聖霊降臨節 2020年度(前半)

 

マラナ・タ教会 2020年7月26日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第9主日
聖書 使徒言行録 7章1~7節
讃美歌21 51、530、457
「約束する神を」
ペンテコステの後、弟子たちは「すぐに戻ってくる」というイエスの言葉を思い起こしつつ、福音を述べ伝え始めます。ステファノは多くの病人を癒し、議論を吹きかけてくる連中を次々に論破し、ついに逮捕されます。そして彼の議会での説教(弁明)が人々の怒りを買い、リンチにあって殺されてしまいます。
ステファノの弁明は使徒言行録で一番長い説教です。全部見ますには長すぎますので、今日はその最初の部分で引用されまておりますアブラハムと神との約束を中心に読んでいきましょう。
最初に、アブラハムに向かって神が語りかけます。一族と共に住んでいる土地を離れよ。一緒に住んでいる一族の人々から離れよ、というのです。アブラハムは遊牧民でした。遊牧民にとって、一族から離れることは、盗賊やオオカミの襲撃から羊を守るために交代で夜の番をする人数が不足することになるのです。しかし、アブラハムは神の言葉に従い、神の示す土地に旅立ちます。
カナンの地に着いた時、神は再びアブラハムに語り掛けます。子孫を与える、土地を与える、と約束するのです。しかし、いつまで経ってもその約束は実現しません。それどころか、飢饉が起こり、羊や使用人もろともエジプトへ逃げ出すような時もありました。ようやくアブラハムとサラの夫婦にはイサクと名付けた息子が与えられます。しかし、土地はまだ与えられません。結局、アブラハムが自分の土地として得るのは法外な大金を払って手に入れたサラの墓だけでした(創世記 23:1-20 )。
ヤコブの時代にも一族は飢饉のためにエジプトに移住します。エジプト定住のきっかけを作ったのはヤコブの息子の一人であるヨセフでした。困難の中、神はいつもヨセフと共に居られた、と創世記は記します。王朝が変わるとヤコブ一族はただの余所者集団とされ、奴隷とされます。その時にモーセが現れてエジプトを脱出します。400年にわたって、民族の記憶としての神への信頼、土地と子孫の約束への信頼は、脈々と受け継がれていたのです。
7節は創世記のアブラハム物語と出エジプト記のモーセ召命記事からの混合引用です。「わたしは必ずあなたと共にいる」という神の言葉は、直接にはアブラハムではなくモーセへの語りかけの言葉ですが(出エ 3:12 )、神が共にいてくださるという思いはモーセは元より、アブラハムにも常にあったことでしょう。
ステファノは、ここでモーセに託してイエスのことを語っております。イスラエルの民の「指導者また解放者」(使徒 7:35 )として神から遣わされたモーセですが、人々はエジプト脱出前には、誰がお前を我々の指導者にしたのか?と言って拒み、脱出後も事ある毎にモーセに文句を言います。
イエスもまた故郷のナザレでは受け入れられず、その後も各地であいつは大酒飲みだ、汚れた連中と一緒に食事している、安息日を守らない、と散々に悪口を言われます。
ステファノは、自分を捕らえた議会の人々が、モーセを拒んだ人々の子孫であることを思い起こさせます。それはステファノが語り伝えるイエスを、議会の人々が拒んだという強烈な指摘でもありましたし、イエスこそがイスラエルの指導者また解放者、すなわちメシア・キリストであるという主張でもありました。それはまたイエスを信じることが、神の約束を、神の契約を受け継ぐことになるのだという主張でもありました。
アブラハム物語を読んでいきますとアブラハムは何度か神と直接に話しをしております。使徒言行録はもとより創世記にもあまり詳しいことは書かれておりませんので、ここは想像するしかないのですが、最初の旅立ちの命令の時も、アブラハムは何か神秘的な体験をしたのではないか、だからこそ、神の言葉に素直について行ったのではないか?と言われています。
その思いは、共に居てくださるのだから神は生きている、という信仰でもありました。生きている神だからこそ、共にいて守って下さるという信頼と言ってもいいでしょう。そのような信仰・信頼なくして、カナンの地への困難な旅立ちは考えられません。
それはまた、共に居られるのだから、約束はいつか実現されるという期待(信仰)でした。アブラハムの行動を子細に見ていきますと、なかなか実現しないことに焦りがあったのは間違いありませんが、しかしアブラハムが神の約束を見切ってしまうことはなかったのです。同じように、神もまたアブラハムが何をしでかそうとも、彼を見限ることなく、約束を果たしていきます。
そのように、約束を大切にする神が、預言者を遣わし、救い主の到来と神の国の実現を約束します。考えてみますと、アブラハムとの約束の実現にも数百年の時間が掛かりました。人間とは時間のスケールがまるで違うのでしょう。
預言者からイエスまでの時間も数百年かかっています。そうだとすれば、神の国の実現も、神の約束を信頼して気長に待てばよいのでしょうか。もちろん、急ぐことなく、気長に待つ部分も必要です。同時に、神のその約束を信頼しつつ、約束が果たされることを祈り求めつつ、そして神が共にいて下さることを感じつつ(もっと言えば、感じようと積極的に努力しつつ待つ)のです。そして、約束の実現のために私たちが何をしたらよいのかを、何をすればそのための準備になるのかを考えながら、またその備えになることを実行しながら、待たなければならないのです。
中でも大切なことは、どんなときにも神が共に居られると信じ続けることでしょう。その信仰あってこそ神の国の実現という約束は私たちに受け継がれています。「あなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える」と語られた主の約束(ヨハネ 14:2 )を信じ、約束された神を信じて御国を待ち続けましょう。

