復活節 2020年度の礼拝説教要旨

マラナ・タ教会説教 2020年5月24日 復活節第7主日
聖書 エゼキエル書 37章1~14節
讃美歌 352、348、343
「 枯骨に吹く風 」
街中の景色を見れば少しだけ日常が戻ってきたというところでしょうか。自粛疲れという言葉も聞きます。本当に日常が戻るまでは長い道程なのでしょうけど、主の癒やしを祈ります。
私たちは日々骨になるまで枯れてしまうとも思えませんが肉体的にも精神的にもまた霊的にも日々の疲れを覚えます。しかし同時に私たちは日々新しい命を与えられています。その日その日を生きる命を与えられています。キリスト教やユダヤ教の理解では、その命は神の息であり、神の霊なのです。預言者エゼキエルの見た幻の中では枯れた骨ですら命を息を霊を与えられています。骨まで枯れたわけではない私たちはなおさらのこと、神から与えられた命であることを心に刻みながら、一日一日の命の歩みを大切にしつつ、イエスの歩みに従い、神の国を目指す者として生きていきたい、と思います。
聖書では御存知の通り予言ではなく預言と書きます。聖書の預言は未来のことも語りますが、むしろ現状分析から来る社会批判を語ります。現代ですと民主主義や人権や平等を根拠に批判しますけど、今から3000年も前ですから神の言葉を根拠に社会の仕組みを批判するのです。そのような預言を語るのが預言者でありました。エゼキエルはバビロン捕囚の時代にバビロンの地で活動した預言者です。彼は祭司の一族であり、彼が預言者として召命を受けたのは祭司としての職務に就くことを正式に認められる礼拝の最中の出来事であったようです。
「主の手がわたしに臨んだ」とあります。「主の手」は「主の霊」のことです。ヘブライ語では手という言葉が力という意味も持ちます。神からの霊的な力に満たされて、今風に言えば彼が預言モードに入ったことをあらわします。彼は幻を見ます。
彼の連れて行かれた「ある谷」は「骨でいっぱい」でありました。律法の数ある掟の中に祭司にとって非常に重要な清浄規定(清いものと不浄なものについての規定)があります。その清浄規定に拠れば祭司は人や動物の遺体や遺骨に触れてはなりません。触れれば祭司の仕事から外されます。エゼキエルとしては、これは大変な所に連れてこられた、と思って心底恐ろしい思いをしたことでしょう。
ところが律法の清浄規定にも関わらず、清浄そのものであるはずの神御自身がエゼキエルを骨だらけの場所に連れて行き、巡り歩かせ、「これらの骨は生き返ることが出来るか?」と尋ねます。普通に考えれば「無理です、ありえません」としか答えようがないでしょう。しかし神御自身の問いであるからには何か意図があるのだろうと考えたエゼキエルは「あなたのみが御存知です」と答えます。すると神は今から教える通りに預言せよと命じます。
「枯れた骨よ、主の言葉を聞け。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。するとお前たちは生き返る。」エゼキエルがその通りに預言いたしますと、骨が集まって骸骨となり、筋と肉が生じて皮膚がそれを覆います。あまりリアルには想像したくない部分です。しかしそれは命のない霊のない肉体でした。言ってみれば骨だらけの場所が今度は死体だらけの場所になるのです。
さらに神は言います。「霊に預言せよ。四方から吹き来たれ。吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る」。今度もエゼキエルがその言葉を繰り返しますと、その通りになります。もうお判りかと思います。これは創世記の天地創造物語を繰り返しています。14節を見ますとそのことが一層明確です。「わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる」。
旧約で使われる「霊」の原語はヘブライ語ではルーアッハといいますが、これは風でもあり、息でもあります。息と風と命が通じるのは古今東西多くの民族に見られる理解ではありますけれども、神の息でもあり神の風でもある神の霊が人に吹き入れられることによって人は生きるものとなる、という聖書の生命理解が今日の箇所でもあらためて記されています。
10節までがエゼキエルの見た幻です。実際にこの時死者が生き返ったわけではありませんし、新約に繋がる復活思想が語られたわけでもありません。捕囚という現実の中で神の民が回復されることが幻によって示されているのです。続く11節以降はエゼキエルが捕囚の民に向かって語るべき預言、バビロニア帝国によって滅ぼされた祖国イスラエル回復の預言が語られます。約束の地への帰還だけではなく、神の霊の回復、イスラエルの民が神から受ける祝福の回復が語られます。その意味するところは人々の霊的な命の回復でありましょう。霊的な命が回復され、人々は喜びをもって神を礼拝する時が来る。とエゼキエルは語ります。その預言は捕囚という苦しみの中で大変に心強い預言でありました。
では神の霊はどのような形で与えられるのでしょうか。来週の聖霊降臨祭を先取りしまして、エゼキエルの時代ではなく使徒たちの時代を見てみましょう。ルカは使徒言行録の2章冒頭に、その状況すなわちイエスの復活から50日目、五旬祭の日に起こった事件を、聖霊降臨祭の出来事として描きます。五旬祭の日、弟子たちは集まっておりました。その日とは思っていなかったでしょうけど、聖霊が与えられる約束を信じて、祈って待つ日々を続けていたのです。すると、激しい風が吹くような音と共に聖霊が降り、弟子たちは証しを語り始めます。
