けて金曜日の出来事は二十七章からです

普通偉人の伝記では、その人が後世に残した大きな影響、素晴らしい業績を語ります。しかしその人の死については、言葉少なく簡単に触れることが多いと思います。弘法大師も親鸞聖人も、その死について事細かく語られることはありません。ところがイエス様の場合は全く違います。マタイは死の前の数日のこと、死に至る経過、亡くなった時の様子、死んでからご復活までの様子を詳しく語っています。マルコもルカもそうです。ヨハネ福音書に至っては、全体の半分近くが十字架と復活にかかわる出来事です。福音書記者が最も伝えたいことが、イエス様の死と復活だとわかります。新約聖書はイエス様の不思議な誕生物語とその教えを纏めた本ではなく、長い序論を持つ受難物語なのです。この点を見失わないようにしたいものです。聖書と言いますと、一般社会では「貧しい人は幸いである」とか「人はパンのみにて生くるにあらず」などという言葉が好んで引用されますが、わたしたちは「聖書には『わたしたちのために、イエス様が命を捨てられたという事実が書かれている』」と言いたいものです。

イエス様の受難物語は四つの福音書が細かい点については異なった記述をしています。完全には一致しません。重要な言い伝えだからと調和するように矛盾がないように編集されていません。大事なことだからこそかえって細かい点は違っていてもそのまま保存されております。辻褄合わせはなされていません。ですからわたしたちも、受難物語をマタイが書いている出来事どおり受け止めて読んでまいります。

「イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると、弟子たちに言われた」(一節)と始まります。翻訳者は省略しているのですが、もとの文章では、「そして次のようなことが起こった」とありまして、それから「イエスはこれらの言葉をすべて語り終えると」と続きます。聖書翻訳は、できるだけ原文を省略しないほうがいいはずです。この部分も新しい段落が始まることを明確に示しています。今日の箇所とは関係しませんが、ローマの信徒への手紙の翻訳では、接続詞の「なぜなら」とか「そういうわけで」というひと言を訳さなかったために、パウロの語っていることが正しく伝わらないだけでなく、誤って解釈される危険性が極めて高いという箇所がいくつもあります。聖書翻訳者はよく考えているのでしょうか。聖書は神の言葉だと主張しながら、そういう不適切な省略をしてはいけませんね。理解しやすいように言葉のつながりを滑らかにしたのでしょうが、まあ意味は変わらないだろうと自分の判断を優先し、本文を軽く考えた証拠です。パウロはひと言一言、大切に意味を持って言葉を紡ぎだしています。脱線しました。元に戻ります。

山上の説教を語り終えられた後の「イエスがこれらの言葉を語り終えられると」、派遣される弟子たちに対する忠告の後の「イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると」、など今まで四度、イエス様が説教を終わられたときに同じような言葉が使われていました。今日はその語句に「すべて語り終えると、弟子たちに言われた」とすべてという言葉が入っています。主の教えすべてがついに終わったのです。いよいよ受難物語が始まります。終わりが始まるのです。読者は目を開き、耳を澄まして聞きなさい、そんな風にマタイが言っている感じがします。

「あなた方も知っている通り、二日後は過越祭である。人の子は、十字架につけられるために引き渡される」(二節)。イエス様は今や時が来たと話されるのです。知っている通りという言葉が、神が望まれ、弟子たちも知っていることが今から起こるのだということを示しています。主導権はイエス様にあるのです。残念ながら弟子たちの認識は甘かったと思います。十字架での死はあまりにも意外です。二日前ですから火曜日か水曜日におっしゃったことになります。木曜日が過越の食事、教会では洗足日、最後の晩餐の日です。

過越の祭りは聖書では重大な意味を持ちます。モーセの時代に神がイスラエルの民をエジプトの支配から解放してくださった出来事を祝う祭りです。ユダヤ暦で新年の月ニサンの十五日、満月の日に(ユダヤ暦は月の満ち欠けの周期を基にした暦でこの日は満月)、家族親戚が集まって式次第に沿って民族の歴史を振り返り讃美歌を歌い食事を共にします。わたしたちの暦の春、三月下旬から四月に当たります。イエス様はこの時、「人の子(つまりご自分は)、十字架につけられるために引き渡される」とおっしゃったのです。過越の祭りでは羊が犠牲になります。羊が献げられ、その血によって民の罪が赦されるという宗教的な意味がありました。毎年繰り返される儀式です。自分の血を流すわけにはいかないので、自分たちの罪を羊に負わせてその羊を殺して、命をもって命を贖う、羊の命を身代わりにして自分たちの命を救うのです。人の罪は命をもってしか処置することができない、それほど重いものなのです。ごめんねと言えば簡単に赦してもらえるものではありません。日本人からすると、動物を身代わりにするなんて自分勝手な屁理屈に聞こえますが、水に流すとか、水に浸かって身を清めるなどという習慣のない、遊牧民の習慣がこういう血を流す儀式をもたらしたのでしょう。人はそのままでは神の前に出られないのです。罪をゆるされて初めて神の御前に出ることができます。

振り返りますとこれまでイエス様はすでに三度、ご自分の受難を予告されましたが、いずれもエルサレムから遠く離れた地においてでした。未来形で語られています。今回は違います。エルサレムを望むオリーブ山で、目の前に迫ったご自分の死を予告なさったのです。今までと違って現在形です。切迫感が半端ではありません。祭りの直前のただならぬ雰囲気が伝わってきます。はっきり過越しとの関連で受難が語られております。

「そのころ、祭司長たちや民の長老たちは、カイアファという大祭司の屋敷に集まり、計略を用いてイエスを捕らえ、殺そうと相談した」(三、四節)。祭司長は大祭司、大祭司経験者、神殿長など十四人からなる祭司の最有力グループです。エルサレム神殿での儀式は彼らの権威で仕切られておりました。神殿では七千人もの祭司やレビ人が働いていました。大組織ですからお金も動きます。様々な工事もなされます。一部上納金、あるいはピンハネがあったでしょうから、お金持ちです。一方の民の長老とは議員です。サンヘドリンの構成メンバーです。地主階級のサドカイ人でしょう。つまりイスラエルの宗教と政治の代表者が、いついかにしてイエスを逮捕するかと相談を始めたのです。これまでイエス様の反対者は主に学者やファリサイ派でしたが、受難物語では、イエス様の敵は議会です。サンヘドリンの構成メンバー、国の代表者がイエス様を犯罪人扱いし始めたということです。イエス様の受難を理解するには、ここも大切な点です。公権力によって殺されたのです。宗教上の冒瀆とか、誰かのうらみでリンチされたのではありません。

カイアファは、ポンテオ・ピラトの前任総督パレリアス・グラトゥスによって西暦十八年に任命され、三十六年にシリア総督ヴィテリウスによって解任されるまで十八年間大祭司であった人です。妻がさらにその前の大祭司アンナスの娘です。一九九〇年に、この人を葬ったのではないかという墓が発掘されてニュースになりました。「カイアファという大祭司」とありますから、他にも大祭司がいそうですが、大祭司は本来終身制です。ところがローマは自分たちの言うことを聞く大祭司を求めて次々と首をすげ替えたのです。西暦六年から六十六年までの六十年間に十八人もの大祭司を任命しています。その中で、アンナス、カイアファ、アナニヤの三人だけが三年以上勤めました。つまり、この人たちは負わされていたローマの代理人としての役目に励んだのであろうことが、よくわかります。アンナスは西暦六年から十五年までの大祭司ですが、追放されたのでこの時は大祭司ではありませんが、カイアファの舅として、結構強い影響力を持ち続けたようです。カイアファの屋敷に集まったとありますから、正式なサンヘドリンではなかったようですが、イエス問題対策委員会を開いたのでしょう。彼らは計略を用いてでも、つまり不正行為をしてでもイエス様を捕らえたいのです。額を寄せ集めて何とかしてあいつを殺そうと協議したのです。