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マラナ・タ教会 2020年7月19日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第8主日
聖書 使徒言行録 6章1~15節
讃美歌21 51、521、401
「信仰と聖霊に満ちた」
アレキサンダー大王の時代以降、地中海世界周辺一帯は、ヘレニズムの時代になります。ギリシア語が共通語であるのはローマ帝国の時代になっても変わりません。ヘレニズム文化の人をヘレニストと呼びます。各地に住んでいたユダヤ人たちも、ヘレニズム文化の影響を強く受けるようになります。
一方、イスラエルの地で、つまりユダヤで育ち、ヘブライ語で生活する人々をヘブライストと呼びます。生活習慣や考え方にイスラエルの伝統的なものを色濃く残している人たちです。
同じユダヤ教徒であっても、ヘブライストとヘレニストは育った環境がまるで違いますから、お互いに一緒にいると何かしら違和感があり、別々の会堂に集まるようになったのでしょう。
エルサレム教会に於いても事情は変わりません。ガリラヤ以来の弟子たちと、ペンテコステの出来事以降に弟子たちを通じてメシアとしてのイエスに出会ったヘレニストの人たちと、背景となる生活習慣や文化が全く異なります。しかもその頃の教会は、有力な信徒の家に集まる「家の教会」でした。一度に集まることのできる人数には限りがあります。家の教会も複数あったことでしょう。
その中で、やもめへの分配が公平ではない、という不満が出ます。現代と違って女性が手に職を持って一人で生活するということが大変に難しい時代です。もっとも今はまた2000年前とは違った意味で簡単ではなくなっておりますが、今日はその点には深入りしないでおきましょう。
ところが律法では、やもめや貧しい人、土地を持たない寄留者、などの落ち穂拾いの権利を認めています。畑の持ち主が収穫の後にあらためて地面を探って落ち穂まで拾ってしまうことを戒め、それは貧しい人のものだから残しておかなければならない、としています。お判りのようにルツ記の世界です(レビ記 19:9-10、23:22、申命記 24:19-21)。新約時代にはエルサレムのような町の中でも日々の食事を助け合う仕組みが出来ておりました。
もちろん初代教会はそのような助け合いシステムも受け継いでおりますが、それでもトラブルが起こったようです。食事の分配だけではなく、もっと広汎な不満がなにがし背景にあったのかもしれません。ヘレニストたちの不満はペトロたちが放置できないほどに高まります。そこでペトロたちは言わば教会総会を開きます。そして、自分たちは福音を伝えることに専念したい。食事の分配といった事務的な働きをする人をみんなで選んでくれ、と言い出します。古い話をすれば、モーセも最初は全部自分がやろうとして失敗し、舅のエトロが民の世話を分担する人たちを任命する必要を助言します。
ルカは、12弟子と新たに選ばれる7人とが、宣教と事務で分担したように書きます。ところがステファノやフィリポは明らかに宣教活動をしております。多くの聖書学者は、分担は分担でも宣教と事務ではなくヘブライストとヘレニストを分担するようになったのではないか、と考えています。
7人が事務を担当したようにルカが書くのは、教会が大きくなるにつれて、組織を運営し、様々な事務的なことを取り扱い、ヘレニストの不満を聞き、やもめの世話をする、といった教会内部の働きが増えていく中で、それらのどれもが大切な働きなのだ、信仰と聖霊による働きなのだ、とルカが主張したかったように思えます。
この短い物語は、現代の教会に於いても組織の運営が大切な役割であることを思い起こさせてくれます。そして12弟子は7人を前に立たせ、祈って手を置きます。フィリポたち7人をペトロたちに準じる職務につけるための任職の儀式です。これは現代のキリスト教で按手礼と言われている大切な儀式です。
ステファノたち7人はどうやら運営と宣教の両方の働きをしたようです。7人の中でもまた分担があったのかもしれませんが、いずれにしても運営と宣教の両方のタラントを与えられておりました。中でもステファノはただならぬ働きをします。信仰と聖霊に満ちた人であった。不思議な業としるしを行った、とルカは記します。多くの奇跡を行ったのです。しかも議論にも長けていたので彼に議論を挑んだ連中は次々に返り討ちに遭います。使徒言行録の最初の読者たちはステファノにイエスを重ねて読んでいたのでは無いでしょうか。
このあたりの原文では、継続や反復の意味を持つ未完了過去という活用形がいくつも使われています。神の言葉が何度も語られ、そのたびに弟子たちが増えていき、ステファノが何度も奇跡を行い、知恵と霊によって繰り返して語った、と書かれているのです。
そうしますと、6節から9節までの間に数ヶ月ほどの時間があったのでしょう。6章自体も5章からしばらくの時間が経っていそうです。ガマリエルの忠告に従って一度は怒りを収めたサドカイ派や議会の人たちが、ますます付け上がる弟子たちに再び苛立ちを覚えるには十分な時間でありましょう。なかでも目立ってしまったステファノがついに捕らえられることになります。
そこから先は受難週の出来事を彷彿とさせる記事が描かれています。神殿を冒涜したという偽の証人が立てられ、ステファノの周りに何重にも罠が仕掛けられます。大祭司に尋問されたステファノは大演説を始め、激高した人々に惨殺されます。
6章前半では教会運営の大切さが伝えられ、6章後半では、繰り返し御言葉が語られ、弟子たちがますます増える様子が描かれておりました。現代の教会に集う私たちも、複雑な現代社会の中で、タラントを持ち寄って教会を運営し、繰り返し繰り返し、御言葉を伝え続けねばなりません。初代教会のように次々と弟子が増えるということは期待しにくい時代ではありますが、以来2000年、連綿と続いてきたその営みを、私たちもまた、心を込めて、全力を尽くして、続けて参りましょう。