聖書に記された聖霊は、私たちに生命を与え、生きていく力を与え、イエスを信じ、神を信じて、従っていく心を与え続ける強い力です。天地創造物語では、神の霊がアダムに生命を吹き込みました。エゼキエルの見た幻では、四方から吹きつけた神の霊が枯れた骨に新しい生命を与えました。福音書の記事では、イエス御自身が聖霊に満たされて多くの人に生きる力を与えました。使徒言行録の記事では、50日前にイエスが殺されたエルサレムという場所で、聖霊は弟子たちに降ります。それは先週の礼拝で御一緒に読みましたように、主が約束された聖霊でありました。弟子たちに聖霊が激しい風音と炎のような舌と共に降ったその出来事を、私たち毎年思い起こします。弟子たちがイエスの信仰と働きを受け継ぎ、福音を語り始めた出来事を記念します。
私たちは聖霊を見ることは出来ません。しかし、日々の生活の中で、日々の祈りの中で、毎日新たな命を、新たな神の霊を、いただいて生きています。弟子たちに降ったのと同じ聖霊が、神の霊が、同じ生命が、私たちを主の弟子として、イエスの思いと働きを受け継がせてくださいますように。そして同じ神の霊が、私たちの上に吹き来たり、私たちの体と心と魂の疲れを癒やしてくださり、不安を除き、約束の地へと導いてくださいますように。

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マラナ・タ教会説教 2020年5月17日 復活節第6主日
聖書  使徒言行録 1章1~11節
讃美歌 352、287、536
「 キリストの昇天 」
使徒言行録によりますとイースターから40日目に弟子たちの目の前でイエスが天に昇ります。今年は今週の木曜日21日がその日です。伝統的な教会暦では主の昇天の祝日として祝われます。
ルカにせよ宛先であるテオフィロにせよ、実際の人物像は不明です。ただ、テオフィロという名前は、神を愛する人という意味のギリシャ語です。なにがし事情がありそうな名前ではあります。ルカの支援者だったのでしょうか。実在の人物ではなく、ルカ福音書の全ての読者を意味しているのかもしれません。いずれにせよ、福音書と使徒言行録が上下2巻の書物として書かれたことは間違いありません。
ルカは、福音書では、イエスの行ったことやイエスの教えを書き、使徒言行録では、弟子たちのこと、教会のことを書いていきます。その冒頭にルカは主の昇天の記事を書きます。ルカの記述に依れば、イエスは復活後40日間、弟子たちの前に姿を現し、今風に言えば神の国についての集中講義をいたします。その中でイエスは弟子たちにエルサレムを離れてはならない、と命じます。以前にイエスが弟子たちに約束した聖霊を送るからエルサレムで待て、と言うのです。
イースターの後、ルカ以外の3つの福音書では、弟子たちはガリラヤに帰ります。ヨハネではガリラヤ湖での出会いが描かれます。マルコとマタイでは天使がガリラヤに帰ることを促します。ルカだけがエルサレムに留まる弟子たちを描きます。弟子たちはエルサレムで昇天を見送り、聖霊を受けるのです。
聖霊について大変に大雑把な説明をいたしますと、つまりは神の力のことです。ルカ福音書では、聖霊を受けているのはイエス御自身です。そして使徒言行録になると弟子たちも聖霊を受けます。聖霊は、人から人へ伝えられるものではなく、誰に対しても神から直接に与えられる、とされています。弟子たちは、神の力を直接に受けて、神の国を伝える人となっていくのです。
弟子達はこの日がイースターの朝から40日目であることを意識していたようです。元々、聖書では40日とか40年という時間は様々に意味のある数字でした。日本の終戦は8月ですが、ヨーロッパは5月です。当時の西ドイツ大統領ヴァイツゼッカーの終戦40年記念演説も旧約聖書に描かれる様々な40年を強く意識していました。こぼれ話をいたしますと、元々は無題の演説であって「荒れ野の40年」は日本で出た翻訳として付けられた題名だそうです。
イエスの復活は過越祭の最中の出来事でした。過越祭から50日目は五旬祭と呼ばれる初夏の祭日でした。40日目を意識した弟子たちはイエスに問いかけます。「イスラエルの王国を再建してくださるのはいつですか?復活から40日目の今ですか?」弟子たちのこの質問によって、彼らはイエスが伝えた神の国(御国)について、実はこの時点に至ってもまだ判っていないことが見えてきます。弟子達はまだ地上の王国を夢見ているようです。
あるいは、この日が昇天の日だとは思いもよらず、この先ずっとイエスが度々現れると思っていたようです。エリヤの昇天に気付いていた預言者たちとは対照的です。ひどい話だな、と思いますけれども、裏返して考えれば、そんな弟子たちでも聖霊に満たされたのですから、私たちにも聖霊は働いてくださる、と考えてもいいのであろうと思います。
弟子たちのその質問に対してイエスは「それはあなたたちの知るところではない」すべては神の御心なのだ、といささか冷たく答えます。
つづいてイエスは「あなたがたの上に聖霊が降るとあなたがたは力を得る」と言います。これはもちろん10日後に起こる聖霊降臨の出来事を示しています。ところが、それまでにあと何日待つのかは示されておりません。五旬祭の日まで待ちなさい、と言ってくれたのではないのです。私たちがちょうど今経験しておりますように、期限を示されずに何かを待つのはとても不安なことです。この時の弟子たちも何とも知れず不安を掻き立てられたことでしょう。
ルカはこの出来事のその後を知っております。ルカ福音書では聖霊という言葉が案外に使われておらず、一方で使徒言行録では何度も使われております。その違いを意識しながら今日の物語を読みますと、この箇所は聖霊が降ることを祈り求めなさいという命令でもあり、聖霊を与えるという重ねての約束でもあることが判ります。
そしていよいよイエスは天にあげられます。イエスの昇天を見送った弟子たちは呆然と空を見上げていたのでしょう。そんな弟子たちの前に天使が現れて言います。「何をぼやぼやしている。早くエルサレムに帰れ。復活の証人になれと言われたんじゃないのか。聖霊を祈り求めなさいと言われたんじゃないのか。」
