受難節説教

2017年4月9日 受難節第6主日
棕櫚の主日

「十字架につけられる」
マタイによる福音書二十七章三十二~五十四節

今日から受難週に入ります。二千年前のこの日、イエス様は馬ではなくロバに乗って、エルサレムにお入りになりました。そのイエス様を人々は自分の服や木の枝を切って道に敷いて迎えました(二十一章八節)。ヨハネ福音書は、この木が「なつめやし」であったと教えてくれます。人々は「ガリラヤから出た預言者が、新しい王としてエルサレムにお入りになる」と熱狂して、「ダビデの子にホサナ」と叫んで、なつめやしの葉を道に敷いたのです。この木は「棕櫚」とも訳されますので、この日を棕櫚の主日と呼びます。この日から後、裏切られ、逮捕され、裁かれ、十字架にかけられと、物語は急展開してご復活に向かいます。

さて、今日の御言葉、イエス様が十字架につけられた物語の中で、マタイによる福音書には十字架刑そのものについての描写はあまり多くはありません。マタイはイエス様の死を詳しく描くことよりも、むしろ周りの人々の様子を詳しく描写しています。ではその周りの人々の様子を順に丁寧に見ていきましょう。

「兵士たちは出て行くと、シモンという名前のキレネ人に出会ったので、イエスの十字架を無理に担がせた」(三十二節)。まず、キレネ人シモンが出てきます。イエス様と全く関係のないこの男は、鞭うたれて(二十六節)痛めつけられていたイエス様に代わって「そこのお前、かわりに担げ」とでも言われたのでしょうか、十字架を無理に担がされることになります。最初に十字架を背負って主とともに歩いた人になったのです。イエス様が十字架を担いでゴルゴタの丘に向かって歩かれた道、エルサレムのヴィア・ドロローサ(悲しみの道)は狭い道です。目撃者は限られますから、後に本人が証言したのでしょう、わたしが実は十字架を担ぎましたと。この人はこの出来事によって、その後信仰に導かれたと信じられております。この時は分からなかったでしょうが、無理やり担がされたことが、実は大いなる恵みだったのです。

兵士たちは「そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった」(三十三、三十四節)。これはダビデの詩篇にある「人はわたしに苦いものを食べさせようとし、渇くわたしに酢を飲ませようとします」(詩編六十九篇二十二節)の通りですが、敵対者がダビデを嘲り、苦しめようとしたのです。しかし、十字架刑の時は、一種の麻酔薬のように、苦しみを軽減させるものだったと考えられております。また「彼らはイエスを十字架につけると、くじを引いてその服を分け合い、そこに座って見張りをしていた」(三十五、三十六節)。これも詩編にある「わたしの着物を分け 衣を取ろうとしてくじを引く」(詩編二十二篇十九節)敵対者の行為です。衣服をとることも死刑執行人には認められていたことのようですが、マタイは、十字架の出来事をこのように、詩編の言葉に重ねて描いております。旧約聖書の預言が成就したと観ていることがわかります。

「イエスの頭の上には、『これはユダヤ人の王イエスである』と書いた罪状書きを掲げた。折から、イエスと一緒に二人の強盗が、一人は右にもう一人は左に、十字架につけられていた。そこを通りかかった人々は、頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い』」(三十七~四十節)。「神の子なら」と聞きますと四章でみた悪魔の誘惑を思い出しますが、こう言ったのは「通りかかった人々」で、悪魔ではありません。なぜ敵対していない通行人までもが、ののしったのでしょう。それは「これはユダヤ人の王イエスである」と罪状書きが掲げられていたからです。「ユダヤ人の王」とはメシア、つまり救い主であるということです。人々は外国支配からの解放者である救い主を待ち望んでいたのですが、目の前にいる「メシア」は、十字架にかけられている、惨めな人物です。期待に応えられない、自分たちをローマのくびきから解放することのできないメシアなどありえません。それがあざけりになったのです。メシアどころか、何の役にもたたないではないかという期待の裏返しの失望と怒りです。そこに悪魔が付け込んで言わせたのでしょう。おまけに、強盗たちがまるで従者のような形で両側に磔けられております。

「同じように、祭司長たちも律法学者たちや長老たちと一緒に、イエスを侮辱して言った」(四十一節)。祭司長たちも同じように侮辱しますが、意味合いが違います。彼らにとっては思い通りの結果でした。奇跡によって民衆を惑わし、権威に逆らうことをしたけれど、見ろ、結局化けの皮が剥がれたではないかということです。彼らは初めからイエス様をメシアだと信じてはいませんから、イエス様が無力な姿を晒している今、自分たちの正しさが実証されたのだと考えました。「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう」(四十二、四十三節)という勝ち誇った言葉も、悪魔の「ここから飛び降りたらどうだ」を思い出させます。自分たちが正しかったのだ、ザマーみろと言ったのです。一緒に十字架にかけられた強盗さえもイエス様を、ののしりました。

イエス様は、エルサレム入城のすぐ前に弟子たちにこう語っておられます。「人の子、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来た」(二十章二十八節)。イエス様は人々が期待している強い王としてのメシアではなく、人の罪を購うため、苦難と死に自らを委ねるために来たとおっしゃいました。罪なきお方が見捨てられた者となられました。それに対し、罪ある者たちが自分の正義を振りかざして叫ぶのです。神に見捨てられても仕方ない者たちが、神の名を口にして正しいお方をあざけるのです。マタイは言います。そこでののしっているのは、他ならぬわたしたちだと。そこにわたしがいるのだと。これが直視すべき、わたしたち人間の恥ずべき姿であり、神の御子を殺してしまった自分たちの罪なのだと。マタイが伝えたいことは、神に対する「人の罪」の姿ではないでしょうか。

「さて、昼の十二時に、全地は暗くなり、それが三時まで続いた」(四十五節)。白昼に三時間にわたって全地が暗闇に覆われたのです。アモス書に「その日が来ると、と主なる神は言われる。わたしは真昼に太陽を沈ませ 白昼に大地を闇とする」(アモス八章九節)とあります。まさに終わりの日の到来を思わせます。「三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。『エリ、エリ、レマ、サバクタニ。』これは、『わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか』という意味である。そこに居合わせた人々のうちには、これを聞いて、『この人はエリヤを呼んでいる』と言う者もいた。そのうちの一人が、すぐに走り寄り、海綿を取って酸いぶどう酒を含ませ、葦の棒に付けて、イエスに飲ませようとした。ほかの人々は、『待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう』と言った」(四十六~四十九節)。みんながののしったメシアの無力さは、イエス様ご自身の叫びに極まります。「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という叫びです。これは詩編二十二編の言葉です。イエス様が神をお呼びになるときは、「わが父よ」でしたから、わが神という言い方は明らかに詩編の引用です。そこに居合わせた人々のうちにはこの言葉を聞いて、「この人はエリヤを呼んでいる」と思った者もおりました。だれかが「エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」(四十九節)と言いました。しかし、エリヤは助けに来ませんでした。新約聖書では、イエス様がおっしゃった印象深い言葉は、まずアラム語かヘブライ語で記述され、その後にギリシア語で説明されております。「わが神」とは、神「エール」のあとに、わたしの「イー」がついてエールイーですから、エリヤと混同する人もいたのでしょう。エリヤは「主はわが神」エールイーヤーという意味です。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。これが詩編の嘆きの言葉だと分かった者は「この男は絶対にメシアではない」と確信したでしょう。裁きの席で沈黙なさったように、そのまま黙って死んでいかれたならば、ひょっとしたらと思われたかも知れません。しかし、「なぜお見捨てになったのか」と最後に嘆いている姿は、とてもメシアとは思えません。にもかかわらず、マルコもマタイもこの言葉を記しております。なぜこんな絶望的な響きの言葉をわざわざ伝えて、書き記したのでしょう。どうしてでしょう。ここは大事なところです。それは、初代の教会がこの言葉に大きな意味を見出したからに他なりません。

「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」。イエス様も弟子たちも、常々祈りの言葉として唱えていたことでしょう。当時の人たちは詩編を暗記しておりました。身についた言葉だっただろうと思われます。しかし、ちょっと立ち止まって考えてみると、「なぜわたしをお見捨てになったのですか」という言葉は、普段はともかく、極限の状況では自分の祈りにはなりそうもありません。本当に正しい人でないと口に出来ない祈りです。これは、神との正しい関係の中に生き、神との親しい交わりの中を生きた人だけが口にすることのできる祈りです。見捨てられたとしても仕方のない、文句を言う資格のない人が、こんな風に祈れるでしょうか。神に向かって、「見捨てるなんてけしからんではないか」と言える人が、一体いるでしょうか。「どうか見捨てないでください」と懇願するしかないでしょう。一方的な恵みによって神との交わりの中に入れていただいている者は、「なぜお見捨てになったのですか」とは嘆けません。この祈りは、イエス様だからこそ祈れた言葉です。この祈りをこういう場面で真の意味で口にすることができるのは、父の御心に最後まで従順に従われたイエス様以外にはないでしょう。

「しかし、イエスは再び大声で叫び、息を引き取られた。そのとき、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返った。そして、イエスの復活の後、墓から出て来て、聖なる都に入り、多くの人々に現れた」(五十~五十三節)。