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マラナ・タ教会 2020年7月12日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第7主日
聖書 使徒言行録 5章17~42節
讃美歌21 51、55、403
「神の見えざる介入」
福音書にはイエスと対立した人たちとしてファリサイ派やサドカイ派の名前が出てきます。ファリサイ派は簡単に言えば市民階級の職人や商人や自営農民でした。サドカイ派はエルサレム神殿の祭司の中でも貴族階級の祭司たちです。古代社会ですから、神殿は宗教施設であると同時に政治的な舞台であり、民衆を支配する行政システムの一部です。サドカイ派は高級官僚です。
サドカイ派の教えの中に復活はありません。イエスの復活に限らず、復活云々という教えを選りに選って自分たちの管理下にあるべき神殿境内で教えるような連中は我慢ならないのです。ところがペトロたちは、彼らの脅しに屈することなくイエスについて語り、多くの病人を癒します。エルサレムの民衆にとっては、サドカイ派よりもイエスの弟子たちの方がよほどに霊験あらたかな、御利益のある宗教家たちであったのです。
サドカイ派にしてみれば、メンツを潰されたわけです。民衆を恐れて、という言葉が何度も出ておりますから、おそらくは夜になって弟子たちが神殿から宿に戻ったところを襲い、明朝の尋問を期してとりあえず牢屋に入れてしまいます。
ところが夜中に奇跡が起こります。主の天使が現れて弟子たちを逃がした、とルカは記します。おもしろい解説を見つけました。
実際は番兵が弟子たちに心酔していて逃がしたのではないか。イエスをメシアと信じた番兵に責任が及ぶことを避けようとおもんぱかった弟子たちが言いつくろったのだろう。
密かにイエスの弟子となっていた議員がいたはず。その議員が、弟子たちが捕まるのも2回目だし、これはまずいことになりそうだ、と考えて番兵を買収したのかもしれない。
これらの解説は、奇跡を貶めるということではなく、むしろ逆であろうと思います。番兵がイエスをメシアと信じていてもいいでしょう。また、番兵の買収を思い付くぐらいの地位と資金を持った現実主義者が初代教会に居てもいいと思います。むしろ仮にそうだったとして、それを奇跡と呼んでも差し支えないのです。
サドカイ派とファリサイ派は、信仰的にも違いますし、背景となる社会階層も違います。おなじ議員とは言え、サドカイ派に落ち度があれば、ファリサイ派は黙っていません。議会はすでに招集してある。それなのに尋問すべき弟子たちが居ない、となると、集めた議会の手前、サドカイ派はうろたえます。とりあえず、まずは番兵に疑いをかけて尋問しようとします。
その時、懲りない弟子たちがまたもや神殿境内で人々を集めて説教している、という報告が入ります。ただちに神殿警備隊が出動して弟子たちを捕まえ、そして間を置かず尋問が始まります。
ところが、ペトロたちの答えは議会の怒りに油を注ぐようなものでありました。「人間に従うよりも神に従わなければなりません」とペトロは言い切ります。しかもペトロは、議会の人たちこそ神に従っていない、という意味のことを言い立てます。
サドカイ派であろうとファリサイ派であろうと、そこまで言われては心穏やかでは居られません。ところが、不穏な雰囲気が議会に漂った時、みんなから一目置かれていたガマリエルという有名なファリサイ派の律法学者が立ち上がり、こいつらには手を出さないようにしよう、と言い始めるのです。こいつらの行いが神から出たものなら、我々には止めることができないのだし、人から出たものなら、放置してもいずれ自滅するだろう。もう少し様子を見てもいいんじゃないか。そう言われて、議会の人たちは、振り上げた拳をひとまず降ろします。
ファリサイ派の中でも一目置かれた人物が、弟子たちをかばう側にまわることは充分に可能性のあることでした。ファリサイ派にすれば、天使の存在や復活の教義そのものは自分たちの教えの重要な一部です。弟子たちが天使の導きで脱獄したと言い張れば、それを信じる余地はありました。天使の導きが本当なら、弟子たちの行いは神から出たものかもしれない、とガマリエルがその可能性を指摘した時、ファリサイ派の議員たちは、それぞれに思い当たって顔を見合わせたことでしょう。とはいえ、ただ釈放するわけにも行かず、鞭打ちを加えて釈放するのです。
結果的にその鞭打ちが弟子たちの決意をますます高めてしまうことになります。
ガマリエルは紀元25-50年頃にエルサレムで活動していた有名な律法学者です。ファリサイ派の中にも派閥があったのですが、その中でもリベラルなグループのリーダーであり、ファリサイ派全体の中でも大きな発言力を持っていたようです。新約聖書を読む限り、彼に預言の力があったとは書かれておりません。ガマリエル自身も意識していなかったかもしれないのですが、しかしやはり彼はこの時、神から言葉を授けられたのでありましょう。
ファリサイ派にとって、弟子たちは目障りだけど許容範囲内だったとか、ガマリエルは懐の大きなリーダーであったとか、背景はありますが、この時、彼の発言が怒りに燃えた議会を鎮め、弟子たちの生命を助け、初代教会を全滅から救う言葉となり得たのは、神の聖霊の力が働かれたのでありましょう。
現代においては、今日読みましたような奇跡的な神の介入はなかなかおこりません。おそらく初代教会の頃にも我々が思うほどには起こっていなかったのでしょう。滅多に起こらないからこそ記録されたのでしょうから。しかし、ガマリエルの発言が、彼の働きが、弟子たちには見えないところで起こった神の介入であったように、現代においても私たちには直接は見えないところで神は働き続けておられます。神の働きに感謝すると共に、ガマリエルのように私たちを用いて下さい、と祈り続けて参りましょう。