さらに天使は「イエスはまたおいでになる」と言います。これは安易な適当な慰めを言ったのではありません。キリストの再臨は大事な教義の一つです。一般的には、それは世の終わりの時であり、最後の審判が行われ、神の国が最終的に実現する時だ、とされます。
イエス自身は一方でこう言います。「神の国は実にあなたがたの中にある(Lk17,Th3)。」イエスは、神の国とはこの世に実現させるものだ、と言うのです。「聖霊が降るとあなたがたは力を得る」という言葉と合わせて考えますと、主の祈りで「御国を来たらせ給え」と願うのは、神の国を実現させる力を与えてください、と祈っているのだと判ります。さらには、主の祈りを弟子たちに教えた時(Lk11)、イエスはしつこく祈り求めたものは必ず与えられる、とも言っています。
イエスの再臨にせよ神の国の実現にせよ、教義としては必ずしも首尾一貫していないのですけど、毎日の祈りの中で、聖霊を与えてください、神の国を実現するために働かせてください、御国を実現するための力を与えてください、主よ、再び御出ください、と祈ることはどれも大切なことです。2000年前の弟子たちだけでなく現代を生きる私たちもイエスに出会えることは、私たちにとって大きな力付けであり慰めでありましょう。主よ御出くださいと祈り、聖霊の働きを求めて祈ることを日々の祈りといたしましょう。そして世界的な厄災の収まる日を待ちましょう。

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マラナ・タ教会説教 2020年5月10日 復活節第5主日
聖書  列王記 下 2章1~15節
讃美歌 352、54、457
「 預言者エリヤの昇天 」
意外に思われるかもしれませんが、旧約聖書には復活あるいは最後の審判の信仰は少なくとも基本的にはありません。シェオールと呼ばれる地下の世界で死者は眠りについている、と考えられていたようです。ただ、創世記に記されますところのアダムの子孫のリストを見ますと、たとえばアダムについては「アダムは九百三十年生き、そして死んだ」と書かれているのに対して、アダムから6代目のエノクという人物だけは、「エノクは神と共に歩み、神が取られたのでいなくなった」と記されます。
今日の物語でも、取り去るという言葉が繰り返し使われます。結論めいたことを先回りしますと、エリヤもまた、神と共に歩んだ預言者であった、ということです。そもそも預言者は神と共に歩んだ人たちです。古い時代には「神の人」と呼ばれても居りました。その中でもエリヤは特に神と共に歩んだ預言者でありました。それだけに、死んで葬られるのではなく、神に取られたという伝承が作られていったのでありましょう。
エリヤのエピソードとして有名なものは、バアルの預言者との対決でありましょう。エリヤは古代イスラエルの王国分裂から60年ほど後に、北王国・イスラエル王国で活動した預言者です。時の王はアハブでありました。バアル信仰は以前からの有力な民間信仰でありました。アハブはバアル信仰と共存することで国の繁栄を維持しようとしたのでありましょう。
しかしエリヤは国を挙げてのバアル信仰を認めることは出来ず、イスラエルの神ヤハウェの声を聞いて立ち上がります。ところがアハブに災いの預言を語ったことで指名手配を受け、身を隠します。3年後、エリヤは再び神の声を得てアハブの前に姿を現し、カルメル山で450人ものバアルの預言者と対決します。ヤハウェの祭壇とバアルの祭壇に生け贄の牛を献げ、その献げ物に自ら火を付けた神が本物の神である、として王や民衆の前で勝負をかけるのです。カンカン照りの日差しの中、バアルの預言者たちは朝から夕方までバアルの名を呼びますが何も起こりません。ついにエリヤが立ち上がり、神ヤハウェに祈った途端、ヤハウェの祭壇に天から火が降ります。
当然ながらこの奇跡は北王国の国中で語られたでしょうし、南王国にも伝えられて広まったことでしょう。エリヤは当代随一の偉大な預言者として知れ渡ります。エリヤは北王国で活動した預言者ですが、今日の物語の舞台は明らかに南王国の地域です。それにも関わらず、物語からはベテルやエリコの預言者たちがエリヤを尊敬している様子が窺えます。
エリヤから800年以上の時を経てもなお、エリヤは民衆にとって親しい預言者でありました。イエスの十字架の場面を思い起こしますと、義人が苦しみに遭ったときにエリヤが助けに来るという当時の民間信仰を見ることができます。
預言者対決の後、エリヤはエリシャを弟子とします(20:19-21)。エリシャはエリヤの一番弟子とされていたようです。今日の物語で、エリシャが「あなたの霊の二つの分をわたしに受け継がせてください」と頼むところが一番弟子であることを示します。
今日の物語の冒頭部分、エリヤもエリシャも、その日がエリヤの取り去られる日であると知っておりました。そしてエリヤは、どういうわけかエリシャを振り切ろうとしますが、エリシャは「わたしはあなたを離れません」と言って、ギルガルからベテルへ、ベテルからエリコへ、と着いて行きます。ベテルやエリコにどのような用事があったにせよ、朝から歩き始めて、エリコに着く頃には夕方近くなっていたことでありましょう。
ベテルの預言者たちも、エリコの預言者たちも、その日にエリヤが取り去られることを知っておりました。エリヤとエリシャの遣り取りが繰り返されたのと同じように、預言者たちとエリシャの遣り取りが繰り返されます。彼らはエリシャが気付いていることは分かっていても心配の方が上回ったのでしょう。しかしエリシャの答えは、「そのことなら分かっているから黙っていてくれ」でした。エリヤとエリシャの道行きも、沈黙の中の時間であったことでしょう。エリヤよりもエリシャの方が重苦しい気持ちでいたように思えます。