「しかし彼らは、『民衆の中に騒ぎが起こるといけないから、祭りの間はやめておこう』と言っていた」(五節)のです。イエス様をどうやって逮捕するか、彼らはなかなかそのきっかけを見つけられなかったようですが、「祭りの間はやめておこう」という点だけは、すぐに合意したようです。普段の人口が三、四万人位のところに、祭りの時には百万人にも上る大勢のユダヤ人たちがエルサレムにやって来ます。メシアに対する期待は高まります。祭りの高揚感があります。かつてイスラエルがエジプトから解放されたことを記念するお祭りですから、ローマからの解放を願い、メシアの登場を願う気持ちが高まります。そういう時にイエス様を逮捕しますと、民衆の騒ぎが起こる危険性が普段よりずっと高まります。「騒ぎ」と訳されているのは、ちょっとした混乱ではなく政治的革命です。メシア待望がもたらす打倒ローマの民衆蜂起です。大事件となります。そうなれば、民のエネルギーを抑えることはできません。それは避けなければなりません。ところが祭司長たちや民の長老たちは祭りの間はやめておこうと決めていたのにもかかわらず、ユダがイエス様の動向を彼らに伝え、群衆が騒ぎ出す前に夜中に秘密裏に逮捕し、さっさと殺してしまう見通しが出てきたとき、自分たちの計画を変えたのです。結局二節で主が予告なさった通りに、祭りの期間にもかかわらず、みんなが見ている前でイエス様は十字架にかけられることになります。神のご計画は人間の行為によって阻止されることはありません。後にペトロはペンテコステの説教の中でこういっております。「このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存知の上で、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らないものたち(ローマ)の手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです」(使徒言行録二章二十三節)。

異様なことが起こっております。罪のない人を十字架にかける計画が進んだということではありません。むしろ逆です。祭りの間はやめておこうとしていたのに、祭りの間に殺すことになったのです。この事態を支配されているのはイエス様であって、祭司長たちでも民の長老たちでもないのです。こういう時、普通ならば、何とかして一週間でも二週間でも自分の死を先延しにして、弟子たちに伝えられるだけのことを伝え、もうこれで安心だ、自分は死んでもいいと思えるようになってから死を選ぶものです。この時の弟子たちは、イエス様が十字架にかけられることについて心構えができていたとは言えません。もし先生が殺されるようなことになったら、自分たちも死のうと思っていたのに、実際は、あんな人は知らないと言ったのです。時期尚早に感じます。しかし、イエス様は過越祭のときに屠られたのです。イエス様にとっては過越の祭に、犠牲の子羊として十字架にかかる必然性があった、としか考えられません。

二千年前にナザレのイエスという方がおられた。神の支配、神の国がきたとおっしゃり、数々の奇跡的な業をなさって、心にしみる素晴らしい言葉を残された。これらの点については皆さんが同意なさいます。でもユダヤ権力者とローマの権力が、誤解に基づいて暴力的にこの人を殺しただけなのに、なぜそれがわたしたちの罪のため、あるいはわたしたちを救うためだったと言えるのか。これはなかなか分かりにくいものです。それについての答えが、イエス様が過越の祭り時に犠牲の子羊として十字架にかかってくださったことにあります。

過越祭の度に、わたしたちに代わってわたしたちの罪を背負うものとして献げられてきた動物の犠牲の血。その血の代わりに、一度限りの、そして最後の犠牲としてイエス様が死んでくださったのです。これによってわたしたちは、神のみ前に生きることができるようになりました。そして、イエス様が復活されたことによって死の支配は打ち壊され、死は終わりではなくなったのです。ここにイエス様の死の意味が、はっきりと示されております。これを知ることがキリスト信仰の急所です。

聖書の証言に、「わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです」(ガラテヤ二章二十節c)、「わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださった」(ローマ五章八節)、「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコ十章四十五節)、「すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります」(Ⅱコリント五章十四節c)。「キリストは(旧約)聖書に従って、わたしたちの罪のために死なれた」(Ⅰコリント十五章三節)とあります。イエス様の死は、わたしのため、わたしたちのため、多くの人のため、すべての人のためなのです。

イエス様は、世界のあらゆる十字架、残虐、暴力に終止符を打つために十字架につかれたのです。暴力に勝つには、やり返すか、それを吸収してしまうくらいの大きさがいるだろうというのがわたしたちの理解です。しかしイエス様は、弱さをもって、小ささをもって罪を吸収されたのです。神が弱さという方法を選択されたことに気付いて始めて信仰は起こります。世界が変わります。イエス様の死から三百年もたって四世紀になって初めて十字架は、信仰のシンボルになりました。本物の十字架刑を見た人が全くいなくなるまで、とても十字架を象徴にはできませんでした。それほどの呪いだったのです。人の目には、十字架での死は失敗者の死です。神はわたしたちの代わりに罪なきお方を罪とされたのです。

祈ります。

父なる神、「人の子は、十字架につけられるために引き渡される」という、イエス様のお言葉が心に響きます。わたしたちの罪の重さに打ちひしがれます。しかし、イエス様の流された血によって、わたしたちはもう動物の犠牲なしに、あなたの御前を生きることができるようになりました。この恵みに感謝します。どうかこの喜びを忘れず、いつもあなたの御前を、イエス様に従って歩むことができますよう導いてください。今日の総会が主に喜ばれる報告となりますように。

主にみ名によって祈ります。アーメン。

 

5月19日の音声

 

2019年5月12日 復活節第4主日
「すべての民族を裁く」
マタイによる福音書25章31-46節

 

イエス様がずっと説教をなさっています。思い返しますとイエス様の説教は五章から始まり、実にいろいろなことが語られました。そして二十四章から二十五章にかけて書かれていますのが、オリーブ山でなさったイエス様最後の長い説教です。終末について、その徴は何か、どんな苦難があるか、いつ来るのか、その日をどのように備えて待つのかと、次々に話をなさいました。今日聞きましたのは、そのオリーブ山での最後の教えのそのまた最後、総決算とでもいうべき説教です。その総決算とでもいうべき説教がこの世界は裁かれるという宣言なのです。

キリストが再び来られる時、世界に何が起こるのかを話しておられます。羊飼いと羊、山羊が出てきますのでたとえ話の様ですが、これはいわゆるたとえではなく、はっきりとこの世の裁きを語っておられます。「すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く」(三十二、三十三節)。終末の話ですから、その時生きている人だけでなく既に世を去った者も死から起こされて、皆集められ裁きの座に就くのです。全世界、生ける者と死ねる者とを裁き給う「大きな物語、壮大な物語」です。

神の国の王、再臨のイエス様は、右側に置かれた人、つまり羊にたとえられる正しい人々にこうおっしゃいます。「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からおまえたちに用意されている国を受け継ぎなさい」(三十四節)。父なる神に祝福されているということが前提になっています。そして、この神に祝福された人たちは、国を受け継ぎます。「わたしが飢えていた時に食べさせ、のどが渇いていた時に飲ませ、旅をしていた時に宿を貸し、裸の時に着せ、病気の時に見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたから」(三十五、三十六節)という理由です。「わたし」とは言うまでもなく王であるイエス様です。すると、この右側の正しいとされた人は首をひねって王に尋ねます。「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか」(三十七~三十九節)。そんなことをした覚えがないからです。すると王が答えます。キリスト教倫理を語る上で忘れられない言葉です。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(四十節)。

このように聞いてまいりますと、終末の裁きの時に左右に分けられる基準は、わたしの兄弟である最も小さいものに食べさせ、飲ませ、宿を貸し、見舞い、訪問したかどうかだとおっしゃった様に思えます。だとすると何か良い行いをしたものが、つまり業によって人は救われる、あるいは何かをしなければ滅ぼされるということかな、一瞬そう思います。ではこの説教は終末の裁きに備えるために、良い業をしなさいという教えなのでしょうか。他人には、誰であれ親切にしましょう。ひょっとして、その人がイエス様の兄弟であるとしたら大変だから。そんなことが言われているのでしょうか。民話などによくあります。みすぼらしいお爺さんが訪ねてきたので泊めてあげたら実はその人は神の使いであった。もしそうであるとするならば、その良い業は「永遠の命」という報酬目当ての行為となってしまいます。そういうことではありません。教会の教えは言うまでもなく「イエス様の十字架によって、わたしたちが贖われる、救われる」ということです。もしわたしたちの業が救いの根拠であれば、キリストの十字架を軽んじることになります。良き業は贖われた人が、つまり救われた人が、神のご愛にお応えする業です。恩寵が先行し信仰は後続です。