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マラナ・タ教会 2020年7月5日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第6主日
聖書 使徒言行録 5章1~11節
讃美歌21 51、456、552 、81
「売らなければあなたのものだった」
当時のエルサレム教会では、毎日、仕事が終わると三々五々集まり、夕食を共にし、その席上で弟子たちの見聞きしたイエスの教えや奇跡が語られ、聖書が読まれ、神が賛美された、と考えられています。弟子たちが伝えた教えの中には、幸いな人の教え(平地の説教 Lk 6:20~24)や愚かな金持ちの譬え話(Lk 12:16~21)もありました。それを聞いていた人々の物語が今日の箇所です。
使徒言行録に描かれたエルサレム教会の姿は、ルカによって相当に美化され理想化されていると言われています。人々はそれぞれに持ち物を持ち寄り、金持ちは財産を売り、それは必要に応じて貧しい人に分け与えられた。だから一人も貧しい人がいなかった、というのです。全てを共有していた、と記すのももちろん誇大表現ですが、家族や特に親しい友達の間では貸したのかあげたのか、借りたのか貰ったのか、よくわからないことがあります。そういう状態を想像してもらえればいいでしょう。
彼らの強い仲間意識は、イエスの再臨が近い、世の終わりが近い、と思う信仰にありました。終末が近いと思っていたからこそ、エルサレム教会の人々は考えます。あの譬え話の愚かな金持ちのようになるべきではない。彼はおまえの持ち物は誰の持ち物になるのか?と問われた。自分たちが生きている間に最後の審判が来る。この財産は本来は神のものだ。それならば、何かよい使い道はないのか?このように考えた時、もう1つの教えに思い至ります。神の国では貧しい人も満腹するまで食べることができる。それならば、もうじき神の国が来るのであれば、その先取りとして、今、目の前にいる教会の中の貧しい人にも充分な食事が用意されてもいいではないか。そのためのお金は、ほら、ここにありますよ。そう考えたのです。
終わりの日が近いと思えばこそ、彼らは財産と財布を共有したのでした。ところがイエスの再臨はなかなか起こりません。すぐにも終わりの日が来ると思ったから畑を全部売ったけど、まだかなぁ、と首をかしげる元・金持ちが現れます。それを見て他の人々にも不安と動揺が走ります。気のゆるみが忍び込みます。
アナニアとサフィラにもそのような気のゆるみがあったのでしょう。「アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、妻も承知の上で、代金をごまかし」た。ごまかした、というのが曲者です。2人は代金のほとんどをペトロの足下に置いたと思われます。あんまり少ないと、あの土地の相場から見て安すぎる、と不審を持たれます。逆に代金の本当にわずかな一部をごまかしたからこそ、サフィラと相談の上で、「これならバレないよね」ということになるのです。
アナニアたちは何故、代金の一部を残しました、と言わなかったのでしょう。彼らの気持ちを考えてみますと、そこには名誉欲という貪欲が有るように思えます。「愚かな金持ち」の譬え話ではどんな貪欲にも注意しなさい、と言われていました。貪欲への戒めですから、所有欲や名誉欲を完全否定しているわけではないでしょう。それらの欲求は人間が人間として社会の中で生きていく上では、やはり必要なものです。でも、それが行き過ぎてはいけないのです。それらが貪欲になったとき、人は、神を忘れ、神の恵みを忘れ、神への感謝を忘れ、神への愛を忘れてしまいます。神への愛を忘れたとき、隣人への愛も忘れてしまいます。
終末がなかなか来ないという不安と動揺の日々、終末の緊張感が薄れくる中で、土地を売ったバルナバが賞賛されるのを見たアナニアたちは自分たちも信仰厚い夫婦だと思われたくなり、土地代金のごまかしをやってしまったのでありましょう。
終わりの日が近いうちに来ると思うからこそ土地を売ったのです。しかし、そこには思いがけない誘惑があり、そして2人はまんまと引っ掛かってしまいます。ペトロは言います。「売らないでおけば、あなたのものだったし、また、売っても、その代金は自分の思い通りになったのではないか」。これをペトロは叱りつけるようにではなく、むしろ哀感を込めて言ったように思えます。この時、ペトロの脳裏には大祭司の庭で「ナザレのイエスなんか知らん」と言い張った苦い思い出が湧き上がっていたのでしょう。
私たちはすでに終末の緊張感をほとんど持たずに生活しています。むしろ、今の生活が続くことを前提に生きています。僅かな財産であっても次の世代に託そうと思って生きています。初代教会がしたような共同生活はできませんし、それは現代においては現実的ではありません。しかも現代という時代は人類がこの2000年に新たに思い付いた様々な誘惑があります。
物語の語りかけは続きます。そのような誘惑に負けたとしても、神の前にごまかしなく生きようではないか。ごまかそうとしても、神はそれを見て居られる。誘惑があることも誘惑に負けたことも知って居られる。だからこそ、神様わたしを誘惑から守ってください。あなたのためにできることを教えて下さい。示されたことを完成させるまで導いてください。と祈ろうではないか。
私たちは現代という時代の中で様々に肩肘を張って暮らしています。しかし、神の前では肩肘を張る必要はない。すべてをお任せして居ればよいのだ。すべてをさらけ出してよいのだ。と私たちは教えられています。しかし、そのことをたびたび忘れてしまうのも現代人である私たちの悪い癖です。あらためて思い起こしましょう。神はわたしのすべてを見ておられます。神に対しては、わたしという人間をごまかすことなく、真摯に向き合い、しっかりすがりながら、祈りによって常に対話しつつ、生きてゆきましょう。そうすれば、今すぐとはいかないでしょうが、必ずや思いがけない展開を神は備えてくださることでありましょう。