3回目の遣り取りで動きがありました。エリヤは次にヨルダン川へ行くことを語ります。エリシャはさらに着いて行くことを言い張ります。エリヤよりもむしろエリシャの方に鬼気迫るものがあったのではないでしょうか。その遣り取りを目の当たりにしたのでありましょう。エリコの預言者たちもまた、彼らに着いて行きます。この50人の預言者はヨルダン川の手前で立ち止まりますが、それでも川の対岸で起こった出来事の目撃者となります。
エリヤとエリシャは川を渡ります。渡って間もなくのことでありました。二人は立ち止まります。そこでエリシャは一番弟子として預言の霊を受け継ぐことを願います。エリヤは昇天の目撃を条件とします。再び歩き出した二人の間に、火の馬に牽かれた火の戦車が割り込みます。これは神ヤハウェの力の象徴です(cf.6:17)。ヤハウェ自身が降りてきたわけではありませんけれども、エリヤを連れ去ることは間違いなくヤハウェ自身の思いでありました。そしてエリヤは嵐の中を天に昇ります。落ち着いて読み直しますと、列王記は嵐のつむじ風がエリヤを連れ去った、と記します。火の戦車に乗って行ったというイメージは聖書本文とは別に伝えられた古い民間伝承だったようです。
この時、エリシャはどうなったのかな?と思います。「話しながら歩き続け」ていた二人の間に火の戦車が割り込むのです。エリシャは薙ぎ倒されたような気がします。それでもその瞬間、エリシャはエリヤを見つめ続けました。落ちてきたエリヤの外套を拾い、川を渡って帰ってきたエリシャを見たエリコの預言者たちは、エリシャの願いが叶えられたことを知ります。エリヤの霊、すなわちエリヤに預言を語らせた神の霊がエリシャに留まっていることに気付きます。
私たちもまた、聖霊すなわちキリストの霊が、代々の弟子たちの上に留まっていることに気付きたいものです。そして私たち一人一人もまた、キリストに出会った、キリストの弟子として、聖霊を受けていることを、日々に思い起こして参りましょう。
外出の不自由な息苦しい日々、そして現実に何もかもが厳しい日々が続いておりますけれども、キリストが私たちと共に歩んでいてくださり、聖霊が私たちを力付けてくださっていることを拠り所として、日々を歩んで参りましょう。

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マラナ・タ教会説教 2020年5月3日 復活節第4主日
聖書  使徒言行録 1章12~26節
讃美歌 352、342、492
「 マティアの選出 」
イエスの弟子、と言われると私たちは12人と思ってしまいます。福音書の記事は私たちをそのように誘導します。しかし実際にはもっと多くの弟子が居りました。現代の目から見れば弟子と考えて良いような女性も複数登場します。行動を共にした弟子以外にも支援者らしい人物も描かれます。ルカ福音書には12人の派遣の記事とは別に72人の弟子を派遣した記事もあります。
過越祭の巡礼に向かったエルサレムで、12人の中から1人が欠けた。イスカリオテのユダがイエスを裏切った、と4人の福音書記者は揃って記します。イスカリオテが彼の出身地を示しているとするならば、おそらくユダだけがガリラヤ地方の出身ではなく、イスラエルの南の地方の出身です。方言も違えば生活習慣も違ったことでしょう。ヨハネ福音書では彼は会計係をしていたと書かれておりますが、それ以外にはユダがどのような人物であったのか、どのようにしてイエスに出会って弟子となったのか、新約聖書には全く書かれておりません。
今日の物語に名前の出て参りましたマティアという弟子も、いったいどんな人物であり、どのような活躍をしたのか、全く記されていません。12弟子の多くと同じように、福音書にも使徒言行録にも彼の実際の活動は全く描かれませんし、マティアの名前もここにしか出て参りません。もう一人の「バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフ」も同じです。
まずはこの2人の名前の意味を見ておきましょう。
バルサバとはサバの息子です。サバは安息日、バルサバは安息日の子です。彼の別名のユストはラテン語で正義を意味します。おそらく本名がヨセフだったのでしょう。ヨセフはヤハウェは加えたもう、という意味です。律法をしっかり守った正義の人、彼こそは安息日を正しく守る人、という意味合いの呼び名です。
マティアは、英語の聖書で見るだけで福音書記者マタイとよく似た綴りであることが判ります。果たしてその意味もよく似ております。基本的にはどちらも神の賜物という意味です。結論を先回りいたしますと、使徒として、安息日の息子ではなく神の賜物がクジによって選ばれた、ということになります。
さて、ユダが死んでしまい、12人の弟子たちに欠員が出てしまいました。ルカはこの12人について弟子たちの中でも使徒という特別な肩書きを与えています。そしてペトロたちは欠員補充をしようといたします。ペトロはまずこのように言います。主イエスが私たちと共に生活されていた間、すなわちイエス御自身が洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時から、ガリラヤ伝道の時期を経て、エルサレムで処刑され、そして復活して私たちの前に現れた、その全ての時間を共にした仲間から1人を選んで12人の使徒の中に数え、主の御復活の証人となるのです。
ルカ福音書には、12弟子の派遣の記事(9章)に加えて、72人の弟子を派遣する記事(10章)があります。この72人も(誰一人として名前は残っていないわけですが)12弟子同様にいつもイエスと共にいた主要な弟子達であったようです。バルサバにせよ、マティアにせよ、この72人の中の1人だったように思えます。
あるいはイエスの宣教活動の最初から一緒に居た、という欠員補充の条件を満たすのがこの2人であったのかも知れません。すると12人とは別の意味で一番の古顔だったことになるでしょう。