この最も小さい者とはだれのことなのかが気になります。忘れられない思い出があります。それはわたしがまだ学生であった時、香里教会にいた二歳年下のある青年が、いつも小さい人々に寄り添う姿勢を示したことです。当時京阪電車は三条が終点でした。今のように出町柳までは走っておりませんでした。三条から大学までは市電か市バスに乗るのですが、大変混雑しており、また時間も不正確で来たり来なかったりしますので、よく鴨川べりを歩いて大学に向かったものです。この後輩もわたし同様よく歩いていたようです。当時は橋の下に、今言うホームレス、当時は乞食と呼ばれる人がいました。わたしはこの人たちと話す気など全くなかったし、働いたらいいのにと思いながら無視して歩いておりました。当時は働く気さえあれば、だれでもどこででも働けた時代です。一方で彼は、しばしばこの橋の下のおっちゃんと話をしていました。そして驚いたことに昼食用に持っていたジャムパンをあげるのです。まさにお腹を減らしている一人の人にパンを差し出していたのです。思いつきではなく毎日のようにそうしていました。それだけでなく香里園の駅で困っている人がいれば必ず声をかけていました。たとえ礼拝に遅刻しようとも、目の前の困っている人には手を貸すというのが彼のスタイルでした。やがて彼は、経済学部を卒業してから神学部に移り牧師になりました。今は大学の教授ですが、神学生の時も差別された貧しい人のコミュニティーに住んで活動しました。わたしはこの人の行為を偽善的と感じて、あまりいい印象を持っていなかったのですが、一方で確かに聖書には、そういう教えがあるなとは思っていました。でもその教えと自分の行動は結びつきませんでした。それはこの乞食がキリストの兄弟である小さな者なのか、単なる怠け者、神に裁かれるべき者であるのかが分からなかったからです。わたしの福音理解では、小さな者とは自分であって、主はこのわたしにも水を飲ませてくださる、感謝だとは思いましたが、自分が他人に水を飲ませることができるなどとは思ったことがありませんでした。というより自分が水を飲ませる立場にはないと思っていました。若い頃のわたしのこうした思いや疑問は、誤解に基づく点もあって、今では懐かしくもほろ苦い感じがします。

小さい者とはだれのことでしょう。多くの方がそうではないかと思うのですが、小さい者と聞きますと、まず金銭面で豊かでない人、生活に困っている人が思い浮かびます。次に虐げられたり、迫害されたりしている者たちです。たとえばパキスタンに逃れたロヒンギャの人たちのような寄留者、難民です。内戦で国を捨てざるを得なかったシリア、ネパール、アフリカの国の人が少数ですが日本にもいらっしゃいます。あるいは、肉体に障害があって働けない、動けない人もそうでしょうか。もしそうだとすると、わたしたちの周りにはそういう方々がいっぱいおられます。どうすればいいか困惑してしまいます。どうもわたしたちは、お金があり、元気で、迫害されていないことが神によしとされているのだという理解をなんとなくしているようです。自分は小さな者ではないがこの世の中には小さな人が大勢いる。そういう人に親切にしないといけないのだ、という肯きがあるようです。

しかし、ここでイエス様がおっしゃっている小さな者とは、そういう意味ではありません。「この」小さな者ですから、普通に解釈すれば、この小さな者とはイエス様の目の前にいる者、弟子たちでしょう。同じような言い方が十章の弟子を伝道に送り出すときに出てきました。「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。・・・はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(十章四十~四十二節)。このことからも弟子たちではないかということがわかります。

もう一度、今日のイエス様のお話を振り返ってみましょう。「わたしの父に祝福された人たち」が登場しますが、何かをしたかしなかったかは全く触れられておりません。一方的にお前たちは飲ませてくれたとおっしゃいますが、だから祝福したのではないことがはっきりしています。神が用意してくださった国を受け継ぐ人がいる。どうして祝福してくださったのかという疑問にたいして、それはわたしの兄弟であるこの最も小さな者の一人にしたからだと弟子たちにおっしゃっています。小さな者の一人に水を飲ませたので、わたしに飲ませたことにしよう、あたかもわたしに飲ませてくれたようだとおっしゃったのではありません。小さな者の一人にしたのは、わたしにしたのだと断定しておられます。するとイエス様のこのお話は、弟子たちを自分と同じもの、ご自分と一つに見てくださっていることが分かります。わたしたちはイエス様の弟子でしょうか。「この」という言葉で表現できるようにイエス様の近くにいる者でしょうか。もしそうであれば、なんと幸いなことでしょうか。わたしたちの内の一人に水を飲ませてくれるものは、終わりの時に天の国を受け継ぐのです。最初の説教である山上の説教はこう始められていました、「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」。初めから最後まで一貫しているように思えます。イエス様のお話の急所になっているのは、イエス様が、わたしたちをご自分と一つだ、同じだと言ってくださっていることです。いつも申し上げますが「神が人となって世に来てくださった。だからわたしたちは神に近づき、神になることができる」のです。イエス様がお前たちはわたしと同じだとおっしゃったのですから。極めて大切な総決算のこの地上での最後の説教において。

羊と山羊の比較が聖書には出てきます。羊は実に良い動物、山羊は特別に悪い動物ということではありません。よく似ているというたとえで出てきます。山羊と羊は普段は一緒にいるのです。簡単に分けられない。しかしきっぱり区別される時が来る。羊と山羊は終わりの時には分けられるのです。わたしたちは割と簡単に神がまだ分けておられない者を区別するのです、あの人は好い人救われる人、あの人は良くない人救われない人。うちの主人は威張っているけれども山羊なのよ、わたしは羊だけれどとおっしゃった婦人がいました。夫は裁かれて滅びる、私は救われて御国に入るという意味でしょうが、でも本当はわからないのです、今のところは。教会には来ない連れ合いは山羊なのか羊なのか。だからわたしたちは祈っているのです。わたしたちも山羊に分類される可能性があります。だから畏れつつ礼拝しますし、神の前に生きようとしているのです。改革者の合い言葉は、「コーラム・デオ」、「神の御前に生きる」です。

わたしたちは、近世以降のヒューマニズム、人間中心主義にどっぷりとつかっております。ものの見方が人間中心、自分の自由意志が中心なのです。ですから当然、あなたはどうするかが問われます。それは人類の長い歴史の中で人が勝ち取ったもので、悪いことではなく神の祝福といってもいいのですが、しかし人は神の御前に生きる者であることだけは忘れてはなりません。神の前に立てば、わたしたちは皆小さな者です。自分は神に何をしていただけるのか、受け身の問いがもっと必要なのです。すると橋の下のおじさんを無視することもなくなりますし、パンをあげなきゃという一種の脅迫観念もなくなります。その人が神の前にいる自分と同じ人間に見えてきます。どちらも神の助けがいる存在です。本来のキリスト教ヒューマニズムとは、そういうものではないでしょうか。カルカッタの路上にいる死を待つだけの、いかにもみすぼらしい人を見て、その人の中にキリストの姿を見ることができたマザー・テレサは素晴らしい人だと思います。水をくれという乞食と十字架の上で渇くキリストが重なります。この人はわたしだ、わたしと同じ人だ、この人はキリストなのだ。水を飲みたいはずだと思ったのです。

聖書の教えは逆説に満ちております。イエス様ご自身が、最も小さいものになられたからです。『キリストに従う』(あるいは『服従』、森平太訳、新教出版、1966年)という著作で、ボーンフェーファーがこう言っております。「神の言葉は弱いものであって、人間から軽視され嘲笑されるほどである。御言葉の前にあるのは、頑なな心と、人を閉ざす罪である。御言葉は,自分をつぶしにかかる反抗があるのを認め、そのために苦しむ」(p203)。神の言葉はそういう弱いものなのです。そして、この神学者は続けます。「この御言葉の弱さについて何も知らない弟子は、神の御子が貧しい姿を取られたという秘義を認識することがなかったであろう。人が躓くことを知っていたこの弱い御言葉だけが、罪人を心の奥底から悔い改めさせる強くかつ哀れみに満ちた言葉なのである」(p204)。これは実に深い言葉です。一度耳で聞いただけではわかり難いでしょうから、お配りする説教プリントでじっくり味わってみてください。

もう三十年以上前ですが、ニューヨークにおりました時に、マンハッタンのある有名な病院のリハビリテーション・センターにかかっている詩が話題になりました、日本でも紹介されてご存知の方が多いと思います。作者は不明ですが、人生が全く自分の思い通りではなかった人です。おそらく長く入院した人です。小さく弱い人の信仰告白です。その詩はだいたいこうです。心を打ちます。

大きな事を成し遂げるため強さをくださいと神に祈ったら、
謙虚さを学ぶようにと弱さを授かった。
偉大なことができるように健康を求めたら、
もっと価値あることをやれと病気を与えられた。
幸せになりたくて豊かさを欲したら、
賢明になるようにと貧しさをくださった。
世の人たちに褒めてもらいたいと力を望んだのに、
神の必要性を感じるようにと弱さを与えられた。
人生を楽しめるようにと、すべてのものを願ったら、
あらゆるものを楽しめるようにと、命をくださった。
求めるものは何一つ下さらなかったけれど、
願いはすべて叶えてくださった。
こんな意に沿わないわたしであったにもかかわらず、
言い表せなかった祈りまで、神はすべて聞いてくださった。
わたしはあらゆる人々の中にあって、最も豊かに祝福されたのだ。