イエス様は苦しまれた後、大声で叫び息を引き取られました。ここで大切な言葉は、五十一節の「そのとき」です。原文は「すると、見よ」です。イエス様が息を引き取られた「そのとき」です。これで終わったなと見えた「そのとき」です。実は終りではなかったとマタイは伝えております。終わりではなく始まりだったのです。何が始まったのでしょう。「すると、見よ」、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂け、地震が起こり、岩が裂け、墓が開いて、眠りについていた多くの聖なる者たちの体が生き返ったのです。

「垂れ幕」とは、神殿の聖所と至聖所を隔てている幕のことです。神殿の一番外側には「庭」があり、その内側に聖所があります。さらにその奥が至聖所です。最も聖なる場所です。至聖所には年に一回だけ、大祭司が垂れ幕を通って中に入ることが許されておりました。しかし、大祭司であっても罪ある人間がそのままで神に近づくことはできません。神に会うためには命が代償として要求されます。とは言え自分を殺すわけにはいかないので、動物を身代わりにし、その贖いの犠牲の血を携えて入っていくのです。血は命を表します。神殿の垂れ幕は、神と人との隔てを象徴しています。その神と人とを隔てる垂れ幕が裂けたのです。自然に裂けたのではなく「裂かれた」のです。上から下へ裂かれたのです。神自らが垂れ幕を破り、隔てを取り除かれたことを示しております。まことの犠牲、イエス様の命が献げられたからです。最後の犠牲が屠られ、もはや神殿の垂れ幕は必要なくなったと示されたのです。イエス様の贖いによってわたしたちは罪の赦しを得、たとえ罪があっても、神に近づくことが可能になりました。それと同時に、神は地震を起こし、岩を引裂かれました。そして死んだ者を生き返らされたのです。死の支配は打ち壊され、死は最終的なものではなくなりました。罪の赦しつまり神との交わりの回復と、死の克服とは同時に起こった一つのことです。それがイエス・キリストによってもたらされた救いです。生き返らされた人々はイエス様が復活なさった後、墓から出てきます。

五十一節以下の表現に少しご注意ください。古代の黙示的、終末的表現をわきまえずに、ここをホラー映画のように理解するのは間違いです。墓から人が出てくるというのは、その通りだと理解しても、罪の赦しでも、死の克服でもありません。元の苦しみの世界への逆戻りにすぎません。しかもゾンビのような状態で死者が町に入ってきたらパニックになります。マタイによれば神殿の幕が破られて神と人との隔てがなくなったこと、つまり交わりの回復と、死に打ち勝つことが同時に起こっております。それが印象深く、古代の表現様式で描かれております。死の克服は、罪の赦しがなければ、あり得ません。イエス様の十字架がもたらしたもの、それは罪の赦しであり、死の克服でした。眠りにつていた大勢の聖徒が、多くの人に現れ、共に食卓を囲むようになったのです。幕が裂けたことと死者のよみがえりはワン・セットです。

「百人隊長や一緒にイエスの見張りをしていた人たちは、地震やいろいろの出来事を見て、非常に恐れ、『本当に、この人は神の子だった』と言った」(五十四節)。最初イエス様を嘲りののしっていた兵士たちは、イエス様の死によって起こった神の御業を見て、恐れ、「本当に、この人は神の子だった」と言います。これは信仰告白です。「この人は神の子」、これは百人隊長や兵士たちだけの言葉ではなく、わたしたちの言葉でもあります。イエス様の贖いによって、わたしたちは罪許され神との交わりの中に生きることができるようになり、同時に死を恐れる必要がなくなったのです。

 

祈ります。
父なる神、あなたが御子イエス・キリストをこの世に送り、わたしたちを罪から救い、贖ってくださったことを感謝します。あなたを礼拝し、あなたに祈ることができるようにしてくださったこの十字架の恵みを常に覚え、これからもイエス様に従って歩んでいけるよう支え導いてください。一人でもでも多くの人に、この喜びを伝えることができますよう、わたしたちをお用いください。マラナ・タ教会に、世界中にあなたの愛が満ち溢れますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

4月9日の音声

 

2017年4月2日 受難節第5主日

「地の塩、世の光」
マタイによる福音書五章十三~十六

マタイによる福音書をご一緒に読み続けております。先日から「山上の説教」と呼ばれます、五章から七章まで続く一連の長いイエス様の説教に取り組んでおります。先週説教でお話ししましたが、イエス様はこの説教を始められるにあたって、まず「天の国、神のご支配が来た以上、あなた方、天の国の住民は幸いである」と、祝福をお語りになり、その代表として、心の貧しい人、つまり「神の霊において苦しむ人」をあげられました。そして、続けて、悲しむ人々、柔和な人々、義に飢え渇く人々、憐れみ深い人々、心の清い人々、平和を実現する人、義のために迫害される人々と全部で八種類の異なった表現を使って祝福を繰り返した上で、「あなた方は幸いだ、たとえどんな状況にあっても幸いなのだ、迫害され苦しめられるようになっても、そうなのだ」と弟子たちを直接祝福されました。

そして今日のみ言葉です。イエス様はさらに続けて、幸いなあなた方は、どのような存在なのか、気づいてないだろうがこうなのだ、「あなたがたは地の塩である」「あなたがたは世の光である」とおっしゃったのです。印象深い宣言です。「あなたがたは地の塩になりなさい。世の光になりなさい」とおっしゃったのではありません。「そうしてあげよう」でもないし、「そうなったらいいのだが」でもないのです。勧めでも命令でもなく、約束ですらありません。権威を持って宣言なさったのです。「あなたがたこそは地の塩である。あなたがたこそは世の光である。もう、今すでにそうなのだ」と、強調して断定しておられます。

イエス様の時代の塩と光については、予備知識がいります。パレスティナには死海という有名な湖があります。死の海という名前の通り、魚や貝はいません。普通の海の六倍もの塩分で、生き物は住めません。その代り、死海の西側には、長さ十一キロにも及ぶ巨大な塩の山、ソドムの山と呼ばれる、無限に塩が採れる場所があります。日本と違って、塩は海から採るのではなく、大地から採ります。まさに地の塩なのです。塩は人間が生きていくうえで、絶対に必要なものです。水や空気と同じくらい大切で、塩がなければ生きていくことはできません。旧約聖書外典のシラ書(集会の書)にも「人間が生きていくうえで何よりも必要な物は、水と火、鉄と塩、・・・」(三十九章二十六節)という表現があります。ですからあなたがたは塩だということは、なくてならないものであるという強い励ましです。塩は、生き物の体が命を維持するのに必須のものですから、料理に使って味付けをするとおいしく感じますし、加えてたべものの腐敗を防いだり発酵させたりするのにも大切なものでした。人間以外の動物は塩を使って食べ物を保存することは出来ません。塩を使って物を腐りにくくするのは人類最大の発見です。

火を使った明かりも同じです。家の中を明るく照らすために明かりをともします。とても貴重な油を燃やして、意味もなく明かりを灯す人はいません。どうしても明るくしなければならないから、ともし火をともすのです。この時代、普通の家に窓はほとんどありません。夜、家の中は真っ暗です。光がなければ、何も見えないのです。イエス様が「あなたがたは地の塩である。世の光である」とおっしゃるのは、たとえわたしたちがどのような者であるにしても、絶対に必要な存在であるということです。この地上にわたしたちが置かれているのは、与えられた明確な使命があり、そこに神の意図があります。神は、わたしたちを「地の塩」として、この地上に置いてくださったのです。「世の光」としてこの世の中に遣わされたたのです。ここには、はっきりとした神のご意思があるとイエス様はおっしゃるのです。

料理に塩が入いりますと明らかに変化が生じます。おいしく味が変わります。材料にたくさん入れると腐らなくなります。塩がたくさんあっても生きられるのは乳酸発酵する菌です。一方、明かりを灯すと見えるようになります。真っ暗な中に明かりがともると人はほっとします。「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」とイエス様がおっしゃるのは、わたしたちはこの世の味をよくする存在、腐敗を防ぐ存在、人をほっとさせる存在だということです。神はこの世界を変えるために、地の塩を投入し、世に明かりを灯すために光を置かれたのです。なるほどと思います。わたしたちは塩であり光なのだと。素晴らしく光栄です。では、この御言葉、「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」に、「アーメン。そのとおりです」と言えるでしょうか。もし真正面に受け止めようとするなら、躊躇せざるを得ません。「地の塩、世の光だと言われても、いったいどれほどのことができるのだろうのか。この世の味を変えられるのか、腐敗を防げるのか、人がほっとするように明るくできるのか」と。しかし、イエス様は「あなたがたは地の塩だ、世の光だ」とはっきり宣言されているのです。

この言葉は、議会の議員たちや、祭司長や律法学者たち指導者に語られたのではなく、普通の人である弟子たちに語られております。そして、世々の教会も、この言葉を聴いてきました。特に迫害の嵐に翻弄され木の葉のように揺れた初代の教会が、これを聴いてきました。そして、今もわたしたちの耳にイエス様の言葉が響いております。イエス様が、人間の生まれながらの力や、頑張って獲得した能力や影響力に目を向けて、「あなたがたは地の塩である。世の光である」とおっしゃるのであれば、この漁師たちを選ばれなかったと思います。もっと優秀で、影響力を持つ人に向かっておっしゃったに違いありません。しかし、そうなさいませんでした。かつてもそうなさらなかったし、今もそうはなさらないのです。イエス様はわたしたちに向かっても、「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」とおっしゃっているのです。小さなマラナ・タ教会にも様々な人が集まっています。全員に共通なものは一つを除いて何もないと言ってよいでしょう。ここでだれもが持っているもの、それはもちろん「信仰」です。イエス様が目を向けておられるのは、その人の能力や影響力ではなくこの「信仰」なのです。イエス様は、ただ信仰のみを同じくして集まっているわたしたちに対して、その信仰を見て、「あなたがたは地の塩である。そして世の光である」とおっしゃっているのです。