人々はバルサバとマティアの2人を推薦します。そしてこの2人のどちらを選ぼうかという場面になりますと、人々の投票や話し合いに依ったのではなく、祈りの後にクジを引きます。クジに依って神の意志を尋ねようとするのです。
彼らは祈りの中でこのように神に呼びかけます。「すべての人の心を御存知である主よ」これは、古代イスラエルの歴史の中で最も有名な王であったダビデが、サムエルによって王として選ばれた場面(サムエル記上16章)を思い起こす言葉です。サムエルがエッサイの長男の堂々とした姿を見た時、神はサムエルに「神は姿だけでなく心を見て選ぶ」と語りかけます。弟子たちは、バルサバとマティアの心を見て主が選んでください。最初の12人も主が選んでくださったのですから、と考えたのです。
そしてそれは「使徒としてのこの任務を継がせるためです」と祈ります。使徒としての任務とは主の証人となることでした。主の生涯と復活の目撃者として、必要であればいつでも法廷に立って証言するぞ、という意気込みが含まれているような気がします。
さて、彼らは祈ってクジを引きます。聖書では占いは禁じていたのではないのか?と思うかも知れません。たしかにモーセ以来、占いの類は禁じられております。ところが、興味深いことにクジは禁じられておりません。むしろ、出エジプト記(28:30)などを見ても、大祭司が神の意志を尋ねるのにクジを使った、と書かれております。だからこそ弟子たちも祈ってクジを引きます。
彼らにとっては、何よりも主の選びが大切でありました。自分たちは主から声をかけられて従った弟子の1人である。主によって弟子とされ、その中から12人が主によって選ばれたのだ、同じように今回も主の選びによって決めようではないか、というのです。そしていよいよ祈ってクジを引いたところマティアに当たり、彼が12人の中に加えられたのでした。
この物語は私たちに何を語り掛けるのでしょうか。
ひとつには初代教会の人々のものの考え方を知り、その歴史を知る材料となります。同時に、何よりも私たちが一人一人それぞれの形でイエスに出会い、付いてきなさい、とイエスから声を掛けられ、つまりは主に選ばれて主の弟子として今を生きているのだ、ということを思い起こさせてくれる物語でもあります。
私たちが主の弟子であるということは主の生き方に従って生きていくということです。神の御心を常に訊ねながら生きていくということです。
そしてバルサバ(安息日の子)ではなく、マティア(神の賜物)が選ばれたことは、私たちもまた一人一人が様々な賜物を神から与えられていることを思い起こさせてくれます。神から託されたその賜物を、常に神の御心を訊ねながら、存分に活かして生きていきたいものです。とはいえ、今は多くの方にとってその賜物を抑えなければならない時でもあります。神の賜物を活かすその時を、主なる神が再び与えてくださることを信じて、日々を歩んで参りましょう。使徒言行録は、主の証人として歩もうとした弟子たちにも様々な困難の降りかかったことを描きます。その困難の中にも道はありました。主が私たちを導いてくださいますように。

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マラナ・タ教会説教 2020年4月26日 復活節第3主日
聖書  ヨハネによる福音書 1章35~51節
讃美歌 452、448、507
「 主の最初の目撃者 」
ヨハネ福音書では、弟子たちがガリラヤ湖の漁師であったことは21章になってようやく明かされます。むしろ、彼らの一部が洗礼者ヨハネの弟子であったことが最初に示されます。もっとも福音書記者ヨハネは彼らが漁師であったことは知っており、福音書の中で弟子たちが舟の扱いに長けていたことを匂わせてはいます。しかし記者ヨハネにとっては、それよりも彼らが洗礼者ヨハネの弟子であったことの方が重要であったようです。
初代教会以来、キリスト教会は洗礼をとても大切な儀式としてきました。人生でただ1回限りの洗礼という考え方は、ヨハネの洗礼を受け継いだものと見られます。イエスと弟子たちのグループが、イエス自身を含めて何人かがヨハネの弟子であったとすると、洗礼が儀式とされた背景を無理なく説明できます。
洗礼者ヨハネの宣教活動は、あくまでヨルダン川密着です。ヨハネ自身は荒れ野で叫び、この声を聞いた人々が町や村からヨハネの所に集まります。ヨハネの活動は民衆の口コミだけで広まったのではなく、弟子の中に広報担当グループがあり、彼らが町や村を回ってヨハネの言葉を伝えていたことでありましょう。
対して、イエスはイエス自身が弟子を連れて町や村を巡ります。神殿が独占する罪の赦しを批判し、神の国が近付いたから神への正しい信仰に立ち返れ、と叫ぶ点では、ヨハネとイエスは同じです。あきらかにその点ではイエスはヨハネの継承者です。しかしながら、ヨルダン川密着ではなく身軽に出掛けていくところにイエスがヨハネの宣教活動に対して物足りなさを感じていた、と読むことが出来ます。人々がヨハネのところに来るのを待っているだけでは終末の到来に間に合わないと思ったのでありましょう。
福音書が書かれた頃、福音書記者ヨハネの教会の周りには、まだ洗礼者ヨハネの弟子たちの教団が活動を続けていたようです。ですからヨハネ自身が自分の弟子に対して、イエスに着いて行け、と指示したことを最初に書く必要があった、と考えられています。
今日の物語では、ヨハネの弟子がイエスに「ラビ、あなたはどこに泊まっていますか?」と質問します。そして彼らはイエスに着いて行き、同じ所に泊まります。3回繰り返される「泊まる」は含みのある言葉です。留まると訳すこともできます。場所だけではなく、考え方や社会的な地位についても使えます。
その直後にアンデレがペトロに会って「メシアに出会った」と告げているところをみると、ヨハネの宣教活動に留まるのか?ヨハネの宣教活動から一段飛躍したところに留まるのか?というニュアンスを持っていると読めます。