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マラナ・タ教会 2020年6月28日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第5主日
聖書 使徒言行録 4章13~31節
讃美歌21 54、507、474
「彼らが祈り終えると」
先週の箇所を振り返りながら今日の物語に入っていきましょう。
ペトロとヨハネが祈りの時刻に合わせて神殿に上り、門前にいた男性の足を癒します。驚いた人々が集まりますと、聖書に預言された救い主がいよいよ現れた、とペトロは告げます。その時、祭司長たちが来て、人々を追い払い、3人を捕まえてしまいます。
翌朝、2人は議会に引き出されて尋問されます。しかしペトロは聖霊に満たされて堂々渡りあいます。気圧された議員たちは、3人を下がらせて内輪の相談を始めます。昨日の出来事を無視するのは難しいが、認めてしまうと神殿の権威が落とされてしまう。
そしてペトロとヨハネに、「イエスの名を使って話したり教えたり」してはならない、と厳しく申し渡します。今回は厳重注意で釈放するけど、次は無事に済むと思うな、ぐらいの脅しもあったことでしょう。次は5章で再び祭司長たちとの衝突が起こりますが、その時は投獄されたあと、鞭で打たれてから釈放となります。
この脅しに対しても、ペトロとヨハネは堂々反論いたします。その結果、議会のメンバーは「2人をさらに脅して釈放し」ます。サドカイ派の人達は現実的な判断をしたようです。この奇跡を知って神をあがめている民衆の手前、2人を処分することは、メシアの到来を期待している民衆の暴動を招きかねない。そうなるとローマ軍の介入を招いて我々の地位も権力も取り上げられてしまうかもしれない。それはマズイ。「民衆を恐れた」と書いてある裏には、支配者たちのそんな事情が見え隠れしています。
ペトロとヨハネはイエスについて「話したり」「教えたり」することを禁じられます。「癒す」がありません。これはあるいは「イエスの名を使」わなければ癒しのわざを行ってもよい、という一種の取引だったのかもしれません。この時代、悪霊払いを行う人はたくさん居りました。ですから神殿の権威にさえ楯突かなければ、癒しのわざ自体は黙認されたのかもしれません。
散々に脅かされて、あるいはいささかの裏取引を持ちかけられて、しかしそれに妥協することなくペトロたちは釈放されます。ペトロとヨハネにとっては長い一夜でありました。同じように仲間の弟子たちにとっても長い一晩でありました。むしろ仲間の弟子たちの方が、不安に揺さぶられ、心配の尽きない一晩であったような気がします。ペトロが神殿で奇跡を起こした、捕まった、連れて行かれた、そんな断片的な情報だけがあり、自分たちの手の届かないところで2人がどうなっているのかも判らない、拷問にでも掛けられたか?まさか殺されたりしていないだろうな、と心配したところで何も出来ないもどかしさにキリキリしながら、必死に祈り続けるしかない一晩でありました。
夕方の逮捕、朝からの裁判、誰もがイエスの裁判を思い起こしてゾッとしたことでしょう。ますますの不安に絡め取られる中、2人が帰ってきました。不安が大きかった分、今度は喜びの大爆発になるのです。喜びの祈りの中で詩編が引用されます。彼らはピンと来たのです。ダビデの預言の通りじゃないか、ダビデは言った。支配者たちは団結して救い主に逆らう、と。
彼らはこう祈ります。「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください」。興味深いことに、彼らの脅しに目を留め、彼らを罰してください、とは祈りません。彼らがメシアに逆らうことで神から罰されるかどうかは私たちの関わることではない、それはあくまで神御自身の意志に依るのだ、と考えているようです。
彼らの脅しに目を留めてください、と祈るのは彼らの脅しに屈しない大胆さをください、という意味でしょう。そして、私たちが大胆になれるように、思い切って福音を語れるように、と願うのです。
イエス御自身が罪の赦しを宣言して病気を癒す奇跡を何度も行ったように、イエスを信じイエスの弟子である我々にも、イエスの名によって赦しの宣言と癒しのわざを行わせてください、と彼らは祈ります。
彼らがそのように祈りますと、この時はすぐに応えが与えられました。その場所が揺れ動いた、とは神の臨在を示す言葉です。神がその場に居られることを一同が感じ取り、聖霊の力を受け、そして彼らがつい先程、大胆に語らせてください、と祈ったとおりに、彼らは大胆に、まさに大胆に語り始めたのでありました。
初代教会のこの熱心さは、終末が近いという緊張感のもと、ある種の信仰的な熱狂として記録されていきます。現代の私たちが、このような熱狂的な信じ方をすることは適当ではないでしょう。新約聖書の各文書が書かれた時代になりますと、終末すなわちイエスの再臨がなかなか起こらないという現実の中で、このような熱狂的な信仰はすでに影を潜めていきます。
しかしながら、彼らが追い詰められた状況の中で、集まって必死になって祈った、心を合わせて祈り続けた、イエスの名によって祈った。そのことは時代を超えて私たちの信仰にも引き継がれます。彼らの祈る姿と祈る言葉は、大切なことを私たちに伝えています。主を避けどころとして生きることは幸いなことです。イエスに従って生きることは幸いなことです。その生き方を具体的なものにするとき、時間の経過を忘れ、我を忘れるぐらいに必死に祈ることで、私たちは力を与えられ、歩むべき道を示されるのです。私たちの人生に神が御手を伸ばし、聖霊の力が働いてくださいますように。イエスの名によって祈り続ける強くてしなやかな信仰を神が与えてくださいますように。