そうすると、大事なのは、「わたし、わたしたちに何ができるのか」ではありません。どれぐらい奉仕できるか、働けるのかではないのです。そうではなく、イエス様に近づき、イエス様のもとに留まり続けることなのです。それゆえに「あなたがたは地の塩である」と宣言した上で、こう続けられるのです。「だが、塩に塩気がなくなれば、その塩は何によって塩味が付けられよう。もはや、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人々に踏みつけられるだけである」(十三節)。「塩に塩気がなくなれば」というのは面白い表現です。塩気のない塩を今あまり目にしませんが、イエス様の時代の塩には、まさに塩気のない塩があったのです。それは塩としては使えません。古代の塩は、現代のように精製した真っ白な塩ではなく、砂に塩を含んだものを塩代わりにするか、あるいは、死海のそばから採取した、マグネシウムやカルシムを含んだ不純物だらけの塩です。わたしたちが手にする塩、スーパーで目にする、きれいなナトリウム塩ではなく、粗悪な塩です。雪が降る前に、凍結防止用に道路にまく塩がカルシウム塩です。こういうカルシウムやマグネシウムを含む塩は、空気中の水分を吸収し、その水に溶ける「潮解」という現象を起こしますが、そのあと固まって、もう塩ではなくなります。ですから塩気を失った塩が実際にあったのでしょう。俗に塩がバカになるとも言います。おもしろいことに聖書のギリシア語でも、塩気がなくなるは直訳すれば「バカになる」と書いてあります。「はじめは間違いなく塩だったんです。ただ塩がバカになってしまいました。味はもうしませんが間違いなく塩なんです」。そんなことを言ってみても、意味がありません。元に戻せないのです。味がなくなったら捨てるほかありません。塩は、他のものと区別される独自な塩味があってこそ、その目的を果たすことができるのです。

単なる砂や、水気を吸っていったん溶けて固まってしまった、石と区別がつかなくなった塩、それはもはや塩としては使えません。そのように、信仰を言い表すこともなく、信仰に生きることもなく、信仰のない人と全く区別がつかなくなってしまった信仰者。そうなってしまったら、信仰者として神に与えられた使命を果たすことはできません。教会も同じです。この世の集まりとなんら変わらない教会。もはや信仰の塩味がしない教会。キリストを証しすることも、神を指し示すこともしなくなった教会は、たとえ大勢集まり、ハレルヤ、アーメンといって元気ではあっても、積極的に社会活動していても、自己満足的であり、教会として神からいただいた使命を果たすことはできません。マラナ・タ教会はどうでしょうか。

信仰者には信仰者にしかできないことがあります。教会には教会にしかできないことがあるのです。教会は社会の他の組織とは違います。この世における特殊な存在なのです。今はずいぶん一般化しておりますが、もっともっと特殊でなければなりません。キリストをこの世に伝えることは、キリストを信じる者にしかできないことです。神の愛を証しすることは、神に愛されていることを知った人にしかできないことです。人のために祈ることができるのは、深く祈られたことがある人にしかできません。親に愛されたことがない人は、子供を愛することができません。この世界にキリストの救いを宣べ伝えることは、キリストの救いにあずかった教会にしかできないことなのです。信仰は信仰を持つ者だけが人格的に手渡せるのです。塩には塩にしかできないことがあるのです。その塩味を失ったら、塩はもはや塩としては使えません。逆に言えば、塩は立派な塩である必要はありません。塩味さえあればよいのです。「あなたがたは出来が悪いので、あるいは弱いので、何の役にも立たず、外に投げ捨てられ、人に踏みつけられる」とはおっしゃいません。わたしたちは大きなことができなくても良い。多くのことを為しえなくてもよい。失敗ばかりしている者であってもよい。わたしたちに力があるかないかの問題ではないのです。塩味さえあればよいのです。地の塩なのですから、多少不純物があっても、塩気さえなくさなければ、神はわたしたちを塩として用いることがおできになるのです。 そしてイエス様は、あなた方は地の塩であると、はっきり断定されたのです。

「あなたがたは世の光である」も、全く同じです。主はその宣言に続いて、次のように語られました。「山の上にある町は、隠れることができない。また、ともし火をともして升の下に置く者はいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のものすべてを照らすのである」。「山の上にある町は隠れることができない」。全くその通りです。信仰を明らかにし、信仰者として生き始める時、人はもはや隠れることができなくなります。升とは、日本の一升はいる升ではなく、もっとずっと大きいもので、穀物を量るためのものです。マッチがないので、いったん火をつけますと、ちょっとした外出のときなどは火を消さないで、できるだけ燈心を短くして、火事にならないように、升の下に置いたようです。しかし、家を照らすときは、そんなことはしません。窓際に置いた燭台に乗せて、部屋中に光が届くようにします。山の上の町も、灯も誰もが見えるところにあります。

キリスト者だとわかると、期待され高く評価されます。何かあると「それでもクリスチャンなの」と言われます。普通の人とは区別して高く見られますので、キリスト者であることを明らかにするのを恐れたり躊躇したりすることがあります。しかし、あなたがたは世の光なのだ、光を枡の下におく人はいないだろう」とおっしゃるのです。目立ちなさいとおっしゃいました。わたしたちは、世の光として、みんなに見える明かりのように、わたしたちに語られた福音を堂々と語り継ぐ使命があります。キリストの十字架の死を地の果てまでも告げ知らせる使命があるのです。

イエス様は「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめるようになるためである」とまでおっしゃいました。この「あなたがたの立派な行い」という言葉にはちょっと注意が必要です。普通に考えるならば、「わたしの光」を輝かせ、「わたしの立派な行い」を示せば、人は、「わたし」をほめるようになるのではありませんか。しかし、「あなたがたの天の父をあがめるようになるため」とおっしゃったのです。当然のことながら、ここでも「光を輝かせる」とは、「天の父から来る光」のことです。信仰のことです。立派な行いというのも、天の父から来ているもの、すなわち信仰から生じた実りのことです。そうでないと、「あなたがたの天の父をあがめるように」は、ならないのです。わたしたちが称賛されるようになります。事実、わたしたちが自ら輝こうとすると、どうしても偽善的にならざるを得なくなり、ただ見せるものになってしまいがちです。そういうときの「立派な行い」は、結局は「わたし」があがめられることになります。重要なのはわたしたちの良い行いそのものではなく、その背後にある信仰なのです。本当に神と共に生きているか。神との生きた交わりがあるかということなのです。わたしたちは地の塩、世の光です。たとえ、毎日が、同じことの繰り返しの生活であったとしても、あるいは無意味に思える労苦が続く生活であったとしても、わたしたちには重要な使命があると主はおっしゃいます。計り知れぬ意味があるのです。なぜならわたしたちを塩として地上に置き、光として輝かせてくださったのは神だからです。

イエス様が断定しておっしゃったこと、それは信仰に生きることです。信仰の味をもって、信仰の光を輝かせて生きることなのです。

 

祈ります。
天の父なる神、わたしたちを塩として地上に置き、光として輝かせてくださっていることを感謝します。どうかわたしたちがあなたを見上げ、あなたとの正しい関係の中に生きていけますよう支え導いてください。そして、わたしたちがキリストの十字架の死を地の果てまでも告げ知らせることができるよう、またわたしたちを通して、皆があなたをあがめるようになりますよう、わたしたちを強めてお用いください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

4月2日の音声

2017年3月26日 受難節第4主日

「天の国の幸い」
マタイによる福音書五章三~十二

いよいよ、今日からイエス様の説教です。今日の御言葉では、まず九つの幸いの言葉が出てきます。最初の八つはみな「幸いだ」で 始まります。日本語訳と少し違って、「幸いである、これこれこういう人々は。どうしてかというと、こうだから」という同じ形式で語られています。心の貧しい人々、悲しむ人々、柔和な人々、義に飢え渇く人々、憐れみ深い人々、心の清い人々、平和を実現する人々、義のために迫害される人々を挙げて、八回も連続して幸いである、幸いであると繰り返されたのです。リズムよく生き生きと話されています。そして一つ目と八つ目では、「天の国、神のご支配はその人たちのものである」と同じ言葉で締めくくられ、一つ目から八つ目までを一つのまとまりにしています。何度か申しましたが、国とは王国のことで、王の支配を意味します。天の国とは、神のご支配を指す言葉です。間にある六つの幸いな人に約束された祝福の一つ一つは、天の支配はその人のものだからという約束に含まれている祝福です。天の支配が与えられることが八つの祝福の前提であり、すべてに貫かれているものであり、結論です。九つ目の幸いは八つ目の幸いと同じことを、「あなたがたは」という二人称にして語られています。ルカによる福音書に、同じ内容の記事がありますが、ルカの場合はすべてあなたがたになっています。また、ルカの場合は四つの幸いと四つの不幸が出てきますが、マタイではすべて幸いについて語られています。