彼らは町や村を巡って宣教活動を始めることで一致し、イエスの所に留まり、イエスの弟子となります。アンデレがペトロをイエスに紹介します。ヨハネ福音書で見る限り、これがアンデレの最初にして最大の宣教活動となります。
次にイエスはフィリポに出会います。そしてとても無造作に「わたしに従いなさい」と言ってのけます。他の福音書では徴税人のマタイ(レビ)を弟子にした時に、イエスは同じような言葉の掛け方をしています。
フィリポもマタイも、「わたしに従いなさい」と言われてすぐに着いて行きます。一目見ただけで只者ではないと分かる雰囲気をイエスが身に付けていたのでしょう。そしてフィリポは友人に出会った時、「モーセが律法に記し、預言者たちも書いたその人に出会った」と伝えます。これは言い方は違いますがアンデレがペトロに言ったのと同じことです。つまり、「わたしたちはメシアに出会った。それはナザレのイエスだ」と言っているのです。
洗礼者ヨハネはメシアについて「わたしもそれが誰であるのか知らなかった」と語ります。そのメシアは、ナザレの人であり、ヨセフの子であるイエスであることが徐々に明らかにされます。ヨハネから始まり、アンデレ、フィリポ、ナタナエル、そしてイエス御自身に至るまで、イエスがメシアであり、神の子であることの証言が、段々と積み重ねられていきます。
フィリポによってイエスに引き合わされたナタナエルはこう証言します。「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」。それを受けてイエス自身が語ります。「天が開け、神の天使たちが人の子の上に上り下りするのを見るであろう」。このイエスの言葉は創世記28章の有名な物語を思い起こさせます。後に神からイスラエルという名前を与えられるヤコブが、旅先のベテルで野宿をした時に見た夢の物語です。
「人の子」という言葉は、福音書ではイエス自身を指す特別な用語です。一連のキリスト証言の締めくくりとしてイエス自身が語る言葉は、イエスが神の子として、天と地を結び合わせる梯子となる、神の意志が、神の働きが、イエスの働きを通して見えるようになる、と宣言しているのです。このイエスの宣言あればこそ、フィリポがナタナエルに言った「来なさい、そして自分で見なさい」という簡潔な言葉が力を持ち、ナタナエルは考えを改めてイエスに会いに行くのです。
最後のイエスの言葉で、「はっきり言っておく」と訳されているのはイエス独特の言葉遣いです。原文では「アーメン、アーメン、私はあなたがたに言う」です。私たちは祈りや賛美の最後にアーメンと唱えます。2000年前も同じように使われています。そのアーメンを文頭に2回重ねることで、今から私の言うことに間違いはない、と断言して宣言するのです。とても型破りな使い方です。
洗礼者ヨハネが預言者の言葉遣いの伝統に則して「見よ、(神の小羊)」と語るのとは対照的です。イエスがヨハネを遙かに超えた存在であることを福音書記者ヨハネはこの言葉遣いで示します。
イエスがナタナエルに「偉大な神の業を見るだろう」と語った言葉は、2月に御一緒に読んだカナの婚礼の物語へと続きます。
ヨハネ福音書の描くところでは、最初の弟子たちは最初の証言者であり、そして最初の目撃者でもありました。私たちは、イエス御自身の姿を直接見ることは出来ませんし、イエスの示した奇跡を直接見ることも出来ません。それでも私たちは、福音書に記されたイエスの言葉や働きを読むことによって、神の業を見るのです。今日の物語に記されたイエスの最後の言葉は、「あなたは見る」から「あなたがたは見る」に拡張されています。ナタナエルが見るだけではありません。福音書を読むことで私たちがイエスを見るのです。
私たちの心に、イエスのイメージが豊かに与えられ、イエスに従う者であり続けることができますように。

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マラナ・タ教会説教 2020年4月19日 復活節第2主日
聖書  ヨハネによる福音書 20章19~31節
讃美歌 452、325、329
「 私の主よ、わたしの神よ 」
今週の土曜日25日は2005年の福知山線脱線事故から15年目を思い起こす日です。いつもなら3分おきに電車が通りますのに、その日から1本も走らなくなりました。ところが、平行する阪急宝塚線と国道176号線はいつもと同じように走っているのです。それはものすごいギャップでありました。昨今伝えられる梅田や難波や三宮の景色を見ておりますと、あの時と同じように、パラレルワールドを見ているような感覚にとらわれます。コロナ以前の世界経済のありようが問答無用で正しかったのかどうか、考える必要はありますけど、一日も早い終息と、パラレルワールドではない世界の戻ってくることを祈りたいと思います。
さて、トマスは12弟子の一人には違いありませんが、彼のエピソードはヨハネ福音書だけが伝えます。ヨハネ福音書のトマスは、おっちょこちょいで、軽はずみで、慌て者で、感激屋で、思ったことをすぐに口に出してしまう、ある意味でペトロに輪を掛けたようなキャラクターの人物として描かれます。
一方で、ヨハネ福音書ではトマスは重要な役割を与えられています。そのトマスの一番重要な役割が、今日の物語の「わたしの主、わたしの神よ」という信仰告白の言葉を語ったことです。元来のヨハネ福音書は20章で終わっていたというのが聖書学者の一致した意見です。そうしますと、このトマスの言葉は、ヨハネ福音書における弟子の発言としては最後に位置する言葉です。
今日の物語の全体を見直しておきましょう。
物語の前半はイースターの日の夕方の出来事であるとされます。この時点では、ペトロたちは墓からイエスの遺体がなくなったことしか見ておらず、マリアからの伝言を聞いているにしても、イエスの復活について、まだ何も理解できておりません。半信半疑にしかマリアの話を聞いていなかったと思われます。だからこそ、町の人々を恐れて弟子たちは家に閉じこもるのです。