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マラナ・タ教会 2020年6月21日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第4主日
聖書 使徒言行録 4章1~12節
讃美歌21 54、342、402
「退けられた石のはずが」
先週はペトロとヨハネが、神殿の門前で足の不自由な男を癒した物語を読みました。この時のペトロの思いを代弁しますとこうでした。終わりの日は近い。この男も神をたたえる者として終わりの日を迎えさせよう。今ならまだ間に合うじゃないか。
癒された後、彼はペトロについて歩き回り、そのことに人々は我を忘れるほどに驚いた、とルカは記しています。
ペトロは人々の問いに答えて「神は救い主を私たちのところに送られた。イエスこそキリストである。イエスの名による信仰がこの男を癒した。イエスは十字架にかけられて処刑されたが、イエスは復活した。そして今も生きて働いておられる」と語ります。
その時、祭司たちやサドカイ派の人たちと神殿守衛長が駆けつけます。人々が集まり誰かが説教をしているのを見かけて、何事が起こったのか、まさか神殿を騒がすような事にはならないだろうな、と心配になって様子を見に来るのです。これが弟子たちと祭司長や議会との最初の衝突の始まりとなります。
福音書で度々イエスと衝突するファリサイ派は天使や復活を認めます。多くは今で言う市民階級に属する在野の律法学者でした。対してサドカイ派は神殿重視でした。祭司の中でも貴族階級の人たちです。彼らは十戒を始めとする書かれた律法を大切にする一方で、天使や復活といった新しい思想は受け付けません。
サドカイ派にとっては、神殿で勝手に人を集めて説教をしているのも問題であれば、死者の復活(それがイエスであろうとなかろうと)も大問題です。そのあたりをルカは見事な一言で表しています。「彼らはいらだった」。
彼らはペトロとヨハネを捕まえます。そして、翌日まで牢に入れます。ペトロたちは午後3時の祈りのために神殿に上る途中で足の不自由な男を癒し、その奇跡を目撃して驚いた人々に福音を語っていたのですから、たしかに「既に夕暮れ」だったのでしょう。サドカイ派は夜のあいだに翌日の議会の招集をかけます。
議会が開かれますと、ペトロとヨハネと癒された男性と、どうやら3人まとめてのようですが牢から出されて尋問を受けます。「おまえたちは何の権威によって、誰の名によって、神殿の中でああいうことをしたのか?」尋問する側にとって第一に問題だったのは、自分たちの権威を無視して神殿で癒しの行為を行ったことでしょう。福音書に何度も書かれておりますように、当時の考えでは癒しの奇跡は罪の赦しとイコールです。彼らにとっては、罪の赦しは神殿での献げ物によってこそ可能です。選りに選って神殿の門前で自分たちとは無関係に癒しの奇跡を行うのは、サドカイ派から見れば反逆行為も同然のことでした。
そこでペトロは「聖霊に満たされて言った」と記されます。かつてイエスは言いました(ルカ12:8-12)。「会堂や役人、権力者のところにつれて行かれたときは、何をどう言い訳しようか、何を言おうかなどと心配してはならない。言うべきことは、聖霊がそのときに教えてくださる」。預言のとおりに、ペトロは議員の前に立たされ、そして預言のとおりに、聖霊がペトロをして語らせたのです。
ペトロは、詩編を引用しながらイエスの受難と復活を語り、イエスの救いを語ります。「家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった」。これは詩編118編です。詩編の続きを読みますと、ペトロの言おうとしたことが見えてきます。
あなたたちが政治犯として処刑してしまったイエスこそ、神の救いの親石となったのだ。それは神の御業であって、私たちには驚くべきことかもしれない。しかし、救いは現実のものとなった。今こそ神の御業が行われる日。今日を喜び祝おうではないか。主こそ神。恵み深い神に今こそ感謝しよう。イエスの救いを感謝しよう。この男性が癒された恵みを感謝しよう。神の慈しみがいつまでもあるように。
さて、ペトロたちを取り囲んでいた人々はどうなったのでしょうか。この5000人とペンテコステの日に弟子たちの言葉を信じて仲間になった3000人、合わせて8000人です。随分と誇張のある数字ですが、いずれにせよルカは後日談を伝えていません。
弟子たちには終わりの日が近いという切迫感がありました。であれば、それを聞いて信じた彼らはどうしたでしょうか?家に帰り、また町や村や故郷に帰り、いよいよ救い主、メシア、キリストが現れたらしい。その話を聞いてきたぞ。いや、その特別な出来事を見た。みんなでそのメシアを信じようではないか。と告げ知らせたことでしょう。
それはとりもなおさず、イエスの世界宣教の命令が彼らによって実行されたことになるのです。そこには私たちの思いや想像を超えた、神の驚くべき働きがありました。
歴史を記したルカにとって見れば、彼らの一人一人は名前も知られていない誰かであり、捨ててしまえる石の一つに過ぎなかったのかもしれません。歴史に名を残すことのなかった彼らは、しかしながら各地の教会の土台となっていきました。ペトロがイエスを指して、「家を建てる者の退けた石が隅の親石となった」と言ったことと似ています。彼らの働きも神の偉大な御業の一つであって、私たちの目には驚くべきことです。
私たちもまた、おそらくは歴史に名前の残ることはないでしょう。1000年どころか200年も経てば、世代を経た自分たちの子孫からも名前を知られないであろう、そんな小さな一人です。
しかし、私たちの小さな働きは、ときに私たちの思いを越え、私たちの想像を遙かに超えたところで神の御業に繋がって隅の親石となることがあるかもしれません。私たちにできる小さな働きを大切にしましょう。同時に、詩編の言葉のように、わたしたちに救いを、わたしたちに祝福を、と心から祈りましょう。そして、主の恵みに感謝しつつ、その慈しみを願いましょう。私たちの歩みが神の御業によって守られますように。