では早速、イエス様の説教の言葉に注意して耳を傾けてみましょう。説教は出だしが大切です。「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」(三節)と始まりました。元の言葉ではもっと印象的です。「幸いだ、心の貧しい人々は、なぜなら天の国はその人たちのものなのだから」、そういう語順になっております。確かに「心の貧しい人々は、幸いである」と形式的には「心の貧しい人々」について書かれていますが、イエス様は心の貧しい人について語られたのではなく、心の貧しい人その人に語りかけられました。明らかに自分の傍にいる弟子や、ついてきた群衆に向かって幸いを語られたのです。ですから「幸いだ、あなたがた心の貧しいものは。なぜなら天の国があなたがたのものなのだから」と、そんな感じです。幸いだと訳されております「マカリオイμακάριοι」という言葉は、ただ幸せだというよりもずっと深い意味を持っています。「神の恵みの中にいるのだ」という、イエス様の宣言です。

ところで、いったい心の貧しい人とはどういう人のことでしょうか。普通に貧しいといいますと、不足が生じる状態です。なんらかの方法で補ってもらわなくてはなりません。貧しければ助けを乞わなくてはなりません。考えてみてください。頭を下げて憐れみを乞わざるを得ない人は幸いでしょうか。ちょっとそうは思えません。しかし、イエス様は「幸いだ」と言われます。幸いなのは憐れみを乞わざるを得ない人だとおっしゃるのです。なぜでしょうか。貧しい人は何も持っていません。ですから、受け取ることしかできません。与えられるものに頼り切って生きるしかないのです。一方で神はすべてを与えてくださる方です。人間は神により頼み、神の与えてくださるものをしっかりと受け取らなくてはなりません。その神の与えてくださるものを受け取りやすいのは、何も持たない貧しい人々です。ですから、貧しい人々は、天の支配に近いのです。

「貧しい人々は、幸いである」とは、資本主義の時代、ものの豊かな世に生きるわたしたちが聞きますとショッキングな教えです。けれどもルカによる記録では、間違いなく「心の」がなく、ただ「貧しい人々は幸いである」とイエス様はおっしゃっています。ところがマタイによる福音書では「心の」という表現が付きます。なぜルカ福音書にはない「心の」という言葉がマタイ福音書にはあるのでしょう。

理解が難しい箇所に出会いますと、わたしはまず、イエス様が、元の言葉では、何とおっしゃったのだろうかと考えます。イエス様はヘブライ語とよく似たアラム語でお話しなさいましたが、このイエス様がお話になった言葉では、貧しいには、二つの異なった意味があります。一つはわたしたちにもすぐわかる、経済的、物質的に恵まれないという意味です。もう一つには、もっと宗教的なニュアンスが入っていて、信仰のゆえに圧迫されている、苦しめられている、いやしめられているという意味です。この時代のユダヤ人が「貧しい」という言葉を聞きますと、すぐに思い出すのは、「主はわたしに油を注ぎ、主なる神の霊がわたしをとらえた。わたしを遣わして、貧しい人に良い知らせを伝えさせるために。打ち砕かれた心を包み、捕らわれ人には自由を、つながれている人には解放を告知させるために」(イザヤ書六十一章一節)です。この言葉がぱっと思い浮かんだだろうと思います。あるいは先日の祈祷会で読まれた詩編一四七篇の、「主は貧しい人を励まし、逆らうものを地に倒される」といった「貧しい人と、逆らうもの」との対比で書かれた中での言葉も出てきたことでしょう。旧約聖書では、貧しい人とは、ほとんどの場合、神を賛美する人のことです。

イエス様の説教を聴いて、ルカは前者の物質的な貧しさと理解し、マタイは、後者の信仰的な意味だと聞いたのではないでしょうか。ルカは異邦人、マタイはユダヤ人です。旧約聖書への親しみ方が違います。それで、マタイは、「心の」という単語を補ったのではないかとわたしは解釈しております。ただし、マタイが補った「心」という単語にも注意が必要で、日本語の「心」とは違います。これは「霊」を意味するプニューマで、神の息、神の命です。神の霊において貧しい人々のことを言っています。つまり、神の命が失われかけている人々、内にある神の命が脅かされている人々、本当なら危機的な状態の人々、このような人々に対して、それでも大丈夫、いまやあなたがたは祝福のうちにある、天の国はあなたがたのものであると、おっしゃっているとマタイは理解したのです。

このようにイエス様の説教を理解するには、どうしても日本語だけでは限界があります。しかし、だからと言って、新約聖書が書かれたギリシア語で読んでも、やはり限界があるのです。なぜならイエス様はギリシア語でお話しなさったわけではないからです。どうしても、もとの意味を旧約聖書の言葉と照らし合わせて考える必要があります。そういう訳で、マラナ・タ教会では、旧約聖書に親しみ、学ぶ機会を積極的に持っております。旧約聖書を読む集会がありますので、ぜひご参加ください。

先週見ましたように、お座りになっているイエス様の周りを弟子と群衆が二重に取り囲んでおります。内に弟子たち、外に群衆です。二重に集まった外側の輪にいる多くの群衆にとっては、イエス様の説教の言葉は、そのままありがたい言葉であったかもしれません。群衆は実際に貧しい人々、病気の人々であったからです。病気の人は働けません。働けないとすぐに貧しくなります。社会保証がありませんから、収入がゼロになって極貧といってもよいほど困窮したに違いありません。金銭的にも、肉体的にも助けを必要としていたでしょう。心も病んでいたかもしれません。文字通りの物乞いもいただろうと思います。「憐れんでください」は、痛切な言葉であったのです。そのような彼らにとって、「貧しい人々は幸いである」という言葉は慰めに満ちた言葉であったに違いありません。しかし、注意して聞かねばなりません。先週申しましたように、イエス様の言葉は、第一義的には、そのような群衆に語られた言葉ではないのです。すぐ近く、傍にいる弟子たちに向けられているのです。イエス様の言葉を、三人称ではなく二人称で自らに向けての語りかけと受け止めている弟子たちに、イエス様は「幸いである」と語られたのです。弟子たちは船持ちの漁師、網元や立派な職業人ですから、大金持ちではなかったかもしれませんが、物質的に貧しい人ではありません。どちらかといえば、当時の平均以上の生活をした人ではなかったかと思います。マタイは取税人であったと伝わっていますから、明らかに金持ちです。するとなぜ「弟子たち」にこんな風に語られたのでしょう。それは、やがて弟子たちこそ群衆以上に根元的な貧しさと向き合うことになるからなのです。

「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」(十一、十二節)と、イエス様を信じるがゆえに迫害を受けている人々に向かって、あなたがたは幸いである、大いに喜びなさい、天には大きな報いがあると励まされているのです。

しかし、弟子たちは、ただ「幸いだ」と聞いただけではありません。その先に続く言葉も聞いたのです。山上の説教を外から眺めているだけなら、「立派な教え」であると思えるでしょう。しかし、自分自身への言葉として聴くならば、立派な良い教えだなどと言ってはおられません。 例えば、次週聞くことになる、「あなたがたは地の塩である」「あなたがたは世の光である」という十三節以下の言葉も、これを他ならぬわたしへの語りかけとして聴けば、たちまち窮地に立たされることになります。「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい」。そんなことが本当にできるでしょうか。本気でそのように生きようとするならば、わたしたちはどうしたって自分の貧しさ、さらにはどうにもならない罪深さと直面せざるを得なくなるに違いありません。「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(四十四節)という言葉も、外から眺めている間は、「すばらしい愛の教えだ」と言って感動していられますが、しかし、わたしたち自身に向けられた語りかけとなるとき、感動などしていられません。イエス様の言葉はグサッと心に突き刺さります。

この山上の説教を牧師が語っているのであれば、痛くも痒くもありません。「先生はできるのですか」、そう言って簡単に斥けることができます。「それって理想論だよね」、と笑い飛ばすこともできるでしょう。しかし、これはイエス様の言葉なのです。わたしたちは、今この御方と向き合い、その語りかけを自らへの語りかけとして聞いております。たちまち底なしの貧しさを自覚せざるを得ないのです。叫ばざるを得なくなります。「主よ、わたしを憐れんでください」と。誰が好き好んで自分の貧しさを認めたいでしょう。わたしたちは元来、自分が貧しいなどと認めたくないのです。「憐れんでください」などと言いたくありません。そんなことになるなら、いっそのこと、イエス様の下を立ち去ってしまう方が自分の貧しさと向き合う必要もなく、それなりの善人でいられて気分がいいかも知れません。群衆の位置に身をおく方が気楽です。他の人から親切だと言われ、感謝され、喜ばれる人間でいられるかもしれません。自分の貧しさを認めて生きるより、そこそこの善人として生きるほうが、喜んで生きることができ、よほど幸せではないでしょうか。そうしますと、イエス様とは距離を保つことにし、毎週ではなく、年に何度かだけ、気が向いた時だけ礼拝すればいいのではないか。そのように生きてもいいのではないかと錯覚しそうになります。

しかし、決してそうではありません。先ほども申し上げましたように、イエス様はイエス様を信じるがゆえに迫害を受けている人々に向かって、あなたがたは幸いである、大いに喜びなさい、天には大きな報いがあると励まされたのです。この文脈で読みますと、最初に言われた「心の貧しい人々は、幸いである。天の国はその人たちのものである」という言葉も、自らの貧しさに、罪深さに嘆かざるを得ない人に向かって語られていることがわかります。「天の国なんて自分のような罪びとには縁がない、遠い国だと思っている人たち、あなたがたは幸いだ。天の国はむしろあなたがたのものなのだ」と主は言っておられるのです。自分はそこそこに良い人間だと思っている人には逆に天の国は遠いのです。