しかしそこに現れたイエスは言います。「あなたがたに平和があるように」と。口語訳の「安かれ」の方がなじみがあるでしょうか。これは私たちの毎週の「平和の挨拶」につながります。実際にはおそらく「シャローム」でありましょう。平安という訳もよく使われます。御存知のようにこれは当時の一般的な挨拶です。おはよう、こんにちは、お久しぶり、いつも使える挨拶です。その意味では、日本語の挨拶でいえば「ご機嫌よう」になりますでしょうか。と同時に、神の祝福を願う挨拶でもあります。
この時、いつもと同じイエスの挨拶によって、弟子達はイエスからの祝福をいつものように受けることができました。だからこそ弟子達はイエスの復活を実感し、疑いを捨てて復活を信じ、イエスとの再会を喜ぶことになります。その喜びのうちに弟子達は生きる力を取り戻します。人々を恐れ、空っぽの墓を恐れていた弟子達が、もう一度イエスを信じて生きていこう、イエスの福音に従っていこう、福音を述べ伝えていこう、イエスの平安と喜びのうちに生きていこう、そう思うエネルギーを取り戻していきます。そのことをヨハネは簡潔にこう記しています。「弟子達は主を見て喜んだ。」
イエスは重ねて弟子達に言います。「あなたがたに平和があるように」続けて「父が私をお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす」。礼拝の最後に祈られる祝祷は、神の祝福を願う祈りであると同時に派遣の祈りでもあります。私たちもまたイエスからシャロームと挨拶され、そしてイエスの福音を携えてイエスの弟子として派遣されてゆくのです。
続けてイエスが弟子達に息を吹きかけて「聖霊を受けなさい」と言います。日本語でも息は命を表しますが、聖書の世界でもそれは同じです。そして聖書の物語では、息を吹きかけることは天地創造物語を思い起こさせます。復活されたイエスから新しい息を吹き込まれることによって、弟子達は新しい命を与えられ、新しく生まれ直すことになります。
その弟子達と神との間にはシャロームがある。平安がある。とヨハネは主張します。この日のイエスの挨拶は、言葉としてはいつもの挨拶でありましたけど、弟子達が新しい人となり、神との新しい約束、すなわち神の平和のうちに居るようになる、そのことを宣言するシャロームでもあったのです。
この時、なぜかトマスがそこに居りませんでした。トマスの言った「傷跡を見なければ私は信じない」は疑いの決意表明と言うよりも、むしろイエスに会えた弟子達をうらやんでの八つ当たりの言葉のように思えます。1週間後に再びイエスが顕現します。1週間前と同じ挨拶が繰り返されます。「あなたがたに平和があるように」。一連の物語3回目のシャロームです。
トマスは余程にうれしかったのでしょう。イエスから「この傷跡を見てみなさい」と言われた時、トマスはイエスの傷跡を確かめもせずに「わたしの主、わたしの神よ」と答えます。
このトマスの言葉は、ヨハネ福音書のクライマックス、最後を締めくくる信仰告白の言葉です。ヨハネ福音書の冒頭は「はじめに言葉があった。ことばは神と共にあった」でした。先程の「聖霊を受けよ」だけではなく、その福音書の最初から、ヨハネが創世記の天地創造物語を意識していることは間違いありません。同時にそのことを十二分に意識した上で、弟子の一人であるトマスに、「私の主、わたしの神よ」と言わせてヨハネ福音書は終わっております。イエスを信じて主と告白する言葉もまた、天地創造の最初からあったのだ、とヨハネは主張しているようです。
シンプルな言葉に全てが込められたトマスの信仰告白である「わたしの主、わたしの神よ」に対して、イエスはこう切り返します。「私を見たから信じたのか」「見ないのに信じる人は幸いである」。一見するとトマスが叱られているように見えますが、これはおそらくトマスへの叱責と読むべきではなく、福音書の全ての読者に向けられた祝福の言葉でありましょう。ヨハネ福音書が書かれたのは紀元90~100年頃と言われています。イエスの御受難と御復活から60年ほどの時間が経っています。福音書記者ヨハネの教会には、ヨハネ自身を含めてイエスに会ったことのある人は誰も居なかったことでしょう。その点ではヨハネ教会の人々は2000年後の私たちと同じなのです。ヨハネは、イエスを見たことがない私たちにもイエスの祝福の言葉を伝えます。
「見ないのに信じる人は幸いである」。そう言われたイエスの祝福を日々にいただいていることを信じて、今日から始まる新しい1週間を、また歩んでまいりましょう。シャローム。

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マラナ・タ教会 2020年4月12日主日礼拝説教 復活祭
聖書  ヨハネによる福音書 20章11~18節
讃美歌 452、328、326
「 私は主を見ました 」
主の御復活のお祝いを申し上げます。政府の緊急事態宣言が出るなどして今は本当に大変な時でありますけれども、主の御復活を救いの出来事として確かめて参りましょう。
聖書にはたくさんのマリアが出てきます。イエスの母マリア、ベタニアのマリア、マグダラのマリア、弟子の母にも居ます。
ヨハネ福音書のラザロ復活物語を見ますと、ベタニアのマリアが泣き続ける様子にイエスは激しく心を動かされます。その直後に新約聖書で一番短い節はこう記します。「イエスは涙を流した」。
マグダラのマリア(以下、単にマリア)ですが、マグダラはガリラヤ湖西岸の港町の名前で、そこがおそらく彼女の出身地です。
マリアはイエスによって7つの悪霊を追い出してもらった女性とされます(Lk8:2)。悪霊に取り憑かれた人は、家族からも地域社会からも放り出され、神の救いの外にあると見なされます。居場所を持たなかった彼女が、イエスと弟子たちの一行と共に生活するようになったとしても不思議ではありません。そして過越祭の巡礼にも着いて行き、イエスの受難を目の当たりに見ることになり、さらには復活の最初の証言者にもなるのです。