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マラナ・タ教会 2020年6月14日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第3主日
聖書 使徒言行録 3章1~26節
讃美歌21 54、211、458
「イエスの御名によって」
共観福音書に限りますと、数え方によって多少変わりますが、悪霊を追い出し、病気を癒やし、死者を生き返らせる、癒しの奇跡物語はおおよそ23あります。いずれも、本人や周囲の人、あるいは悪霊たちが、イエスを信じることが前提で奇跡が起こります。
ところが今日のこの物語では、この男性がイエスへの信仰を持っているかどうかは問題にされていません。同じ使徒言行録の奇跡物語でも14章に記された奇跡では信仰が要求されています。その点でこれは非常に特徴的な奇跡物語なのです。
それは午後3時の祈りの時でありました。相当に混雑した神殿の様子が想像できます。多くの人は祈るだけですが、中には夕方の祈りの時刻に会わせて犠牲の献げ物を持参する人もいたでしょう。ユダヤ教では声を出して祈るのが基本ですから、羊や鳥の鳴き声と合わせて、相当にザワザワと騒がしかったはずです。
その時刻に合わせて、ペトロとヨハネの2人が神殿に向かいます。同じ頃、足の不自由な男が神殿に運ばれてきます。祈りの時刻に合わせて神殿に詣でる信心深い人々の施しを得るために、彼は時間に合わせて神殿の門前¥に運ばれてきたのです。
運ばれてくる景色を目の前に見ていたのでしょうか?ペトロとヨハネの2人はこの男性と目を合わせます。ルカは「彼は….施しを乞うた」と簡潔に書いています。彼は施しを乞う時に、どんな声を上げたのでしょう。どんな仕草をしたのでしょう。何かそのような時によく使う言葉を言いながら(やはりシャロームでしょうか?)、そしておそらくは歩いてきたペトロとヨハネを見上げながら、右手を差し出したのでしょう。この時、ペトロとヨハネは顔を見合わせて、こんなことを思ったのではないでしょうか。
この男、昨日も居たよな。いや、前からいつも居たよな。俺たちに声を掛けてきたのは今日がはじめてか?どうする?持ち合わせはないぞ。そこで2人は気付きます。そうか、分かったぞ。この男を癒せという神様の命令なのだ。
ペトロはヨハネと共に目線を地面に座り込んだ男に戻して言います。「私たちを見なさい」。この時、この男性は何を思ったのでしょう。施しを期待して門前に彼は座っているわけでありますけど、多くの人は彼には目もくれずに神殿に入っていきます。彼に近づいて幾ばくかのお金や食べ物をを置いて行ってくれる人も、ジッと目を合わせて「私たちを見なさい」なんてことは普通は言いません。妙なことを言うこの2人は何をくれるつもりなのだろう?変な人だったらイヤやぞ、と彼は思ったことでしょう。
その時、ペトロが言うわけです。「金銀は私にはない。持っているものをあげよう。イエスの名によって歩きなさい」。
そして、施しを受けるために差し出していた彼の右手を取ってペトロが立ち上がらせます。するとその男性は足腰がしっかりして立てるようになり、躍り回ってペトロ達にまとわりついて離れなかった、とルカは記します。
この男性は生まれて以来40年も足が動かなかったのに、それが立ち上がっただけでなく、踊りまわり、歩きまわっていたのです。門前の彼を見覚えていた人々は我を忘れるほどに驚きます。
このとき彼はイエスへの信仰を求められていません。いきなり癒やされます。なぜでしょう。一つにはこの男性もまたイスラエルの民として通常要求されている信仰は持っていたからでしょう。しかしながら、それだけでは他の奇跡物語とは釣り合いません。
そこで思い起こすのが2章のペトロの説教の中でペトロが引用していたヨエルの預言です。「神は言われる。終わりの時に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。….主の名を呼び求める者は皆、救われる」。ヨエルが預言し、イエスもまた弟子たちに約束された聖霊がペンテコステの日に弟子達の上に降りました。弟子たちにすれば、それはヨエルの預言した終わりの日が近づいた徴でありました。同時にそれは神の国が実現する時であり、イエスが再び弟子たちの前に現れる日、再臨の時のことでもありました。
イエスの再臨は近いと思う弟子たちのその切羽詰まった思いの中からこの奇跡が行われていることを見落としてはいけないでしょう。ペトロとヨハネの考えに思いを馳せますなら、こうなりましょう。このまま終末の日を迎えたら、この男は誰かの罪を背負った人として終わってしまう。今ならまだ間に合うじゃないか。イエスの名によって立ち上がらせよう。そして神の栄光をあらわそう。今この男を癒せば、神の国が実現するときにはこの男も神を賛美する一人となり、主の名を呼んで救われる。
ペトロとヨハネには、以前にイエスから派遣されて町や村を回ってイエスの名によって悪霊を追い出した経験があります。それも思い出していたことでありましょう。過信ではなく彼ら自身のイエスへの信仰として、奇跡を起こせると信じていたのです。
それから2000年後の私たちには、終末はいつのことかわかりません。弟子たちのような終末への切迫感もありません。奇跡を起こす力もありません。一方で、この男性は思いがけず、施しを求めて癒されました。彼が思っていた以上の恵みを受けたのです。
私たちは彼がイエスに直接に出会うことなく癒されたことを知っています。その時にイエスの名によって癒されたことを知っています。私たちはイエスの名を主とあがめて神の名と共に毎日の祈りに覚えています。そして、父なる神と御子イエス・キリストと聖霊を信じています。主の再臨のその時、私たちのその信仰を神は決して見落としはされないでしょう。