「主よ、憐れんでください」と主により頼みながら生きなくてはならない人々を、マタイは心の貧しい人々と呼んでいるのです。しかし、そのような霊的貧困の極みにおいてこそ、神との生きた関係の中に入れるのです。「主よ、憐れんでください」と求める人生においてこそ、人は生ける真の神を身近に経験するのです。天の国を経験できます。わたしたちがそのように生きるなら、天の国はもはや単に将来の希望ではありません。神は生きておられ、その神が関わってくださり、恵みと命の支配のもとに生かしてくださることを、まさに天の国を、今この世において経験することができるのです。

「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである」「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる」「義に飢え渇く人々は、幸いである、その人たちは満たされる」「わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである」。アーメン、アーメン、まことにその通りであります。

 

祈ります。
父なる神、心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものであると、イエス様を通して語ってくださったことを感謝します。どうかわたしたちが、この祝福の言葉をしっかりと受け取り、どのようなときにも信仰を失うことなく、あなたの恵みと命のうちを生きることができますよう支え導いてください。また、天の国をわたしたちの家族や友人と共に味わうことができますよう、わたしたちを用いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン

3月26日の音声

 

2017年3月19日 受難節第3主日

「山上の説教の舞台」
マタイによる福音書五章一、二節

マタイによる福音書をご一緒に読み続けております。五章に入りました。この五章から「山上の説教」と呼ばれるイエス様の説教が始まります。七章まで続く一連の長い説教には「心の貧しい人々は、幸いである」「敵を愛しなさい」「思い悩むな」「求めなさい、そうすれば与えられる」「狭い門から入りなさい」など、有名な言葉が次々に出てきます。キリスト教といえば、イエス・キリストの教えと思われていて、だれにでも知られているこの説教は、どのような状況で、誰に対してなされたものなのでしょう。山上の説教の舞台について考えてみたいと思います。

今日与えられた御言葉は、「イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこで、イエスは口を開き、教えられた」(一、二節)です。

この御言葉は、四章の最後で語られておりました御言葉に続いております。「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた。そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた。こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン川の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスに従った」。様々な地域からたくさんの人々が、イエス様に従ってきた、後ろについてきたのです。この群衆を見て、イエス様は山に登られました。押し寄せる群衆から身を隠すためだったのか、それとも大勢の群衆にゆっくり話すためだったのか、よくわかりませんが、群衆を見て山に登られたのです。

ここに出てくる山は、高い山ではなく、ガリラヤ湖の周りにある小高い丘だと思われます。わたしはカファルナウムに行ったことがありますが、カリラヤ湖の周りは緑の美しい小高い丘になっております。その丘の上に、いま「山上の説教教会」とも呼ばれる、「八つの幸いの教会」が建っております。山は、神に近づける場所であり、祈りの場所であり、教えの場所、啓示の場所だったのです。聖書では、重要な出来事がしばしば山で起こります。例えば旧約なら群衆は登ることが許されなかった山で、モーセは十戒を授けられました。最近学んだところでは、イエス様が悪魔の最後の誘惑を受けられたのは非常に高い山でした。イエスの変容として知られているペトロ、ヤコブ、ヨハネの前でイエス様の姿が変わったのも高い山でのことです。人里から離れた静かな山の中は、神に出会うにはいい環境だったと思われます。

イエス様が腰を下ろされると、弟子たちが近くに寄って来ました。そこでイエス様は口を開き教えられたのです。腰を下ろされたというのは、ただ座るという動作を言っているのではありません。今でも古い伝統に生きる教会では、わたしたちの礼拝とは逆で、賛美歌は座って歌い、聖書朗読は立って聞きますが、イエス様の当時、ラビたちは、聖書朗読の時には立ち、教えるときには座っておりました。この記事を読みましたマタイの教会の人たちは、イエス様が権威あるラビとして、みんなの中で座って話された姿を生き生きと思い浮かべたことでしょう。わざわざ「口を開いて」とあるのは、大事なことを話すときの表現です。

マタイはここで、弟子たちが近くに寄って来たと書いております。この弟子と訳されております単語「マテータイ、μαθηταὶ」は、マタイによる福音書には七十三回出てきますが、この個所がその最初のところです。この表現は正規に先生に従う人、学ぶ人を指す言葉です。日本では、僕は何々先生の弟子だなどと、正規の弟子でなくても軽く言ったり、先生のほうもあんな奴は弟子ではない、弟子にした覚えはないと言ったりすることもありますが、ここで言われる「弟子」という言葉にはもっとはっきりしたイメージがあります。弟子は必ずしも十二使徒に限りませんが、弟子と呼ばれる以上はイエス様をメシアだとはっきりと信じている人を指し、群衆みんなが弟子というわけではありません。福音書は弟子と、ただ奇跡を見たい人、病気を治してほしいだけの人とを区別しております。

弟子たちが近くに寄ってきました。弟子たちだけに語られたのではないでしょうが、御傍近くで聞いていたのは弟子たちです。イエスは口を開き、教えられた」と訳されています原文には「彼らに」(アウトゥース)という言葉が入っています。彼らにというのは弟子たちのことですし、すぐ後に「あなたがたは地の塩である」(十三節)といった風に、「あなたがた」と語りかけておられますが、すでに地の塩である人に語っておられます。これから頑張って地の塩になりなさいではなく、すでにそうなのだからと言っておられます。加えて、「あなたがたの義が律法学者やファリサイ派の人々の義にまさっていなければ、あなたがたは決して天の国に入ることができない」(二十節)ともおっしゃっていますから、第一の聞き手は弟子たちであると考えていいでしょう。また、「教えらえた」は、過去形ではなく未完了形で書かれておりますから、今まさにイエス様が教えておられるとも解釈できますし、何度も繰り返し教えられたという風にも解釈できます。つまり、この言葉は、弟子への語りかけとして、イエス様が今まさにわたしたちに向かって語られている言葉として聴くべき言葉なのです。わたしたちキリスト者が聴くべき説教です。

先週、マラナ・タ講座に参加なさっている方から、以前マンションの二十八階に住んでいた時の話として、こんな話を聞きました。戸を開けていると、二十八階にいるのに、地上で話している子供たちの話し声がはっきり聞こえることが時々あると。つまり下からの風があると人間の声は普通に話していてもずいぶん上まで聞こえるようなのです。逆に上から下に向かって風が吹いていると、地上でも二十八階の住人の話声が聞こえるのではないでしょうか。また、高校時代に音楽の先生から、こういうことを聞きました。イタリア人は声が大きい人が多いですし、歌のうまい人も多いようですが、ナポリの漁師が、海岸から海の上の仲間に向かって大声で叫ぶと、一キロ先でも聞こえると。無線がなかった時代には、家族は海の上の漁師に向かって声で呼びかけたそうです。これも風に乗っていくのかもしれません。なかなかすごいなと思いますが、ノルウェーの森の中で、女の人が高い声で叫ぶと、なんと一キロどころか、数キロ先まで声が聞こえるという実験を科学番組で見たことがあります。

腰を下ろされたイエス様を中心にして、弟子たちがそばにいて、その周りに大勢の群衆が取り囲んで聞いていました。イエス様は腰を下ろして話しておられます。イエス様の声が山の上から下まで、風に乗って何千人にも聞こえたとマタイが言っているのかどうかわかりませんが、近くの弟子だけではなく、取り巻いていた群衆にも聞こえたはずです。カファルナウムの丘は上から湖にむかって心地よい風が吹き降ろしてきますので、大勢の群衆に説教するには、適切な場所だったでしょう。また、説教の終わり、少し先の七章の最後の方に「イエスがこれらの言葉を語り終えられると、群衆はその教えに非常に驚いた。・・律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(七章二十八、二十九節)とあります。イエス様が説教を語られた結果どうなったか、聞いた群衆の反応が記されていますから、イエス様のこの説教の第一の聞き手は弟子たちですが、この弟子たちを取り囲んだ一般の群衆にも語られているのは確実です。

これから語られる「山上の説教」が始まる前の記事、先週の御言葉を、もう一度思い出していただきたいのですが、「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」のでした。イエス様が来られて、神の国がまさに始まろうとしていることが宣言され、御国の福音が宣べ伝えられ、病気がいやされました。その続きとして、山上の説教が始まるのです。ですから御国の福音とは何か、イエス様が来られて何が始まろうとしているのか、天の国はどのようであるか、どのように生きるべきかを、イエス様は教えられます。これは弟子に対する単なる教えではありません。弟子たちだけ、教会だけに通用する特別なことをではなく、あらゆる人に当てはまる真実、真理です。聴く人は、イエス様の教えを人生の土台とするように招かれております。イエス様は、弟子ばかりではなく、群衆も聞くべき説教として語られたのです。

主イエスは「はっきり言っておく」とか、「しかし、わたしは言っておく」と、おっしゃって律法を超える教えを語られました。神がモーセに与えられた律法は、わたしたちが生きやすいようにと与えてくださった戒めです。根底には神の愛が流れています。それを守り、冒すことがないようにと、どんどん膨らんで、もともとの意図が見えにくくなってしまいました。しかし、イエス様は「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである」(十七節)とおっしゃっています。律法や預言者を廃止するのではなく、それを完成し、新しい律法として与えられたのです。