マリアは、復活物語の中で、合わせて3回(20:2.13.15)、「主が取り去られました」「主が何処に置かれたのか分かりません」と言います。そして彼女の言葉は、私たちには分かりません(2)→私には分かりません(13)→私に教えてください(15)、と変わっていきます。段々と対話が核心に近付いていきます。「私たち」というところが複数の女性が墓に行ったことを示しているようでもあり、そうすると他の福音書が伝えるところを辻褄が合ってきます。結局はマリアの勘違い、早とちりを示しているのですけど、遺体を何処に置いたのか私に言ってください。私が引き取ります。というマリアの言葉が、復活のイエスとの出会いの中で印象的に伝えられた可能性が高いように思えます。
物語の時間を少し戻して見ていきましょう。木曜日から金曜日にかけて、過越祭の夕食(最後の晩餐)、ゲッセマネへの移動、逮捕、裁判、処刑、埋葬と男の弟子たちにとっても、またマリアを始めとする親しい女性たちにとっても、事態を見極める余裕のないままに事が進みます。土曜日は安息日ですから、墓参りに行くことは出来ません。明けて日曜日の朝早く、マリアは墓に行き、異変に気付きます。異変を知らされたペトロたちは墓を見に行き、イエスの遺体がないことを確認します。
マリアはペトロたちに続いて墓に戻ります。彼女は墓の前で立ち続け、泣き続けております。彼女はイエスに出会い、悪霊を追い出してもらうことで癒されて居場所を得て新たな人生を生き始めたのです。しかしこの激動の数日によって、彼女はイエスを失い、自分自身をも失います。ここでラザロの復活の記事を思い返せば、マリアがイエスに執着して泣き続けることが、復活のイエスが他ならぬ彼女の前に現れる、すなわち主の顕現を引き起こした事に気付かされます。イエスはベタニアのマリアが泣いているのを見て激しく心を動かされます。マリアが泣き続けるのを見て、心を動かされなかったはずがありません。
まずは天使が彼女に声を掛けます。「婦人よ、なぜ泣いているのか」。時と場所を考えるといささか妙な問いに思えます。天使もイエスも、彼女が泣いている理由をすでに知っております。むしろ、その問いは、なぜ泣く必要があるのか?と問うことで、もう泣かなくても良いのだよ、ということを語り掛けているのです。
マリアはイエスの遺体が動かされたと思い、引き取ってでも葬り直そうとして頭がいっぱいになっています。ですから振り返ってイエスを見ても、イエスと気付かないままに対話を始めるのです。一方では、彼女の執着がイエスの顕現を引き起こすのですが、同じ執着がイエスとの出会いに気付かない現実を引き起こします。
「婦人よ」という呼び掛けは、親しい人への呼び掛けではありません。天使はともかく、イエスからマリアへの呼び掛けとしては他人行儀です。それだけに「マリア」という呼び掛けにマリアはハッとして目の前に立っているのがイエスだと気付くのです。
マリアをヘブル語風に凝った発音のギリシア語で書くと、マリアムになります。新共同訳ではどれもマリアと訳していますけど、原文を見ますと、ルカとヨハネは時々マリアムと記します。墓の前でのこの呼び掛けはマリアムと記された箇所の一つです。
復活についてのイエスの預言をマリアが理解していたとは思えません。むしろイエスの受難と死があまりにも急なことであったのでイエスの死を一瞬忘れたようにも思いますけど、その人がイエスだと気付いたマリアは、駆け寄って、と一言付け足しましょうか、イエスに抱きつきます。しかしイエスは、「すがりつくのはよしなさい」と言ってマリアを放し、重要なことを語り始めます。
ヨハネ福音書の受難理解が「天に挙げられる栄光の主」であるのに、ヨハネがイエスの昇天の場面を描かないのは、今日の箇所でイエスが「上っていく」と宣言しているからでありましょう。
栄光の主の上るところは父なる神のところであり、その神はマリアたちの神でありマリアたちの父なる神である。とイエスは宣言します。イエスを信じることはイエスの示した神を信じることであり、神を信じることは、神がイエスを復活させたように私たちも復活の日が来ると信じることである、とヨハネは主張します。
この宣言を「私の兄弟たちに知らせなさい」とイエスはマリアに命じます。兄弟たちとは、イエスの弟子たちのことです。福音書記者ヨハネにとっては、直接にはヨハネ教会の人々のことですが、同時にそれは福音書の全ての読者のことでもあります。
だからこそ、今日の物語の終わりには「私は主を見ました」という言葉と共に、マリアがイエスから聞かされたことを弟子たちに伝えた、と記されます。私たちは、福音書を通じてイエスに出会ったという意味では、マリアからイエスの言葉を伝え聞いた弟子たちであり、同時に、イエスに出会って多かれ少なかれ人生を新たにされたという意味ではマリア自身でもあります。
マリアが復活の主に出会ったこの物語は、方向転換の要素がいくつもあります。そのことで、復活が従来の生の延長なのではなく、死を否定する新しい命であることをヨハネは語ります。
福音書を通してイエスの生き方に出会った私たちは、同じ福音書を通して、イエスの復活にも出会います。そして復活の主に出会います。私たちが常にイエスに生かされ、復活の主の新しい命と共に日々を歩んでいくことが出来ますように。復活の主と共に歩む私たちに、主が平安を賜りますように。

 

わたしたちの教会は、プロテスタント諸派が合同してできた日本基督教団の教会です。穏健で健全な福音主義に立っています。どのような信仰の立場の方でも歓迎いたします。しかし教会が二千年間守ってきた伝統には忠実な教会です。

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