人は自分の弱さに向き合う時、はじめて他の人に福音を語れます。なぜなら神の言葉は愚かで弱いものに聞こえるからです。でも本当は神の愚かさは、人よりも賢いのです。わたしたちに水を飲ませてくれる者と飲ませてくれない者がいる。でも気にしなくても大丈夫です。最後はイエス様が決着をつけてくださるのですから。

祈ります。
イエス様のなさった説教をずっと聞き続けてきました。わたしたちを御国の民として招いてくださったことを感謝します。与えられたものが何であるのか、時にはこんな大きなものをと戸惑いますし、何もできない自分を申し訳なく思いますけれども、わたしたちをイエス様と同じもの、一つであるものとしてくださったことを知りました。あなたのご愛に深く感謝します。主のご愛に応えて生きることができますように。
主の御名によって祈ります。アーメン。

 

A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFERED

I asked God for strength, that I might achieve
I was made weak, that I might learn humbly to obey…

I asked for health, that I might do greater things
I was given infirmity, that I might do better things…

I asked for riches, that I might be happy
I was given poverty, that I might be wise…

I asked for power, that I might have the praise of men
I was given weakness, that I might feel the need of God…

I asked for all things, that I might enjoy life
I was given life, that I might enjoy all things…

I got nothing that I asked for — but everything I had hoped for
Almost despite myself, my unspoken prayers were answered.

I am among all men, most richly blessed!

 

5月12日の音声

 

2019年5月5日 復活節第3主日
「タラントンのたとえ」
マタイによる福音書25章14-30節

 

わたしたちは、これまでイエス様のお話になったたとえをたくさん聞いてきました。今日はその最後のたとえ話です。来週の三十一節以下は、一部たとえを用いて語られてはいますが、全体としてはたとえではありません。二十四章から二十五章にかけては、先週もそうでしたが、キリストの再臨はいつになるかわからないので、絶えず備えて待っているようにというものでした。今日も「終わり」に関係した話です。終わりの日そのものではなく、その日を待つにあたって、神のご支配に生きる者はどのように生きればいいのかという話です。先週聞きました十人のおとめの話に続いて、十分に油を備えて賢く待つというのは、具体的にはどのように生きることなのかということです。わたしたちは皆、イエス様の再臨を待ち望む神の民です。ただ生きているだけではなく、与えられた賜物を活かして待つのです。よく似た話がルカ福音書にもありますが、細部がかなり違っております。イエス様は別の機会に似た話をなさったのでしょう。大事なことについては、よく似た話を度々なさったものと思われます。マタイはこの話で、終末の話を締めくくっています。この中でイエス様は備えて待つ人の生き方を示しておられます。

ある主人が、僕たちに五タラントン、二タラントン、一タラントンを与えて旅に出ました。タラントンはお金の単位で六千ドラクメに相当します。ドラクメはデナリオンと同じで労働者一日分の賃金ですから、一タラントンは二十年分ほどの賃金にあたります。現代でいえば何千万円にも相当する額です。ご自身の年収をもとに計算(二十倍)してみてください。二タラントン、五タラントン、ものすごい金額ですね。ちょっとお金を預けて出かけたというのではなく、財産を預けたのです。そこでこの預かった財産をどうするかが問われることになります。

今日のたとえ話も、「天の国はまた次のようにたとえられる」(十四節)と、先週の十人のおとめの話の始まりと同じように訳されていますが、元の言葉では、いきなり「の様だ」と始まります。しかし明らかにこれは前の話の続きですので、天の国はと補ってあります。神のご支配になる国、わたしたちの世界のあるべき姿です。「ある人」とは、その国の主人、イエス様のことを指しております。僕(しもべ)たちと訳されているのは奴隷という言葉ですが、自由のない人格を無視された、たとえば近代のアメリカの奴隷ではなく、当時の家で働く従業員のことです。「わたしの僕たち」という意味で、御国の民、わたしたちのことです。主人は僕たちに自分の財産を預けます。銀行の代わりをさせるためではなく、この財産を自由に使う特別な使命を与えようとしたのです。そして主人は長い旅に出ます。ご自分が十字架で殺され、天に昇り、甦って後、再び天に挙げられそして最後に帰ってこられることを暗におっしゃっているようです。十九節の「かなり日がたってから帰ってきて」というのは、終わりの再臨を指しておっしゃっていることが分かります。

この時の財産の預け方ですが、「それぞれの力に応じて」(十五節)です。主人は僕をよく知っております。各人の力量に応じて財産を預けます。ただその使い方については指示がありません。僕の判断に委ねたのでしょう。みんな預かった財産を運用する力を持っておりました。わたしは経験がありませんが、何千万円ものお金を預かれば、どう運用するかは真剣な課題です。まず五タラントン預かった者は、すぐ出て行って商売をしました。ビジネスを展開して五タラントン儲けました。なかなかのものです。同様に二タラントン預かった者も、二タラントン儲けました。ニュアンスとして偶然もうかったというわけではなく、懸命に努力して与えられたものを最大限使ったのでしょう。二人とも預かったものを二倍にしたわけです。ところが三番目の僕、一タラントン預かった者は、穴を掘ってこの一タラントンを隠しておいたのです。この僕は全く違う行動に出たのです。当時は地下に埋めて隠すのが一番安全な隠し方だったようです。海外子会社を経由して第三国に送金して隠すというような方法はなかったのです。

「さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた」(十九節)。さて、ずいぶん時が経ってから、主人が仕事を終えて長旅から帰ってきます。再臨までかなりの時間があると暗示なさっています。旅から帰って主人は一人ひとりと預けた財産の清算をします。「清算する」の直訳は「言葉を決定する」です。預けた財産の評価額を決定するわけです。預けたお金が、今はどうなったか。どれぐらい正しく管理したかです。「まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました』」(二十節)。まず五タラントン預けたものが進み出ます。預かった五タラントンとは別に、もう五タラントン儲けたと報告します。喜びいさんで差し出したのでしょう。御覧くださいと言っています。どうですか、ここにもう五タラントンありますよと胸を張ったのでしょう。主人はよくやった、でかした、忠実な良い僕だとほめております。「主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』」(二十一節)。「えーっ」と思いませんか。五タラントンは大変な額です。何億円にも相当します。それをわずかなものだと言っています。最初に預けたのは能力に応じたわずかなものだが、しっかり働いたので、こんどはもっとたくさんのものを任せるというのです。これはユダヤらしい誇張で、新たに管理することになる多くのものがどれほど大きいかを際立たせる言い方です。この世界はキリストと共にあたえられたものを支配する楽しい活動に溢れています。一緒に喜んでくれと主人は言うのです。元の言葉では、喜びの中に入れと書かれています。天の国において開かれる祝宴が思い浮かびます。忠実な奉仕に対して、ゆっくり休みなさいではなく、もっと大きな働きが委ねられます。さて二タラントン預かった者も、全く同じ処遇を受けます。どれだけ多くを預かったか、五か二かにかかわらず、与えられたものを活かしたということが共通しております。

ところが、一タラントン預かった僕は、全く違った応答をしました。「ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です』」(二十四、二十五節)。「御主人様、あなたは、蒔かないところから刈り取る理不尽な要求をする方だ」と言うのです。厳しい方、難しい、または乱暴な方だと言っております。「あなたが厳しくなければ、リスクを取って商売できましたが、厳しいからリスクを避けてじっと隠しておいたのです」と弁解しました。不安は人を前向きにはしません。自己防衛の態度に導きます。預けられた賜物を活かせるのは、主人が寛容であると信じられる時です。神を恐れる人は、びくびくしてその人らしく生き生きと歩むことは難しいでしょう。もしキリスト者が自分に与えられた賜物を活かし切っていないとすれば、その人が持っている神概念が偏っている可能性があります。成果次第で裁かれないかとびくびくしている人は、思い切った活動はできません。

この人はまさか主人に叱責されるとは思わなかったようです。主人に言います。預かったあなたのお金は全部ここにあります、一銭も減っておりません。地中に隠してしっかり守っておりました。こう言った僕に主人は答えます。「『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに」(二十六、二十七節)。この三番目の僕は所謂怠け者ではありません。「怠け者の」と言われている言葉は、「ぐずぐずした」とか「臆病な」というのが元の意味です。優柔不断という感じでしょうか。一タラントンは決して少ない額ではありません。やはり多額の財産を預かったのです。しかし、他の二人よりは少なかったので、この僕は自分に自信が持てなかったのかもしれません。