この後具体的な教えがいろいろ出てきます。その中には、最初に申し上げましたように、有名な言葉がたくさんあります。いつも申し上げることですが、よく知られているからと言って、正しく理解されているとは限りません。誤解されていることも多いので注意が必要です。また、自分のこととして読むにはあまりにも難しいと思えるものも、いくつもあります。しかし、最初に、どの言葉よりも前に、まず「心の貧しきものは幸いである」という祝福が出てきます。そして、何よりわたしたちがよく知っているように、イエス様はわたしたちのために十字架の道を歩み、わたしたちの罪を贖ってくださったのです。わたしたちは、イエス様の近くに集まり、イエス様のお語りになることをじっくり聴こうではありませんか。この説教がわたしにとって何を意味するのかが、問われてくるはずです。イエス様のおっしゃる神のご支配を、自分のこととして受け取り、しっかりとイエスさまの教えに従って歩む。イエス様はいつもわたしたちの中にいて、わたしたちと共に歩んでくださいます。

最後に、イエス様の山上の説教を聞いた人が、どのようにこれを受け止め、どのようにふるまったかを少し紹介して説教を終わります。わたしたちがどう受け取るかの参考になります。今年はルターの宗教改革から五百年の年に当たりますが、ルターは何度も山上の説教について説教しております。あの当時、カトリック教会は山上の説教を、修道士のために語られた福音的勧告であるとしていました。これに対しルターは、これは誰もが真剣に聞くべき言葉であって、新しい律法であると同時に、神のなぐさめの言葉でもあると語りました。これを聞いたルターの教会の人々は、実行するのは不可能であることを認めた上で福音に至る教育的な教えだと解釈したり、またイエス様が何を意図されていたかには関係なく、ある人は律法の言葉とだけ、別のある人は慰めの言葉とだけ解釈したりして、一方的な理解に走りました。ところがルターに反対した過激な改革者たち、熱狂主義の人々は、この説教を実行可能な、信徒に与えられた神の要求であると理解し、その通り実行しようとしました。ですから「誓うな」と聞くと宣誓、誓うことをしません。たとえ裁判でも宣誓しないのです。スポーツでの宣誓もしません。「敵を愛しなさい」とあれば文字通り解釈して兵役を拒否します。この立場を厳格に貫きますと普通の社会生活を営めません。結果あちらこちらをさまよい歩いて自分たちだけで生活できる広いところを探し求め、ロシア、カナダ、アメリカなどの田舎に住むようになりました。今もその末裔の人たちがいます(メノナイトやアーミッシュ等)。この立場に近いのはトルストイです。山上の説教を守るなら天国のような状態が来ると信じ、そのために完全に非暴力に生きようとしました。この立場では、人間の罪ということがあまり考えられなくなってしまいます。イエス様の教えに、そのまま正直に従おうとする態度は立派で評価されるべきだと思いますが、一字一句そのままというのが正しいかどうかは疑問です。逆に全く反対の解釈で、山上の説教は実行不可能なことであって、この説教で大事なのは気持ちだという人々も出てきます。気持ちの持ちようとか倫理的教えにしてしまうのです。実際にどうするかではなく、良心のありかた、内面的服従の有無が問われます。しかし、山上の説教は道徳的ではあっても決して道徳そのものではありません。

これらの他にもいろいろな解釈が教会の歩みの中で出てきました。わたしたちは、どう受け取っていけばいいのでしょう。答えを出すのは簡単ではありませんが、これだけは言えると思います。自分の今おかれている現実の生活の中で、困難と対峙するとき、何度も何度も真剣に向き合うことによって、本当に自分のこととしてこの説教を聴くことができ、本当の意味を知ることができるであろうということです。イエス様は慈しみをもってわたしたちに語っておられます。そして、わたしについて来なさいとおっしゃるのです。

来週から、具体的に山上の説教に取り組みます。イエス様に従うことは、イエス様の言われることを行っていくことです。何とおっしゃっているのか、イエス様の言葉を現代に持ち込んで簡単に分かったなどと思わず、じっくりと耳を傾けていきましょう。

 

祈ります。
父なる神、わたしたちの罪を購いあなたとの正しい関係招き入れるためにイエス様をこの世に送ってくださったことを感謝します。わたしたちが、二度とイエス様を拒むことなく、その招きに応えていけますよう、またイエス様が語ってくださる言葉をわたしたちに向けられたものとしてしっかり受け取ることができますよう力を与えてください。そして、主の御許に留まり続けることができますよう支え導いてください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

3月19日の音声

2017年3月12日 受難節第2主日

「多くの病人をいやす」
マタイによる福音書四章二十三~二十五節

先週はイエス様が、四人の漁師に「わたしについてきなさい、人間をとる漁師にしよう」とおっしゃって、彼らを召された話を聴きました。マタイによる福音書はそのあとに「イエスはガリラヤ中を回って、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」(二十三節)と、ガリラヤ地方でのイエス様の伝道のお働きをまとめて語っております。これによって、イエス様がどのように活動されたか、全体像としてよくわかります。この二十三節の言葉は、この先九章の終わりで、全く同じといってもよい表現で繰り返されます。「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(九章三十五節)と。このほぼ同じ二つの言葉の間に、イエス様ご自身が、言葉と行いによってお働きになる姿が具体的に描かれています。五章から七章では「山上の説教」として知られております有名な教えが、また八章から九章ではいやしを中心とした奇跡物語が出てまいります。教え、宣べ伝え、いやされます。次週から「山上の説教」を学んでいきますが、今日は弟子の召命の記事に続く、このまとめの記事を見てまいりましょう。

イエス様はガリラヤ全土を巡って、伝道活動を展開されました。ガリラヤ中の町々を訪れ、各地の会堂で天の国について説教なさったのです。どれぐらいの期間、そういうことが続いたのかわかりませんが、何年もの間ではなかったでしょう。おそらく数か月のことだったと思われます。別の福音書でヨハネは、ガリラヤのカナで出席なさった結婚式で、水をぶどう酒に変える最初の奇跡を行われたと報告しています。

「諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、また、民衆のありとあらゆる病気や患いをいやされた」とマタイが記していますガリラヤでの最初の活動について、諸会堂で教えられたこと、福音を語られたこと、あらゆる病気をいやされたこと、この三点について、もう少し詳しく見てまいります。

まず諸会堂で教えられたという点についてです。ユダヤ人は紀元前六世紀に国が滅びバビロンに捕囚の民として連れていかれた後、世界の各地に離散して住んでおりました。世界に散らばった民は、どんなところでも大人の男が十人以上集まるところには会堂を建てたようです。その結果、各地にユダヤ会堂が建ちましたが、会堂のメンバーがそのまま地方自治体の組織でもありました。信仰共同体が、そのまま生活の場であり、礼拝や教育だけでなく政治の場でもあったのです。ユダヤ人は、即ちユダヤ教徒であり、礼拝者だったのです。各会堂にはラビがいて律法を教えていました。ラビがいないところでは、会堂を管理する長老がおりました。教育も当然重要視されており、子供の教育は聖書の素読と暗記、問答形式のやりとりとして、会堂や適切な家で行われていましたから、会堂は学校でもありました。つまり、ユダヤ人の生活はまさに会堂にあったのです。生活に密着しておりました。さて、安息日になりますと、会堂のメンバーである男性は、誰であれ、皆の前で聖書を読むことができました。勧めの言葉、わたしたちでいう説教もできました。イエス様は、ラビの専門教育を受けてはおられませんでしたし、ラビの資格を持ってはおられなかったのですが、旧約聖書の言葉と、言い伝えに大変詳しかったので、「いつものとおり」(ルカ四章十六節)とあるように、よく会堂で聖書をお読みになり教えられたのです。しかし、ナザレでは皆がイエス様を小さいころから知っておりましたから、どんなお話をなさっても、「なんだあいつは、大工ヨセフの子じゃないか」となったようです。そこでカファルナウムに来られたのだと思います。イエス様の初期のお働きは、まさにユダヤ人としてユダヤ会堂の中で行われたのです。

次に、福音を語られたことに移りますが、注意したいのは、ここでマタイは「御国の福音を」宣べ伝えられたと記していることです。「国」バシレイアに、「天の」もしくは、「神の」という言葉がつかないで、「宣べ伝える」というように福音と結びつけて語られるのは、合計で三回だけです。この箇所と、最初に触れました九章三十五節、そして、十字架への歩みが具体的に始まる二十四章十四節ですが、いずれの場合もイエス様の宣教活動をまとめて報告する時に出てきます。実際には天の国とか神の国とおっしゃったのでしょうが、イエス様の活動を要約して語るときは、「御国の福音を宣べ伝えられた」と表現しております。つまり御国の福音を宣べ伝えることこそが、主イエスの使命だったと分かります。御国については、すでにお話ししましたように、神のご支配、神の主権を指しております。そして福音とは、良い知らせをもたらすことです。良い知らせそのものを指す場合もあります。戦争が起こった時に、戦いに勝ったぞという伝令の知らせが、もともとの意味の代表例です。負ければ奴隷ですから、戦いに勝ったという知らせほど喜ばしいことはなかったでしょう。今か今かと待つ、それが福音です。今では、教会の専門用語になっておりまして、イエス様が救い主としてわたしたちのところに来られたという良い知らせの中身を「福音」といいます。