日常なかなか気付きにくいことですが、私たちが思っている以上の恵みを神は与えて下さっています。イエスの御名を唱えつつ、神の恵みを受けて、今週も歩んで参りましょう。

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マラナ・タ教会 2020年6月7日 主日礼拝説教 聖霊降臨節第2主日
聖書 使徒言行録 2章14~28節
讃美歌21 54、351、412
「復活を語りはじめたペトロ」
聖霊降臨祭の後、しばらく使徒言行録を御一緒に読んで参りましょう。古の弟子たちと私たちには多くの共通点があります。神を信じ、イエスを主と信じていることです。加えて、聖霊降臨後の弟子たちは、聖霊が共にあり、イエスが居られることは確かでしたが、それまでのように、目で見て、声に聞いて、手に触れてイエスを感じることは出来ませんでした。私たちは、聖書の言葉によってイエスに出会いますが、五感によってイエスに触れることは出来ません。その意味で、私たちは使徒言行録の弟子たちと同じなのです。ペンテコステの出来事を受けて、弟子たちがどのような信仰を伝えていったのか、それまでいつも一緒に居たイエスの居ない中でどのような信仰生活を送っていったのか、そのあたりを読んでいこうと思います。  今日御一緒に読んでおります物語は、まさに聖霊降臨のその時の出来事です。聖霊を受けた弟子たちは、様々な国の言葉で神の業を語り始めます。ところが、素直にみんなが驚いてくれれば良いのに、あいつらは朝から酔っ払っているんだ、とか言って馬鹿にする人たちが出てきます。
そこでペトロが立ち上がって「いやいや、酔っぱらっているわけではない。私の話を聞いてくれ」と言い始めたところから今日の話しが始まります。
ペトロは聖霊降臨の出来事についてそれが意味するものを語り始めます。おそらく、ほかの弟子達はイエスの教えと行いと奇跡を語っていたのでありましょう。彼らが語っていることはいったい何なのか?イエスはただの力ある預言者ではないのだ。ということをペトロは語り始めます。
聖霊降臨の物音に集まってきたのは、天下のあらゆる国々からエルサレムに移り住んできた人々であった、とルカは記します。そのほとんどは、イエスの教えにも、イエスの奇跡にもまだ出会ったことがなく、イエス自身には出会ったことがない人々です。それだけに、エルサレムで対立した人々よりは、イエスを受け入れやすかったのかも知れません。
聴衆を相手に、ペトロは語ります。俺の仲間達が語っているのは、ただの力ある預言者のことではない。それどころか、あなたたちが今、目の前に見ている景色は、もう何百年も以前にヨエルが預言したことが実現したのだ。
これをいくらか言い換えますなら、今は神の国が実現する終わりの時なのだ。終わりの時に現れるメシアはすでに現れたのだ。そのメシアこそが、俺たちの語っているイエスなのだ。どうか我々の語るイエスの出来事を聞いてくれ、となりましょう。
そしてペトロは言います。イエスは神が定めた計画の上で、異邦人に引き渡されて殺されたのだ。しかし神はイエスを死の苦しみから解放して復活させられた。
イエスにとって死そのものが苦しみであったかどうかはわかりません。もちろん、十字架上の死に至るプロセスは精神的にも肉体的にも大変な苦しみだっことでしょう。ルカの伝えるところでは、イエス自身も十字架の苦しみは神が定めたものだ、と祈りの中で言っています。一方で、これもルカの伝えるところでは、十字架上のイエスは一方の強盗に向かって「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と語りかけます。気になりますが、先に進みましょう。
大事なことは、神がイエスを復活させられたことであり、そのことをペトロが語り始めたということです。ペトロはヨエルの預言の意味を解説していません。しかし、使徒言行録をずっと読んでいきますと、ルカはこの預言に次のような意味を含ませているとわかります。神の霊を受け取ることは、すなわち神からの賜物として聖霊の持つ力を受け取ること。だからこそ、弟子達は癒しの奇跡を行い、力強く語り、役人達と渡り合うことができたのだ。いや、一度ならず逃げた弟子達が、何者をも恐れず、命を捨ててまで語り続けることができたのだ。この与えられた力があってこそ、世界の果てにまでイエスのことを知らせなさい、という世界宣教の命令は可能になるのである。
語り始めたペトロは、次に詩篇からダビデが詠んだとされる詩篇16編の一部を語ります。もともとこの詩篇は神への信頼を詠ったものでした。これをペトロはイエスについての預言と読み替えます。そのことによって、朽ち果てることのなかったイエスは神が聖とされたお方なのだ、というロジックを展開していきます。
そして、(今日は途中までしか読まなかったのですが)この説教の最後にペトロはこのように言います。イエスの弟子である自分たちは、イエスの復活の証人である。我々は復活のイエスに出会ったのだ。ペトロがここでこのように語り始めたことによって、私たちまで2000年におよぶ「イエスの弟子」というつながり、教会のつながりが、つながり始めたのです。
聖霊の力を受けてペトロは復活を語り始めました。イエスの死の衝撃から立ち直り、信仰の歩みを再び踏み出しました。当時の弟子たちと同じぐらい豊かに、私たちにも見えやすい姿で、ということは実際には非常に難しいことでありましょうけれども、現代人である私たちにも豊かに聖霊が降り、その力が与えられることを祈り求めましょう。ふだんはなかなか意識しませんが、聖霊を求める祈りは、古来大切にされてきた祈りです。
聖霊がこの会堂に豊かに臨在し続けてくださいますように。私たちの日々に力と知恵を与えてくださいますように。パンデミックの日々はまだまだ続きましょうけれども、聖霊の力を受けながら今週も足元確かに信仰の歩みを続けてまいりましょう。

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