ローマ帝国支配下の植民地や属州には銀行があったようです。かなりの規模の経済活動がありました。市中に出回っている銀貨の量も多く、取り扱いは銀行がやっていたようです。銀行に預けるとそれなりの利息がもらえます。しかし、現代と同じで銀行もつぶれることがあったようですから、地の中に埋める方が安全だったかもしれません。この僕の判断が際立って悪いとは言えないと思うのですが、預かったものに手を加えないで、そのままにするのは悪いと言っています。

結局どうなったかと言いますと、「さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ」(二十八節)と主人が言い、最初にこの僕に預けられた一タラントンは取り上げられ、この僕に二度目のチャンスはありませんでした。五タラントン預けた者、今は十タラントン持っている者に預けなおし、さらに財産を増やしてくれとなったわけです。そして、わたしたちがよく知っている有名な聖句が続きます。「だれでも(与えられた以上に)持っている人は更に与えられて豊かになるが、(与えられたものしか)持っていない人(手を加えない人)は持っているものまでも取り上げられる」(二十九節)。そして最後はこう締めくくられております。「この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう」(三十節)。

自分の人生の総決算が行われる時に、「よくやった、忠実な僕よ」とイエス様から言われたいわたしたちにとって、今日の聖書箇所はつまずきです。わたしは最初からこのたとえに困惑しました。なぜならわたしは一貫してキリスト・イエスの信実によって救われるのであって、わたしたちの信仰の働きによるのではないと言い続けてきたからです。救いの根拠はわたしたちの外にあると。四十周年記念礼拝での説教を覚えておられると思います。この四十年、わたしたちが何をしたかではなく、神が何をしてくださったかを知ることがより大切なのだと申しました。今年の洗足木曜日にも「イエス様に足を洗っていただくことが大事なのだ。罪びとであるわたしたちは、神の救いに与ることが肝要なのだ」と申しました。この点について、わたしはマラナ・タでの十年間ブレがなかったと思います。ところが今日のたとえについては、頑張って与えられたタラントンを活かすのだ、しっかり働け、この世に証をたてろと説教する牧師が多いのです。今の教会生活でいえば、祈りなさい、伝道しなさい、献金しなさい、困っている人に尽くしなさいというようなことです。しかし本当にそういうことをイエス様はおっしゃったのでしょうか。

今日のたとえは、キリスト教の根本に深くかかわる話だと思います。キリスト教の神は、人間の方から何か手伝いを必要となさる神ではありません。わたしたちの信仰生活は、ただ受け身で一方的に神の側から与えられた信仰に生きる生活です。けれども、わたしたちがただ恐縮して、感謝、感謝と言って生きるだけのものではありません。神は人を尊重し、主人の仕事を任せてくださるのです。力量に応じて大きな財産を預けて、主人の代りにその財産を管理するように言われております。主人は安心して旅に出ることができる。このたとえではまるで主人がいないかのように、すべての業が僕に委ねられています。イエス様がこのたとえを最後に話されたということは、終わりの時まで、わたしたちがこの話に出てくる僕なのだとおっしゃっているのでしょう。わたしはお前たちを信頼している。財産を預けよう。これは驚くべきことではありませんか。わたしの大好きな詩編八篇にありますように、神は人を神より少し低く作られた。神の似姿に作られた。神に近い、思い切って言えば、ほとんど神である存在となさったのです。人が神に近いとは畏れ多い表現ですけれども、実はこのことこそが教会の核となっている中心の教えです。神が人となってくださった。だから人は神に近づくことができる。人間は神の仕事を手伝うことができるのです。この世で与えられたもの、この世界、この環境を神に代わって管理して生きるのです。

皆さんよくご存じのようにテレビにはタレントと呼ばれる人が登場します。見ているとほとんどお笑い芸人と同義ではないかと思えますが、いうまでもなくタレントとは才能ある人という意味です。それはともかくとして、このタレントなる言葉は、もとは今日の聖書箇所に由来するものです。近世になってから神の財産であるタラントンが、この世界というよりも、タレント、個人の才能という意味になりました。人のことに限定され矮小化されるようになったのです。このタレントが神によって与えられたものだとすると、大きい才能にせよ、小さな才能にせよ、あるいは特別な才能にせよ、ごく普通の才能にせよ、それは神から運用をまかされた尊い財産です。その財産を活かして用いる生き方をしなければ、どんな才能も意味がありません。与えられたものをしっかり受け取り、用いなければなりません。何も与えられていない人は誰一人いません。どんな人でも賜物を与えられています。そして、与えられた賜物を神の思いに応えて用いることを期待されているのです。

若いころ、青年会でよく話し合いをしました。いったい自分に神から与えられたタレントとは何であろうか。福音派の教会では重荷ということもありました。神から語学の才能と健康という賜物を与えられ、インドネシアのジャングルの中へ、あるいはボリビアの山の中へ伝道に行った友人もいましたが、「あの人は海外宣教に重荷を持っているのだ」、こんなふうに言いました。使命と訳す方がずっと意味がよく通ります。生きる意味を与えてくれるものです。

イエス様は、この主人が預けたタラントンとは、こういう意味だとはおっしゃっておりません。しかしはっきりわかっていることがあります。ひとつはイエス様が十字架におかかりになる直前に、たとえとしては最後に話されたのがこれだということです。するとこのたとえは十字架に結びついている。つまり神の愛に深くかかわっているということです。もう一つは、怠け者と訳された臆病という単語です。ここでは第三の僕として臆病者のことが話されております。主人を恐れて保身を考え最後は外の暗闇に放り出された僕です。明らかにイエス様はこの第三の僕のようになるなとおっしゃっています。わたしたちにとって大切なのは、イエス様に全幅の信頼を置いて従うこと。イエス様との関係が何よりも大事なのです。たくさん与えられていることに価値があるのではありません。貧しさは富よりも、病気は健康よりも大きな賜物となり得ます。わたしたちの思いとは異なることもあります。五であれ二であれ、一であれ、与えられたものを活かして主人と喜びを共にする者になる、これこそが求められているものです。これは裁きの話ではありません。頑張れと言う号令でもありません。神の似姿であるわたしたちへの慰めに満ちた励ましです。ご自分の持つ喜びの中に招いておられる、天の国の祝宴に引っ張り込もうとしておられるのです。わたしのいつもの言い方では、主人であるイエス様が「まず同じ一つの食卓に着こうではないか」と招いてくださっているのです。

すべての人は、皆それぞれ神から賜物を与えられています。例外はありません。他人と見比べる必要はありません。与えられたものをしっかりと受け取り、用いればいいのです。力に頼れば力を奮って何かを壊します。感覚に頼れば空回りします。イエス様との愛の関係の中で、力に頼らず勘で動かず、主に喜んでいただこうと働くこと、それが重要なのです。神は必ずその意志に報いてくださいます。みんな喜びの食卓に招かれております。臆病になる必要はないのです。すべてを委ねて従うとき、自由にのびのびと正しく歩むことができます。

祈ります。
天の父なる神、わたしたちに大いなる財産を預けてくださいましたことを感謝します。あなたと共に喜べるような実りある生き方をするために、この財産を用いるにはどうすればよいのか教えてください。あなたにすべてを委ねて従うことができますように、そして、あなたに結ばれてあなたのために働くことができますよう豊かに導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

5月5日の音声

 

 

2019年4月28日 復活節第2主日
「十人のおとめのたとえ」
マタイによる福音書25章1-13節

 

復活祭を挟んで、久しぶりにマタイ福音書の連続講解説教に戻ります。今日から二十五章にはいりますが、すぐ前の二十四章から続いているイエス様の弟子たちへの一連の説教の続きです。ずっと「終わり」に関して、天の国、神のご支配の中では何が起こるのかをお話になっております。二十四章の見出しをざっと追ってみると、「終末の徴」、「大きな苦難の予告」、「人の子が来る」、「目を覚ましていなさい」、「忠実な僕と悪い僕」と続いており、最後の「忠実な僕と悪い僕」では、思いがけない時に主人が帰ってきましても、忠実で賢い僕は言われたとおりにしているので幸いだが、悪い僕は厳しく罰せられると語っておられます。そして今日の御言葉です。新たに「そこで」と始められて「天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く」(二十五章一節)と、十人のおとめの話をなさいます。終わりのとき、忠実な僕、悪い僕と同じく、賢いおとめと愚かなおとめがいると畳み掛けるように話されたのです。忠実な男であれ、賢い女であれとおっしゃいます。