三番目は、今日最も注目したいことですが、「民衆の、ありとあらゆる病気や患いをいやされた」(二十三節後半)ことです。このみ言葉には、わたしたちは真正面から取り組み理解する必要があります。なぜならいま、どこの教会に行っても、ありとあらゆる病気がいやされるとは言えないからです。なぜ、信仰をもっても病気がいやされないのかと思うかもしれません。また、これはイエス様がなさったことで、人間のできる業ではないと、簡単に納得してしまうことも多いでしょう。治療することをセラピーということがありますが、病気を治す「セラペウオーン」という単語が最もたくさん出てくるのはマタイによる福音書です。マタイは、明らかにイエス様が病気をいやされたことを強調しています。イエス様が病気をいやされたのは、はっきりとわたしたちにお伝えになりたいことがあったのです。それは何でしょう。一体、病気がいやされるとはどういうことを指しているのでしょうか。

イエス様の時代、病気は、肉体の不調を指すだけではありませんでした。もっと深刻で、罪や神の罰だと考えられていたのです。ですから、例えば、障害のある人に対して人々は、「けがれた人」もしくは、何か罪を犯して「神に裁かれた人」という見方をしていました。ヨハネによる福音書にこんな話があります。生まれつき目の見えない人を見かけたとき、弟子たちがイエス様に「ラビ、この人が生まれつき目が見えないのは、だれが罪を犯したからですか。本人ですか。それとも、両親ですか」(ヨハネ九章二節)と尋ねたのです。このように、病気は単に病気ということではすまなかったのです。イエス様は弟子たちに「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(同三節)とお答えになっています。そしてその人をいやされたのです。イエス様が病気をいやされたのは、この人は罪びとではない、神の国の住人であるという宣言なのです。いやされた人は、礼拝者として回復され、神との交わりが回復していきます。わたしたちも同じなのです。病気であろうが、元気であろうが、神の業が現れる、わたしたちの人生を通して神の御業が示されるのです。

ここでしっかりと理解しておきたいことは、大切なのは病気がいやされることそのものではなく、神との関係だということです。イエス様は病気をいやすことによって、人々に神の国の入り口を見せ、神の国が来たことを実感させられたのです。いやしの奇跡は、来るべき世における完全ないやしの世界をあらかじめ指し示すことでした。それは神の国が完成した時のしるしなのです。神の完全なご支配が実現するとき、人間の病気は消えます。病気かどうかということは、問題ではなくなります。ですから、罪の赦しと関係のない病気の回復、単に肉体の調子が元通り良くなることは、喜ばしいことではありますが、聖書のいういやしではありません。病が回復しても、何年かすれば、やがてまた病になります。大事なのは、神との関係の回復であり、罪の許しの宣言を聞くことなのです。

病気がいやされることのもう一つの意味は、イエス様のお言葉が真実であることの証拠であったということです。人々はイエス様の奇跡的ないやしを見て、この人の言うことは本当だと思ったでしょう。もし、人々が疑い深くなかったら、奇跡やいやしは必要なかったかもしれません。マタイは、わざわざ、「民衆の」という言葉を補っております。今の社会の中では、キリストに祈ったら、たちまちいやされたということをあまり聞きません。インチキないやしを売り物にする宗教や商売は別ですが。あなたの病はいやされると叫ぶ宗教や、これを飲めばがんが治る式の薬売りは、あとを絶ちませんが、もしそれが本当なら、まず自分の病気を治すべきです。ある新興宗教の教祖は、自分はイエスのよみがえりだといっておりましたが、自分の病気を治せなくてあっけなく死にました。よみがえったとは聞きません。

イエス様のいやしは「いやし」そのものが目的ではなく、「しるし」、神の「権威のしるし」だったのです。イエス様が病人をいやされたのを目撃した人は、確かに神がこの方をお遣わしになった、この人はメシアだとわかったでしょう。残念ながら自分が思い描くメシア像とは異なっていることがその後わかって、イエス様を見捨てることになってしまったのですが。

「そこで、イエスの評判がシリア中に広まった。人々がイエスのところへ、いろいろな病気や苦しみに悩む者、悪霊に取りつかれた者、てんかんの者、中風の者など、あらゆる病人を連れて来たので、これらの人々をいやされた」(二十四節)。イエス様の噂はあっという間に口伝えにシリア全体に広まっていきました。広い地域からいやしを求めて人々が押し寄せてくるようになります。イエス様は、求めに応じて、「これらの人々をいやされた」のです。シリア全土といいますのは、ガリラヤ全土に対比されている言葉ですから、ローマ帝国がシリアと呼ぶ、アンティオキアなどがあるもっと北を含めた広い範囲ではなく、イスラエルの北方、東北地帯を指していると思われます。そしてその後どうなったかといいますと、「こうして、ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、ヨルダン河の向こう側から、大勢の群衆が来てイエスにしたがった」(二十五節)のです。

イエス様の公生涯の第一歩の働きは、ユダヤの中心、つまりエルサレムではなく、正統的ユダヤ人から見ると、まさに異邦人の町であったガリラヤにおいてなされました。そしてこの「異邦人のガリラヤ」でのイエス様の力強い働きは、ガリラヤを超え、どんどん広がっていったのです。わたしたちも今まさに、その働きについて学んでいます。

マタイは、わたしたちにイエス様のあとに従うよう、神に招かれたものとして、その招きに応えて生きるようにと誘います。二つのことがわかります。イエス様の説教を聞くという礼拝の大事な行為は、弟子となって従っていくことがなければ、つまり、部外者として遠くから眺めるように聞いていたのではわからないということ。そして、神との関係が回復されなければ、つまりいやされることがなければ、説教を本当の意味で聞くことはできないであろうということです。逆にこうも言えます。説教をちゃんと聞いておれば、そこにいやしと献身が起こると。何十年も教会に来ていても、イエス様のご愛に応えてイエス様の後に従えない人がいます。残念なことですが事実です。しかし、神の方を向いて一歩を踏み出すことができれば、本当の意味で礼拝に参加し説教を聞くことができるのです。そこには厳粛な献身といやしがあります。イエス様に従って歩めますように、まことに説教を聞けますように。祈りつつ、招きに応えていきたいものだと願います。

 

祈ります。
父なる神、イエス様が四人の漁師を召された後、諸会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、あらゆる病気をいやされました。そのことによって、わたしたちに罪から解放され礼拝する生活を送ることと、人間をとる漁師として生きることが一つであることを教えてくださいました。感謝します。どうかわたしたちが、イエス様のご愛に応え、その御あとに従って歩むことができますよう導いてください。マラナ・タ教会のお一人お一人を弟子として祝福してください。
主の御名によって祈ります。アーメン。

3月12日の音声

2017年3月5日 受難節第1主日

人間をとる漁師
マタイによる福音書四章十八~二十二節

「イエス様を信じています」とよく言いますが、この場合の信じるとはどういうことでしょう。信じるとは遠いところから眺めることではなく、弟子としてついて行くことです。イエス・キリストをただ尊敬するとか、敬う、などという距離感ではなく、イエス・キリストに従う、弟子としてお側について行くことです。頭の働きというより体の働きです。大きな喜びと共に、身の引き締まるきびしさを感じます。今日読まれた聖書箇所には、イエス様が二組の兄と弟、四人の漁師を弟子にされたことが書かれています。四人はすぐに従っておりますが、ここに弟子にされるときの厳粛さがよく出ております。

「イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。イエスは、『わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう』と言われた」(十八、十九節)。湖で網を打っているペテロとアンデレという漁師の兄弟に向かって、イエス様は、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」とおっしゃいました。「ついて来い」とは弟子になって従うようにとの招きです。ペトロやアンデレは舟と網を持っている本物の漁師です。網元であって、雇われの漁師ではありません。仕事を辞める以外に従う道はないのに、ついて来なさいと言われたのですから、ちょっと深刻な話です。しかし、このイエス様の唐突な招きに対するペテロとアンデレの反応には、もっと驚きます。「二人はすぐに網を捨てて従った」(二十節)からです。ペトロとアンデレは、イエス様から言葉をかけられた時、すぐに、人生の向きを変えて、網を捨ててイエス様に従ったのです。すぐに従うことができたのは、神が呼んでくださったからです。二人には分からなかったかもしれませんが、それは神からの賜物、恵みに他なりません。次に「そこから進んで、別の二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネが、父親のゼベダイと一緒に、舟の中で網の手入れをしているのを御覧になると、彼らをお呼びになった。この二人もすぐに、舟と父親とを残してイエスに従った」(二十一、二十二節)とあります。ヤコブとヨハネ兄弟もすぐに、呼びかけに応じて従ったのです。

イエス様の最初の弟子たちは働く人でした。中でも漁師というきつい肉体労働者です。決してカファルナウムの会堂で教えている学者や、労働はあまりしないで信仰生活に集中しもっぱら律法を学ぶ人ではありません。しかも、網元であるとはいえ、魚を捕るのは時に夜通し激しく働く仕事です。その彼らを、まさに網を打っているときに、またおそらくは漁の後、網の手入れをしているときに、イエス様は御覧になりました。朝早くのことだったでしょう。日常的に働いている姿に目を留められたのです。普段の生活の只中にいる時、主が目を留めてくださったと聖書は語ります。小さなものが大きなものの中に、人間的なものが神の世界の中に、時間的制約のあるものが永遠の中と招かれていきます。

イエス様の招きはユーモラスです。漁師に向かって、魚ではなく「人間をとる漁師にしよう」とおっしゃったのです。そこで二人は網を捨てて従いました。ここで気になる言葉は、「捨てて」という表現です。ペテロとアンデレは網を「捨てて」従いました。もう一組のヤコブとヨハネは舟と父親のゼベダイを「残して」従いました。「捨てる」も「残す」も元の言葉は同じ言葉(ἀφέντες<ἀφίημι)です。そのままにしておくという意味です。ですからヤコブとヨハネも、自分のそれまでの仕事や、生活のあれこれすべてを、そのままにして、脇に置いて従ったのです。それが「捨てて」とか「残して」と訳されています。マタイは、この四人が直ちに何もかも「そのままにして」イエス様に従ったということを強調しているのが明らかです。細かい状況の説明が全くありません。何かが彼らを強く捉えたので、それまで通りに生活することが出来なくなったのです。一体生活の心配はなかったのでしょうか。そんなはずはないと思います。でもそのような心配や不安は書かれておりません。心配がなかったというのではなく、おそらくもっと大事なことがあったのです。もっと大事なこととは何でしょう。大切な網を「そのままにして」まで求めたものとは、一体何でしょう。

ペトロたちにとって、イエス様に従って行くことは、それまで関係の深かった家族と仕事から離れることです。すべてを捨てるといっても誇張ではありません。そんなことは信じられない。ある期間だけだろうと想像する人もおられます。確かにこの地方では雨季は仕事がしにくい時期ですから、考えられなくもないでしょう。しかし、やはりそこには深い理由があったはずです。彼らは、それだけメシアを待っていた。救い主がくださるはずの神のご支配に期待していたのです。そして、イエス様を救い主だと確信したのです。イエス様の招きの言葉にはそれだけの力があったことは確実です。ペトロたちはしっかりした職業人で、夢想家ではありませんから現実的です。わたしたちも、イエス様のお声を今聞いています。何があっても日曜日に教会に来て礼拝するのは、すべてを捨ててもいいほどの、神へのあこがれがあるからです。

家族をそのままに置いていくと、自分の手から離れます。どうしても気になりますから祈らざるを得ません。後になってヤコブ、ヨハネと一緒に彼らの母親がイエス様に息子たちをよろしく頼む、取り立ててくれ、神の国では大臣にしてくれと的外れの願いをする有名な場面がありますように(二十章二十節以下)、ヤコブとヨハネが、父ゼベダイと舟を置いてイエス様に従ったとき、この兄弟は別に親と縁を切ったわけではないのです。特に母親は彼女もイエス様に従っていった可能性があります。ヤコブとヨハネは、父ゼベダイやこの母のために祈ったことでしょう。これはペトロたちも同じです。そのままにするとは、主に委ねることことです。祈って神に委ねたのです。

それがよくわかる出来事をお読みします。「イエスはペトロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした」(八章十四、十五節)。ペトロは妻の母親を引き取って一緒に生活していましたが、この義理の母が熱を出して寝込んでいた時に、イエス様が癒してくださったという出来事です。当時は病院もなかったでしょうし、医者もほとんどいませんから、ペテロも姑の熱をどうしてあげることもできずに、ただ祈って神に委ねていたのでしょう。しかし、そこにイエス様が来られて、このお義母さんを見て、癒してくださったのです。病気を治してもらった彼女は、「起き上がってイエスをもてなした」とありますから、イエス様にお茶か食事をお出ししたのでしょう、イエス様に仕えたのです。イエス様とかかわりを持つようになっていきます。四人の漁師が召されたすぐ後、来週学びます二十三節以下を見ますと、大勢の人が病気から癒された記事が続きます。これはイエス様に従うことが決して世捨て人となる、この世との関係を絶って出家することを意味するのではなく、イエス様に救われる人たちを生み出す働きに参加する、「献身」を意味するのだと語っているように思います。今日読まれた御言葉は二十二節までですが、そのあとの一見別の話かと思える二十五節まで病人の癒しの記事は、イエス様に従うという一続きの記事として読むこともできるはずです。

このように親を残して網を捨てたと書かれているイエス様の最初の弟子ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネは、決して親を捨ててはおりませんし、親不孝をしたわけでもありません。家庭生活を捨て、世俗的な執着を離れて修行するという人間の決意に重点が置かれた行為と、神から呼び出される召命に応える献身は、同じように見えても中身が大きく異なります。キリストの招きに応じて従って行くときには価値の大転換が起こります。「飛躍」が起こるのです。舟と網こそが頼りだと持っていた漁師が、舟も親も残して出て行くのです。しかし、それが親を救うことになる逆転がおこります。

飛躍といえば、若いときに聞いて今も忘れられない話がいくつもあります。そのうちの一つが、アウグスティヌスの回心の物語です。四月からマラナ・タ講座ではこの人の『告白』を読みますので、少しご紹介します。教会史上、最も有名な教父、アウグスティヌスは北アフリカ、今のチュニジア地方の人です。アフリカと聞きますとライオンや象の出てくるサバンナを思い出す人もいらっしゃるかも知れませんが、アウグスティヌスがいた当時、地中海に面したそのあたりはローマ帝国の穀倉地帯であり、文化の進んだ、ローマとの行き来も自由で繁栄した土地でした。幸い仲の良い、地主階級の両親のもとに生まれ、頭もよく、伸び伸びと成長します。十六歳の時、父親が亡くなり、故郷のタガステという町を離れ、この地方の大都市カルタゴで勉強を始めます。お金持ちの支援がありました。カルタゴは大都会の常で、欲望の渦巻く町でもあります。そこで、彼は身分の低い女性を好きになり、正式な結婚ではなく同棲を始めます。翌年には十七歳で父親になっております。こう聞きますと何か、放蕩息子か、不良青年のようですが、彼はこの女性をずっと愛し続け、妻と息子を守り続けます。誠実な人ですが、アフリカの人らしく、早熟で熱情的です。一方で、自分の救いを真剣に考え始め、若くしてマニ教に入信します。マニ教にはなじみがないので、変な宗教のように思うかもしれませんが、当時の北アフリカでのマニ教はパウロの教えに深く結びついた、若者には魅力的な白か黒かはっきりした二元論の宗教です。ただ彼は、やがてマニ教に疑問を持ち始め、詳しいことは省略しますが、そのあと科学、キリスト教、ギリシア哲学(新プラトン主義)と様々な教えに救いを求めます。このあたりの事情が『告白』には彼自身の筆で詳しく描かれており、昔から世界中の人がワクワクしながら読んできました。面白い本です。

そしてとうとう、三十歳を過ぎたころから、キリスト教を深く学ぶようになります。彼は修辞学の先生、今でいえば法律か哲学の先生ですから、神はどういうお方か知的に捉え、それを文章に表現しようとしますが、なかなかできません。こう言っております「あわれな人間は、どうしたらよいでしょう。わたしたちの主イエス・キリストによる恩恵以外に、だれがみじめな人間を、この死の体から解放してくださるでしょうか」(『告白』七巻二十一章)。彼は神をよく理解した上で信じようとしました。神は信じないとよく理解できないことが、わからなかったのです。ところがついにその時が来ます。三十二歳の時でした。神の赦しが得られなくて悶々としていた彼は、ある時となりの家から、繰り返し、歌うような調子で、子供の「トレ・レゲ、トレ・レゲ」、つまり「取れ、読め、取れ、読め」という声を聴きます。聞いたことのないこの歌に、ひょっとしたらこれは聖書を読めという導きではないだろうか、聖書を読みなさいという神の命令に違いないと思いました。たまたまその直前に行きあわせた教会の聖書朗読で、この時アウグスティヌスはマタイ福音書、十九章二十一節を聞いていたのです。「もし完全になりたいのなら、行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。それから、わたしに従いなさい」。そこで、彼はもう一度教会にもどり、次の御言葉に出会ったのです。「主イエス・キリストを身にまといなさい」(ローマの信徒への手紙、十三章十四節)。アウグスティヌスはパウロの言葉を自分に語られた言葉として聞き、ついに大転換します。ジャンプしたのです。十年間求めに求め続けたのに分からなかった信仰を掴むために、最後に彼は飛んだのです。考え、苦闘して徐々に近づいてきたキリストへの道、しかし最後は、どうかこのわたしをお受入れください、と自分を明け渡して素直に祈ったのです。自分の努力では到達できなかった目標に、自分を捨てることで到達しました。キリストを身にまとうには、これまでまとっていたものは脱がねばなりません。人は両手を握りしめていては大切なものをつかむことができません。

お話しているのは、ずっと昔の、遠く離れた外国の、しかも偉い人の、わたしたちとはかけ離れた世界のことではありません。イエス様に従う人誰もが経験する喜びと厳粛さです。イエス様に招かれた漁師たちは、自分たちが招かれたのと同様に、やがて他の人々を、自分が立たされることになったのと同じ場所、つまりイエス様に従うという間合いの中に招くために働くことになりました。これは特別な弟子のありよう、つまり使徒とか、教会の牧師となることだけを意味しません。そうではありませんが普通ではない生き方です。家族や友人が「主に従ってついて行く」ように導くことです。それこそがイエス様について行くこと、イエス様の弟子となりイエス様と共に働くことなのです。人間をとる漁師です。わたしたちも大切だと思っているものを、しばらくそのままにして出て行ってみませんか。イエス様に従って、イエス様と共に歩むのです。人生は実験です。やってみないことには進展しません。思い切ってジャンプするのです。新しい信仰生活に、まったく新しい命が満ち溢れるでしょう。

祈ります。
父なる神、わたしたちを選んでくださったことを感謝します。どうかわたしたちを、そのお招きに応え、あなたを見上げて賛美する者としてください。そして、執着しているものを横において、イエス様に従って歩んでいくことができますよう導いてください。あなたのみ名が崇められますように。
主のみ名によって祈ります。アーメン。

3月5日の音声

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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