聖書はわたしたちの世界に「初め」があり「終わり」があると教えています。ある人にとって不条理に満ちたとしか言いようのないこの世も、決して永遠に続くのではないと語ります。また、仕事が順調で健康にも恵まれ、家族も皆元気という人にも終わりがきます。先ほどご一緒に唱えました使徒信条の中に「かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを裁きたまわん」という言葉がありますが、キリストが終わりの日に再び来られ、この世界を裁定されるということです。「その時が来る」と教会は二千年近く告白してきました。かしこより、つまり「はるか遠いところ」よりという意味ですが、天よりキリストが来られるのです。身近な「終わり」、人の死と比べ、「この世界の終わり」とか「終末におけるキリストの再臨」はどうもピンときません。けれども、終わりの時に褒められるのか、罰せられるのか、これはここにいるわたしたちすべてに深く関わっております。

今日聞きましたイエス様がお話になった「たとえ」は結婚式の話です。古代の中東の結婚式がどのようなものであったかわたしたちは知りませんが、民族学者はある程度分かると言います。わたしたちの結婚とはずいぶんやり方が違うようです。まず両家族の間で結婚に関して一応合意がなされます。それから長い準備期間を過ごした後、いよいよ婚宴を行う直前に最終的話し合いが行われます。あらかじめ渡されていた持参金(たとえば数頭の牛)が適正だったか(多かったか少なかったか)など、花嫁を嫁がせるに関して最後の確認があるわけです。この交渉が成立しますと花婿が花嫁の家に来て、前祝いとでも言うべき祝宴が行われます。二日くらい続くようです。それが終わると今度は花婿が花嫁を自分の家に連れて帰り、そこで本格的な大祝宴、歌と踊りとお酒の祝いが一週間ほど行われます。まず花嫁の家で、次に花婿の家でと二段構えの祝宴です。大変大掛かりです。この初めの、花婿が花嫁の家にやって来たときに迎えに出る役割を担っていたのが、今日の聖書箇所に出てくる十人のおとめ、花嫁の友達や親戚です。時としては町外れにまで出て花婿を迎えるのです。直前の両家による最終交渉がいろいろな駆け引きで長引きますと、花婿がやってくるのが遅くなります。日没後になることもめずらしくはなかったと学者は言います。今と違って電気がなく夜は真っ暗ですから、ランプに火をともして待つのです。それがこのおとめらの役目です。 わたしは吹田の国立民族学博物館で、真夜中に花婿が花嫁の家に大勢でやって来るシーンを記録映画で見たことがあります。アフリカのものでしたが、もちろん現代の映像です。イエス様がお話になったこのたとえが、まさにそういう状況かどうかは分かりませんが、似ていたのではないかと想像できます。イエス様のたとえでは、花婿が遅れてやって来たとき、この十人はみな眠りこけていたというのです。電話もスマートフォンもない時代です。いつ来るかわからない花婿を真夜中まで待っておれば誰でも寝てしまうでしょう。無理もありません。たとえ話は続きます。

いよいよ、遅れていた花婿がやってきました。真夜中に「花婿だ、迎えに出なさい」と叫ぶ声がします。眠っているうちに油が燃え尽きたのでしょう、おとめらは急いで起きてともし火を整えます。ところが「愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた」とあります。五人は壷に油を持っておりましたから、あわてなくてもよかったのですが、残りの五人は油の用意がなく、真夜中に店に買いに行かねばならないという状況に追い込まれてしまったのです。聖書は、壷に油を用意していた初めの五人を賢い、油の用意のない五人を愚かと呼んでいます。賢いか愚かかは、知力が高いか低いかではありません。問われたのは、花婿が到着した時、油の用意ができていたかどうかです。できていなかった五人は婚宴の祝いに入ることが許されませんでした。油を買うために出かけており、その場にいなかったからです。夜中でも婚宴のような祝い事が近所であるときは店が営業していたのか、頼み込んで開けてもらったのか、よくわかりませんが何とか調達して帰って来た時にはすでに扉が閉まっていたのです。面白いたとえです。

「終わり」についての話は、しばしば恐ろしいことが語られます。今日の聖書箇所も「終わりの日に起こる恐るべきこと」として読む方がいらっしゃるかもしれません。特に十一節と十二節はそんな風に読めないこともありません。「その後で、ほかのおとめたち(愚かな方の五人)も来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた」(十一、十二節)。外に閉め出されてしまうというのですから確かに恐ろしいことです。人の不安に付け込んで、世の終わりが来る前にこれを買えば助かる、これを信じたら助かるなどという商売がはやったことがありました。しかし、イエス様は、「恐ろしい終わりが来るから、締め出されないように備えなさい」とおっしゃっているのでしょうか。

このたとえ話も終わりの時に関する話ですが、「結婚」が舞台となっていることは重要なポイントです。ここで語られているのは結婚の祝宴です。その習慣はわたしたちのものとは全く違いますが、「喜びの場である」ということは同じです。聖書によく婚宴の話がでてきますが共通しているのは「喜び」というテーマです。それは一週間も祝いが続くというところにも象徴されますように、わたしたちが考える以上に大きな「喜び」です。この時こそは村人が皆、心から喜び楽しむことができる。自分が結婚するのではなくても、みんなに大きな喜びがある。それが結婚の祝宴です。終わりは喜びの時なのです

人生には必ず終わりがあります。この歴史にも終わりの時が来るでしょう。終わりを恐怖としか感じられないなら悲しむべきことです。終わりに向かう自分自身のことを考える時、そこに虚しさや恐れしかないなら惨めなことです。しかしイエス様は、終わりの日をみんなの喜びの日として語っておられます。終わりの日を喜びの日として受け止められる。それが教会の姿でありキリスト者の姿です。天の国、神のご支配の中にいる人にとっては、終わりは単なる恐れではなく、「婚宴」にたとえて語られる喜びの場なのです。聖書は終わりを新しい命に生きる場、人の誕生と同じだと捉えています。命の終わりは命の始めです。

わたしたちはみな等しくこの祝宴に招かれております。大きな喜びへと招かれています。しかし、先ほども申しましたように、招かれた十人が二通りに分かれたのです。「そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった」と、賢い者と愚かな者に分かれました。婚宴の席に就けたかどうかが決まったのです。この場合の賢いか愚かかは、知力が高いか低いかではありません。賢いか愚かであるかその違いは油の用意をしていたかどうかの違いであったというのです。わたしたちは何を用意すべきなのでしょうか。

ここで、神とわたしたちの関係について今日のたとえから一つ気になることがあります。それは油を用意していた五人はなぜ他の五人に油を分けてあげなかったのか、ということです。共に分かち合い、たとえランプの数を減らしてでも一緒に花婿を迎えたらよさそうなものです。しかし、わたしたちは人生における厳粛な一面をここに見なければなりません。つまり他の人に分けることができるものと、できないものがあるということです。その人がどのように生きてきたかは、他の人と分かつことも代わることもできないのです。わたしもあの人の様に生きたことにしてください、というのはできないのです。あくまでもその人自身が問われます。その人が賢かったか愚かであったかが問われます。ともすれば「親のせいで、あの人のせいで」と言いたくなるものですが、「あの人が油を分けてくれなかった」という言い訳は通用しません。神の前に立つ終わりの時には「他の人がどうであったか」ということではなくて、「あなたは油を用意していたか、いなかったか」が問われるのです。神の審判は明確で、周りの人に責任転嫁はできません。厳粛なものです。

このイエス様のたとえ話はマタイ福音書にだけ記されています。その背景にはイエス様の再臨を待ち望んでいたマタイたちの教会の状況があります。初めの頃は、すぐにでもお甦りになったイエス様が来られて神の国を完成してくださり、迎え入れてくださるという期待があったようです。それは当時のキリスト者が生きている間に起こると信じられていました。しかし、なかなかイエス様の再臨はなかったのです。そのうち迫害が激しくなります。そうすると、「いったいいつまで待たなくてはならないのか」という思いがみんなの心を支配するようになっていきました。そのような時、生前のイエス様の言葉が思い出されたのでしょう。十三節「だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから」。

このたとえは長期に待つことがあるかもしれないとき、わたしたちがどこまで先を見て生きているかを問いかけてきます。遅くなるかもしれない花婿を迎え、花婿と共に祝宴の喜びに与る時までを視野に入れて油を十分に待っていますか、ともし火は持っていても備えの油は持っていないのではありませんかと。目先のことだけに目を向け、その場その時のことだけを考えて生きていなか、花婿であるキリストが来られるのに備えているかという問いをわたしたちに投げかけているのです。終わりを待つ備えがあれば、大切な祝宴に入れてもらえる、そういうことではないでしょうか。良い意味での緊張感、終末的希望があるか、ないかなのです。

繰り返しますが、遠くを見て「終わり」に備えなければならないというのは、脅しではありません。そうではなく、希望があるということです。イエス様がおっしゃっているのは、信仰生活とは、目の前のことだけではなくて、終わりのことまでを見すえて生きることだということです。ずっと先かもしれませんが、みんな婚宴に招かれています。たとえ遅くなっても、花婿は必ず来ます。だからいつ来られてもいいように、ちゃんと油を用意しておこうということです。このたとえでは目を覚ましていることに重きが置かれていません。賢いおとめも眠っていました。準備が整っているならば安心して眠っていいのです。この世では、目の前のことにうまく対応し、その時を上手に要領よく過ごす人が賢い人と呼ばれます。しかしイエス様の言われる賢さは、この世の賢さとは違います。もし終わりの時に向かって目が開かれていないなら、それは愚かなことであると言われます。わたしたちには、花婿を待ちながら油を用意していたおとめたちの賢さが求められているのです。

わたしたちはマタイ福音書を通して、天の国に関するたとえをたくさん聞いてきました。天の国とは、神がご支配になる王国、つまり神の国のことです。神はこのご支配の中で、神ご自身とわたしとの関係を、愛し愛される関係としてくださいました。神との愛し愛される関係にあることの喜びを第一に生き、神を愛し、兄弟姉妹を愛することで、わたしたち自身が輝くことができます。天の父の栄光を現すことができます。希望を持って待ち続けることは決して失望に終わりません。いつ来られてもいいように神を待ち続け望み備えたいものです。

説教は、わたしたちひとりひとりへの問いかけです。問いには答えが求められております。答えは決断です。婚宴の席に招かれていることは何と素晴らしいことでしょう。いつも油を用意しておきましょう。御心に従って生きる決心をしておれば、いつ主が来られても大丈夫です。歴史の時間の中で起こる出来事によって左右されることなく、安心して歩むことができます。これが終末の希望です。キリスト者は喜びに生きるのです。マラナ・タ!

祈ります。

父なる神、わたしたちを祝宴へと招いてくださっていることを感謝します。花婿と共に祝宴の席に着く喜びを待ち望むことができますように。いつイエス様が再び来られても準備ができているように、今わたしたちに与えられている務めを大切にしながら、あなたを愛し、隣人を愛して生きていくことができますようお支えください。
主イエス・キリストのみ名を通して祈ります。アーメン。

4月28日の音声

 

2019年4月21日 復活日 イースター

「イエス復活する」
マタイによる福音書28章1-10節

 

おはようございます。主イエスのご復活を共に祝いましょう。今「おはようございます」と申しました。普段説教をこういう具合にあいさつで始めることは、あまりありませんが、今日は主のご復活日であり特別です。復活なさったイエス様が、その日の朝最初におっしゃった言葉が、「おはよう」だったからです。

この「おはよう」は、前の訳では「安かれ」、「平安あれ」と訳されていましたが、元の言葉は宗教的な言葉ではなく、「いらっしゃい」とか「こんにちは」といった感じの、ごく普通の明るい言葉です。朝ですと「おはよう」です。しかしそれにしても、「やぁ、おはよう」という挨拶は意外です。死者の甦りという、まさに天地もひっくり返るような重大なことが起こったのです。主の復活は教会にとってはもっとも大切な出来事です。大きな喜びですが、人間の外にある、理解を超えることです。もう少し厳粛な響きを持つ言葉を期待する場面です。にもかかわらず、イエス様のお言葉は非常に素朴な、ある意味で生活の匂いのする言葉だったのです。この「おはよう、カイレテ」は不思議な響きではありますが、喜ばしくてわたしは好きです。

ところで、今日は初めてイースターの礼拝に参加してくださった方々が何人かおられますので、少し理屈っぽくなりますが、いったいキリストの復活とは、これはどういうことだろうか、本当なのか、それとも単なる伝説で、信仰者の心の中での出来事なのか、教会はどうしてこういう不思議なことを信じて祝っているのか、その疑問に少し向き合いたいと思います。

わたしはミステリーが大好きで、特にコロンボ警部とか、シャーロック・ホームズやポアロの謎解きが好きです。十分観察して証拠を積み重ね、目撃証言をよく聞いて、ある出来事が本当かどうかに迫ります。探偵になったつもりで、二つの例について考えてみましょう。一つは歴史的な出来事です。今から二千四百年程前にアレキサンダーという若い王が、地中海世界を征服し、ペルシアを打ち破り世界的な帝国を作りました。本当でしょうか。証拠や証言はあるでしょうか。皆さん教科書に書いてあったというだけで、そう信じておられるようですが、実は確実な証拠は何もありません。記録があるだけなのです。その記録は、アレキサンダーの死後四百年くらいたってから書かれたものです。イエス様の復活は、死後三十年から四十年くらいの時に書かれた別々の福音書に記載があります。またパウロという人の手紙は、福音書より少し早く死後二十年くらいの時に書かれておりますが、イエスが甦ったという事を、事実として堂々と論じております。キリスト教に反対する人は大勢いたのですが、そんなことはないと否定している人はおりません。そんなことを言うのはバカだと言った人は大勢いますが、嘘だと根拠を挙げた人はおりません。イエスの生と死を知っている人がまだ生きていた時代ですから反論できたはずなのですが、復活は嘘だという証言はありません。弟子が死体を隠したのだろうという人はおります。すると弟子たちはこの話が嘘だと知っているわけですから、みんながみんな嘘のために命を懸けたことになります。数人の熱狂的な人が、イエスは甦ったことにしようと結束したのならありえるかもしれませんが、大勢が一致団結するのは無理なのです。すぐにほころびが生じます。そもそも二人で、これは絶対秘密だよと誓ったことが、すぐばれるのはよく知られたことです。あるいは弟子たちの心の中に起こった出来事だと言います。死んだ人に会いたいと強く思っている人は幻を見ることがあります。でもイエスに会いたいなどとは全く思ってなかったパウロや、そのほか何人もの人たちがイエス様に出会っているのです。これは集団幻想にしては規模が大きすぎますし、極めて不可解です。

もうひとつは現在のことです、ロシアの首都はモスクワです。信じますか。どんな証拠がありますか。行ったことがありますか。「ロシアの首都をモスクワと定める」と書かれた文書を見たことがありますか。日本がロシア大使館をモスクワに置いているからでしょうか。わたしは若い時にモスクワに行きましたが、クレムリンを見て、どうもここがロシアの中心らしいなとは思いました。レーニンの墓がありますし、みんなそう思っているみたいだとは分かりました。後にソ連の憲法を、もちろん翻訳で読んだのですが、それでもロシアの首都はモスクワだとはわかりませんでした。

にもかかわらずアレキサンダーの出来事にしても、モスクワにしても本当でしょう、おそらく。イエス・キリストの復活も本当だと考える方が理に適っております。少なくとも残された証言と、数えきれない状況証拠は復活が事実だと示しております。

マタイ福音書が書かれた時代には、ユダヤ社会とローマ帝国両方からキリスト者への迫害がありました。加えて、生まれたばかりの教会には絶えず論争があり混乱がありました。そのような厳しい迫害と混乱の中で、復活したイエス様の「おはよう」という素朴な、喜ばしい挨拶の言葉が心に響きます。教会の教えとは特別な人だけが理解できる思想、あるいは高度な精神性ではありませんし、限られた人だけが経験できるような神秘でもありません。身近な出来事の中で泣いたり笑ったりしている、その当たり前の日常の生活をしているわたしたちに対する「おはよう」、「こんにちは」という呼びかけを含むものなのです。「難しいことはさておいて、一緒に主イエスの復活を喜ぼうではないか」、そんな呼び掛けが聞こえてくる気がします。

イエス様が十字架にかけられた金曜日の翌日の安息日が終わりました。安息日とは「仕事」をすべて止め、休むべき日で、金曜日の夜から土曜日の夕方までです。安息日が終わる土曜の夜から新しい週が始まります。週の初めの日の明け方に、とありますから、日曜日の早朝です。マグダラのマリアともう一人のマリアがまだ暗いうちから墓を見に行きました。墓に葬られたイエス様のもとに向かったのです。ただ墓を見に行ったとあるだけで、なぜという理由は書かれていませんが、亡くなった先生に彼女たちが出来ることは、ご遺体に香料を塗ることぐらいです。無力感に打ちのめされていたでしょうが、婦人たちはせめて出来ることをと墓に向かったのでしょう。当時の墓は岩場に掘られた横穴式の墓で、入口を大きな石で塞いでいます。墓の入り口の石を誰かに動かしてもらわなければ入れません。すると大きな地震がおこりました。神が介入された徴です。墓の入り口の大きな石がずれて、そこに天使が座っていました。記録はこうです。「番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。『恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり復活なさったのだ。さあ、遺体の置いてあった場所を見なさい』」(四~六節)。天使に言われたので、二人のマリアは当然遺体のあったと思われる場所を見たでしょう。そこにイエス様のお体はありませんでした。墓は空だったのです。

彼女たちの見ている不思議な光景は、ただ恐怖をもたらしているだけです。稲妻のように輝き、真っ白な衣の天使の姿もそうしょうが、何よりも、神の力が現された場所に直接立ったときの恐れがあったでしょう。そこで天使はまず「恐れるな」と言いました。福音書では「恐れるな」とは、決定的に重要な場面に使われます。いずれも神がそこにおられる時です(一章のマリアの懐胎、十四章の水上歩行、十七章の山上の変貌など。「喜べ」と訳してもいいぐらいです)。そしてイエス様のご復活を伝えます。知らされたのは単に墓が開かれた、そして空になったことではありません。主イエスが「お甦りになった」ことなのです。「あの方はここにはおられない」。天使のこの言葉は、イエス様がもはや「死」の内におられないことを告げているのです。「死者の中から復活なさった」のだと語っております。復活なさったと訳されていますが、「起き上がらせられた」と受け身で書かれています。神が、わたしたちために犠牲となってくださったイエス様を復活させられたのです。十字架につけられたイエス様はもはや死の中におられず、死の外に立っておられる、そのことが告げ知らされました。

神の力に触れたことに恐ろしさを抱きながらも、もう一度イエス様に会うことができるかもしれないという喜びでいっぱいになった二人のマリアは、このことを弟子たちに告げようと急いで墓を出て弟子たちのいるところに帰って行きます。「すると、イエスが行く手に立っていて、『おはよう』と言われたので、婦人たちは近寄り、イエスの足を抱き、その前にひれ伏した。イエスは言われた。『恐れることはない。行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる』」(九、十節)。急いでいる婦人たちの前にイエス様がお立ちになりました。「おはよう」と言って。婦人たちは、ものすごくびっくりしたでしょう。一目でイエス様と分かったのでしょうか。イエス様の復活は、時間の中で現実に起こったのです。心の中で起こったのではありません。神の子が目の前におられます。ですから「恐れるな」なのです。「ひれ伏した」という表現はマタイによる福音書に十三回も繰り返されています。この言葉はただびっくりしてひれ伏したという行為だけではなく、礼拝したことをも意味します。二人のマリアも、死をうち破り死の外に立つ救い主の前でひれ伏し、礼拝する者として描かれているのです。

もう一つどうしても心に留めたいことは、ガリラヤで会うことになると七、十節で二回繰り返されていることです。一度は天使が婦人たちに「あなたがたより先にガリラヤに行かれる。そこでお目にかかれる」と弟子たちに伝えるように言い、確かに伝えましたよ、分かりましたかと念を押しております。そして、もう一度はイエス様ご自身が「行って、わたしの兄弟たちにガリラヤへ行くように言いなさい。そこでわたしに会うことになる」と、同じ指示をマリアたちにおっしゃっています。なぜガリラヤで会うことになるのでしょうか。そしてなぜ、わざわざ天使とイエス様が二重におっしゃるほど、それは重要なことなのでしょうか。ここはこの福音書の急所です。

少し前に弟子たちの姿について「このとき、弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(二十六章五十六節)と、十字架につけられたイエス様をずっと見守っていた婦人たちの姿と対照的に描かれております。「見捨てて逃げた」とは厳しい言葉です。イエス様の死後もどうしていいか分からなかったのでしょう。普通なら故郷に帰るのですが、それもせず、エルサレムでただ隠れていたのでしょう。おそらく、ぼーっとしていたという感じでしょうか。しかし、今やそのような弟子たちにも、イエス様ご復活の事実が伝えられます。「ガリラヤに行きなさい。復活したキリスト(救い主)はそこで待っておられる。そこであなたたちは主にお目にかかれるのだ」という言葉が伝えられるのです。ガリラヤは、弟子たちが最初にイエス様にお会いした場所です。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」という主の言葉を耳にした場所です。呼びかけに応じてイエス様に従い始めた、彼らの原点の場所です。そこで主が待っておられるのです。「お前ら、よくも裏切ったな。ついてくるとここで昔誓っただろう」と言われたら、どうしようもありません。怖いですね。しかし、そのガリラヤで主は待っていてくださるのです。そこからもう一度イエス様に従いなおし、主と共に生きることができるのです。

単に「振り出しに戻る」ということではありません。ガリラヤで待っておられるのは死者の中から復活されたイエス様なのです。彼らは復活した救い主キリストに新たに従い始めるのです。つまり全く新しいことが始まるのです。繰り返しではありません。一回目は失敗でした。主を見捨てた弟子たちはもう死んだのも同然です。けれども新しい命を与えられた者として、もう一度イエス様に従い始める事が出来るのです。そのような彼らを主はこれまでのように「弟子」とは呼ばれません。「兄弟」と呼ばれるのです。これが「ガリラヤに行け。そこでわたしに会う」と語られたことの真意です。悔い改めて再出発しよう、それができる、させてあげようという恵みの言葉です。

さて、わたしたちは今、教会において復活祭を祝っています。弟子たちと同様に、「ガリラヤに行け。そこでわたしに会う」というイエス様の言葉を聞いているのです。わたしたちも罪の赦しにあずかり、新しく生まれた者としてキリストと共に生きることができるのです。たとえ重大な失敗をし、絶望せざるを得ないような状態であってもやり直すことができます。イエス様と共に新しくもう一度生き始める、それが主のご復活を祝うということです。生きていると色々なことがあります。うまくいったり、いかなかったり。元気であっても、がんや心臓病で苦しんでいても、そして、どんなに素晴らしい仕事をしていても、いい家族がいても、いつかは死にます。でも死は終わりではありません。イエス様は体の復活を示されました。この力があれば、わたしたちは決して死に負けることはないのです。「生きている、しかしいつか死ぬ」のではなく、「必ず死ぬ、しかし復活の命がある」なのです。これは単に「死と命」を逆にしたレトリックではありません。イエス・キリストにおいて、実際に起こったことです。わたしたちは極めて精神的な世界に置かれておりますが、身体の甦りは最も重要なことなのです。

あの日曜日に起こったことが、この日曜日にも起こります。死をうち破られた方と共にあるわたしたちは、もはや死の闇の中に閉ざされてはおりません。生活の重荷はなくならないかも知れません。人生の苦闘は続くかもしれません。悲しみに打ちひしがれることもあるでしょう。病気にもなるでしょう。しかしキリストと共にあるならば、わたしたちは死の闇に閉ざされてはおりません。生きることに命の光が差し込みます。ぽっかり開いた死の口に、天からの風が吹き込みます。そこにわたしたちの喜びがあります。希望があります。わたしたちは何も特別な人間である必要はありません。ごく当たり前の日常を営む人間として、主の復活を喜んで生きるよう招かれております。今日はイースターです。主の御声が聞こえます、「おはよう」と。「恐れるな」と喜びの響きがあります。さあ大いに喜びましょう。主は死より甦られました。死をもって死を滅ぼし、墓にあるものに命をくださったのです。キリスト復活、まさに復活。ハレルーヤと歌うのです。

祈ります。

父なる神、あなたはわたしたちのために犠牲となってくださったイエス様を復活させられました。ご復活のイエス様が弟子たちをガリラヤに招かれたように、わたしたちをも招いてくださっていることを感謝します。どうかわたしたちが、この恵みをしっかり受け取り、たとえ同じ場所に戻りましても、新たに歩んでいくことが出来ますようお支えください。そして、一人でも多くの方々と共に、主のご復活を喜び祝うことができますよう、わたしたちを活かしてください。

主のみ名によって祈ります。アーメン

 

4月21日の音声

 

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